新米提督苦労譚~艦娘たちに嫌われながらも元気に提督してます~   作:ぬえぬえ

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唯一無二の『こと』

「ふぅ……」

 

 

 無意識の内に、そんな息が漏れた。同時に酸素を求めるように呼吸が荒くなり、腕には軽い痺れを、指にはチクリとした、目には後ろへと引っ張られるような小さな痛みを感じる。それに思わずこめかみに手を当てて軽く揉むと、幾分か和らいだ。

 

 その瞬間、私の身体に不思議なことが起こった。

 

 窓から差し込む柔らかい日差しの明るさ、心地よく頬を撫でる風の涼しさ、淡々と一定の間隔で聞こえる鉛筆を走らせる音、それと入れ替わるように消しゴムと画用紙が擦れる音、水と絵具を含んだ筆が画用紙の上を滑る音、様々な色で染め上げられたパレットを置く、または手に取る音、筆をおいた指でこめかみを揉む心地よさ、頬についた絵具を拭う布の感触、自らの脚元、そして少し離れた場所から聞こえる掛る重さの向きによって軽く軋む椅子の音。

 

 意識の隅に追いやられていたそれら全ての感覚が、まるで時間を早送りしているかの様にものすごいスピードで私の身体に現れたのだ。その中に呼吸(・・)の感覚が無かったのは、酸素を求めている身体を見れば、そして私の目の前にある一人の少女が座っている書きかけの絵で、その理由が分かった。

 

 

 呼吸を忘れるほど、絵を描くことに集中していたのだ。

 

 

 

「だ、大丈夫っぽい?」

 

 

 ふと、視界の外側から声が聞こえ、目を向けると描いてきた少女そのままの、椅子に腰かけて背筋を伸ばす夕立ちゃんの姿が見えた。その顔には心配そうなであったが、その端々から疲労感が見える。被写体は長時間同じポーズを維持しなければならないし、尚且つじっとすることが苦手な彼女のことだから余計疲れたのだろう。

 

 しかし何だろうか。心配そうと、言うか、何処か引いているようにも見えるのは。そしてその答えは、質問を投げかけようと顔から離した手が視界に映った瞬間に理解した。

 

 

「うわぁ……」

 

 

 思わず漏れた呻き声。それを漏らした私の目は自分の手に、鉛筆やクレヨン、そして絵具によって様々な色が混じり合った何とも形容し難い色に染め上げられた手に注がれている。それも、ちょうどこめかみを揉んだ親指と人差し指、中指の先が明らかに色落ちした痕が残っているのだ。

 

 

「その、止めようと思ったっぽい。でも邪魔するのも悪いかな、って思ったっぽい……」

 

 

 何処か申し訳なさそうな夕立ちゃんの声が聞こえ、顔を向けると彼女は苦笑いを浮かべながら頬を掻いている。そんな彼女に大丈夫だ、と言いながら傍に置いておいたハンカチで拭おうと思うも、それもまた何とも形容し難い色になっているわけで。

 

 仕方がないのでそのハンカチで手を拭いつつ、それがお気に入りのモノではなかったことに安堵しつつ、今度は汚れても居ないモノを用意しようと密かに決意した。そんな私を尻目に、夕立ちゃんは腰掛けていた椅子から立ち上がって大きく伸びをして、一息ついてから走り寄ってきた。

 

 

「凄いっぽい……」

 

 

 そして、今しがた筆を走らせていたスケッチブックを見て、夕立ちゃんはそう声を漏らした。いつもの彼女なら大声を上げ、感情を身体で表現しそうだが、今この時はそれすらも忘れ、書き換えの絵に釘付けになっている。その様子につられ、私も己が描いたそれに目を向けた。

 

 

 そこまでのモノだろうか。確かに沢山の色を何度も何度も塗り重ねて出来上がった代物だが、それは『失敗』を繰り返しただけだ。その過程には数え切れないぐらい配色を、塗る箇所を、挙句の果てには水分量を間違え、その度に修正に修正を加えてのコレだ。時間とモデルの労力に見合うモノかどうかは、正直自信が無い。

 

 多分、絵心がある人はもっと早く、もっとスマートに目的の色を出せるだろう。それを考えると、私はまだまだひよっこもいいところだ。それについ最近絵具を使い始めたのも拍車をかけている。

 

 

「そういうのを、『味』って言うっぽい」

 

「そ、そうなのかな……」

 

 

 そう答えたら、何処か刺々しい言葉と共に少しだけ鋭さのある視線を向けられてしまった。夕立ちゃんが苦々しく思うことなんてあっただろうか。しかし、それを聞こうにも彼女は再び絵に視線を移し、端々から舐めまわす様に目を走らせている。時折、「ここはこうっぽい?」とか「なるほど」とか、何処か関心するような声が聞こえるので、まさか彼女も絵を描いているのかな、なんて淡い期待が込み上げてくる。

 

 

「もしかして、夕立ちゃんも絵を描くの?」

 

「え!? や!? そそ、そんなことないっぽい!!」

 

 

 同じ趣味を持つのか、興味半分、期待半分の気持ちでそう問いかけたら何故か慌てたように否定されてしまう。当然の変わりよう、そして淡い期待を真っ向から否定されたことによって放心状態になる私を尻目に、夕立ちゃんは視線をあちこちに向けながら大きく身振り手振りをし始めた。

 

 

「ただ純粋に上手だなって思っただけっぽい!! た、確かに夕立もこれぐらい描けたらいいなとか、これぐらい上手なら褒められるかなぁとか、確かに思ったっぽい。でも、夕立はその前に練習すべきモノが、一緒にやろうって渡してくれたモノがあって……先ずはそっちを頑張りたいって夕立が思ってる(・・・・)。だから……今は我慢っぽい」

 

「その練習すべきモノって、日記帳?」

 

 

 そう説明していく夕立ちゃんは先ほどの慌てようが嘘のように落ち着いており、そしてその瞳には何処か熱い感情のようなモノが浮かんでいる。そんな彼女にそう返したら、その感情が瞳だけでなく顔全体に、太陽みたいに顔を赤くさせたのだ。

 

 

 最近の彼女は変わったと思う。雰囲気や表情が明るくなり、自らの感情を言葉だけでなく全身を使って表現するようになった。前までは自分の感情を出すことを良しとせず、大人しい印象を与えていた頃とは段違いだ。

 

 そして、何事にも積極的になった。こうして絵のモデルをしているのも、彼女自身がやりたいと言ったからだし、私からの注文にもしっかり答えてくれて、更に様々な提案もしてくれる。その内容は多岐に渡るも、それだけアイデアを考え付くこと、そしてそれを臆することなく言ってのけることが凄いと思った。

 

 

 ただ、一つだけ欠点を上げるとすればその溢れ出る感情を隠すのが下手な所だろうか。だから見えてしまう。彼女がそうなったきっかけが、彼女が見つめる先に居る人物が。見たくなくても(・・・・・・・)、見えてしまうのだ。

 

 

 

「潮ちゃん」

 

 

 ふと、名前を呼ばれ、顔を上げると真剣な表情を浮かべた夕立ちゃんが正面に立っていた。やはり、その横にその人物の顔が見えてしまう。思わず私はその顔を睨み付けたが、すぐに笑顔に変えた。

 

 

「なに?」

 

「……ううん、何でもない……じゃあ、夕立はそろそろ行くっぽい」

 

 

 それだけ言って、夕立ちゃんは私の傍を離れた。彼女が言葉を飲み込んだのも、そして離れていくその顔が何処か悲しそうなのも、その横に浮かんでいたとある顔が消えてしまったのも、私のせいだ。多分、彼女は私に睨まれたと思ったのかもしれない。本当は違うのだけど、それを言っても仕方がないだろう。

 

 

「ありがとう」

 

 

 だから、せめて今この時だけは笑顔で、そしてお礼と共に見送ることにした。その言葉に、扉の陰へと消えていく夕立ちゃんの顔に少しだけ笑顔が戻った。だが、それもバタン、という音と共に消えてしまう。

 

 その後、私は無意識の内にため息を漏らし、今しがた筆を走らせていた絵を見ていた。

 

 

 北上さんとの話から、一週間ほど。私は医務室近くの一室を借りて、彼女の言いつけ通り人物画を描き始めた。でも、私がこの間に書き上げた絵のはほんの数枚。今までなら一日で一枚を書き上げていた為、明らかにペースが落ちてしまっている。その理由は二つある。

 

 

 1つは、今私が使っている水彩絵の具。これは、少しでも長く居られるように、とのことで北上さんから新しく渡されたものだ。被写体と長く居ることが好ましい状況、そして少しだけ鉛筆やクレヨンなどの単調な色合いに飽きていた私にとって、まさに渡りに船だ。だから早速取り入れてみた。

 

 しかし、表現の幅が広がることは、それだけ難易度が上がる。なかなか思い通りの色が出せずに修正に修正を重ねることとなり、そのおかげで私が一枚に要する時間が倍近くなってしまった。当初の目的通りなので問題は無いのだが、それだけ自分の技術が無いのだと少しだけ悲しくなったのは内緒の話だ。ともかく、慣れない水彩絵の具を使い始めたことで時間がかかる様になってしまった。

 

 

 もう1つは、この部屋を訪れた艦娘たち。と言うのも、やってきたその多くは何故解体申請をしたのか、解体なんてやめろ、このまま鎮守府(ここ)に残れ、と、説得に来た人たちばかりだったからだ。その幅は広く、昔から親しくしている駆逐艦の子や軽巡洋艦の人から接点の少ない重巡洋艦や戦艦、空母の方々までと、本当に沢山の人たちが来てくれた。

 

 勿論、私自身解体される気はない、そういう設定(・・・・・・)だから、なんて言えるはずも無く、『私が決めたことだから』と言う理由で今日まで何とか押し通すことが出来た。中には納得できない、ちゃんとした理由を教えてとせがまれたこともあったが、その時はただ黙って曖昧な笑顔を浮かべて切り抜ける時もあった。

 

 正直、此処まで沢山の人が来てくれるとは思わなかったし、そう言う人たちを騙すのは心苦しかったけど、どうか今回だけは許して欲しい。

 

 

 これも全て、曙ちゃんの為なのだ。

 

 

 そう思った時、いきなりドアをノックされた。普通なら何の前触れも無くドアをノックされたら驚くだろう。でも、私は驚かなかった。何故なら、それはこの一週間でずっと繰り返されていること――――北上さんがやってくることだからだ。

 

 

 北上さんが今回の計画を話した際、私にこう言った。「あんたの心の準備が出来るまで」、と。

 

 これは私が人物画を描く最後の一人として曙ちゃんを呼ぶ際、そのタイミングを私に委ねてくれたことを示している。なので、この一週間。決まった時間に彼女がやって来て、そのタイミングが今日かどうかを尋ねてくれるのだ。それが大体今の時間ぐらい、もしくは被写体としてやってきた艦娘が帰って少ししてから。なので、私にとっては日課の一つとなっている。

 

 

 それを踏まえて、私は今日の答えを考える。

 

 

 先ほど夕立ちゃんが座っていた椅子に曙ちゃんが座り、その反対側に私がスケッチブックを手に座っている。

 

 曙ちゃんはポーズをとりながら、私は絵を描きながら互いに言葉を交わしている。

 

 初めは互いによそよそしい感じであったが、やがて私が頭を下げる。

 

 それに、彼女も頭を下げてくれる。

 

 その後、互いに顔を見合わせて苦笑いを浮かべ―――――。

 

 

 

 

 

 

 

「無理だ」

 

 

 そこまで考えたところで、私はそう結論付けた(・・・・・)。そう溢した私の身体は、いつの間にか両手で肩を掴み、背中を丸め、目の前で交差する腕に顔を埋め、震えている。

 

 

 また今日も、この『答え』が出てしまった。

 

 

 なんで、なんで震えてしまうの。何処に震える理由があるの。曙ちゃんと顔を会わせる機会なのに、喜ばしいことなのに。なんで震えてしまうの。

 

 なんで、なんで『無理』なの。私は曙ちゃんの傍に居たい、彼女を守りたいはずなのに。なんで『無理』なの。

 

 なんで、なんで今日も同じところで止まるの。互いに顔を見合わせて、苦笑いを浮かべるところで。なんで止まってしまうの。

 

 なんで、なんで見えない(・・・・)の。なんで浮かんでくる全ての曙ちゃんの顔が黒く塗りつぶされているの。背を向けている時は無いのに、彼女の顔が見えた瞬間、瞬く間に黒く塗りつぶされちゃうの。

 

 

 また今日も、自分を責めてしまった。この答えを出したことを、最後まで考えることなく結論付けてしまったことを、その理由が今日も見つけられなかったことを。

 

 

 

 また(・・)、ドアをノックされた。先ほどよりも、少しだけ強い。それに、私はいつものように(・・・・・・)身を震わせた。そして、いつものように(・・・・・・・)周りにあった道具を出来うる限り片付ける。その後、ドアに目を向けて声をかけた。

 

 

「ど、どうぞ」

 

 

 いつものように(・・・・・・・)、か細く震えた声だった。それに対し、ドアはすぐに開かれない。いつも(・・・)なら、すぐに開かれるはずなのに。しかし、そう思った瞬間にドアノブが回る。いつものように(・・・・・・・)、北上さんが入ってくるのだ。

 

 

 

入るわよ(・・・・)

 

 

 だけど、その直後に聞こえた声は、北上さん(いつものよう)ではなかった。

 

 

 

 ドアが開かれる。その隙間から、脚が見えた。でも、それは革靴に深緑の靴下ではなく、革靴に黒の靴下だ。

 

 次に見えたのは腕。でも、北上さんよりも細く、且つその腕が伸びる袖口は深緑ではなく青に白のラインが入った、私と同じ(・・)モノだった

 

 最後に見えたのは髪と髪留め。北上さんの黒髪ではない薄紫、髪留めには大きな鈴とそれよりも大きな花――――ミヤコワスレが装飾されていた。

 

 

 そこで、私の視線は入ってきた人物から自分の足元に移っていた。

 

 

 視界の外で、ドアが閉まる音が聞こえる。それに、私は身を震わせた。勿論、いつも(・・・)ならこんなことは無い。入ってきた人物に苦笑いを向けて、今日も同じ答えに至ったことを伝えるはずだった。いつもなら、そうするはずだった。

 

 

 視界の外からカツカツと言う軽い音が、入ってきた人物が歩く音が、段々と近づいてくる。それに、私は少しだけ後退りした。その人物から離れるように、突然襲ってきた寒気に導かれるように、ほんの少しだけ後退りしてしまった。

 

 しかし、その足音は途中で止み、次に椅子を動かす音、そして何かモノが乗せられた様に軋む音が聞こえた。その人が椅子に腰かけたのだと、数秒経った後に理解した。その瞬間、寒気が消えた。だけど、顔は頑なに上げれなかった。

 

 

 その後、その部屋は沈黙が支配した。それは1分も、下手すれば10秒も無かったかもしれない。でも、私にとってはとてつもなく長かった。1時間とか2時間とか、そんなレベルではない。終わりの見えない、いや、その沈黙がずっと続けばいい(・・・・・・・・)、そう願っていたのかもしれない。

 

 

 

「潮」

 

 

 しかし、その願いも次に聞こえたその声によって断ち切られた。止まれと願った秒針が無慈悲に動き出し、同時に尋常ではない速さの鼓動が鼓膜を叩き始め、それに呼応するように様々な異変が起きた。

 

 悪寒を感じた、息苦しさを感じた、胸の奥に鋭い痛みを感じた。手足の感覚も遠退いていく、力も入らなくなる。異常、異常だ、異常である、と脳が警鐘を鳴らす。今にも倒れてしまう、そう身体が悲鳴を上げているような気がした。

 

 

 でも、私はそれら全てを飲み込んだ。全てを飲み込み、悲鳴を上げる身体に鞭打ち、強張っている表情筋を動かし、『平静』を装うための仮面(・・)を被った。

 

 

 

 

「何? 曙ちゃん」

 

 

 顔を上げ、笑顔を浮かべて、そう問いかけた。なるべく自然に見えるよう、頬や口角を引きつらせ、逆に目尻を下げ、目を潰さんばかりに固く瞑り、声に震えも抑揚も無い、極めて普通(・・)の声色で問いかけた。

 

 

 今の自分が出来るだけの笑顔(仮面)を被ったのだ。

 

 

 固く瞑られた目では、何も見えない。聴覚のみに神経が集中している筈の私の鼓膜は、相も変わらず鼓動が聞こえる。それが段々と大きくなっていき、やがて鼓動以外の音が全てシャットアウトされた。

 

 なのに、私は目を開かない。目以外での情報源が絶たれてなお、頑なに目を開かない。いや、開けない(・・・・)のだ。だけど、その理由が分からない、そしてそのことに対して自分を叱り飛ばしたいと言う感情すら湧かない(・・・・・・)理由も分からない。

 

 

「絵、描いてくれるんでしょ?」

 

 

 ふと、そう聞こえてきた。鼓動の音で支配されていた耳にハッキリと、クリアに、そう聞こえた。その言葉に、ほんの一瞬、ほんの一瞬だけ仮面が外れかけた。だけど、すぐに元に戻した。いや、戻れたと言った方が正しい。

 

 

 だって、外れた仮面の隙間から座っている曙ちゃんの姿が見えたからだ。座っている彼女の顔が、またもや真っ黒に塗りつぶされたからだ。

 

 

 

「うん」

 

 

 その言葉に、私はそう返した。今度の声も、震えていない。自然だ、自然に振る舞えている。大丈夫、大丈夫だ。

 

 

 何が大丈夫なのだろうか(・・・・・・・・・・・)

 

 

 それすら分からない。身体と意識がずれている、意識で判断するよりも先に身体が動いてしまう、意識が感じない何かを身体が感じている、意識と身体が別の生き物になっている。なのに、何故そうなってしまったのか、この状況が悪いのか、早急に対処すべきか、どう対処すべきか、分からないのだ。

 

 

 だけど『大丈夫』――――その一言で、私は片を付けてしまった。あれだけ振り回された意識()は。

 

 

 

 そんな私は改めて椅子に座り直し、夕立ちゃんの絵から白紙のページに変える。そして、すぐに鉛筆を手に描き始めた。いつもなら、先ず初めに構図を決め、それを被写体に伝えてポーズをとってもらう。だけど、今この時は、被写体に何も告げずに描き始めた。既に構図通りのポーズをとっていたわけでも、忘れていたわけでもじゃない。

 

 

 ただ、被写体を一切(・・)見なかった。

 

 

 目の前一杯に広がる白紙を、それが段々と少なくなっていく様を、ずっと見続けた。白紙(それ)が時間の経過を示す一つの目安だったのかもしれない、白紙(それ)がこの時間自体を表していたのかもしれない、白紙(それ)が無くなることがこの時間の終わりを表しているのだと思ったのかもしれない。

 

 

 この時間を、あの日からずっと待ち望んだ曙ちゃんとの再会(この時間)を、早く終わらせたかったのかもしれない。

 

 

 被写体を一切見ないのも、白紙ばかり見るのも、それが少なくなっていくスピードがいつもより速いのも、この時間を早く終わらせたかったのかもしれない。

 

 『無理だ』と結論付けてしまうのも、震えてしまうのも、彼女と笑い合うところで止まってしまうのも、その顔が真っ黒に塗りつぶされているのも、この時間を避けたかったのかもしれない。

 

 

 そうしたい、そうしたいからこそ意識は『大丈夫』だと、片を付けてしまったのかもしれない。

 

 

 でも、何故そうしたいのか。何故この時間を避けたかったのか、何故やってきてしまったこの時間を早く終わらせたかったのか。

 

 そう疑問に思った瞬間、あれだけ忙しなく動いていた手が止まった。この時間を終わらせようと、少しでも早く秒針を進ませていた手が止まってしまったのだ。

 

 

 だけど、その答えはすぐに分かった。同時に、何故自分がそうしたいのかも、分かってしまった。

 

 

 それは目の前にある絵、早く終わらせたい一心で鉛筆を走らせた私によって書かれた曙ちゃんの絵だ。だけど、その絵に描かれた人物が誰なのか、私以外の人はすぐに分からないだろう。

 

 何故なら、そこに描かれている人物の顔がポッカリと穴が開いたように白紙のままだから。ちゃんと身体も、髪も、輪郭さえも描かれているのに顔だけ、そこに居る彼女の顔だけが無いのだからだ。

 

 もっと言えば、彼女は座っていない(・・・・・・)。今スケッチブックを挟んだ向こう側にいる彼女は椅子に座っているのに、私が描いたスケッチブック内の彼女は立っているのだ。それも、力が入っていないであろう脚で辛うじて立ち、傷だらけの腕で片方の腕を支え、支えられた腕は真っ直ぐ前を、私に向けて伸ばしている。

 

 

 その腕には今の彼女が向けることの出来ない、具現化(・・・)することの出来ない砲門があった。

 

 

 それは見覚えのある、決して忘れることが無いであろう姿。支離滅裂な理由を振りかざし、通らぬと分かるや否や大声と共に引き金に指を掛けた私に向けられた、あらん限りの憎悪(・・)と敵意に顔を歪ませた姿だ。

 

 その時の表情を、私は最近見た。北上さんと話した時、その顔に重なっていた曙ちゃんが、この表情をしていた。そして、この一週間幾度となく繰り返した『答え』を考えている時。真っ黒に塗りつぶされていた彼女が、まさにそれだ。

 

 

 そう、私は怖いのだ。その表情が、それを浮かべる曙ちゃんが。

 

 

 私は曙ちゃんの傍に、いやその背に隠れていた。そこから散々に提督を揶揄した。その背に隠れて、自分の過去を免罪符に、ありったけの罵詈雑言を浴びせ掛けたのだ。つまり彼女を利用したのだ、その姿はまさに卑怯者だっただろう。

 

 そんな卑怯者の前に、彼女が立ちはだかった。いや、そんな大層なことじゃない。ただ、彼女が振り返って、前にも出ずにいつまでも自分を利用(・・)している卑怯者と向き合っただけだ。目と鼻の先で、惜しみなく敵意を剥き出して、ありったけの憎悪と共に叩きのめしたのだ。言葉と共に、砲撃と言う分かりやすい形で卑怯者を、私を叩きのめしたのだ。

 

 

 今までずっとその姿を、その後ろ姿だけ(・・・・・)を見続けた私が、初めて真正面から叩きのめされたのだ。初めて前から見た表情が、それだったのだ。

 

 

 散々に叩きのめされた私は、それが怖くなった。いつ何時、またそれを向けられ、同じように叩きのめされるか、怖くなった。だから、逃げた。その表情から、それを浮かべた彼女から、あらん限りの手を尽くして、逃げようとしたのだ。

 

 

 

 『本当は()から逃げているだけでしょ?』

 

 

 

 ふと、北上さんの言葉が蘇る。そうだ、まさにそうだ。その表情から、私は逃げた。それが自分自身が引き起こした、誰がどう見ても自業自得の事なのに、性懲りも無く、悪びれもせず、逃げていたのだ。卑怯者の名の如く、逃げ続けていたのだ。

 

 この時間を避けたかったのも、やってきたそれを早く終わらせたかったのも全てそう。ただ、彼女から逃げたいから、彼女の真正面に立つことが嫌だったから、その表情を向けられるのがたまらなく怖かったからだ。

 

 

 結局、曙ちゃんの為なんかじゃなくて私の為だ。彼女にまた真正面から叩きのめされるのが、面と向かって私のやってきた事全てを否定される(・・・・・・・・・・・・・・・・)のが、たまらなく怖いからだ。

 

 

 

「潮」

 

 

 また、曙ちゃんの声が聞こえる。それに我に返った瞬間、スケッチブックの陰に青いスカートが見えた。いつの間にか彼女は腰掛けていた椅子を離れ、私の目の前に立っていた。

 

 

 

「何で見てくれないの(・・・・・・・)?」

 

 

 その言葉に、全身の血の気が引いた。今度は曙ちゃんの真似をした北上さんでは無い、本人だ。その口から私が最も恐れている、いろんな意味で恐れている言葉が飛び出した。

 

 私はその言葉に応えることも、顔を上げることも出来ない。先ほどの仮面を付けることすら、出来なくなっていた。あれほど鼓膜を叩いていた鼓動すらも、止まってしまったかのように聞こえない。ただ、目の前に立っている曙ちゃんが先ほど溢した言葉だけがしつこく鼓膜に、脳に、全身に響き渡っているのだ。

 

 響き渡る言葉は、その形をどんどん変えていく。初めは『何で』から始まる疑問、やがて『でしょ?』で結ばれた非難、最後は『してくれるの?』で投げかけられる問いかけ。それら全て、今しがた彼女の口から零れた言葉ではなく、私の記憶の中にある北上さんが溢した言葉だ。

 

 だけど、もしかしたらそれらが飛び出すかもしれない。それらが飛び出し、襲撃事件の同じように私を叩きのめすかもしれない。その後に砲撃のような物理的な衝撃が飛んでくるかもしれない。私の全てを、また否定されるかもしれない。

 

 

 だけど、その恐怖に何故か私は逃げなかった。

 

 

 怖い、嫌だ、逃げたい。そう思っている筈なのに、何故か身体は動かなかった。その理由は分からない。今となってはもう逃げることも出来ず、ただ次に叩きのめされるであろう言葉を待つことしか出来なかった。

 

 

 

 

 だけど、彼女はその全てを裏切った。

 

 

 

 

 

「ごめんね」

 

 

 

 ポツリ、と聞こえた言葉。それは、何処か言い聞かせるような声色だった。そして、それと同時に頭に何かが触れ、ゆっくりと髪がかき分けられる感触。畳みかけられるそれに、私の頭は真っ白になった。

 

 

 

「ごめんね、いきなり押しかけちゃって。怖かった?」

 

 

 また、聞こえた言葉。今度は申し訳なさそうな、少しだけ低い声色だ。でも、その意味はまさに私の胸中を射ていた。怖い、私は彼女が怖い、彼女が今まさに向けているであろうあの表情が、たまらなく怖い。

 

 だけど、今感じているこれ、頭にある感覚、私の頭を撫でている(・・・・・・・・・)その感覚。真っ先に思い浮かんだ私自身を都合よく解釈し過ぎだと馬鹿にした上で、考えられる限りの可能性を駆使し、どれだけ最悪の予想を盾に立てた結果であるそれを、私は信じれなかった。

 

 

 自分の中で最も可能性が高く、現実味を帯びて、もっともな根拠がある答えだと導き出したそれを、自分で信じれないのだ。今度は身体だけでなく、思考とすらも切り離されたのだろうか。

 

 

 

「いや、怖いわよね。自分を傷付けた張本人が目の前にいるんだから」

 

 

 声が聞こえ、私の頭を撫でていた手が止まった。後に聞こえるのは、二つの呼吸だけ。それ以外の音が聞こえない、いや真っ白になった頭では感じていないだけで本当は沢山の音が溢れているのかもしれない。

 

 その音を、私の耳は全て閉めだした。先ほどみたいに取りこぼさないよう、曙ちゃんの言葉をちゃんと受け止めようと、細心の注意を払っての結果、もしくはそれ以外の一切を放棄した、と言ったところだ。

 

 

 

「だから、先ずそのことから。傷付けちゃってごめんなさい(・・・・・・)、あの時は私も頭が真っ白になっちゃってて、本当にごめんなさい」

 

 

 だから、次に続いた彼女の言葉がハッキリと聞こえた。今度は聞こえ、それがどんな言葉であるか、その言葉の意味を、ちゃんと受け止め、理解した。

 

 

「次に、お見舞いが遅くなってごめんなさい。傷付けた私が先ず最初に来なきゃいけないのに、今の今まで出来なくて……こんなきっかけ(・・・・・・・)で来ることになって、本当にごめんなさい。」

 

 

 次に続いた言葉。それも同じように受け止め、理解した。彼女の溢した『こんなきっかけ』とは、私が解体されることだ。そう捉え、そしてその返答も用意した。

 

 『私の方こそ、こんな形で、()を使って顔を会わせることになっちゃって、本当にごめんなさい』と。そう用意し、そう謝ろうとした。

 

 

 しかし、それは次に聞こえた言葉によって返答は、それを含めた全ての機能を失った。

 

 

 

 

「そして、潮の全部(・・・・)を否定しちゃってごめんなさい」

 

 

 その言葉。それによって機能を失い、制御の枷から逃れた身体が曙ちゃんの顔を見ようと頭を上げるも、それは彼女が再び撫で始めたことによって失敗に終わった。

 

 

「あんたが過去の押し付けで噛み付いたように、私も過去の押し付けであんたに噛み付き、そして否定した。それもあの時だけでなく、朝にあったこと、そして艦艇時代(以前)のことも、『駆逐艦 潮』の全てを否定してしまった。此処で一緒に過ごしてきた仲間として、姉妹艦として、何より『駆逐艦 曙』として、本当に……本当にごめんなさい」

 

 

 そこで言葉を切った曙ちゃんの手に、私を撫でている手に力が籠る。そして、下を向いている私の視界に、薄紫の髪が上下するのが見えた。それが示すのは何だろうか、それを考える余裕も無かった。

 

 

「怖がらせちゃって、ごめんなさい」

 

 

 次に聞こえた言葉。それはまさに今私が抱えている感情そのものだった。だから、思わず身体が震えた。だから、曙ちゃんが息を呑み、「やっぱり」と小さく溢すのが聞こえた。

 

 

「あいつと初めて顔を会わせたのが、あの朝だもん。あいつが怖いと、前の奴と同じだと、早くどうにかしないと、そう思っちゃうのも当然のことね。そして、そう思わざるを得なくなった片棒を担ぎ、そのくせあいつを庇い、あんたの全てを否定して、大怪我を負わせた私が怖くなるのも当然よね。だから……怖がらせちゃって、本当にごめんなさい」

 

 

 その言葉と同時に、私の頭から手が離れる。また違う言葉が来ると思ったが、何故か曙ちゃんは此処で沈黙した。その沈黙を未だに頭が真っ白な私が破れるはずも無く、ただただ無言の時間が流れた。

 

 

 それを破ったのは、やはり曙ちゃんだった。

 

 

 

最期(・・)に顔が見たかったけど、満足したわ」

 

 

 何処か自嘲染みた彼女の声が聞こえる。彼女が漏らした『最期』とは、私が解体されてしまうこと。これは嘘、嘘なのだ、私は解体されない。これは曙ちゃんのリハビリのため、彼女のためなのだ。

 

 

 なのに、私は何をしている(・・・・・・)?

 

 

 その言葉に、私の中でドクン、と音がした。それは心臓の鼓動、今まで嫌と言うほど鼓膜に絡みついてきた、なのについ先程消え去った筈の鼓動が聞こえたのだ。いや、その鼓動ではない。小さく小刻みに聞こえる喧しい音ではなく、たった一つ。たった一回で身体の末端にまでくまなく血液を送り届けるほど大きく、そして重い鼓動の音だ。

 

 

 そして、その一回で、私に備え付けられている全ての機能が息を吹き返した。

 

 

 なんで何も応えない、なんで動かない、なんで頭を下げている、なんで彼女を見ない、なんで目を固く瞑っている、なんで平静を装っている、なんで仮面付けている、なんで彼女の顔が黒く塗りつぶされて、いや塗りつぶしている、なんで彼女と笑い合うところで止まる、なんで『無理』だと決め付ける、なんで震えている、なんで同じ答えを出し続けている。

 

 その理由は怖いからだ。今この時、目の前にいる曙ちゃんからあの表情を、見たくないと言う理由で黒く塗りつぶしているあの表情を向けられ、あの時と同じように叩きのめされるのが嫌だからだ、逃げたいからだ。

 

 

 だけど、それがどうした(・・・・・・・)。そんなことが、一体どうしたと言うのだ。

 

 

 私は今、怖いくせ(・・・・)に彼女の前に立っている、嫌なくせ(・・・・)に彼女と言葉を交わしている、逃げたいくせ(・・・・・・)に此処に留まり続けている。

 

 本当に怖いならこんなことに協力しない、本当に嫌なら一言も言葉を交わさない、本当に逃げたいなら設定じゃなくて、早々と解体を希望する筈だ。でもそれを選択しなかった、いや選択肢にも上げなかった。

 

 

 その理由は何か、なんて問いは、まさに愚問だ。

 

 

 何せ、曙ちゃんが入ってくる前に思い浮かべて、北上さんにこの話を持ち掛けられた時にも口に出して、あの襲撃の時だって、前日の朝だって、私は行動していたじゃないか。

 

 

 

 『曙ちゃんを守りたい』『曙ちゃんの傍に居たい』―――――と、私自身が一番分かっているじゃないか。

 

 

 

 

「じゃあ……さよなら(・・・・)

 

 

 その言葉が聞こえ、同時に床を踏みしめる音が。それを聞いて、私は顔を上げた。それは身体ではない、私の意志でだ。

 

 

 上げた先に見えたのは、こちらに背を向けて出て行こうとする曙ちゃんの姿。それを見た瞬間、また一つ大きな鼓動が聞こえた。その直後、今まで固まっていた全身の神経が蘇り、私の思うままになる。そして同時に、頭にとある考えが浮かぶ。それは思考ではない、私の意志でだ。

 

 

 一歩、踏み出した。そのことに、目の前の彼女は気付かないのか、その歩調は変わらない。もう一歩踏み出した。それにも気づかない、いやそんなことを気にしてられないほど私は更に一歩を、彼女との距離を詰めていく。

 

 

 

「ま、待って」

 

 

 彼女との間合いが詰め切っところでそう声をかけ、彼女の手を取った。声が震えているのは、まだ怖いからだ。もう片方の手で彼女の肩を掴み、曙ちゃんの背中にぴったりと身を寄せ、彼女の顔を見ないようにしたのも、怖いからだ。

 

 

 だけど一番怖いのは、今ここで行かないともう二度と(・・・・・)彼女の傍に立つことが出来なくなってしまうことだ。

 

 

 

「わ、私の方こそごめんなさい……本当に!! ごめんなさいっ!!」

 

 

 

 声の震えを少しでも止める為、お腹の底から声を上げた。それが予想以上に大声となるも、曙ちゃんは特に反応することは無かった。まるで、こうくるであろうと分かっているかのように。

 

 

 

「実はね、私も曙ちゃんを避けてたんだ。貴女の言う通り、怖かったから。怖かったから顔を会わせなかった、怖かったからずっと逃げていた。怖かったから、『子供みたいな我が儘』を一杯言っちゃった。出撃したくないって、リハビリ期間を伸ばしたいって、解体してほしい(・・・・・・・)って、言っちゃったんだ」

 

 

 『解体してほしい』―――これは設定、彼女が砲門を具現化できるようになるために用意された私の設定だ。あくまで、この設定は曙ちゃんのリハビリを少しでも促進させるためのモノ。同時に、北上さんは『もし彼女が突然やって来ても、設定は崩さない様にして』と言った。その理由も曙ちゃんのため、彼女のリハビリを少しでも促進させるためだ。

 

 

 つまり、この設定は曙ちゃんのため(・・・・・・・)、私にしか出来ない、唯一無二のことなのだ。

 

 

 もしそれを今ここで嘘と言ってしまったら、どうなるだろうか。そして曙ちゃんは私を非難するであろうか、あの時のように正面から叩きのめすだろうか。いや、そんなことはどうでも良いのだ。

 

 私にとって重要なのは北上さんと提督が考えてくれた、私にしか出来ない唯一無二のそれを『子供の我が儘』で放棄することが、たまらなく怖い(・・)からだ。

 

 

「でも、今日曙ちゃんと話をして、ようやく分かった。私は貴女の傍に居たいって。怖いのは確かだけどそれでも貴女の傍に居たいって、それが本当にしたいことだって、分かったんだ。そして今、『怖い』が『怖かった』に変わった。今は『ただ貴方の傍に居たい』、そう心の底から想い、願って、こうして口に出せるようになったよ」

 

 

 そして、設定を崩さない範囲で本当のことを言った。それは『嘘をつくのが嫌だ』、という至極個人的な想いからだ。本当、こんなところにまで『我が儘』を言ってしまう自分が嫌になる。だけど、どうしても今この時に伝えておきたかった。いや、『我が儘』だからこそ、伝えなきゃいけないと思った。

 

 

「だから、もう一回ちゃんと考えてみる。ちゃんと自分と、本心と向き合ってみる。多分、まだ時間はかかると思う。いつ何時、何かの拍子でまた考えが変わるかもしれない。自分を見失うかもしれない。だから、もしそうなったら、またこうして話を―――――」

 

 

 そこで言葉を切り、同時に曙ちゃんの身体から離れた。すると、今までずっと見えていた彼女の背中が見えなくなり、同時に今までずっと見えなかった彼女の正面が、彼女の顔が現れる。それはつまり、私が彼女の真正面に立ったと言うことだ。

 

 

 現れたその顔は真っ黒に塗り潰されておらず、あの時の表情もなく、ただただ驚いているような表情が浮かんでいた。心の片隅で叩きのめされると覚悟をしていた手前、そんな表情を向けられたら思わず笑いが込み上げてくる。

 

 それを出し惜しみせず、全ての表情筋を動員し、仮面ではない『本当の笑顔』を浮かべ、目の前の彼女にそれを向けた。

 

 

 

 

「『私の我が儘』、聞いてくれるかな?」

 

 

 そう言った。何故なら『私の我が儘を言うこと(それ)』こそが、私だけで考えた、もう一つの『唯一無二のこと』だと、そう思ったからだ。

 

 

 

 

 

 

「ちょっと待って」

 

 

 だけど、その返答はあまりにも素っ気なかった。思わず笑顔を崩して、曙ちゃんを見る。目の前の彼女は先ほどの驚いているような表情ではなく、顎に手を当てて何か考え事をしている。その姿に、そして思わぬ返答に反応出来ない私に、考え事を切り上げた彼女は訝し気な表情を向け、こう言い放った。

 

 

 

 

「何であんたが解体されるの?」


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