新米提督苦労譚~艦娘たちに嫌われながらも元気に提督してます~   作:ぬえぬえ

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『中将』のやり方

「さぁ、遠慮せず座りたまえ。飲み物は紅茶でいいかね?」

 

「い、いえ……大丈夫です」

 

 俺が待つように言いつけられた部屋よりも一回り広い部屋。そんなVIP御用達の部屋で柔和な笑みを浮かべてマグカップを差し出す朽木中将。それをやんわり断りつつ、俺はソファーに腰を下ろした。無論、その間彼からは目を離さないわけだが。

 

 

 上層部との衝突の後、俺は朽木中将と今後のことを話し合うために彼の自室に案内されていた。

 

 『勢い』とは言いたくないが、まぁそれで上層部に盾突いたことで俺が予定していた支援の取り付けは絶望的になるかと思われた。が、今俺の目の前で艦娘に紅茶を淹れさせる男の発言によって彼からの支援だけではあるが取り付け自体はなんとかこぎ着ける。それに関しては、非常に感謝している。

 

 だが、着任を言い渡してきた上官や林道の発言から、彼があの鎮守府に俺を寄越したのは事実だ。それが後ろ髪を引っ張り、なかなか彼を信頼することが出来ない。それに元帥らと同じ軍上層部があのような考えなら、彼も少なからずそれに染まっていると見た方がいい。この支援を取り付けたのも、裏があるとみていいだろう。

 

 しかし、あの部屋で元帥たちから聞かされた自身が提督に抜擢された本当の理由、そして彼らとの艦娘の価値観の違い等々。本当、軍部はどうなっていやがるんだ。

 

 あっちの言い分も分からないわけではない。反乱分子がいるのなら、それを早めに潰すのは国民を守る軍として当然のことだ。まして、艦娘たちが反乱分子でうかつに手を出せないのであれば、非常にムカつくが俺みたいな新米を着任させて内部から戦力を削ぐのは理に適っている。

 

 しかし、それは初代提督がしでかしたこと、つまり軍部の人間が金剛たちに非道な行いをしたせいであって、彼女たちはいわば被害者だ。それを『反旗を翻す兵器』だから、という理由だけで潰すのはおかしい。

 

 それに、艦娘はたまたまその素質を持って生まれてきた人。それを軍部が召集令状で集めて訓練により艦娘としての意識が開花し、身体から砲門を具現化したり艤装を身に着けられるようになっただけで、姿かたちは人であったころと一切変わっていない。それを、もう『人』ではなく『兵器』となるのはあまりにも横暴過ぎないか。

 

 更に、彼女たちが居なければ人類は今頃滅んでいるのは確実、俺たちは艦娘に生かされていると言っても過言ではない。なのに、そんな彼女たちにあのような仕打ちをするのは戦略的にも道徳的にも間違っている。それこそ、金剛たちの様に他の艦娘たちが大本営に反旗を翻すリスクを生んでいるようなもの。

 

 上層部がやっていることは、ただ自らの首を絞めているだけだ。

 

「林道、これから彼と今後について話し合う必要があるから、すまんが席を外してくれないか?」

 

「父上……」

 

 紅茶が入ったマグカップを持ちながら、中将は扉の横に佇む憲兵――――自身の息子である林道にそう声をかける。その言葉を受けた林道は中将の名を零すも、口から出る言葉を堪えるように口元を引き締め、何故か恨みがまし気に俺を睨んできた。

 

 あの部屋からここまで移動する中で林道は一言も発せずについてきたが、代わりにずっと俺のことを睨んでくるんだよな。中将を護衛するから同伴するのは分かるが、俺を睨んでくる理由がまったく分からない。一つ分かるとすれば、軍学校時代に向けられていた視線と同じものだってことぐらいか。ホント、良く分からないところで突っかかってくるのは昔も変わらないのか。

 

「……失礼します」

 

 暫し俺を睨み付けてきた林道はそれだけ言うと、そそくさと部屋を出て行った。奴によって閉められた扉の音が異様に大きかったのは怒っていたからだろうか。こう、感情が行動に出やすいところも昔と変わらんな。

 

「聞いていた通り、君とはウマが合わないみたいだな……さて、そろそろ本題に入ろう」

 

 出て行った息子を姿に苦笑いを浮かべた中将はそう言いながらソファーに腰を下ろして、マグカップを机に置いて俺に向き直る。

 

「まずは資材に関してだ。襲撃で資材は枯渇気味であろう? どのくらい用意すればいいかね?」

 

「で、出来れば各10000ほど」

 

「10000だな。すぐに手配しよう」

 

 各資材10000がそうやすやすと用意できるものではないのは新米の俺でも分かる。それをポケットマネー感覚で用意する辺り、流石歴戦の名将と言うところか。

 

 その後、彼から次々と飛んでくる質問に俺は四苦八苦しながらも答えていった。各資材の状況から高速修復材―――所謂『バケツ』の数、襲撃を受けた敵、被害を受けた艦娘などの鎮守府のことから、着任から今までどんなことがあったか、艦娘の様子、自らに対する対応など、俺自身が実際に経験してきたものなど多岐に渡る。

 

 ……肉体関係を持ったか、と言う質問には思わず「なわけあるか!?」叫んだけどよ。それに詫びを入れているのだが、それを聞くと言うことはそれを艦娘に強要した初代提督がやらかしたことを把握しているってことだよな。

 

 

「中将は……初代が行った所業は把握しているのですか?」

 

「……ああ、彼女から少々聞いた」

 

 俺の質問に渋い顔で応えた中将は、自らの傍に佇む艦娘に目を向ける。視線を感じた彼女は中将を、そして俺を見つめて何も言わずに顔を背けた。

 

「彼女は金剛型戦艦4番艦の霧島――――君の知っている艦娘の姉妹艦だ」

 

 中将の言葉に、俺は改めて俯く艦娘――――金剛の姉妹艦である霧島を見つめる。彼女は俺と視線を交えることなく無言のまま俯くだけであった。

 

「先ほど、派遣した者が砲撃を受けて帰って来たと聞いたと思う。その後、鎮守府(あちら)から一人の艦娘がやってきた。それが彼女だ」

 

 決別した大本営に鎮守府から艦娘がやってきただと? 大本営とは敵対関係だろ? そこに艦娘を、まして金剛の姉妹艦である霧島がやってくるとはどういう了見だ? あの金剛なら確実に阻止するだろう。

 

「何でも、引き留める鎮守府の仲間を振り切ってやってきたらしく、大本営の近くで倒れていたのを憲兵が発見した次第だ。当時、彼女はかなり衰弱していたためすぐさま医務室に運び込まれ、何とか一命は取り留めることができた。その時に世話を受け持った流れで私の秘書官をしてもらっているわけだ。彼女が淹れる紅茶は格別でな、おかげで私は紅茶を飲まないと仕事が進まない身体になってしまったよ」

 

 そこで言葉を切った中将はカラカラと笑いながらマグカップの紅茶を飲み干し、それを霧島に差し出す。すると、霧島は無言のままポットを手に取って紅茶を注ぐ。紅茶が美味しいのは、金剛の影響か。

 

「まぁ、そんなことはどうでもいい。彼女が大本営に来た理由は、君の鎮守府の状況と初代が彼女たちに課した数々の蛮行を我々に伝えるためだった。それで、少なからず霧島を含めあの鎮守府の艦娘たちが受けた蛮行は知っている。しかし、それもあちらが一切の介入を拒否したことで手が出せず、状況が好転することはなかった。むしろ、目上である我々を格下である彼女たちの頑なに受け入れない姿勢と『兵器』として有るまじき理由によって反感を買う者も現れ、殲滅させると言う意見が出始めたのもその時期だ」

 

 そうこぼす中将の顔は苦渋に満ちていた。彼自身も、この判断に思うところもあるのだろうか。少なくとも、他の上層部とは違った見解であることは分かった。

 

「初代が行った蛮行は食事と『伽』の件、と把握しておりますが、現在でもそれを続けている理由は把握しておりません。何かご存知でしょうか?」

 

「いや、すまんがそこまでは分からない。前者の詳細なことは分かるが……聞くか?」

 

 中将の言葉に、俺は暫し考えた。個人としては、それを金剛や榛名たちの口から聞くのが普通だと思っている。しかしそれを聞き出せるほどの信頼を築けているとは言えないし、何よりアレ(・・)を頼む手前、その辺は把握しておかないと不味い。

 

「差し支えなければ、お願いします」

 

 俺の言葉に中将は一つ息を吐き、ゆっくりと語りだす。彼の口から紡がれた初代提督の所業は、耳を覆いたくなるものであった。

 

 初代が行った蛮行は主に食事と『伽』の2つだ。

 

 食事に関しては鎮守府で見た通り、艦娘たちに燃料や弾薬等の資材以外の食事を禁止したことである。その理由は、彼女たちが『兵器』であると言う意識を統一し、劣勢に立たされた時や味方が沈むなどで影響を受けない屈強な士気を得るため、なんて言う言葉は仰々しいモノだ。

 

 そして、食事として出されていた資材の殆どは出撃や遠征でかき集めた資材だったようで、艦娘たちは戦果の他に自身の食い扶持を得るために幾度となく出撃や遠征を繰り返した。しかし、何故か大本営からの支援の中には、ちゃんと艦娘たちの食事も予算の中に組み込まれていたのだ。

 

 では、艦娘の食事として割り振られた予算は何処にいったかは…………想像するに易いだろう。事実、街の人から毎夜のように街へ繰り出しては豪遊の限りを尽くしていたって聞いた手前、確実だと言える。

 

 間宮のあの態度もこれが理由だろう。まぁ、彼女は駆逐艦や戦艦のように海上に繰り出して戦わず、艦娘たちの食事面でサポートを主する給糧艦だ。食事面でしか艦娘たちをサポート出来ない手前、この待遇でそれすらも出来なくなってしまえば、あんな態度をとるのも頷けるか。

 

 そして、次は『伽』だ。

 

 この理由は艦娘の細部に渡るメンテナンス……とは言ったものの、蓋を開ければ只の娼婦制度だ。初代は日によって相手を取っ替え引っ替えしており、戦艦、空母から軽視巡洋艦、駆逐艦までと多岐に渡り、時には複数で相手をさせる事もあったとか。

 

 また、『伽』は暴力ありきが前提で、それによってトラウマを植え付けられる駆逐艦や軽巡洋艦が続出することを見かねた戦艦や空母が嘆願し、『伽』の対象から駆逐艦、軽巡洋艦、一部の重巡洋艦を外すこととなった。その中心となったのが金剛を筆頭とした金剛型戦艦姉妹であり、文字通り身を削る(・・・・)交渉の末だったらしい。

 

 今、金剛が鎮守府を回しているのはそれが理由だと思う。 いくら自身を兵器と呼んでいても、初代の魔の手から身を削ってまで逃がしてくれた金剛を悪く言えるはずはない。少なくと感謝の心はあるだろう。吹雪みたいなヤツも他にいるかもしれないと考えると、案外潮もその部類に入るのかもな。

 

 そしてそれらの前提にあって最も許しがたいのが、金剛ら艦娘たちへの『兵器』としての対応だ。

 

 休息無しの出撃は当たり前。出撃によって艦娘が傷ついても、資材がもったいないと言う理由で中破までは入渠もさせずに出撃に駆り出していた。酷い時には戦果優先で無理な進撃を行い艦娘を轟沈させることもしばしばあり、少なくはない数の艦娘が沈んでいったらしい。

 

 そして無事に帰ってきても、待っているのは満足のいく戦果を挙げられなかった、敵の討ち漏らした、資材を無駄に消費した等の理不尽な理由による罵声と暴力。酷い時には『海軍魂を叩き込む』との名目で営倉に叩き込まれ、身をもって(・・・・・)責任を取らされることもあったのだとか。

 

 『兵器』としての艦娘たちへの非人道的行為、食事とは名だけの『補給』の強制と毎夜の豪遊、そして全艦娘への『伽』―――。

 

 よくもまぁそれだけのことを出来たのだと感心してしまうほどの蛮行っぷりに、聞いてるこっちが耳をふさぎたくなった。それを語る中将の横に佇む霧島は微動だにしないながらもその顔には苦渋の色、唇は血が出るほど噛み締めており、下に向けられた拳は固く握りしめられていた。

 

 今でもそんな表情になってしまうのだ。保護された時はもっと酷かったのだろう。

 

 それに、彼女たちは訓練を受ける前までは普通の人間だった。それが、艦娘として配属された瞬間『兵器』と言うレッテルを押し付けられ、レッテル通りに扱われたのだ。その衝撃と心に受けた傷は尋常じゃなく深く、完全に癒えるとは言い難いモノだろう。

 

 しかし、やはり次は何故その体制を続けているのか、と言う疑問が沸き上がってくる。そして、『伽』の相手を買って出るなどの身を削りながら艦娘たちを守った金剛がそれを受け継いでいるのか、だ。その体制だと鎮守府経営が上手く言っていたのか? それともそれをしなくてはならない理由があるのか? 考えれば考えるほど分からなくなってくる。

 

 

 まぁ、それについては金剛自身から聞かなくちゃダメだな。

 

「……さて、この話は終わって支援に戻ろうか。資材についてはこれでいいとして、新たな戦力として艦娘を手配した方がいいかね?」

 

 初代の蛮行によって重くなった空気を払拭するために中将が話題を変えてくれた。新たな戦力か……負傷者の治療が完治していない今、襲撃を受けた時のリスクを考えると触れることは喜ばしいな。

 

 でも―――――。

 

 

「いえ、大丈夫です」

 

「本当かね? 鎮守府の状況を考えると戦力増強はメリットしかないと思うが?」

 

 俺の返答に、中将は目を丸くしながらそう問いかけてくる。それは分かっているんだ。でも、それを上回ることがあった。

 

 

「新たに配属された艦娘とうちの艦娘たちが、衝突もせずに上手くやっていける自信がありません。配属された艦娘に心労を負わせるわけにもいきませんし、出来れば……彼女たちと、真正面から向き合って話したいんです」

 

 軍から配属される艦娘は、恐らく大本営への忠誠心に満ち溢れている。それが、大本営と手切れを言い渡したうちの艦娘と上手く折り合いをつけてやっていけるはずがない。配属された方が心労でぶっ倒れるかこちら側に染まるか、下手したら金剛たちの蜂起に繋がるかもしれない。それほどのリスクを背負ってまで戦力増強を進めたいとは思わない。

 

 それに大本営の駒として送り込まれた俺だが、一応金剛たちの提督だ。彼女たちをまとめ上げ、出来うる限り守る責任、そして彼女たちと向き合う義務がある。と言うか、まとめ上げることも守ることも出来ない今の俺が出来ることは、彼女たちと向き合うことぐらいしかない。

 

「……やはり、君を選んで正解だった」

 

 俺の言葉に中将は満足げに鼻を鳴らし、その傍らに立つ霧島は顔を上げて驚いた表情を向けてくる。まぁ、彼らからすれば『兵器』にそこまで感情を傾けることが出来ること自体がおかしいのかもしれない。

 

 だが生憎、俺は『兵器』なんてこれっぽっちも思ってないわけで。そんな目を向けられるのは昔から慣れているさ。

 

 

 

「さて、では本題(・・)に行こうか」

 

 不意にソファーから立ち上がってそう呟く中将。その言葉に思わず身構えた。あの部屋で飛び出した言葉が脳裏に過る。そうだ、この人も軍の上層部。先ほどの表情で惑わされかけたが、あの集団に居ると言うことはその考え方も持っていることになる。

 

 次に飛び出す言葉に期待なんかしない。もう挙げられてから落とされるのはコリゴリだ。

 

 全神経を集中させて睨み付ける中将は制服のポケットに手を入れ、しばしガサゴソした後に一枚の紙――――いや、写真を取り出して机に置いた。

 

 

 

 

 そこに写っていたのは年端も行かない少女。

 

 茶色い長髪に青い水玉ワンピースを翻し、水が迸るホースを手に取って年相応の満面の笑みを浮かべてはしゃいでいる。水遊び真っ最中の一幕、と言った感じか。そして、肩のところに小さな小人――――妖精が立っていた。

 

 妖精が写真に写ることが出来たのかと感心したが、それよりも胸の中に燻るものがある。何だろう……。

 

「どっかで見たことあるよ―――」

 

「本当か!?」

 

 無意識のうちに呟いた言葉に中将が大声をあげ、いきなり大声を出したせいか激しく咳き込み始めた。それに慌てた霧島が近づき、その背中を優しくさする。その間、部屋は中将の咳だけが響き渡った。

 

 咳き込む中将の背中を見つめていた俺の脳裏には、彼が大声を上げた時に一瞬見えた表情が焼き付いていた。先ほどの飄々とした貫禄はなく、顔を真っ赤に紅潮させ、目には『獲物』を見つけた獣のような鋭い眼光が光っていたからだ。

 

「……すまん、取り乱してしまったな。」

 

 咳が落ち着いた中将はそう言いながら、先ほど机に置いた写真を手に取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この子は、私の娘だ。そして大日本帝国海軍に所属する艦娘であり、君の鎮守府の初代提督の初期艦だ。そして――――」

 

 中将の口から零れた言葉。彼の言葉に反応しようと口を開くも、重々しい空気を孕んで吐き出されたそれが俺の身体にすぅっと入り込み、かかってきた重みが黙らせてきた。

 

「君をあそこに送り込んだのは、娘の安否を確かめてもらいたいからだ」

 

 その言葉を吐き出す中将に先ほどの飄々とした顔でもなく、獣のような荒々しさもなく、場の空気を一瞬で張りつめさせることの出来る空気を纏った、歴戦の軍人の顔であった。

 

 

「うちの家系は、代々軍に属する者が当主を務める風習でね。それに応じて、一族も軍事に就く者も多い。そして4年前、深海棲艦が現れて全ての制空権や制海権を奪われて領土まで侵攻を許すこととなる。それは、既存する軍隊の全滅を意味しており、一族の中にも少なからず犠牲者を出した。そのことに、娘は人一倍涙を流していたよ」

 

 不意に語り出した中将。それを語る表情と感情の読めない目に、その話を制することは憚られた。

 

「そして、妖精と艦娘の登場で陸より深海棲艦を駆逐することができ、唯一対抗出来る戦力として艦娘を軍に組み込むことが決定された。それに伴い、軍部は全国から艦娘の素質を持つ者を集め始めた。そして、うちの娘に召集令状が届いた。娘には艦娘になる素質―――妖精を目視でき、言葉を交わすことが出来た…………君も、写真の妖精が見えただろう?」

 

 不意に問いかけられた言葉に、声を出すことが出来ずに頷くことで返答した。

 

「深海棲艦に対抗できる艦娘に娘が選ばれたことに、一族は諸手を上げて喜んだ。代々恩を受けた軍に報いることが出来る、そして深海棲艦との戦闘で散っていった一族の仇討ちが出来る、とね。ただ、私はそれを年端も行かない娘に背負わせるのは大きすぎだと思った。が、娘は泣き言1つ吐かずに務めを果たすと笑顔を浮かべて行った。出征した後も、他の艦娘の様子や訓練の内容、友達が出来たこと、喧嘩をしたこと、演習中に他の子とぶつかってしまったことなどを手紙で欠かさず送って来たよ。そこに、弱音の1つも書かずにね。本当に、私には出来過ぎた娘だ、そう思った。そして艦娘としての訓練を終え、君の鎮守府―――――初代の初期艦として配属された。その日以降、手紙が途切れた」

 

 そこで言葉を切った中将は写真をしまい、窓に近付いて煙草を取り出して火をつけた。

 

「心配になって何度も手紙を送ったが、それが返ってくることはなかった。一度は視察と評して鎮守府に向かおうとしたが、深海棲艦の目と鼻の先に私が赴くことを上層部が良しとしなかった。だから、初代が提出してくる報告書と、たまに大本営にやってくる彼に娘の安否を聞くことしか出来なかった。彼は、すこぶる元気でやっている、先日大戦果を挙げた、などと笑顔で言ってくれた。それがお世辞だとは分かっていたが、それでも娘のことを聞けるだけで胸のつっかえが消える。愚かな私はそれに甘んじて詳しいことは聞かなかった。だが、ほどなくして彼との連絡が途絶え、大本営から派遣した者の報告、そして霧島による鎮守府の本当の実態を知ることになる」

 

 その言葉を聞いたとき、霧島の肩がビクッと震える。自分の存在が彼を茨の道に突き落としてしまった、そんな想いが伝わって来た。

 

「至急、娘と連絡を取ろうとしても艦娘たちはこちら側の干渉を拒否されたために叶わなかった。また、新たに着任させる提督に聞こうも君が受けた様な扱いのために長く続く者はおらず、況してや先ほどの会議で提案された条件を呑む者も居た。艦娘を沈めようとする者に、艦娘の安否を確かめるよう頼むわけにもいかない。そんな状況で娘の安否を模索していた時、息子から君のことを聞いた」

 

 なおも、中将は窓の外を見つめて煙草を吹かす。

 

「軍学校は上層部の思想に則って教育を行っているため、艦娘を『兵器』として扱っている。勿論、息子もその考え方はおかしいと言っていたが、軍の考え方だと言って納得はしていた。しかし、そこに真っ向から噛み付く君がいて、いつも上官と口論になると聞かされれば興味が湧いてくるのは必然であろう? それを聞いてすぐに君の経歴を調べさせてもらった。更に君は軍学校の成績も悪く、軍人としては半人前とすら言えないという烙印を押されていた。それは上層部が求める、そして私が(・・)求める人材としてはこれ以上適任の者が居ないとなり、君を推薦したのだ」

 

 そこで話が終わったのか、中将は長いため息と共に白い煙を吐いた。その姿を、そして今までの話を聞く限り、彼が俺を推薦した理由、俺が大本営に召集されるところから今こうして俺に頼み事をしている状況と、全て読み切った上で動いていたのだ。

 

 

「中将は俺のことを調べたと言っていましたよね? 何処まで調べたんですか?」

 

「君の出自から軍学校に入る経緯や成績、そして軍学校内での評判などとほぼ全てだ。そして―――――」

 

 そこで言葉を切った中将は煙草を口から離し、遠くを見つめながらポツリと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君が私と同じ道を――――いや、君が通った道(・・・・)を私が通るかもしれない、と言ったところまでだ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、全身の体温が一気に下がるのを感じた。そして、元帥を含めた上層部に抱いたものより遥かに大きくどす黒い嫌悪感を抱いた。

 

 

「妖精が見えるのは何も艦娘だけではない。その周辺の人にも意思疎通は出来ないが見えることがある。私と君(・・・)のようにな」

 

 そこで言葉を切った中将は窓から離れ、近くにあった灰皿に煙草を押し付けて消す。それを灰皿に投げ捨てると、真っ直ぐ俺の元に近付いてきて勢いよく頭を下げた。

 

 

 

「どうか娘の様子を……安否だけでもいいから確かめてきてくれ。頼む」

 

 上官である、それも名将と謳われる歴戦の猛者であるあの朽木中将が、ひよっこもひよっこの俺に対して頭を下げている。いや、上官だとかそんなものは関係ないのだろう。彼は軍人としてではなく、一人の父親として頭を下げている。

 

 そして、先ほど彼が言った『君が通った道を私が通るかもしれない』と言う言葉。それはつまり、彼の娘がどのような状況であっても受け入れると言う覚悟。一人の軍人としての覚悟を持っているということだ。

 

 

 つまり、彼は軍人として覚悟し、一人の父親として俺に頭を下げているのだ。それも、たちの悪いことに俺が承諾する(・・・・)ところまでを見越して、だ。

 

 

 

「……最初から、俺が断るなんて考えていませんよね?」

 

「あぁ、だから君を選んだんだ。貴い君なら、境遇が酷似している私の頼みを断れないだろ?」

 

 俺の言葉に、中将は頭を上げてそう応える。その言葉に、自嘲が含まれてるのは言うまでもないだろう。

 

「私は名将などど謳われるが、たまたま運良く(・・・)戦場で生き残って、運良く(・・・)艦娘を見つけ、運良く(・・・)彼女たちが深海棲艦を駆逐した現場で一番高い地位だっただけだ。本来の私は君の様に貴くもない、自身の欲に忠実で、そのためならどんなことでもやる汚い人間だ。そんな汚い人間であるからこそ、敢えて貴い君に頼んだのだ。そして、今回は君が承諾してくれた。私は本当に運が良い(・・・・)よ」

 

 どの口が言っているんだ、そう言ってやりたかった。しかし、ここで彼を突き放したら支援自体が立ち消えになるかもしれない。それは、うちの鎮守府を潰すも同然だ。それが分かった上で、どうしてそれを拒否できようか。こんなもん、出来レース以外の何物でもない。

 

 現在の俺を、そして過去の俺も利用する――――文字通り利用できるものは全て利用する、確かに名将らしいクソみたいな考え方だ。

 

「もちろん、ただでとは言わない。君が望むものは出来うる限り用意しよう。資材に戦力、情報、人員、資金は難しいかもしれないが出来うる限り融通は利かせよう。悪くはない話だとは思うが?」

 

 そこで言葉を切った中将は柔和な笑みを向けてくる。これで逃げ道は全て塞いだぞ、とでも言いたげな表情に吐き気を催した。だが、利用されるだけでは癪に障る。そんな反骨精神のようなものが沸き上がるのも、全て彼の手の上で踊らされているのだろうか。

 

「……分かりました。では、先ほどの支援の他に2つほどお願いがあります」

 

 俺の言葉に中将は予想通りと言いたげに頷く。その一挙手一投足に激しい嫌悪感が沸き上がるが、何とか表に出さずに抑え込む。

 

「まず、これに書かれているモノを鎮守府に送ってください」

 

 そう言って俺はポケットからメモ帳を取り出して1枚千切り、そこに必要なものと量、送ってくる周期を書いて中将に手渡す。それを受け取った彼はメモに目を通し、何故か満足げに頷いた。

 

「なるほど、まずはここから変えていくと言うわけか。まぁ、ゆくゆくは君にも返ってくるものだし妥当と言える。あい分かった、すぐに手配しよう」

 

「ありがとうございます。では次に、先ほど新たな艦娘を着任させると言っていましたよね? それについてです」

 

 俺の言葉に中将は少し驚いた顔をした。まぁ、さっき新しい艦娘はいらないと言っていたから当たり前か。でも、その言葉を撤回する気はない。

 

 

 

 

 

 

 

「うちの鎮守府に、軽空母『鳳翔』を絶対に配属させないでください」

 

 その言葉に、余裕を浮かべていた中将の表情が凍った。予想外だ、と言ったところか。それを見た瞬間、うれしさが込み上げてきた。

 

 ようやく彼の手の上から逃れ、その横顔に渾身の一撃を喰らわせた、そんな爽快感があったからだ。

 

「こりゃ一本取られたな…………あい分かったよ」

 

「ありがとうございます」

 

 乾いた笑いを上げる朽木中将に俺はお礼を述べる。そして、中将が手を差し出してきた。しばしそれを見た後、ゆっくりとした動作でその手を掴んだ。

 

「では、よろしく頼むよ」

 

 

 

 こうして、俺は当初の目的であった支援の取り付けに成功した。


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