新米提督苦労譚~艦娘たちに嫌われながらも元気に提督してます~   作:ぬえぬえ

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『鞘』の役目

 私は昔から人の一歩先(・・・)を行く存在だった。

 

 

 一を聞いてに十を知り、口を開けば弁論者も舌を巻く論を紡ぎ、弓を取れば全射命中、竹刀を取れば男だろうが叩きのめす。師と仰いで3日と持った存在はおらず、指揮を執れば予想以上の結果を残すのは当たり前。そして、周りの人には決して見えない存在である妖精たち(・・・・)と意思疎通を出来た等々。

 

 

 とにかく、その殆どに於いて、私は周りの存在から抜きん出ていた。横に並ぶ人も、前を進む人もおらず、むしろ周りは積極的に私の後ろに回り続け、それは(砂糖)に群がる蟻の大群のようにどこまで伸びて行った。

 

 そんな彼らに、私は担ぎ出された。

 

 私の後ろを大勢の人がつき従い、こびへつらう様に頭を垂れる。耳当たりの良い言葉を吐き続け、時には私の代わりに『牽制』と言う名の『侮蔑』を振りまいた。

 

 それを誰かが『虎の威を借る狐』だと罵ると、それを標的として大人数で叩き潰す。そしてまた『侮蔑』を振りまく。そのサイクルが繰り返されるほど、『侮蔑』はエスカレートしていった。酷い時には、流言を用いて自らの前を行く人を蹴落とし、私に近付こうとする人さえ居た。

 

 その状況に、私はさして何もしなかった。特に理由もないが、強いて言えばそれを止める理由(・・)が無かったからだ。

 

 私に敵対する者は居ない、周りが勝手に担ぎ上げ、勝手に争い、勝手に傷付いている。それも有り難いこと(・・・・・・)に、彼らは私にその火の粉がかからないように細心の注意を払ってくれた。

 

 更に、私が通った道を彼らは奪い合い、傷つけ合い、蹴落とし合い、私の真後ろ(・・・)に居座ろうとする。そして、私の後ろに居ると言う事実を、または私の名前(・・)を使って周りを蔑んだ。

 

 つまり、彼らが欲したのは『私の後ろ』と言う盾と『勝手に付与した価値』と言う矛であり、それを持つ私と言う器を望む者は居なかった。私がどうなろうとその二つだけを提供していれば、彼らは満足するのだ。

 

 例えるなら、私は鞘。どれほど煌びやかな宝石で装飾されていようと価値があるのは宝石だけで、それが埋め込まれた鞘自体に価値は無い。仮に鞘自体に価値があったとしても、所詮は鞘。装飾の宝石や中身の刃には勝てるはずもない。

 

 しかし、逆に言えば鞘も宝石を奪い合う人たちを気に留める必要もないと言える。宝石さえ差し出せば、後は蚊帳の外に行けるのだ。出来ることと言えば、宝石をなるべく遠くに投げてそれを奪い合う喧騒から遠ざかるぐらいか。

 

 私自身、その程度にしか考えていなかった。だから、こちらからそれを止めに行く気もなく、ただ放っておいた。

 

 

 何より、それこそが私にとっての『普通』だったからだ。

 

 

 やがて、深海棲艦が出現し、世界は恐怖に包まれた。

 

 幸い、私の故郷は内陸部だったため直接被害に遭ったわけではない。しかし、代わりにやってきたのは『噂』だ。

 

 深海棲艦に通常兵器が通用しない、深海棲艦一体で軍の一個師団が壊滅した、海に面している町は悉く襲われ夥しい数の人間が犠牲になった、新たな召集が来る、その召集は女子供関係なく徴兵される、そして召集されれば生きて帰ってこれない、召集されなくても深海棲艦は陸上でも活動でき、近い内に内陸部も襲われる等々。

 

 

 今となってはその殆どが大げさであると言い切れるようなことも、その情報しか知らない私たちにとって『事実』に映り、皆が恐怖した。

 

 

 そして、そこに希望と言える噂――――『艦娘』の存在が現れ、そして大本営から正式にその存在と艦娘の適性、そしてその素質を持つ存在の大規模な招集が発表された。

 

 

 次の日、私は大本営に『志願』した。召集ではなく、志願だ。その理由は、『見返り』。家族に対する多額の補償金であったり、村に対する一年間の免税であったりと、様々な補償を貰えるのだ。それを得るために、私は志願した。

 

 

 いや、もっと直接的なのは、今までつき従ってきた人々から乞われたからだ。

 

 

『村のために、志願してくれないか?』

 

 

 大本営の発表があったその日の夜、私の前に伏す大勢の中で村長が懇願してきた。と言うのも、私は艦娘の素質――――妖精と意思疎通が出来ることを隠さなかったため、村長を含めた村人全員が知っていたからだ。

 

 

 その理由は、『村を救うため』。深海棲艦の出現からそう経ってないものの、戦闘の全てにおいて敗北を繰り返してきた分増税や物資の徴収が度々行われ、私の故郷は困窮している。このままでは深海棲艦に襲われる前に滅んでしまう、と。そう、一回りも二回りも年下の私に、村長が頭を下げたのだ。

 

 

 その周りに居た人々も同じように頭を下げている。それは村長同様、『村を救ってくれ』と。

 

 『まさにこの時のためにその才能をもって生まれてきた』のだと、『人類を救う救世主になって欲しい』、『君なら必ず艦娘になってくれる』、『歴史に名を残す艦娘となる』、『その才能を使うには、艦娘になるしかない』、『艦娘になって、深海棲艦の脅威から人類を守って欲しい』、『私たち(・・・)を守って欲しい』等々。

 

 

 しかし、その声色に村長程の切望は無い。ある人は懇願する『ポーズ』をしていた。そう、彼らは思っているのだ。

 

 自分たちが懇願すれば、私は動いてくれる、と。『私に付与された価値()』を使えば、それを使って迫れば()でさえも動かせる、と。つまり、彼らは()を切り捨てたのだ。

 

 

 それに対し、私は「村が救われるのなら」と承諾した。大部分は、『切り捨てられたからこっちも切り捨てた』だが、それでも村が救われることは変わりない。それで丸く収まるのなら良いではないか、そう言って難色を示していた両親を説得し、私は志願した。

 

 

 軍に志願し、艦娘の適性検査を受け、私は『加賀型航空母艦一番艦 加賀』となった。その結果を言い渡した軍属の医師は、名誉なことだと褒めてくれた。

 

 

 しかし、軍事知識に疎かった私はいまいちピンと来ず、訓練の合間にどんな戦艦であったのかを調べた。

 

 

 戦艦として建造されるも途中で空母に改装された経緯を持ち、場合によってはあの戦艦長門をも越える超弩級戦艦になるかもしれなかった。就役後、数々の死線を潜り抜け、最強と謳われた『第一航空戦隊』の片翼を担い、戦争の常識をひっくり返す大戦果を挙げた。そして、その沈没と共に『敗戦』へと向かっていく。そんな、武勲艦も武勲艦だと知った。

 

 

 その戦歴に、私は親近感を抱いた。常に上を走り続け、それに見合う戦果を挙げ続けた『加賀』に。そのおかげか艤装とのシンクロもスムーズにいき、ここでも周りを差し置いて抜きんでてしまった。

 

 

 しかし、一つだけ。一つだけ、『加賀』と違う点が、私には無かった(・・・・・)点があった。

 

 

 

「加賀、相変わらず凄いですねぇ……」

 

 

 訓練の後に渡された結果を、次に私の結果を覗き込んで肩を落とす『赤城型航空母艦一番艦 赤城』、その名を冠した赤城さんの存在だ。

 

 

 その名は、『加賀』を調べていく内に嫌と言う程目にした名前。それも加賀が片翼を担った『一航戦』のもう片翼、そして『一航戦(それ)』を率いた旗艦だ。或る意味、『加賀()』よりも上に居て、ずっと一番上(・・・)を走り続けた存在だ。そして、その名を冠した彼女は、お世辞にもその名が相応しいとは言えない、いわば『平凡な人』だった。

 

 

 訓練の結果も平々凡々で尖った能力もない。私がどんどん抜きん出ても、彼女は周りの子達と同列にいて、抜きん出ることも抜かれることも無かった。そのくせ、『一航戦』と言うことで私は赤城さんと同じペアとなり、訓練所生活の殆どを一緒に過ごすことを余儀なくされる。

 

 

 それはつまり、私と彼女を比較する目に晒されることと意味する。事実、上官たちはその目を向けてきたし、周りの子たちも少なからずそうだっただろう。

 

 私は思った。この人も、私の後ろに回り込むだろう、と。あの人たちと同じように、『私の後ろ()』と『私に付与された価値()』としか見ないだろう、と。

 

 

 

 でも、彼女は回り込まなかった。むしろ、劣等感の象徴である私に『師事』を仰いできたのだ。

 

 

 

 はじめ、私はその言葉に戸惑った。何せ、今までの『普通』とは違ったからだ。その衝撃に、思わず彼女に理由を聞いてしまった。

 

 

 私からすれば、それは『屈辱』だ。何せ、恥を忍んで『劣等感』の象徴に師事を仰ぎ、それから『何故?』、『理由が分からない』と、その人物に「お前など眼中にない」と言われたのだからだ。

 

 

 しかし、赤城さんは私の質問に、怒りもせず、黙せず、ただ当たり前(・・・・)のようにこう言った。 

 

 

 

「そんなの、貴女の隣に居たいからですよ」

 

 

 その言葉に、私の思考は止まった。今まで前に、上に立ち続けた私の『普通』が、今までの『常識』が通用しなかったから。そんな私に、彼女は更に言葉を紡いだ。

 

 

 

「確かに、私は貴女を率いた『赤城型航空母艦一番艦 赤城』です。でも、それは()の私でしょ? ()の私は『赤城』と言うただの艦娘、『一航戦旗艦、赤城』じゃないんです。そして、貴方も前の私に率いられた『加賀型航空母艦一番艦 加賀』じゃなくて、『加賀』と言う艦娘。それも周りから一目置かれる優秀な艦娘です。自分より優秀な人に師事を仰ぐことに、何か問題でも?」

 

 

 彼女はそこで言葉を切って覗き込んでくるも、未だに止まっている私にそれに応えることは出来なかった。

 

 

「なーんて言っても、『一航戦』の肩書がいらないってわけじゃないですよ? むしろ『一航戦』を背負うために、貴方(・・)と一緒に背負うためにお願いしてるんです。『一航戦旗艦(貴女の上)』ではなく『一航戦(貴女の隣)』に居たいんです。駄目ですか?」

 

 

 覗き込んでくる赤城さんの言葉に、私はようやく理解した。そして、同時に胸の奥がキュッと締め付けられる感覚に襲われた。

 

 

 私は今まで誰かの前に、上に立ち続けた。それが己が望む望まないに限らず、常に走り続けた。それ故に、誰かが前に、上にいることが無かった。それが、『普通』だと思っていた。

 

 でも、目の前の人物は、私の隣に立ちたいと言った。後ろに回り込むのではなく、かと言って私の前に、上に立つのではない。私の隣に。誰も立とうと、近づこうとすらしなかった場所に立ちたいと言っているのだ。

 

 彼女は私の『普通』を――――――『常識』をひっくり返したのだ。戦争のそれをひっくり返した、『一航戦』のように。いともたやすく、当たり前のように。

 

 

 その時、私は悟った。

 

 

 彼女ほど、『赤城』の名に相応しい人はいないだろう、と。そして私も、彼女の()に居たい、と。貴女の隣にいることが、『当たり前』になればいい、と。

 

 

 赤城さん()の隣に必ずいる、『鞘』になりたい、と。

 

 

 その後、彼女はメキメキと実力を上げた。上官や周りの艦娘たちも目を丸くする程、その成長は素晴らしいモノだった。その速さに私も何度か追い抜かれたが、そこは『隣に居たい』と言う想いと今まで人の上に立ち続けた意地ですぐに追い抜いたり、それに触発された赤城さんが追い抜き、また私が追い抜くことを繰り返した。

 

 

 巷では、『伝説の一航戦。再び』なんて騒がれたと知った時、互いに目を見合って噴き出したのはいい思い出だ。

 

 そして、訓練が完了し、私たちは正式な艦娘として二人揃って鎮守府に配属されることとなった。

 

 上官から二人一緒に配属されると言われた時、赤城さんは子供のように手を叩いて喜び、私も彼女の見えない所でガッツポーズをした。これからも一緒に居られる、一緒に活躍できると。新しい『一航戦』として、華々しいデビューを飾れると。期待に胸を膨らませ、配属される鎮守府へと向かった。

 

 

 

 そう、初代の(あの)鎮守府に。

 

 

 

「『一航戦』……あぁ、あの海戦(・・・・)でズタボロにされて、『敗北』を決定付けた負け犬(・・・)か」

 

 

 提督に挨拶した時、彼の口から飛び出した言葉。その言葉に、私と赤城さんは目を丸くしている。驕っているのを承知で言うと、誰もが羨む『一航戦』を手に入れたのに、それを喜ぶどころか『負け犬』と蔑んだのだから。

 

 

「違ったか? 甘すぎる見通しと敵の過小評価、そして己を過信する『慢心』であっけなく沈み、軍の名に泥を塗った愚かで傲慢な兵器(・・)。その代名詞と言える『一航戦(それ)』を、よく口に出来るな」

 

「ッ」

 

 目を丸くする私たちに、提督は蔑むような視線と更なる暴言を吐き出す。それに、思わず前に出ようとした私を、横の赤城さんが制止した。

 

 

 

「……提督のおっしゃる通り、『一航戦』はあの海戦で『慢心』と共に沈みました。しかし、私たちは()ではなく艦娘(・・)です、艦娘の『一航戦』です。艦の『一航戦』と全く違わないとは言いませんが、私たちはまだ沈んでいません。いえ、むしろ沈みません。あの時のような『慢心』を捨て、常に戦況を冷静に見つめ、必ずや勝利を掴みます。艦の『一航戦』のように……いえ、それ以上の戦果を提督にお見せしましょう」

 

 

 そう、赤城さんは力強く言い切った。その言葉、その姿は、今まで見たことが無い。赤城さん(・・・・)ではない、『一航戦旗艦の赤城』の姿が見えた。

 

 

 その言葉に、提督は初めて視線を私たちに向けてくる。その視線に、私は少しだけ悪寒を感じた。

 

 

 何故なら、その視線は『殺意』を孕んでいたから。提督が向けてくるとは思えない、まるで敵に向けるような純粋な殺意だったからだ。

 

 

「下がれ」

 

 

 暫しの沈黙の後、提督がそう声を漏らした。その言葉に、赤城さんは素早く敬礼し、私を引き連れて執務室を出て行った。

 

 

 それが、私と初代とのファーストコンタクトであり、それこそが『地獄』の始まりだった。

 

 

 出撃の度に罵られ、暴力を振られ、ロクな補給も入渠もさせてもらえないのは当たり前。勿論、伽もやった。思い出したくもない、虫唾が走る記憶だ。

 

 

 いや、私はまだ空母だったから良かった。空母は他の艦よりも攻撃手段が多いために火力が高く、且つ遠距離戦闘なので被弾する確率も低い。更に、中破すれば攻撃も出来なくなる。それらの要因があったため、私は周りよりも比較的入渠や補給にありつく機会が多かった。そのおかげで戦果も上げられ、伽をすることもあまりなかった。

 

 

 だけど、赤城さんは違った。何故なら、出撃する度に中破して帰ってきたからだ。そして、その罰として出撃するごとに伽を強いられていた。

 

 

 提督自身も、そんな赤城さんに容赦が無かった。

 

 

 毎回のように配属当初の言葉を上げ、それを理由に罵った。それが『一航戦』かと、あの時の言葉はその程度の価値だったのかと。拳と蹴りの雨を。

 

 

 その度に、私は彼に抗議した。赤城さんと一緒に出撃させてくれ、と。私たちは二人で『一航戦』、『一航戦』を罵りたいなら、先ず私たちを一緒に出撃させてから言え、と。私たちは『刃と鞘』だと。

 

 

 しかし、その返答は「消費資材がかかるから」とその拳であった。しかし、しつこく言い続けた結果、一度だけ赤城さんと出撃できる機会を得た。

 

 

 それは南西諸島海域の一つ、東部オリョール海の攻略作戦だ。その作戦に私たち『一航戦』と戦艦2隻、そして駆逐艦2隻の編成で向かった。

 

 

 その作戦で、私は大破した。駆逐艦を守ろうとした赤城さんを庇ったためだ。しかも、無傷(ただ)の駆逐艦ではない。

 

 補給も入渠もさせてもらえず、攻撃や牽制ではなくただ敵の攻撃から身を持って(・・・・・)私たちを守るため、被弾率を下げるためだけに編成された艦――――――所謂『捨て艦』だ。それも、まさに役目を果たそうとしていた駆逐艦を。

 

 その時の赤城さんの動きに迷いが無かった。まるで、『いつもやっている』ようにその子を庇ったのだ。砲弾とその子の間に滑り込み、両手を広げた。それが、彼女が出撃の度に傷付いて帰ってくる理由(わけ)だった。そこに、私が滑り込めたのは本当に奇跡と言って良いだろう。

 

 結果、私たちは大破2隻、中破1隻、小破3隻と言う大損害ながらも勝利した。その時、私は意識を失っていて、鎮守府に帰投後すぐに入渠された。

 

 次に私が目を覚ましたのは、入渠から2日が経った自室のベットの上だった。

 

 

 同時に、昨日(・・)赤城さんが轟沈したと知った。

 

 

 私が入渠された後、赤城さんは次の海域、沖ノ島海域の偵察部隊として出撃した。そして、そこで駆逐艦を庇い、轟沈した。そして、その後庇った駆逐艦も轟沈してしまった、と。

 

 

 それも、提督の口(・・・・)から。

 

 

「残念だったな」

 

 

 その報告をした後、彼はただそれだけ言った。そして、私の部屋を立ち去った。

 

 

 

 その直後から、私の記憶はすっぽり抜け落ちている。ただ、全身に電流が走ったような感覚の後、両脚(・・)の感覚が消えたことだけは覚えている。

 

 

 発見された私は自室の床に倒れていたらしい。部屋は砲撃された様に何もかもが滅茶苦茶になっており、そして私の手の甲や脚、額は血で真っ赤に染まっていたと聞いている。

 

 

 再び記憶が戻ったのはまたもやベットの上。しかしそこは自室ではなく、隼鷹の部屋だ。

 

 

「加賀さん!!」

 

 

 目を覚ました私に気付いた隼鷹は大声を上げて詰め寄る。彼女から私が自室で倒れたこと、あの日から丸1日寝ていたこと、そして目を覚ましたら執務室に来るするよう、提督から言われていることを知った。

 

 

 彼女から話を聞く間、私は痛みに耐えていた。それは胸の奥を締め付けられる痛み。これはあの時と、赤城さんに師事をお願いされた時とはまるで違う。

 

 

 心臓を握り潰そうとするかのような、むしろ既に心臓が潰されたような。泣き叫びながらその場にのたうち回り、血反吐を吐き散らす方がよっぽどマシだと思うような、そんな激痛(・・)だ。

 

 

 赤城さんが沈んでしまった。私が唯一、本気で、その隣に居たいと願った。その隣が、消えてしまった。それも、私が居ない間に。私が眠りこけている間に。

 

 私が居れば、私が隣に居れば守れた。あの時のように身を挺して守れた、身を捨てて守れた、『鞘の役目』を果たせた。

 

 

 なのに、私は居なかった。いられなかった。いることが『当たり前』になれなかった。『普通』になれなかった。鞘になれなかった。刃を守れなかった。

 

 

 

 そんな考えで満たされた私を、隼鷹は手を持って引き上げた。茫然としている私を、提督の元に引っ張っていこうと思ったのだろう。でも、その時、私は違和感を感じた。

 

 

 

 

「脚が……無い」

 

 

 その違和感に気付いたとき、ポツリと漏らしていた。その言葉に、隼鷹はすぐさま血相を変えて私の身体を調べ始めた。

 

 脚は確かに付いている。傍から見たら何の変哲もない。が、『感覚』がないのだ。感覚が無いため、動くこと出来ない。

 

 

 そう判断した時、私はどうすればいいか分からなかった。隼鷹もどうすればいいのか分からず、ただ私を見つめるだけであった。

 

 

 そこに、何の前触れもなく提督が現れた。私の様子を見に来たであろう。一人の駆逐艦を侍らせ、その手に私の艤装(・・・・)を持たせて。

 

 

「着けてみろ」

 

 彼はそう言った。その言葉に、私も隼鷹も意味が分からず、ただ茫然とした。しかし、侍らせていた駆逐艦がその言葉と共に私に近付き、茫然とする私に艤装を装着させた。

 

 

 その瞬間、何故か脚の感覚が蘇った。

 

「立ってみろ」

 

 艤装を装着した私の表情が変わったことを見て、提督は更にそう言った。すると、隼鷹は提督を睨む。当たり前だ、先ほど足の感覚が無いことを知ったばかりで、今の私がそのショックに打ちひしがれていると思っているからだ。

 

 しかし、その顔も私が立ち上がった瞬間、呆気に取られた顔に変わる。対して、提督は特に反応もせず、ただこう告げた。

 

 

「選択肢をやろう」

 

 その言葉に、私と隼鷹は提督の顔を見て、提督が侍らせていた駆逐艦は下を向いた。その二つの視線を受けながら、彼は更に続ける。

 

 

 

「このまま解体されるか、それとも出撃するか。選べ」

 

 

 提督の言葉。それに、私はその意味を理解するのに頭を働かせて、隼鷹はそんな提督に掴み掛った。

 

「馬鹿な事抜かしてんじゃねぇぞ!! そんな……そんなクソみたいなことより先ず言うことがあるだろが!! 加賀さんに!! 加賀さんと赤城さんに謝―――」

 

「黙れ」

 

 掴み掛った隼鷹を、提督はただ一言で黙らせた。いや、彼がそう言った瞬間、駆逐艦が隼鷹を突き飛ばしたのだ。床の上で痛みに呻いている隼鷹を意に返さず、提督は私に視線を向けてきた。

 

 それでも、私は未だに彼の言葉の意味が理解できなかった。

 

 

「言葉を変えよう、艦娘(・・)の『一航戦』に泥を塗ったまま放置するか、その泥を(そそ)ぐか。選べ」

 

 

 再び、提督がそう言った。その言葉を受けて、私は理解した。

 

 

 要するに、彼は私に『戦う』か『戦わない』かを選べと言っているのだ。戦うのであれば出撃させよう、戦わぬのであれば解体しよう。そう言っているのだ。

 

 それは、私に『艦娘の一航戦』の名を、赤城さんの『死』を背負うか背負わないのか、どうする。そう言っているのだ。

 

 そしてそれはつまり、私はまだ戦える(・・・)と言っているのだ。 

 

 

「私は戦えるの……?」

 

「今の自分を見て判断しろ」

 

 確証を得るため、私は彼に問いかけると、彼はそう吐き捨てて視線を逸らした。それが、私には『肯定』に見えた。

 

 

 

「出撃します」

 

 そう悟った瞬間、私はハッキリと言った。その言葉に、提督は視線を私に戻す。

 

「出撃します。数えきれないほど出撃して、夥しい数の敵を倒して、頭一つ二つ、それ以上に抜きん出た戦果を上げて、『艦娘の一航戦』の名を背負います。背負い続けて、その名を世に知らしめます」

 

 ここでそれを蹴れば、私自身は助かる。しかし、それは赤城さんが守り続けたモノを捨てることだ。彼女が身を捨ててまで守った駆逐艦も、既にいない。残されたのは、私と『艦娘の一航戦』の名だけ。

 

 ならば、私はそれを守る鞘になろう。本来、鞘は刃を守るモノだ。脚が動かない(こんな)私でも、『艦娘の一航戦()』を守ることは出来よう。むしろそれしか出来ないのであれば、それを全力で守るのみだ。

 

 

「そうか」

 

 彼はそう言い、私に背を向けて出て行く。その後ろ姿を前に、私の身体は動いていた。

 

 

 腰の艤装を展開し、そこから弓を出現させ、それを持つ手を前に、片手は矢筒より矢を一つ摘み、それを弓の弦に番え、上体を使ってゆっくりと引く。

 

 

 その狙いは、今、目の前で私に背を向ける()―――――提督に向けて、弓を引いたのだ。

 

 

 赤城さんが沈んだのは駆逐艦を守ってだ。私が庇った時も、その前も、その前も、出撃の度に傷付いていたのは、駆逐艦を庇い続けたのだ。だが、駆逐艦を守らなくてはいけなくなったのは何故だ。それは彼女が出撃の度に駆逐艦が大破していたからだ、大破したまま進撃したからだ。

 

 では、誰が続けた? いや、誰が続けさせた(・・・)? それは旗艦だ。しかし、進撃と撤退の判断は違う。必ず、提督に判断を仰ぎ、その指示に従う。要するにこの男が進撃をさせたのだ。

 

 

 この男が赤城さんを殺したのだ。

 

 

 そして、この男は先ほど言った。『艦娘の一航戦の名に泥を塗ったまま放置する』と。なら、その泥を塗ったのは誰だ? 決まっている、赤城さんだ。彼は、赤城さんが死んでも守ろうとしたことを、それ自体が守ろうとしたものに泥を塗ったと言ったのだ。

 

 

 つまり、この男は赤城さんを殺し、あまつさえ彼女が命を賭けたモノを、その行いを貶したのだ。

 

 

 そして、私は鞘。刃を守る者、その役目を全うするために、()が出来る。鞘であろうと敵を殴ることが、そのまま命を奪うことが出来る。敵を滅することが出来る。敵を傷付けることが出来る。

 

 

 

 『赤城さん()』を守るためなら、この男()を滅するぐらい……。

 

 

 

 しかし、すぐに私は提督に向けていた弓を下ろす。下ろしながら深い息を吐き下を向いた。

 

 今、此処で提督を殺せば、『提督殺し』の汚名を()ごと刃が被ってしまう。それこそ本末転倒だ。そして、それは赤城さんの『死』で泥を塗ったと罵ったこの男と同族になってしまうではないか。ただの鞘であろうと、鞘は鞘だ。埋め込まれる宝石を選ぶ権利はある筈だ。

 

 

 『提督殺し(そんな宝石)』、死んでもごめんだ。

 

 

 今は戦果を上げ続け、『艦娘の一航戦』の名を知らしめる。そうすれば、提督もあの言葉を撤回するだろう。いや、撤回させる。赤城さんとの出撃を承諾させたように、同じように彼を動かす。『艦娘の一航戦()』を持って、提督を動かすのだ。

 

 だから、それまでこの矢を放つわけにはいかない。この矢は、今ここでその頭を突き穿つのではなく、いつの日か頭を垂れるその顔に恐怖を植え付けるモノだ。

 

 そう自身を落ち着かせつつ、私は立ち去るであろう彼の背中に目を向ける。

 

 

 そこには、彼の背中を守る様に駆逐艦が涙を浮かべながら(・・・・・・・・)立ちはだかっていた。

 

 

 提督が出て行った。それを見て、私は手にしていた弓と矢を戻し、艤装の展開を解いた。それを見た駆逐艦は黙って私に近付いてくる。私はベットに腰掛け、私の艤装に手を掛ける彼女に身を預けた。

 

 

「ごめんなさい」

 

 

 艤装を外した時、駆逐艦は小声でそう言った。その声は震えており、今にも泣き出しそうな、か細い声だった。その言葉に私は思わずその顔を見て、そして悟った。

 

 

 この子も、何か(・・)を背負っていると。

 

 

 私がその感覚から我に返る頃には、彼女は私の艤装と共に部屋を出た後だった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「それが、私が戦う理由よ」

 

 

 そう言って、私は長い息を吐きながら目を開けた。私の前には一人の男が立っている。

 

 

 大きく見開いた目を伏せ、口を固く結び、頬を引きつらせ、肩を震わせている。ダラリと垂れた腕の先、その手は固く結ばれ、これも震えている。ギリッ、と、歯を食いしばる音が聞こえた。その姿を見て、私は苦笑いを彼に向ける。

 

 

 

「何で貴方が怒っているのよ」

 

「だって……だってよぉ!!」

 

 

 私の言葉に、彼はそう言って固く結んだ拳を傍の壁に叩き付けた。小さくはない鈍い音が何度も(・・・)響く。その音は少しずつ水気を孕んでいくが、その顔には一切の苦痛が見えない。

 

 

 

「今度は貴方の番よ」

 

 

 だから、その手を止めた。こんな脚じゃ、その手を止めれない。だから、そう言った。それが、彼にとって苦痛よりもツライことだと知っていながら。

 

 

 予想通り、彼は壁に打ち据えたために血が流れる手を止め、先ほどの視線――――――泣きそうな目を私に向けてくる。それを見て、私はただ微笑む。

 

 

「私は過去を話した。思い出したくもない、忌々しい記憶を。それを聞いて、まさか貴方は言わないなんてこと、無いわよね?」

 

 

 そんな彼に、とどめ(・・・)を刺す。その言葉に、彼の目が一瞬光ったように見えたが、その光が何であったからは何となく分かった。こんな卑怯(・・)な手を使うなんて、『艦娘の一航戦』に泥を塗っちゃったかもしれない。

 

 ごめんなさい、赤城さん。貴女が守ろうとした『艦娘の一航戦(モノ)』、少しだけ汚してしまった。背負い込むとか言ったくせに、こうも簡単に汚してしまった。拭えるのは何時になるだろうか、これじゃ、赤城さんに向ける顔が無い。

 

 

 でも、許して欲しい。今回は、今回だけ(・・・・)はどうか許して欲しい。

 

 

 何でかって? それは、一緒だったから。彼と――――――今の私の提督と、貴女(・・)が。いや、正確にはあの時の表情(・・)が。

 

 

 

 私が貴女を庇った時に私に向けてきた表情(それ)が、今目の前の彼が浮かべる『泣きそうな』表情が一緒だったから。

 

 

 

 

「…………俺は」

 

 

 そして、彼は語り出した。

 

 

 

 

「艦娘に……母さん(・・・)に助けられたんだ」


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