新米提督苦労譚~艦娘たちに嫌われながらも元気に提督してます~   作:ぬえぬえ

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episode3 開始
提督の『隠し事』


 青々とした空が広がる鎮守府への道を、黒塗りの車がひた走る。その中で、俺はボケっと外を眺めていた。

 

 そんな俺を載せて走る運転手は軍から派遣された憲兵。その表情には早く帰りたい、と言う思いがヒシヒシと伝わってくる。まぁ、噂の鎮守府へと近づいているわけだから当たり前か。だが、仕事だからあきらめてくれ。

 

 とまぁ、そんなこんなで朽木中将の支援を取り付けた俺は彼が用意したホテルで一泊した後、この車で鎮守府へと向かっているところだ。本来、召集された提督は上層部の指令を受けるまで滞在しないといけないのだが、あの時に言い渡されたもんだ。居ようが居まいが関係ない。

 

 それに、中将に頼んだ資材が翌日辺りに鎮守府に届けられるそうだからその受け取りもしないといけない。下手に金剛に受け取らせようとして拒否でもされたら面倒だし、俺が頼んだモノも同じぐらいに届くらしいからなお俺が受け取らないと不味いことになる。

 

 更に、中将は資材の輸送と俺との連絡役として憲兵を一人派遣してくるらしい。個人的にはそれで更に金剛たちとこじれそうで怖いが、いざと言うときに素早く中将と連絡できるパイプ役が来るのはデカい。

 

 しかし、大本営と言い中将と言い召集や支援の準備など異様に早い。どちらも確実に準備していたとみていいだろうな。そんなことを中将に言ったら、「伊達に軍部の上層部に居座ってないからね」と鼻で笑われた。

 

 どうせ、提督志望だった林道を憲兵として配属させた裏にも一枚噛んでいるんだろうな。まぁ、それは別の理由だったけど。

 

 

 

 

『君は、自分の息子に同じ苦痛を味わってほしいかね?』

 

 林道の件について聞いたときに、中将の口から飛び出した言葉。それを吐いたときに浮かんでいた表情は、完全に「父親」だった。

 

 

 つまり林道を憲兵にさせたのは、内地へ配属させてこちら側の情報を、特に妹のことを把握できない状況にさせるため、自らと同じ道を辿らせないため、だ。

 

 ホント、つくづくあの人は『汚い』人間だよ。

 

 

「つ、着きましたよ!」

 

 そんなことを考えていたら運転手の上擦った声と共に車が止まる。外を見ると、数日前に見た錆びた門があった。考え事をしている間に着いたみたいだ。

 

「ありがとう」

 

 それだけ言ってさっさと車から降りる。運転手はトランクから俺の荷物を引っ張り出すとぶっきらぼうに俺の手に押し付けて車に乗り込み、逃げる様に走り去った。どんだけ怖いんだよ、いや砲撃されたって聞いてりゃ普通逃げるか。俺なんか、砲門を何度も向けられたからあんまり動揺しなくなっちまったよ。慣れって怖い。

 

 とまぁ、そんなことをぼやきながら門を潜り抜ける。

 

 初めて来たときと同じような光景を眺めながら歩いていき、やがて執務室がある建物の前にやって来た。

 

「しれぇ!!」

 

 その時、横から数日ぶりに聞いた声と駆け寄ってくる足音が聞こえる。声の方を振り向くと、ワンピース調のセーラー服と黒い物体を翻し、とびっきりの笑顔を浮かべた一人の駆逐艦が俺目掛けて手を広げて宙を舞っていた。

 

「雪かぶっ!?」

 

「おかえりなさいですぅ!!」

 

 俺の胸に抱き付く駆逐艦―――――――――雪風。彼女は笑顔で俺の背中に手を回してぎゅっと抱き締めてくる。一通り頬ずりした彼女は俺を見上げ、そして不思議そうに首を傾げた。

 

「しれぇ、なんで顔を押さえているんですか?」

 

「……いや、何でもない」

 

 雪風の言葉に、俺は顔を手で押さえながらそう返す。いや、顔を手で押さえているのは目の前にパンツだとかそんな理由ではない。まぁ鼻血は垂れているけども邪な感情は無い。断じてない。って、んなことはどうでもいい。

 

「……それよりも、俺が居ない間何か変わったことあったか?」

 

「特にはありません!! 潜水艦組が金剛さんに待遇改善を訴えて、つい先ほどオリョール海に放り込まれたぐらいです!!」

 

 俺から離れて敬礼をしながらそう応える雪風。いや、それ深刻な問題が起きているように見えるんですがそれは。潜水艦とは会ったことは無いが不憫すぎるだろ。まぁ哨戒を怠った責任もあるし、資材集めに潜水艦組を出撃させたみたいだから止むを得ない状況なんだろう。まだ見ぬ彼女たちに合掌を送ろう。

 

「そうか。負傷者や資材は?」

 

「怪我をしていた人たちの大半は入渠を終えて復帰していますが、やはり資材のやりくりに頭を悩ませているところです。金剛さんの手配で補給は切り詰められていますので、雪風もここ数日満足にご飯も食べれていないですし……」

 

 そう言いながら雪風は自らのお腹を摩る。厨房の食材を使って何か作ればよかったのに、と言おうとしたが、周りが切り詰められた『補給』で凌いでいる中で雪風だけ食事を作って食べる、なんてことは出来ないか。

 

 まぁ、明日には資材や頼んでおいたモノが届くからこれから食事に心配することもない。ただ、これを定着させるのに骨が折れそうかな。まぁ、どうせ俺に返ってくるもんだし手を抜くつもりは無いさ。

 

 

「しれぇは大丈夫でしたか?」

 

 ふと、俺の袖を掴みながらそんなことを聞いてくる雪風。その表情に先ほどの明るさはなく、不安と悲壮で覆われていた。それに、俺は言葉に詰まってしまう。

 

 俺が大本営に召集されることを一番心配してくれたのが雪風。それに、いつからかは分からないが彼女もこの鎮守府に居る、つまり金剛が大本営から決別しているのは知っているはずだ。そんなところに一人だけ放り込まれたら心配にもなるか。今、俺はこうして何事もなく振る舞っているわけだが、やはり何かあったのかもしれないと思うのも無理はない。

 

 ……まぁ実際あったわけだが、絶対に言えない。俺も『隠し事』が出来ちまったか。

 

 

 さて、どんな言葉を掛けよう……違う。どう誤魔化そう(・・・・・)か、か。存外、俺も中将と変わらない、所詮同じ人間ってか。

 

 それに苦笑しつつも思案していると、一つの言葉が浮かんできた。俺は見上げてくる雪風に笑い掛けながら片手を彼女の頭を、もう片方は自身の頬を触れる。

 

 

「おうよ。何せ、俺には『幸運艦のキス』があったからな」

 

 そう言って、雪風の頭に置いた手で彼女を撫でる。撫でられた雪風は驚いたように俺の顔を見て下を向いた。次に聞こえてきたのは、ホッ、と言う安堵の息。

 

「なら、良かったです……」

 

 そう零す雪風の頭を撫でる。その資格があるのかすら分からないが、多分ないんだろうな。

 

 

 今は誤魔化すしかない。でも、いつかこの『隠し事』を言えるようになりたい。それが、俺と上層部との違いを決定付けるからだ。

 

 でも、これを言った時、そしてこれを隠してきた俺を彼女たちはどう見るのか。怒るだろうか、悲しむだろうか、軽蔑するだろうか……最悪、殺そうとするかもな。まぁ、それに関しては今とあんまり変わらないだろうけどよ。

 

 

 ―――――雪風も、『あの目』を向けてくるのかな。

 

 

 

 

 

「しれぇ!!」

 

 突然の大声といきなり手を掴まれたことに無理やり思考が断ち切られた。突然のことに目を白黒させている俺を尻目に、俺の手を掴んだ雪風はいつもの笑顔を向けてくる。

 

「雪風、まだあの時の約束忘れていませんからね? さぁさぁ、早く荷物を置いてきちゃいましょう!!」

 

 俺の手をグイグイ引っ張りながら元気よく声を張り上げる雪風。約束って、演習で活躍したらうまいもん食わしてやるってやつか? 資材が届くのが明日だからその日以降になっちまうが……どうせ今日の俺の飯も半分ぐらい食われるから変わらんか。

 

「まぁ、いいか」

 

「何か言いましたかぁ?」

 

「なんでもねぇよ」

 

 不思議そうな表情の雪風が首をかしげてくるので、そう答えながらその頭を撫でる。撫でられた雪風は首を傾げながらも、すぐにいつもの笑顔を浮かべて歩き出した。

 

 

 

 

 『いつもの笑顔(それ)』が見れるなら―――――なんて、馬鹿らしいな。

 

 

「そう言えば雪風、昨日出撃した時に補給艦を沈めましたよ!! この双眼鏡で発見したのも雪風です!! 褒めてください!!」

 

 そう言いながら雪風は自らの首にかかる双眼鏡を手に取り見せつけてくる。ほぉ、その双眼鏡が役立ったのか。しかも補給艦を沈めたってことは資材も確保したってことだよな。

 

 雪風の言葉に俺は「よくやった」と言いながらその頭を撫で、雪風は更に顔を綻ばせて嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねる。

 

 

 

 まぁ、その双眼鏡がさっき顔面にクリティカルヒットしたんだがな……なんて、口が裂けても言えなかった。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「……と、こんな感じだ」

 

「……ありがとうございマース」

 

 雪風に引き連れられて部屋に荷物を放り込んだ後、雪風を残して俺は支援の詳細について金剛に報告しに行った。立場が逆じゃね? とか言われてもスルーするのであしからず。

 

「これで、資材については何とかなりそうデスネ」

 

 俺の報告を聞きながら書き終えた書類を山に戻し、金剛はそう言いつつ伸びをする。それの呼応するように、パキポキと軽快な音が彼女の腰や背中から聞こえた。相当に腰や背中がまいっているみたいだな。提督代理としてずっと書類とにらめっこしていたのだから無理もないか。

 

 

 ……まぁ、(ていとく)いるんだけどね。

 

「その…………少しくらい俺に回してもいいんだぞ?」

 

「捌き方も知らないあなたが何言ってるんですカ」

 

 あ、はい、すいませんでした。正論過ぎて何も言い返せねぇ……でも、どうせ捌ける様にならなくちゃいけないんだし、少しくらい回してくれてもよくない?

 

「そう言って資材をちょろまかされたら堪ったもんじゃありませんから大丈夫デース」

 

 金剛からの信頼度が0だった模様。ひでぇな、おい。少しは信頼してくださいよ。

 

 ……まぁ、初代が彼女たちの食費をちょろまかしていたのだから無理もないか。それにあの話に乗った奴らが同じようなことをしでかしたのかもしれないし。

 

 って、そう考えると俺ってもの凄い微妙な位置に居ない?

 

 中将の話を信じるなら、少なくとも一人は上層部の提案を呑んだ奴もいるわけで。そいつが同じように帰って来て何事もなかったように振る舞いながら、提案を実行に移していったのなら……考えたくないな。

 

 そいつがいた手前、俺も同じではないかと警戒されるのは必至だろう。更に肩身が狭くなるのか……まぁ、警戒されているのは今更か。

 

 

 

「そう言えばテートク、霧島には会いましたカ?」

 

 そんなことを考えていると、不意に金剛からそんな問いが飛んでくる。思わず彼女の方を振り向くもその視線はペンを走らせる書類に注がれており、俺の様子までは見ていなかった。

 

 

「いや、知らない」

 

 咄嗟に答えると金剛はペンを走らせていた手を止め、ゆっくりと顔を上げて俺を見つめてくる。その目には、明らかに友好的ではない色が浮かんでいた。

 

「本当ですカ?」

 

「あぁ」

 

 金剛の念押しに、俺は向けられた目をまっすぐ見ながらそう言った。目を逸らしたら嘘であることがバレてしまう。ここが正念場であることは、バカな俺でも分かった。

 

 中将の物言いから察するに、恐らく彼はあの話を俺以外にはしていないだろう。あの会議が終わったらそのまま鎮守府に帰されるか、はたまた上層部との今後の話し合いが行われるだけで、そこにあの中将(タヌキ)が積極的に口を出す筈もない。それはつまり、提督と霧島の接触が不可能であることを示していた。過去の奴らも、同じ質問をされたなら間違いなく『会っていない』と答えただろう。

 

 それに、俺が金剛の立場だったら霧島をこちらの情報を売った裏切り者ととらえる。俺が彼女と接触したのなら何らかの不都合な情報を得ているかもしれない、と考えても不思議ではない。もし、霧島に会ったことを認めたら、更に警戒されるのは目に見えている。これからいろいろとしようと言う矢先に警戒を強められて動ける範囲を制限されたくなかった。

 

 

 故に、『嘘』をついた。

 

 

「なら、別にいいデース」

 

 しばらく見つめあった俺たちであったが、そう声を上げた金剛が目線を逸らして再び手元の書類に目を落とす。何とか誤魔化せたか? でも、何だろう。心なしか、書類にペンを走らせる金剛の表情に暗い影が落ちた様に見えた。

 

 

 ―――――金剛は、霧島のことをどう思っているんだ?

 

 

「霧島って誰だ?」

 

「どうでもいいことですから忘れてくだサーイ」

 

 ふと浮かんだ疑問を口にするも、金剛はまるで興味などないかのようにペンを止めずに応える。これ以上の追及を拒む、と見た。口を割らせるのは無理だな。このまま押し通して無駄に警戒されるのは勘弁だし、大人しく引き下がるか。

 

「分かった。なら、ちょっくら鎮守府を見回ってくるわ」

 

「了解デース」

 

 それだけ言って俺はクルリと振り返って廊下へと続く扉に近付く。彼女自身も、これ以上俺と話す必要もないと判断したんのだろう。

 

 

「まぁ」

 

 扉のノブを回しながら、俺は独り言のように呟いた。それに応える声はなく、代わりにカリカリと言う音だけが絶え間なく聞こえるだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうでもいいことなんて、普通気にしないんだけどな」

 

 

 それだけ言って、俺は扉を開ける。廊下へ出て扉を閉めると、人知れずため息が零れた。呟きから廊下に出て扉を閉めるまで、金剛は一言も声を上げなかった。

 

 

 しかし、代わりに俺の呟きと同時にカリカリと言う音が途絶えたのは分かった。

 

 

「警戒されないように、って言ったのはどこの誰だったかねぇ……?」

 

 廊下を歩きながらそんなことを呟いて苦笑いを浮かべる。俺ってこんなにも反骨精神剥き出しだったっけ? 割と頭に血が上りやすい方だとは思うが……なぁ?

 

 これも中将(タヌキ親父)のせい……なわけないか、自重しよう。

 

 

「クソ提督」

 

 そんなことを考えていたら、横から声を掛けられる。振り向くと、いつものセーラー服を纏って神妙な顔つきをした曙が立っていた。あの襲撃事件から一週間営倉で謹慎していたハズだったが、よく考えると昨日で解かれたんだな。最後に見た数多あった傷も癒えてるのを見るに、入渠も済ませたのか。

 

 

「おぉ曙、久しぶり。しかし、本当に傷跡が無いなぁ……これも入渠のおか―――」

 

「そんなことはどうでもいい。あんたに話があるからついてきて」

 

 久しぶりに顔を合わせたことで思わず話し込もうとしたが、曙はその空気を撥ね退けてそう言い放つ。途中で話を断ち切られたことで何も言い出せない俺を尻目に、曙はそれだけ言うと俺の手を取り、反対側に向き直って歩き出した。

 

 誰もいない廊下を歩く無言のまま引っ張る曙と、無言のまま引っ張られる俺。引っ張られる時にたまに見える曙の横顔に俺は既視感を覚えた。しかし、それがどこであったかが思い出せない。

 

 

「着いた」

 

 何処で見たのかを考えている間に、曙の声と共に手が離れた。それを受けて、俺は彼女が連れてきた場所を見回す。

 

 

 そこは執務室だった。

 

「曙? いったいどうい―――」

 

「入って」

 

 執務室に引っ張ってきた理由を聞こうとするもそれを遮る様に曙が声を出て、執務室への扉を開ける。状況が読めず扉を見て固まっていると再び手を握られ、思わず振り向くと彼女と目が合う。そこで、既視感の正体が分かった。

 

 

 

 

 営倉だ。応急処置を施しているときに向けられた、自身が営倉に送られた理由を問いかけたときに浮かべていた表情だ。

 

 それが分かった瞬間、俺は彼女の言葉に従わなければいけないと思った。再度、手を引っ張る曙に従い中に入る。曙は執務室の机まで俺を引っ張っていきそこに俺を座らせ、自身は机の反対側に移動して俺と対峙した。

 

 

 しばし、沈黙が流れる。

 

 俺は無言のまま曙を見つめ、対する曙は無言のままあちこちへと視線を飛ばしながら時折こちらに向けて目が合うとすぐさま逸らす、のを繰り返していた。彼女が俺をここに引っ張ってきた意味は分からない。しかし、あちこちに視線を飛ばす曙は、あと一歩を踏み出せずに足踏みしているように見えた。

 

「曙?」

 

 そう声をかけた。その言葉に、曙はあちこちに飛ばしていた視線を俺に向ける。しばし目が合うも、それが逸らされることはなかった。

 

 

「よし」

 

 ふと、何かを決した様に曙が呟き、スカートのポケットから封筒を取り出して机の上に置いた。俺は差し出された封筒を手に取り、そこに書かれていた文字に目を通す。

 

 そこには、こう書かれていた。

 

 

 

 

 

 

『解体申請書 駆逐艦 曙』


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