新米提督苦労譚~艦娘たちに嫌われながらも元気に提督してます~ 作:ぬえぬえ
「申し訳ないですが、貴方にお出し出来るモノはありません」
言葉自体はへりくだっているが、頭を一切下げずにブスッとした顔のままそう言ってのける割烹着姿の女性。割烹着の胸の辺りに『間宮』と刺繍が施されているのを見るに、彼女の名前だろうか。
そんな一向に態度を変えない間宮を前に、俺は頭を掻きながら溜め息をこぼすしかなかった。
ドックにある荷物を回収しがてら風呂に入ると同時に洗濯もすませて適当に干した後、いい加減何か食わせろとうるさい腹の虫を落ち着かせるために食堂に足を運んだ。
ちなみに地図を見た限り提督用の風呂場がなかったので、仕方がなくドックで入浴を済ませておいた。
もちろん、艦娘がいないことを確認して、なおかつ間違って誰も入ってこないよう貼り紙をするなどの対策をしておいた。そのため、今朝みたいな事はなく終わったのはどうでもいい話か。
しかし、まさかの食堂で門前払いを喰らうとは思わなかった。
「あ……食材とかもないのか?」
「はい、貴方のような方が食べられるものは何1つ取り揃えていません」
食材さえあれば何か作ろうと思ったのだが、それすらも無いとは。艦娘たちは一体何を食べてんだよ。
「あの子達は燃料や弾薬等が食事と同じですから、食事を用意せずとも何も問題ないです」
そう聞いたら、ものすごい剣幕で間宮に睨み返された。言葉の節々に若干怒気が感じられる。地雷でも踏んだか。
「そんなにご飯が食べたければ街にでも繰り出したらどうですか? 少なくとも、ここよりも美味しいものが食べられますよ」
怒気が籠った声でそう言い放ち、間宮は奥へと引っ込んでいった。それに声をかけようとしたが、忘れるなよとでも言いたげに腹の虫が唸り声をあげる。
……こんな状態じゃ説得するのも難しいな。今は腹を満たすことを考えよう。
そう思って食堂の扉へと歩き出す。
「……どうせ、鎮守府のお金でしょうね」
出ていく寸前に奥から間宮の小さな声が聞こえたが、騒ぎ出す腹の虫に気がとられて反応することが出来なかった。
◇◇◇
と、言うわけで飯を食うために街に繰り出した。
昨日訪れたときにも思ったが、この街は海に面しているにも関わらず割と活気に溢れている方だな。
深海棲艦が出現したことにより海はおろか陸にも侵攻を許したために、海に近かった街などが襲われて甚大な被害を被ったと聞く。なので、艦娘の登場した今でも海辺から内陸の方に居住を変える人々が後をたたないのだ。
その現象に大本営は頭を抱えるどころか守る対象が減るので好都合だ、と言う見解で人々の引っ越しを奨励、それにより住民流失に拍車をかけたのだ。
しかし、そんな中でも生まれ育った土地を捨てきれずに留まることを選択した人々も居た。
だが、その生活振りはお世辞にもいいとは言えず、戦闘地帯と言うことで生活の糧を手に入れるのは難しいために殆どは留まることを良しとしない軍が支給する限りある物資に頼らざるを得えない。また、深海棲艦に襲われる恐怖が常に付きまとっているなど、心身ともに休まれない場所であった。
これらから見るに、海辺の街は寂れたモノとイメージしていた。
しかし、この街はそこまで物資に困っている様子はなく、深海棲艦の驚異も感じられない。そして驚くのが、そこに住む人々の殆どがうちの鎮守府に所属する艦娘たちに友好的な態度だったことだ。
鎮守府でのあの対応から見るに、地域の人々とは険悪な関係だと思っていたので少し拍子抜けだったが、貴重な鎮守府の情報なので敢えて身分を偽って情報を収集に徹した。
話を聞く限り、一番上げられる理由としては鎮守府の近くに住むことによってそこに配属している艦娘に守ってもらえると言うことだった。
確かに、戦場でもここは鎮守府という本陣に近い場所。本陣を守るために戦う艦娘達に、間接的にも守ってもらえるのだとか。
戦場であるという欠点を逆手にとった発想だ。まさに、灯台もと暗しって訳だ。
あとは、頼りになる、格好いい、強い、可愛い、結婚してほしい等と言う意見がちらほら上がっていた。最後のやつ、後に絶対後悔するからな。
そして次に驚いたのは、提督の方が蔑まれていたことだ。
というのも、とある民家で話していた際、艦娘が疎まれていないのを良いことに思わず自らの身分を明かしてしまったことが失敗だった。
明かした瞬間、今まで温厚な対応をしていたのが嘘のように変わってしまい、それを弁明する暇もなく追い出されてしまったのだ。
幸いその時に周りに人が居なかったので俺が提督だと言うことがバレずに済んだが、いずれ広まることになるだろうな。今後は街に来ない方がいいかも。
と、そんなことを経験したので今度は身分を明かさずに過去の提督が何をしでかしたのかを聞いてみたら、尽きることがないの? と言うほどその悪行がさらけ出された。
恫喝、搾取、権力をかさにきた横暴な態度、等々の中で特に多かったのが、酒癖の悪さだ。
毎日のように街に現れては、提督と言う身分を良いことに好き勝手に酒を飲んでは店内で暴れる、他の客との喧嘩、店内の破壊を繰り返し、止めようと近付くものには軍学校で習った武術を駆使してボコボコにしていたらしい。
悪いときには、止めに入った人の骨を折るなどの重傷を負わせたりもしたようだ。
この横暴な行為に人々は反感を募らせたが、暴れるのを諌める度に『鎮守府ごと内地に引き上げる』『艦娘を率いて街を襲う』等と脅されたために強く言い出せなかったとか。
また、泥酔の提督を迎えに来た艦娘が謝罪をして回っていたそうだが、彼女の姿が気に入らなかったのか、人々の目の前で提督による艦娘の暴行が行われることも少なくなかったようで。
しかも、その際暴行を加えられる艦娘は決まって小学生ぐらいの少女だったとか。
提督が脅す際の道具に艦娘を用いているせいで、人々は艦娘と言う存在を脅威として恐れていただろう。しかし、そんな横暴な提督のふるまいの尻拭いに奔走する艦娘の姿を見たら、友好的になってもおかしくはないか。
「……っと、悪いな兄ちゃん。こんな話に付き合わせちまってよ」
「いえ、貴重な話が聞けて良かったです。ありがとうございました」
過去の提督の話をしてくれたオッサンに頭を下げ、早々とその場を後にする。語る口調も、怒気を孕んだものが多かったな。もし俺が提督だって知ったら、どんな顔をするだろうか。
とまぁ、そんな感じで話を聞きながら飯を済ませたが、やはり活気があるとは言っても戦場だと言うことで物価が異様に高い。鎮守府の外で食事を続けたら俺の財布が空っぽになっちまうし、何より人々の対応を予想すると余計行きたくないな。
ならば、何とか食い扶持を捜さなければいけない。
間宮の食堂には一応コンロや冷蔵庫があったはずだ。艦娘の食事は燃料や弾丸だって言ってたから調理せずにそのまま出しているだろう。なら、器具はないモノと見ていいな。食材は論外だ。
取り敢えず、調理器具と食器、そして買える分だけの食材を買っておこう。食材に関しては軍に要請して提供させればいい。どうせ大量に備蓄してるし、問題はないだろう。
そうと決まれば早速大本営に要請しなければ。そんな事を思いながら購入したモノを引っ提げて鎮守府へと戻った。
◇◇◇
「その前に、まずは執務室の掃除からか」
モップを担いで水の入ったバケツを持った俺は、執務室の前で溜め息をこぼした。
早速大本営に書類を飛ばそうと意気込んだのだが、それが置いてある執務室が荒廃状態なのを思い出したので、買ってきたものを食堂の厨房に放り込んで急遽、執務室の掃除に切り替えたのだ。
とは言っても、何ヵ月――いや、1年近く放置された無駄に広い場所の掃除だ。物置小屋を掃除するものと同レベルと見ていい。それを一人でやるのだから、骨が折れると言うものだ。
「まぁ、四の五の言ってる場合じゃねぇな」
ここを掃除しないと、大本営に送る書類を見つけることも提督として任務にあたることも出来ない。どんな理由をつけるにしろ、やらなければならないことなのだ。
そんな訳で、掃除開始だ。
「おい」
意気揚々と執務室に入っていこうとしたとき、横から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「何のようだ? 天龍」
俺は声の方を振り向かずにそう吐き捨てる。俺の言葉に天龍は「んだと」と俺に詰め寄ろうとするも、後ろに控えていた龍田によって引き留められる。
「金剛から、てめぇの手伝いをしろって命令を受けた」
「はぁ?」
天龍の口から出た言葉に思わず耳を疑った。お前が俺の手伝いをする? しかも金剛がそう命令したって?
「昨日のことがアイツにバレたんだよ。それで、そのお詫びとしててめぇの手伝いをしてこいって言われたんだよ」
「はぁ……」
昨日のことってのは、恐らく天龍達が俺の荷物をメチャクチャにしたことか。あの後、響って駆逐艦が金剛に報告したんだろう。しかし、上の命令とは言えお詫びに来るような玉じゃないだろお前。
「まぁ、今朝の事件のことを考えると、悪いことしちまったしな……」
そう言いながらも何処か不服そうにそう説明する天龍と、その後ろでつまらなさそうに外へ目を向けている龍田。てか、それって俺よりも曙の方が大きくない? まぁ予想はしてたけども。
まぁ、いいや。この執務室の掃除を手伝ってくれるのはありがたい。しかし、何分今までのことがあるのでマジで信じられない自分がいるのも事実だ。
「今から執務室を掃除するんだが、邪魔しにきたんじゃないよな?」
「手伝いに来たって言ってんだろが!!」
「事故に見せかけて俺を消すとか、そんな命令じゃないよな?」
「だから手伝えって命令されたんだよ!!」
「そんなこと言って、俺が背中を見せた瞬間砲撃とかしないよな?」
「そんなことしなくても正面から砲撃してやるよ!!」
おい、最後否定するのはそこじゃねぇよ。と、言ってやりたかったが、それは天龍の後ろで鋏を構えている龍田によって黙らされた。
「それに、
執務室を眺めながらそう呟く天龍。その顔には、一言では表しきれない表情が浮かんでいた。
様々な感情が混ざりあったそれを敢えて一言で言うなら、『哀愁』だと思う。
「何ボケッとしてるんですぅ? さっさと終わらせましょ~」
天龍の表情をボケッと見ていた俺に、背後から龍田が声をかける。何故か、背中に鋏を当ててだが。
「何でもない。じゃあ、やるぞ」
俺はそれだけ言うと、軍服の袖を捲ってモップを掴んだ。