新米提督苦労譚~艦娘たちに嫌われながらも元気に提督してます~   作:ぬえぬえ

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『素敵』な汚れ

 頭上から聞こえる甲高い音、空気を切り裂く音だ。

 

 そっと目を開け、ゆっくりと頭上へと視線を向ける。そこは一直線に私へと向かってくる艦載機――――あの頃は空気抵抗、重量、装甲、搭載弾、機動力、航空距離、全てにおいて比類なき戦闘力と美しいフォルムが両立する艦載機。その恩恵は今、私が発艦する艦載機たちにも少なからず引き継いでいる。

 

 それに比べて、今こうして目の前に迫る()艦載機はどうだ。歪な形、乱暴な配色、空気抵抗なんか一切考えておらず、ただ搭載する機銃、爆弾、とにかく私たちを沈めるモノを盛り込んだだけ。もし、この設計を考えた者がいれば、私は何故こんな風にしたと詰め寄るだろう。

 

 

 なお、最も腹立たしいのはその何もかもが考えられていないそれの方が、私たちの艦載機(もの)より幾分か高性能だと言うことか。

 

 

「不愉快だわ」

 

 

 その不愉快なものを見据えながら、私は呟く。すると、次の瞬間その不愉快なモノから火の手が上がり、一直線を進んでいたはずの軌道はドンドン横に逸れていく。その最後は私から大分離れた水面に吸い込まれ、小さな水柱を上げた。

 

 その水柱を視界の隅に置きつつ、私はその場で大きく身体を翻して旋回。今しがた立っていた水面から数メートル程離れた地点に移動する。そして一呼吸おいて、先ほど私が立っていた水面に人一倍大きな水柱が立ち上がった。あの不愉快なものが引っ提げていた、これまた威力のみに特化した不格好な爆弾が落ちたのだ。

 

 その水柱を、今度は視界にも入れない内に早々と今立っている海面から移動する。その後を追う様に、大小様々な水柱が上がるも、その全てが私を掠ることはない。多少水を被るのが億劫なぐらいだ。

 

 それでも私の溜飲は幾分か下がった。何故ならその水柱が上がる数と合わせて敵艦載機が火の玉となり水面に落ちていくのだから。

 

 

「優秀な子たちですから」

 

 

 ポツリと私――――――加賀は呟く。同時に周りに目を向けると、同じく敵艦載機を縦横無尽に翻弄する味方艦載機の姿。

 

 大胆不敵な旋回、立ち回り、明らかにパイロット及び機体に負荷をかけるであろう無茶な軌道で戦闘を繰り広げるのは龍驤率いる航空隊。私の航空隊ならあんな動きしないだろう、出来なくはないが確実に後の戦闘に支障をきたすのは目に見えている。それを可能とするのは、彼女が第一航空戦隊の最初期であるためだ。

 

 特に目立った動きをせず、そのくせ見敵必殺のごとく一機一機を確実に仕留めていく堅実なくせにただ殲滅を正とするのは隼鷹率いる航空隊。黙々と艦載機を屠りつつ、綱渡りな戦闘をする龍驤隊の隙を埋め合わせる芸当を見せている。目立つことを極力恐れ、周りに迷惑を掛けないことに心血を注いでいた彼女らしい緻密な戦闘だ。もう少し大胆になっても良いと思うが、現状では彼女の働きは心強い。

 

 そんな彼女たち、そして護衛艦を伴った私率いる航空戦隊は現在、キス島沖周辺を回遊しつつ出会った敵艦隊を悉く殲滅しながら進んでいる。会敵するのは殆ど水雷戦隊程度である。現在は珍しく航空部隊を相手取っているが、練度はそこまで高くない。キス島が不毛の地であるために十分な補給が出来ない上に、水雷戦隊が補給線を潰しにかかっているためだろう。

 

 こんな思考にふけりながらも、視界の端に捉えればすぐさま私の部隊が叩き落してくれる。それで取りこぼそうが他の皆が捌いてくれる。おかげで私は戦闘にそこまで集中する必要が無く、代わりに現状把握と後の行動方針に思考を振ることが出来るのだ。

 

 まぁ、それでも最優先事項である金剛たちの行方は何一つ掴めていないわけだが。これだけ暴れているところにわざわざ乗り込んでくるとも考えづらいし、何より敵の目を引くことは出来ているからそこまで問題視していない。捜索自体は潜水艦隊、水雷戦隊に任せればいいわ。

 

 

「さて、上手く引き付けられたかしら?」

 

 

 そう呟き、粗方敵を落とし終えて手持無沙汰になった自部隊の何機かを偵察に回す。同時に出撃前に見せてもらったキス島海域の大まかな海図を思い浮かべ、敵艦隊との遭遇地点をマッピングしていく。

 

 回遊しつつ見敵必殺を実行してきたことで、敵はキス島海域全体に満遍なく部隊を配置していることが分かった。恐らくは近々攻勢に出るための下準備、索敵を主目的として水雷戦隊を配置していたのだろう。その証拠に会敵した敵の数は多いモノの一つ一つの戦力は水雷戦隊程度であることは前に述べた通りだ。そして、それらを悉く潰している今、総数は不明ながらも敵戦力は幾分か低下していると考えられる。

 

 それは敵が張り巡らせた防衛線に穴を作ったことと同じであり、そこに補給線の破壊工作だ。敵は蜂の巣をつついたように大騒ぎだろう。だがそれは一時的なものであり、敵は総戦力も保有する資源も全て私たちより上である。一時優勢になったところで最後は物量が勝つのは目に見えている。

 

 

 だがこの状況は――――『攻略』ではなく『救出』が目的であるこの状況は、今のところ(・・・・・)順調だと言えよう。

 

 

 今回の目的は金剛たちの救出、そして隠密を基本とする救出部隊に私たち航空戦隊は目立ち過ぎる。であれば、私たちは目立てばいい。周りが霞んで見えるほど周りの目を引き付ければいい。強すぎる光は周りのものを全ての飲み込み、見えなくしてしまう。ちょうど、太陽の強すぎる光が星々の輝きを隠してしまうのと同じである。

 

 私たちが縦横無尽に暴れ回れば、敵の戦力を削りつつ敵に主力が私たちであると思い込ませることができる。するとどうだろうか、敵は主力である私たちを迎え撃とうと相当な数を寄こすだろう。そして、この襲撃は先ほど突破されたモーレイ海攻略時に幾度となく行われた哨戒部隊、その中で敵主力と交戦したことがある艦娘で構成されているとすれば……もう私たちだけに目を向けるしかなくなる。

 

 

 私たちがすべきことは、その一時的な優勢を少しでも延命させ、同時に敵の目を一身に集めること。提督が絞り出した作戦、その最大にして最強の敵――――『時間』を確保することだ。

 

 

「加賀」

 

 

 不意に声を掛けられ、声の方を向くと制服が所々破れている龍驤が真剣な面持ちで立っていた。普段、飄々として掴みどころのない彼女が珍しく真剣な表情を浮かべている。

 

 

「あら、もう掃討完了?」

 

「……敵航空母艦の轟沈を確認、粗方潰し終わったで。今、隼鷹が偵察機を出すところや」

 

「偵察機は既に出しているわ。それよりも損害報告を」

 

 

 私の発言に面を喰らったのか龍驤は一瞬驚いた表情を浮かべるも、すぐに顔を引き締めて損害報告を上げてくれた。

 

 

「うち、隼鷹が小破、護衛の駆逐艦一人が中破、他は損害無しや。せやけど燃料、弾薬が空っぽに近い。これ以上の進撃はしんどいで?」

 

「……そうね、この辺が潮時かしら」

 

 

 龍驤の報告に私の中で撤退の算段が付く。元々、戦闘は極力避けるように言われている。このまま戻ったところで何も問題は無い。まぁ、恐らくその言葉を鵜呑みにする艦娘は誰一人いないのだけれど……出来れば、私たちのすべきことがなされたかどうかの確証が欲しいところね。

 

 

「加賀」

 

「何?」

 

 

 再び、龍驤が声をかけてくる。それに、私は偵察機からの情報に集中していたため生返事で答えた。多分、彼女は今も真剣な表情を、いや少し責めるような顔で私にこう言っただろう。

 

 

「何で信じられたん?」

 

「逆に、何で信じられないの?」

 

 

 龍驤の問いを正反対にして、そのまま投げ返した。顔を向けず、偵察機から送られてくる情報の整理に集中しながらだったため、その問いを正面から喰らった龍驤の表情を見ることは叶わない。だが、先ほどよりも息を呑む声から、その表情が更に酷く歪んだものであることを察した。

 

 

「やけど、あいつは司令官を―――」

 

「その答えは長門が言ったじゃない。その提督が『あいつ』を―――――憲兵を信じた。それでおしまいよ」

 

「……騙されている可能性は?」

 

「無きにしも非ず、と言ったところね。ここで良い顔をして私から信頼を得ようとしているのかも。でも、私たちは提督の指示に従い、そして実際に提督は彼に協力を仰いだ。彼が私たちから信頼を得ても意味が無いし、既に提督からは協力を仰がれるほどの信頼を得ている。価値の無い信頼を得るために彼があそこまでのリスクを背負う必要が何処にあるの? まぁ、もし私たちの想像のつかない深い所に真相があるのなら……彼はよほどの人物だと言うことね」

 

 

 龍驤の問いに、私も長門と同じように正論を持って否定する。あまりこういうことはしたくないのだけど、手っ取り早く話を片付けるにはこれが最適なの。感情、思惑、そこに至る過程の全てを廃し、理論と結果だけに焦点を当てた言葉。これを叩き付けるのは二度目ね。

 

 

「その真相って何や?」

 

「それは分からないわ……と言うか、貴女がそこまで食い下がるなんて珍しいわね。何かあったの?」

 

 

 だが一度目よりもダメージに慣れてしまったのか、龍驤は尚も食い下がってくる。彼女がここまでしつこいのは珍しい。いつもなら真っ先に最もな理由を付けて周りを丸め込むのが彼女の立ち回りなのに。その姿とのギャップに、私は思わず問いかけてしまった。

 

 すると、その問いに龍驤は眉間に刻んだしわを更に深くさせる。だが、その険しい表情に反して威圧感と呼べるものは全くなかった。凄味を持たせた表情の筈なのに、何故かそれが我を通そうとする子供のような脆弱性を孕んでいたからだ。

 

 

 

「あいつの目的が、全く読めへんのや」

 

 

 そんな子供みたいな表情のまま、彼女は答えを絞り出した。そこで、私は初めて集中を途切れさせられたのだ。

 

 

「あいつは大本営の指示で此処にやってきた、言ってしまえばスパイや。そして、指導と称したあら捜しはまさにそれやったやん。それについ先日の食堂の件で完全にボロが出て、うちらもアイツもそう認めて砲口を向けた。修復しようのないほどの溝を互いに穿ったはずや。やけど、あいつは今も此処にとどまっている。あまつさえ以前ほど過激ではなくなったもののあら捜し自体は続けている。それだけでも理解不能なのに、そこに降って湧いた今回の騒動。あいつにとってまたとない機会、絶好のあら捜しポイントなのに、今回に限ってその素振りすら見せない。むしろ解決に持っていこうとしている。『司令官から頼まれた』だけでは説明がつかないほどに支離滅裂な行動の上その先が読めない……これほど怖いものは無いやろ」

 

 

 龍驤の言葉、恐らく彼女の疑問、心配、懸念に該当するであろうその言葉。それもまた、正論と呼べる類いであった。正論で結論付けられたものは大概何処に目を通しても真っ当な根拠がある―――――正論が成立する上での絶対条件と言えよう。それゆえに、龍驤はその真っ当な根拠を求めている。彼の不可解過ぎる行動を当然のことだと成立しうるだけの真っ当な理由を求めているのだ。

 

 そして、彼女の言葉に私は驚いた、驚いてしまった。それはそこまで考えが至らなかったわけでも、そしてこれであると胸を張って断言できる答えを持っているわけでもない。

 

 

 

 目の前に差し出されたこれであろう(・・・・・・)という答えに、彼女が全く気付いていないからだ。

 

 

 

「……そうね、私もそこまでは読めないわ」

 

「やろ? なら――――」

 

「でも、彼にはちゃんと目的があるみたいよ。それも――――」

 

 

 私から同意を得たことで笑顔を綻ばせた龍驤に、再度冷や水を浴びせ掛けることとなる。

 

 

「正論よりも自分(・・)よりも、よっぽど大事なものをね」

 

 

 何処か遠くを見つめるように、私はそう絞り出していた。その視線の先は何処までも広がる大海原。そのずっとずっと先に一人の後ろ姿を捉える。その後ろ姿は黒い制服に身を包んだ男性とも、所々くたびれた白い軍服に身を包んだ男性とも。

 

 

 腰に届くほどの黒髪を揺らす赤い袴姿の女性とも見えた。

 

 

 

『航空部隊旗艦加賀、応答願う』

 

 

 その後ろ姿は、唐突に聞こえた無線の声によって掻き消された。いきなりのことに思わず無線に手を置く。その様子に龍驤は何事かと近づこうとするも、私が手を差し出したこととで制した。

 

 

 

『む? 加賀ぁ? 聞こえてるか? おーい』

 

「……いきなり通信してこないで」

 

『なんだ、聞こえているじゃないか。うん、感度も上々っと』

 

 

 突然の通信に苦言をぶつけるも、声の主は気にする素振りを見せない。その口ぶりから、何処か悪戯っぽい笑みを浮かべながら笑っているその姿が浮かんできた。誰よりも子供っぽい笑みを浮かべる超弩級戦艦の姿を見てしまえば、もう何を言っても無駄だと諦めるしかない。

 

 

「それで、一体何の用?」

 

『今何処にいて、どんな状況で、これからどうするか、その情報共有だ。知っておいて損はないだろ?』

 

 

 無線の向こうからのんびりとした声色で長門が提案してくる。元々、私たちは同じ目的――――哨戒部隊の撃破を担っている。そして私たちは事前に互いの担当範囲を決めていたため、出撃から今まで一度として合流することは無かったのだ。むしろこういう通信すら決めていなかったこと自体おかしな話だが、今はどうでも良いか。

 

 

「こっちは既に哨戒済みよ。ついでに戦闘も終わって、そろそろ帰投しようとしていたところ」

 

『お、そ、―――か。流石――な』

 

 

 時間を取らせるのもあれなので端的に帰投することを伝える。しかし、何故かその答えは途切れ途切れでよく聞こえない。通信不良かと思ったが、音声自体が途切れているわけではない。どちらかと言えば何か大きな音にかき消されているような……

 

 

「……で? そっちの状況は?」

 

 

 一つ、思い当たるものがあり、それを飲み込んで問いかけた。いや、まさか、まさかそんな状況で通信を送ってくることは無いだろう。そう思いながら、同じ問いを投げかけた。

 

 

『ん? こっちは――――』

 

 

 その答えを、恐らく最後まで拾うことは出来なかっただろう。それは何故か、簡単である。

 

 

 

 

 通信を行っていた私のすぐそば(・・・・)に、巨大な水柱が立ち上がったからだ。

 

 

「っぇ、ゲホッ、ぺッ、ペッ…………うぅ、海水が……」

 

 

 立ち上がった水柱から落ちてくる海水を盛大に被った私は思わずその場で狼狽えてしまう。大海原を駆け回っている手前、戦闘で水柱を被るのはしょっちゅうだ。慣れているとはいってもこうも諸に被るのはまた別問題である。

 

 

『ちょっと、大丈夫?』

 

 

 すると、無線の向こうから彼女の声が聞える。いつも冷静に、そして些細なことでもなかなか動かない彼女の声色が何処か上擦っている。心配してくれているのか、なんともめずらしい。

 

 

「あぁ、ちょっと水を被っただけだ。問題ない」

 

『そう…………で? 改めて聞くけど、そっち(・・・)の状況は?』

 

「あれ、聞こえなかったか? 今、私たちは――――――」

 

 

 そう言って、私―――――――長門は大きく旋回、その場を離れた。

 

 

 旋回した直後、つい先ほど立っていた場所に大きな水柱が立ち上がる。それに向けて、私は片手を突き出す。同時に腰に据えられた艤装が金切り声を上げて稼働し、瞬く間に巨大は二つの砲門が水柱へ向けられた。

 

 その一瞬、私の世界から音が消えた。有るのは轟々と立ち上がった水柱が重力に従って海面へと落ちていく映像だけ。それはスローモーションのようにゆっくりと落ちていく。それを黙って見据え、同時に砲門の向きを微調整する。

 

 

 微調整が完了した時、水柱のカーテンが落ち切ってそれは現れた。その向こう側で黒々とした砲身、青白い肌、大胆に露出した四肢に禍々しい装甲を携えた深海棲艦―――――重巡リ級、その顔には勝ち誇ったものから突如、思考が真っ白になった呆けたモノに変わる。

 

 

 

「全主砲、斉射!!!! てーーーーッ!!!!」

 

 

 この海域に響き渡る咆哮と共に主砲が火を噴き、同時に呆けた顔をしていたリ級は凄まじい火力と爆炎の前に吹き飛んだ。それは過剰気味だったのであろう。主砲から解き放たれた砲弾の内、いくつかは爆炎となったリ級から飛び出してさらに飛距離を伸ばす。

 

 そしてこちらに横っ腹を晒していたそれ―――――おおよそ人の形を為していないまさに化け物と呼ぶべき様相の深海棲艦、軽巡へ級の船体に突き刺さる。次の瞬間、その船体もまた吹き飛んだのだ。

 

 

 

「……さて、実は――」

 

『大丈夫。そっちが戦闘中(・・・)で、その最中に『馬鹿』が余裕ぶって通信してきたと分かったから』

 

 

 改めて伝えようとした状況を、何とも不名誉な称号と共に投げ返されてしまった。その言葉に、思わず頬を膨らまる。

 

 

「『馬鹿』とは何だ、『馬鹿』とは。情報共有は最重要事項だろう」

 

『……あのね、状況を考えなさいって言ってるのよ』

 

「そっちはもう撤退する所だったんだろ? タイミングもバッチリだ」

 

『……もういいわ』

 

 

 向こうの咎めるような言葉に対して自信たっぷりに答えると、疲れた声が聞えた。『哨戒による疲れが出たのだろう』、そう言いかけたが、これ以上彼女の機嫌を損ねる必要は無いな。

 

 

『で、榛名の様子はどうかしら?』

 

「問題ない。向こうで、元気よく敵を屠っているぞ」

 

 

 加賀の言葉に、私はそう答えながら横目で話題の人物を見る。ちょうど、彼女が敵の駆逐艦を2隻相手取っている最中だ。

 

 

 駆逐艦たちは持ち前の機動力で榛名の砲戦を掻い潜っているが、双方とも所々に損傷を受けている。対して榛名は必要最低限の動きで敵の砲戦を回避し、お返しとばかりに砲戦を加えてその度に敵に小さい損害を与えているようだ。

 

 私たち戦艦の砲撃が駆逐艦に与える影響は大きい。例え直撃を避けられても、風や波、そして砲弾の破片など様々な衝撃は船体に確実なダメージを与えていく。それを見越してか、彼女は直撃を狙うよりも夾叉弾を断続的に行い確実な標準の確保と敵の機動力を奪う戦法を取っている。

 

 その戦法を把握しているのか定かではないが、その尋常ではない精密射撃と絶え間ない砲撃に駆逐艦たちは為す術もなく翻弄されるのみ。そんな状況で敵の砲撃が当たる筈もなく、その殆どは榛名から遠く離れた場所に小さな水柱を上げるだけだ。

 

 

「     」

 

 

 そう、遠目から榛名が何かを溢すのが見え、同時に敵駆逐艦同士が衝突する。その瞬間、彼女の腰に据えられた巨大な砲門が火を噴き、衝突した敵駆逐艦2隻は爆炎に包まれ沈んでいった。

 

 それを見届けた榛名は刃物のような目付きを解き、一息つく。そこには疲労を浮かべている。志願したとはいえ、彼女は金剛たちと離れてからこの捜索兼哨戒部隊に連投で出撃している。いくら入渠して肉体的疲労が無いとは言え、彼女が抱える疲れ全てを拭えることはない。

 

 

 

「お疲れ、榛名」

 

 

 そんな彼女に労いの声をかけると、彼女は疲れた表情のまま私に目を向け微笑む。そんな彼女にこっちへ来いと合図を送り、再び無線に声を通した。

 

 

「周辺に敵影は?」

 

 

 それは栄えある航空部隊旗艦への通信ではなく、我が部隊内に向けた通信である。戦艦(私たち)だって偵察機を有しており、空母ほどではないが索敵能力は高い。そして、今しがた溢した言葉はその中で最も索敵を得意とする戦艦に向けた言葉だった。

 

 だが、その返答はなかった。いや、別の形であった。それは私が言葉を向けた直後、凄まじいスピードで私の横尾を走り抜けていったその戦艦の姿であった。

 

 

 それも携えていた太刀を下段に構え、私の視線の先―――――今しがたこちらに近付いてくる榛名に斬りかからんとするように。

 

 

 

「日向!!!!」

 

 

 その姿に私はその戦艦の名を叫ぶ。だが、彼女――――日向は止まらない。全速力で榛名に突撃し、下段に構えた太刀を小さく後ろに向けた。突然のことに榛名も驚愕の表情を浮かべ、その場で急停止した。だが既に双方の距離は避けられる範囲を超えており、このままでは日向の太刀が榛名に浴びせられることは確実だ。

 

 

「榛――――」

 

『二人とも、屈みなさい』

 

 

 喉がはち切れんばかりに叫ぼうとした私の言葉を、もう一つの声が遮る。それは無線の向こうから、そして私の後方の二方向から聞こえた。同時に上から肩を押され、私はその力に負けてその場にしゃがみこんでしまった。

 

 その視線の先で、榛名は弾かれた様に私を、いや私をしゃがみこませた何かを見た。次の瞬間、その表情を驚愕から何か確信めいたものに変わり、すぐさまその場にしゃがみこんだ。

 

 

 そして見えた。下へと消えてゆく榛名の影からそこまで離れていない距離に立つ重巡リ級。その砲門が榛名へと向けられており、そしてその姿とほぼ同じ大きさの砲弾(・・)を。

 

 

 次の瞬間、その砲弾は日向の影に隠れてしまう。だが、次の瞬間下段に構えていた筈の彼女の太刀がいつの間にか前方へと振り上げられている。そして太刀を振り上げた彼女を両脇へと飛んでいく、真っ二つになった砲弾の破片(・・・・・)を。

 

 

 

「日向には、負けたくないの」

 

 

 同時に、頭上からポツリと漏れた声。それは次の瞬間、とてつもない轟音と共に放たれた砲撃によって掻き消されてしまう。その数秒遅れで、日向の身丈を優に超える爆炎が彼女の向こう側に立ち昇ったのだ。

 

 その爆炎を眺めながら、日向は振り上げていた太刀を一度横に切り払い鞘に納める。それ以後、彼女は不動のまま立っていると思ったら、唐突に耳に手を当てた。

 

 

 

『敵影、無し』

 

「あ、あぁ……」

 

 

 その声は無線から聞こえた。つい先ほど、私が投げかけた問いへの返答である。先ほどの無茶苦茶な突撃から砲弾を叩き斬る超人技を披露したとは思えない、何事も無かったような口ぶりだ。それを受けて私は何と言っていいのか分からず、適当な相槌を返すしかなかった。

 

 

「日向、ちゃんと説明しなきゃ駄目じゃない」

 

『私は説明下手だ。嗾けた(・・・)お前からの方が適任だろう』

 

「あら、嗾けたなんて人聞きの悪いこと言わないで欲しいわ。私は索敵ばかりで暇を持て余していた貴女のために出番を譲ってあげた(・・・・・・・・・)だけじゃない。むしろ感謝する立場じゃないかしら?」

 

『おや、そうだったのか? 私はてっきり為す術もなく私に泣きついた(・・・・・)とばかり思っていたが?』

 

 

 そんな私を放っておいて、無線を通して二つの声が幾重にも交わされる。その会話には所々棘があり、それを隠そうともせず互いが互いへ向けて吐き出しているのだ。だが、これでようやく状況が分かった。

 

 

 

「扶桑、そこまでだ」

 

 

 そんな終わりの見えないやり取りを、その名前を口にすることで幕引きを行った。同時に、私は立ちあがりながら後ろへ振り向いた。そこには、戦場に立っているとは思えないほど穏やかな笑みを浮かべた一人の戦艦が居た。

 

 

「あら旗艦様、如何しましたか?」

 

「相変わらず白々しいな……皆、戻ってきてくれ」

 

 

 あくまで白を切る戦艦―――――扶桑型戦艦一番艦 扶桑を尻目に、私は無線で艦隊の皆を呼び戻す。その間、私は白けた目を目の前に佇む戦艦に向けた。

 

 

「で、弁明はあるか?」

 

「ありませんよ。何せ、あれが最善策(・・・)ですもの」

 

 

 私の苦言に扶桑は真面目に取り合う素振りを見せない。確かに善策だとは思うが、『最』善策ではないだろう。

 

 

 さて、では扶桑がのたまう『最善策』とは何であったか説明しよう。

 

 

 先ず、私たち戦艦部隊は空母に及ばないながらも索敵機を搭載することは可能だと言うことは前に述べた。その中で最もポピュラーなのが零式水上偵察機である。これは戦艦型の艦娘が持つ初期装備に該当するもので、最も開発しやすい水偵だ。その反面、そのカテゴリー内では最も性能が低いとされており、尚且つ攻撃手段を持っていないために敵に見つかればほぼお終いだ。

 

 そんな中で、この水偵に急降下爆撃と言う攻撃手段を付け加えたのが、多用途水上偵察機『瑞雲』だ。これは従来の偵察機に違わぬ索敵能力を持ちながら、いざ敵艦隊を見つければ急降下爆撃を行う優れもので、後に現れる攻撃手段を有した水偵の先駆け的存在だと言える。

 

 この瑞雲、実は以前私が装備開発を担当させてもらった時に量産したものであり、電探と同様に弊鎮守府の戦力強化の一翼を担ったものである。そして、うちの鎮守府にはこの瑞雲の性能を十二分に引き出す稀有な艦娘が存在した。

 

 

 それが伊勢型戦艦二番艦 日向だ。

 

 

 正確に言うと、彼女は航空戦艦。私たち戦艦と空母の能力を併せ持つ艦娘であり、彼女曰く訓練時代からその頭角を現しており、卒業と同時に航空戦艦に改造された珍しい経歴を持つ。そのせいか彼女は砲撃戦よりも瑞雲を用いた索敵、及び急降下爆撃を、またその腰に携えた太刀で敵を斬り伏せる超近接戦闘を好むのだ。勿論砲撃戦に参加することもあるが、その精度は芳しくない。

 

 一部の噂では、彼女が航空戦艦に改造されたのは砲撃技術が水準に及ばず航空戦力としての運用するしかなかった、とある。本当であるかは不明である。

 

 そんな彼女は今回、戦艦部隊の索敵要員として出撃してもらったわけだ。そして、彼女は私の期待以上にいい仕事をしてくれた。だが、戦艦部隊としては航空戦よりも砲撃戦に重きを置くわけである。索敵専門の彼女をカバーできるだけの砲戦技術を要する艦娘が必要だった。

 

 

 その難しい役割を担うのが、扶桑型戦艦一番艦 扶桑だ。

 

 

 彼女の経歴は特にこれと言って珍しいことは無い。訓練時代もほどほどの成績であり、此処に着任してからも特に大きな戦果をもたらしたことも無い。だが、それは以前の鎮守府(・・・・・・)においてと考えると少し意味合いが変わってくる。

 

 今の提督が来るまで、此処は劣悪な環境であった。だが彼女はその劣悪な環境下である程度の戦果をもたらした。いつ、どこで、どんな状況で、どれほど劣勢でも一定の戦果を挙げた続けたのだ。一つ一つだけではその凄さが分からないが、全体を俯瞰してみるとそれがどれほど凄いか、異常であるかが分かるだろう。

 

 炎の如く敵に突撃するときもあれば、冷静に敵を狙い撃つ時もある、その場の戦況、自艦隊の特徴、敵艦隊の艦種、数、練度等々、戦場における様々な要因を加味しその中で自分が取れる最善策(・・・)を打つ。それが、戦艦扶桑の戦い方である。

 

 

 だが、その戦い方にも少し例外がある。それは、日向が艦隊にいる場合だ。

 

 

 どうも、この二人は強く意識し合っており、顔を合わせる度に先ほどのような軽口なのか嫌味なのかその境界が曖昧になるほどの毒舌合戦を行うのだ。だが、互いが嫌っていると言うわけでも、逆に好いていると言うわけでもない。互いの腹に何を抱えているかは分からないが、とにかく強く意識し合っている、こう表現するしかないのだ。

 

 

 その理由は、彼女たちが轡を並べた時、最も(・・)戦果を挙げるのだ。

 

 

 この二人。口では毒舌を投げかけ合っているのだが、いざ戦場に立つと二人は事前に話し合っていたとしてもここまでうまくいかないだろう、と思えてしまう程見事な連携を見せる。片方が動けばもう片方はその動きに合わせて立ち回り、進退、攻防、戦場における全ての行動を完遂してしまうのだ。

 

 その間に言葉が交わされることは無い。全てが阿吽の呼吸で行われ、そして寸分狂うことなく、まるでパズルのピースを当てはめていくように確実な戦果を挙げる。

 

 

 日向は、『扶桑の砲撃による砲弾の相殺では至近距離にいる榛名に少なからず被害を与えてしまい、尚且つ爆炎によって敵の位置を補足出来なくなる』と悟った。

 

 扶桑は、『日向では索敵にそほとんどの労力を費やしている上に不得手な砲撃では敵を仕留めることが出来ない』と悟った。

 

 

 先ほどの状況でこれを導き出すと、自ずと担うべき役目を悟ることが出来る。あとはその役目を着実に遂行するだけ。事実、先ほどの日向の行動は扶桑が指示を出したのか、それとも日向の独断なのかは不明である。

 

 しかし、そのどちらだとしても彼女たちは同じ行動を―――――日向が榛名に迫る砲弾を叩き斬り、扶桑が砲撃で敵を仕留めていただろう。

 

 

「……まぁ、そこまで持っていくことが鬼門なのだが」

 

「お褒めの言葉、ありがとうございます」

 

 

 私の呟きに、微笑みながら扶桑は悪びれもせずそう言ってくる。そんな彼女に半眼を向けていると、散らばっていた皆が戻ってきた。連戦に次ぐ連戦であったため少なからず傷付いている。こちらも航空部隊同様、撤退すべきか。

 

 

「如何せん、索敵が終わらなければなぁ……」

 

『その心配は無いわ』

 

 

 そんな私の耳に、今まで沈黙を保っていた加賀から通信が入る。

 

 

「何だ、見つけたのか?」

 

『いいえ、違う。さっき大淀から通信が入って、どうやら潜水艦隊が件の戦艦を、水雷戦隊が金剛たちの手がかりを得たそうよ。その情報を纏めて再度作戦を練るから、私たちも帰投するように言われたわ。だから―――』

 

「長門」

 

 

 加賀からの朗報を遮ったのは日向である。彼女は無表情のまま、更なる朗報(・・)をもたらした。

 

 

「偵察機が敵艦載機を捉えた。それも榛名たちが見た青色(・・)だ。真っ直ぐこっちに向かっている」

 

 

 日向の言葉に、全員の表情が険しくなった。特に榛名は苦々しい表情を浮かべ、日向が偵察機を飛ばしているであろう海域の向こうに視線を向ける。だが、彼女はそれ以上何もしなかった。この状況で闇雲に突っ込んでいったところで、今の状況では返り討ちに遭うだけだ。

 

 そして私たちの使命がその戦艦を倒すことではないことを、十二分に承知しているのだ。

 

 

「加賀、こちらで件の艦載機を発見した。概ね、私たちの目的は果たしたと見ていいだろう。即時、撤退する」

 

『了解、この報告は私から伝えておくわ。早急な戦線離脱を』

 

 

 そこまで伝え合うと、加賀が通信を切った。敵が迫っている今、この通信を傍受されるのは不味い。それを向こうも理解してくれたのだろう。有難いことだ。

 

 

「これより我が艦隊は帰投する。日向、偵察機を呼び戻せ。扶桑は後方の警戒を、損傷の大きい榛名を中心に陣形を形成する」

 

「了解」

 

「かしこまりました」

 

「……はい」

 

 

 私の指示に、三人とも従ってくれた。一人、榛名は何か言いたげであったが何も言わず従ってくれたのは有り難い。

 

 

 

「さて、問題は此処からか」

 

「そうですね……」

 

 

 私の呟きに、榛名が同調する。その表情は何処か優れない。疲れがたまっているとみるのが最もだが、どうも別の何かがある様に見える。

 

 

「時に榛名、あの憲兵と何かあったのか?」

 

「……いいえ、何も」

 

 

 私の問いに、榛名はこちらに顔を向けることなくそう答えた。どちらかと言えば吐き捨てたともとれ、明らかに何かあったのはバレバレである。しかし、この状況で敢えて明言しない方が良いだろう。

 

 

 

「ただ、ちょっとムカつくだけです」

 

 

 だが、敢えて明言しなかったことを本人自らが暴露したのだ。その言葉に思わず目を丸くするも、榛名自身はその爆弾発言に気付いていないようで。先ほどよりも明らかに不機嫌そうな表情を浮かべていた。恐らく、それも無意識なのだろうか。

 

 

「そうかそうか、そいつは良かった」

 

 

 そのだだ漏れっぷりに笑みを浮かべながらそう言うと、彼女は更に不機嫌を前面に押し出した表情を向けてくる。いつも笑みを絶やさない彼女が滅多に見せない表情に、私は思わずその頭をクシャリと撫でた。撫でられた榛名は訳が分からないと言う表情を向けてくるも、私は敢えてそれを無視して前を向く。

 

 

 そして、彼女に聞こえないよう細心の注意を払った一言を漏らした。

 

 

 

 

「いやぁ、何とも頑固な……素敵な(・・・)汚れじゃないか」


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