新米提督苦労譚~艦娘たちに嫌われながらも元気に提督してます~   作:ぬえぬえ

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今話の中盤に、人体破損描写があります。
苦手な方はご注意ください。


『息子』の役目

 『母さん』――――俺の母親は、何処にでもいる普通の母親だ。そして、そんな母さんと息子である俺は2人で海にほど近い村で暮らしていた。

 

 

 もう一人の家族である父さんは離婚や死別したわけではなく、職業柄転勤が多く俺や母さんを振り回すのは酷だと言うことで単身赴任をしているだけ。毎月生活費を振り込んでくれるし、頻繁に連絡も取っている。更に行事ごとには必ず見に来てくれたし、そうでなくても月一で顔を合わせていたからそこまで寂しくは無かった。

 

 

 そんな父さんは俺や母さんが暮らす場所を、自分の『帰ってくる場所』を作ったのだ。勿論、顔を合わせれば目一杯に甘えさせてくれたし、たくさん話をして、そして笑わせてくれた。普段会えない分、沢山の愛情を、父親の『暖かさ』をくれた。

 

 

 そんな『帰ってくる場所』を父さんの代わりに守り続けて、父さんの分も俺に愛情を注いでくれたのは母さんだ。

 

 

 『帰ってくる場所(そこ)』に帰ってくる俺を、同じ姿で、同じ表情で、同じ言葉で、当たり前のように返してくれる。温かい飯を、温かい風呂を、温かい布団を、それら全てをひっくるめた『暖かさ』で、いつも包み込んでくれた。

 

 

 しかし、その『暖かさ』は時と場合によって様々に移り変わる。

 

 

 嬉しいとき、怒った時、泣いた時、楽しい時―――家族である俺は、母さんが見せる様々な『暖かさ』を見た。怒った時は『暖かさ』と言うより『冷たい』、むしろそれすら感じられない程であったが、それでも最後にはちゃんと『暖かさ』をくれた。

 

 

 そんな『暖かさ』に包まれた、俺は育った。同時に、俺も出来うる限りの『暖かさ』を二人に向けた。すると、二人はそれ以上の『暖かさ』を返し、それに俺も答える。そんな、極々普通の家族だった。

 

 

 普通ではない点を上げるとすれば、母さんは幼い頃から妖精と言葉を交わすことが出来、息子である俺は妖精を目視出来たことぐらいだ。

 

 その件に関して、周りに知られたくないと言う母さんの言葉に、あまり人前で触れないようにしていたから周りから変な目で見られることは無かった。家族の中で唯一妖精を見れない父さんは気味悪がることも無く、むしろ俺たちを通して妖精たちとのコミュニケーションを図る人だったので、あまり気を遣わなくて済んだ。

 

 

 極々普通の家族として、俺は育った。そんな生活の中で、俺は一度だけ母さんに反発したことがある。

 

 

 

 それは、母さんが俺を怒る際に必ず『理由』を聞いてきたことだ。

 

 

 勿論、『理由』の内容によって説教が帳消しになるわけではなく、ただ『説教』の度合いが変わるだけ。酷い時には拳骨からの夕飯抜きとかあったし、一番優しくても長時間の『お話し』だ。更に、あっちから手を出したからやり返したとか、母さんの目の前で大事していたモノを壊されたとか、その場の状況を見るだけで『理由(それ)』が分かってしまう時でも、母さんは必ず聞いてきた。

 

 小さい頃は、「何で分かり切っていることを改めて聞くの?」、「聞かなくたって、目の前で見ていたでしょ?」なんて思った。実際、言うのを渋ったせいで『説教』の度合いが酷くなった時もあったから、それ自体が理不尽にさえ映る時もあった。

 

 息子びいきならぬ他人びいきと言うその接し方に不満を抱きつつも、素直に答えた。勿論、怒られたくない一心で、と言った面もあったが、一番は最後には必ず「暖かさ」を向けてくれる、と思っていたからかもしれない。だから素直になれたと思う。

 

 

 そして時が過ぎ、ある程度自分で感情をコントロール出来るようになったとき、母さんが昔話をするかのように教えてくれた。

 

 

 人が行動を起こす一番の原動力は何か。それは「理由」だ。

 

 

 自分を守るため、誰かを守るため、認めてもらうため、人を受け入れるため、理不尽な環境から脱却するため、よりよい生活を送るため、理想を追い求めるため、真実を暴くため、好き勝手に、自由に、気楽に、楽しく、幸せに生きていくためなどなど、何か行動を起こす人には必ず「理由」が、原動力が、自らが導き出したただ一つの答え(・・・・・・・)がある筈だ。

 

 もしかすると、それは傍から見れば無謀に、滑稽に、理不尽に、馬鹿らしく見えるかもしれない。命を賭けてやろうとしていることが周りから見ればどうでもいいことに、気にも留められない「当たり前」のことかもしれない。しかし、どんな「理由」であれ、その人(・・・)にとっては何よりも代えがたい重要なモノであり、それを馬鹿にされようものなら、自らの命すらも顧みずに迫ってくるだろう。当たり前だ、それを否定することは、即ち彼ら彼女らにとって『最大限の侮辱』になるのだから。

 

 

 だから、人の失敗を、「失敗」と言う『結果』だけ見て笑ってはいけない。人の『背中』だけを見て笑ってはいけない。人の『立ち位置』だけを見てはいけない。

 

 その「失敗」に至るまでの『過程』を見なければならない。その人が浮かべている『表情』を見なければならない。そこに立つまでの『足跡』を見なければならない。

 

 

 それら全ての原点となった『理由』を見なければならない。それこそが『人』と向き合うことであると、そう教えてくれた。

 

 

 その言葉を聞いたとき、俺はその全てを理解しようとしなかった。何故なら、「それが出来たら苦労しない」と切り捨てたからだ。

 

 

 先ず、「理由」なんてそう簡単に人に話せるモノじゃない。或る程度の信頼を持たないと話せないし、価値観の違いでそれが「押し付け」になりかねない。だから、より多くの人が納得する正論や数に物を言わせた多数決を用いたり、詭弁や屁理屈で時間を稼いだりと、様々な手段で自らの意見を押し通す。時には暴力に訴えかけ、恐怖によって従わさせることもあるのだ。

 

 それに、そんなことをしなくても人は向き合っていける。相手の顔色を窺い、耳当たりの良い言葉を吐けば、それで円滑に回ってしまうのだ。なにも、そんな茨の道に進むよりもそっちの方が楽なら、誰だってそれを選ぶだろう。

 

 

 だから、「そんな夢見がちなこと……」と言ってしまった。すぐさま『怒られる』と身構えるも、返ってきたのは「いつか、分かる時が来る」と言う言葉と、何処か寂しそうな苦笑いだけ。後日、その言葉を父さんに言ったら、母さん同様苦笑いを溢すだけだった。

 

 

 

 やがて、深海棲艦が出現し始め、それに対抗するために大本営から艦娘における大々的な発表がされた。

 

 艦娘がどのような存在であるか、と言う説明と、素質のある女性の条件、対象者に向けた志願の呼びかけ、そして近々大規模な招集があることなどだ。その発表に俺と父さんは母さんの身を案じ――――と言うか、その発表を目にした母さんの身体が小刻みに震えていたのを見た俺が無理やり連絡を取って家族会議を開いたのだ。

 

 そこで俺と父さんは、母さんが素質を持っていると自分たちが口外しなければ無理矢理引っ張り出されることもなく、安定した生活のために志願の見返りに多額の給付金を得る必要もないとして、周りにバレるまでは何とか隠し通すことになった。これが村に、そして国に背く行為だって分かってる。しかし、深海棲艦との戦闘に悉く敗北している、その殆どが壊滅や全滅している現状で、その最前線に大事な肉親を送り出せるかと問われれば、俺と父さんは「NO」だ。

 

 

 でも、母さんは違った。

 

 

 

 

 

「志願させてください」

 

 

 その一言に、初めは聞き間違いかと思った。しかし、同じような顔で母さんを見つめる父さん、そして俺たちに見つめられるながら、頭を下げている母さんの姿に、それが現実であると理解させられた。父さんは俺よりも先に我に返り、その理由を聞く。

 

 

「……これと言って、理由はありません(・・・・・・・・)。ただ、私が行きたいんです。行かなきゃいけないんです。()と同じように、遅れないように、残されないように、一人にならないように、早く、真っ先に、一番最初に行かないといけないんです」

 

 

 その言葉に、俺や父さんは口を挟めなかった。納得したわけじゃない。何を言ってるんだ、考え直せ、と言いたかった。でも、出来なかった。何故なら、それ以降母さんは壊れた人形のようにずっと同じことを繰り返し続けたからだ。ただ「行きたい」と「行きなきゃいけない」を発し続ける機械のように見えてしまった。それが、母さんではない別の存在(・・・・)に見えたから。

 

 

 そこに、『暖かさ』が無かったから。

 

 

 翌日、母さんはいきなり自分が艦娘の素質があることを暴露した。家族の中でひた隠しにしていた、何よりも母さん自身が『知られたくない』と言っていた事実を自分から曝け出したのだ。そして今まで隠していたことを詫びた上で一年間の免税を確約すると言い、村人に頭を下げた。

 

 その言葉に、村の皆は諸手を上げて喜んだ。元々、誰にでも好かれる性格だった母さんだったからかもしれないし、彼女が志願することで受けられる見返りを受けられると言う思惑があったからかもしれない。その中でも、村長は人目もはばからず涙を流していたのは、今でも印象に残っている。

 

 母さんの暴挙に、俺と父さんは村人に知られてしまった、母さんが行くと言っている、ここで引き留めれば確実に不興を買う、と言う理由から、母さんを引き留めることが出来なくなってしまった。

 

 

 結局、母さんはその日のうちに身支度を整え、家を後にした。まるで旅行に行くかのようなパンパンの荷物を抱え、残していく俺と父さんに頭を下げた。その姿を何も言えない俺たちを尻目に、母さんは踵を返して行ってしまった。その間、一度もこちらを振り返らず、且つ後ろ髪に引かれることも無く、ただ、淡々と俺たちから遠ざかっていった。

 

 

 その後ろ姿に、俺は悟った。

 

 

 母さんが母さんでなくなったこと、別の存在になってしまったこと、『艦娘』と言う存在になってしまったことを。

 

 

 その後、俺はその村に住み続けた。いつも通り、今まで通り、母さんが居る(・・・・・・)ように、そこに住み続けた。父さんから、自分の元に来ないか、と言ってくれた。でも、俺はそれを断った。それが我が儘だと分かっていたけど、断った。

 

 何故なら、此処が俺にとっての『帰ってくる場所』だから。母さんが居て、母さんが守ってきた場所だから。何より、母さん自身(・・・・・・)が『帰ってくる場所』だから。そう言って、断った。

 

 

 いや、違う。そんなモノじゃ、そんな尤もらしい理由(・・)じゃない。そう、むしろ俺はそれを、母さんが志願した『理由』が知りたいのだ。

 

 

 あの時、いきなり志願したいと言い、その翌日にいきなり隠していたことを暴露し、自分が志願せざる負えない状況を自ら作り出した、その暴挙に至った『理由』を。自ら『理由がない』と言ったくせに、何故そこまでのことをしたのか、その原動力となったのは、そう考えに至った『理由』を知りたいのだ。

 

 だって、それが『人』と向き合うことだから。そう、母さんが教えてくれたから。それこそが、『艦娘(母さん)』と『人』を結び付ける唯一の方法だと、そう思ったから。

 

 

 そんな俺を、村人は声をかけてくれた。「最近どうだ」とか、「大丈夫だ」とか、どれもこれも俺を心配する言葉だ。特に、村長は毎日のように家に来ては、「大丈夫」、「心配するな」、「必ず帰ってくる」と言ってきた。その言葉に俺は曖昧に笑い、「大丈夫ですよ」と同じ言葉を返す日々が続いた。

 

 

 

 

 

 母さんが志願して数か月が経った時、突然母さんが帰ってきた。

 

 

 それを知ったのは、誰も居ない筈の家に明かりが灯っていたのを見た時。それを見た瞬間、身体が全力で走り出し、ドアを蹴り破るが如く開けて玄関に転がり込んだ時。

 

 

 

「おかえり」

 

 

 転がり込んだ瞬間、久しぶりに聞いた母さんの声を聞いた時だ。

 

 

 その時、母さんは台所で夕飯を作っていた。転がり込んできた俺を、同じ姿で、同じ表情で、同じ言葉で、今まで通り(・・・・・)、当たり前のように返してくれたのだ。

 

 そこに、ちゃんと『暖かさ』があったのだ。

 

 

 その後、久しぶりに『二人』の食事をする中で、俺は母さんからいきなり帰ってきた理由を聞いた。それによると、予定していた訓練が早く終わり時間的余裕が出来たため、大本営側から希望者のみの帰郷を許可したとのことだった。話はそこから、訓練期間に起こった出来事、仲良くなった艦娘など、逆に俺は村での出来事、よく声をかけてくるようになった村長や村人の話など、たわいもない話に花を咲かせた。

 

 そして、大体のことが話し終わった時、俺は今まで抱えていた質問をぶつけた。

 

 

「母さんが志願した理由って、何?」

 

 

 その言葉をぶつけた時、母さんの顔が一瞬強張った。しかし、それも『笑顔』に変わった。それは間違いなく『笑顔』だった。誰がどう見ても、不満も不安も後悔も垣間見えない、完璧な『笑顔』だった。でも、俺はそれが『笑顔』に思えなかった。

 

 だって、『暖かさ』が感じられなかったから。

 

「言ったじゃない、『行きたかった』からって」

 

 母さんはそう言った。『笑顔』で、『暖かさ』を感じさせないまま、そう言った。分かってる、『行きたかった(それ)』も立派な『理由』だ。でも、あの時、母さんは言った。『理由は無い』と、そう言った。つまり、母さん自身が、それを『理由ではない』と否定したのだ。

 

 それなら理由は、『本当の理由』は何か。それ以外にあった、むしろそれに至った『本当の理由』は何なのか、何故『行きたかった』(・・・・・・・・・・)のか、それが知りたかった。

 

 

 しかし、それは叶わなかった。突然、雷鳴が真横に落ちた様な凄まじい音が、それと同時に尋常ではない揺れが俺たちを襲ったからだ。

 

 

 突然のことに硬直する俺を、母さんが机の下に引っ張り込む。引っ張り込まれた瞬間、今まで座っていた場所に本棚が倒れ、けたたましい音と共に揺れが襲った。しかし、それもすぐに止んだ。止んだことで母さんは机から這い出し、今なお呆けている俺を引っ張り出された。

 

 

 しかしその手が、俺を引っ張り出す母さんの手が止まった。それにようやく頭が追い付いた俺は母さんを見上げる。

 

 

 母さんは目を見開き、口を少しだけ開けた、『唖然』とした表情である一点を見つめていた。その視線の先に、俺も目を向ける。

 

 

 その先にあったのは大きな火柱を上げて燃える家。次の瞬間、その隣の家に黒いモノ―――――大きな砲弾が飛び込み、燃え上がる炎と同時に先ほどよりも大きな音と衝撃が襲ってきた。

 

 

 その光景に、俺は何も言えなかった。それと同時に、頭上からガリッと言う歯を食いしばる音が聞こえた。次の瞬間、掴まれていた感覚が消え、視界に一房の黒髪が映った。

 

 

 

「母さん!!」

 

 

 俺が叫ぶと同時に、母さんは走り出していた。居間を抜け、廊下を抜け、玄関にたどり着く。そこには母さんが帰ってきた時に持ってきた荷物が置いてある。母さんはそれを勢いよく開き、中から不揃いなモノを引っ張り出した。

 

 

 薄紅色の上着に紺色の袴、白い長靴下とタスキ、薬指と小指が覆われていない手袋、身の丈以上の大きな弓、数本の矢が残る矢筒など、一見すれば弓道で用いられる一式だ。だが、次に出てきたのは煙突が付いた金属の塊に厚底の下駄、そして何より、飛行機が離着陸する滑走路のような形をした細長い板状のモノだ。

 

 

「母さ―――」

 

 

「楓」

 

 

 今しがた引っ張り出した一式に着替える母さんは俺の声を遮り、そのままこちらを振り向かずにこう言った。

 

 

 

「絶対に、海に近付いちゃ駄目だからね」

 

 

 その言葉と共に、母さんは衣類以外の一式を持って家を飛び出した。その後ろ姿を、俺はただ見つめた。今しがた母さんが残した言葉の意味を受け止め、咀嚼し、理解するために、時間がかかった。そして、ようやく落とし込めた。

 

 

 その瞬間、俺は家を飛び出していた。

 

 

 辺りは一面火の海だった。そこかしこの家から炎が上がり、同時に悲鳴が聞こえる。そして何より、一定間隔で感じる地響きと共に起こる爆発と火柱。それは、まさに地獄だった。

 

 

 その中で俺は見た。遥か遠く、燃え上がる村の向こうに広がる大海原。そこに、無数の『黒い何か』が蠢いているのを。

 

 

「ふざけんなぁあ!!」

 

 突然叫び声が聞こえた。その方を見ると、瓦礫の前に居る女性が見える。しかも、彼女は目の前にある瓦礫から飛び出た人の腕らしきものを引っ張っていた。

 

 

 

「手伝います!!」

 

 

 俺はそう吠えながら女性の元に駆け寄った。突然現れた俺にその子は一瞬驚くも、俺が発した言葉、そして駆け寄った俺が腕が飛び出る瓦礫の下に潜りこんで上に押し上げたことで、彼女はすぐさま腕を引っ張り始めた。

 

 

 だが、それもすぐに終わった。彼女が腕を引っ張り出したからだ。そう、腕だけ(・・・)を。

 

 

 

 

「いやぁぁぁぁぁああああああああああああ!!!!」

 

 

 女性の絶叫が鼓膜を叩いた。それと同時に、俺は彼女が引っ張り出したモノを見て、胃の中のモノが込み上げてくる。しかし、すぐに動くと瓦礫が崩れ、自分や女性が巻き込まれてしまう。その思いだけで込み上げてきたモノを無理やり飲み込み、押し上げていた瓦礫が崩れない様ゆっくりと降ろした。

 

 

 瓦礫の重みが消えた瞬間、限界だった。すぐに誰も居ない方を向き、ぶちまけた。つい先ほど、食卓の上に並んでいたモノが、若干の形を残したモノを地面目掛けまき散らす。全てを吐き出したおかげで少しだけ楽なった時、後ろから声が聞こえた。

 

 

 

 

 

「何で、助けてくれなかった(・・・・・・・・・)の」

 

 

 その言葉の意味を理解できなかった。だって俺は手を貸した、彼女を『助けた』のだ。しかし、彼女の口調は、まるで見捨てた(・・・・)ように聞こえた。だから、その声の方を向いた。その瞬間、胸倉を掴まれた。

 

 

 

「何で艦娘(・・)は助けてくれなかったの!! 艦娘は私たちを守るのが役目でしょうが!! なのに、なのにアイツは!! アンタの母親は見捨てたの!! 気付いたくせに見て見ぬフリしたの!! 私たちを見捨てたのよ!! 何で、何で見捨てたのよ!! 何で助けてくれないのよォ!!」

 

 

 鬼のような形相。そうとしか言えない女性の剣幕。それに気圧された俺は何も言えずに、ただその言葉を受け続けた。やがて、彼女の罵詈雑言は問いに変わり、胸倉を掴んでいた手から力が抜けていく。その姿に、俺は思わずこう言ってしまった。

 

 

「ごめんなさい」

 

 

 そう言った瞬間、胸倉を掴んでいた手に再び力が籠り、勢いよく引っ張られた。

 

 

 

「謝るぐらいなら助けなさいよォ!!」

 

 

 その言葉と共に、俺は彼女の手によって瓦礫とは反対側に投げ捨てられる。地面に叩き付けられるも、すぐに投げ捨てた女性を見た。彼女は腕を抱え、身体を震わせている。その瞬間、彼女の悲鳴のような泣き声が響き渡った。

 

 

 その姿を見た瞬間、俺の身体はとうに動いていた。すぐに立ち上がり、全力で走り出したのだ。一刻も早く、この場を離れるために。

 

 

 

 その後、俺は周りを見ずに走り続けた。途中、いろいろな声が聞こえた。悲鳴に絶叫、泣き声に怒号、罵声に助けを求める声など、色々だ。

 

 

 俺はそれら全てから目を背けた。また、あの女性のようなことになるからだ。俺じゃあ答えようのない問いをされ、責められ、泣きつかれる。反応は様々かもしれないが、その根本にあるのは艦娘に――――母さんに向けられた『憎悪』だから。それを『艦娘の子供』と言うだけで容赦なく向けられ、それをどうにかできる術を持っていないからだ。

 

 だから、俺はその術を持つ人物を―――――母さんを必死に探した。そして、見つけた。

 

 

 そこは村の漁船が停泊する小さな港。そこで見つけた。先ほど引っ張り出したモノ全てを身に付けて、深海棲艦と戦う存在、俺たち人間を助ける艦娘、そう呼ばれる母さんを。

 

 

 

 

 

 

 鬼のような形相を向ける村中の人間に囲まれた母さんを。

 

 

 

 

「早く、早く行けよ!!」

 

 

 母さんを囲む一人が、怒号を投げつける。それに続けとばかりに叫び声が上がる。それら全てを投げかけられる母さんは反論することなく、俯きながら歩を進めている。その先にあるのは海だ。そして海には先ほど見えた黒い何かが、到底生き物とは思えない異形の姿をした生物が―――――深海棲艦が居た。

 

 

 そして悟った。母さんはたった一人であそこに、海を覆いつくさんばかりに展開する深海棲艦の群れに飛び込もうとしているのだと。

 

 

 

「何してんだ!!」

 

 

 そう悟った瞬間、俺はそう叫んでいた。その声に周りの人間、そして今まさに海に足を付けようとしていた母さんがこちらを向く。こちらを向いた母さんの顔が歪むのが見えた。『笑顔』ではない、『泣き顔』に。だけど、今の俺はただ母さんの元に辿り着くことしか考えられなかった。

 

 

 

「『艦娘』の息子か」

 

 

 そんな声が聞こえたからだ。

 

 

 

「お前ら!! 何させようとしてんのか分かってんのか!!」

 

 

「分かっているも何も、これが『艦娘』の役目だろうが」

 

 

 俺の言葉に、人ごみの一人がそう言った。それも、まるで『当たり前』のことを言う様に。その言葉に、その顔に、その姿に、一気に血が昇った。

 

 

 

「『艦娘』の役目……これが? あんな大量の深海棲艦の中に、たった一人で突っ込むことが? 母さん(艦娘)の役目だと? ふざけんなよ……艦娘は人間(俺たち)を助けるのが役目だ。あんな……あんなとこに一人で突っ込んだらどうなる!! 確実に死んじまうだろうが!! お前らはそれが役目だって言うのかよ!! 『死ぬこと』が役目だって言うのかよォ!!」

 

「楓くん!!」

 

 怒鳴り声を上げながら飛び掛かろうとする俺を、村長が押さえつける。俺はその手を逃れようと暴れまくるが、初老に差し掛かった人とは思えないほど強い力で村長が押さえつけてくるために動けない。そんな中、周りの一人が俺にこう言ってきた。

 

 

 

 

 

「なら、死んだ(・・・)娘を返せよ」

 

 

 その一言。それだけで、情けないことに俺の動きは止まってしまった。さっきと一緒だ、俺ではどうしようもない『憎悪』を向けられたから。そして、今しがた自分が言った言葉が、致命傷(・・・)になったと分かったから。

 

 

 

「言ったよな? 艦娘は俺たちを『助ける』のが役目だと。なら、何で娘は死んだ? 深海棲艦の砲撃を諸に喰らったからだ。なら、何で深海棲艦は砲撃してきた? アイツらを止める奴が居なかったからだ。なら、誰がアイツらを止めるんだ? 『艦娘』だろ? 『艦娘』が止めるんだろ? 『艦娘』が俺達を、娘を助けるんだろ? 助けてくれる筈だろ? なのに、なのに娘は死んだ!! 俺の目の前で!! 木っ端みじんに吹き飛んじまった!! 何でか分かるか!! 何で吹き飛んじまったかお前に分かるか!? 『艦娘』が助けなかったからだよ!!」

 

 

 男の怒号に一瞬の静寂が、その次に現れたのは、同じような怒号の数々だ。

 

 

 娘を、息子を、妻を、夫を、祖父を、祖母など、近しい人の死を挙げ、その全責任が『艦娘』にあると高らかに叫んだ。ここに来るまでに出会った女性も、近しい人を失ったのだろう。つまり、そこに挙げられた人たち以外にも多くの人が死んだ。

 

 そして、その原因は艦娘に―――――今ここに居る母さんにあると言うのだ。『艦娘(母さん)』のせいで死んだのだと言うのだ。

 

 

 そこで俺が、『艦娘』の息子が何を喚こうが、彼らにとって意味は無い。まして、俺がどれだけ母さんが『死ぬかもしれない』と叫ぼうが、既に近しい人が『死んだ』彼らにとって、ただ俺が自分たちと同じ同類になるだけだ。ただ、『それだけ』なのだ。

 

 

 今の俺に、艦娘(母さん)を守る力なんか無いのだ。

 

 

 

 

「もう、いいですか」

 

 

 そんな喧騒を抑えたのは、母さんだった。俺や周りの人間たちがその方を見ると、こちらに背を向けて立っている母さんが居た。それも俺たちが立つコンクリートの上ではなく、海面に佇んでいた。

 

 

「先ほど言った通り、もうすぐ迎撃艦隊が来ます。彼女たちが来るまでアイツらを引き付けますから、その間に出来るだけ遠くへ、出来るだけ海から遠ざかってください。道中、派手なモノの傍を通らないように。目立つ分だけ砲撃の的です。それだけ注意すれば大丈夫です。そして……」

 

 その言葉に、『感情』は無かった。まるで、母さんが志願したいと言った時に、「行きたい」と「行きなきゃならない」と言い続けていた時、母さんが母さんでなくなった時、その時と丸っきり一緒だったから。

 

 

 だけど、それは言葉を切ると同時にこちらを振り向いた母さんを見て、それは間違いだと気づいた。

 

 

 大粒の涙を溜め、肩を小刻みに震わせ、唇を噛み締めながらも『笑顔』を浮かべていたから。そして何より、そこに『暖かさ』を感じたから。

 

 

 

 

「息子を、よろしくお願いします」

 

 

 そう言った。そう言って、母さんは前に向き直った。その瞬間、モーターのような機械音が聞こえ、同時に母さんの身体が前に動き出す。それはすぐにトップスピードになり、母さんは瞬く間に大海原へと飛び出した。その向こうに待ち構える、深海棲艦()に目掛けて。

 

 

 

「かあさぁん!!」

 

 

 そう叫び、その後ろ姿に手を伸ばした。しかし、その手が届くことは無い。代わりに、村長が飛び出そうとした俺の身体を抱き留める。その腕から逃れようともがくも、その手から逃れることは出来ない。次々と新しい手が伸びてきて、俺の身体を掴むからだ。

 

 

 その手に引きずられ、俺は港から遠ざかる。同時に、大海原へと進む母さんの背中が小さくなっていく。それでも、俺は手を伸ばし続けた。それが届かないと分かっていても、絶えず手を伸ばし続けた。

 

 

 やがて、薄紅色の豆粒となった母さんに、同じく豆粒のような黒い塊たちが群がっていくのが見えた。次に小さくはない砲撃音が鼓膜を叩き、薄紅色の豆粒の周りに複数の水柱が上がる。それでも、薄紅色の豆粒は確かに見えた。

 

 

 しかし、次の瞬間、海面ではないモノに当たった爆発音が聞こえた。同時に、薄紅色の豆粒から小さくはない火柱が上がる。

 

 その瞬間、立て続けに同じ(・・)音が聞こえ、それに合わせるように火花が上がった。やがて、薄紅色の豆粒の周りは無数の水柱と火花で一杯になる。

 

 

 それら全てが収まった時、今の今までそこに居た、確かにあった薄紅色の豆粒は、忽然と姿を消した。

 

 

 それ以降、どれだけ見回しても、目を皿のようにしても、二度と目にすることはなかった。

 

 

 その後の記憶は曖昧でよく思い出せない。ただ、引っ張られるがままに連れて行かれ、村を抜けた山の中にある避難所に辿り着いたことだけは覚えている。そこに、俺たち以外に逃げてきた人も居て、その中に先ほどの女性が居たのは微かに覚えている。

 

 

「楓くん……」

 

 

 俺の耳に、村長の声が聞こえる。しかし、その言葉に俺は反応しない。俺はただ黙って膝を抱え、そこに顔を埋めた。周りを見ないように、無理矢理視界を真っ黒にしたのだ。そうでもしないと、自分を抑えられなかったから。

 

 すぐ横に、一緒に港から逃げてきた人たちが、母さんを『死』に追いやった奴らがいる。母さんの姿が消えてから、奴らは静かになった。静かになった今も、時々俺に視線を向けてくる。それがたまらなく嫌だった。それを見ただけで、奴らに殴りかかるかもしれなかった。

 

 でも、奴らの理由も分かりたくはないが、分からなくてはならない。むしろ、そうしないと俺自身が納得出来ない。母さんの『死』を、俺の中で落とし込むことが出来ないから。

 

 

 だから、顔を伏せた。誰も見ないように、誰も責めないように、『誰のせい』でもないと思い込むために。『仕方が無かった』と言い聞かせるために。母さんの『死』を無駄にしないように。

 

 

 

 

「失礼します」

 

 

 そこに、場違いな程凛とした力強い声が聞こえた。その声に、俺は奴らを極力見ないように顔を上げた。

 

 

 そこに居たのは、ピンク色の髪をポニーテールでまとめ、黒を基調とした制服を着た少女だった。しかし、その視線は鋭く、只者ではない雰囲気を醸し出している。

 

 

 

「迎撃部隊の旗艦、陽炎型駆逐艦2番艦、不知火です。今回、襲撃した深海棲艦は全て不知火たち迎撃部隊が排除しました。そして、只今を持って貴方たちの身柄は不知火たちが預かります」

 

 

 そう言って、不知火と名乗った少女は軽く頭を下げる。それに、周りの人間の殆どは安堵の息を漏らした。そんな中、村長が進み出る。

 

 

「村まで送り届けてもらえるんですか?」

 

「いいえ。貴方たちは、これより大本営が指定する地域に移動してもらいます」

 

 

 村長の問いに不知火は淡々とした口調でそう返し、懐から何やら紙を取り出した。その姿に、周りの人間は『安全な場所に行ける』と考えただろう。何せ、深海棲艦の被害を受けたのだ。深海棲艦に襲撃されたここは危険地帯、そこに住んでいた自分たちは『被害者』として軍が提供する避難地域に行き、そこで軍に守られて安全に暮らせると、そう思っただろう。

 

 

 

 

 

 

 

「先ずは東京で裁判(・・)です。その後、男性はここから少し離れた大規模農園に、女性は大本営直属の病院に送還(・・)します。そこで最低5年の奉仕活動に従事してもらいます」

 

 

 紙を読み上げる不知火。その言葉の意味を、初めは誰も理解出来なかった。誰もが目を丸くし、誰もが口を開け、誰もが信じられないようなものを見る目で不知火を見た。いや、その中で、村長だけ(・・・・)は表情を強張らせていた。

 

 

「何で裁判になるんだよ? 俺たちは被害者だろ? 深海棲艦に襲われて、家族を殺された被害者だろ? 何で裁判なんか―――」

 

 

「貴方たちが『犯罪者』だからです。罪状はここに」

 

 

 怒号を上げて掴み掛ろうとする男を、不知火は一睨みで黙らせる。その後、彼女は今しがた目を通していた書類を俺たちに見せた。

 

 

 それは逮捕状。容疑者のところに俺たちの村の名前が書かれており、罪状は『数年に渡る脱税』と記されていた。

 

 

「脱税ってどういうことだよ? 俺はちゃんと払ったぞ? 役所に行って、更新もして、届けでも出した。確かに出した!! なのに、何で脱税になるんだよ!!」

 

 

「弁論は審議の場でお願いします。不知火たちは貴方方を『罪人』として連行し、その後に各地の施設に送還するよう言われただけですので」

 

 

「そんな無茶苦茶な話があるか!!」

 

 

 不知火の言葉に、その場にいた人間から色々な声が上がる。怒号に悲鳴、泣き声も混じっている。その場に居る全ての人間が叫んでいた。いや、『二人』は違った。不知火と、他の人々の中で項垂れる村長と、その姿をただ黙って見つめる俺だ。

 

 

 

 

「確か、税金を国に納めるのって……村長(・・)の仕事だよな?」

 

 

 

 そんな喧騒の中、一人の男がそう溢した。すると、あれだけ騒いでいた声がピタリと止み、その場にある視線が一人の人物―――――今なお俯いたまま黙り込んでいる村長に集まる。

 

 

 ほんの数秒の静寂。それは人によっては数時間のようにも思えただろう。そして、その静寂を破ったのは、合点が付いたように手を叩いた不知火の言葉であった。

 

 

 

「つまり、『貴方たちが納めた税を村長()が横領した』、と言うことですか」

 

 

 その言葉に、村長がビクッと身を震わせる。その反応に、周りの人間の視線が鋭くなる。しかし、誰も動く者は無かった。それは、村長の口から否定の言葉が出ることを期待していたのかもしれない。彼が否定すれば、それで『無罪』だと言い張れるかもしれない。そう思ったのかもしれない。

 

 

 しかし、それ以降、村長は何も言わない。ただ身を震わせ、固く目を閉じ、俯いたままだ。唸り声も上げず、歯を食い縛るのみ。

 

 

 

 それが『肯定』を表していると、その場に居る全員の目に映った。

 

 

 

 

「ふっざけんな!!」

 

 

 一人の男がそう言って村長に掴み掛り、数秒遅れて周りの人間たちも村長に掴み掛った。その数はドンドン増えていき、それに比例するように拳や蹴りが村長目掛けて振り下ろされる。しかし、村長は黙ったままで、それら全てを受け入れた。その姿が、まるで罪を受け入れるかの様に映り、ますます雨が激しくなる。

 

 

 しかし、その雨は一瞬にして止まった。

 

 

 

 

 

「集団暴行は罪に問われますよ」

 

 

 そう冷たく言い放った不知火が、村長に掴み掛る連中に向けて砲門を向けたからだ。

 

 

 その言葉に、掴み掛っていた連中は拳を止め、ボロ雑巾のようになった村長は力なく床に倒れた。掴み掛っていた連中が離れた後も砲門を向けていた不知火であったが、誰も襲わないと確信したのか砲門を下ろし、床に倒れる村長に近付いた。

 

 

「納税の拒否は国への反逆行為です。まして深海棲艦と戦闘が激化するこのご時勢、その罪は一層重くなります。何故、脱税を?」

 

 

「…………を、守る、ため……」

 

 

 不知火の問いに、村長は途切れ途切れでそう言った。その声はか細く、最初の方が聞き取れない。しかし、それを適当に解釈したらしき男がこう吐き捨てた。

 

 

 

 

「『自分』を守るため、かよ」

 

 

「『お前ら』を守るためだよォ!!」

 

 

 男の言葉に、今まで虫の息だった筈の村長からとんでもない怒号が飛び出した。今まで聞いたことないような、血と唾をまき散らしながら、獣のような咆哮だった。

 

 

 

「深海棲艦による襲撃と陸海の生産業への大打撃にそれら物流の停滞、それによる物価の高騰、更に度重なる増税と有限物資の奪い合い……私はこのご時勢の中で村長に就任した。そして、私は『村』を守るために走り回った。身を粉にして、精神をすり減らして、少しでも『村が潤う』ように、『お前らの生活が損なわれない』ように、ずっとずっと、動いてきた。村の経済を回しながら、減ることのないお前らの不平不満を解決しながら、寝る間も惜しんで動き続けたよ」

 

 

 苦痛に歪む顔の村長は、血を吐き出すように更に続けた。

 

 

「でも、私が動くだけでは駄目だった。何をするにしても『金』が必要だ。『金』が無ければどうすることも出来ない。だが、この状況では税金を納めるだけでも精一杯だった。『金』を捻出する余裕なんか、何処にもなかった。そこに増税に次ぐ増税だ。収入が変わらないのに、支出だけが増えていく。いつしか、税金すら賄えなくなった。このままでは村が終わってしまう。そう思った。だから『脱税』に手を出した。『村』を守るために、『お前ら』を守るために!!」

 

 

 そこで言葉を切った村長は、今まで伏せていた目を周りの人間に向ける。その目に、とてつもない憎しみと激しい怒りの炎が見えた。

 

 

「だが、お前らは何をした!! お前らを守ろうとした人を、私を助けてくれた(・・・・・・・・)人を『死』に追いやった!! それだけならまだしも、お前らは彼女(・・)に罵詈雑言を浴びせ掛けた!! こうなったのは全てお前のせいだと!! 全部全部、お前のせいだと言った!! どうしようもない状況だと分かっていた筈だ!! たった一人(・・・・・)で何が出来る、そう分かっていた筈だ!! なのに誰一人として、『感謝』しなかった!! どうしようもない状況なのに、その全責任を押し付けられ、最期はお前らを守るために死にに行った(・・・・・・)彼女を、誰一人として『感謝』しなかった!! そんなお前らを、恩を仇で返す様な連中を今まで必死に守ってきた私は何だ? 何で守ってきた? こんな連中を、何で守ってきたんだ? お前らのために身も心もボロボロにして、最期はゴミみたいに捨てられるために守ってきたのか? 可笑しいとは思わないかァ!? どうだ!? 何か言ってみろよォ!?」

 

 

 そこまで叫び、村長は再び口を閉ざした。目を大きく見開き、ずっと周りの人間たちを見つめている。しかし、その目には大粒の涙が溢れていた。無理矢理作られた笑みは震え、固く結ばれた口からは小さな泣き声が聞こえる。

 

 

 

 

「すみません」

 

 

 そんな彼に、不知火は頭を下げた。その姿に、村長を含め、周りの人間の視線が彼女に集まる。その視線を気にすることなく、彼女は続けた。

 

 

 

 

「深海棲艦を押し返せていないこの現状、貴方たちをその脅威から守れていないこの現状、不知火たちが戦うために様々な重荷を背負わせてしまっているこの現状。これら全て、不知火たち『艦娘』の落ち度、ひいては『大本営』の責任です。その点に関しては、本当に申し訳なく思っています。しかし、貴方がやったことは紛れもない『罪』です。誰のものでもない、『貴方の責任』です。非常に酷かもしれませんが、それだけ(・・・・)はどうか背負ってください」

 

 

 不知火の言葉に、小さかった村長の泣き声が大きくなった。同時に、身体の震えも、溢れる涙の粒も大きく、そして多くなった。

 

 

 

「これで分かっただろ……?」

 

 

 

 そんな中、一人の男が声を上げた。不知火は村長から視線を外し、鋭い視線をその男に向ける。その視線に怖気づきながらも、男は引きつった笑みを浮かべてこう続けた。

 

 

 

「俺たちに『罪』は無い。有るのは村長だけ……あんた、そう言った(・・・・・)だろ? だ、だから、俺たちを安全な場所に――――」

 

 

「不知火たちは『罪人』を連行し、その後に各地の施設に送還するよう言われただけ。弁論は審議の場でお願いします……と、そう言った(・・・・・)筈ですよ?」

 

 

「だから俺たちは『罪人』じゃない!! 知らないうちに巻き込まれただけの被害者だ!!」

 

 

「ですから、弁論(それ)は審議の場で言ってください。しかし、不知火は貴方たちを『罪人』だと断言(・・)します。その罪状は、今しがた貴方が言った『知らない』こと、今しがた貴方が行っている『それを理由に都合の悪いことから逃れようとする』こと。即ち、『無知』の罪です」

 

 

 そこで言葉を切った不知火は、改めてその男に向き直った。そして、その幼い見た目からは想像も出来ない眼光を、まるで喉元に刃物を当てられたような感覚を相手に与えるであろう鋭い眼光を。それを男に、その向こうに居る人間全員に向けた。

 

 

 

 

 

 

 

恥と思え(・・・・)、『人間』」

 

 

 不知火はそう言い切った。その言葉に、誰一人として反論する者も、逆上する者もいない。誰もがその眼光に呑まれたのか、はたまた彼女の言葉に思い当たることがあるのか、俺には分からなかった。

 

 

 いや、分かろうとしなかった。何故なら、それよりももっともっと『重要なこと』があったからだ。

 

 

「では、行きましょう」

 

 

 不知火がそう言うと、それを合図に外へと続く扉から黒い軍服を身に纏った男たち――――憲兵が入ってきた。彼らは慣れた様にここに居た村人たちを連行する準備をし始める。そんな中、一人の憲兵が俺に近付き、手に手錠を掛け、立ち上がらせた。

 

 

 

「すみません、不知火さんとお話させてもらって良いですか?」

 

 

 その時、俺はそう憲兵に申し出た。その言葉に憲兵は俺に目を向けて暫し睨み付けた後、俺から離れて不知火の元に走っていった。恐らく、俺の言葉を彼女に伝えているのだろう。

 

 

 何故、急にそんなことを言ったのか。その理由は、母さんが何のために(・・・・・)死んだのか、ハッキリさせたかったからだ。

 

 

 村長が言った。『私を助けてくれた人』と、『彼女』と。それは恐らく、いや確実に母さんのことだ。つまり、母さんは村長の助けになるために、『村』を守るために艦娘に志願したのだ。だから、母さんが志願していった後、不自然なぐらい村長が声をかけてきた。村長にとって『唯一の理解者』だったんだ。そりゃ、息子の俺を気にかけるのも分かる。

 

 そうなると、母さんは『村』のために艦娘に志願し、そして死んでいったことになる。だけど、『村』は深海棲艦に蹂躙され、見る影も無くなってしまった。母さんが守ろうとした『村』は跡形も無く消えてしまった。母さんが『村』のために死んだとすれば、その『死』はどうなる? 『守るべきもの』が消えてしまったら、その『死』はどうなる? その『死』は無かったことに、無駄(・・)にならないか?

 

 

 もう一つ、村長の言った。母さんは『お前ら』のために死んでいった、と。『お前ら』とはあの港に居た人間全員、引いて言えばこの村に住む人間だ。しかも、全員『犯罪者』だ。村長が一人で勝手に行った税金の横領で、知らない内に加担させられたと言えども『犯罪者』だ。そんな『犯罪者』のために、母さんは死んでいったと言える。

 

 そして、『艦娘』は人間を守るのが役目だ。村長が言う様に守ろうとした母さんを貶し、憎悪を向け、理不尽な理由を叩きつけようと、『人』を守るのが役目だ。例えそれが『犯罪者』だろうが、そいつらが母さんを『死』に追いやったクソ野郎であろうが、『人』である以上、艦娘(母さん)は守らなければならない。

 

 

 それなら良い。艦娘が『人』を守るのであれば、母さんの『死』は無駄にはならない。それなら、納得が出来た。その『理由』なら、胸の内にある本音(・・)を押さえつけることが出来た。

 

 

「何でしょうか?」

 

 

 いつの間にか、不知火が目の前に居た。先ほどの鋭い眼光よりも柔らかい。しかし、手はいつでも前に突き出せるように構えている。俺が掴みかかるとでも思っているのか。まぁ、警戒するのは分かる。

 

 

 

 だから、俺は不知火に出来るだけ威圧感を与えない様、柔らかい口調で問いかけた。

 

 

 

 

 

 

「艦娘が守るべき存在って、何ですか?」

 

 

 その問いに、不知火は一瞬呆けた顔になる。しかし、すぐに凛とした表情になる。そして、ハッキリ(・・・・)とこう言った。

 

 

 

 

 

「『国民』です」

 

 

 不知火の答えに、俺は驚かなかった。予想外の答えではあったが、驚かなかった。一番欲しかった答えではなかったが、驚かなかった。

 

 

 ただ、俺の『望み』に適した答えだったからだ。

 

 

 

 不知火は言った。艦娘は『国民』を守るのが役目であると。では、『国民』とは誰を指す。その定義は色々あるが、その最低条件として必ず挙げられるのは『三大義務』を果たしているかどうかだ。暴論だってのは分かってる。でも、そうしないと俺が納得できないのだ。

 

 『国民の三大義務』とは『勤労』、『教育』、そして『納税』だ。それを果たしているのであれば、『国民』であると言えよう。だが俺たち、村の人間はどうだろうか? 『納税』の義務を果たしていない。村長が勝手に横領したのだが、こうして逮捕状があり、その罪は『脱税』である。『国民』の義務である、『国民』である条件である『納税』を放棄しているのだ。

 

 

 そんな奴らを、俺たち(・・・)を、『国民』と言えるだろうか? 俺たちを守る義務が、艦娘にあるのか? 『国民』の義務を放棄した、『国民』の条件を満たしていない――――――『国民』でない俺達を守る義務が、艦娘にあるのか?

 

 『無い』、『無い』のだ。艦娘が、母さんが奴らを、俺たち(・・・)を守る義務なんてないのだ。なのに奴らは、俺たち(・・・)は在りもしない権利を、『艦娘に守ってもらえる』権利を振りかざし、母さんを『死』に追いやった。守る必要もない存在を守るために、いや、在りもしない責任を押し付けられ、理不尽を押し付けられ、何の意味も無く死んでしまった。

 

 

 それを何と言うか―――――――『無駄死』だ。

 

 

 母さんは守る必要のない存在を守って死んだのだ、『無駄死』したんだ。守る必要もない俺たちを、『国民』ではない俺たちを守って死んだんだ。『感謝』もされず、死ぬことが当たり前(・・・・)だと吐き捨てられたのだ。それを『無駄死』と言わずに何て言うんだ? 守る必要もない奴を守って、それで死んだその『死』を、『無駄死』と言わずに何だと言うんだよ?

 

 

 それが『艦娘』か? 在りもしない権利を押し付けられて、『感謝』もされず、あまつさえその死を蔑まれる。それが『艦娘』なのか? それが『艦娘』と言う存在となのか? どうしようもない状況でもその全ての責任を押し付けられ、反論することが許されず、ただ『国民』の要求に応えるのが、そのために『死ぬ』のが『艦娘の役目』なのか?

 

 そんなの、『道具』じゃなねぇか。『使い捨ての道具』じゃねぇか。元々は俺たちと同じ『人間』なんだぞ? たまたま妖精と意思疎通が出来るってだけの、ただそれだけの違いしかないんだぞ? それだけで、『艦娘』の価値(・・)が決まるのかよ? 『艦娘が人間よりも格下』だって、そうなるのかよ? ふざけんなよ。

 

 そんな……そんなクソみたいな理由で母さんは死んだのかよ。勝手に格付けされて、勝手に『義務』を、『責任』を押し付けられて、そのせいで死んだのかよ。その死すらも『当たり前』だと一蹴されるのかよ。それが『義務』だって言われるのかよ。

 

 

 だったら、それだけの『義務』を背負う艦娘は、どんな『権利』を持つんだ? 『義務』を背負うなら、それ相応の『権利』もある筈だろ? それは何だ? 何があるんだ? ……無いだろ(・・・・)? 何も思いつかないだろう?

 

 

 あぁそうだ、無い(・・)んだよ。艦娘に『権利』なんか無いんだよ。頭悪い俺が思い付かないだけかもしれないが、艦娘が行使できる『権利』を、俺が知る限り無いんだよ。あれだけの『義務』を背負うのに、行使できる『権利』が無いんだよ。

 

 

 何故か分かるか? 艦娘が『人間』じゃないからだ。『人間』ではない、『艦娘』と言う存在――――そう言う名前の道具(・・)だからだ。誰もがそれを『当たり前』だと思っている、誰も変えようとしない、だから何も変わらない。

 

 

 

 

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

 

 黙り込んでいる俺を心配そうに覗き込む不知火。その言葉に我に返り、すぐさま思っていたことを続けた。

 

 

 

「俺が今から『提督』になることって、出来ますか?」

 

 

「それは……難しいと思います」

 

 

 俺の言葉に、不知火は渋い顔を浮かべる。そうだろうな、今から連行される奴がいきなり『提督』になるなんて言い出せば、誰だってそんな顔をするだろう。

 

 

 

「俺の母さん、この村から志願した艦娘なんです。その息子(・・)なので妖精が見えます。これって、『提督』に向きませんか?」

 

 

 俺の言葉に、不知火は表情を強張らせた。そして、彼女は俺から顔を背け、耳に手を当てて話し始める。通信をしているのだろうか。その姿に、俺はただ黙って見つめた。先ほどから込み上げる『思い』を押さえつけながら。

 

 

 このまま『提督』になれば、艦娘を指揮下に納めれる。そして、それは同時に艦娘たちの身柄を、その存在を守ることが出来る。誰もが『当たり前』だと断じたことを、『道具』と同等に扱われる艦娘を、提督と言う立場から守ることが出来るのだ。『道具』だと蔑まれた艦娘の価値を、俺たちと同じ『人間』であると、そう変えることが出来るのだ。

 

 

 あの時のように、たった一人の艦娘(・・・・・・・・)を守れなかった、『艦娘の息子』であった俺が、『提督』として大勢の艦娘を守ることが出来るのだ。艦娘に対する世間の『当たり前』を、ぶち壊すことが出来るのだ。

 

 

 『提督』になれば、もう母さんみたいな存在を―――――『人間』の身勝手に、理不尽に、思い込みに振り回され、『死』を強要させる艦娘を少しでも守ることが出来ると、そう思ったから。

 

 

 

 それこそが、『艦娘』と『人』を繋ぐ、本当に(・・・)唯一の方法だと、そう思ったからだ。そんな思いを、俺は押さえつけていた。

 

 

 

 そんな俺の耳に、彼女の提督に通信がつながったらしき不知火の声が聞こえる。

 

 

 

 

「突然のご連絡、失礼します。実は『司令官』になりたいと言う男性が居まして……はい、母親が艦娘であると言っていますので素質はあるかと。は、その艦娘の名前ですか? えっと……確か……」

 

 

 そこで言葉を切った不知火は暫し考え込むも、答えが導き出せたのかすぐに耳に手を当て、こう続けた。

 

 

 

 

 

「はい、その艦娘は『鳳翔型航空母艦1番艦、鳳翔』です」


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