新米提督苦労譚~艦娘たちに嫌われながらも元気に提督してます~   作:ぬえぬえ

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今の差異

「まぁ、こんなものか」

 

 額に浮かぶ汗を拭い、俺はあらかた片付いた執務室を見回しながら一息ついた。金剛の命令によりしぶしぶ手伝いに来た天龍達と共に掃除を始めて大体3時間ぐらいか。

 

 壊れた家具の撤去から始まった掃除は、俺の部屋から必要な家具の持ってくることでなんとか部屋と呼べるまでにはこぎつけるとこまで来た。執務室に机や椅子、本棚を持って行ってしまったから俺の部屋はベットのみと言う寂しい状態だ。もういっそのことここにベットも持ってきちゃったほうがいいかもしれんな。

 

 でもまぁ、ガラスが用意できないために窓は割れたガラスを取り除くだけにとどめたり、カーペットに付いた汚れは拭き取れるものは拭き取るだけと割と簡易に済ませているところもある。吹きさらしの部屋で寝るのは避けたいな。

 

「天龍、龍田。読めなさそうな本や資料も念のため残しておいてくれ」

 

「うぃ~す」

 

 執務室に散在していたモノを取り敢えずまとめておいた場所に居座っている二人のそう声をかける。天龍は気の抜けた声で応え、龍田は声を出す代わりに手をヒラヒラさせる。金剛の命令や曙のためとか言って理由付けていたけど、ちゃんと手伝ってくれるのはうれしいな。

 

「ん?」

 

 と、資料を片付けていたら細長い紙の束が出てきた。見た感じ、何かの引換券か? 色あせとシミで文字が読めない。軽く見まわしてみるが、有効期限は何処にもない。つまり無しか、あるいは読めなくなったか……。

 

 

「天龍」

 

「あ? っと」

 

 天龍に声をかけながらその束を投げる。天龍は振り向きざまに投げつけた束をキャッチ。キャッチしたものを訝し気に眺めてると、急に血相を変えて束を握りしめた。

 

「お、おい!! ここ、これって……」

 

「何か出てきた。掃除終わったらそれ持って行っていいぞ」

 

「マジかよ!?」

 

「まぁ……」

 

 俺の言葉に天龍は吠える様に叫び、龍田は柄にもなく目を見開いて驚いている。そんなにスゴいものか? 俺にはゴミにしか見えないんだが。まぁ、取り敢えず終わらせるぞ。

 

「…………………」

 

「天龍ちゃん……」

 

 尚も天龍たちは握り締めた束を穴が空くほど見つめている。固まっている暇があるなら手を動かせよ、って言いたかったけど、二人の究極の選択みたいな表情を見たらかける言葉も無くなっちまうよ。

 

「……い、嫌なら別に――」

 

「ほ、ほらよ!!」

 

 そんなに考え込む代物なら返してもらおうと手の伸ばすと、それよりも先に天龍が束から2枚ほど引き抜いて俺に押し付けてくる。押し付けた束を握りながら、天龍は鬼のような形相を向けてきた。

 

「いいか!! それはメチャクチャ大事なものだ!! 絶対になくすんじゃねぇぞ!! あと、そんな軽々しく束で寄越すな!! もっと丁重に扱いやがれ!!」

 

 状況が読めないけど非難されたのは理解できた。天龍は其だけ言うと引き抜いた紙を大事そうにポケットにしまい、執務室に放置されていたガラクタの入っていた袋を引っ付かんで勢いよく立ち上がる。

 

「おい!! あとはこれを持っていけばいいんだな!!」

 

「お、おう」

 

 食いかかる勢いで聞いてくる天龍に生返事を返すと、ヤツは袋を肩にかけて勢いよく執務室を飛び出しいった。飛び出す際に一瞬だけ見えた天龍の顔が、何故か満面の笑みだったのは気のせいか。

 

「何だ? アイツ」

 

「何でしょうねぇ~」

 

 俺の呟きにとぼけるような声色で答えた龍田はクスクスと笑いながら同じように袋を持って執務室を出ていった。心なしか、この足取りが軽いのは気のせいか。

 

 

「一体何なんだよ……」

 

 そんな二人の姿にため息を漏らして、あの束を引っ張り出してよく見てみる。端の方に小さな文字が書かれているな。何々……。

 

 

 

 

 

『間宮アイス引換券』

 

 ……ガキか、アイツ。と心の中で呟いて、さっさと掃除を終わらせるために側にあった袋を引っ付かんだ。

 

 

◇◇◇

 

 

 ガラクタが詰め込まれた袋を全てゴミ捨て場に運び、掃除は完了となった。俺が最後の1つを置いた瞬間、天龍は風のように走り去っていった。どれだけアイスが食いたいんだよ。

 

 残された龍田は俺に手を振ってその跡を追っていった。その時浮かべていた笑みから何か黒いものが見えた気がしたけどまぁいいか。

 

 さて、掃除も終わって時間も6時か。そろそろ飯の時間だな。

 

 昼買ってきたやつは厨房に放り込んでおいたんだが、間宮が居なかったからアイツに聞かずにやっちゃったんだよな。小言とか言われそう。

 

 そんなことを思いながら、ゴミ捨て場から食堂へと足を運ぶ。てか時間帯的に他の艦娘も食べてる頃か。鉢合わせするのは気まずいな。

 

 まぁ、これからのことを考えるとそんなこと言ってられないか。支障をきたしたら上に何言われるか分かんないしな。

 

 お、食堂が見えてきた。常に戦場にいてピリピリしてるんだから、食事時ぐらいはみんな楽しそうにしてるんだろうな。俺が入ってきたら静まり返るんだろうけど。

 

 自分で言ってて悲しくなってきた。取り敢えず、俺が居ない時の艦娘たちの空気はどんなものだろうか、気になるな。そうとなれば、食堂の入り口壁に沿って少し迂回。近くにあった窓に近づき、中を覗き込んだ。

 

 そこには、大勢の艦娘たちが各々に別れてスペースを作り、グループで固まって食事をしていると言う普通の風景だった。

 

 

 

 

 食事をする全員が無表情なのを除けば、だが。

 

「えっ……」

 

 想像とあまりに違いすぎて、思わず声が出てしまう。

 

 厨房からトレイを持ってくるのも、机について手を合わせるのも、食べ終わって手を合わせるのも、空の食器を持っていくのも、その全てにおいて彼女たちが浮かべる表情には感情がなかった。

 

 しかも、よく見たら器に乗せられているのは光沢のある茶色い固まりと、同じく光沢のある鉄のようなモノ、そして、明らかに食卓の場には相応しくない重々しい雰囲気を醸し出す黄土色の細長く先が尖ったモノ。

 

 ボーキサイトと鋼材、そして弾薬だ。

 

 それら乗せられている皿の横に、到底食べ物とは思えない色をしたスープのようなものが深めの皿を満たしている。

 

 あれは恐らく、燃料だ。

 

 それらの味は俺には分からん。もしかしたら旨いかもしれないが、その考えだけは艦娘たちの表情から見てあり得ないだろう。

 

 そんな旨くもないモノを、艦娘たちは箸やスプーン、中には手掴みで口に運んでいるヤツもいる。食べ方は人によって様々だが、共通して言えることは誰一人として無表情を崩さず、かつ一言も喋ることなく食べていることだ。

 

 これは食事じゃない。ただの『作業』だ。

 

 確かに、昼に間宮から艦娘たちは燃料や弾薬等を食事の代わりとしているとは聞いていた。しかし、改めて現実を目の当たりにして、しかも和気あいあいとしている様子を想像していたために精神に来るダメージがデカイ。

 

 その時、駆逐艦の一団が食堂に入ってきた。厨房に近づく彼女たちも、例外なく無表情を浮かべていた。

 

「間宮さん、『補給』お願いします」

 

「あたしも『補給』お願いします」

 

「こっちも『補給』頼みまーす」

 

 厨房に近付いた彼女たちは口々にそう告げ、厨房から出されたトレイを受け取って無表情のまま席へとつく。そんな光景が何回も繰り返される。

 

 そうか、彼女たちにとってこれは食事じゃない。出撃する際に必要とする燃料や弾薬を取り入れる『補給』なんだ。

 

 

 それが、この鎮守府の食堂の光景だった。

 

 

「……ひでぇ」

 

 俺は無意識のうちにそう溢していた。何故その言葉が出たから分からない。しかし、無表情のまま黙々と『補給』を続ける艦娘たちを見ていたら、自然とそんなことを思っちまった。

 

 そして、次に浮かんだのは俺が今からしようとしていることだ。それをすることが、どれだけ酷いことか理解するのにそう時間が掛からなかった。

 

 俺は今、食事をしようとしている。旨くもないモノを事務的に取り入れる『補給』しか出来ない彼女たちの前で、味もあって温かい『食事』をしようとしているのだ。

 

「……誰もいなくなってからにするか」

 

 そう呟いて、逃げるように食堂を後にしようとする。

 

 

「しれぇ、そこで何してるですか?」

 

 不意に後ろから声をかけられ反射的に振り向くと、一人の駆逐艦らしき女の子が首をかしげていた。

 

 黄色いスカーフを揺らし、肩からお尻までスッポリ入るワンピース型のセーラー服。頭には測量計とその両脇に髪留めのようなパーツが付いている。

 

「だ、誰だ」

 

 俺が聞こえるか聞こえないかの小さな声で問う。それに駆逐艦らしき少女は一瞬驚いた顔をするも、すぐに笑顔を浮かべて背筋を伸ばし、ビシッと敬礼して見せた。

 

「陽炎型8番艦の雪風です!! どうぞよろしくお願いします!!」


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