新米提督苦労譚~艦娘たちに嫌われながらも元気に提督してます~   作:ぬえぬえ

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『兵器』の心情

 スコアアタック組の怒号にも似たばか騒ぎを背に受けながら大淀の後を追い、そこから数分ほど歩いたところにある模擬戦闘組の簡易テントにたどり着いた。

 

 しっかし、見つけたときに思ったが、スコアアタック組のテントよりも一回り大きなテントだ。手元の資料を見る限りここには12人の艦娘しか居ない筈だが、戦艦や空母とか艤装の大きな艦種が揃っている、また最終メンテナンスを行うために広く作られているわけか。

 

「こちらです」

 

 模擬戦闘組のテントをボケッと眺めていたら、入り口に立っていた大淀が声をかけてくる。それに手を上げ、彼女に従ってテントに入った。

 

 中は、正面に工厰前の海の地図が貼られた大きな黒板がある広間、そして各艦隊毎に区切られた広いスペースがあり、そこで模擬戦闘を行う艦娘達が艤装のメンテナンスを行っていた。

 

 俺たちが入ってきた瞬間、その場にいた全ての艦娘がこちらを向き、一様に呆けた顔になる。こんなところに俺が来るなんて思ってもみなかったんだろうな。普通、演習前の控え室に提督来ないし。

 

「しれぇじゃないですか!!」

 

 そんな呆けた顔の艦娘の中で黒板と向かい合って海図を睨んでいた雪風がこちらを振り向き、パアッと顔を綻ばせて歩み寄ってきた。そう言えばこいつ今日の演習に参加するんだったな。

 

「どうされたんです? こんなところに」

 

「いや、演習前に様子が見たくなってな。んで……」

 

 近付いてきた雪風の頭を撫でながら固まっている艦娘たちを見回し、手元の資料で名前と顔を当て嵌めていく。……確認のために名前を呼んでいけばいいか。

 

「えっと……まず長門は?」

 

「……私だ」

 

 俺の言葉に、一番手前で腕を組んでブスッとした顔で佇んでいた艦娘――――長門が声を出す。某時空警察みたいな格好が長門か。うん、失礼な覚え方だと自負はしてる。

 

「次、扶桑」

 

「……はい」

 

 次に声を出したのは、長門の後ろで椅子に腰掛けていた艦娘――――扶桑だ。見た目は大和撫子と言われそうな肌の白さに端正な顔立ちをしているが、どうも彼女がまとっている空気に薄暗さを感じるのが勿体無い。俺に名前を呼ばれた後、「不幸だわ」って聞こえた気がするけど気のせいだよな。

 

「えー、日向」

 

 今度は声ではなく、扶桑の反対側で艤装のメンテナンスをしているおかっぱヘアーの艦娘―――日向が軽く手を上げる。彼女は上げた手をすぐ下ろし、目の前に置かれた偵察機のメンテナンスにをし始める。……一機一機愛おしそうに眺めながら丁寧にメンテナンスするその姿に危険な臭いがしたのは気のせいでありたい。

 

「次は、龍驤」

 

「はいよ~」

 

 今度は日向の横から演習前とは思えない間の抜けた声が上がった。そこには陰陽師のような紅と黒の和洋折衷衣装を身にまとい、頭にはサンバイザーを着けた小柄な少女が手をヒラヒラとさせていた。

 

 ……『軽』とはいえ本当に空母か? 見るからに駆逐か―――

 

「何考えとるか知らんけど、モノによっては爆撃するで?」

 

 自分を見て黙りこんだ俺に不適な笑みを浮かべてそう言ってくる龍驤。その手には艦載機の形を模したお札が握られている。左手に持つ飛行甲板が書き込まれた巻物を見るに、巻物が飛行甲板でお札が艦載機ってわけか。てか、これ以上黙ると勘違いされかねないから次にいこう。

 

「次は……隼鷹」

 

「はい」

 

 不敵な笑みを向けてくる龍驤の後ろ、何故か畳が敷かれている上で正座している艦娘――――隼鷹が静かに声を上げる。演習前の精神統一かな。薄紫色の奇抜な髪形に龍驤と同じ陰陽師のような紅と白の和洋折衷衣装を身にまとい、それを押し上げる金剛にも引けを取らない立派な胸部装甲を有している。

 

 やっぱりさっきの子は駆逐か―――――

 

「どうやら爆撃をご所望らしいなぁ? いてこましたろか?」

 

 いつの間にか真横に来ていた龍驤がすがすがしい笑みを浮かべて俺の袖口を握ってくる。自重した方がよさそうだな。てか、何でお前俺の考えてること分かるんだよ。

 

「ただの勘や」

 

「あっそ」

 

 何故か自慢げに胸を張る龍驤は置いといて、手元の資料に目を落とす。えっと、次は――――

 

 

「司令官」

 

 不意に横から声を掛けられて振り向くと、黒髪セミショートに何処にでもありそうなセーラー服を身にまとった艦娘が立っていた。顔は俯いているため見えないが、腰のあたりで固く握りしめられた拳がブルブルと震えている。

 

「どうした? ええっと……」

 

「特Ⅰ型駆逐艦……吹雪型、1番艦の吹雪です」

 

 手元の資料と照らし合わせようとしたらその艦娘――――――吹雪が絞り出すような声で自らの名前を告げる。彼女はなおも俯き続け、握りしめる拳は血がめぐっていないのか白くなっている。

 

「昨晩、司令官が部屋のドアを蹴破って出て行くところをお見掛けしました。……その後出てきた半裸の榛名さんも」

 

 吹雪の言葉に、テント内の空気が一瞬で凍り付く。周りの艦娘達の顔から表情が消えさり、ゆっくりとこちらに視線が集まる。視線の中の一つであった長門と目が合った瞬間、全身の血の気が引くのが分かった。

 

 金剛や潮が向けてきたものとは違う、純粋な『殺意』の目だ。

 

「ま、待ってくれ!! それは誤解だ!!」

 

「分かっています、榛名さんに迫られたんですよね? それが金剛さんの命令だと勘違いされたのも知っています。全部分かってます。怒りに任せて金剛さんを問い詰めたことも……分かっています。分かっています……」

 

 俺に、と言うより自分に言い聞かせているようにつぶやき続ける吹雪は、あれだけ固く握りしめていた拳を解いた。一気に血がめぐってきた手は赤く紅潮し、所々血管が浮き出ている。

 

 

「ただ、一つお願いがあります」

 

 消え入りそうな声でそう言った吹雪。不意に、その身体が上下に揺れた。彼女の身体は先ほどよりも半分程度の高さになり、やがてその頭が重力に従う様にゆっくりと前に倒れる。下がり切った頭の前に、未だに赤い両手が添えられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 早い話、土下座されたのだ。

 

 

「吹雪!! 何をやって―――」

 

「お願いです!! どうか……どうか金剛さんを責めないでください!! これ以上!! あの人を追い込まないでください!!」

 

 長門の声をかき消すように発せられた吹雪の悲痛な叫びに、俺を含めた周りの艦娘たちの動きが止まる。遠い昔、連合艦隊の旗艦を務め、世界にその名を知らしめた戦艦長門を、火力、装甲共に足元にも及ばない駆逐艦吹雪が、言葉(・・)で抑え込んだのだ。

 

「枯渇した資材は私が死に物狂いで働いて貯めます!! どんな危険な偵察も私が必ず成し遂げてみせます!! 弾や燃料が尽きようが補給はいりません!! どれだけ傷つこうが入渠もいりません!! ずっと……ずっと最前線で戦い続けます!! あの人の足りないところは全て私が補います!! ご希望なら伽のお相手も致します!! どのような命令にも必ず従います!! ……どうか、どうかあの人を責めないでくださいぃ……」

 

 怒号にも似た吹雪の言葉は、やがて嗚咽交じりの泣き声に変わった。必死に床に頭をこすりつける吹雪。その顔がどのようになってるか、見るまでもないだろう。

 

「お願いします……お願いします……どうか、どうかあの人を……。そのためなら……そのためならご――」

 

「吹雪ッ!!」

 

 吹雪が言いかけた言葉を、今まで聞いたことのないような怒号が掻き消す。それは、先ほど吹雪に遮られた長門が発したものであった。怒号によって吹雪の言葉が断ち切られるとすぐさま長門が彼女に歩み寄り、その襟を掴んで無理やり立たせ、ズイッと顔を近づける。

 

 

 

「その言葉、二度と言うな」

 

 横顔だけで背筋が冷たくなる剣幕と、腹の底にズシリと響く長門の低い声。それを目前で受けた吹雪は、小さな嗚咽を漏らしながら頷いた。それに長門は掴んでいた襟を離し、子供をあやす様に吹雪の身体を抱きしめる。

 

 しばらく、テント内は吹雪の漏らす嗚咽とそれに優しい言葉を掛ける長門の声が響くだけであった。

 

 

 

 

「提督よ」

 

 その沈黙を破ったのは、吹雪を抱きしめる長門だった。

 

「もうすぐ演習が始まる時間だ。私たちも準備があるから、そろそろ出て行ってもらえないだろうか?」

 

「や、でもよ……」

 

 長門の言葉に反論を述べながら、俺の視線は彼女の胸の中にいる吹雪に注がれる。そんな状態で、演習なんか出来るのか。へんに怪我されたら元も子もないし。

 

「安心しろ、この子には(ビック7)がついている。僚艦に下手な被害を被らせないよう動くことなど、造作もないことだ」

 

「だ、だけど……」

 

「話の通じない人やな~」

 

 長門の言葉に渋る俺に呆れた表情で肩をすくめる龍驤が間に入ってきた。そして、その表情が解ける様に消え去る。

 

 

「要するに、『今ここできみが出来ることなんて一つもあらへん。だからとっとと失せろ』ってことや」

 

 抑揚のない声でそう言われ、同時に氷のような冷え切った視線を向けられる。……確かに、今ここで俺が渋ったところで出来ることなんてないし、そのせいで演習開始時間が遅れるのは避けたい。ここは、長門達に任せた方がいいか。

 

「……分かった。頼んだぞ」

 

「話の分かる人で助かるわぁ~」

 

 俺の言葉に、龍驤はそう言いながら表情を緩めた。そして、少し移動してテントの出口を指さす。早く出て行けってことだな。これ以上ここにいても意味はないし、行かせてもらおう。

 

「しれぇ……」

 

 出口へと向かう途中、心配そうな表情の雪風が声をかけてきた。……そう言えば、ここに来た目的を言い忘れていたな。

 

「雪風、出来たらでいいから演習で成績が良かった奴に間宮アイス引換券を渡す、ってのを伝えておいてくれないか?」

 

「……了解しました」

 

 俺の言葉に、雪風は渋い顔で承諾してくれた。いつもなら手を叩いて喜びそうな雪風だが、やはり周りの空気を察したのか。取り敢えず、これでここに来た目的は果たしたな。

 

「じゃあ、また」

 

 俺はそう言い残してテントを出た。それに今まで黙っていた大淀が慌ててテントから出てきて、俺に追いつくと並ぶように歩き始める。

 

「提督……」

 

「そろそろ演習が始まる。見張り台へ戻るぞ」

 

 何か言いたげな表情の大淀にそれだけ言うと、歩くスピードを上げた。悪いが、今誰かと話をする気はない。俺の心情を読み取ったらしき大淀は小さくため息を零し、それに追いつこうと大淀もスピードを上げた。

 

 そのまま、俺たちは一言もしゃべることはなく見張り台へと向かう。その道中、多くの艦娘たちが海岸へと向かって歩いていく姿を見た。模擬戦闘の観戦でも行くのであろう。普段、訓練ばかりの艦娘たちにとっては一種の娯楽なのかもしれないな。

 

 その中に曙と潮の姿を見かけたが、彼女たちは俺に気付くとすぐさま走り去って行ってしまった。割とメンタルに響くからやめてもらいたい。

 

 そんな艦娘たちを尻目に見張り台に辿り付いたとき、ちょうど演習が始まる直前だったらしく、模擬戦闘組が海を移動している姿が見える。

 

 先ほど顔を合わせたメンツが海面を滑る様に移動している中、主砲である連装砲を携えた吹雪が見えた。時折袖で顔を拭っている辺り、まだ万全と言った感じではないみたい。時折、長門が近づいては離れてを繰り返しているし。

 

 そこに、今まで傍に控えていた雪風が吹雪ではなく長門に近づいていき、何か耳打ちした。それを受けた長門はすぐさま吹雪に近付き、同じように耳打ちする。その瞬間、吹雪の顔が目に見えて明るくなった。

 

 アイスの件を伝えたのか? それ以降、長門も近づかなくなったし、袖で顔を拭うこともなくなった……何とか演習は大丈夫そうだな。

 

 そして、海上を移動していた艦娘たちはやがて6人に分かれ、それぞれ対峙するように陣形を整えていく。模擬戦闘とは言えども、いよいよ艦娘たちの戦闘が見られるのか。

 

 深海棲艦に唯一対抗できる存在―――――『艦娘』。先の大戦で沈んだ戦艦たちの魂が乗り移ったと言われている彼女たちであるが、その姿形は俺たち人間とそこまで変わらない。しかし金剛が言ってたように、彼女たちには深海棲艦を屠り去る砲門があり、海の上を滑る様に走る艤装がある。それは、深海棲艦に歯が立たない俺たち人類の最後の希望と言ってもいいだろう。

 

 そんな彼女たちがどのように戦場を駆け巡るのか、誰しもが一度は見てみたいと思うモノだろう。

 

 

 やがて、隊列が整った艦娘たちは海の上で静かに佇む。もうすぐされるであろう、演習の合図を待っているのだ。

 

「そろそろですかね」

 

 海上に揃った艦隊を見て、大淀がそう声を漏らす。そして、手に持っていた書類を足元に置き、砲門を具現化させて頭上に向けた。どうやら、彼女の砲撃が開始の合図のようだ。てか、こんな近くで砲撃されたら俺危なくね?

 

「提督、危ないですから少し離れていてください」

 

 俺の心を読んだ大淀にそう諭され、彼女から一定の距離を開ける。それを確認した大淀は俺から頭上に向ける砲門に視線を移し、空いた手で砲門を具現化する腕を押さえる。そして、大淀は力むように一瞬顔をしかめた。

 

 次の瞬間、ズドン!! と腹の底に響き渡る音が聞こえた。しかし、音とは裏腹に砲撃の衝撃は一向に俺に襲ってこない。衝撃が襲ってこない理由は簡単だ。

 

 

 

 

 

 すぐそばで、砲撃がされていない(・・・・・・)からだ。

 

 何事かと目を向けると、そこには飛び降りんばかりに見張り台から身を乗り出している大淀。身を乗り出している彼女は顔を真っ青にさせながら倒れるのかと思うほど勢いよく仰け反り、次の瞬間耳をつんざくような声を上げた。

 

 

 

 

 

「て、敵機襲来!! 総員、建物内に避難してくださぁぁぁぁいっ!!!!」


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