新米提督苦労譚~艦娘たちに嫌われながらも元気に提督してます~   作:ぬえぬえ

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後半に人体破損描写があります、ご注意ください。


『提督』としての判断

『帰還する母艦を失った艦載機程、怖いモノは無い』

 

 走り出した瞬間、俺の頭には軍学校で教えられていた言葉が浮かんでいた。

 

 先の大戦は今までの常識をひっくり返す特別な戦争であった。当時、海戦は戦艦同士の砲雷撃戦が主流であり、砲門の大きさ、射程、威力が勝敗の行方を左右する大鑑巨砲主義であったが、その大戦では戦艦同士の砲雷撃戦よりも艦載機による戦艦への爆撃、艦載機同士の航空戦を主流とする航空主兵主義へと切り替わった時代でもあった。つまり砲門の大きさや威力ではなく、どれだけ多くの艦載機を保有、運用できるかによってその国の戦力が計られることとなったのだ。

 

 そんな艦載機としては華々しい時代において、海戦の勝敗を決する要となった艦載機の横には必ず自身を発艦する母艦の存在がある。艦載機を搭載して海戦においてそれらを発艦させる母艦は主に空母であり、艦載機にとって出撃するためのモノでありながら、生きて帰るには必要不可欠なモノでもあった。

 

 

 それはつまり、母艦の撃沈=自身の死を意味する。

 

 

 その言葉通り、先の大戦で母艦が敵によって沈められた際、帰る場所を失った多くの艦載機が敵戦艦に突っ込んで果てることが多々あった。それは、生きて帰れないのならせめて敵に一矢報いてやる、と言う艦載機乗りの執念の行動であったと言えよう。その執念によって少なからず戦艦が沈められ、それによって多くの命が失われることとなった。

 

 そして今、その執念にも似た何かが再び牙を剥いた。それは、雪風に迫る敵艦載機。

 

 母艦であった空母を撃沈され、味方は次々と敵の攻撃によって撃墜されていく。雪風や艦載機たちの攻撃を掻い潜ったのだ、あの艦載機も弾薬すら残ってはいまい。あるのは己の身と、両脇に吊るされた爆弾のみ。それを放ったところで、雪風の類稀なる回避術の前では当てるは愚か掠ることさえ難しいだろう。

 

 そして、目の前にはその類稀なる回避術ではなく砲撃によって自らを落とそうとした彼女が、弾切れによってその場で硬直している。今なら、爆弾を落とせば当たるであろう。しかし、どうせ爆弾を落としたところで自らは打ち抜かれて果てるのみ。

 

 ならば、目の前にいる艦娘を道連れにして果てようではないか―――敵艦載機の動きから、そんな執念にも似たものを感じた。その執念に、俺はただ歯を食いしばって走ることしか出来ない。弾切れを起こして砲撃出来ない雪風と、執念の塊となって迫る艦載機の間に割って入るために走るしかないのだ。

 

 今から走ったところで間に合わないのは分かっている。仮に間に合ったとしても、人間の俺じゃ艦載機の突撃から雪風を守ることさえ出来ない。よくて、直撃を避ける程度だ。しかし、それも爆風によって帳消しにされる。俺が今ここで走ったところで、何もかも無駄なのは分かっている。

 

 

 でも、もう見たくないのだ。目の前で誰かが傷つくのを。

 

 

 もう目の前にいたくないのだ。傷つく人に手を差し伸べられず、ただ茫然とすることしか出来ない自分を。

 

 

 もうやめたいのだ。目の前で消えゆく命すら救えなかった、あの時の弱い自分を。

 

 

 だから俺は間に合わなくても、勝算が無くても、死ぬかもしれなくても、ただ走り、助けたいと思う人の名前、喉を震わせて、心臓を潰してでも叫ぶしかないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雪か――――」

 

「らぁァァァアアア!!」

 

 突然、何処からともなく聞こえてくる絶叫と、腹の底に響き渡る鈍い砲撃の音が俺の鼓膜を叩く。それと同時に、雪風に迫る敵艦載機に横なぐりに黒いモノが、その装甲ごと機体の半分を食い破る。

 

 機体の半分を失った艦載機はそのまま雪風から軌道を逸れて進んだ瞬間、轟音を立てて爆散していった。

 

 突風が俺の顔を叩く。倒れないよう無意識のうちに踏ん張ったことで足が止まるも、目だけは閉じることなく、縫い付けられたように艦載機が飛んでいた場所を凝視していた。その視線には、同じように砲門を向けたまま雪風が固まっている。

 

 そして、俺の視線の中で砲門を下ろした雪風が艦載機を食い破った黒いモノが飛んできた方向に目を向ける。それにつられて、俺の視線もそちらに注がれた。

 

 

 雪風が立っている場所から十数m先、波打ち際で砲門を頭上に向けている艦娘が立っていた。

 

 

 その艦娘の身体は敵の攻撃を喰らったのか、服は焼け焦げを残してボロボロで腕や足には火傷の痕が見受けられる。砲門を掲げる腕、及びその身体を支える足は小刻みに震えており、触れただけで壊れてしまいそうなほど実に弱弱しい。

 

 トレードマークでもあったピンクの髪留めは爆風によって吹き飛ばされ、無造作に解き放たれた薄紫色の長髪が海風に揺れる。その隙間から覗く、苦痛に歪む顔。やがて、その艦娘は掲げていた砲門を下げ、糸が切れた人形の様に後ろに倒れた。

 

 

「曙!?」

 

 咄嗟にその名を呼ぶと、すぐさま曙の後ろから同じ柄のセーラー服を纏った駆逐艦が飛び出してきて後ろに倒れる曙の身体を抱き留めた。倒れなかったことに安堵の息を漏らしていると、雪風が弾ける様に飛び上がって曙に駆け寄っていくのが見える。取り敢えず、まずは彼女の容体を見ないと。

 

「潮ちゃん!! 曙ちゃんは大丈夫ですか!?」

 

「先ほど敵の爆撃を喰らっていますが……い、命に別状はないですぅ」 

 

 先に駆け寄った雪風が曙の容体を尋ねると、彼女を抱き留めた艦娘――――潮が弱弱しい声で応えた。潮自身、今にも泣きそうなほど顔をグシャグシャにするも、俺が近づいてくるとその顔から目つきを鋭くさせ、曙をぎゅっと抱きしめながら俺から少し離す。俺に触らせたくない感じだ。

 

「潮、曙を診せてくれ。容態によっては応急処置をしなくちゃいけない」

 

「貴方に診てもらわなくても曙ちゃんは大丈夫です。私たち艦娘はドックに入りさえすれば怪我なんて治りますから」

 

 俺の言葉に潮は目も合わさずにそう応えた。その腕の中で曙は痛みに呻き声を上げている。怪我が治ると言ってもドックに入るまでは痛みと戦わなくちゃいけないわけだし、それを少しでも軽減するために応急処置があるんじゃねぇか。そう言っても、潮は頑なに首を縦に振らない。そうしている間にも、彼女の腕の中では曙の呻き声が聞こえる。

 

 ……もう見てられるか。

 

「雪風、手伝え」

 

「いやぁ!! 曙ちゃんに触れるなぁ!!」

 

 俺の言葉に雪風は無言で後ろから潮を羽交い絞めし、その手から解放された曙を抱き寄せて怪我の具合を確かめる。横で曙を奪われたことに暴れる潮であったが、やがて暴れるのをやめて嗚咽を漏らし始めた。その目だけは、曙の身体を触れる俺を睨み続けていたが。

 

 そんな視線に晒されながら曙の怪我を診ていく。殆どは爆撃による火傷、そして腕や足に浮かぶ青あざは激しく身体を叩きつけられたみたいだな。天龍の肩や足のように被弾したような痕は見られない。取り敢えず、火傷の患部を水で冷やして、濡らした布を当てればいけそうか。

 

「北上、演習場から給水タンクを持ってきてくれ。あと、大淀に連絡を」

 

「あいよー」

 

 いつの間にか傍にいた北上にそう指示を出すと、彼女は軽いノリで快諾して演習場へと消えていった。それを見送った後、不意に大淀の言葉を思い出した。

 

「曙、何で避難しろって言われていたのにわざわざ海岸に行ったんだ? 敵の懐に飛び込むようなもんじゃねぇか」

 

 俺は当初、演習場にいる艦娘全員に鎮守府内に避難するよう指示を飛ばした。勿論、彼女たちも演習場にいたため、避難の対象になっていた。しかし大淀の報告によれば曙たちは鎮守府内ではなく、敵艦載機が飛び交っている海岸に向かって走って行ったのだ。そして、今こうしてボロボロになりながらも海岸にいたことを見るに、彼女たちは自らの意思でここに移動したということになる。

 

「あ、あたしたちは実弾を撃てるから……少しでも敵機を落として安全を確保しようとしたの……」

 

 俺の問いに、曙は苦しそうに息を吐きながらそう応える。その言葉に、彼女たちと出会った食堂での光景を思い出した。

 

 

 朝食堂にいた時、曙たちは演習用のペイント弾ではなく実戦用の実弾を補給していた。おそらく、彼女たちは演習ではなく他の任務に就いていて、それが終わって物見がてらに演習を観戦しに来ていたのだろう。そして敵襲が起こり、演習場にいる艦娘の殆どはペイント弾しか撃つことが出来ずに逃げる中、実弾を撃てる曙たちは避難する艦娘たちの安全を確保しようと敵艦載機迎撃に向かった、と言ったところか。

 

「曙、それはめい――――」

 

「ほい、提督。これでいい?」

 

 俺の言葉を遮るように、北上が間の抜けた声を上げて給水タンクを見せてきた。今はそんなことを言ってる場合じゃない。曙の応急処置が最優先だ。

 

「助かる」

 

 そう言って北上から給水タンクを受け取り、火傷の患部に水をかけて冷やす。痛みに呻き声を上げる曙であったが、濡れた布を患部に巻き付けた時にはその顔から苦痛の色が薄まったような気がした。

 

「雪風、北上、曙を背負うから手伝ってくれ」

 

「ほいさー」

 

「了解しました!!」

 

 俺の言葉に北上と雪風が元気良く応え、雪風が羽交い絞めしていた潮の身体を離す。二人の手を借りて曙を慎重に俺の背中に乗せ、動けるようになるまで、潮は足元を見つめたまま動こうとはしなかった。

 

「んじゃ、とっとと鎮守府に帰るぞ」

 

 そう号令をかけて歩を進める。後ろから同じように海岸を踏みしめる音が聞こえるも、明らかに1人の足音が足りない。それが誰だかは、想像するに易い。

 

「潮、突っ立ってないでさっさと……」

 

 振り返りながらそう声をかける。しかし、その言葉も最後まで続かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 潮が、こちらに砲門を向けていたからだ。

 

「……どういうつもりですか」

 

 突然の光景に何も言えないでいると、傍らの雪風が低い声を漏らしながら俺の前に立ち塞がる。その声色に俺の背筋に寒気が走る。いつもの明るい雪風しか見てこなかったためか、その雰囲気の落差にすぐ身体が順応しなかったのだ。

 

「あんまりやんちゃするもんじゃないよ?」

 

 同じく北上も低い声で潮に語り掛ける。そんな二人の言葉を受けてか、潮は今まで下げていた顔を上げた。その瞬間、今まで感じたことのないような寒気が体中を駆け巡った。

 

 

 そこに、今朝彼女に向けられた『あの目』があったからだ。

 

 

「……あんたなんでしょ?」

 

 その目を向けながら、潮は雪風や北上よりも低い声でそう語り掛けてきた。

 

「……な、何が」

 

「あんたが深海棲艦を招き入れたんでしょ!!」

 

 俺の言葉をかき消すように潮が絶叫染みた声を上げる。その言葉の意味を理解する前に、潮は怒りくるった顔のまま犬歯をむき出しに吠える。

 

「あんたがこの演習場にいるって聞いたときからおかしいと思ってた!! 着任してから一回も出撃時や遠征部隊の出航時に顔を見せなかったあんたが、何故か演習にひょっこり顔を出した!! ……おかしいとは思わない? 今まで提督業務を放棄していた奴がいきなり顔を出して、そして待ってましたと言わんばかりに深海棲艦が襲ってきて、たくさんの艦娘が……曙ちゃんが大怪我を負った!! どう見ても、深海棲艦と示し合わせていたとしか考えられない!!」

 

 潮は一言一言恨みをぶつける様に叫んでくる。それを受ける俺は、ただただこの場の状況が分からなかった。いきなり砲門を向けられ、そして深海棲艦と繋がっていると叫ばれる。砲門を向けられる筋合いもないし、ましてその理由にある深海棲艦と繋がっているなんて身に覚えがない。

 

 どこをどのように繋げれば俺が深海棲艦と手を結んでいた、なんて発想に至るのかがまるで分らない。

 

「……潮さん、冷静に考えてください。仮にしれぇが深海棲艦と繋がっていたとしましょう。では、何故しれぇは私たちを避難させるよう指示を出したのですか? 深海棲艦側なら、指示を出さずに放っておくか、もしくは支離滅裂な指示を連発して私たちの指揮系統を混乱させるでしょ? その方が被害は甚大になりますし、当時演習場にいた艦娘は実弾を撃てないのですから容易く制圧できるでしょうし」

 

「でも、そいつが出した指示は穴だらけだったじゃない!! きっと私たちを貶めるための罠だったのよ!!」

 

 雪風は淡々とした言葉に、潮は噛み付く勢いで叫ぶ。その姿に北上ははぁっと溜め息を漏らした。

 

「それも、加賀や大淀の進言を採用して通用するものになったじゃん。もし敵さん側なら、穴を埋めるような進言は退けるはずだよ?」

 

「っ……じ、じゃあそいつは深海棲艦が襲撃した時、異常なぐらい冷静だった!! 実戦経験のない新任が不意打ち気味に攻めてきた敵をそんな冷静に迎撃するなんて不可能よ!! 奴らが攻めてくることを事前に知っていたに違いないわ!!」

 

「それこそ、しれぇが優秀だったってことじゃないですか。雪風はそんなしれぇがここに着任してくれてうれしいですよぉ」

 

 潮の言葉を切り返す形でそう言った雪風は、俺の腰のあたりに抱き付いてくる。あまりベタベタくっつかないでもらいたい。こういう状況で、それは火に油を注ぐことにしかならないから。

 

「っ!! ならそいつは深海棲艦側の斥候よ!! この襲撃で私たちの信頼を得るために深海棲艦と示し合わせて的確な指示を出した!! 信頼を得てからゆっくりと深海棲艦側に情報を流す算段なんだわ!!」

 

「……いい加減にしなさいよ」

 

 ああ言えばこう言う、を体現させながらのたまってくる潮に、俺の後ろからそんな言葉が飛んでくる。そう言ったのは曙。彼女が発した言葉は雪風や北上が発したものとは比べ物にならないほど低く、口答えを許さないという裏の意味を孕んでいるように思えた。

 

「……曙?」

 

「……降ろしなさい」

 

 背中の曙にそう問いかけると、同じような声色でそう返って来た。それを受けて、俺は口答えすることもなくゆっくりとしゃがみ、曙を降ろした。地面に足を付けた曙は痛みに顔をしかめるも、すぐさま目つきを鋭くさせて潮を睨み付けた。

 

 

「潮、あんた自分が今言ったこと覚えてる? あたしの耳には、ただガキが我が儘を言ってるだけにしか聞こえなかったわ」

 

「っ」

 

 曙の挑発的な態度に潮の顔が歪む。そんな表情を向けられた曙は、少しも動じることなく真っ直ぐ見つめ返した。

 

「あんたがクソ提督を毛嫌いしている理由は分かってるわ。でも、コイツはあんたに何かしたの? コイツのせいであんたは何か被害を被ったの? 違うでしょ? コイツはあんたに何もやっていない。なのに、あんたはありもしない理由を付けて糾弾している。お門違いだとは思わない?」

 

「でも!! そいつは曙ちゃんの入渠するドックに押し入ろうとしたじゃない!!」

 

 潮の言葉に、俺の傍らに控える雪風と北上が一斉にこっちを振り向く。目を合わせないよう視線を外したが、明らかに友好的な視線ではないのは分かった。

 

「あれに関しては、あたしの平手打ちで済ませたわ。てか、当事者でもないあんたがそれを理由にあげるのはおかしいわよ」

 

 曙の言葉に潮は言い返せないのか、俺に向けた砲門を下げて不満ありげの顔のままぐぐっと口を噤んでしまった。たぶん、曙からあの件について片がついたことを知らされていなかったのだろうな。まぁ、曙自身思い出したくもない記憶を周りに言うとは思えないし。

 

「……あんた、あたしがこの手のことが大っ嫌いなのは知っているわよね? ありもしない罪を擦り付けて、それで責められるのを見るのが死ぬほど嫌いなのをあんたは知っているわよね? それを知ってる上で、見せているわけ?」

 

 急に、曙の声色が変わった。今まで言い聞かせるようなものだったのが、導火線に火が付いた爆弾の様にどんどん語気が荒くなっていく。その顔も、無表情からだんだんと怒気が滲み始めていた。

 

「ようするに、今回のことはあたしへの当てつけ? そうなんでしょ? 大っ嫌いなことをわざわざ見せるためにクソ提督を陥れようとしたの? あたしを苦しめるためにそう仕向けたんでしょ?」

 

「ち、違うよ!!」

 

 曙の言葉に潮が弾かれた様に顔を上げてそう叫ぶ。その顔には『あの目』は浮かんでおらず、代わりに大粒の涙が浮かんでいた。

 

「今更弁面しよったってそうはいかないわ。分かってるわよ、あたしはあんたの身代わりだったもんね。いつもあんたばっか褒められて、チヤホヤされて、優越感に浸っていたんでしょうね。その陰で尻拭いをするのがあたしの役目だったもんね」

 

 曙の言葉に、潮は何も言い返せずに俯いて唇を噛み締める。その目から大粒の涙をこぼしながら、噛み締めた唇から血を流しながら。そして、その口が小さく動き始める。

 

「……のせいだ」

 

「はぁ? 何て言ったの? 全然聞こえないわよ?」

 

 潮の呟きに曙がわざとらしく大声を出す。それを聞いた瞬間、潮は顔を上げると同時に砲門を俺に向ける。その行動にすぐに反応出来なかった俺に向けて、潮は血が流れる唇も構わず大きく口を開いた。

 

 

 

「お前のせいだァァァァアアアア!!!!」

 

 その言葉と共に、腹の底に響く鈍い砲撃の音。それを聞いた瞬間、俺は傍らの二人を抱きかかえて地面に倒れ伏す。そして、襲ってくるだろう砲弾から守るために二人の上に覆いかぶさった。凄まじい突風が俺の顔を叩き、次に来るであろう衝撃と爆風に備える。

 

 

 

 

 

 しかし、それ以降何もやってくることはなかった。何も来ないことに不思議に思い、俺は思わず顔を上げて前方を見る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこには、黒い煙を上げながら後方に吹き飛ぶ潮の姿があった。

 

 

「潮!?」

 

 当然のことに一瞬固まるも、すぐさま飛び起きて吹き飛ぶ潮目掛けて走り出す。そして、地面に激突する擦れ擦れでその身体をキャッチした。しかし、キャッチした後に俺の目にとんでもないモノが映る

 

 

 

 先ほど彼女が砲門を向けていた腕、その手首から先が無い(・・)のだ。

 

 余りにも酷い光景に目を背けたくなるも、身体に鞭打って彼女の身体を地面に横たえてすぐに服を破り、それで手首より少し上の方を力の限り締め付ける。しかし、それをしても手首からは血がにじみ出てくる。次に上着を脱いでそれを彼女の手首に巻き付け、傷口からの止血を施した。

 

「しれぇ!!」

 

 潮の止血を施した後に切羽詰まった雪風の声が聞こえ、振り返ると担架を携えた複数の艦娘を伴った雪風が近づいてきていた。彼女たちは潮の腕を見て一瞬目を見開くも、すぐさま表情を戻して担架を広げ始める。

 

「雪風は潮さんをドックに入渠してきます!! 皆さん、行きますよ!!」

 

 雪風の怒号に似た言葉に無言で頷く。それを受けた雪風は潮を担架に横たえて、風の様に鎮守府へと走っていった。潮が運ばれていく後ろ姿を見ていると、ふと周りにたくさんの艦娘達が居ることに気付いた。

 

 そして、彼女たちの視線はとある艦娘に注がれていた。

 

「……曙」

 

「ク、クソ提督……」

 

 そう声を掛けながらその艦娘―――――曙に近付くと、彼女は今にも泣きそうな顔を向けてきた。しかし、彼女の腕には砲門があり、砲口からは微かに煙が立ち上っていた。

 

 

 

 そう、彼女が潮を砲撃したのだ。

 

 

「あたし……あたし……」

 

「曙」

 

 俺は助けを請う様に手を伸ばしてくる曙の手を払いのけ(・・・・)、冷たい視線を向けてこう言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

「上官の命令違反、及び味方を砲撃し甚大な被害を与えたとして、1週間の営倉行きを命ずる」


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