新米提督苦労譚~艦娘たちに嫌われながらも元気に提督してます~   作:ぬえぬえ

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『大本営』のやり方

「ここだ」

 

 朽木に案内されて辿り着いたのは、年期を感じさせる黒く変色した樫に扉。その前で道を開けた朽木は、目で中には入れと合図を送ってくる。

 

 それに従い、樫の扉を軽くノックした。

 

「……入りなさい」

 

 ノックのすぐ後に聞こえてきたのは、もの静かな男の声。しかし、それは異様に良く通り、なおかつ口を挟んではいけない、と思わせる重圧があった。

 

「失礼します」

 

 それを受け、俺は扉のドアノブをゆっくりと回す。うちの鎮守府の扉よりも重厚な音をたてながら扉を開き、空いた隙間に滑り込むように中に入った。

 

 そこは会議室、と言うよりも応接間と言った方が良いのではないか、と思うほど立派な部屋だった。

 

 大理石に細やかな装飾が施された壁のガス灯が暖かな光を放ち、それに照らされた床は赤の絨毯が敷き詰められている。入ってきた入り口の前に一脚の椅子があり、それを取り囲むように漆塗りの立派な机が『コ』の字型で置かれていた。

 

 その机に、胸の辺りにきらびやかな勲章を着けた白い軍服の4人の男たちが座り、その脇に物静かに佇む女性――――艦娘が立っていた。

 

 ピンクのセミロングを後ろで束ね、鼠色のブレザーベストに赤い紐リボンの駆逐艦らしき少女。

 

 膝まであろう長い黒髪を後ろで束ねて垂らし、肩だしセーラー服に紅のスカートを履いた少女。軽巡洋艦だろうか。

 

 短い黒髪の上に特殊なカチューシャを付け、金剛や榛名と同じ露出度の高い服の眼鏡をかけた少女。服装的に、二人の姉妹艦だろう。

 

 そして、一際目を引く高身長の女性。膝まである栗色の長髪を艤装のような髪留めで束ね、先程の軽巡洋艦らしき艦娘のセーラー服をより一層身体にフィットさせたモノに、首には桜の形を模した絞章が刻まれた太い金属輪が光っている。

 

 

「座りなさい」

 

 見たこともない艦娘たちに釘付けになっている俺を、一番近くに座っていた男が淡々とした口調で促してきた。先程の声よりは幾分か軽いが、それでもなかなかの重圧感を孕む声色だ。

 

「君は、ここに呼ばれた理由が分かるかね?」

 

「はっ。深海棲艦による当鎮守府の襲撃について、と把握しております」

 

 促されて着席した早々、そんな質問が投げ掛けられる。相手は上官なので失礼のないように返すと、質問した男は満足げに頷いた。あれだけ大本営内で噂になってたんだ、分からないわけがない。

 

「では、襲撃による被害は?」

 

 やはり、今回の襲撃による責任を取らせにきてるな。ここは、新米ってことを強調しないと……。

 

「はっ。まず、私が新任であった故、突然の来襲に満足な対応が出来ず、貴重な艦娘たちに重軽傷者、中には出撃困難な者を多く出してしまいましたこと、お詫び申し上げます。そして―――」

 

「言い訳はいい、被害を報告しなさい」

 

 言い訳をして不利な状況から少しでも軌道修正しようと思ったが、流石に無理だったか。これで、あとは淡々と被害だけ報告して、監督不行き届き及び、貴重な戦力を失うリスクを犯したとかで厳罰にでもされるんだろうか。むしろ、着任早々の襲撃で轟沈者を出さなかったことを評価してもらいたい。

 

「失礼しました。では、報告させていただきます。まず、負傷者が当鎮守府に所属する艦娘の6割。内、2割が出撃困難な者です。また、被害による艦娘たちの入渠により全ての資材が既に底をつきかけています。更に――」

 

「轟沈は……轟沈者はいるのか!」

 

 淡々と報告していく俺の言葉を、質問してきた男の隣に座る黒ひげを蓄えたふくよかな男の大声が遮った。いきなりのことに咄嗟に周りを見回すも、誰一人として彼の行動を咎める者はいない。つまり、周りも男と同じ想いなのであろう。

 

 最後の切り札として残していた轟沈者なし(カード)を台無しにされたことに思わずその男を睨むも、男は下官である俺の視線を気にする様子はなく、むしろ何故か期待に満ちた(・・・・・・)目を向けてきていた。何だよ、轟沈者が居たら厳罰にでもするつもりか?

 

「……失礼しました。当鎮守府では負傷者多数でありますが、幸いなことに轟沈者は1人も出していません」

 

 俺がそういった瞬間、部屋の空気が一変した。それは今まで流れていたモノとは比べ物にならないほど重く、息苦しく、そして冷たい。

 

 しかも、その空気は一人の男、俺が居るところの反対側に座る深く帽子を被り顔が見えない男から、そしてその横に佇む高身長の艦娘から感じられた。

 

「そうか……轟沈者はなしか」

 

 質問してきた男をはじめ、殆どは皆一様に頭を抱えて溜め息をついていた。何だよ、俺を断罪出来る口実が減ったのがそんなに残念かよ。

 

 

「……よろしい、この件は不問とする」

 

「はぁ!? やっ……す、すみません」

 

 今まで質問してきた男の言葉に思わず声を上げてしまった。突然声を上げたことに男たちの視線が一斉に集まるので、すぐに謝罪をいれて頭を下げた。

 

 おいおいどうなってやがる。これは襲撃についての尋問だろ? 何で被害を聞いて、しかも轟沈者なしの報告だけで不問になるんだ? いや、別に俺としては願ったり叶ったりなんだけどさ。駄目だ、あっち側の考えが全く読めん。

 

「では、本題(・・)に入ろう。君は、あそこをどう思った?」

 

「は?」

 

 今度の質問には、本気で素の声が出てしまった。俺の反応に殆どの男たちの顔が歪むも、それに反応する余裕なんてない。

 

「聞いているのか?」

 

「はっ、やっ、その……き、聞いていました」

 

「なら、早く言いなさい」

 

 男は少しイラついた声色を上げる。しまった、相手は上官。ここで機嫌を損ねさせたらせっかく不問になった責任を改めて持ち出されるかもしれない。早く答えないと……。

 

 とは言っても、うちの鎮守府の状況か……。まだ、着任して1週間位しか経ってないから何とも言えないけど。

 

 

 えっと……まず着任早々砲撃される。次に私物を滅茶苦茶にされる、ドックを覗いた罰で吊し上げられる、飯の提供を拒否される、一方的に殴りかけられる、伽をやられかける(榛名の誤解であるが)、刃物を喉元に押し付けられて脅迫される、深海棲艦のスパイと言われ砲撃される……。

 

 あれ? 何この豊富なネタ。まだ着任して1週間だよな?  てか、むしろよく俺生きていたわ。

 

「自分が無知なのかもしれませんが、想像とは逸脱した鎮守府であると感じております。特に、所属する艦娘たちの態度が著しく悪いかと。着任初日の砲撃から始まり、暴言、暴行、私物棄損、脅迫、食事提供の拒否、言いがかりなど、様々な扱いを受けました」

 

「そうかそうか。では――――」

 

「でも」

 

 何故か嬉しそうに頷く男の話を、無意識の内に飛び出した言葉が遮った。遮ってしまったことに気付いて周りを見回すと、男たちの顔に深いシワが刻まれている。不満と言う感情がありありと伝わってきた。

 

「す、すみません。何でもな――」

 

「続けたまえ」

 

 即座に謝罪をした俺に質問した男の隣、金剛の姉妹艦が側に控える老練な男が遮った。思わずその男を見ると、彼は柔らかい笑みを浮かべて手で続きをと促してくる。そのしぐさに、質問してきた男も不服そうな顔で促してくる。

 

「し、失礼します……しかし、彼女たちにはそうなってしまった『理由』がある、とも感じました。彼女たちが過去に――私の前任の者から暴行や粗暴な扱いを受けたことを、内容は分かりませんがその事実は把握しています。ですから、私はその『理由』を知らなければなりませんし、それを知らない状態で彼女たちを糾弾するのはお門違いかと。そして、それを知るためにはまず彼女たちの信頼を得なければならない、と考えます」

 

 俺はまだ着任して1週間。うちの鎮守府の艦娘からしたらまだまだ余所者も良いところ、それに前任がやらかしたことで『提督』と言う者を嫌悪、場合によっては殺意を向けてくる者もいる。

 

 そんな状況で、彼女たちが受けたモノを聞けると思うか?

 

 ただでさえ思い出したくない出来事、モノによってはトラウマを、何処ぞの馬の骨とも分からないヤツに話と思うか?

 

 前任の代わりに新しく着任してきた俺を、艦娘たちはどうせ前任と同じような振る舞いをすると考えるだろう。俺ならそう考える。そして、前任とは違う、ちゃんと信頼できるかを見極めてから、初めて声をかける。そして、話していく内にソイツの人柄を知っていき、信頼できる、と太鼓判を押してからじゃないとトラウマなんか話さない。

 

 提督である俺でさえこんなに用心するんだ。常に深海棲艦と命の駆け引きをする艦娘なら尚更だろう…… そう考えると、雪風はよく俺に話しかけれたものだな。

 

「そして、彼女たちは――――」

 

「もうよい」

 

 更に続けようとした俺の言葉を、入ってきたときに聞こえたあの声が――――高身長の艦娘の側にいる深く帽子を被った男が遮った。入ってきたときと同じ口を挟ませない重圧。それによって、次に言おうとした言葉が奥に引っ込んでしまった。

 

「ワシは夢見心地で語る若造の妄言(・・)を聞くためにここに来たわけじゃない。君に任務を授けるためにはるばるここまで来たのだ」

 

 そう溜め息漏らしながら首を振ったその男は、ゆっくりとした動作で俺を指差し、口を開いた。

 

「君の鎮守府の艦娘を、全員沈めてほしい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ?」

 

「おっと、もちろん『全員』とは言わない。出来うる限りでいい。その数に合わせて報酬も弾もう」

 

 理解し切れていない俺を他所に、老練な男は軽い口調でそんなことを言ってくる。いや、そんなことはどうでもいい。俺は今、なんて言われた? 艦娘たち(あいつら)を、『沈めろ』?

 

「お、おっしゃっている意味が分かりません」

 

「言葉通りだ、君の部下を沈めろ(ころせ)と言っている」

 

 聞き違いであってほしかった。深海棲艦を全て沈めろとでも言われていたらよかった。しかし、その幻想は脆くも崩れ去った。

 

「……何故、艦娘たちを沈めるんですか? 彼女たちは深海棲艦に対抗できる唯一の存在、彼女たちを沈める意味が分からない。その行為は俺たちにとって貴重な戦力が減るだけ、それに喜ぶのは深海棲艦だ!! 自分がやろうとしてる意味が分かってんのか!?」

 

「貴様!! 照嶺元帥に何と言う口を!?」

 

 淡々としていた口調が、内から沸々と沸き上がってくる感情に押し流されて素に戻る。俺の暴言に先程質問してきた男が顔を真っ赤にして叫ぶのを、老練な男が手で遮る。てか、照嶺元帥って。

 

 

 

「『隻眼の照嶺』……」

 

「ほう、その名で呼ばれるのも久しいな」

 

 俺の言葉に、照嶺と呼ばれた老練な男はカラカラと笑い声を上げ、被っていた帽子をとった。

 

 白髪混じりの短い黒髪に年相応のシワと歴戦を匂わせる傷跡が刻まれた顔、白髪混じりの髭。そこに、左目を覆う黒い眼帯とそれと対をなす刃物のように鋭い右目が獰猛さを醸し出しながら光っていた。

 

 照嶺元帥――本名、照嶺(てるみね) (はじめ)

 

 深海棲艦が現れた際、朽木中将が取り入れた艦娘を率いて地上を侵していた深海棲艦を尽く撃滅させた名司令官だ。深海棲艦との戦闘では常に前線に立って艦娘たちを指揮、鼓舞を行い数々の戦いで勝利を納め、深海棲艦に襲われて左目を失いながらも決して後方に退かずに前線に立ち続けた叩き上げの軍人である。現在は大本営のトップとして軍人への教育をメインに行っていると言われていたが……。

 

 そんな稀代の名司令官、亡国の危機を救った英雄が、今目の前に立ち、俺に艦娘を沈めろと言ってきた。

 

 

「……元帥、先程のご無礼をお許しください。しかし、私には彼女たちを沈める理由が分かりません。詳しく、教えていただけませんか?」

 

「……よかろう」

 

 俺の言葉に、照嶺元帥は軽く笑いながらもたれ掛かっていた身体を起こし、手を組んでその上に顎をのせる。

 

「まず、君が言っていた前任――――正確には一番初めに着任させた者だな。彼は優秀な男であった。着任後は逐一戦況報告を大本営に飛ばしてきてな、報告される戦果も目まぐるしいものがあり、期待の新人として注目されていたのだ。大本営としては、彼のような人材が増えることを願っていたよ」

 

 どうやら、前任――一番最初に着任した提督だから初代提督でいいか。ソイツは鎮守府内ではクソみたいなことをやりつつも大本営側には良い面をしてた訳か。当たり前か、艦娘への仕打ちを馬鹿正直に報告したら批判殺到で下手したら軍法会議モノだ。

 

「しかし、沖ノ島海域を牛耳る深海棲艦を撃破する、と言う報告を境に、彼からの連絡が途絶えてしまったのだ。我々も連絡を試みるも繋がらず、部下を派遣させて様子を見に行かせた。そしたら、派遣させた部下が深海棲艦に襲撃されたようなボロボロの身体で帰ってきたのだ。そして、彼の口からとんでもない言葉が飛び出した」

 

 そこで言葉を切った元帥は一呼吸おいて、口を開いた。

 

 

 

「『艦娘たちから砲撃を受けた』と」

 

 その瞬間、俺の頭の中で着任した初日のことが過った。あのとき、金剛に砲撃されたのは単に勘違いではなく、俺を殺そうとしていたのかもしれない。そんな考えが浮かんでくるも、頭を振ってそれを消し去る。

 

「彼を砲撃した中から一人の艦娘が近付いてきて、『自分たちは人間(あなた)たちに協力する気も関わる気もない。鎮守府は自分たちだけで運営するから、必要以上に手を出すな。また、少しでも不穏な動きを見せたらどうなるか、分かるよな?』と、言われたそうだ。確か、カタコトを使う艦娘だったと聞いている」

 

「あいつ……」

 

 うちの鎮守府でカタコトを言う艦娘ときたら、アイツしか思い浮かばない。

 

「深海棲艦に唯一対抗できる存在である艦娘の人間に向けた宣戦布告、笑える話であろう? もちろん、我々もすぐさま対策会議を開き此度の件に関して協議を重ね、まとまった案を艦娘達に提案して和睦を求めたが、奴等は頑として首を縦に振らなかったのだ。そのまま状況は平行の一途をたどり、我々の中にも奴等への不満が高まってきてな。なかなかに過激な案を上げる者も出てきたが、それで奴等が反旗を翻す、またはそれによって他の艦娘も同調する可能性も加味して動くに動けなかったのだ。しかし、1つの策が上がる」

 

 そこで、照嶺元帥は俺を指差す。そして、不気味な笑みを浮かべた。

 

「新米の軍人を提督として着任させ、ソイツに艦娘達を轟沈させるよう仕向けさせる」

 

 その言葉を聞いた瞬間、体温が急激に下がるのを感じた。同時に、目の前にいる全ての男達に強烈な嫌悪感を抱いた。

 

「幸い、艦娘達は鎮守府と言う運営体型を持続させており、奴等が居る海域は最前線に近く、熟練の司令官ではなければ苦しいところがあった。更に、鎮守府には司令官となる提督が必要であるため、こちらとしても鎮守府の運営、本土防衛のために着任させるのは造作もない。あとは、着任させた新任が采配を振るえば自ずと轟沈者が出る。新たに艦娘を着任させるのを控えれば、そのまま反乱分子だけを減らしていけると言う寸法だ」

 

 照嶺元帥は終わりとばかりに長い溜め息を吐いた。あの量を話したのだ、ご老体には些か堪えただろう。しかし、そんなことを気にしている余裕はない。

 

 

「つまり……俺はアイツらを守るのではなく、沈めるために着任したのですか?」

 

「そうだ。そして、君が守るべきモノは国民だ。『兵器』ではない」

 

「アイツらは人間です!!」

 

 照嶺元帥の言葉に思わず声を荒げながら立ち上がる。その際、座っていた椅子を蹴倒しまったがそんなことなど気にならない。

 

「艦娘たちはそう成りうる素質を持った人間――――我々が『守るべき国民』ではありませんか!! そして、現状唯一の深海棲艦に対抗できる存在です!! 我々は彼女たちの力無くしては深海棲艦を倒すどころか、既に滅亡していたかもしれません!! なのに――――」

 

「君は、1丁の『銃』にそこまで情を移せるか?」

 

 俺の言葉を遮るように照嶺元帥が質問を投げ掛けてくる。その言葉に、更に俺の中で血が沸騰するのを感じた。

 

「だから!! 彼女たちは『兵器』じゃねぇ!!」

 

「では、奴等の手から具現化される砲門はなんだ? あれが、人間の行える所業かね?」

 

 照嶺元帥の言葉と共に、あの日に金剛に言われた言葉が、そしてあの時向けられた『目』を――――『兵器の目』を思い出す。

 

「ワシらは艦娘のように艤装を付けることが出来るか? 海の上を自由に走れるか? 深海棲艦に傷を付けられるか? 奴らの攻撃を喰らっても生きていられるか? 手足を吹き飛ばされるなどの大怪我をしても艦娘のように風呂に入れば完治するか? 燃料や弾薬を食べれるか? 普通の食事をしなくても生きていけるか? どれか1つでも出来ると言うのなら、今ここで見せてほしいものだのぅ」

 

 そこまで言うと、照嶺元帥は何処か試すような視線を向けてくる。まるで、自身の言っていることが正しいとでも言うように。

 

 その姿が、あのときの金剛と重なった。

 

 

 

 

 

「『兵器』は泣くのか?」

 

「……何だと」

 

 俺の突然の問いに、照嶺元帥を含めた男たちの顔が歪むが、そんなことなどどうでもいいように思えた。何故なら、先程あれほど上っていた血が一気に下がり、頭が異様に冴えている。

 

 そして、何故こんな状況でこうも落ち着いていられるのかが分かるからだ。

 

 

「『兵器』は泣くことが出来る(・・・)か? 恐怖で身体を震わせることが出来る(・・・)か? 嬉しそうな、悲しそうな、不満そうな、心配そうな、楽しそうな表情を浮かべることが出来る(・・・)か? 旨そうに飯を食うことが出来る(・・・)か? 他人を気遣うことが出来る(・・・)か? 他人のために怒ることが出来る(・・・)か? 他人のために動くことが出来る(・・・)か? 他人のために頭を下げることが出来る(・・・)か? 他人のために懇願することが出来る(・・・)か? 他人のために身を挺して守ることが出来る(・・・)か? 他人のために自身を追い込むことが出来る(・・・)か? そして――――」

 

 そこで言葉を切り、真っ直ぐ元帥を―――その後ろに映るあのときの金剛を見据える。そして、頬に手を当てる。

 

 

 

「たかが『兵器』が、人間の幸運を願うことが出来る(・・・)か?」

 

 そこまで言い終えた時、目の前に座る照嶺元帥の顔を改めて見据える。彼は何事もなかったかのように座っているも、その目からは明らかな敵意を感じた。

 

 そして、微かにその口許が緩む。

 

 

「君は、どうやら奴等に懐柔されたようだな。そんな盲目な君に『感情を持つ兵器』とはなんなのか教えてやろう」

 

 そこで言葉を切った照嶺元帥は、緩めた口許を更に歪ませ、不気味な笑みを作り上げた。

 

 

 

「ただの『化け物』だ」

 

 照嶺元帥の口からそれが発せられた瞬間、俺の身体は既に動いていた。倒れていた椅子を蹴飛ばし、全力で照嶺元帥に詰める。その襟首を掴むで引き寄せ、片方の拳を大きく振り上げた。

 

 

 

「やめろ」

 

 照嶺元帥の一言に、俺の身体は一瞬で硬直した。それは彼の言葉ではなく、目の前に黒く光る筒上のモノを突き付けられた――――いや。

 

 

 純粋な殺意でもなく、嫌悪でもない。全くの無表情で、感情のない目を――――本当の『兵器』の目を向けられたからだ。

 

 

 

「砲門を下げろ、大和」

 

 照嶺元帥は静かな声で呟き、手を横に立つ高身長の艦娘――――大和の前に翳す。それを受けた大和は無言のまま俺に向けた砲門を下げ、何事もなかったかのように静かになった。

 

 しかし、俺の身体はまだあの目に見られた感覚が残っている。

 

「分かっただろう。感情がなく、ただ淡々と上官の命令に従い、我々のために使われる。これが『兵器』だ。しかし、奴等は感情があり、上官である君を筵に扱い、ただ自分達のために勝手に動く……どこが『兵器』と言えるか? ましてや、我々に宣戦布告をしている()だ。和解の余地がないのなら、殲滅するしかあるまい」

 

 そこまで言った照嶺元帥は溜め息をついて背もたれに身体を預け、内面まで透けて見ているかのような目を向けてくる。

 

 何か言いたいことがあるのか、と。

 

「さっき、艦娘たちが初期の提督から様々な虐待を受けたと言ったよな。それはどうな……どうなんですか?」

 

「『兵器』の所有者は上官である提督だ。その扱い方にとやかく文句を言うつもりはない。また、大本営としては戦果さえ上げればそれでいい」

 

「なら――――」

 

 その考えに至ったとき、今まで固まっていた身体が動けるようになっていた。俺はゆっくりと胸に手を当て、真っ直ぐ元帥を見据えた。

 

 

 

「『艦娘たちを沈めず』に戦果を上げれば、文句はねぇってことだよな?」

 

 俺の言葉に、周りから息を飲むのが聞こえる。そして、今まで動揺の色さえ見せなかった元帥の顔に、それが現れた。

 

 

「最前線に近いところの艦娘だ。練度は高く、大本営としても失いたくない戦力だろ? しかも、同時に反旗を翻すような厄介者でもある。なら、アイツらをまとめれば貴重な戦力を失うこともなく、かつ反乱分子を潰せる、まさに一石二鳥で済む話じゃねぇか」

 

「そんなこと、出来るわけがないだろう!!」

 

 俺の提案に、一番最初に質問してきた男が立ち上がったが、俺の一睨みで黙らせる。

 

 

「あんたらがアイツらをどう言おうがなんかどうでもいい。そんなクソみたいな策とは言え、俺がアイツらの提督だ。アイツらの『所有権』は俺にある。なら、アイツらをどうしようが俺の勝手だろ?」

 

「そんな大口、戦果の1つも上げてから叩け若造が!! そのような無謀なことを我々が許可すると――――」

 

 はち切れんばかりに血管を浮き出して怒鳴り散らす男の言葉を、隣に座っていた老練な男が手で遮る。先程、鎮守府の様子を聞かれたさいに続けて言うよう促した人だ。

 

「彼の言葉、私は面白いと思いますよ」

 

「なあっ!?」

 

「ほぉう、彼の肩を持つ気か?」

 

 老練な男の口から飛び出した言葉に、隣の男は驚愕の声を、照嶺元帥は薄く笑いながら彼に鋭い目を向ける。しかし、老練な男はその視線に怖じ気づく様子はない。

 

「確かに彼の言葉は危険極まりない無謀なことです。しかし、それがもし上手くいったら我々は主力級の艦娘を一人も損なうことがないので、得るモノは非常に大きなものとなりましょう。仮に失敗したとしても当初の予定通りですし、何ら支障はないかと思います。彼がどっちに転ぼうが我々にかかるデメリットに大差はありませんし、逆にメリットを優先するなら彼の言葉を飲んだ方がいいと、私は思いますよ」

 

 そこで言葉を切った老練な男は、柔和な笑みを浮かべたまま静まり返った周りを見渡す。

 

「もし、彼の意見に賛同できないならばそれはそれで構いません。彼の支援は私が行いますので、皆さんに支障をきたすことはありませんからね」

 

 再び、老練な男が周りを見渡し始める。ふと、その目があったとき、一瞬だけだが悲しそうな色が見えたような気がした。

 

 

「同族擁護か?」

 

 静まり返った部屋の中で、照嶺元帥の言葉が響く、それを受けた老練な男は、ゆっくりと彼の方を向いた。

 

「いえいえ、そのようなことは。私が彼を推薦した理由は、学校で矯正できなかった軍人としてあるまじき思想、行動を叩き直すためでもあり、成績がすこぶる悪かった彼なら我々の思惑を遂行してくれるだろう、と言う期待ですよ。私はただ軍人として、大本営を担う柱として、少しでも結果が良いものを選びたいだけです」

 

「ふん……まぁ、今回はお前の顔に免じてやるか」

 

「元帥まで!?」

 

 老練な男の言葉に照嶺元帥は鼻で笑いながらそんなことを言うと、残り二人が驚いて立ち上がる。

 

「ワシは戦果さえ上げれば良いと言った、そして彼は戦果を上げると豪語したのだ。最近の若造は何も考えなしに口走ることもある、いいお灸を据えるチャンスではないか。それに、仮に失敗した時にこれを公表すれば周りの奴等にもいい刺激になる。違うかね?」

 

 照嶺元帥の言葉、そしてその鋭い目によって二人は黙ってしまった。それを見た照嶺元帥は満足げに笑うと、改めて俺に向き直る。

 

「では、君の言葉に乗せてもらうことになった。後のことは支援を一手に引き受けた者とよく相談の上、決めるように。あまり期待はしていないが、吉報を待っている」

 

 それだけ告げた照嶺元帥は席を立ち、側に控えていた大和を引き連れて部屋を出ていく。それに固まっていた二人の男は慌てるように席を立ち、嶺元帥の後を追っていった。

 

 そして、部屋は俺と老練な男だけが残された。

 

「さて、我々だけになってしまったか」

 

 老練な男はそう言いながら頬を掻く。その姿を一瞥して、俺は慌てて頭を下げた。

 

「あ、ありがとうございます!! 俺の無謀とも言える言葉を信じていただいて……本当に感謝しております!!」

 

「いやいい、元々(・・)こうするつもりだったしな」

 

「はっ? 元々?」

 

「それも、場所を変えてからで良いだろう」

 

 男の言葉に顔を上げて問い掛けるも、男は答えになっていないような事を言ってきた。てか、場所を変えるのか? 他の男たちが席を外したからここで相談すればいいのに。

 

「こんな硬っ苦しいところでは話も進まない。自室に案内しよう。ついてきたまえ」

 

「あの!? そ、その前にお名前を聞かせてもらってもよろしいでしょうか?」

 

 部屋を出ていこうとする男を引き留める。経緯はどうあれ、これからうちの鎮守府を支援してくださる人の名前を知らないのはどうかと思うし、早めに知っておくのに越したことはない。

 

「あ、私、明原 楓と申します」

 

「おや、息子(・・)から聞いていると思っていたが、そうではなかったか」

 

 ん? 今『息子』って言った? え、俺の知っているヤツを『息子』って言うことは……。

 

 

 

 

 

「初めまして、朽木昌弘だ。林道がお世話になったようで」

 

 老練な男――――朽木中将はそう言いながら笑みを溢した。


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