新米提督苦労譚~艦娘たちに嫌われながらも元気に提督してます~   作:ぬえぬえ

19 / 97
提督の『お守り』

「……で、ありますから、テートクは大本営まで行ってもらいマース。すぐに出立するので、準備を整えておいてくださいネ」

 

 夥しい書類の山で埋まる机。その書類の間から伸びる白い腕から召集令状を受け取り、軽く目を通してから書類の山―――の隙間から見えるブラウン色のお団子に特殊な形のカチューシャに視線を向ける。

 

「……何ですカ?」

 

「え、いや……」

 

 俺の視線に気付いたのか、カチューシャとブラウン色のお団子がゆっくりと持ち上げられ、その下から青みがかった白い肌にくすんだ灰色の瞳の下には濃い隈が刻まれる顔を上げた艦娘―――金剛が抑揚のない声で問いかけてきた。

 

 その言葉に慌てて金剛から視線を外しながら頬を掻く。行き場を失った視線を彼女の傍らに佇む大淀に向け、あまり出来の良くない頭は胸中に秘めた言葉を言おうか言うまいかを思案するために回転させる。

 

 その間、俺から目を離した金剛は擦りきれた羽ペンを掴んで手元の資料に走らせる。書き終えた資料が彼女の脇の山に積まれ、その反対側に積まれた山から新たな資料を引っ張りだす金剛を見て、改めて大きく息を吸った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何か……場所違うくね?」

 

「ハァ?」

 

「いや、その……金剛と俺の立ち位置が反対じゃないか~、って思って……」

 

 喉の奥から絞り出した俺の言葉に金剛は走らせていた羽ペンを止め、訝しげな表情を向けてくる。青白い肌に濃い隈が刻まれた顔を向けられ思わず顔を背けるも 、何とか言いたいことを言えたことに安堵の息を漏らす。

 

 と、言うのも、今現在の俺は金剛の部屋にいる。そこで、大本営からの召集令状を金剛(・・)から受け取ったのだ。

 

 ……いや、俺提督よ? 普通、大本営からの手紙とかって第一に俺の手元に来るはずよ。それが、何故1艦娘である金剛の元に届けられるんですかね? 大淀さん、そこで目線を反らさないで下さいよ。

 

 それに次はこの部屋だ。

 

 金剛の私室であるここは何故か俺の自室よりも広く、かつ扉から入ってすぐの大きな机―――執務室にあるであろう机が鎮座しており、その脇には来客用のソファーが2組、机と一緒に置いてある。ここは執務室ですか? と言いたくなるほどの家具の充実度よ。大淀さん、思い出したように眼鏡を拭き始めるのやめてください。

 

 そして極め付きはその机に積まれた夥しい量の書類だ。

 

 横目でチラッと見えた限り、どれもこれも入渠に関するモノばかり。恐らく、入渠する艦娘の名前と所要時間、そして消費する資材の量等が書かれているのだろう。そして、後は備蓄資材の量や遠征、出撃、哨戒部隊の詳細、ローテ表など、様々な資料が見受けられた。こういう資料って、提督である俺が捌くもんじゃないのか? ねぇ?

 

「大淀さ―――」

 

「大淀に何かしたら吹き飛ばしますヨ?」

 

 わざとらしく靴紐を結び直す大淀にジト目を向けたら、資料の隙間から金剛から低い声が飛んでくる。その声と共に深海棲艦を殺せそうなほど鋭い視線に晒され、大淀への追求をやめた俺は標的を金剛に変える。

 

「何でお前が書類捌いているんだ? それは提督(おれ)の役割だろ。それにこの部屋の設備はなんだ? まるで執務室じゃねぇか」

 

「その執務室がつい最近まで使えなかったから、ワタシの自室(ここ)を執務室代わりにしてるだけネ。テートクに関しても、つい先日まで居られなかったからデース」

 

 俺の問いに、金剛はペンを走らせる書類から一切目を外さずにそう言ってのける。いや、提督に関しては仕方がないにしても、執務室ぐらいは片付けておけよ。あそこには貴重な資料とかあるんだからさぁ。

 

「それも、全て(ここ)に入っているのでno problemネ。と言うよりむしろ、これだけの量を新任の(・・・)貴方が捌けますカ?」

 

 指で頭をトントン叩く仕草をした金剛、今度は表情を軽く歪ませながらそう問いかけてくる。その表情と言葉に腹の虫が騒ぎかけたが、その問いに真っ向から肯定できる程の器量も無いのは俺自身が一番知っているため、何も言わずに押し黙った。

 

「こちらとしても、テートクに書類整理を教えながらワタシの分も捌ける自信はないネ。なおかつ、深海棲艦の襲撃によってドックの状況から資材の備蓄、遠征、出撃、哨戒部隊の詳細やテートクが命じた(・・・・・・・・)ローテ表の更新等々、見ての通り尋常じゃない書類デース。それを処理するには、テートクよりもワタシの方がスムーズに終わると思いますが……違いますカ?」

 

 さりげに俺の指示が負担になりました、ってアピールしてきやがったな。しかし、今まで書類整理なんかせずに生きてきたのは事実。金剛の言葉通り、今ここで俺が入っても彼女の負担になるだけか。なら、無理して入る必要はない。

 

 ならば、今出来ることをやるしかないか。

 

「分かった、悪いが俺が留守の間のことは全て任せる……っても、元々丸投げしてたモンか。なら、無理しない程度に頼む」

 

「『兵器』に無理もくそもありませんヨ。それに、ワタシを心配する前にまず自身の心配をしたらどうですカ?」

 

 そう素直に頼むも、金剛は一切顔を上げずにペンを走らせながら皮肉を浴びせてくる。今から大本営に頭を下げに行くんだ。それ相応の覚悟は出来ているさ。しかし、一々癪に障ることばかり言ってきやがるな……。

 

 何か言い返したい衝動に駆られて辺りを見回したら、山積みの資料の脇に置かれているティーカップが目についた。ほほう、これは見過ごせないな。

 

 

 

「んだよ。他の奴等には資材を食わせて、自分は紅茶なんか飲んでやがるのか」

 

 

「ッ!?」

 

 そう皮肉を言った瞬間、今まで静かに控えていた大淀が突然顔を真っ赤に染めて俺の胸ぐらを掴んできた。突然のことに反応できないのを他所に、大淀は力任せに俺を引き寄せ、今まで見たことのないような形相を近付けてくる。

 

「提督!! 貴方は――!!」

 

「大淀」

 

 噛み付かんばかりに吠える大淀を、金剛の静かな声が止める。その物静かな声には、相手を従わせるのに必要な重みが備わっていた。その言葉に吠えるのをやめた大淀であったが、俺を引き寄せたままその形相を金剛に向ける。

 

「で、でも金剛―――」

 

「いいんデース」

 

 なおも食い下がろうとする大淀に、金剛は再度同じ重みの言葉を投げ掛ける。それに大淀は牙を抜かれたのか、渋々と言った表情のまま俺の胸ぐらを離した。その瞬間、欲した空気を一気に吸い込んだために激しく咳き込む。

 

 

「テートク」

 

 咳で回りの音があまり聞こえない中、金剛の囁くような声だけが異様に響いてくる。それは、先ほど大淀を止めた声色よりも幾分か軽い、しかし遮るのを躊躇させるほどの十分な重みを孕んでいた。

 

「紅茶はワタシにとって燃料と同じデース。ワタシ(兵器)紅茶(燃料)飲む(補給する)のは当たり前だと思いマース。それにこれは大淀が淹れてくれたモノ、人間(テートク)たちが触れたモノでもありませんシ……」

 

 そうのたまう金剛は羽ペンを置いてティーカップを手に取りゆっくりと傾ける。……どう考えても屁理屈にしか聞こえないが、それはつまりこういうことだよな?

 

「それって――――」

 

「提督、大本営からの車が着いたようです。すぐに支度をお願いします」

 

 金剛に問いかけようとした瞬間、無線を受けたらしき大淀が俺たちの間に割り込むようにそう言ってきた。金剛は話は終わりだと言いたげに再びペンを掴んで書類と格闘し始め、割り込んできた大淀は鋭い目付きのまま早く準備してこいと背中を押してくる。

 

 結局、そのまま部屋から摘まみ出されてしまった。

 

「聞きそびれちまったな……」

 

「しれぇ」

 

 金剛の部屋のドアの前で溜め息交じりにそう言うと、不意に横から声をかけられる。振り返ると、不安そうな表情の雪風が近付いてきていた。

 

「どうした?」

 

「先ほど到着した車、しれぇを大本営まで連れていくんですよね?」

 

 そんな言葉を呟きながら、雪風はゆっくりと近付いてきて、着ている制服の裾を掴んでくる。いつもの明るい様子からは想像も出来ないほどの意気消沈っぷりに、俺は膝を折って雪風と同じ目線になり、少しでも安心させようとその頭をクシャリと撫でた。

 

「前に大本営に手紙出しただろ? その返答で召集されただけだ。何、数日もすれば帰ってこれるし、お土産にたんまり資材を持って帰ってくるさ」

 

「……ホントですか? 必ず帰ってきてくださいよぉ……?」

 

 俺の言葉に尚も不安げな声を上げる雪風。その表情は不安と悲壮、そして恐怖がありありと浮かんでいる。頭を撫でただけでは決して拭いきれない、そう確信するのに時間はかからなかった。

 

 それを例えるなら、戦地に向かう父親を引き留める幼子のような、親との決別を前にした子供のような小さく弱々しい、触れただけで崩れてしまいそうと思ってしまうほど、脆いもののように見えた。

 

 

 

 

 

 

『俺も、こんな風だったのかな』―――――ふと、そんなことを思った。しかし、その思考は彼女の頭を撫でていた腕を掴まれ、ぐいっと引き寄せられたことによって停止する。

 

 

「では、しれぇが無事帰ってこれるように――」

 

 そう近くで聞こえた雪風の声。視線の横を雪風の横顔が通りすぎ、そして頬に感じる小さくも暖かな感触。

 

 それは一瞬にして現れ、一瞬にして消え去った。それと同時に、離れていく雪風の横顔。

 

 瞳を閉じられたそれは離れていくと同時に開かれ、やがて柔らかな笑顔に変わった。そして、その口がゆっくりと動き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「幸運の女神ではないですが…………『幸運艦のキス』です」

 

 それだけ言うと、雪風はクルリと向きを変えて走っていってしまう。廊下の突き当たりにある階段の前で再度こちらを向き、ペコリと頭を下げた雪風はすぐさま階段を降りていってしまった。

 

 一人呆然と立ち尽くす俺。

 

 雪風の頭を撫でていた手は、先ほど小さな温もりを感じた頬に触れていた。雪風が残した言葉、そして頬に微かに残るしっとりとした感触。それらが意味することを理解するのにそう時間はかからなかった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 鎮守府から大本営に向かう車に乗って、指定されたホテルで一泊を挟んで、俺は大本営へと到着した。

 

 到着早々、黒塗りの軍服に凝った装飾が施された刀を引っ提げた青年が現れ、俺の案内役であることを伝えてきた。こちらも簡単な自己紹介をした後、彼に連れられて本館内を歩いていく。

 

 時おり、すれ違う黒塗りの軍服、俺と同じ提督用の白い制服を身にまとう奴らから、あまり友好的ではない視線を向けられた。どうやら、着任早々鎮守府に敵を侵入させたと言うことが本営内で広まっているようで、近隣住民を危険に晒したと言うことで白い目で見られているようだ。

 

 新米なんだから&着任した鎮守府があんな状態、ってことで少しは多目に見てほしいもんだな。まぁ、そこまで期待してないけどよ。

 

「こちらになります」

 

 そんな視線を掻い潜りながら青年の後をついていき、とある扉の前で立ち止まった彼がそう言いながら扉を開けてくる。ここまで案内してくれた彼にお礼を言い、中に入って近くにあったソファーに身を預けて一息ついた。

 

 

 先ほどの青年――――憲兵の話を聞くに、うちの鎮守府での襲撃事件は起きたその日に大本営の耳に入っていたようで、それが入った瞬間俺の召集が決められたらしい。まるで、始めから(・・・・)召集するようであったかのようにトントン拍子で話は進み、今に至るのだとか。

 

 しかも、ちょうどお偉いさん方が本営におり、そいつらから会議に出席したいとの旨を送ってきたのだとか。そんなアホみたいな早さで行われる俺の尋問会は現在、出席するお偉いさん方の到着を待つだけとか。

 

 ほんと、示し合わしてるんじゃねぇか? って思うほど事が上手く運びすぎな感じはあるが、たかだか一人の提督が口を出して良いもんじゃない。ここは大人しく従うしかないか。

 

 そんなことを思っていると、不意にドアをノックされる。そして、ドアは返事を待たずに勢い良く開かれた。

 

「よぉ、明原。久しぶりだなぁ」

 

 入ってきたのは、先ほどの憲兵と同じ制服を身にまとった男。しかし、その制服は所々おかしな刺繍や明らかに規定にそぐわない着崩れ方が目立つ。上官に出会えば怒鳴られることは必至であるのに、その男は何故か平然としていた。

 

 己の階級が高いことを鼻にかけているのか――――いや、そうじゃない。

 

 

 

 

「朽木……お前、憲兵隊に入ったのか」

 

「あぁ、父上(・・)の熱烈な要望を受けて、だ。お前がなにかやらかしたら真っ先に確保してやるから覚悟しとけよ」

 

 俺の言葉に、憲兵の男――――朽木はニヤニヤとした笑いを浮かべながらそう言ってきた。

 

 朽木(くちき) 林道(りんどう)――――俺がまだ軍学校に居たときの同じ期生だ。いつも自分の親父の事を自慢げに語り、その息子である自分は特別な存在なのだと日々のたまりながら粗暴な振る舞いを起こす迷惑なヤツ。そんな虎の威を借る狐状態のヤツは何故か俺に突っ掛かってきて、その度に衝突を繰り返した。

 

 そして、こいつの親父は朽木(くちき) 昌弘(まさひろ)中将。

 

 深海棲艦が現れて人類を攻撃し始めた4年前、まだ艦娘の存在が発覚していないために最新鋭の兵器を引っ提げた軍がなすすべもなく大敗していく中、唯一最後まで崩されなかった師団隊を指揮した名将だ。また、いち早く艦娘の存在を見つけ、上層部に艦娘を軍に組み込むよう進言したのも彼であり、現在の軍の体制を作り上げた一人と言える。

 

 現在は第一線を退き、辺境の鎮守府に赴任して新人艦娘たちの訓練を行っていると聞いているが、時おり大本営にも顔を出しているらしい。

 

「しっかし、まさか着任早々深海棲艦の襲撃を受けるとは不運だったなぁ。ま、沈んだ者が居なかったのは幸いと言えるが、周りにいた艦娘たちが何とかしてくれたんだろ? どうせ、お前はそんな艦娘たちに守られただけなんだろうがな」

 

 俺を見下すような視線でそう挑発してくる朽木。色々と言い返したい事はあったが、それを始めると終わりが見えないことは昔から知っているわけで。大人しくした方が余計な体力を使わなくて済む。

 

「まぁ、やはり無理があったんだな。お前みたいなヤツがいきなり提督になるなんて……全く、父上も何処で見間違えられたのやら」

 

 今の発言で、こいつの親父が俺を提督にさせたことが判明した。たぶん、こいつから俺の事をさんざん聞かされたんだろうな。んで、それに腹を立ててか俺をあんな所に着任させた、って訳だろ。

 

 大事な息子に楯突くヤツがいる、そう聞いたら親と言うものは盲目になるわけで。それが歴戦の猛者であろうと、そんなアホみたいな事を考えちまうのか。ホント、子煩悩って恐ろしいわぁ。

 

「てか、なんで憲兵隊にいるんだ? お前、提督志望だっただろ?」

 

「父上に憲兵隊に志願するよう言われたのだ。海は父上が守られる、ならその息子である俺は内地(りく)を守るのが当然だろ?」

 

 俺の言葉に自信たっぷりに胸を張る朽木。それは在学時代に自分の親父を語る際の仕草にそっくりだ。こういうところは、変わらないんだな。

 

 しかし、何で提督志望だった息子を憲兵隊なんかに志願させたんだろうな。ただ単純に自分の苦労を息子にしてほしくなかったためか、それとも自分の息子を憲兵隊に送り影響力を増やしたかったのか。色々と理由はあるだろうが、俺には関係のないことか。

 

「そんなことよりも、もうすぐ会議が始まる。さっさと準備しろ」

 

 そう言って、朽木は早く動けとばかりに俺が身を預けていたソファーを蹴飛ばしてくる。それに反論するよりも、会議と言う名の尋問会に放り込まれるという現実を突き付けられた衝撃の方が強かった。

 

 あぁ、雪風の前では大見得きったけど、いざ目の前にすると怖じけづいてしまう。小心者の証拠か。

 

 

 

 

 

『幸運の女神ではないですが……『幸運艦のキス』です』

 

 

 ふと、いきなり頭の中に蘇った雪風の言葉。

 

 その言葉を思い出したとき、自らの頬――――雪風にキスをされた頬に仄かな暖かみ感じた。そして、無意識のうちに手がその暖かみを確かめるように頬に触れる。

 

 

 

 

 

「『幸運艦のキス』……か」

 

「何をしてる? 早く来い」

 

 ぼそりと呟くと、既にドアノブを掴んでいる朽木の言葉が飛んでくる。それを受けて、俺は頬から手を離してヤツの後を追った。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。