新米提督苦労譚~艦娘たちに嫌われながらも元気に提督してます~   作:ぬえぬえ

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穴だらけの『作戦』

『吹雪、金剛の両名は消息不明』

 

『哨戒部隊は榛名を臨時旗艦とし、まもなく帰投する』

 

『すぐ執務室に戻ってくるように』

 

 

「くそッ」

 

 

 鎮守府内を走りながら、俺は熱を帯びた空気と共にそう吐き出す。視界はドンドン後ろへと飛んでいき、時折雫となった汗が飛び散る。そんな中でも俺の耳には大淀の声が、目を背けてしまいたい現実を吹き込んでくるのだ。

 

 否、一番突き付けてくるのは頭――――その中で次々と移り変わってゆく金剛の姿だ。

 

 

 最初は初めて出会った時、未だに砲煙を燻らせる砲門を向け、口角だけを上げた最低限の笑顔で俺を歓迎した彼女。

 

 曙の入渠中に入った俺に淡々とした言葉と共に蹴りを入れる彼女。

 

 榛名に伽を強要したと勘違いした俺が詰め寄った時、初めて見せた涙を流しながら固く目を瞑る彼女。

 

 俺が大本営に召集される前後、大量の書類と格闘する彼女の疲れ切った姿。

 

 試食会を敢行し、そこに乱入した彼女が見せた、怒り、困惑、混乱、そして恐怖。

 

 倒れてから目を覚まし、俺に解体を懇願した笑顔、その後の憤怒に混乱、そして悲壮。

 

 

 最後は今朝見たばかりの、笑みだけ(・・)を浮かべる彼女。

 

 

 それらが走馬灯のように現れては消えるを繰り返す。ただそれだけ、ただそれだけなのに、それはとてつもない重さとなって俺に降りかかる。懺悔、後悔、憤怒、傲慢、それら全てを携えた『今』と言う時間が押し寄せてくるのだ。

 

 『止めていれば』、なんて言葉はもう数えきれないくらい吐いた。しかし、そんな言い訳(・・・)をいくら吐いたところで事態は好転しない。時は非道なのだ。いくら言い訳を並べたところで時間は容赦なく進み、淡々と悪化へ、最悪の結末に進んでいく。

 

 最悪の結末、それは水平線上にポツリと浮かぶ豆粒が―――――

 

 

 

「違う」

 

 

 うっすらと現れた金剛ではない(・・・・)風景を押し退け、俺は考えた。いや、無理矢理思考の海に身を投じたのだ

 

 何が出来る、何が出来る、今の俺に何が出来る。それだけを頼りにもがき続ける。他を考えない様に、『過去』を思い出さないように、目の前でせせら笑う『今』と向き合うために。それに必要な、大事な、大切なものは何かを模索する。

 

 大淀の連絡を受けてから、北上には入渠と帰投した艦娘に行う治療の準備をお願いした。次に大淀へ連絡を入れ、今うちにあるモーレイ海域を含め北方海域全体に関する資料を出来うる限り集めておくように頼んだ。

 

 あとは何だ、何をすればいい。捜索隊を出そう、だけど確固たる情報が無い以上闇雲に出すのは不味い。だけど情報を手に入れるにはある程度の出撃が必要、いやそれは大淀が用意してくれた資料から絞ろう。しかし、資料だけでは駄目だ。今の情報、せめて近しい情報が欲しい。

 

 次は、次は、と脳みそが焼き切れんばかりに思考を回す。時間は待ってはくれない。進めば進むほど二人の帰還は絶望的になる。それが及ぼす影響がどれほどのモノか、恐らく回している俺以外分からないだろう。そんな俺の足は、いつの間にか執務室とは違うところに向いていた。

 

 

「無事か!!」

 

 

 俺が居たのは執務室よりもずっとずっと大きく、小奇麗にまとめられた内装とは程遠いありとあらゆる金物が無造作に転がり、大淀が淹れるコーヒーの香りは金属とオイル、そして鼻を突き刺す強い潮の香りに、照明は執務室のものよりも暗いくせに大きく開かれた向こう側から目一杯の陽光と青々と広がる海によって明るく開放感を生む―――――艦娘たちが出撃と帰投を繰り返す場所、所謂母港だ。

 

 

 

「ぇぃ……ぉ、ぅ」

 

 

 俺の言葉に弱弱しい声を上げたのは、旗艦の吹雪が消息不明になってから臨時旗艦を務めた榛名だった。その声に俺はすぐさまその方を向き、彼女に近付く。近づき、少しだけ後ろに下がりかけたその肩を握りしめ、何故か背けている顔に詰め寄った。

 

 

「榛名!! 一体何があった!!」

 

 

 その肩を強く揺すりながら、俺は大声で彼女に問いかけた。しかし、彼女は顔を背けたまま何も言わない。いや、声は聞こえる。だが、小さすぎて何を言っているのか分からない。

 

 今は時間が惜しい、それだけ。だからこそ、執務室に向かわず此処に来た。今、金剛たちがどうしているか分からない。しかし、消息不明になるまで横に居たのは彼女たちだ。つまり、彼女たちは今に近しい情報を持っている。それを求めて、俺はここに来た。

 

 しかし、その情報を持っている筈の榛名は何故か口を割らない。ただ顔を背け、小さな声でしゃべるだけ。その姿が、最大の敵である時間を更に加速させるだけのものにしか見えなかった。

 

 

「お―――」

 

「おい!!!!」

 

 

 何も言わない榛名に更に詰め寄ろうとした時、真横から怒号が飛ぶ。思わず身を竦ませ、怒号が飛んできた方を見ると、刃物のような目つきを向け、わざとらしく軍靴を鳴らし近づいてくる林道が居た。

 

 

「何をしている!! 離れろ!!」

 

 

 気炎を吐き出すかのような激しい怒号と共に近付いてきた林道は榛名から俺を引き離し、距離を取らせるためか俺の首元を掴んで無理矢理引っ張っていく。その姿が、更に時の流れを加速させるモノ―――――手の届かない所へ連れていく奴らに見えた。

 

 

 

「落ち着け、楓」

 

 

 だが、次に聞こえたのは奴らの声ではない。先ほどの怒号から一転した、囁くような静かな林道の声。それは俺の耳にスルリと流れ込み、まるで冷水を被ったかのように瞬く間に頭を冷やした。頭が冷え、思考が真っ白になった俺は林道の顔を見る。

 

 

「榛名を、よく見てみろ」

 

 

 俺の視線に気付いた林道は澄ました顔でそう呟き、視線を逸らした。その言葉に従い、その視線と同じ方を向く。そこには逸らしていた顔、そして所々火傷がある片腕をこちらに向け、何とか俺たちに近付こうとする榛名がいた。だが、相変わらずその片手は今もなお彼女の口を覆っている。

 

 そしてその覆っている手が、真っ赤(・・・)に染まっている。手を染め上げたそれは、未だにその指の隙間からこんこんと溢れていたのだ。

 

 

 

 そこでようやく俺は察した。榛名は喋らない(・・・・)のではない、喋れない(・・・・)のだ。

 

 

「行け」

 

 

 俺が大人しくなったのを見計らってか、林道は榛名に向けてそう言った。しかし、林道の言葉に榛名は動かない。彼女は臨時とは言え旗艦であり、報告義務がある。更に言えば俺が母港までやって来て情報を寄こせと言って来たことが尾を引いているのだろう。そのせいかどうすればいい、と言う視線を俺に向けてきた。

 

 

「ほ、報告は後でいい……北上が入渠の準備を済ませているはずだから、先ずは傷付いた艦娘たちの治療を―――――」

 

「いや、報告する義務があるその艦娘は最優先だ」

 

 

 俺の言葉に割り込みながら林道はそう進言、というか命令を下す。思わず目を向けると、「だろ?」と言いたげな視線で返された。

 

 

「そう、だな……うん。榛名は最優先に入渠、バケツを使ってくれ。そして入渠が終わり次第、執務室に来て報告を頼む。いい、かな?」

 

 

 俺の言葉に困惑していた榛名は一瞬視線を逸らすも大きく頷くとともに一礼、頑なに口を抑えながらも僚艦たちを率いて外に出て行った。気のせいか、一瞬逸らされたその視線の先が林道で合ったような気がした。

 

 

「……落ち着いたか?」

 

「……ごめん」

 

「気にするな。それより何があった?」

 

 

 謝る俺の背中を叩きながら、林道はそう尋ねてきた。今は時間が惜しいし、無視して走ってきた俺が言うのも何だが早く執務室に来いと大淀に呼ばれている。それにこの問題は林道にも知っておいても損は……いや、こういう時のために居るんじゃないか。

 

 

「歩きながらで説明する。ついてきてくれ」

 

 

 俺の言葉に林道は真剣な顔で頷き、それを受けて俺たちは執務室へと向かった。その傍らザックリではあるが事の詳細を林道に伝えると、林道は苦虫を噛み潰した顔を浮かべた。

 

 

「不味いな……」

 

「あぁ……無理矢理にでも止めておくべきだったよ」

 

「いや、それ逆効果だ。繋ぎ止めていたものが無くなった反動があの態度だとしたら、無理に止めるのは悪手でしかない。もし此処で暴れられたら彼女だけでなく他の艦娘まで被害が、最悪それを名目に鎮守府自体を潰されたかもしれない。少なくとも、現状の被害は最小限に抑えられている」

 

 

 俺の言葉を否定した林道が言う『最小限』とは、つまり金剛と吹雪の事だろう。そう頭の中で理解した瞬間、思わず掴み掛りそうになった。だけど、寸でのところで抑え込んだ。

 

 

「後は、その最小限の被害をどう失くすかだ」

 

「……分かってるじゃないか」

 

 

 俺の言葉に林道は何処か感心した様にそう言ってくれた。何も林道は金剛を切り捨てろとは言ってない。今の段階で被害となるのは金剛たちだけ、そしてそれをどうするかは今から(・・・)の行動にかかっている。

 

 

「まぁ、その初手が『榛名に詰め寄る』のは、よろしくないがな」

 

「……上げて落とすなよ」

 

 

 最後の最後に痛いところを突く辺り、抜け目ないと思う。だが、今はその抜け目のなさが何よりも心強い。そう心の中で林道を称賛する頃、俺たちは執務室に辿り着いていた。

 

 

「すまない、遅れた」

 

 

 遅れたことを謝罪しつつ、執務室に入る。中には俺を呼んだ大淀、そして彼女が呼んだのか龍驤、長門、加賀が待機していた。彼女たちは今までの哨戒任務で何度もモーレイ海に出撃している、恐らく紙面の報告から分からない生の情報が必要だと判断したのだろう。俺の言葉に4人は一切に俺に目を向け、そして次の瞬間その目は半分に分かれた。

 

 

「何で君がおんねん」

 

 

 その目に込められた感情―――――『不信感』を言葉にしたのは龍驤だ。そして、同じくその目をしたのは加賀である。彼女たちが抱く林道の印象は食堂での一件だけだから、それが先行しているのだろう。そして、龍驤はその言葉を体現するかの如く前に進み出たのだ。

 

 

「提督に呼ばれたからだ」

 

「……そう」

 

 

 冷静な林道の言葉に加賀は一言そう呟き、小さく頷きながら目を閉じた。納得した、と取っていいのだろうか。

 

 

「司令官、ホンマに?」

 

 

 だが、龍驤はその言葉に食い下がった。募らせていた不信感を更に全面に出してくる。何を考えている、と言いたげな表情だ。それを受けて、俺は大きく頷く。しかし、それは彼女の顔を更に歪ませるだけであった。

 

 

「司令官、もっかいよぉ考――――」

 

「そうか」

 

 

 更に食い下がろうとした龍驤の言葉を、もう半分である目―――――当然だ、と確信した強い光を宿す目をした長門が遮った。その目に該当する大淀も長門ほど強くはなく、当然と言うよりも予想通りと納得した目ではある。その言葉を体現した長門は龍驤を押しのけ、そして俺の横を素通りし、林道の前に立つ。

 

 

「よろしく頼むぞ」

 

「あぁ」

 

 

 そう言った長門は林道に手を差し出し、その言葉に短く応えた林道もその手を握る。その光景にその場にいる全員が雷に打たれたような顔を、いや約一名以外はほんの一瞬そうなるもすぐに元の顔に戻った。唯一、戻らなかったのは彼に詰め寄ろうとした龍驤だ。

 

 

「長――――」

 

「憲兵だろうが何の知識も無いど素人だろうが、提督が必要と言ったんだ。なら此処にいることに何ら問題はない。その決定を覆す権利を私たち艦娘にはない、何より時間が無い中で無意味な押し問答を続けるのは最も忌むべき手だ。違うか?」

 

 

 なおも食い下がる龍驤を、長門は冷たく言い放つ。正論で完全武装し、彼女の言い分から今の行動に至るもの全てを散々に叩きのめしたのだ。叩きのめされた龍驤の顔は強張り、次に出たのは今にも泣きそうな顔(・・・・・・・・・)であった。

 

 

「そんな顔をするな、龍驤。私だって、お前と同じで不安でいっぱいだ。だが今回は彼を必要と言った提督を信じてみよう。もしくは、彼を信じた私を信じてくれ」

 

 

 そんな龍驤に、長門は先ほどとは一転した明るい声をかける。言葉を掛けながら彼女に近付き、その頭をグリグリ撫でた。撫でられた際に押し込まれたサンバイザーが龍驤の目元を隠す。そのせいで彼女の表情が見えなくなったが、撫でられながらも小さく頷いたことで俺は一応の納得を得たと捉えた。

 

 

 

「改めて、集まってもらった理由を言おう。本日モーレイ海への哨戒任務に当たった艦隊が敵襲を受け、旗艦の吹雪、そして僚艦の金剛が消息不明になった」

 

 

 俺の言葉に全員が顔を引き締めた。そこに動揺がないのは、事前に大淀から聞いていたからだろう。本当に有難い。

 

 

「この緊急事態に対処するため、まずはモーレイ海を中心とした北方海域全体の情報を総ざらいしたい。本来なら早急に捜索隊を出すべきだが、闇雲に出すよりもある程度絞ってから出した方が良いと考えている。この方針に、何か意見はあるか?」

 

「その方針自体は良いけど、金剛たち以外の艦娘は帰投しているのよね? 先ずその子達に聞くべきではないかしら?」

 

 

 俺の言葉に加賀がそう問いかけてくる。彼女だけでなく、周りも同様だ。その視線を受け、俺は頷きながら彼女たちの視線を真っ直ぐ見据える。

 

 

「加賀の言う通り、現在2人以外の艦娘は帰投済みだ。ただ臨時旗艦である榛名の怪我が酷く、先に入渠してもらっている」

 

「緊急事態なんだから、別の艦娘に報告させても良かったんじゃない?」

 

「報告は旗艦の義務だ。そこを疎かにすると、成り立つものも成り立たん」

 

 

 更なる加賀の問いに答えたのは林道だ。少し語気を強め食い気味にそう答えた林道に加賀は視線を向けるも、すぐに外した。それを、納得と取った俺はわざとらしく咳払いをして注目を集めた。

 

 

「榛名が来るまで、皆にはこの資料で気付いたこと、またはここから読み取れない生の情報を教えて欲しい」

 

 

 その言葉に真っ先に手を上げたのは大淀だ。

 

 

「襲撃の報を受け取った時、彼女たちを襲ったのは敵艦載機だと聞きました。モーレイ海における敵航空戦力は資料の通りですが、実質的な脅威は如何ほどでしょう?」

 

「正直言うと、そこまで脅威じゃないわ。正規空母クラスもしくは軽空母クラス―――――所謂、空母ヲ級と軽空母ヌ級が一隻ずつ艦隊にいるかどうか。私や龍驤、隼鷹の内1人が居ればどちらも対処可能、2人以上なら無力化できる程度よ。そもそもヲ級は最奥部にしかいない上に哨戒で入り込む範囲で遭遇するのはヌ級だけ、こっちに戦艦が居れば十分対処できる。どちらかと言えば戦艦や重巡の方が数も質も高くより大きな脅威と考えてもいいわね」

 

 

 大淀の問いに、加賀がスラスラと答える。そこで聞いた深海棲艦の名称、今までも文面上で見たものである。が、当の俺が生で見たことは無い。あるのは本当に小さな豆粒ほどの大きさの深海棲艦、だけ……だ。

 

 

「提督、大丈夫ですか?」

 

「……大丈夫、大丈夫だ」

 

 

 いつの間にか加賀に向けていた視線を俺に向けた大淀が心配そうな顔で覗き込んでくる。その言葉、その顔に、俺は大丈夫と返した。俺がその言葉を返した時、彼女の顔がどのようであったのかは分からなかった。

 

 

「しかし、幾度となく交戦しただろう? 最前線の航空戦力が乏しいなら増援を派遣されてもおかしくない筈だ」

 

「その点に関して一つ見解がある。北方海域では度々補給艦が目撃されており、その多くは最奥部、特にモーレイ海は必ずと言って良いほど確認されているのは資料にある通りだ。このことから、この2つには補給拠点―――所謂資材集積地であること、もしくは定期的に資源を補給しなければならないほど不毛の土地であること、この二択だと考えられる。そして今までの報告の中で空母の増援は確認されていない。そう考えると、恐らくは後者ではないだろうか?」

 

「……なるほど、ボーキサイトが貴重であるのは互いに同じ。そのボーキサイトを食い潰す空母をわざわざ不毛の地で運用するよりも、比較的潤沢な燃料、弾薬で動く戦艦、重巡を中心とした駐留部隊を置く方が合理的だ。加賀の話とも噛み合う、その見解は正しいだろう」

 

 

 林道の疑問に長門が答える。彼女の見解が正しいとすれば、空母の増援がモーレイ海に進出する可能性は低い。こっちは何度も哨戒を繰り返しているのだ。増援を持って一度俺たちを追い返したとしても、俺たちは体勢を立て直して何度も襲来する、それは増援部隊の駐留を意味するのだ。不毛の地に大軍を留め於けば、自滅の道が待っているだけ。そう考えると、長門の見解は筋が通っている。

 

 

 だが、実際は艦載機の奇襲があった。つまり……

 

 

「裏を返せば、『今回、敵は一度でこっちを叩き潰せるほどの航空戦力を用意していた』とも取れるなぁ」

 

 

 俺の言葉を、龍驤が代弁する。先ほどの一件で目元が僅かに腫れていたように見えたが、指摘する余裕はなかった。

 

 

 長期戦が難しい状況であれば、次に挙げられるのは短期決戦だ。それは何処ぞの歴史を紐解いてもまず確実に見受けられるモノ。そしてそれがもたらす結果もまた二択、『生存』と『滅亡』である。

 

 前者は背景に潤沢な物資を抱え、そして勝利後の事にも目を向けている。後者はその逆。目前の勝利に焦点を当てそれだけに全力を雪ぎ、最後は天運に任せる。そんな用意周到な策にもとんでもない博打にもなりえる、最良にして最悪の一手だ。

 

 そして深海棲艦は海が持つ全ての資源を背景に、その保有する軍勢も計り知れない。どれほど不味い状況であったとして、奴らの立場は限りなく前者(・・)なのだ。

 

 

「でも、それ程の敵勢に襲われたとしたら…………」

 

「えぇ、榛名たちはまず還ってこなかった」

 

 

 大淀が言い淀んだことを加賀が代わりに口に出す。その瞬間、その場の空気が一気に重くなった。恐らく、その場にいた全員がその報告を―――――哨戒部隊全滅の報を想像したのだろう。

 

 

「彼女たちは還ってきてくれた、これは事実だ。その仮定は控えろ」

 

「すみません……」

 

「ごめんなさい」

 

 

 いつの間にか漏れていた俺の言葉に、二人は驚いた顔をしつつ謝罪してきた。彼女たちが驚いたのは、俺の声が思ったより低かったことと、何よりそんなことを指摘するようなたまじゃなかったからだろう。それに気付いた俺は、すぐに頭を下げた。

 

 

「すまん、言い過ぎた」

 

「いいえ、私も不用意な発言でした。しかし、これは襲撃部隊が小規模である何よりの証拠です。大艦隊ではなく小艦隊であれば追撃の規模も小さく、更に艦隊が二手に分かれたことも追撃部隊の半減を意味しています。決して楽観視は出来ませんが、彼女たちが生存している可能性も決して絶望的ではありません」

 

「大淀の言う通り、彼女たちはまだ(・・)無事でしょう」

 

 

 俺の言葉に、大淀は謝りつつも可能性を示してくれた。そこに便乗しつつ、時間的制限を添えたのは加賀である。それを受けて、俺は今一度周りを見回す。誰しもに目線を合わせ、返される視線と向き合う。そんな俺の視線に、誰しもが何も言わない。

 

 

 つまり、何も意見が無いと言うことだ。

 

 

「では、情報を纏めよう。モーレイ海及びキス島沖は定期的に補給艦を派遣する程に資源が乏しい場所であり、大規模な航空隊を据え置くのは不可能。だが、敵はその中で運用できる程に切り詰めた増援を送り込み、それが運悪く金剛たちを発見し奇襲。だが切りつめた増援であったが故に全滅するに至らず、こっちは運良く離散に落ち着いた。これで大丈夫か」

 

「今手元(・・)にある情報でだとそうなるわ。あとは……」

 

 

 加賀の言葉が途切れたのは、扉をノックする音が聞こえたからだ。その音に真っ先に反応した大淀は流れるように扉に向かい、素早く開く。

 

 

「お待ちしていました、榛名さん」

 

 

 そう言いながら大淀はノックした人物、榛名を中に招き入れる。その言葉に、榛名は俯いたまま黙って中に入ってきた。誰しもが待ち望んだ『近しい情報』を持った彼女がやってきたのだ。

 

 

「榛名、よく来てく―――」

 

 

 そんな彼女に向けた言葉は途中で途切れる。それは何故か、俺が声をかけた瞬間、榛名がぶつかってきたからだ。

 

 

 

「榛名のせいです!!!!」

 

 

 そう、自責の言葉を添えて。

 

 

「ごめんなさい、ごめんなさい!! 榛名のせいです、榛名が悪いんです、全部全部榛名のせいなんです!!!!」

 

 

 その身体を受け止めた俺の胸に顔を埋め、己の胸を引き千切らんばかりに握りしめた榛名は絶叫する。言葉の一つ一つにありったけの感情を――――自身に向けられたありったけの憤怒を込めた罵詈雑言を吐き出しながら、その握りしめる胸を引き千切り、握りつぶし、それで己の罪を清算しようとするかのように。

 

 その姿に、誰一人として声を上げるものはいなかった。誰もがその姿を唖然と見つめるだけ―――――いや、一人(・・)は違った。

 

 

「榛名がもっと早く見つけていれば!! 榛名がもっと早く動いていれば!! 榛名が金剛お姉さまの前に立っていれば!! 榛名が庇っていれば!! 榛名が標的にされていれば!! 榛名が……榛名がぁ!!!!」

 

「いい加減にしろ」

 

 

 その一人である林道はそう吐き捨て、俺に縋り付く榛名を無理やり引き剥がした。それに飽き足らず、引き剥がした彼女の襟元を掴んで己の顔に引き寄せたのだ。その行動に誰もが目を見張り、その蛮行を止めようと駆け寄ろうとした。

 

 

 

本音(・・)を吐かせるために、お前の入渠を最優先にしたわけじゃない」

 

 

 だが、それは林道が榛名に面と向かって言い放ったその一言で止まる。周りだけじゃなく、面と向かって言われた榛名自身も真っ赤に腫らした目を大きく見開いた。

 

 

「お前は旗艦、臨時とは言え旗艦だ。旗艦の責務は艦隊全員を無事帰投させることと、次に繋げられる(・・・・・・・)報告を示すことだ。この際前者はどうしようもない、そこは仕方がない。だが後者は? 今お前が置かれている役割は? 先ずはそれをやり遂げろ。その後に好きなだけ吐けばいい、好きなだけ喚き散らせばいい。だがそれぐらい出来なければ、お前の本音(それ)は何時まで経っても見られないだろう」

 

 

 林道の言葉―――端的に言えば『報告を早く上げろ』だ。だが、奴の言葉にはそれ以外に、いやそれ以上に強く、深く、真剣に、榛名に伝えようとしている何かがあった。それを察することは出来なかったが、林道を見る榛名の目がその言葉によって別の意志(・・・・)が宿っていくのが分かった。

 

 

「今此処にいる全員がお前を求めている、誰もがお前を『必要』としている。例えそれがお前自身じゃなくても、此処はお前がずっと待ち焦がれた舞台だ。少しはらしく(・・・)振る舞ってみせろ、少しは表現してみせろ、演じてみせろ、全うしてみせろ。いざ本番(・・)に放り込まれた時、お前の好きなように動くために」

 

 

 そこで言葉を切ると同時に、林道は引き寄せていた榛名を適当に突き放した。突き放された榛名はフラフラと身を躍らせるも、それはほんの一瞬だけ。

 

 

 その直後、ダンッ!! と言う鋭い音が執務室に響いた。

 

 

 

「取り乱して申し訳ありません。モーレイ海哨戒部隊属榛名以下4名、只今戻りました」

 

 

 そう凛とした声を発したのは、今しがた床を力強く踏みしめた榛名だ。彼女は先ほどの泣き腫らしたとは思えないほど凛とした表情で俺に向けて敬礼をする。その真っ直ぐな視線、そしてその目に宿る確かな意志――――『戦艦 榛名の意地』を受け取り、俺はその目を見据えながら頷いた。

 

 

「よく無事に戻ってきてくれた。早速だけど、報告を頼む」

 

「では、報告させていただきます」

 

 

 俺の言葉に、榛名は敬礼していた手を下ろしながらそう答える。その一挙手一投足は思わず見惚れてしまうほどに綺麗であった。そしてそれは俺だけでなく、視界の端に立っていた林道も釘付けにしていた程だ。

 

 

 

 そこから続く榛名の報告はこうだ。

 

 

 俺たちが見送った後、哨戒部隊は特に問題なくモーレイ海に進出。その道中何度か戦闘を交えつつも大きな被害を出すことなく、哨戒部隊として入り込める最奥部まで到達した。

 

 因みに、哨戒部隊の役割はこのポイントに留まり最奥部に潜む敵主力部隊の視察と、その道中で現れる敵艦隊を掃討することだ。それをすることで敵主力の戦力を把握し攻略部隊の編成と装備に反映させると同時に、攻略部隊が道中で行う戦闘を極力減らすことが出来るのだ。

 

 また、繰り返す哨戒部隊の編成をなるべく固定化することで敵にこちらの編成内容を刷り込ませ、いざ攻略部隊は今までとは全く別の編成で挑み混乱を誘う、と言う搦め手も取っていた。そのため、稀にではあるが敵主力との交戦も許可していた。無論、それは哨戒部隊の被害状況と燃料、弾薬の残量によってではあるが。

 

 

 ともかく、彼女たちはそのポイントに留まりつつ哨戒部隊としての役割を果たしていた。だが、それは唐突に終わりを告げた。

 

 

「……ッ!?」

 

 

 その言葉にならない声を上げたのは吹雪であった。それと同時に彼女は頭上高くに砲門を向け、次の瞬間砲撃を放ったのだ。その場にいた誰しもがその行動に驚き、彼女が砲門を向けるその空に目を向けた。

 

 砲門の先には、一機の敵艦載機がいた。灰色のフォルムに生き物のような目とその機体から下がる小さな爆弾と機銃を携えた、深海棲艦が扱う艦載機である飛び魚型である。それ自体は幾度となく目にしているため、それ自体は誰しもそこまで驚きはしなかった。

 

 

 逆に驚いたのは、その艦載機が通常では有り得ない高さを飛んでいたこと。

 

 そして吹雪の正確な対空砲火をいとも簡単に避け続けたこと。

 

 その機体に宿る光が緑色ではなく青色だったこと。

 

 

 そして何よりその艦載機が雲の向こうに消えた瞬間、偵察機から敵主力が自分たち目掛けて進撃を開始したという報であった。

 

 

 それを受けた榛名たちは即時撤退を試みるも、敵主力の驚異的な速度で距離を詰められやむなく迎撃を選択。一度は謎の艦載機を目撃した海域から少しだけ離れた小さな岩礁が点在する海域で相まみえることとなった。

 

 先に到達していた榛名たちは岩礁を利用して進出してきた敵艦隊を吹雪たちを囮に釣り出し、岩礁に潜む榛名たち戦艦が一斉射、思わぬ攻撃に混乱したところへ戦艦組が殴り込み撃滅する作戦を立てた。その作戦は成功し、まんまとつり出された敵主力は戦艦勢の一斉射に戦艦ル級以下艦隊の半数を撃沈、その後の殴り込みで残った空母ヲ級含む半数も撃沈するに至った。

 

 その代償として旗艦吹雪と榛名が小破、殴り込みで深入りし過ぎた金剛が中破の被害を出したが、敵主力艦隊の撃滅を考えれば微々たるものだ。一同は俺に迎撃の許可を得ずに交戦したことによる懸念を抱きつつも、被害が微々たる且つ哨戒部隊が敵主力を撃滅したと言う思わぬ戦果に咎められることは無いだろうとタカを括っていた。

 

 

 だが、タカを括ってしまったこと自体が致命的な失敗であったのだ。

 

 

 そのタカをいち早く捨て去ったのは金剛だ。彼女は力なく浮かべていた笑みを突如消し去り、同じく撫で下ろしていた吹雪を突き飛ばした。蛮行ともいえるそれは、ほどなくその身体に降り注いだ数多の爆撃によって蛮行ではないことが証明されてしまった。

 

 爆撃に晒される金剛がその中で真上を指差し、一同が指し示す頭上に目を向ける。そこには、先ほどの青色の光を宿した艦載機が居た。それも1機だけではない(・・・・・・・・)

 

 

 1、10、20、30――――優に100を超える艦載機が空を覆い尽くしていたのだ。

 

 

 その瞬間、榛名たちは対空砲火を開始した。頭上を覆い尽くす艦載機を少しでも減らそうとしたからだ。だが、それを阻んだのは自身が立つ水面からほんの少しだけ離れた水面に立ち上がった巨大な水柱である。

 

 爆撃では有り得ない高さであるその水柱は、砲撃によるもの(・・・・・・・)であると誰もが悟った。しかし今ここには艦載機しかおらず、その巨大な水柱を立ち上げるほどの火力を持つ存在はいない。それゆえにその水柱が立ち上がった理由(わけ)が分からなかった。だが、それだけでは終わらなかった。

 

  

 それ(・・)を受けたのは榛名であった。頭上に砲門を向けながら、程近くに立ち上がる水柱に目を取られていたため彼女の耳に聞こえた。突如、足元から勢いよく水面を突き破る魚雷(それ)を。

 

 次の瞬間、榛名は何が何か分からないまま海面に叩き付けられていた。腹部を中心とした全身が激痛に悲鳴を上げ、同時に口許の鋭い痛みを受けた途端感覚が消え、視界は意識もろとも朦朧とした。海面に叩き付けられたその一瞬、遥か彼方に一つ(・・)の影を見た。

 

 

 その影は子供のそれと変わらない、一見すれば少女である。だが、それはおおよそ人の形をしていなかった。その少女の姿の真後ろに、その身の丈を優に超えるであろう巨大な怪物(・・)が控えていたのだ。

 

 蛇のような灰色の身体の先に巨大な砲と魚雷発射管を携えたおおよそ生物とはかけ離れた頭部を有する怪物と、それを背後に侍らせその顔をスッポリと真っ黒なフードで覆い隠した少女らしきそれ。今まで確認した深海棲艦とはあまりにかけ離れ過ぎたそれ。

 

 

 艦載機を携え、砲撃を行い、魚雷も発射できる『それ』を、なんと呼称すればよいのだろう。

 

 

 その直後、榛名は魚雷の直撃により意識を失った。意識を取り戻したのはそれが過ぎ去った後であり、その時に既に金剛と吹雪とはぐれていた。そして残った僚艦より聞かされたことの次第を――――金剛たちは囮として『それ』を引き連れていった(・・・・・・・・)のだと聞かされた。

 

 

 

「その後、口を損傷した私に代わって僚艦の駆逐艦が大淀さんに事の次第を伝え、今に至ります」

 

「……そうか」

 

 

 榛名の報告を受け、一同は誰しもが黙りこくっている。その面々は一様に顔をしかめていた。それは榛名の話が信じられないと同時に、今しがた自分たちが論じていた議論を根本から引っくり返されたからだろう。

 

 

 

「その……艦載機を飛ばせて、砲撃も出来て、更に雷撃も行える正体不明の深海棲艦に襲われた、ってこと?」

 

「……端的に言えばそうです」

 

 

 信じられない顔で今までの話をまとめた加賀が投げかけた質問を、榛名は肯定する。その言葉に、一同は更に顔をしかめた。

 

 

 艦娘たちには駆逐艦、軽巡洋艦、重巡洋艦、戦艦、軽空母、正規空母などの様々な艦種があり、それぞれが出来ること出来ないことが分かれていた。ある意味、一種の住み分けがなされていたわけだ。

 

 だが、榛名が語った深海棲艦はたった一隻でそれら全てを行っていた。艦載機も飛ばせて、砲撃も出来て、更に雷撃も出来る艦娘はいない、少なくともうちの鎮守府にそれを可能とするヤツはいない。

 

 勿論、それが榛名が目撃したその一隻だけだと言う保証はない。何処か別の場所から艦載機を飛ばしていたかもしれないし、もしかしたら潜んでいた潜水艦が雷撃を行っていた可能性もあるわけで。

 

 

 だが、それらは全て希望的観測(・・・・・)である。この緊急事態、そんなものは足枷にしかならない。であれば、常に物事は最悪の場合を想定するのが定石である。その定石に沿ってみると、たどり着くのがその何もかもが可能であるトンデモ深海棲艦だ。

 

 そして榛名の話を正しいとするならば、俺たちが示していた補給線の貧弱さを根拠とした『敵の増援は小規模な艦隊である』と言う結論が白紙に戻されてしまう。同時に、その貧弱な補給線で動ける上にその一隻だけで一個艦隊の戦力を有するトンデモ深海棲艦を引き連れた金剛たちの生存率は、まさに絶望的になってしまったのだ。

 

 

 

「……仮に、その深海棲艦を『重雷装航空巡洋戦艦』としましょう。それを引き連れた金剛たちが向かった場所は分かるかしら?」

 

 

 先ほど同様、頭を抱えながら加賀は榛名にそう問いかける。普段の加賀が口にすることはまずないであろうありとあらゆる言葉を繋ぎ合わせただけの造語に、誰しもが突っ込む余裕すらない。唯一、それを受けた榛名もそのとんでもない造語に顔を引きつらせつつも、しっかりと力強くこう答えた。

 

 

「恐らくモーレイ海域から南西――――――キス島方面かと思います。」

 

 

 榛名が指し示した、それはモーレイ海域の次に攻略を予定していた場所である。情報はそれだけ(・・・・)、俺たちはその海域について何も知らない。あるのはそのトンデモ深海棲艦を引き連れた金剛が向かったであろうと言う情報、それだけだ。

 

 

 では、この情報を敢えて裏を返してみよう。

 

 

「つまり、『そのトンデモ深海棲艦を見つければ金剛たちの居場所もおのずと掴める』と言うことか」

 

 

 俺の言葉に、そこにいた皆が視線を俺に向けてきた。誰しもがその顔に驚愕を浮かべており、同時に俺の言葉を信じられないという裏の言葉をも示していた。

 

 

「今は何より情報が欲しい。その深海棲艦を目標としてキス島方面を中心に捜索隊を出す。その際、彼女たちは索敵に細心の注意を払わせ、そして発見したのがその深海棲艦ではないとしても極力戦闘を避けることにしよう。その捜索隊で発見できれば良し、出来なければ捜索で集めた情報を元に新たな作戦を立てる。時間的制限に捜索隊派遣は明朝を一区切りとする。それ以降は集めた情報を元に次の作戦を立て、決まり次第決行……どうだ?」

 

 

 独り言のように淡々と呟き、全てを話し終えた上でその場にいる全員に問いかける。その目は先ほど俺が理解を求めた時とは比べ物にならないほどかけ離れた、『容認できない』と言うものであった。

 

 分かってる、俺だって分かってる。こんなの作戦でも何でもない、ただ決断を先送りにさせているだけのその場しのぎ(・・・・・・)だって、分かっているんだ。

 

 これは短期決戦案でもなく、長期戦案でもない。中途半端な案だ。だが俺たちが有する資源は、戦力は、何より残された時間そのものが乏しいのだ。

 

 

 そんな中で短期決戦をしてみろ。待っているのは無理な進撃による自滅まっしぐらだ。

 

 じゃあ長期戦をしてみろ。待っているのは資源、戦力、時間、全てが枯渇するジリ貧だ。同時に、ただでさえ絶望的な金剛たちの生存率が真っ先に‟0”になってしまう。

 

 

 じゃあ何を選択すればいい? 今ある手札ではこの窮地を打開できない。であれば、手札を増やすしかない。今は限られた時間の中で世迷言と揶揄される妄言に現実味を帯びさせるしかない。理想論だと吐き捨てられるものに現実味を与えるしかない。

 

 

 

「……見通しが不明瞭であるが、『現状維持』としては有りだ」

 

 

 それを―――――現状維持を目的にした俺の案を林道は支持してくれた。その言葉に、誰しもが表情を変えた。そのどれもこれもが俺の成功する道筋が見えない不明瞭な作戦にその身を捧げる覚悟を決めた、軍人の顔立ちであった。

 

 

「今の話だとその深海棲艦は航空戦、砲撃、雷撃が出来るんだったな。あくまで可能性だが、もしかしたら対潜攻撃は出来ないかもしれないな?」

 

「……その可能性は十分ありますね。私から潜水艦隊に出撃の要請を出しておきしょう」

 

「私たち空母部隊も出ます。何が有るか分からない以上、切れる手は全て切るべきよ」

 

「なら、私たち戦艦も出よう。捜索自体は出来ないが、北方海域に蔓延る敵戦力を削ることは出来るさ―――なぁに、別にそのトンデモ深海棲艦とやらを倒してしまっても構わんだろう?」

 

 

 俺の不明瞭な作戦を、この場にいる全員が『自分の出来ること』を中心に補填してくれる。傍から見れば穴だらけで、成功する可能性は限りなく低い俺の作戦を、鎮守府の皆によって現実味を与えてくれる。

 

 それは初めての事であり、そしてとても心強いモノであった。

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 だからだろうか、そう無意識の内に漏らしていたのは。その言葉を受けた面々が、皆一様に驚いた顔をしつつ、次にその顔に含み笑いを浮かべていたのは。

 

 

 


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