新米提督苦労譚~艦娘たちに嫌われながらも元気に提督してます~   作:ぬえぬえ

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司令官の『口車』

「私たちの食事って、一体どういう……」

 

「ほら、さっさと行くぞ」

 

 そう言葉を漏らすのは私を他所に、司令官はそう言って厨房へと歩き出した。数秒遅れて、私も手に持つ段ボールを抱えて彼の後を追った。

 

 司令官の背中にくっついて厨房に進んでいると、ふと視界の端に机に身を預けている艦娘が見えた。顔を反対側に向けているためその表情は見えないが、握り拳で軽く机を叩きながらブツブツと小さな声で呟いているのを見るに、ご機嫌斜め、と言ったところか。

 

「ねぇ、司令官」

 

「ほっといて大丈夫だ。それにアイツには他にやってもらいたいことがある」 

 

 私の言葉に司令官は疲れた様な声で返してきた。すると、その言葉を聞いた件の艦娘は顔をこちらに向け、不満そうに顔を歪めながら司令官を見つめ始める。しかし、それに彼は特に反応することなくまた歩き出したので、私も彼と彼を睨み付ける艦娘を交互に見ながらその後を追った。

 

 

 司令官の後に続いて足を踏み入れた厨房には、数人の先客が慌ただしく走り回っていた。

 

 

「吹雪ちゃん、その段ボールはそっちに……曙ちゃんのはあっちに置いておいて。イクちゃんたちはそっちの段ボールの中にあるお野菜を洗ってちょうだい。榛名さん、イクちゃんたちの近くにざるとボウルを。それから――――」

 

 そう早口に指示を飛ばすのはいつもの割烹着を翻す間宮さん。

 

 その指示に従って、山の様に積まれた段ボールを慌ただしくあちこちに運ぶセーラー服の艦娘――――吹雪と曙。

 

 大きめのボウルやざる、食器類を抱えてイクの周りや吹雪ちゃんたちが運んだ段ボールの横に置いていく露出度の高い和服に独特のカチューシャを付けた艦娘―――榛名さん。

 

 吹雪ちゃんたちが運んだ段ボールから中身を取り出して水で土汚れを落とす潜水艦――――イクにハチ、そしてゴーヤ。

 

 

 いつも『補給』を――――燃料で満たされた深めの皿と、弾薬、ボーキサイトが乗った皿をもらうだけだった厨房。それだけの場所だったのが、今では大量の段ボールやざるやボウル、包丁やまな板などの調理器具、そしてそれらの間を縫う様に走り回る間宮たち。

 

 

 私が見てきた中で、これほどまでに厨房が慌ただしかったのは初めてだった。

 

 

「間宮ー、これ何処に置けばいい?」

 

「あ、提督さんのはこちらに、イムヤちゃんのはイクちゃんたちの近くです。そしてイムヤちゃんは榛名さんのお手伝いをお願い。提督、少々お話がありますのでこちらに……」

 

「OK、分かった」

 

 司令官の声に間宮さんは迅速に指示を出す。それに従って私たちは段ボールを置き、司令官は間宮さんの元に、私は榛名さんの後を追って厨房の奥に向かう。

 

 調理器具がある奥の部屋、そこでこれでもかと言うほど大量のざるとボウル、まな板を両手いっぱいに抱える榛名さんがいた。彼女は私の顔を見て、ニッコリと微笑んでくる。あれだけのモノを抱えながら顔色一つ変えないとは流石戦艦、と言いたいところだけど無理をさせるわけにはいかないよね。

 

「榛名さん、手伝いますから半分ください」

 

「いえ、榛名は大丈夫です。イムヤちゃんはそっちの箱に入っている刃物系を、危険ですからそれだけ持っていって下さい」

 

 そう言われて榛名さんは視線で傍の机に置かれた箱を指す。そこには様々な大きさの包丁、皮むき器、おろし金などが入っている。量としては大したことは無いが、万が一取り落した場合が怖い。

 

「分かりました」

 

 そう言って箱を持って厨房に向かう。間宮さんは司令官と話し込んでいるため何処に置くかの指示をもらえなかったから、近くの机にそれを置いて素早く榛名さんの元に走った。

 

 そこには決して広くはない道を通ろうと苦戦している榛名さんが。その姿を見て、彼女の脇に近付いてその脇に抱えられたボウルたちを掴み、彼女の手からゆっくりと引っ張った。彼女は一瞬驚いた顔をしたもののすぐに苦笑いを浮かべて頭を下げ、抱えていたボウルを渡してくれた。

 

 手渡されたボウルを抱え直す。それと一緒に反対側に抱えていたまな板を抱え直した榛名さんを待って、二人一緒に厨房へと向かい、各所にボウルとざる、まな板を一セットずつ置いていく。

 

 と言うか、何で榛名さんがここにいるのかしら? 吹雪や曙、さっき机で不貞腐れていたあの子もそうだけど。呼ばれたのは私たちだけじゃないのかしら。

 

 

「そう言えば、何で榛名さんたちはここにいるんですか? 司令官からは私たち潜水艦しか呼ばれてないと思うんですけど」

 

「昨日、部屋に来た吹雪ちゃんに頼まれたんですよ。曙ちゃんも同じだと思います。雪風ちゃんに関しては……まぁいつも提督と一緒に居ますからねぇ」

 

 私の問いにそう答えながら、榛名さんは厨房と食堂とを繋ぐカウンターに、その先で不貞腐れている艦娘――――雪風に目を向けた。目を向けられている雪風は机に身を預けてピクリとも動かない。多分、さっきみたいにブツブツと何かつぶやいているのだろう。

 

 いつもの天真爛漫な笑顔と元気ハツラツとした物腰からは想像出来ないほどの意気消沈っぷりである。

 

 雪風とは長い付き合いだけど、いつもニコニコ笑っていて何を考えているか分からないから割と苦手な部類でもある。そんな子が、ここまで感情を露わにするのも珍しいことだ。まぁ、さっきのやり取りからして、この原因は司令官で間違いないと思うんだけど。

 

 

「あの子があんな状態なのは?」

 

「何でも、厨房を黄色に染めたとか何とかで出入りを禁止されたらしいです。それでもお手伝いがしたい、と言うことで昨日の夜に厨房に入れるよう提督と間宮さんに直談判したんですけど、二人……と言うか提督が頑なに突っぱねたらしくて。それで夜遅くまで議論を交わしていたようです。そして今日の朝、無理矢理厨房に押し入ろうとしたところを提督に見つかって長いお説教を受けたとか。それからずっとあの状態ですね」

 

「押し入ろうとしたって……」

 

 苦笑いを浮かべながらご立腹状態の原因を離してくれる榛名さん。と言うか、押し入ろうとしたって物騒な物言いだけど、あの子ならやりかねないって思ったら負けかな。

 

 

「皆、一旦手を止めてくれ」

 

 そんなことを思っていると、横からそんな言葉と共に手を叩く音が聞こえ、その方を見ると間宮さんを従えた司令官が立っていた。その言葉に、私を含めてその場にいた殆どの艦娘は手の止めて彼に視線を向ける。

 

 

 一人を除いて。

 

 

「……おーい、雪風ぇー?」

 

 遠くを見る様に手の平を目の上にかざして、司令官は声をかける。その視線の先で尚も机に身を預けている雪風は、その声に反応することは無い。顔をこちらに向けず、ただ黙っているだけであった。その姿に、司令官はため息を漏らしてその場から動こうとする。

 

 

「あ、私が見てきます」

 

 そう名乗りを上げたのは先ほどまで段ボールを運んでいた吹雪だ。吹雪は司令官の返答を聞く前に動き出しており、彼が手を伸ばしたときには厨房から食堂へと続く道を抜けていた。もう、彼女に任せた方がいいと判断した提督は「すまない」と小さく言葉を零した。

 

 そんな吹雪が近づいていくが、雪風はピクリとも動かない。司令官の言葉に反応せず、頑なにこちらに顔を向けようとしない。相当にご機嫌斜めらしい。そんなに厨房に入れないのが悔しいのかしら?

 

「雪風ちゃん? そろそろ機嫌直し……」

 

 そう呟きながら雪風に近づく吹雪。しかし、その顔は雪風が顔を向ける方に回り込んだ瞬間、呆けた表情に変わった。その様子に何事かとみんなが身構える。当然その中に私も入っているわけで、目を鋭くさせて雪風を凝視した。

 

 頑なにこちらに向けられない顔はなおも動かず、机に預けられた上体はピクリとも動かな……あれ、何か背中の辺りが僅かに上下しているような。

 

 

 

 

 

「……寝ちゃってます」

 

「ゆきかぜはぁ……だいじょ~ぶ、れふぅ……」

 

 そう苦笑いを溢しながら、吹雪は人差し指を立てて口に当てる。それと同時に雪風が寝言を呟きながらもぞもぞと動きだし、やがて止まった。

 

 

 その結果、彼女は幸せそうな顔で涎を垂らしながら眠る寝顔を曝け出されることとなった。

 

 

「……寝かしとけ」

 

 そんな寝顔を見た司令官は今日一番のため息を吐いてそう言う。その言葉に吹雪は音を立てない様慎重に雪風の傍を離れ、ある程度距離を取ってから小走りで戻ってくる。そして、吹雪が戻って来たのを確認した司令官はコホン、と小さく咳ばらいをした。

 

「一人眠りこけちまってるが、まぁいいや。今日は陽の昇る前に集まってくれて本当にありがとう」

 

 その言葉に私を含め艦娘たちは即座に背筋を伸ばし、敬礼をする。その姿に彼は何故か苦笑いを溢すも、すぐに表情を引き締めて言葉を続けた。

 

 

「既に察している奴もいると思うが改めて……今日お前たちを呼んだのは、この鎮守府に所属する艦娘たちの『食事』を作るのを手伝って欲しいからだ」

 

 何処か上擦った声色の彼の言葉に艦娘たちがザワザワと騒ぐことは無かった。全員、察していたのだろう。しかし、その表情は各々違っていた。

 

 訝し気に顔を歪める者、心配そうに目を視線を他の艦娘に向ける者、無表情でただ司令官を見つめる者、満面の笑みを浮かべて小さく頷く者、口に手を当てて何か思案に明け暮れる者等。因みに、私は訝し気に顔を歪めていた。

 

「まぁ、食事を作るって言っても飲食店よろしく艦娘たちの注文を受けて作るわけじゃない。今回は彼女たちに今後の食堂のメニューとして扱うための試作品を食べてもらって、それを今後の食堂のメニューとして採用するかどうかを判断してもらう。所謂、メニュー開発のための試食会ってヤツだな」

 

 そこで言葉を切った司令官は傍の机に置かれた分厚い封筒からホッチキスで留められた複数枚の紙の束を取り出し、各自に手渡していく。それに目を通してみると、事細かに記された料理のレシピだった。

 

「これが、今から作ってもらう料理だ。作るのは全部間宮と俺で考えたから味は保証するし、比較的簡単なモノばかりだから誰でも作れる。調理で心配する必要はないハズだ。今日はこのレシピを使って調理を進める」

 

「ちょっ、ちょっと……いい?」

 

 司令官の言葉を遮ったのは、レシピを凝視して困惑した表情の曙であった。彼女はレシピから視線を外して司令官に向け、指でレシピの下の方を指さしながらこう言った。

 

 

「これ……本当に出来るの?」

 

「あぁ、問題ないのは確認済みだ」

 

 曙の問いに司令官は素っ気無く応えた。それを受けた曙は首を傾げながらも、自分に言い聞かせるように何度も頷いて引き下がった。何をそんなに気になったのか、私も曙が指した場所に目を向ける。

 

 

 

 そこは今から作るであろう料理で用いる材料が羅列しており、その一番下に普通の料理なら絶対に存在しない言葉―――――『ボーキサイト』が書かれていた。

 

 その言葉を見た瞬間、すぐさま別のレシピを見る。次のレシピには、『弾薬』が、次には『燃料』が、次の奴には『ボーキサイト』が。手早く確認しただけでも、全てのレシピに何らかの資材が材料として書かれていた。

 

 

「すまん、それに関しては間宮にも突っ込まれたが、改めて弁解させてくれ。お前たちは今まで、長い奴は着任してから昨日まで資材だけを口にしてきた。そこに、いきなり普通の食事を食べてみろ。軽自動車にガソリンではなく軽油を入れたら壊れる、それと同じでお前たちに何か体調に変化が起きるかも、最悪倒れるかもしれない。それを防ぐために、いつも口にしている資材を料理に入れて、少しでもそのリスクを抑えようと思ったんだ」

 

 司令官は何故か早口でそう説明してきた。何故早口なのかは引っかかるが、まぁ確かに言われてしまえばそうかもしれないかな。

 

 

 先の大戦よりも更に昔、まだこの国が一つにまとまっていない時代。

 

 

 かつての勢いを失い敵方の攻勢に圧されていたある勢力が、堪らず味方の城に逃げ込んで守りを固めて籠城戦を仕掛けた時のことだ。

 

 敵方は勢いに乗って城へ攻め寄せるが、城を攻め落とすには相手の3倍の兵力が必要であるとされる攻城戦で思う様に攻め切れずに悪戯に被害を出す。そこで、敵方は一寸の隙間もないほどの堅固な包囲陣を敷き城内から外へと続く全ての道を閉ざした。城内へ運び込まれる物資を止め、城内方の士気低下を狙ったのだ。

 

 所謂、兵糧攻めと言うヤツだ。

 

 敵の徹底した兵糧攻めに城方は日を追うごとに士気が低下していき、やがて城内で暴動が起き始める様になると堪らず敵方に降伏、開城に至った。

 

 敵方は降伏した城方の人間に食べ物を振る舞った。その心遣いに城方は感激、または極限の飢餓状態のために形振り構わずそれを大量に食べた。しかし、食べた殆どの人間が食べている途中で死んでしまったのだ。

 

 死因は大量の食べ物を体内に入れたことで身体に過剰反応が起き、それに耐えきれずに死んでしまったのだとか。つまるところ、極限の飢餓状態で大量の食べ物を食べるとショック死してしまうと言うことだ。

 

 そして、私たち艦娘たちはここに着任してから今まで資材しか口にしてこなかった。それは今の今まで食べ物を一切口にしていないということ、つまり普通の食べ物に関してだけ言えば極限の飢餓状態と言える。そんな中で食べ物を食べた際、身体にどんな悪影響が起こるか分からない。

 

 だから、今まで口にしてきた資材を料理に加え、少しでもそのリスクを下げようと言うことか。

 

 

 

「私が食べたカレー、あれ資材なんか入ってないでしょ? それで私は何も起きなかったわよ?」

 

 しかし、それに切り返したのは先ほど自ら納得させようとした曙であった。

 

「そ、それはあれだ。偶々、曙に異常が起きなかっただけかもしれないだろ。俺は、少しでもそれが起きるリスクを減らしたいんだよ」

 

「私よりも遥かに食べている雪風はどうなるの? そんな様子、見たことないわよ?」

 

「それこそ、幸運の女神の加護ってヤツじゃないのか?」

 

 曙の切り返しに司令官はそう返す。しかし、その口調は先ほどよりもハキハキとしておらず、視線も何処かあらぬ方向を向いてる。

 

 

 何か隠している――――そんな印象を抱いた。

 

 

「クソ提督、あんた何隠し――――」

 

「まぁまぁ曙ちゃん。落ち着いてよ」

 

 その様子を見て更に目つきを鋭くさせた曙が司令官に詰め寄るよりも先に、その間に入って曙を制止させたのは吹雪で合った。突然間に割り込まれ、そして自分の行動を制止させようとする吹雪に鋭い視線を投げかける曙。しかし、それを受けても一向に満面の笑みを崩さない吹雪は、曙でも司令官でもない方向に指を向ける。

 

 

 その先には時計があり、時間は午前6時に差し掛かろうとしていた。

 

 

「みんなが集まってくるのは大体8時。それまでにこれだけのモノを作らないといけないんだよ? もう時間が無いから、早く始めちゃいましょう」

 

 吹雪はそう言い、曙の手首を掴んでグイグイと引っ張っていく。曙はその手から逃れようと足掻くも、ガッチリと掴まれているためかその手が離れることはなく、彼女は吹雪に無理やり引っ張っていかれた。

 

 

「よし、じゃあ始めよう。潜水艦たちは洗った野菜の皮むきを、榛名は吹雪たちと一緒に野菜を切ってくれ。間宮は各種鍋の準備を、俺は肉の下ごしらえだ」

 

 そんな二人の様子を見ていた一同に、司令官は手を叩きながらそう言った。その様子に殆どの艦娘たちは一瞬彼を見つめたが、吹雪の言葉通り時間がないことを念頭に置いて各々の持ち場へと向かった。

 

 

 私たち潜水艦は、先ほど途中で止まっていた汚れ落としと皮むきを二人ずつで分かれて作業することとなり、私とハチは皮むきを担当することとなった。

 

「ハチ、皮むきなんて初めてだよ……」

 

 大きなボウルの前に立って皮むき器を手にしたハチがそう呟く。その意味が、生まれて初めてなのか、艦娘になってからなのかは分からないが、まぁ、長い間やってこなかったことに代わりは無いわけだ。かく言う私だって艦娘となってからは初めてだし、まさかこの鎮守府で料理をするなんて思ってもみなかったな。

 

 

 でも、これから私たちが食べる料理に資材が含まれているってことは、結局は司令官も私たちのことを……。

 

 

 いつの間にか浮かんでいた言葉を振り払う様に頭を振る。そして、気を引き締めるために頬を強めに叩いた。

 

 考えるな、私たちは艦娘であり、これは司令官が下した私たちへの『罰』だ。上官である彼からの『命令』だ。それにいくら疑問を抱こうとも、私たちはそれを遂行させる義務がある。

 

 その言葉を噛み締め、私は手に持ったジャガイモに皮むき器を押し当てた。


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