新米提督苦労譚~艦娘たちに嫌われながらも元気に提督してます~   作:ぬえぬえ

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提督の『刃』たち

「潜水艦部隊、キス島沖北方にて金剛さんたちを襲った深海棲艦と遭遇。深海棲艦は人語を解し意思疎通が可能、そしてイムヤが深海棲艦から金剛さんたちが逃げ切ったとの情報を得ました。撤退時の雷撃による轟沈は確認できず、現在も同方面に潜伏している可能性があります。またイムヤは出会い頭に爆雷の直撃を受け大破、現在入渠中です」

 

「水雷戦隊、キス島沖南にて複数の補給部隊を落とした。数的に大規模な艦隊行動は一時的に不可能だ。そして、そこで吹雪が襲撃したと思わしき補給艦の残骸を発見。詳細は報告書を見てくれ。あくまで希望的観測の域だが、吹雪たちの可能性はある。また撤退直前に敵駆逐艦を発見したが、深入りの危険性と敵に攻撃の意志が見受けられないことを考えてそのまま放置した。その駆逐艦から俺たちの存在が伝わっている可能性があり、補給部隊の襲撃も合い余って同海域周辺に集まってくるかもな」

 

「その続きは私から。キス島沖南の海流は南から北へと向かっているけど、戦艦級でも全速にすればある程度無視して行けるだろう。だが襲撃時の様子から金剛は大破、そこに小破した吹雪が彼女を曳航したとすれば海流を長距離逆らうのは不可能だ。つまり、彼女たちが潜伏している可能性があるのは私たちが進もうとしたキス島沖南東方面、仮に上陸に成功したとすればキス島南部の海岸線に潜伏している可能性が高いとみる。天龍の言葉に補足を付け加えるなら、あの海流で自由に動き回れるのは軽巡級以下、雷巡もギリギリいけるかどうかの瀬戸際だね。重巡以上は海流に取られて満足な回避行動はとれないし、上手く立ち回っても浮き砲台になるかだよ」

 

「では私だな。戦艦部隊、海流に左右されない範囲でキス島沖を捜索するも金剛たちの情報は無しだ。一応、発見した敵哨戒部隊は悉く始末しておいた、敵編成もモーレイ海と同じく戦艦、重巡を中心とした部隊がだと思われる。ただ撤退直後に件の敵艦載機を発見しており、件の深海棲艦は健在だと思われる。場所は潜水艦隊が会敵した海域からそう遠くなく、その深海棲艦はキス島沖北方に駐屯していると考えられる」

 

「最後は私ね。空母部隊、戦艦部隊と同じくキス島沖全域を捜索するも金剛たちの発見に至らず。同じく敵哨戒部隊も殲滅、敵編成も長門の報告と一緒よ。また、敵に私たち空母や戦艦部隊が主力だと思われるように遭遇した部隊は徹底的に潰したわ。敵の兵力も一時的とはいえ減らし、水雷戦隊の補給線潰しも合い余って、恐らく今までのようにキス島全域に満遍なく戦力を展開することは困難でしょう。凡そ、私たちの作戦は成功よ」

 

 

 そこまで報告を受け取り、執務室にいる面々は大きく息を吐く。それは安堵からか、更なる苦悩からか、孕む巻上は様々ではあるが、共通項を上げるとすれば皆一様に疲れていた。

 

 

 

「皆、ありがとう。これで目処が建てられそうだ」

 

 

 それを見て、俺は真っ先にそう言う。俺がぶち上げた作戦は相も変わらず穴だらけで、他力本願だ。そして皆は己を賭してその穴だらけの作戦に従って、尚且つここまで穴を埋めてくれた。俺が振り上げた机上の空論に色を、重さを、現実味を与えてくれたのだ。感謝してもしきれない。

 

 

「その言葉、全てが終わった時に言って欲しいわね」

 

「全くだな」

 

「それなら一駆逐艦如きをこんな場に立ち会わせてくれたこと、感謝する。ありがとう(Спасибо)

 

 

 俺の言葉に加賀が呆れた声を上げ、それに長門は苦笑いしながら同調し、それに続けとばかりに響がそう言いながら恭しく頭を垂れる。その姿に他のメンツは何も言わないものの、皆一様に苦笑いを浮かべていた。

 

 一時の緩んだ空気―――それは緊迫した状況には似つかわしくないかもしれないが、張りつめた糸を解き解すことも重要だ。と、誰かが言っていた気がする。因みに、響が此処にいるのはキス島に関する情報を最も持っているから参加させた方が良いと言う天龍の意見を受けたからだ。

 

 さて、緩ませるのは此処までだ。此処からは次の段階、本格的な救助作戦を詰めなければならない。ある程度の戦力を削り、そして補給線も乱した。敵は多数、物質量も格上であるが大軍故に状況を立て直すのに時間がかかる。そして俺たちは数も物資量も少ないが、それだけ組み替える人員や規模が小さいために素早い転換が可能だ。この唯一と言って良い強みを生かさない手はない。

 

 これは攻略作戦ではなく、あくまで救出作戦。敵を殲滅する必要もなく、ましてやこちらに無理な進撃をさせる必要もない。皆が絞り出してくれたこの時間を持って最適な作戦を立案し、色を付け、重みを持たせ、誰もが納得するものに仕上げる。

 

 そしてそれを今この時、ここぞと言う時に実行し、速やかに遂行する。それが俺の、艦娘の上に立つ提督が担う役目だ。この一時、一瞬、針の穴にも満たない僅かな時間(とき)を正確に射止めること、果たしてそれが出来るかどうか。この作戦はそこにかかっている、故に寸分の狂いを生じさせてはいけない。

 

 

 今この時、そう決意し、一度深呼吸をして顔を引き締める。

 

 

「よし、じゃあ―――――」

 

「失礼するわよ」

 

 

 その第一歩は、部屋の外からやってきた声によって掻き消された。その声に一同が扉に目を向け、そしてその扉から曙が現れた。その手には数枚の書類を携えている。

 

 

「どうでした?」

 

「お望み通り、ドンピシャのものが出来たわ」

 

 

 その姿に一同が目を丸くする中、大淀は待ってましたと言わんばかりにそう言って彼女に近付いてその書類を受け取る。その言葉に曙も小さく笑みを浮かべた。出撃した面子は、曙がやってきた理由が分からないだろう。何せ彼女たちが出撃した後に手回ししたことだからな。

 

 

「皆が出撃した後、大淀の提案でこの状況で必要になりそうな装備の開発を行ったんだ。そして、その時たまたま執務室に顔を出した曙に頼んだんだ」

 

「こちとら会議の一休みにもってコーヒーを持ってきたら、そのまま油臭い工廠に放り込まれたわけよ。全く、人使いが荒いんだから……」

 

 

 俺の言葉、そして何故か自慢げにそう語る曙に一同はなるほどと、一人長門は何処か不服そうな表情を浮かべる。長門に関しては今まで開発を担当していたのは自分であり、今の俺の発言はその開発にいそしんだ日々を否定することに等しいからだろう。だが彼女が担当すると大概戦艦用の大型な装備が多く、駆逐艦が持てる装備が少なかったことが挙げられる。申し訳ないが、今は切れる手札を増やさせてもらった。

 

 そんな彼女に苦笑いを向けると、不服ながらも肩をすくめて頷いてくれた。それを了承と受け取った俺は曙に視線をむける。

 

 

「曙、結果を聞かせてくれ」

 

「では、報告します。12.7cm連装砲が五基、零式水上偵察機が三機、61cm四連装酸素魚雷が四基、21号対空電探が二基、22号対水上電探が一基、輸送用ドラム缶が多数、以上です」

 

「『マグロ』か……これは面白いね」

 

 

 曙の報告にそう言葉を漏らしたのは響だ。彼女が突然発した言葉に俺が首を傾げるも、俺以外は特に疑問に思ってないようで。一人首を傾げる俺に気付いた響はクスリと笑みを溢しながら言葉を続けた。

 

 

「『マグロ』――――――22号対水上電探は使えるよ。先の作戦時、某スピードジャンキーに配備されると聞いた司令官が飛び上がって喜ぶほどにね。ぼの、よくやったよ(Молодец)

 

「……褒められたってことで良いのよね? あと『ぼの』って言うな」

 

 

 流暢なロシア語で褒めた響に釘を刺す曙。しかし、彼女の言葉は補足説明のように見えてその実説明になってない。取り敢えず駆逐艦であり今回の海域に一家言を持つ彼女がそう言うほどのモノが開発できたと言うことか、上々であろう。

 

 

「で、『ぼの』もロシア語?」

 

「あんたは黙ってなさい」

 

 

 曙はあのロシア語が分かるのかな、と思いついたことを口にしたら本人から刺々しい言葉と軽い蹴りをもらいこの話はお開きとなる。その様子を何とも言えない微妙な顔で眺められることに、林道に至っては顔を抱えていることに気付く。曙の登場で脱線してしまったし、いい加減話を進めないとな。

 

 

「さて、改めて情報を集めてきてくれたこと、感謝する。早速だが今しがた出た情報を元に救出作戦を立てよう。先ず……響、何か意見は?」

 

 

 前置きをした上でいきなり飛び出した己の名に、響は少しだけ驚いた顔をする。その顔を見つめ、俺は更に言葉を続けた。

 

 

「正直、今から作戦を一から立ち上げるのは時間がかかり過ぎる。時間がモノをいう今、それは悪手でしかない。だが響は今の現状によく似た作戦に従事していた、しかもその作戦は成功したときた。参考にしないわけにはいかないだろう」

 

「……いいのかい? たかが駆逐艦に通達された作戦概要だよ? 全てを網羅してるわけじゃないんだよ?」

 

「それでもいい。むしろ、今このときにその作戦を再現してくれ。当て嵌めるとかは置いておいて、先ずは響が聞いた作戦概要、そして実際の状況を教えて欲しい」

 

 

 俺がそう促すと、響は驚いた目を俺に向けてくる。だが、それもすぐに引き締めた表情に変えた。

 

 

「では、僭越ながら説明するよ」

 

 

 響の口からもたらされた作戦―――――それはまさに『奇跡の作戦』であった。

 

 

 周辺の島を敵に占拠され、孤立無援となった島に残された自軍の兵士を短時間で救出すると言う何とも無茶な作戦。キス島同様、この島周辺の海流は複雑に絡み合い、そしてたちどころに現れては瞬く間に消え去る濃霧によって進撃するだけでも困難な海域あった。そこに敵の目を掻い潜って味方を救出、撤退するのだ。

 

 この作戦で、響たち駆逐艦と軽巡洋艦で構成された水雷戦隊で出撃、進撃の困難な濃霧に敢えて紛れて島に接近することで敵の目を掻い潜ったのだと言う。勿論、それは突入時に身を隠せるほどの濃霧が立ち込めているか、そしてその濃霧が撤退するまで持ってくれるか、成功の殆どを運に託した作戦だ。故に、一度接近したものの濃霧が晴れてしまい、島に突入する一歩手前で撤退を余儀なくされたこともあったとか。

 

 だが、再び出撃した際は濃霧などの条件が全て揃い、なお且つ救出に要した時間も僅かであったため、誰も犠牲を出すことなく撤退することが出来たのだ。そう、自然条件、そして乗員の迅速な対応など、全ての条件が揃った上に完遂出来た、まさに『奇跡の作戦』と呼ぶにふさわしい。

 

 だが、そんな『奇跡の作戦』にも犠牲が無かったわけではない。響たちが出向く前、この作戦は潜水艦隊によって一度実行されていたのだ。そして、その作戦で潜水艦を損失したという。奇跡の裏側には、必ず犠牲が付くものだろう。

 

 そんな犠牲を、なるべく出したくはない。それはその話を聞いた俺が真っ先に思ったことだ。

 

 

「さて、ここまでが私の知っている作戦概要だ。あまり参考にならないかもしれないが、御一考願おう」

 

 

 響がその言葉とともに締めくくり、執務室は一時の沈黙に包まれた。誰しもが腕を組み、頭を抱えている。それはこの作戦が『奇跡』によって生み出された稀な成功例であるためか。皆と同じく、俺もいい案が浮かばない。

 

 

「……どうやら、皆々様方には特に意見がないようだね。じゃあ、さっきの延長線上だと思って私の話を聞いてもらえるかな?」

 

 

 だが、そんな中何処か得意げな響が手を上げた。それに誰しもが彼女に視線を向けるも、口を挟む様子はない。俺もまた同様に、口を挟むことなく彼女に促した。

 

 

「私の意見はこうだ。先ず、同時出撃可能な艦隊を3つ編成する。一つは水雷戦隊、もう一つは戦艦や空母などの大型艦で構成される艦隊、最後の一つは先に述べた艦隊のどちらかこれは状況に合わせればいい。理想は両編成を用意する、つまり合計4つの艦隊を編成することだね」

 

「ほぉ、なるほど。そういうことか」

 

 

 響の言葉に乗っかったのは長門である。そのまま彼女は前へ身を乗り出し、机の上に広げられた簡易な海図に指を下ろした。

 

 

「まず、水雷戦隊だな。これは金剛たちを救出する本隊だ。海流に左右されず、尚且つ敵に気付かれない隠密行動が可能なことを考えれば妥当だろう。響の話の通り、濃霧に紛れれば敵の目を掻い潜れるかもしれん」

 

「そうだね。そこに付け加えるとすれば、金剛と吹雪の損傷を修復する資材を持っていくのがベストだろう。吹雪は良いとして金剛を曳航するのは骨が折れるからね、なるべく自走してもらった方が良い」

 

 

 二人の話は先の作戦に則した編成だ。水雷戦隊での救出は現実的だろう。しかし、そうなるともう一部隊、そして大型艦による編成はどうなる?

 

 

「もう一つの水雷戦隊は金剛たちを救出した後、母港へ帰投するまでの護衛さ。帰投する航路の確保も重ねてやればいいと思うよ」

 

「なるほど、であればもう一つの艦隊は私たちの護衛と言うわけか。じゃあ―――」

 

「どうやら、私の意見も二人と同じようね」

 

 

 そこで割り込んできたのは加賀である。だが、彼女は口を挟んできた割にはいつものように車椅子に座っており、響たちとの議論に参加しているようには思えない。

 

 

「やはり、加賀も同じか」

 

「ええ、あの通信で貴女と私の考えが近いことは察したわ。だから――――」

 

 

 そこで言葉を切った加賀は、間髪入れずにこう言った。

 

 

「その意見に反対するわ」

 

「はぁ!?」

 

 

 あまりの発言に長門が素っ頓狂な声を上げ、その勢いのまま加賀に詰め寄った。対して、加賀はただ目を閉じて黙り込むだけである。

 

 

「何を言ってるんだお前!! 同じ考えなんだろ? 何で賛同しない!?」

 

「何故って、この作戦は実行されない(・・・・・・)もの」

 

「……どういう意味だい?」

 

 

 加賀の言葉に、響が珍しく語気を荒くしてそう問いかける。対して加賀はその問いに答えず、閉じていた目を薄く開いて視線を外した。

 

 

「提督が、許すはず無いもの」

 

「はぁ?」

 

「へ?」

 

 

 突然矛先を向けられた俺は間抜けな声を上げ、その言葉を受けた長門と響は不満の矛先を向けてきたのだ。

 

 

「どういうことだ、提督?」

 

「私たちの考えを許さないとはどう了見だい?」

 

「いや待って、まだ俺その意見がどんなのか知らないからさ、ね? か、加賀ぁ!! ど、どういうことだよ!?」

 

 

 ずいずいと詰め寄ってくる二人を抑えながら、俺は突然のキラーパスを寄こした加賀に助け舟を求める。それを受け取った加賀はほんの少しだけ黙って俺を見つめるものの、一つ咳払いをする。

 

 

「じゃあ改めて二人の、そして私の意見をまとめるわ。その代わり『途中で話を打ち切らない』と約束して」

 

「お、おう……」

 

 

 妙に念押しする加賀の顔がいつもより幾分か真剣な気がしたため、俺は話が読めないまま了承するほかなかった。それを受けて、加賀は一つ息を吐いて話し始めた。

 

 

「先ず、2つの水雷戦隊は金剛たちを救出する本隊とそれが帰投するルートの哨戒とその護衛、そこまでは分かるわね?」

 

 

 加賀が周りにそう問いかけると、俺を含めた皆が一様に頷いた。それを受けて、加賀はもう一つ息を吐く。だが、それは話をするためと言うよりも、これからこの言葉を口にするのだ、という覚悟のようにも見えた。

 

 

「……じゃあ、もう片方の艦隊、私から言わせれば問題(・・)の大型艦で構成された艦隊ね。この艦隊は私たち空母や長門たち戦艦で構成される、いわば敵を叩くための艦隊よ。この艦隊は金剛たちが潜伏している可能性のあるキス島南東からなるべく離れた(・・・・・・・)海域に出撃する。そして、そこで遭遇した敵艦隊とひたすら戦闘を繰り返す(・・・・・・・・・・・)の。ちょうど、私や長門がやったようにね」

 

「ちょ、ちょっと待て。その艦隊も金剛たちを救出する部隊だろ? 何で反対方向(・・・・)に行くんだ? 何で戦う(・・)んだ? おかしいだろ?」

 

 

 加賀の言葉に、俺は思わず口を挟んでしまった。『打ち切らない』と約束はしたが、これは質問である。決して打ち切っているわけじゃない。純粋な疑問をぶつけているにすぎない。

 

 

「…………いいえ、この艦隊は金剛たちを救出する部隊じゃないわ(・・・・・)。第一、私たち大型艦が救出なんて隠密行動を出来るわけないでしょう。それに本隊である水雷戦隊が何度も敵に遭遇したら不味いでしょ? だから、なるべく離れたところ(・・・・・・・・・・)で、なるべく多くの敵を引き付ける存在(・・・・・・・・・・・・・・・・)が必要なの。そう……」

 

 

 そこで加賀は言葉を切った。そして、次にその口から出てくるだろう言葉を、俺はすぐに察した。同時に、彼女が言っていたことの真意を理解した。

 

 

 あぁ、そうだ。確かに俺はその作戦を許さないだろう。絶対に、万が一に、許すことはしないだろう。それは何故か――――それは俺がこの世で最も許せないものだからだ。

 

 

 

 

 

 

「いわば……『囮』よ」

 

「駄目だ」

 

 

 そう、俺の口から言葉が飛び出た、いや飛ばせた(・・・・)。無意識ではなく、俺の意志を持ってだ。

 

 その言葉に周りの視線が一斉に集まる様な気がした(・・・・)。俺の視界に彼らがおらず、複数の息を呑む声、擦れる靴底、相当な力で肩を掴まれたこと、これらの情報から推測したからだ。

 

 

「何故だ?」

 

「駄目なんだ、それは」

 

 

 視界の外から投げかけられた問いに、俺は反射的にそう返していた。だが、質問に則した答えではなかったのだろう。掴まれた肩が大きく揺らされる。同時に、こちらに近付く足音が複数聞える。囲まれているのか。

 

 

「何故『駄目』なんだ? その理由を聞かせてくれ」

 

 

 次に投げかけられた問い、それは違う人物からのもの。今しがた聞こえた声は先ほどは女の、先ほどは男の声だったから、それだけだ。他に情報は無い。そう判断した理由はない。

 

 

「駄目なんだ」

 

「だから、何が駄目なの?」

 

 

 もう一度、俺は理由のようなものを発した。すると、何故かまたもや同じ問いが投げかけられる。その声は先ほどの男か、女か、それすらも分からない(・・・・・)

 

 

「……まず俯いていちゃ話が出来ません。顔を上げ――――」

 

嫌だ(・・)ッ!!!!」

 

 

 上げない、上げたくない。

 

 上げれば見てしまうから、見えてしまうから。

 

 

 一光もなく、かがり火さえない真っ黒な空、その下に広がる不気味な程に青々とした海。その海を覆い尽くさんばかりの黒い黒い斑点、そこにインクが垂れ落ちた様に現れた薄紅色の点(・・・・・)

 

 突然現れたそれは一時その存在感で周りを圧倒するも、それはほんの一時(・・)だけ。その一時が過ぎれば、瞬く間に黒に塗り潰されてしまう。そこに、確かにそこにあったはずの点は塗り潰され、後には何も残らない。点は存在そのものを消され、紙面上にも音声にも、()の記憶にも残らない。

 

 そんな、そんな光景が目の前(・・・)に広がっている、広がろうとしている。時が、再びその引き金に手を掛けている。時を進ませ、点を染めんと、そのインクを早く垂らせ(・・・)と急かしてくる。再びその引き金を引け(・・・・・・・・・・)と急かしてくる。

 

 

 

『……く』

 

 

 声が聞えた。それは時か、運命か、結末か、或いはそれ以外か。分からない、分からない。分かりたくない。

 

 

『……いとく』

 

 

 またもや聞こえた。それはどのような言葉か、命令か、狂言か、妄言、甘言、いや、違う。そのどれもこれも違う。

 

 

『提督』

 

 

 やはり、また聞こえた。それは俺だ。俺である。俺のことだ。俺の地位だ、俺の立場だ、俺の役だ。同時に、その引き金を引くことこそが俺の役目(・・・・)だと言うのだ。

 

 

 『さぁ染めろ』、『染めるべきだ』、『染めるのがお前の役目』、『何も出来なかったお前が得た役目だ』、『お前が欲した役目』、『お前が望んだ役目』、『お前が手に入れた一丁の銃だ』、『一丁の銃と、ただ一つの銃弾だ』、『それがお前が望み、お前が手に入れた、唯一、ただ一つの出来ること(役目)だ』

 

 

 立て続けに現れた言葉たちを押し退け、最後に残ったそれ(・・)は獰猛な笑みを浮かべた。

 

 

 

『さぁ撃ってみろ。ま()染メ上ゲテヤルカラサァ(・・・・・・・・・・・)……』

 

 

 

 

 

「しれぇ」

 

 

 次の瞬間、その言葉が聞こえた。同時に、手を掴まれた。その言葉に顔を上げる、上げてしまう。上げた先は真っ黒な空、真っ青な海、夥しい数の黒い斑点、ではなかった。

 

 そこに居たのは一人の女性、名前も知らぬ(・・・・・・)女性。彼女は何故か車椅子に腰を下ろしている。青の袴に白の胴着、栗色の髪を横に束ね、肩に降ろしている。

 

 彼女は手を掴んでいる。誰かの手を、彼女の手ではないであろう手を掴み、自らの寄せている。そして不思議なことに、その動きに呼応するように俺の視界が段々と前に、段々と彼女に近付いていくのだ。

 

 何故か分からない、何故か彼女に近付いていくか。目の前に広がっている筈の光景ではない、彼女が居るのか。彼女の向こうに更に人影が見えるのか。存在しない筈(・・・・・・)の光景が目の前に広がっているのか。

 

 

「大丈夫()

 

 

 次に聞こえた言葉。それは彼女の言葉、確か(・・)に彼女の言葉だ。そして、その言葉を受け取ると同時に、俺の視界は真っ暗になった。広がっていた筈の光景に近いが、実像は全くの別物である。それは何故か、その要因は何か。

 

 それは顔を包み込む柔らかなもの、その向こうに確かに聞こえる鼓動があったから。規則正しく時間を、命を、そこに一つの命が確かに存在している証があったからだ。

 

 

 

「あなたは今、一人じゃない」

 

 

 次に聞こえた声、それは向けられた甘言。甘言であるはずが、それと同時に俺の顔を包む力が一層強まったことによって、それが甘言ではないという結論に至った。鼓動の音がより一層大きく、その動きが手に取る様に分かるようになった。

 

 自身のモノではない別の体温を、暖かい熱を、()此処に居ると言う存在証明を、確かに感じたのだ。

 

 

あの時(・・・)とは違う、確かに私たちがいる。私たちが居て、支えて、寄り添って、あなたが前を向くのを待っている。あなたが向いた未来()が順当な運命か、それに抗う修羅の道か、それを選ぶのはあなた。そして、その道を切り開き、障害を退け、壁を乗り越え、或いは壊すのは私たち。そう―――――」

 

 

 そこで途切れた言葉、いや一旦止まった言葉。それと同時に、手が再び引かれ、真っ暗だった視界が急に開ける。

 

 その後に現れたのは、先ほどの女性――――――加賀だ。

 

 彼女は真剣な表情を浮かべ、引っ張り上げられた俺の腕を掲げ、その手首に垂れる今にも擦り切れそうな(・・・・・・・)ミサンガを掴んでいた。

 

 

艦娘(私たち)はあなたの願いを成就させる『刃』、あなたはその刃を手に自らの願いを成就する『主』」

 

 

 その言葉と同時に、彼女は俺の手首に垂れていたミサンガを勢いよく引っ張る。

 

 

「あなたは今、とてつもなく強靭な刃を手にしている。それであなたは私たち(・・・)の願いを、『誰一人として失わない、全員必ず帰ってくる』、そんな大言壮語を必ず成就できる。いや、必ず成就させる(・・・)わ」

 

 

 そう言い切った時、彼女の手には所々ほつれた糸が力なく垂れていた。それは俺の、俺たちの願いが込められたミサンガ。

 

 自然に切れれば願いが叶うと言われる願掛けの一つ。しかし故意に切ってしまうとその効力は消えてしまう、下手をすれば込めた願いが叶わないとも言われる。だが、彼女はそれを切った。傍から見ればせっかくの願掛けを不意にしてしまったように見える。

 

 

 だが彼女はこう言いたいのだ。『そんな願いはミサンガではなく、私たちが叶えるのだ』と。

 

 

 

「……まだ不安? なら私のモノも切っていいのよ?」

 

 

 反応をしなかったためか、加賀は少しだけ不安そうな表情を浮かべて、自らの手に垂れるミサンガの一つに手をかける。それは新品同様の姿を保つものではなく、俺のよりもマシではあるが大分年季が入ってきた方だ。

 

 

 紛れもなく、二人で付けあったミサンガだ。『誰一人として失わない、全員必ず帰ってくる』―――そんな二人の願いが込められたミサンガだ。

 

 

 

「いや……大丈夫だ……」

 

 

 不安そうな表情の加賀へその申し出を断り、一度大きく深呼吸をする。より大きく、より深く、夕立に教えたようにゆっくりと大きな深呼吸だ。その効果は抜群で、あれ程ごちゃごちゃしていた心が嘘のように落ち着いた。

 

 

「……そう。で、考えはまとまった? 私の話を打ち切って、『刃』の温もりを感じて、覚悟(・・)は出来たかしら? もう一度言うけど、私は二人の意見と同じよ」

 

 

 深呼吸を終えた俺は顔を上げ、今しがた目の前に広がっている光景を――――――()が俺に視線を向けている光景を見回す。誰しもが頼もしい顔を浮かべる中、一人曙だけが何処か悔しそうな表情をしていたが、俺と目が合った瞬間、周りと同じものになった。

 

 

 そうだ、今の俺には彼女たちが、『強靭な刃』たちが居る。あの時とは違う、あの時のように大切な人を守る力を持たず、ただ己に降りかかる責任を他者に押し付けるしかなかったあの事の俺ではない。いや、本質的に俺は変わってないかもしれない。

 

 だが俺の周りには、何時まで経ってもた割ろうとしない俺の周りには、沢山の『刃』たちが居るのだ。俺だけ(・・・)ではない、沢山の『刃』たちが傍に居てくれるのだ。

 

 

 そして、俺はそれを手にする『主』なのだ。であれば、少しくらい『刃』に願いを託しても、罰は当たらないだろう。

 

 

 

「加賀と長門…………頼めるか?」

 

「承知しました」

 

「無論、初めからそのつもりだ」

 

 

 俺が二振りの刃に願いを託すと、刃たちは力強く了承してくれた。その言葉と共に、両者とも不敵な笑みを浮かべる。

 

 

「囮部隊は戦艦と空母の混成部隊。旗艦は長門、僚艦は日向、扶桑、加賀、龍驤、隼鷹の5名――」

 

「榛名は入れないのか?」

 

 

 俺の編成に林道―――――『懐刀』が食い気味に口を挟む。彼の方を見るも俺の編成に不服と言う感じではなく、ただ単純に榛名を外した理由が知りたいみたいようだ。

 

 

「榛名は哨戒部隊からの連戦で疲労が溜まっているだろう。彼女は入渠完了後、母港にて待機。金剛たちを発見、保護した際に後詰として出撃し救出部隊を護衛する部隊を率いてもらおうと考えているが……どうだ?」

 

「……まぁ、大丈夫だろう」

 

 

 俺の言葉に林道は少し考えた後そう口にし、思案するように黙り込んだ。そんな彼と入れ替わる様に、何処か得意げな表情の天龍が前に進み出た。

 

 

「ってなると、救出部隊(本隊)は俺たちか。ハハッ、腕が鳴るぜ!!」

 

「……天龍達は敵に顔が割れている。すまんが、榛名と同じく護衛部隊を率いてもらう」

 

「マジかよ…………まぁ、しゃーねぇか」

 

 

 意気揚々と前に進み出た天龍に冷や水を浴びせるも、納得してくれたのか渋々と引き下がってくれた。襲われる危険を回避するためといえ、やはり敵に姿を晒している彼女を本隊に据えるのはリスクがある。長門や加賀たちが盛大に暴れてくれて、敵もそれに目が向いているのだ。出来ればそのメリットを利用したいのだ。

 

 

「そうなると、誰が本隊を?」

 

 その疑問は大淀から飛んできた。それに周りのメンツも彼女と同じ表情を向けてくる。その視線を一身に受け、俺は口を開いた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「この招集、金剛さんのことだよね?」

 

「そうに決まってるでしょ。でも、どうするんだろう……」

 

「誰が行くのかな?」

 

 

 すぐ傍から聞こえた一つの声。それは何処か不安な表情を浮かべた駆逐艦が漏らしたものだろう。彼女だけではない、周りにいる殆どが同じ表情を浮かべ、口々に同じことを呟いている。誰もがここに召集された理由をおぼろげながら察しているが、その真相までは知らないからだ。

 

 

「潮ちゃん、何か知ってる?」

 

「ごめん、分からないんだ」

 

 

 そんな艦娘たちでごった返す食堂、その中に居る一人からそんな疑問を投げかけられた私――――潮は素直に答えた。

 

 金剛さんが行方不明になったことは数時間前、大淀さんによって全艦娘に通達された。そのことに多くが激しく動揺する中続けて捜索隊を編成し出撃、それ以外は鎮守府にて待機するとの旨を告げられたのだ。そして、次に読み上げられた艦娘の中に私が含まれており、すぐに執務室に向かった後天龍さん率いる水雷戦隊で出撃した。故に、自分よりも情報を持っていると思われて先ほどの問いを投げかけられただろう。

 

 しかし、私はあくまで出撃しただけであり、それ以降は天龍さんが響ちゃんを引き連れて執務室に報告を上げたことまでしか知らない。それに、本来一駆逐艦が作戦概要を把握はすれど作戦自体に意見するなんてことは稀である。響ちゃんは経験がありそれが今回の作戦に役立つと言う提督直々の指名があっただけだ。

 

 

「北上さん、何か知ってます?」

 

「んー? さぁーねー、分かんないや」

 

 

 その答えを得ようと私は投げかけられた問いをそのまま隣に居た北上さんに向けるも、返ってきたのは期待していたモノではなかた。因みに何故彼女が私の横に居るのかは、召集を受けた際にたまたま私と曙ちゃんのリハビリについて打ち合わせをしていたからだ。

 

 だが、そう気だるそうに返答する彼女の視線は何処か一点に注がれていた。生憎、北上さんと私は幾分かの身長差があり、その視線の先に何があるのかまでは把握することが出来なかった。

 

 

 ただ、その何かに向ける視線が身内に向けるものとは思えないほど冷え切ったものであることは分かった。

 

 

 その時、食堂の扉が開いた。それと同時に、あれ程がやがやしていた艦娘たちの声がぱたりと止む。それは、扉の向こうから提督が現れたからだ。

 

 提督は一斉に向けられた視線に一瞬たじろぎながらも、すぐに表情を引き締めて視線を外し、私たちの中を歩き始める。そして、その後ろに大淀さん、長門さん、天龍さん、響ちゃん、最後に曙ちゃんに押される加賀さんが続く。入ってきた面子のうち、大淀さんは提督の後を、彼女以外は静まり返る私たちの中に入っていく。

 

 

「皆、先ずはロクな説明もなく待機してくれてありがとう。そして、改めて現状を説明しよう」

 

 

 食堂に集う艦娘の視線を一身に受けながら、提督は口を開いた。その姿は試食会の時に見たそれと酷似していたが、その顔はあの時の心ここにあらずと言った感じはなく、強い意思を持って言葉を発している。その姿のせいか、食堂のようなヒソヒソ話は皆無だった。皆が今目の前に立つ提督の言葉を待っているのだ。

 

 

「本日、モーレイ海に出撃した哨戒部隊が敵主力と交戦後、謎の深海棲艦の襲撃を受け金剛と吹雪が消息不明になったことは話した。残念ながら、依然として金剛と吹雪は行方不明のままである。だが、モーレイ海から北東に位置するキス島付近にて彼女たちを襲った深海棲艦を発見、彼女たちはその手を逃れてキス島付近に潜伏している可能性を得た。同時にキス島南東にて彼女たちのモノと思われる痕跡を発見し、その信憑性が増した。故に、これよりキス島に駐留すると思われる金剛、吹雪の両名を捜索、発見しだいこれを救出を主とした作戦を決行する。そして―――――」

 

 

 彼はそこで言葉を切り、小さく息を吸った後に再び声を上げた。

 

 

「今より本作戦名を『ケ』号作戦―――――通称『キス島撤退作戦』とする」

 

 

 提督の口から発せられた作戦名。それは先の大戦で行われた駐留部隊を無傷で撤退させた『奇跡の作戦』と名高いそれを下敷きにしているのだろう。現に響ちゃんが経験したものだ。そして、その作戦名に何人かの艦娘たちがピクリと反応した。彼女たちも、何らかの形で参加したのだろう。

 

 

「本作戦は吹雪、金剛の救出を目的とする本隊と戦艦、空母を中心とする敵深海棲艦を引き付ける囮部隊、両部隊の帰投を支援する護衛部隊、この三つに分かれて行う。なお今作戦にて本隊に編成されない者は全て母港にて待機だ。戦況に合わせて別部隊を組織する可能性があるため、各々何時でも出撃出来るように準備をするように」

 

 

 提督の言葉にその場にいた艦娘全員の顔が引き締まった。先ほどと同じ待機命令ではあるものの、状況による出撃の可能性を示唆されたのだ。金剛さん、そして吹雪ちゃんを救出する作戦に実際に自ら関われるかもしれないと言う淡い期待かもしれない。

 

 

 そして何より、どのような形であれ自分たちを守るために身を粉にし続けてくれた金剛さんを助けたい、と言う願いからかもしれない。

 

 

「先ず、護衛部隊。本部隊は金剛救出部隊と囮部隊を護衛するために二部隊編成する。前者は先の出撃で海域を把握している天龍、龍田の2人を中心とした水雷戦隊、後者は同じく海域を把握している榛名を中心とした戦艦部隊。僚艦は各旗艦に一任する、各々が最適と言えるものを集めてくれ。集め次第、報告をするように」

 

「了解だ」

 

「……はい」

 

 

 提督の言葉に私たちの中に居るであろう天龍さんは力強く、同じく何処かに居るであろう榛名さんは何処か弱弱しく声を上げた。

 

 

「次に、囮部隊。本隊は捜索部隊で出撃した面々である長門、扶桑、日向、加賀、龍驤、隼鷹の6名だ。本隊は潜水艦隊が件の深海棲艦と交戦したキス島北方面に出撃し、存分に暴れ回ってくれ。ただし深追いは絶対にするな。敵の目を引き付けるために多少の無茶は許すが、最低限のラインを越えそうなら無理をせず帰投するように。非常に難しい役回りだが、頼むぞ」

 

「望むところだ」

 

 

 提督の言葉に、長門さんが自信たっぷりに言い放つ。同時に、同じく名前を呼ばれた人たちもそれぞれの反応を示した。それは誰一人として同じものは無かったが、その全てに悲観的なものは無かった。

 

 

「そして、最後に救出部隊。本隊は本作戦の軸である金剛、吹雪の救出を目的とする。囮部隊が北方に敵を引き付けている間に南東方面に出撃し、金剛、吹雪の救出してくれ。そして編成だが……」

 

 

 そこで、またもや提督は言葉を切った。その姿に、皆の視線が集まる。本作戦の主力なのだから、否が応にも注目してしまう。その視線を受けて、提督は重い口を開いた。

 

 

 

「北上、夕立、響、曙、潮、雪風。この6名による水雷戦隊だ」

 

「待ってください!!!!」

 

 

 提督の口から飛び出した艦名、それを受けて私は大声を上げた。それは自分が主力部隊に居たからではない、私の名があった事なんかどうでも良い。そんなことよりも何故そこに彼女の名が、曙ちゃんが編成されているのか、戦えない艦娘の名があるのか、その意味が分からなかったからだ。

 

 いや、一つ考えられる理由がある。それは今の提督がやってくる前、初代が居座っていたことによく(・・)目にした編成であった。入渠も補給もさせてもらえず、生きる屍のような姿で出撃し、僚艦たちを敵の砲火から守る―――――自らを盾として、その命と引き換えにして。

 

 

 初代が用いた『捨て艦戦法』(常套手段)の編成であったからだ。

 

 

 

「潮」

 

 

だが、それも真横から聞こえた声によって遮られた。同時に進もうとした私の前に手を出して行く手を阻み、それと同時にゆっくりとした動きで前に進み出る後ろ姿。

 

 

「北上……さん」

 

 

 その後ろ姿に、私は彼女の名を溢していた。先ほどの勢いを何処へ捨ててきたのか、とても弱弱しい声で。否、その後ろ姿を、ほんの一瞬だけ見えた彼女の横顔―――――そこに浮かぶ狂気に染まった獰猛な笑み(・・)を見てしまったからだ。

 

 

 

「何でその面子になったの?」

 

 

 北上さんの声はいつも通りだ。何処か緩く、緊張感が感じられない。だが、今この状況でそんな声を上げること自体異常である、恐らく彼女以外の誰もがそう思っただろう。しかし、あまりにいつも通り過ぎる彼女の様子に誰一人としてそれを口にすることは無かった。

 

 

「……先ず、北上。お前は工作艦の経験があり、現在この鎮守府の医療を司っている。そして報告から金剛が大破、吹雪は小破している可能性が高い。だから金剛たちを発見した時に出来うる限り治療して欲しい。そして、お前の実力はあの襲撃で身を持って知っているし、キス島の海流を動き回れるのは軽巡洋艦と駆逐艦のみ。このことから適役だと判断した」

 

「へぇ~、そこまで買われちゃうと悪い気はしないなぁ~」

 

 

 提督の言葉に北上さんはわざとらしく頬を掻く。その一挙手一投足が何処かわざとらしく見えてしまうのは私の偏見だろうかそれとも彼女が敢えてそうさせているのか、それは彼女以外分からない。

 

 

「でもぉ、戦闘も出来て治療も出来るハイパー北上様も修復に必要な資材がなけりゃどうすることも出来ないよぉ? まさか現地調達しろって無茶言う気?」

 

「いや、資材は救出部隊と一緒(・・・・・・・)だ。金剛と吹雪の両名が完治できるだけの鋼材と弾薬、そして高速修復材(バケツ)はお前たちに運んでもらう」

 

 

 その後に投げかけられた北上さんの指摘に、提督は臆することなくスラスラ答えた。その話から、修復に必要な資材は救出部隊が運ぶ手筈だと言うことが分かった。そして、同時にもう一つの疑問の答えでもあった。

 

 

 

 

「その資材を運ぶのが、私の役目よ」

 

 

 その答えを発したのは、いつの間にか私の傍にいた曙ちゃんだった。

 

 

「曙には今しがた言った資材を積んだドラム缶、そして先ほどの開発で出来た22号水上電探を持たせる。そして、彼女には資材の運搬と電探を用いた索敵を担ってもらう」

 

「まぁクソ提督はあんなこと言ってるけど、要するに誰かに引っ張ってもらう『輸送船』より、自走出来て回避行動もとれる『輸送船』の方がマシ、ってことよ」

 

 

 提督の説明に身も蓋も無い補足を付け足す曙ちゃん。彼女は戦えない艦娘だが、リハビリを通してその航行技術と回避技術は既に実戦に戻っても問題ないレベルにまでなっていた。これはリハビリを担当した私が認めたことであり、同じくそれを見ていた北上さんも太鼓判を押したことである。砲撃さえできればいつでも現場に復帰できる―――――それは私たちの共通認識であった。

 

 そして、資材を積み込むドラム缶は私たちが持てる兵装と同等であり、私たちが持てる装備を制限してしまう。同時に、元々輸送用であるそれを抱えて行う戦闘は圧倒的に不利となる。だからこそ、艦娘は別で輸送船を用意してそこに資材を積み、誰かがそれを引っ張り周りを護衛する形をとる。勿論、護衛なのでそれだけ速力も落ちるし、同時に厳重警戒を敷くため各艦にかかる負担は大きくなる。輸送船を護衛するだけでも相当のハンデを背負うのだ。

 

 だから、現状において私たちと同じ速力を持ち、なおかつ自分で回避行動をとれる輸送船の存在は非常に心強く、なお且つこの役割に適任である曙ちゃんを編成に加えるのは分かった。だが、分かっただけだ。分かっただけで納得したわけじゃない。

 

 いくらリスクが抑えられるとはいえ、攻撃手段を持たない艦娘が敵地に入り込むだけで相当の危険を伴う。これは覆しようのないことだ。そんな虎穴に、何故わざわざ曙ちゃんを飛び込ませないといけないのだ。

 

 

 そう、言い返そうとした(・・・・・・・・)

 

 

 

「そして潮。あんたに私の背中、預けるわ」

 

 

 それを遮ったのが、曙ちゃんの言葉だ。同時に私の肩に手を置き、真っ直ぐ私の目を見てそう言ったのだ。

 

 

「潮、曙を頼むぞ」

 

 

 同時に、今度は提督からそんな言葉が投げかけられた。彼も、曙ちゃんと同じく真っ直ぐ私の目を見てくる。そして、私は自分が選ばれた理由を―――――――『曙ちゃんを守る』という役目を知った。

 

 ずるい、提督も曙ちゃんも本当にずるい。そんな言葉を、そんな役目を、そんな目を向けられちゃったら…………もう納得するしかないじゃないか。

 

 

「……分かりました。必ず、守ります」

 

 

 二人の言葉を受けて、二人の目を見て、二人の期待を背負って、私は力強く答えた。すると提督の表情が緩み、曙ちゃんは嬉しそうに私の方に腕を回してきた。

 

 

「頼んだわよ!!」

 

「……うん、任せて!!」

 

 

 曙ちゃんの言葉に、私は笑顔で答えた。これから虎穴に向かうとは思えないほど、晴れ晴れとした笑顔を浮かべながら。

 

 

「次に夕立。夕立は金剛たちの消息不明以来、『吹雪を助けたい』と何度も救出部隊に志願してくれた。また最近の演習や出撃でもなかなかの戦果を挙げており、特に駆逐艦の中では敵艦撃破数がトップだ。本人の熱烈な要望、そしてここ最近の戦績を踏まえ、今回の編成に加えてもらった。いくら救出部隊とはいえある程度の戦闘は避けられないだろう。敵との戦闘時、存分に活躍してくれ」

 

「っぽい!!!!」

 

 

 提督の言葉に、少し離れていた所に居た夕立ちゃんは声を張り上げて返事をする。やっぱり、以前の彼女とは変わった。此処まで積極的になれたのは、正直羨ましい。まぁ、私も変われる理由を貰ったんだけどね。

 

 

「次に、響。彼女はこの作戦の下となった『奇跡の作戦』に従事した経験を持ち、同時に捜索隊として現状のキス島付近の海域に詳しい。敵に認識されているリスクはあるが、それよりも彼女が本隊に参加することで得るメリットを優先した。響は今作戦のかじ取りを担うだろう、皆と共に本作戦を成功に導いてくれ」

 

「大層な役割だなぁ……了解、響、出撃する」

 

 

 提督の言葉に響ちゃんは少し苦笑いを浮かべるも、最後は力強く頷いた。彼女が本作戦に参加してくれるのは僚艦としてありがたい。作戦指針を決めてくれる存在は想定外の状況に際して進むべき道を指示してくれる、そして今回はあくまで『可能性が高い』というだけで確証を得た情報はあまりないのだ。だから、状況を把握と次に来る展開の予測を出来る存在が必要であり、それが『奇跡の作戦』に従事した響ちゃんとくればこれほど心強いものはない。

 

 

「最後に、雪風だが……」

 

 

 そこで、今まで流暢に言葉を紡いでいた提督の口が止まった。いや、止まったと言うよりも明らかに鈍ったと言った方がいい。突然のことに今まで高揚していた雰囲気が消えてしてしまった。誰もが黙り込んだ提督を見つめ、彼は集まる視線に気圧されている、いや、どちらかと言えばある一点を見て気圧されているように見える。

 

 

「なんでしょう? 司令官」

 

 

 名前を呼ばれたのか、はたまたその視線の先が彼女であったのか、ともかく雪風ちゃんはそう声を上げた。その様子はいつもと変わりなく、不思議そうに首を傾げている。傍から見ればいつもの彼女だが、何故か提督はそんな彼女をいつもとは違うような目で見ている。

 

 ふと、私の目に先ほどいの一番に声を上げ、そして自身が編成された理由を聞いて以降黙っていた北上さんが映った。彼女は先ほどの獰猛な笑みを浮かべておらず、滅多に見せない真剣な表情提督を見つめていた。まるで、その口から飛び出す言葉を一言一句聞き漏らすまいとするかのように。

 

 

「……雪風は以前から演習、出撃共に戦果が高かった。最近、夕立に撃破数を抜かれたものの、総合的に見れば駆逐艦の中でトップクラスだ。夕立同様、雪風には戦闘時の活躍を期待している。そして、今作戦は可能性がある、と言うだけで確証が少ない中で決行される。本作戦の成功は各艦の奮闘ぶりも必要だが、同時に様々な条件が揃わなければならない状況もあるかもしれない。正直そこは誰も手を出せない、文字通り『神のみぞ知る』状況だ。だからこそ――――――」

 

 

 提督は再びそこで言葉を切った。今度は言い淀んだと言うわけではなく、次に吐き出うとする言葉を選んでいるかのようであった。だが、それもあまり時間がかからなかった。

 

 

 

 

「お前の『幸運』で、本作戦を成功に導いてくれ」

 

 

 提督の口から飛び出した言葉。それは雪風ちゃんが良く口にする『幸運』と言う言葉だ。最も、彼女が実際に言葉にするのは『幸運の女神のキスを感じる』であり、ある意味彼が口にした『神のみぞ知る』にかかっているために敢えて『女神』を、そして女神が行う行動である『キスを感じる』を省いたのだろう。

 

 そして彼女は自称、他称とも『幸運艦』、もしくは『奇跡の駆逐艦』である。雪風と言う艦艇が歩んだ歴史は膨大であり、その殆どが『幸運』の名を欲しいままにしていた。故に、彼女が動けば大概の物事が彼女に都合よく動いてしまう。まさに『幸運体質』ともいえる。

 

 

 ……正直言おう、雪風ちゃんの起用は他の子達に比べて大分弱い気がする。勿論、彼女の戦闘技術が高いことは知っているし、彼女が持つ『幸運』は可能性に塗れた本作戦を遂行するには必要だとも言える。

 

 だけど、それだけ(・・・・)なのだ。工作艦の北上さん、輸送船役の曙ちゃん、その護衛である私、熱烈に出撃を希望した夕立ちゃん、『奇跡の作戦』に従事した響ちゃん。私たちが持つ理由と比べてしまうと、やはり見劣りしてしまうのだ。

 

 また、彼女が起用された『幸運』を見ても、私や北上さん、響ちゃんも運が良い方(・・・・・)だ。自惚れる訳ではないが、可能性を引き寄せるためとして、私たち3人を編成するだけである程度事足りてしまうのではないか。まぁ、雪風ちゃんが軸を担って私たちはその補強、という捉え方なら納得するが。

 

 そんな起用理由のせいか、雪風ちゃんは黙りこくっている。唖然としてようにも見える。確かに、これほどの大規模な作戦にそんな理由で起用されれば面を喰らうか。そんな何処か冷ややかな視線を向けていると、不意に彼女が俯いた。

 

 

 

 

「違ったか……」

 

 

 俯いた際、微かに、本当に微かにだが、雪風ちゃんの口からそんな言葉が漏れた。それはいつもの彼女からは考えられない程、低く、重く、何処か残念そうな(・・・・・)声色だった。

 

 

「了解しました!! 雪風、拝命いたします!!」

 

 

 だが、次の瞬間いつもの彼女がそこに居た。いつものように笑顔で、元気よく、提督の言葉を了承したのだ。突然の宣言に驚きつつも、その返答に先ほどの強張った表情を少し緩ませる。そして、彼女の力強い宣言によって一時沈みかけていた雰囲気が再び盛り上がった。

 

 

「各艦隊の出撃は翌日の明朝とする。それまで出撃メンバーは補給と十分な休息をとること。曙も念のため弾薬も補給しておいてくれ。そして、待機する者も同様に補給と休息をとるように。では、解散!!」

 

 

 提督の号令にその場にいた艦娘たちは一斉に動き出す。ある者は補給の準備を、ある者は艤装の整備へと動き出す。その目的は殆ど一致していた。何故、殆ど(・・)なのか。それは今私の視界に居る二人は恐らく違うと察したからだ。

 

 

「さて、じゃあ軽~く作戦について話し合うよ?」

 

 

 そう言って私たちを招き寄せた北上さん。その表情はいつもの気だるそうなもんではあったが、一時、ほんの一時―――――雪風ちゃんを見るほんの一瞬だけ、その目がまるで獲物を狙う獣のようであったからだ。

 

 その視線を受けた雪風ちゃん。彼女はその視線を意に返さず、正直気付いていないのではと思える様子であった。が、その様子、そして彼女の雰囲気、いつもの天真爛漫な雰囲気である筈のそれが、何処か錆び付いた機械のようにぎこちなかったからだ。

 

 

 そして、その違和感が強くなるのは決まって彼女が視線を外した時――――――提督を捉えている時だからだ。

 


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