新米提督苦労譚~艦娘たちに嫌われながらも元気に提督してます~ 作:ぬえぬえ
「ふぅ……」
ガス灯の柔らかな光が優しく照らす執務室。そこで、俺は椅子に腰かけて一息ついた。
今日は色々とあったために瞼は重く腕や足は棒のよう。こんな日は湯船に浸かってゆっくりしたいのだが、ドックはフル稼働中のため今日は湯船に浸かれそうにない。後でタオルでも持ってきて身体を拭くとしよう。
「で? 何でお前がここにいるんだよ」
「良いじゃないですかぁ~。減るものでもありませんしぃ~」
椅子に腰掛ける俺の足の間にスッポリハマるように腰掛け、そんな言葉を返すのは雪風。
営倉でカレー試食会を終わらせて後片付けをした後、何故かこいつは自室に帰らずに此処に屯している。こちとら色々と走り回って疲れていたのだが、鼻歌まじりに足をブラブラさせている雪風を見るに、簡単には帰ってくれなさそうだ。
因みに、自信満々に持ってきた雪風のカレーは不味くはなかったが、火が通りきっていない野菜と変に水っぽいルーと言う少々残念なモノだった。雪風自身、俺の作ったやつとの余りの違いに「雪風でも再現できないのですかっ……」って項垂れていたし、本人的にはもうちょっと美味しいはずだったんだろう。
でも、そんな中で1人貪るように食べていた曙には好評だったことが唯一の救いだったみたいで、ちょっとは機嫌が良くなったんだがな。まぁ、曙もこれより美味しいと雪風が太鼓判を押した俺のカレーを言葉では軽んじていたけど、期待に膨らむ目を俺に向けていたことはどうでもいい話か。そう遠くない未来、もう1人分の飯を作ることが確定したようです。
まぁいい、今さら1人2人増えたところで手間は変わらん。食材についても大本営に手紙を出して回してもらうよう手配すればいいか。
「雪風、手紙書くから退いてくれ」
「まさか昔のガールフレンド!? しれぇにもそんな時期が!?」
「アホ」
期待の眼差しを向けてくる雪風の頭を軽くチョップし、痛みに頭を抱える雪風の脇に手を入れ持ち上げて立たせる。無理矢理立たされた雪風が不満げな顔で睨み付けてくるのを見ないフリして、机の引き出しから便箋とペンを取り出した。
「誰に書くんですかぁ?」
「大本営だよ。色々な物資をあっちから手配してもらえるよう交渉する」
そう言いながらペンを走らせる俺を雪風は何故か不思議そうに見つめてきたが、すぐさま走らせるペンに意識を集中させた。
今日の吹雪の言葉から見るに、この鎮守府は慢性的な資材不足に陥っている。まぁ、出撃や演習で燃料や弾薬を使うし、更には食事にも使うんだから相当量の資材が要るわけだしな。そして、今回の件で入渠で更に資材が飛ぶとなると運営すら危うくなるかもしれないし。大本営から最低限の資材を支給されるのが普通って学校で習ったから、今回のような緊急時におけるフォローもやってくれるだろう。
もし首を縦に振らなかったら、何の説明もなしにこんなところに
まぁ、他に手紙を書く目的はある。それは、今回の襲撃事件の処理だ。
今回の件で轟沈、死亡者は出なかったものの、各艦隊所属と鎮守府防衛戦力以外に出撃不可能な負傷者が多数、という甚大な被害をもたらしたことへの責任を取らされるのは目に見えているからだ。
更には、鎮守府内に深海棲艦を侵入させたこと、今回は鎮守府のみだったが近隣の住民にも被害が及ぶ可能性もあったわけでそのリスクを回避できなかったこと等、呼び出される理由には十分すぎる材料が揃っている。そこをつつかれることは間違いないだろう。
新米だってことと着任して間もないことを全面に押し出せば見逃してもらえねぇかな。……下手したら責任をとらされて腹切らさせられるんじゃねぇだろうな? 頭の固い奴等だ、そんなことを言ってきそうな節もある。それに、その件を罰として資材の追加提供を拒否されたらどうするか……。
それを考え出すと、まだそうなると決まった訳じゃねぇのに胃の辺りがキリキリしてくる。あぁ、しんどいなぁ……。
そんなことを思いながら腹をさすっていると、コンコン、とドアがノックされた。
「どーぞー」
「お前が答えるのかよ」
部屋の主である俺を差し置いて返事する雪風にそう突っ込みを入れるが、返事は開かれたドアから入ってきた人物によって返ってこなかった。
「榛名さん!!」
「失礼します」
雪風の声に入ってきた艦娘――――榛名は手を振りながら笑いかけ、すぐさま顔を引き締めると俺に向かって頭を下げる。しかし、俺はすぐに反応できなかった。
「榛名……無事だったのか」
「榛名は昨日の件で罰として資材を集める艦隊に配属されて鎮守府に居なかったために被害を受けることはありませんでしたので……そして、これは金剛お姉さまからです」
俺の問いに申し訳なさそうに頭を下げる榛名。まぁ、あの件で出撃組に入っていたために難を逃れたのはこっちとしても万々歳だが……なんか複雑だわ。そんなことを思っていると、軽く頭を下げた榛名は脇に挟んでいたファイルを差し出してきた。
「今回の件の被害状況と消費した資材、その残量です」
一番考えたくない話題がやってきやがったか。思わず顔を覆いたくなるのを堪えて差し出されたファイルを受け取り、中を見る。
「やっぱりか……」
予想通り、そこに書かれていた数字はお世辞にも良いとは言えないモノばかり。所属する艦娘たちの大半は負傷、出撃不可能な者には赤字でチェックが付けられ、それがページの大半を占めるところも見受けられる。負傷者の治療についてはドックをフル稼働すれば1週間程度で何とかできるっぽいのが救いか。しかし、それに対して消費する資材が備蓄の殆どを喰い破っており、残りの燃料や弾薬は8000、鋼材やボーキサイトも5000を下回っている有り様だ。
消費した資材の大半は入渠によるモノで、他には出撃に遠征、演習、食事である補給か。入渠分を除いた消費量は約2000ほど。残量と見比べても確実に2、3日で資材が枯渇するのは目に見えているな。首がどうとか言ってられない状況だ。
「すぐに金剛お姉さまの指示で遠征部隊を複数編成させ、出てもらいました。また、潜水艦隊をオリョール海に出撃、資材の確保に向かわせました。あとは、しばらくの間補給を切り詰めれば、何とか凌げるかと思います。しかし、入渠する艦娘たちの治療が……」
鎮守府における全ての行動に資材が必要となれば、今は遠征部を駆使して資材をかき集めるしかないか。しかし、同じ人員がずっと遠征に行くのもしんどいだろう。まずは、動ける人員の確保だな。
「榛名、動ける人員を確保するために入渠は軽傷者を最優先に、命に関わるほどの重傷者は例外で先に入渠させるようにしてほしい。入渠出来ない奴は応急処置で何とか凌ぎきってもらうが、その代わり自然治癒力を高めるために『補給』を最優先。入渠し終えた者から遠征部隊を組み、帰ってくる部隊と入れ替わりに出てもらうのを繰り返す。ローテーションは任せていいか?」
艦娘に自然治癒力が備わっているかは知らないが、入渠の際にそれなりの資材を消費する。だから、その資材を食べれば多少なりとも自然治癒力が促進するんじゃないか、と言う淡い期待に賭けたわけだ。もし違っていたら全員に土下座でもするか。
それに、遠征部隊に関しても艦娘たちの特徴は榛名や金剛の方がより理解しているし、俺が指示出すよりも言うことを聞いてくれるだろう。最高指揮官なんて肩書きを持っているわけだが、ここは現場監督である彼女たちの采配に任せた方が上手くいくはずだ。仕事をぶん投げている訳じゃねぇ、適材適所だよ。
「今日の哨戒は潜水艦隊でしたよねぇ? 鎮守府近海の哨戒は大丈夫なんですかぁ?」
そこまで指示を終えると、間で黙り込んでいた雪風がそんな質問を榛名にぶつけた。って、今日の哨戒が潜水艦隊ってことは、ある意味今日の襲撃事件を引き起こした奴等ってことじゃねえか。
「現在、鎮守府防衛戦力から割いて充てていますが、何分艦娘が足りずに少々穴があります。警備する場所を変えながらそれを補っている状況です」
穴がある時点で哨戒とは言えんだろ。しかし、人員ばかりはどうにもならんか。なら、今鎮守府を離れている艦娘たちに頼むのはどうか。
「入渠が終わった奴等は遠征部隊よりも哨戒隊に向かわせることを優先的にしてくれ。んで、哨戒隊の人員が集まるまでは遠征部隊に索敵範囲を拡大させることで対応出来ないか? そうすれば哨戒の穴も小さくなると思うんだが」
「無理に索敵を広げると遠征部隊の負担が増しますよぉ? 夜間は駆逐艦や軽巡洋艦等の夜間に強く且つ入渠が早く済む艦娘を多めに配置して、昼間はいつも通りの人員に加賀さんたちの艦載機と連携させて哨戒を行ってもらえれば良いと思います」
俺の発言に雪風がそんな提案をしてくる。確かに、最優先に確保すべき資材を集める遠征部隊に索敵範囲を無理に広げさせて負担が増し、失敗でもしたら元も子もないか。夜は多数の夜間哨戒、昼は艦載機を交えた哨戒……上空からの方が見えやすいし雲などに隠れれば見つかる心配はない。明日の昼はこれでいくか。
今日の夜に哨戒に出る奴等には負担をかけて申し訳ないが、それは間宮アイス券を進呈することで対応しよう。演習の時あれだけ騒いでたんだし、飛び付いてくるだろう。
「雪風は今日の夜間哨戒に参加する奴には特別手当てとして間宮アイス券を進呈するよう伝えてきてくれるか? あと、言い出しっぺだからそのまま哨戒部隊を率いてくれ」
「りょーかいしましたぁ」
そう言って雪風は椅子から立ち上がると、入り口のところでビシッと敬礼し、小走りに執務室を出ていった。それを見送り、俺は再度ファイルに目を移して不足している資材量をみる。どれだけの資材があれば安心するのかな?
「榛名、資材ってどのぐらい備蓄しておけば安心できるんだ?」
ファイルから視線を外さずにそう問いかける。しかし、すぐに返答がこない。ファイルから視線を外して榛名を見ると、何故か肩をすくめて縮こまっていた。その視線は空中を忙しなく右往左往し、時おり目がこちらを向いてはすぐさま視線を外すことを繰り返した。
「……榛名?」
「提督は……榛名を罰しないんですか?」
俺の問いに、榛名は答えではなく質問をぶつけてきた。彼女が発した言葉の意味が分からず、首をかしげると、榛名は視線を下に向けながら拳を固く握った。
「榛名は『戦艦』です。戦艦は敵を倒すことが役目であり、存在意義であり、それが出来なければただの役立たずです。そして、その敵が鎮守府を襲撃していた時、榛名は遠い海の向こうで資材を集めていました。金剛お姉さまの命令とはいえ、榛名は自身の役目を全う出来ませんでした……だから……」
最後の言葉を発すると同時に、榛名は握りしめた拳を自らの太ももに振り下ろした。それは、震える身体に活を入れるためのものだったのかもしれない。しかし、身体の震えは止まらず、何度も何度も振り下ろされる拳の音が響くだけで何も変わらない。まして、彼女の目から涙が滲んでいた。
「……前任か?」
俺がそう問いかけるも、榛名はただ震えを止めるために拳を振り下ろすだけであった。しかし、それが答えだと言うのは嫌でも分かる。
「ふざけたことを……」
無意識のうちに、俺はそうこぼしていた。それに身体を震わせる榛名は拳を振り下ろすのをやめ、固く目を瞑った。まるで、次に来るであろう激痛に耐えるかのように。
その姿に、俺は椅子から立ち上がってゆっくりと榛名に近付くために歩を進めた。絨毯を踏みしめる音が微かに響き、その足音が鳴る度に榛名の目尻に力が入り、歯を食い縛り始める。
やがて、彼女の前で立ち止まる。その時、榛名が目を瞑り歯を食い縛りながら顔を上げ、頬を差し出してきた。叩いてください、と言わんばかりに。
「榛名……」
そう声をかけると彼女の身体はビクッと揺れ、やがてそれは凄まじい震えとなる。それを前にして、俺は手を上げた。
その手が、彼女の頬に触れる。
「やわらかいなぁ」
「ふぇ?」
思わず率直な感想を述べると、榛名がそんな声を上げながら目を開き、自らの頬を触る俺を凝視してくる。
「はい、罰終わり」
それを受けて、俺はそう言いながら彼女の頬から手を離し、その頭に手を強めに置いて下を向かせてクシャリと撫でた。
急に頭を撫でられた榛名は「わわっ」と小さな声を上げながらも抵抗することなく、撫でられるがままに。やがて撫でる手を離すと、榛名は不思議そうな目を向けてきた。
「……何ですか? 今の……」
「罰」
榛名の問いに素っ気なく返し、俺は椅子に座ってペンを握る。そのまま便箋にペンを走らせる俺を、榛名は穴が開くほど見つめてきた。
「……罰? あれがですか?」
「男に頬を撫でられるの嫌だろ? 罰って嫌なことをするもんだし、それでいいだろよ。それに――――」
そこで言葉を切って、俺はペンを止めて傍らのファイルを取り上げる。そこに書かれている金剛と榛名が指示した遠征部隊の名簿と潜水艦隊の名簿を指差す。
「榛名たちは資材を集めるために遠征部隊と潜水艦隊を出した、今出来ることをやってるんだからそれで十分さ」
俺の言葉に、なおも分からないと言いたげに首をかしげる榛名。失敗したときは罰を受けるのが当たり前、って思っている感じか。まぁ間違ってないけどさ。
「過ぎたことを今さらグダグダ言ってその結果が変わるか? 変わらねぇだろ。どうせ変わらねぇんだ、その時間を今出来ることを考えることに回せ。時間は有限なんだ、もっと効率よく使えよ。そしてこの報告を見るに、榛名たちは今の状況を打開するために遠征部隊、潜水艦隊、更には哨戒部隊を編成して、資材の確保と鎮守府の安全を図っている。今、お前らが出来る最善策をやってるってことだろ? それで十分じゃねぇか」
出来ないことを無理にする必要はない。出来ることをやればいい。余裕があれば出来ることを増やしていけばいい。
それが俺のやり方であり、生き方だ。
「……提督は優しいのですね」
「受け売りだけどな。さぁ榛名、大体どのくらい備蓄があれば安心できる?」
優しげな笑みを浮かべる榛名の言葉にそう返しながら問い掛けると、榛名は顎に手を当てて考え始める。その姿を見ながら、俺は内心冷や汗をかいていた。
言えない……頬を撫でた時に向けられた視線に耐えきれなくなって、視線を外すために頭に変えたなんて……恥ずかしすぎて言えない。
軍学校と言う男ばかりのところで数年生活してきたんだ、女と言うものに触れ合う機会なんて皆無に等しかったわ。それが、まだ会って2回目ぐらいの子にあんな顔で見つめられたらむず痒くなるのは当然だろ? 頭に変えて撫でた後にすぐに机に座ったのも、あの視線を見ないようにするためだし。
俺のやり方で言うなら、
要するに、自他共に認める『ヘタレ』ですわ。
「大体、全20000ほどあれば有事の際でも安心できますね」
「20000……ね、了解」
榛名の言葉を手紙とはまた違う紙にメモとして書いておく。大体、各資材が10000ほどもらえばいい感じか。遠征部隊や資材集めの分を考慮すれば8000ぐらいでもいい感じだが、多めに貰えるに越したことはない。出来る限り搾り取らせていただきましょう。
「さて、後はこれを大本営に送ればいいか」
「榛名がお出ししておきますよ」
書き終えた手紙を封筒にしまうと、榛名が柔らかな笑顔を向けて手を差し出してくる。たかだか手紙を出すだけにそんな気遣い必要はないのにな……。
「じゃあ、頼めるか」
「お任せください」
差し出した手紙を受け取った榛名は頭を軽く下げ、小走りでドアへと向かう。が、途中で何かを思い出したようにこちらを振りむいて微笑みかけてきた。
「私、『
へ? 『月次 遥南』? 誰の名前? 『榛名』は『榛名』だろ?
「私の『真名』ですよ。艦娘になる前の―――人間の頃の名前です」
『真名』って、艦娘になる前の名前……要するに榛名の本名ってところか。でも、何でこのタイミングでそれを教えたんだ? そっちで呼んでほしいってことか?
「えっと……これからは『月次』って呼べばいいのか?」
「いえ、普通に自己紹介をしてもらえれば結構です」
尚も柔らかな笑顔を浮かべる榛名。ま、まぁ本名を名乗られたら名乗るのが礼儀ってものか。
「改めまして、明原 楓と言います。よろしくお願いします」
「よろしくお願いいたします。では、榛名は失礼しますね」
俺の自己紹介に満足げな顔のまま、榛名はそれだけ言うと執務室を出ていった。結局、何故急に『真名』を名乗ったのかは分からないままだが、そう気にするものでもないだろう。
そう頭を切り替え、俺も自室へ戻るために執務室を後にした。
その後、大本営から召集令状が届いたのは数日後のことであった。