新米提督苦労譚~艦娘たちに嫌われながらも元気に提督してます~   作:ぬえぬえ

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艦娘たちの『当たり前』

「これで……」

 

 囁くような声と共にフワリと立ち上った白い湯気が視界一杯に広がる。それと同時に傍らから生唾を飲み込む音が。先ほどの言葉は、そして生唾を飲み込んだのかは分からない。

 

 

「ついに……出来たのね」

 

 今度は先ほどよりも若干大きな声。声からして曙だろうか。いや、今そんなことを気にしている暇などない。司令官を含めた殆どの艦娘が固唾を飲み、厨房で一番大きな机、正確にはその上に置かれた大皿に向けているからだ。

 

 そこには、濃い黄色とオレンジ色になったジャガイモと人参、側面から肉汁が溢れ出ている角切りの牛肉、そしてそれらを包み込むトロリとした黄金色の出汁。白い湯気からは、しっかりした鰹出汁とそれを引き締める醤油の香ばしい香りが「美味しい」と言う事実を訴えかけてくる。

 

 

 そんな、ジャガイモと人参と牛肉の煮物―――――肉じゃがが鎮座している。私たちは、肉じゃがの大皿を囲むように立ち、その殺人染みた姿と香りを感じ、一言も発することもなく見つめているのだ。

 

 

 ふと肉じゃがから視線を外すと、肉じゃがの横にある大皿に山のように積み上がった小判型の揚げ物が目に入る。表面からはうっすらと湯気が立ち上っており、綺麗なきつね色をした衣は見ただけで噛めばサクッと軽快な音がしそうなカリカリ感とパン粉の香ばしい香りが鼻をくすぐる――――コロッケ。

 

 

 その横には、ゴロゴロとした形を残しながらも適度に潰されたジャガイモと薄切りのハムと胡瓜、それらが薄黄色いマヨネーズと粗目に削られた黒コショウを纏う――――ポテトサラダ。

 

 

 コロッケ同様山盛りに積まれた鶏のから揚げ、油をたっぷりと吸った茄子とひき肉の味噌炒め、トロリとした出し汁の牛蒡と蓮根のごった煮、茶色く煮込まれた大根とホロホロに溶ける豚バラの煮物、その中で一際存在感を表す葉野菜とトマトの色鮮やかなサラダ等々。

 

 

 大小様々な皿に盛りつけられた数々の一品たち。全て、私たちが作り上げたモノだ。

 

 

 

「こっちも完成ですよー」

 

 

 不意に飛んできたのは間宮さんの声。振り向いた先には味見用の小皿を手に満面の笑みを浮かべている間宮さん。そんな彼女の前には、いくつかの巨大な寸胴鍋が火にかかっており、その一つにはスパイシーな香りを放つカレーがグツグツと音を立てている。

 

 

 私たちの視線が集まる中、間宮さんは思い出したように手にしていた小皿を傍に置いて寸胴鍋の火を止め、別のコンロにある巨大な羽釜に近付いた。これまたグツグツと音を立てる羽釜。中から込み上げる湯気に押されて微かに揺れる木蓋が、間宮さんの手によって開かれる。

 

 

 その瞬間、巨大な湯気の波が彼女の上半身を包み込み、同時に今までの香ばしい香りを押しのけてふんわりとしたお米の強い香りが鼻の中一杯に広がる。遠目から見える羽釜の中は、もうもうと湯気を立ち上らせる純白のお米がギッシリと詰まっていた。

 

 

「蒸らしも問題ないですね」

 

 そう呟いた間宮さんは自らの腕はあろう大きなしゃもじで羽釜の中のご飯を解していく。彼女の腕が羽釜の中を掻きまわすごとにお米の香りは強くなっていき、それを眺める何人かが生唾を呑むのが聞こえる。

 

 

 香ばしい、甘い、油っぽい等の様々な匂いをこれでもかと凝縮したような香りに私たちの意識はノックアウトされ、しゃもじを振るう間宮さん以外、金縛りにあっているが如く誰も微動だにしなかった。

 

 

 

「さぁ皆さん!! もうすぐ出てきますよー!!」

 

 そんな金縛りは厨房の向こう、食堂から聞こえる雪風の声によって解かれた。声の方を振り向くと、雪風に連れられた艦娘たちが入ってきている。その殆どは怪訝な表情をしているが、中には厨房から漂ってくる香りを感じ取って鼻をヒクヒクさせている者もいた。

 

 

 

「いよいよだ」

 

 そう声を漏らしたのは私たちと同じように食堂に目を向けている司令官。これからが勝負だと言わんばかりに笑っているが、若干引きつった笑いに見えるのは気のせいだろうか。

 

 

 

「じゃあ、これをあっちに持っていきましょう!」

 

 次に声を上げたのは吹雪。彼女はそう言って近くにあった大皿の一つを手に持つと、溢さない様小走りで食堂へと続く通路に向かって行ってしまう。その姿を呆けた顔で見ていた一同であったが、一人また一人と手近な大皿に手を伸ばし、彼女の後を追って動き出した。

 

 そんな中、私は榛名さんと一緒に取り皿や箸、フォークなどの食器を取りに奥に引っ込んだ。目的のモノ、私は箸やフォークなどが入ったケース、榛名さんは取り皿を抱えて、食堂へと向かっていく。そんな中、ふと横を司令官が通り過ぎた。恐らくは残っているモノを取りに帰って来たのだろう。

 

 

 

 しかし、何故かその顔に明らかな恐怖の色が浮かんでいた。

 

 

 彼の後に同じように帰ってくる艦娘たちが横を通り過ぎて行ったが、彼と同じ表情をしている子はいない。彼だけが何かに怯えていた。他の子には見えないモノが見えているのか、それとも彼以外気にも留めていないのか。そのどちらかに気付くよりも前に、私は食堂へと足を踏み入れてしまう。

 

 

 

 しかし皮肉にも、踏み入れた瞬間に彼が何に怯えているのかが理解出来た。

 

 

 

 

 

 それは視線―――――雪風に連れられてやって来た、大勢の艦娘たちの視線。先ほど、厨房から遠目に見えた表情は何処にも見えない。代わりにあったのは、惜しげもなく向けられる強烈な『殺気』。

 

 

 食堂を出て行く際に漏らした雪風の言葉通り、彼女はこの鎮守府に居る全ての艦娘たちを引っ張ってきたのだろう。いや、金剛さんが見当たらないから全てではないが、それを抜きにしても駆逐艦から戦艦、軽空母等とかなりの数が揃っている。

 

 

 そして、その全員が一様に同じ顔をしている。目を刃物の様に鋭くさせ、歯をこれでもかと食い縛り、身体中から溢れ出る『殺気』を惜しげもなく晒し、駆逐艦に至っては涙を浮かべて、まるで親の仇を見るような表情で睨み付けてくるのだ。

 

 

 他の艦娘たちが気にしないのは『殺気』を向けられることに慣れているからだ。深海棲艦との戦闘、そして初代の所業を受けてきた私たちからすればこの程度の『殺気』なんて屁でもない。しかし、彼は違う。

 

 

 彼は着任してからまだ1週間から2週間の新米。更に、その間に周りの艦娘から偏見による様々な扱いを受けてきただろう。更に、この前の襲撃で戦場を走り回るような豪胆さはあろうとも、彼は現場の空気に触れる機会が少ない司令官。さっき曙や吹雪に詰め寄られた時のように、これだけの『殺意』に晒されれば気圧されるのは仕方がないことだ。彼が恐怖を覚えるのも無理はない。

 

 

「イムヤちゃん? 大丈夫ですか?」

 

 不意に横から声を掛けられ、振り向くと皿を抱えながらこちらを覗き込んでくる榛名さん。その顔には心配そうな表情が浮かんでいた。

 

「だ、大丈夫ですよ」

 

「本当ですか? すごい汗ですよ?」

 

 

 唐突に投げかけられた榛名さんの言葉。それを聞いた瞬間、ゾワリ、と言う虫唾が襲い掛かってくる。

 

 

 突然、心臓が狂ったように暴れ出す。それと同時に冷凍庫にでも叩き込まれた様な寒さと震え、そして背中や額などがじんわりと湿り気を感じた。突然のことに思わず手のケースを取り落しそうになるのを寸でのところで押しとどめ、榛名さんに笑顔を向ける。

 

 

「大丈夫ですよ」

 

 その言葉は震えていた。笑顔も取り繕えていたかは分からない。自分からしても取り繕っているのがまる分かりだ。そんな虚勢を張っている私の言葉に、榛名さんは表情を引き締めるとクルリと前に向き直った。

 

 

「周りを見ない様、私の背中だけ(・・)を見てくださいね」

 

 

 そう語り掛ける様に言葉を吐き、榛名さんは先ほどよりも少しだけ速足で歩き出す。それに一秒遅れて私は彼女の背中に視線をくぎ付けにし、ぴったり張り付くようにその後を追った。

 

 

 榛名さんの後を追っている間も心臓は暴れ続け、湿り気は大粒の水玉となって背中や額を伝っていく。それに比例するかのように頭が熱を帯び、意識が微かに薄れ視界もぼやけてくる。手足の感覚も徐々に薄れていくのが分かる。

 

 

 しかし、何故こんな症状になっているのか皆目見当が付かない。

 

 

 

「イムヤたち……」

 

 

 横からそんな言葉。それを聞いた瞬間、今まで感じていた全ての症状が重くなった。思わずよろけそうになるも何とか踏みとどまり、榛名さんの後を追う。まだ取り繕えるが、症状は目に見えて悪くなっている。

 

 

 

「何してる……」

 

 

 またもやそんな言葉。それと同時に身体が軋むかと思うほどの重圧がのしかかった。心臓が破裂しそうなほど暴れ回って――――いや、力任せに握り絞められている感覚が襲ってくる。それは呼吸の乱れとして外に現れ、同時に榛名さんがスピードを上げたのが分かった。

 

 

 そんな謎の症状に押しつぶされそうになりながらも、榛名さんの後に続いてテーブルにケースを置いて回る。その間にも、周りの声――――ヒソヒソ声やぼやくような声が聞こえる度に症状が酷くなっていく。そんな中、ふと視界の中に居た司令官に目が映る。

 

 彼は先ほど同様その顔に恐怖の色を浮かべていた。周りに視線を向けず、ずっと手に持った皿を見続けてながら速足で歩いている。

 

 

 そんな姿に、一瞬だけ自分自身に重なって見えた。そしてそれは、私が探し求めていた答えだった。

 

 

 

 

 私は怯えているのだ。周りの艦娘から向けられる『殺気』に。

 

 

 

『今更、媚び売ろうとでも思ってるのかしら?』

 

 

 答えが出た瞬間、そんな言葉が聞こえてきたような気がした。

 

 

 

『うわっ、提督に尻尾振ってるよ』

『あれ、ご機嫌伺いよね?』

『やっぱり潜水艦はずるい』

『すぐに手の平返しとは……さすが潜水艦様ね』

『これだから潜水艦は』

『これであの件がチャラになるとでも思ってるの?』

『有り得ない』

『信用ならない』

『裏切り者』

『あんなのが仲間なんて信じられない』

 

 

 

 そんな言葉が聞こえてくる――――いや、聞こえてはこない。全て私の幻聴。そうだ幻聴だ、そうに違いない。周りはそんなこと言ってない。言うはずがない。

 

 しかし、聞こえてくるのは確かに艦娘たちの声。そんな心無い言葉が、全て艦娘たちの声で聞こえてくるのだ。それが幻聴だと分かっていても、それを聞くたびに私の症状は重くなっていく。先ほどとは比にならないスピードで。

 

 

 『いや、本当にそう言われているのかもしれない』――――唐突にそんな考えが浮かんだ。

 

 

 私たちは彼女たちと違って半日だけだが休みをもらっている。他の人たちにはない特別待遇を受けている。それを周りがどう思っているか、少なくともその分の役割がハードなことを知らない子は好意的ではないだろう。むしろ、私たちだけ休みをもらっていることに不満を持っているのは確実だ。

 

 そして、休みをもらっている私たちがやらかしたミスによる鎮守府への被害。それで不満を爆発させた子がいないわけがない。金剛さんが待遇改善を一蹴したように、司令官が言ったように、周りの艦娘たちは私たちのことをよく思ってないだろう。

 

 そんな私たちが今目の前で料理を運んでいる。目の敵にしている司令官と一緒に、傍から見れば尻尾を振っているように見える。ここまで条件が揃っているのだ、そんなことを思われていてもしょうがない。いや、そう思っているに違いない(・・・・)

 

 

「戻りましょう」

 

 前から榛名さんの焦った声が聞こえ、同時に手を握られる。そのまま彼女に引っ張られるように食堂の中を歩いていく。その間も、周りのヒソヒソ声――――侮蔑(・・)の言葉は止むことなく聞こえてくる。

 

 

 やっぱり、周りからはそんな風にみられているのか。こんなところで改めて再確認させられるとは思わなかったけど、予想通りと言えば予想通りね。分かり切っていたことだ。だからショックも受けないし、悲しくもならない。

 

 

 どうせその程度だ、私なんか。

 

 

 

 

 

「どうしたでちか?」

 

 

 不意に投げかけられた言葉。それと同時に榛名さんが止まった。声からして、問いかけたのはゴーヤ。私にいつも盾突いてくる、私を旗艦だとも思っちゃいない、隙があれば引きずり降ろそうと画策する。周りと同じ思いを、人一倍抱えているゴーヤだ。

 

 どうせ、周りと同じことを言ってくるのだろう。そうに違いない。そう諦めをつけ、私は視線を上げた。

 

 そこにはいつもの冷ややかな視線を向けてくるゴーヤ。いつもと同じように、口を開けば悪態を付きそうな、そんな表情だ。

 

 

 しかし、その表情は私と目が合った瞬間に変わった。冷ややかな視線から、驚愕の表情へ。

 

 

 次に現れたのは真顔。しかし、その口周りは歯を食いしばっているかのように少し強張っている。そんな表情のまま、私から視線を外したゴーヤは歩き出した。一言も発せず、私を一瞥することなく、私を視界に入れないように、ただ真っ直ぐ前を見て。

 

 

 失望させちゃった? いや、元々失望していたか……なら、呆れかえった? ……そうね、そうに違いないわ。

 

 

 そんな結論を腹の中に落とし込むように下を向いた時、ポンと肩を叩かれた。

 

 

 

「大丈夫でち」

 

 

 次にゴーヤの声。その声と共に肩の感触は消える。思わず振り返ると、何事もなかったかのように皿を運んでいくゴーヤの後ろ姿。その姿、そして触れられた感触が残る肩を交互に見る。

 

 

 

「イームーヤー」

 

 不意に後ろから声を掛けられ、同時に榛名さんとは逆の手を握られる感覚が。そちらの方に振り返ると、柔らかい笑みを浮かべたイクが、両手を包み込むように私の手を握っていた。

 

 

「榛名さん、後はイクに任せるのー」

 

 私の顔を見たイクはその表情のまま榛名さんに言う。それを受けた榛名さんはイクと私を交互に見つめ、そして一つ息を吐いて掴んでいた私の手を離した。

 

「では、よろしくお願いします」

 

「りょーかいなのー」

 

 榛名さんの言葉にイクは緩い口調でそう言って敬礼をする。それを受けた榛名さんは慌ただしく厨房の方へと向かっていった。

 

 

「さーて。イク、行くのー」

 

 榛名さんの後ろ姿を見送ったイクはそう言うと私の手を引っ張って歩き出す。向かう先は厨房と反対側の、正確には私に心無い言葉を投げかけてくる艦娘たちの元。そうと分かった瞬間、身体中の体温が一気に下がった。

 

 

 

「ちょ、ちょっ」

 

「大丈夫」

 

 思わず足を止める私に語り掛ける様にそう言って、イクはこちらを振り向き優しく微笑みかけてきた。

 

 

 

「怖がらなくても、イクがついてるの」

 

 

 その言葉と共に、私の手を掴むイクの手に力が籠る。力が入り過ぎて、痛みを感じた。しかし、その痛みは一瞬にして消え、同時に今まで私の身体を蝕んでいたモノも消えてしまった。

 

 

「無理に周りを見なくていい、怖かったら下を向いてイクの手を握るね。そしたら必ず握り返してあげるの。だから、怖がらなくても大丈夫ね」

 

 そう言ってイクは私の頭に手を置き、クシャクシャと撫でながら下を向かせる。そしてまたもや力強く握りしめてくれた。今度は痛みを感じず、代わりに体温を伝えようとするかのように優しく揉んできた。それに私は抵抗することなく、為すがままにされる。

 

 

 

 イクに揉まれるごとに、彼女の体温が手を伝って私の身体にじんわりと広がっていくような心地よさがあったからだ。それと一緒に、強張っていた顔が緩んでいく。そんな視界の中に、こちらを覗き込んでくるイクが見える。彼女は柔らかい笑みをこぼして、ゆっくりと私の手を引いて歩き出した。

 

 

 嫌と言うほど聞こえていた心無い言葉は一つも綺麗さっぱり消え去っていた。やはり、あれは幻聴だったのだろうか。しかし、声に出していないだけで思っているかもしれない。そう思うと、怖くて顔を上げられない。視界に映るのは、イクの足と彼女に握られた私の手。それを見た時、私は確かめるようにイクの手を握った。

 

 

 すると、イクは一拍置いて握り返してくれた。

 

 こちらを振り返ることは無かったが、握り返してくれると同時に歩くスピードを速めてくれたのが分かる。何故そうしてくれたのかは分からない。でも、そんな理由がどうでもいいと思う。

 

 

 それほどまでに、私は身も心もイクの体温で温められていたのだ。

 

 

 唐突にイクの足が止まり、同時に私の足も止まる。そうすると、今まで気にならなかった周りの喧騒が徐々に聞こえ始める。その中に、私やイク、ゴーヤ、ハチたちに限らず、今日の朝食堂に集まった艦娘たちの名前が飛び交うことがあった。

 

 

 それが聞こえる度に、私はイクの手を握った。何度も、何度も。そこに居るのを確かめるように。

 

 

 それに、イクは必ず握り返してくれた。何度も、何度も。傍に居るから、と伝えるように。

 

 

 

 

 

 やがて、あれだけ聞こえていた喧騒は段々小さくなっていき、いつしか食堂は静まりかえった。

 

 

 次に聞こえたのは、コホン、と言う咳払い。頭を上げると、食堂に集まった艦娘たちの前に立つ司令官の姿が見えた。

 

 

 

「えーっ、まず、今日は食堂に集まってくれてありがとう」

 

 

 そこで言葉を切った司令官は艦娘たちに向かって軽く頭を下げた。予想通りと言うか、若干声が上擦っている。さっきの準備の時でさえあのような様子だったのだ。こうして、一同の視線が集まる場で話すのがたどたどしくなるのは仕方がないことだろう。

 

「多分、いきなり呼ばれて来たらびっくりしているかもしれない。ただ、今日はみんなに―――――」

 

 

 

「嫌がらせかい?」

 

 たどたどしい司令官の言葉を遮る様に声が上がった。その声に、司令官を含めた周りの視線がその声の主に集まる。その声の主を見て、司令官は眉を潜めた。

 

「どういう意味だ?」

 

「言葉通り、うちらに嫌がらせでもするんか?」

 

 

 司令官にそう返したのは、軽空母の龍驤さん。彼女は手をヒラヒラさせながらニヒルな笑みを浮かべているも、その目は笑っていなかった。

 

 

「うちらみたいな『兵器』が資材以外のモン食えへんのは知ってるやろ? そんで今日、雪風に呼ばれてきてみれば目の前では『人間』が食うようなモンを持って走り回る君たちや。これはあれか? うちらが食えへんモンを敢えて作って、目の前で君が食べるのを見せつけられるんか?」

 

 そこで言葉を切った龍驤さんは何処か試す様な視線を司令官に向ける。そして、そんな龍驤さんの言葉に押されるように周りの艦娘の中から喧騒が上がり始めた。

 

 

「……確かに、これは俺も食うヤツだ」

 

 喧騒の中で、司令官がポツリと呟く。それと同時に喧騒は少し収まるも、代わりに先ほどよりも強い殺意を感じた。

 

「でも、これは俺だけじゃない。これは俺を……俺を含めた鎮守府全員が食うモン、『食事』だ」

 

 

 先ほどのたどたどしさはあるものの、司令官は力強くそう言い切る。それと同時に時が止まったように喧騒が止み、微かに聞こえたのは無数の息を呑む声。周りが息を呑む中、龍驤さんだけは目を細め、小さく笑みを溢した。

 

 

「つまり、これは君を含めたうちらの食事であると。なら『補給』はどうするん? 流石にそれ食うだけじゃ出撃も何も出来へんで?」

 

「勿論、補給とは別モンだ。補給は出撃を控えている奴だけで、出撃が終わった奴は『食事』を食うことになる」

 

「食事は誰が作るん? まさか、間宮に全部丸投げかい?」

 

「週ごとに何人かのグループを組んでそれを回していけたら、って考えている。勿論、間宮は毎日担当してもらうことになるが、それは本人も了承済みだ」

 

 そう言う司令官の言葉と共に、彼の傍に居た間宮さんが満面の笑みを浮かべてぺこりと頭を下げる。私たちのような深海棲艦と戦うことが出来ない彼女からすれば、日々私たちに皿に盛りつけただけの資材を渡す毎日よりも汗水垂らして食事を作る方がうれしいのだろう。

 

 

「待ってくれ」

 

 そんな中で声を上げたのは、戦艦の長門さん。彼女は手を上げているも、その顔には不安そうな表情が浮かんでいる。

 

 

「提督、まず私たちが貴方の言う『食事』をとるメリットを教えてくれないか?」

 

「単純に、資材の消費を抑えられることだな。今まで朝昼晩と資材を食っていたんだろう? それの晩、または昼を『食事(こっち)』に差し替えればそれだけ資材の消費量も少なくなるし、状況によっては一日の出撃回数を減らせるかもしれない」

 

 司令官の言葉に、にわかに湧きたつ艦娘たち。出撃回数が減るとなれば、それだけ日々の負担が減ることとなる。上手くいけば出撃のない日、私たちで言うところの完全な非番になる日が出来るかもしれない。

 

 

 自らの言葉に沸き立つ艦娘たちを前に手ごたえを感じたのか、司令官の顔に光が宿った。

 

 

 

 

「でも、私たち『兵器』には関係ありませんよね」

 

 

 しかし、その光も唐突に上がった言葉によって消え去ってしまった。

 

 

 その言葉を上げたのは、今まで龍驤さんの横で静かに佇んでいた艦娘―――隼鷹さん。薄紫の髪を揺らして、真っ直ぐ見開かれた瞳を真っ直ぐ司令官に向けていた。

 

 

「それは、あくまであなたたち人間の話ですよね? 先ほど龍驤先生が言った通り、私たち艦娘は『兵器』。『兵器』が資材以外のモノを口にすることは出来ない、これはこの鎮守府の決まりです。皆さん、お忘れですか?」

 

 隼鷹さんの言葉に、今まで沸き立っていた艦娘たちの顔は一気に花がしおれる様に笑顔が消えた。それを前にして、司令官は怒りの表情を浮かべて隼鷹さんに向き直る。

 

 

「それを決めたのは初代だろ? そいつはもういなくなった。既に消えちまったヤツ、しかもお前らに酷いことをしたヤツの言いつけをずっと守る必要があるのか?」

 

「はい、確かに彼はいません。でも、今までそれが撤回されたことも、況してやこの件に触れられたこともありません。今まで触れられてこなかった、それはつまり続けるにあたって何も問題が無かったと言えませんか? 何も問題が無いのに、それを変えようとする意味が分かりません」

 

 司令官の言葉に、隼鷹さんはまるでナレーションを読むように淡々と言葉を吐く。そこに一切の表情は見えない。

 

「なら、さっき上げたメリットはどうだ? 置き換えれば資材の消費量は減る。そうすればお前たちの負担も減るんだぞ」

 

「確かに『補給』だったものを置き換えれば負担は減りましょう。しかし、私たちの負担が減る、それはつまり自由な時間が出来ると言うことですが、その時間をどう使えばいいのでしょうか? 私たちはここに配属されてから娯楽と言うものに触れていません。今考えられるのは寝ることだけです。しかし、寝られないときはどうします? 『寝れない時ほど辛い非番はない』と、ゴーヤさんたちがぼやいているのを聞きましたが」

 

 隼鷹さんの言葉に司令官がチラリとゴーヤを見る。本当か、と問いかけるような視線に、ゴーヤはブスッとした顔で頷いた。

 

「で、でも、それはゴーヤたちだけが非番だったせいだろ? 周りの奴も非番になれば話したりするだろ?」

 

「娯楽皆無の、ただ淡々と出撃と『補給』と休息だけを続けてきた私たちに、話の種になるものがあるとでも?」

 

 司令官の言葉に隼鷹さんが間髪入れずにそう突っ込む。その言葉に司令官は口を開いたが、言い返す言葉が見つからなかったのか言いたげな表情をしながらも押し黙ってしまった。その姿に、隼鷹さんは冷たい視線を向ける。

 

「仮にその制度を実施した時、それがこの先ずっと続く保証がありますか? 食材を何処から調達してきたのかは知れませんが、それ続くと言う確証は?」

 

「そ、それは大丈夫だ。この食材は大本営から送られてきているからな」

 

 隼鷹さんの言葉に、司令官がそう答える。その瞬間、周りの艦娘たちから表情が消えた。それと同時に、周りの空気が一気に下がるのを感じた。

 

 

 

 

「なら、話になりません」

 

 

 そう吐き捨てた隼鷹さんは踵を返して食堂を出て行こうとする。すると、それに続くかのように何人かの艦娘たちが同じように出口へと向かい出した。その様子に、一瞬ポカンとしていた司令官は我に返ると慌ててその後を追った。

 

 

「ま、待ってくれ!! 何でそれだけで話にならないんだ!!」

 

「簡単です。大本営が関わっているからです」

 

「な、何でそれだけで―――」

 

「それだけ?」

 

 司令官の言葉を隼鷹さんはただ返しただけ。『それだけ』で、白い息が出そうなほど食堂の空気は凍り付いた。

 

 

「それだけ……ええ、貴方にとってはそれだけです。しかし、私たちにとってその言葉の重みは段違いなんですよ。適性がどうこうで無理矢理召集されて、訳の分からない訓練が終わって配属された先の上司が最悪で、いなくなったと思えば資材などの支援が止められ、訳の分からない上司が新しくやってきてはすぐに消える……全部、大本営が私たちに課したことですよ? 今までデメリットしか生まなかった存在を好意的に捉えろ、何の疑いもなく信用しろって方がおかしいですよ」

 

 一言一言を噛み締めるように言葉を漏らした隼鷹は追いかけてきた司令官に向き直り、ズイッと顔を近づけた。

 

 

「そんな信用出来ない大本営からやってきた、『訳の分からない上司』を、その言葉を、好意的に捉えられると、何の疑いもなく信用出来ると、そう言い切れますか?」

 

 

 司令官を真っ直ぐ見据えて、そう言い切った隼鷹さん。その言葉、表情、目に映るもの、全てが何かを物語っている。その何かを理解することは出来ない。しかし彼女の思いを、少なくとも彼女の後について食堂を去ろうとした何人かは抱いている、と言うことは分かった。

 

 

 目の前でそう言い切られた司令官は一歩後退りする。その顔に宿っていた光などとうに消え失せ、代わりにあるのは光を宿す前の、料理を運んでいた時よりも前、私の話を聞いてメニューを変更すると言い出すよりも前。

 

 

 雪風が指摘したあの顔。『何処か思い詰めたような』、『迷っているような』そんな表情。それに加えて、『諦めたような』表情も混ざっていた。

 

 

 

 

 しかし、その表情は突如としてしかめっ面に変わる。

 

 

 

「いつまで怖気づいてんのよ!!」

 

 そんな怒号にも似た声と共に、司令官のお尻に蹴りが入ったからだ。よほど痛かったのか、彼は小さな呻き声を上げて飛び上がり、お尻に手を回しながら涙を浮かべるしかめっ面を真後ろに向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何しやがんだ……曙ぉ」

 

 

 そう声を漏らす彼の視線の先に立っているのは曙。眉間にしわを寄せ、口を尖らせている。腕組みするその手の指は何度も腕を叩き、同じように片足は床を何度も叩いてた。傍から見ても分かる通り、不機嫌だった。それも、今まで見たことがないほどに。

 

 司令官を見ていた曙であったが、すぐに司令官に向けられていた刃物のような鋭い眼光を隼鷹さんに浴びせ、無言のまま足を踏み出してその距離を詰めた。途中、「邪魔」と言って痛みに呻く司令官を押しのけたが、とにかく曙は隼鷹さん前に立つとその顔を見上げる。

 

 

 

「何か、言いたいことでも?」

 

 隼鷹さんが淡々とした口調で問いかける。対して曙はそれに応えることなく、一度目を閉じて大きく息を吸った。その行動に周りの艦娘が首をかしげるも、彼女は気にすることなく吸った息を吐き終え、そして改めて隼鷹さんに向き直る。

 

 

 

「いつまでも、ガキ(・・)みたいなこと言ってんじゃないわよ」

 

 隼鷹さんの目を真っ直ぐ見据えながら、曙はそう吐き捨てた。その言葉が予想外だったのか、今までポーカーフェイスだった隼鷹さんの顔が呆けたものになる。

 

 

「何が今まで問題が無かったから変える必要が無い、よ。そんなのただ屁理屈ゴネてるだけでしょ。『兵器』が資材以外を食べちゃいけないって何? あの初代(クソ)が押し付けてきただけで、私たちは食べられないわけじゃない。初代が消えてからは資材が比較的安定して供給できるから食べていただけで、やろうと思えば海で漁業とか出来たわ。そして時間の潰し方なんて、そんなもん教えられることじゃなくて各々が勝手に考えてやっていくものでしょ? 少なくとも、その方法をクソ提督が提示する必要はないわ……これで、満足かしら?」

 

 そこで言葉を切った曙は、わざとらしく首をかしげて隼鷹さんに問いかける。彼女の口から流れる様に出てきたのは今まで隼鷹さんが司令官を言い負かしたこと、その全てを曙が言い負かしたのだ。言い負かされた事実、そして挑発的な態度に隼鷹さんの眉がピクっと動く。

 

 

「で、では大本営からの支援は? それがこれからも続くと言う保証がないですが、どうするんです?」

 

「そんなの、一番簡単(・・・・)よ」

 

 

 隼鷹さんの言葉に曙は猫なで声でそう返し、かしげていた首を戻すと目を閉じた。その行動に周りが首をかしげると、次の瞬間大きく目を見開くと同時に息を吸った。

 

 

 

 

 

「それがどうした!!」

 

 

 雷鳴の様に食堂に轟く曙の声。それに周りが飛び上がり、彼女の目の前に居た隼鷹さんもポーカーフェイスを崩してビクッと身を震わせる。そして、呆けた顔のまま目の前で仁王立ちする曙を見据えた。

 

 

 

「支援が続く確証? そんなもん、今分かることじゃないでしょ!! 今あるのはクソ提督が大本営に行って、支援を取り付けたって言う『事実』だけでしょ!! それ以外に判断材料なんて無い!! なのに、現実に存在しない『今後の確証』なんて甘々な未来予想図、さっさと捨てろ!! そんなものに現を抜かす暇があるならしっかりと現実を見据えろ!! 甘ったれたこと言ってんじゃないわよ!!」

 

 

 食堂中に轟く曙の怒号。それは彼女が叫ぶ言葉の意味を、その場に居た全員の鼓膜を嫌と言うほど震わせ、その骨の髄まで染み渡らせた。

 

 

「あん……隼鷹さんがどんな経緯でここに配属されたかは知らないけど、その経緯とコイツは一切関係ないわ。なのに、隼鷹さんはそれを理由にコイツを信頼できないって吐き捨てた。無理矢理だとは思わない? こじつけだとは思わない? じゃあ聞くけど、コイツは一体何をした? どんなデメリットを押し付けた? コイツのせいでどんな被害を被ったの? そんな経緯の押し付け(くだらない)もの以外にあるのなら、すぐに言えるわよね? 胸張って、こんなことをされたって言えるわよね? どうなの!!」

 

 怒鳴りつけるような曙の問いに、隼鷹さんは何も言えずに黙り込んでしまう。何も言ってこない彼女を前に、曙は小さなため息をついた。

 

「勿論、隼鷹さんや皆がクソ提督を信用できないってのは分かるわ。私自身も、あの日のことが無ければここまでしていなかった。でも、私は今こうしてコイツの前に立っている、庇っている。あの日―――――――――深海棲艦の襲撃を受けたあの時と同じように、私はこいつを庇っているわ」

 

 

 そう言い切る曙の言葉に反応したのは、痛みに顔をしかめていた司令官だった。彼は慌てた様に口を開くも、曙から向けられた剣幕に気圧されて口を閉じてしまう。

 

 

「その日、コイツは営倉に来たわ。自分でたたき込んでおきながら、どの面下げてきたのかと思った。でも、コイツは救急箱を持ってきて、傷を手当してくれた。ドックに入ればすぐ直るって分かっているのに、『ドックにいれてやれないから』って理由で必要もない手当をしてくれたの。そして、今度は頭を下げてきた。叩き込んだことへの謝罪ではなく、命を救ってくれたことのお礼だって。雪風だけじゃなく、自分の命も救ってくれたって。恩着せがましいにもほどがあるけど、コイツは私がやったことを褒めて、認めてくれた。普通なら見逃す様な事をコイツは見逃さず、あまつさえお礼と言って頭を下げた」

 

 先ほどまでの喧嘩口調から、曙は話を読み聞かせるような柔らかい雰囲気で語る。それに隼鷹さんや司令官、周りの艦娘たちは一言も発せず、ただその話に耳を傾けた。

 

「部下である艦娘に頭を下げるなんてありえないけど、コイツは下げた。それも2回。1回目は皆知っている通り、間違えて(・・・・)ドックに入った時だけど、それも全面的に自分が悪いって頭を下げてき……あ、も、もう1回あったけど……」

 

 そこで言葉を切った曙は何故かそっぽを向く。わずかに見える顔が若干赤くなっているが、わざとらしく咳をした時には普通の顔色に戻っていた。

 

「ともかく、私はそのことがあったから今、信じている。多分、私と同じようにクソ提督の手伝いをした子達は少なからずそんな経験を持っていると思うわ。そんな私たちと、隼鷹さんたちを同じに見ることはで出来ない。でも、今この状況は? 今こうしてクソ提督が真正面から向き合っている。今こそ、その経験(・・)にならない?」

 

 そう力強く問いかける曙。その言葉と真っ直ぐな目を向けられ、隼鷹さんを含めた周りの艦娘の視線が彼女の後ろで呆けた顔を浮かべている司令官に集まる。

 

「でも隼鷹さんは真正面で向き合ってきたクソ提督から目を逸らし、今まで自分が受けてきたことを理由にこじつけで突き放した。コイツが向き合おうと必死に手を伸ばしたのを、貴女はガキみたいなこじつけを正当化するために一瞥もせずに払いのけたのよ。今まで避け続けてきたように、そのくせコイツのことはお見通しだと言わんばかりに理屈をこねて。そこが、ガキっぽいのよ」

 

 そう吐き捨てた曙は両手を握りしめ、大きく息を吸った。

 

「何も知らない、向き合ったこともないくせにコイツのことを分かり切ったようなこと言ってんじゃないわよ!! あんたなんかよりも、私の方が数倍も、数十倍もコイツのことを知っている!! なのに私を差し置いて勝手にコイツを語るな!! 勝手にこじつけるな!! そんなに語りたいならちゃんとクソ提督と向き合え!! 外聞じゃない、誰のフィルターも通さないあんた自身の目で見て!! ちゃんとあんた自身の言葉でぶつかれ!! それだけ……それだけやってから好きに語りなさいよぉ!!」

 

 

 喉が張り裂けんばかりに曙の叫びが木霊し、やがて聞こえるのは彼女の荒い息遣いだけになる。しかし、すぐに別の声が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に……食べていいっぽい?」

 

 

 その声は曙でも隼鷹さんでも、まして彼女の後を追って出て行こうした者でもない。今まで一言も発さなかった艦娘たちの中から聞こえた。次に聞こえたのは数人の小声、やがて他の駆逐艦に引かれる手を振り払ったらしき一人が一歩一歩とフラフラと進み出てきた。

 

 

 背中までスラリと伸びた金髪、そして斜めに軽く揃えられて黒い細身のリボンで結ばれている前髪を揺らし、綺麗に澄んだ曇りのない緑色の大きな瞳には大粒の涙が浮かんでいる。この駆逐艦は、先ほど司令官がこの鎮守府全員が食べる食事だと言った時にその大きな瞳からポロリと涙を溢していたのを見えた。

 

 

 

「本当に……本当に食べていいっぽい? ゆ、ゆうだ、ゆうだちはぁ……」

 

 涙声になりながら、そう言葉を吐きだす駆逐艦――――――夕立。彼女が一歩一歩進むと、それを見ていた司令官がゆっくりと立ち上がり、彼女に近付いていく。

 

 

「本当に……本当にぃ……」

 

 司令官が少し離れたところで膝を折って夕立と同じ目線になった時、彼女の顔が一気に崩れた。

 

 

 

 

「食べて…………い、『生きて』いいっぽい?」

 

 

 

 

 『生きていいの?』―――――それは、私たち艦娘がここに配属されてから心の隅に抱えていた疑問。

 

 

 国のために艦娘となり、訓練をしていく中で自身とは違う記憶と艤装と言う唯一深海棲艦に対抗できる装備を手に入れた。訓練を終え、いざ鎮守府に配属された最初の日、執務室に座っていた男から言われた言葉。

 

 

 「『兵器』如きが、軽々しく『生きる』と言う言葉を使うな」―――――と言う暴言のような命令。

 

 それは、ついこの間まで人間として暮らしていた私たちに突き付けられた、その瞬間から人間ではない、況して『生きる』ことさえも許されない、『人間』や『生き物』と言うアイデンティティーを否定された、本当の『兵器』にならなければならないと言う現実だった。

 

 

 それを突き付けられた時、誰しもが思った。艦娘(今の自分)は、『人間』はおろか『生き物』ですらないのか、と。

 

 

 そしてそれはその日から始まる地獄のような日々によって徐々に薄れていく。やがて、元々自分は『人間』であったことさえも忘れてしまう、もしくは『人間』であったことに拒否反応を示すようになる頃には、そんな疑問など消え去っていた。

 

 

 

 そんな、今まで誰しもが忘れていた疑問を口にした夕立は、言葉にならない声を上げて司令官の胸に寄り掛かる。そして、今まで押し殺していたように声を上げて泣き始めた。彼はあやす様にその震える背中、そして彼女の頭を優しく撫でる。

 

 

「夕立……だっけか? お前は一つ、間違えてるぞ」

 

 子供をあやす様な声でそう語り掛け、泣きじゃくる夕立の肩を掴んで立たせる。そこには涙でぐちゃぐちゃになった夕立。その頭を撫で、その顔を真っ直ぐ見据え、彼は笑いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「『生きていい』んじゃない。『もう生きている』んだよ、お前らは」

 

 そこで言葉を切った司令官は不意に夕立の背中に腕を回し、その華奢な身体を抱きしめる。いきなり抱きしめられて固まる夕立に、司令官はふたたび語りかけた。

 

 

「飯を食べるから『生きている』んじゃない、『生きていい』から飯を食べる訳じゃない。『生きている』から飯を食べる、そんな当たり前のことだよ」

 

 そう言って、司令官は優しく夕立の頭を撫でる。語りかけられ、そして頭を撫でられた夕立は再び泣き出した。そんな彼女の身体を、司令官はぎゅっと抱き締めてその頭を撫で続ける。

 

 

 彼は言った、私たちは『生きている』と。ただの兵器だと、ただ動けばいいと言われ、今まで人間はおろか『生き物』でさえ否定され、『生きる』ことさえも許されなかった艦娘(わたしたち)に。

 

 こうも言った、『生きている』から食事する、それが『当たり前』だと。たった数ヵ月でかなぐり捨てられた、それまで当たり前であった『事実』を、『事実』を否定されて身も心もただの兵器に成り下がった艦娘(わたしたち)を。

 

 こちらからは一歩も歩み寄ろうとしてこなかった私たちを、司令官は真っ正面に立って、そして認めてくれたのだ。

 

 

 

 

 

「本当に、いいのかい?」

 

 次に声を上げたのは、夕立と同じ駆逐艦。彼女も夕立同様、目に大粒の涙を浮かべて、余計な声を出さない様歯を食いしばっていた。

 

 

「あぁ、いいぞ」

 

「……本当かい?」

 

「当たり前のことだ、許可なんていらねぇよ」

 

 再び問いかけた駆逐艦に、司令官は同じように返す。しかし、とうの駆逐艦は何故か動こうとせず、忙しなく周りに視線を向けていた。周りの目を気にしているのか、そう思った時、一人の艦娘が動いた。

 

 

 

 

「行かないんなら、先に行かせてもらうよー?」

 

 

 そう言って艦娘たちの集団から抜け出したのは龍驤さん。彼女はいまだに動こうとしない駆逐艦そして司令官とその胸で泣きじゃくる夕立の横を通り過ぎ、料理が置いてあるテーブルに近付いた。テーブルの近くで止まった彼女は、一切の躊躇もなく大皿に山のように積まれていたコロッケを一つ手に取り、一気に半分ほどかぶり付いた。

 

 

 彼女がかぶり付いた瞬間、周りの艦娘たちから息を呑む声が聞こえる。しかし、そんなことなどお構いなしに龍驤さんはゆっくりとコロッケを咀嚼しながら、うっとりと顔を綻ばせた。

 

 

「おー、美味いやん」

 

 かぶり付いたコロッケを飲み込んだ龍驤さんは呑気な声を上げる。その姿を口をパクパクさせながら見ていた駆逐艦、それを見つけた龍驤さんはイタズラっぽい笑みを浮かべ、食べかけのコロッケを周りに見える様に軽く上げる。

 

 

 

「皆、何してんの? 司令官の許可貰ったんや。食べへんと損やで? それとも、このままうちがぜーんぶ平らげるのを指を咥えて見てるつもり?」

 

 

 そう挑発的な発言を残し、すぐさま近くにあった取り皿を取るとコロッケの近くにあったポテトサラダを盛り付け始めた。周りが微動だにしない中で、一人嬉々としてはしゃぎ回る龍驤さん。ポテトサラダを頬張っていたとき、ふと彼女は視線だけを先程の駆逐艦に向けた。

 

 

「『生きたい』んやろー? 自分?」

 

 

 そう語りかける。その言葉を聞き、その意味を周りが理解する。その極僅かな間に、駆逐艦は涙を溢しながら龍驤の横に走り込んでいた。

 

 

 

「来おったか。ほな、2人でぜーんぶ平らげちゃおうや!!」

 

「う、うん!!」

 

 龍驤さんの言葉に駆逐艦が涙を浮かべながら元気よく返事をする。その姿に周りの駆逐艦たちは唖然としているも、やがて1人、1人と前に歩き出し、彼女たちの周りにどんどん集まっていき、賑やかになっていく。その中に、抱きしめられていた司令官に押されて輪に入っていく夕立の姿があった。

 

 

 

「長門。君もこっち()いやぁ」

 

 そんな中、頭ひとつ飛び抜けた龍驤さんが呑気な声を上げる。名前を呼ばれた長門さんは、ハッと我に返ってそんな彼女を見つめた。

 

「このままやと、うちら提督代理さんに大目玉喰らうこと必至やん? だから、長門も一緒やと心強いなぁーと思って」

 

 呑気な声でそう語る龍驤さんであるが、その周りで食事を口に運んでいた駆逐艦たちの動きが止まる。止まった手は微かに震えはじめ、ハツラツと輝いていた瞳に恐怖の色が映る。

 

「要するに、道連れになれと言うことか?」

 

「ええやん? 大好きな駆逐艦に囲まれるんやで? 悪い話では無いやろ」

 

「誤解を生む言い方はやめろ。しかし、魅力的な条件ではあるな」

 

「長門さん!?」

 

 長門さんの言葉に周りの艦娘から驚きの声が上がるも、彼女は何か問題があるのか、と言いたげに首を傾げた。

 

「提督が、我々の上司が良いと言ったのだぞ? 何処に問題がある? それに、すでに駆逐艦たちが手を付けてしまっている。龍驤の言葉通り、この後大目玉を喰らうだろうよ。そんな姿を、ビッグセブンともあろう私に指を咥えて見ていろと? 冗談じゃないな」

 

 そこで言葉を切った長門さんは駆逐艦たちに向かって歩き出し、取り皿を抱えて固まっている駆逐艦の頭に手を置いた。

 

 

「この長門も輪に入れてくれないか? なぁに、心配するな。お前たちにはこのビッグセブンがついている。大船に乗ったつもりでいるがいいさ」

 

 そう自信満々に胸を張って長門さんが言い切った。すると、今まで恐怖を浮かべていた駆逐艦たちの顔に光が宿り、再び楽しそうな声が聞こえ始めた。

 

 

「だが、やはり私だけではどうも不安だ。お前たちも、一枚噛んではくれないか?」

 

 目の前でわいわい騒ぐ駆逐艦たちの前で呟くようにそんな言葉を吐いた長門さんは、今なお微動だにしない艦娘たちにイタズラっぽい笑みを向ける。その表情を見た艦娘たちは更に顔を強張らせるだけで、動こうとはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 数人を除いて。

 

 

 

 

「フフ、流石のビッグセブン様もあの人が怖いか。なら、仕方がないよなぁ」

 

 そう言って前に進み出たのは、軽巡洋艦の天龍。おかしそうに顔を綻ばせながら歩を進める、その後ろには不安な表情を浮かべながらも彼女の後についていく姉妹艦の龍田さんの姿が。

 

 

「まぁ、仕方がないよねぇ」

 

 次に進み出てきたのは、同じく軽巡洋艦の北上。眠そうに欠伸を溢しながらも力強い足取りで進み出ている。しかし、途中で立ち止まった彼女はクルリと後ろを振り返り、今なお動こうとしない艦娘たちに向けて冷ややかな視線を浴びせかけた。

 

 

「まぁ、気持ちは分かるけどぉ? 今回ぐらいは、曙の顔に免じて信じてやってもいいんじゃないの? そんなとこ突っ立って、そんなみっともない顔(・・・・・・・)するくらいならさぁ」

 

 そう言葉を残して、北上は駆逐艦たちの元へと向かっていく。そんな後ろ姿を、みっともない顔の艦娘たちが見つめていた。涙でぐちゃぐちゃになって溢れ出る鼻水を幾度となく啜る、そんなみっともない顔で。

 

 

 やがて、その中から一人がフラリと前に進み出た。その足取りはフラフラとしていたが進むごとにしっかりとしていき、それと一緒に歩幅がだんだん広くなる。いつしか、その足はドタドタと言う音を響かせた。

 

 それを皮切りに、隼鷹さんや彼女に続いて出て行こうとした艦娘以外、いや、その中の何人かを含めた殆どの艦娘たちがフラリと歩き出し、やがて脇目も振らずにテーブル目掛けて走り出す。そして奪い合う様に取り皿を手に取る、その上に料理を乗せ、震える手でそれを口に運んだ。

 

 

 それが何度も何度も繰り返され、終いにはその口から嗚咽が漏れ始める。同様に、その瞳から大粒の涙がぽろぽろと零れ始めた。

 

 

 そうして、食堂は料理を口にして顔を綻ばせてキャッキャと騒ぐ駆逐艦たちの楽しそうな声、そして涙や鼻水を拭って料理を口に運ぶ軽巡洋艦以上の艦娘たちの嗚咽交じりの声で一杯になった。

 

 

「こちら、カレーですよー」

 

「ご飯はこっちでーす」

 

 そんな中で響くのは巨大な寸胴とこれまた巨大な羽釜の横に立っている間宮と吹雪の声。彼女たちの言葉に、周りの艦娘たちは一斉に声の方を向き、弾かれた様に2人の元へと押し寄せて行った。そんな光景を前にして、私は何処か懐かしい感覚を覚えた。

 

 

 それはここに配属される前。まだ訓練のとき、一緒だった艦娘たちと揃って食堂に行き、そこで出される決して美味しいとは言えない食事。それでも、周りと一緒に食べるときは決まって笑顔があった。

 

 そしてそれよりももっと前。まだ艦娘の適性があると分かる前、夕暮れ時に泥だらけになって家に帰った時、食卓に置かれた、温かくて美味しいご飯。この世で最も安心できる人が作った、この世でもっとも美味しいモノ。

 

 

 今、目の前にあるのはそれではない。しかし、それではないにしても、こうして目の前で涙を流して嬉しそうに食べている子、美味しいと顔を綻ばせてキャッキャと騒ぐ子がいる。

 

 つい数年前までは当たり前だった光景が目の前に、それも今まで食事とも言えないモノを無表情で一言も発せず、ただ作業の様にそれを口に運ぶだけだった場所。そこに、当たり前だった光景が広がっている。

 

 

 ただそれだけなのに、その懐かしさは温かさに変わり、じんわりと広がっていった。

 

 

「隼鷹ー。そんなとこ突っ立ってないで、君も来たらどうや? それとも、うちの言葉に従わないつもりかい?」

 

「そ、そんなことは……」

 

 

 またもや龍驤さんが今なお動こうとしない隼鷹さんに向けて声をかける。その口調は砕けてはいたモノの、有無も言わせぬ威圧感があった。それに気圧された隼鷹さんは小さく声を漏らした後しばらく何かを呟くも、観念した様にため息を吐いて龍驤さんの元に歩き出した。それに触発され、出て行こうとした艦娘たちも同じようにワイワイ騒ぐ輪へと入っていく。

 

 

 これで、食堂に居た全ての艦娘たちが輪に入った。

 

 

 

 

「あんなに美味しそうに食べられたら、イクもお腹空いちゃうのー」

 

 そんな光景を前に、ポツリと呟くように横のイクが声を漏らし、お腹の辺りを撫でる。それを見た瞬間、ぐおーっとだらしない音が聞こえた。それは私にも良く聞こえた、私のお腹の音だった。

 

 咄嗟にお腹を抑える。それでも収まらず私のお腹はゴロゴロという低い音を上げ、いつの間にかこちらを振り向いていたイクは、小悪魔のような笑みを浮かべていた。

 

「ほほ~う、これはいけないのねー」

 

「ち、違う!? こ、これはそんなんじゃあ!!」

 

 お腹を抑えて抗議するも、それに聞く耳を持たないイクはクックックと笑いを溢して私の手を引っ張ってくる。それに必死に抵抗するが何処にそんな力があるのかと叫びたくなるほど強い力で引っ張られてしまう。

 

 

「提督ー、イムヤがお腹減ったって言ってるから、イク達も食べに行っても良いのー?」

 

「イムヤが? そうか、お前らは作るだけ作って何も食ってないもんな」

 

「イクはそうなの。でも、イムヤは摘まみ食いしていたからイクより減ってないハズなの。イムヤは卑しん坊なのー」

 

 わざとらしく肩を竦めるイクと、それを間に受けて申し訳なさそうな顔を向けてくる司令官。待って、まず何処から突っ込めば良いか分からないわ。

 

 

「まぁ、イムヤが卑しい卑しくないは置いといて、イク達も食べて良いのー?」

 

「ちょっと!! 勝手に片付けないで!! 後、私は卑しくない!!」

 

 舌をペロリと出して小馬鹿にしたような物言いのイクに思わず声を上げて噛みつく。取り敢えず『卑しい』なんて不名誉な肩書きを否定できた。まだまだ突っ込みどころはあるのだが、それを言う前に司令官が顔を背け、ワイワイと騒いでいる艦娘たちを見据えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「因みに、今回の試食会はイムヤたち潜水艦たちの助力が有ってのモノだ。皆、彼女たちにお礼を言うように」

 

 

 突然飛び出したとんでも発言。私の目はそれを吐き出した司令官に釘付けになる。なにせ、その言葉が嘘っぱちだったからだ。

 

 

「ま、待って!! 私たちは司令官に呼ばれて……そう、この前の襲撃の罰としてやっただけ!! そんな率先して手伝いを申し出た訳じゃないわ!!」

 

「それでも、手伝ってくれた半数はイムヤたちだろ? 経緯がどうであろうと、人数面で貢献してくれたことには代わりない」

 

「そ、それは……そうだけど。で、でも私たちはそんな」

 

 

 

 『立派じゃない』、そう言おうとした。しかし、その言葉は突然何かを口の中に突っ込まれたことで途切れてしまう。

 

 

「司令官の言う通り、経緯がどうとかそんなんは関係あらへんよ。けどさぁ?」

 

 そう言葉を溢したのは、山盛りのポテトサラダが乗っている取り皿を手に取り、彼女が使っていたであろうスプーンを私の口に突っ込んでいる龍驤さん。口の中に広がる味、それは先ほどつまみ食い――――――ではなく、味見をしながら作ったポテトサラダだ、そう理解すると同時に龍驤さんは小さく笑みを向けてきた。

 

「少なくとも、うちは知っとるよ。あの日、君たちが敵を見逃したせいでみんなが傷ついたこと――――――の、前にオリョクルで頑張っていたこと。その前の日も、その前も、その前の前の前のもーっと前から、君たちが頑張っていることを。君達の、そしてうちらの食い扶持を確保するために身を粉にして資材をかき集めてくれたことも。ちゃーんと、知っとるよ」

 

 そんな言葉と共にねじ込まれたスプーンを引き抜かれ、優しく微笑みかけてくれる龍驤さん。それを前にした瞬間、手の甲に何かが落ちた。ゆっくり手の甲に目を向けると、一つの水滴の痕。更に2つ3つと痕が増える。

 

 

「あれ?」

 

「イムヤさん、泣いてるのー?」

 

 

 思わず漏れた声、それは横から飛んできた無邪気な声と心配そうに除き込んでくる駆逐艦が。涙を見られたと悟った瞬間、先ほどよりも大きなお腹の音が。いきなりのことに口をポカンと開ける駆逐艦と私。

 

 

「イムヤは今、すごくお腹が空いてる(・・・・・・)から、ポテトサラダが泣いちゃうほど美味しかったのよねー」

 

「ち、ちが――」

 

「そうなの!!」

 

 不意に両肩を掴まれて乗りかかってくるイクがそんなことをのたまってくる。それを否定しようと声を上げるも、それすらも横から飛んできた駆逐艦の声によって遮られてしまう。訂正しようと振り向くと、そこにはカレーライスが乗ったスプーンを手に、キラキラとした目を向けてくる駆逐艦が。

 

 

「それなら、あたしのあげる!! いつも(・・・)頑張ってくれているお礼!!」

 

 そう言って、駆逐艦は笑顔でスプーンを突き出してくる。突き出されたスプーン、そして駆逐艦を交互に見ていると、別の場所から違うスプーンが突き出された。

 

 

「私もあげるよー!!」

 

「私もー!!」

 

「あげるー!!」

 

 

 そんな声と共にいつの間にか周りは様々な料理が乗せられたスプーン、そして駆逐艦たちの笑顔に囲まれていた。その光景にポカンと口を開けていると、最後にスプーンを向けてきた駆逐艦が、満面の笑みを向けてきた。

 

 

 

 

 

 

「イムヤさん、いつもありがとう!!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、私の中でピシリと言う音が聞こえた。それと同時に目頭が熱くなり、段々目がぼやけてくる。それが涙だと察し、見られないよう誤魔化すために一番近くのスプーン目掛けて口を開いた。

 

 

 

 

 

 その瞬間、ダァン!! と言う音が食堂に響き渡った。

 

 

 今までワイワイ騒いでいた艦娘たちの動きが止まり、その視線が音の方―――――限界まで開かれた扉、その真ん中に立っている一人の艦娘に注がれる。そして、皆一様に顔色を青くした。

 

 

 

「何をやってるデース?」

 

 

 ポツリと声が聞こえた。たった一言、呟くような大きさのそれに、この場に居た殆どの艦娘たちがビクッと身を震わせた。そんな言葉を零した艦娘は返答など端から期待していなかったのか、おもむろに歩き出す。

 

 

 カツ、カツと言う音が食堂に響く。その音が鳴る度に艦娘たちは身を震わせるも、司令官は少しも動じる様子もなくただ近づいてくるその音の主に顔を向けていた。段々と近づいてくる足音の主は、司令官から少し離れた所で止まった。

 

 

 一瞬の沈黙、それは何処か軽い口調の司令官の言葉によって破られた。

 

 

「やっときたか、金剛」


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