新米提督苦労譚~艦娘たちに嫌われながらも元気に提督してます~   作:ぬえぬえ

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『懐刀』の成果

 静寂の中に音が一つ、乾いた音だ。その音は断続的になり続ける。一定の間隔で、まるで時を刻むように。事実、その音は壁に掛けられた古時計が発していた。いつもの調子で、いつものペースで、規則正しく、淡々と進む時を表している。

 

 例外のない、この世に生きる全ての生命に向けて、容赦なく迫る現実を、残酷なまでに進んでいく時を、生命の終わりに迎える瞬間まで、淡々と進み、流れ、その終わりを迎えてもなお進んでいく時を。巻き戻しなんか出来ない、後戻りも出来ない、誰かの命を弄び、滅ぼしていく時を。

 

 

 そんなこの世の支配者を前に、()はいる。その前にあるいつもは書類の山で埋め尽くされていた机は本作戦の概要をまとめた資料と今回の出撃メンバー、鎮守府待機している艦娘の名簿とその情報、海図、コンパス、定規、それらを取り囲むように膨大な走り書きのメモが散乱している。

 

 護衛部隊の編成、装備、進撃ルート、合流後の撤退ルート、帰投後の入渠、補給の段取り、必要資材、バケツの用意、帰投後の論功行賞などなど、そのメモに走り書きされることは多岐にわたる。今まで彼が必死になってやってきた書き記してきた、己がここに着任し提督として執務を行ってきた中で得た経験、知識の全てをフル活用し、且つ最大限に発揮した末に生み出されたものたちだ。その数も馬鹿にはならず、尚且つその重要性も相当のものだ。

 

 しかし今、たった今それらは全て只の紙切れとなった。今しがた入った一本の無線、そこで行われた会話によって全て無用の長物となった。誰のせいでもなく、他の何かによってでもなく、紛れもない彼自身の手によって。

 

 

 もはや無用の長物と化した、としてしまった紙切れたちを前に、彼はただ茫然としている。先ほど目一杯、力の限り握りしめ、己の全てを紙に走らせていた手はペンを離し、代わりに彼が絞り出してきた紙きれの一部を握りしめている。

 

 もう片方の手はその顔の半分を覆い尽くしている。その内から沸き上がる後悔を、悲観を、懺悔、負の感情を吐き出し、そしてそれらを突き付け、突き刺し、その喉元を喰い千切ろうするほど強く、強く、その顔を握りしめていた。その隙間から見える彼の顔は、突き刺されたもの、喉元に食いつかれたもの、それらから逃げることも出来ず、悲鳴を上げることも出来ず、ただ声を押し殺し、息を押し殺し、そのまま呼吸を止めてしまった方が楽なのではと思うほど酷く、脆く、儚く、歪んでいるだろう。

 

 

 

 そんな彼――――提督に、私―――――大淀が出来ること、それは何だろうか。

 

 

 彼の補佐としてずっと執務を続けてきた。この鎮守府の中で彼と共有した時間は一番長いだろう。それだけ彼を見てきた。補佐してきた、時に怒り、時に呆れ、時に笑った。顔を突き合わせ、意見をぶつけ合い、気を遣い合い、敬い合い、信頼を向け合い、時には無防備な寝顔を見せ、そして見てきた。彼の色々な表情を見たつもりだった。

 

 だけど、それ以上に彼を知っている人がいた。突然取り乱した彼を抱き締め、その手に付けられたミサンガを引き千切った加賀さん、食堂で拳をぶつけ合い、その後に彼を自室に呼び出した憲兵、先ほどの無線で一言も発せなかった彼の願いを肯定し、そして叶えてあげると豪語した曙ちゃん。彼らは私以上に彼を知っていた、だから彼にあの言葉を向け、そして向けられた。

 

 だが、私は彼らと同じように出来なかった。先ほどの無線――――その向こうであったことを、会話には参加していないものの実際に聞いていた。聞いていたくせに動けなかった。それは現れた選択肢が二つとも、彼が是が非でも回避したいものばかりだったから。どちらを選んでも彼が傷付いてしまう、選ばせてしまえば彼を傷付けてしまう、そんな自己保身の姿勢であったから。

 

 

 同時に、私は戦場に居ない。加賀さんや曙ちゃんは彼の願いを叶えるためにその命を燃やしている、燃やし尽くそうとしている。彼の艦娘として、彼の刃として、役目を全うしようと全力で走り続けている。選択を強いるしかなかった私と違う。選択肢のその先を見据え、其処へ全力を尽くしている、命の燃やし処を得ている。

 

 それが何よりも羨ましい、妬ましい。私だって彼女たちと同じように海を駆け回り、砲を振り回し、敵を撃破することが出来る。ただ彼女たちよりも事務能力に長けていて、その能力を買われて提督の補佐として執務を手助けしているだけ。いや、それこそが私の致命的な失敗なのだ。手助けする立場になってしまった、それゆえに戦場に出ることがなく、提督の頭から私を戦場に出そうと言う考えが抜け落ちてしまったのだ。自らの牙を、自ら折ってしまっていたのだ。

 

 

 だが仮に彼女たちと同じく戦場に立っていたとして、私は同じように動けただろうか?

 

 

 そう問われると、黙りこくってしまう自分が居る。彼を助けたいと言う想いは同じだが、それに則した行動をとれるかどうか分からない。曙ちゃんのように彼を肯定し、その願いを叶えるがために命を燃やすことが出来るだろうか。

 

 その答えは『命を燃やすことは出来ても、彼女のように肯定までは出来る気がしない』である。

 

 何故なら、彼女があそこまで力強く言い切った根拠が分からない、いや無い(・・)からだ。根拠のない無責任な発言と言ってしまえば聞こえは悪いが、彼女の発言は実際そうなのだ。だからこそ彼はこうして塞ぎ込んでいる。その言葉に根拠があればその策に乗って動いていただろう。それは先の加賀さんが言い放った言葉で彼が動いたのが証拠だ。

 

 だから彼は動かない、いや動けない。それは根拠がないから、彼女たちが全員生還できる可能性が見えないから。雪風ちゃんの発言も曙ちゃんの言葉も、全て根拠のない夢物語であるからこそ彼は動けない。

 

 

 彼が今までしてきたこと―――――そこにはある程度の根拠があり、それが最も発揮される場所で動く。それが彼の常套手段だ。

 

 その常套手段で鎮守府(ここ)は変わってきた―――――否、救われてきたのだ。同時に自惚れていることを承知で言おう、私はそれを間近で見てきた。見てきた故に知っているのだ。

 

 彼は安全牌しか拾えない『腰抜け』だと、彼は誰かの命を切り捨てられない『臆病者』だと、彼は自分が守りたいもの全てを守ろうとする『甘い人』だと、彼は誰かのためなら自分を躊躇なく危険に晒し、誰かのために自分を汚し、誰かのために身を削り、誰かのために受け皿となれる――――――

 

 

 

 そんな『優しい』、『優し過ぎる(・・・)』人なのだと。

 

 

 本人でさえ気づいていないであろう、彼の本質を知っている。恐らく唯一、知っている。だからこそ彼のしたいこと、やりたいこと、しなければならないこと、その全てに微力ながら協力してきた。夕立ちゃんの、加賀さんの、イムヤちゃんたちの、榛名さんの、憲兵の。今しがた彼を救おうとその命を燃やしている彼らの、そう動けるようになった、動けるようにお膳立てした。

 

 それだけは言える、それだけは譲れない。私だけが出来る、私だけしか出来ない唯一無二の立場。胸を張って断言できる、声を高らかに自慢できる、私の成果(・・)。おおっぴろげに出来る内容ではないものの、いざ言えと言われれば躊躇なく言えてしまう。それほどまでの誉れ高き成果だ。

 

 だが、この状況においてはそんなものに価値はない。安全牌を取り続けた故にその道理から外れてしまえば、私がやってきたものは全て無意味となってしまう。結局安全牌と言う保険を背景に動いてきた私の成果は、それを保証する牌が無ければ無価値の烙印を押されてしまう。それほどまでに危ういものであり、息を吹きかけただけで何処かへ飛んで行ってしまう程、軽いモノ(・・・・)なのだ。

 

 

 そしてこの状況――――彼が選択出来ずに進んでしまった、彼が思い描く未来から、彼の掌から零れた現実。それに対して私が出来ることは皆無だ。彼が大いに活躍できる場所を作り上げるのが役目の私が、誰がどう見ても彼が委縮するしか出来ない場所で動けることなどない。同時に、そういう場所に放り込まれた彼が私に求めるものが、皆目見当がつかない。

 

 今まで彼の近くに居たのに、今も彼の傍に居るのに、最も彼と時間を共有したのに。その願いを叶えることが、その手助けすら出来ない。そして今この場に居る自分が何をすればいいのか、この状況で補佐しか出来ない私に何が出来るか、それすら分からない。

 

 

 

 正真正銘、本当の役立たずでしかない。

 

 

 

「楓」

 

 

 ふと声がした。それは私以上に彼を知っているうちの一人、他の2人と違って戦場に出ることが出来ない、ある意味私と立場が近い、なのに彼からある程度の信頼を向けられた存在――――憲兵だ。

 

 彼は先ほどのやり取り――――救出部隊とのやり取りをする提督をただ黙っていた。その時の表情は至って焦っている様子もなく、まるで彼がどのように判断を下すのか、その行く末を見守ろうとしている。そんな姿勢に見えた。

 

 そんな彼は今、提督の横に立っている。そして、その手には何故かマグカップが――――私が大分前に淹れたコーヒーが置かれている。もう湯気は立っておらず、温もりの殆どを時に持っていかれた残骸。今の彼は、まさにこの冷めきったコーヒーだと言える。それをいつの間にか手に持ち、提督の横に立っている。

 

 それを見た瞬間、彼は手に持ったカップを前に突き出しゆっくりと傾けはじめた。重力に引っ張られ、冷めきったコーヒーはカップの淵に行き付くも暫し押し留まった。が、やがては重力に押し負け淵を越えて下に零れる。淵を飛び出したコーヒーは一本の線となって下へ下へと落ちていき、やがてとあるところに行き付いた。

 

 

 

 所々くたびれた、よれよれの、型崩れが目立ち始めた、かつては純白であったはずの制服――――――提督の制服である。

 

 

 

「ちょ」

 

「これは『汚れ』だ」

 

 

 思わず駆け寄ろうとした私の身体は、憲兵の口から漏れた『汚れ(その言葉)』によって遮られた。尚もコーヒーは提督の制服を汚していく、『汚れ』を刻んでいく、その行為がどんな意味を持っているか、何を示そうとしているのか。

 

 その答えは、次に飛び出した彼の言葉で分かった。

 

 

 

「今しがたお前が犯した――――『提督』の汚れだ」

 

 

 そう言ったところで、カップに残っていたコーヒーは無くなった。一滴残らず提督の制服に、提督の『汚れ』となった。白い布地の制服に、大きな黒いシミが刻み込まれた。白だからこそ黒が良く映える、何色にも染まらない黒だからこそ長く、永く残る。よく映え、永く残るからこそ、忘れない(・・・・)

 

 彼が犯した提督として(・・・)の罪を、その代名詞たる制服に刻み込んだ。いつ何時、毎日のように袖を通すその制服()に刻み込んだ。一重に彼がこの罪を忘れさせないために、二重に彼が同じ過ちを犯さないように、それらを重ね合わせた末に出来上がった『真意』は。

 

 

 

「さぁ楓、これから(・・・・)どうする?」

 

 

 そう、憲兵は問いかけた。その言葉に、その掌に納まっていた彼の顔がゆっくりと持ち上げられた。そこにあったのは悲壮、後悔、懺悔、憤怒、ありとあらゆる負の感情に押しつぶされて憔悴し切った表情であった。だがその中でも特に前面に押し出されていたのは『戸惑い』。自分に向けられた問いの意味を解することが出来なかったからだろうか。

 

 

「提督は艦隊の、その下にいる艦娘の道しるべにならなければならない。艦隊を勝利に導くこと、艦隊を生還させること、誰かを切り捨てること、全てにおいて答えを示さなければならない。例えそれが艦隊の全滅であっても、鎮守府の壊滅であっても、提督(お前)が決めなければならない。先の選択、どちらも『答え』であって『正解』ではない。何故ならお前が選んだものが『正解』になるからだ、お前が下した判断が『正解』となるからだ、『正解』を選ぶ(・・・・・・・)のではなく『正解』を決める(・・・・・・・・)、それが提督が担うべき責務だ」

 

 

 その口から飛び出した言葉は刃物と、いやそれよりももっと凶悪な凶器となって彼に襲い掛かった。それを受けたその顔は更に苦痛に歪み、暗い影を落とす。憲兵の口からつらつらと語られた話、提督と言う存在がどのようなモノか、どんなことを求められるか、その責務とは何かを示している。その次に続くのが彼が今しがた犯した罪を提示し、その責任を追及すると思っているのだろう。

 

 

 

「そしてお前は、『決断しない』と言う正解(・・)を出した」

 

 

 

 だが、次に現れたのは予想していたものとは幾分かかけ離れていた。その言葉に今度こそ彼の顔が強張る。雷に打たれた様に、いきなり水をかけられたかのように。思考、感情、衝動、全てが綺麗さっぱり消え去った彼が、『素の彼』がそこに居た。

 

 

「曲がりなりにもお前は『決断しない』という答えを、正解(・・)を出した。同時にお前は提督の責務を放棄した。そんな奴を提督とは言わない、今のお前は提督ではなく『明原 楓』と言う一個人だ。後に残ったのは提督の地位を放棄したお前と、『決断しない』と言う正解のみ……それらを踏まえてお前は――――明原(・・) ()はどうするんだ?」

 

 

 それが憲兵が投げかけた問いの『真意』だ。提督の地位を放棄した彼に向けて、提督ではなく彼自身として次に何をするかを問いかけたのだ。言葉通り、一言一句言葉通り。曲解する隙も無く斜に構えることも出来ず、言葉通りに受け取るしかない。

 

 

 彼は『提督』として正解を出した。同時に今の彼は提督などではない――――『明原 楓』と言う一個人でしかない。その一個人として何をする? そう、聞いているのだ。

 

 

 

「……何―――」

 

「『何が出来る?』なんて、間抜けなこと言わないよな?」

 

 

 彼の答えを先読みしていた憲兵はその言葉を遮る。そして手にしていたカップを机に置き、彼の頭に乗せられた提督の帽子を奪う。提督でなければ被れない帽子(それ)を奪うことで彼から『提督』の地位を剥奪し、同時に帽子に遮られていた彼の視界を開けた。

 

 苦しみ、憎しみ、後悔によって混沌に染め上げられていた目を開かせ、前に広がる光景を――――現実を見せつけ、その上で目の前に広がる先を―――――未来への道を開かせた。

 

 

 

 

「信じろ」

 

 

 それと同時に、未来への歩み方をも与えたのだ。

 

 

「お前が決めた『正解(答え)』にあの駆逐艦――――()なんとかする(・・・・・・)と言った。彼女だけじゃない、夕立(・・)()()北上(・・)雪風(・・)も……形はどうあれ『正解(答え)』を受けて動いた。お前が決めた『正解』を現実にするために、『正解』にするために(・・・・・・・・・・)動いた。提督が下した決断を、提督が決めた『正解』を実現させることが彼女たちの、刃たち(・・・)の役目だからだ。それを忠実に、確実に、お前の思い描く理想に少しでも近づけようとする、主の願いを導き出す、主の望む未来を切り開く、主の願いを叶える……その時こそ刃は、お前が救い上げてきた(・・・・・・・・・・)彼女たちは最も煌びやかに、最も『綺麗』に輝くんだ」

 

 

 憲兵は彼にそう言葉を向け、手にしていた帽子をクルクルと回す。だが次の瞬間回していた帽子を力強くに入り締め、同時に今まで彼に向けていた目を変えた。何処か試すようなものから、壊れものに触れるかのように優しく、柔らかく、肉親に向けるそれに近いものに。

 

 

「そんな彼女たちを信じろ。お前が救い上げてきた彼女たちを、お前の『正解』を肯定した彼女たちを、お前の失策を、失態を、どうしようもない致命的な失敗を肯定した彼女たち―――――お前の刃たちを、その輝きを、その美しさを。それこそが誠意だ、それこそが手向けだ、それこそが持ち主であるお前(・・)の義務だ。提督であったお前(・・)が下した答えを成功に導く彼女たちをお前(・・)――――――明原 楓として信じてやれ」

 

 

 

 そこで一呼吸おいて、憲兵はこう続けた。

 

 

 

「それこそ、『明原 楓』にしか出来ないことだ」

 

 

 憲兵の言葉に彼の―――――明原(・・) ()さんの目に新たな感情が芽生えた。灰色に染まり切っていたその目に小さな光が灯った。それはとてもとても小さく、息を吹きかければばたちどころに消えてしまう程弱弱しいものであった。

 

 

 が、確かにそこに光が灯ったのだ。

 

 

「それに刃は使われてこそ輝く。いつまでも懐にしまわれていては輝きたくても輝けない、そのもどかしさはどれほどのモノか…………な、大淀(・・)?」

 

 

 不意に憲兵はそう言って、横目で私を見る。そこで気付いた、いや気付けた。憲兵は彼だけでなくその横で同じように立ち尽くしていた私に―――――――『懐刀』と言う渾名を与え、歩むべき道をも示した。

 

 

 

「『楓さん』」

 

 

 それを受けて、私はすぐに(・・・)動いた。彼の名を――――――――『楓さん』の名を口にし、その傍に立ち、憲兵の手によってコーヒーに――――――『明原 楓提督』が犯した罪によって汚された手に触れた。添えるでもなく、掴むでもなく、ただ優しく、ただ暖かく、その両手で包み込んだ。

 

 

 

「『どう』、したいですか?」

 

 

 楓さんに向けた言葉。それを受けた彼は目を丸くした。彼だけではなく憲兵も同じような顔をしている。しかし憲兵の顔はすぐに何か面白いモノを見るような表情に変わるも、相も変わらず楓さんは呆けた顔を向けるのみ。その顔を小突いてやりたい、そんな衝動に駆られるほど間抜けな、『楓さん』という()がそこにいた。

 

 

「『何』を、言いたい(・・・・)ですか?」

 

 

 再び同じような問いを向ける。その理由は彼が気付けるのかを計るため、単純に『明原 楓』という()の見つけた未来への歩み方が、私の見つけたそれと同じかどうかを見極めるためだ。しかし、彼の表情は変わらない。正確には意味を解した上でその『答え』が見つけられていないといったところか。

 

 

「『何』と、伝えたい(・・・・)ですか?」

 

 

 だから『答え』を――――――楓さん(・・・)としての『正解(答え)』を、『彼のために命を燃やし続ける刃たちを信じていると伝えるための言葉』を。彼を補佐し続けてきた者として、彼の『願い(答え)』の成就に最も尽力した者として、その膨大な成果を背景に、それら全てを賭けた上で彼に求めた。

 

 

 

 

「…………北上たちに、もう一度通信を繋げられるか?」

 

 

 

 その『言葉(答え)』を用意できたのだろう。彼はか細い光を灯した目のまま、私にそう言ってきた。だが彼の目に灯された光がほんの僅かに、本当に僅かにだが、大きくなったような気がした。その理由は何か、()のおかげか、そんな野暮なことを考える必要は無いだろう。

 

 

 

「はい、お任せください」

 

 

 そう言って、私は無線に片手をかけ通信を開始する。その間、もう片方の手は楓さんの手を包み続けた。コーヒーで塗れるその手を、その汚れを幾ばくも気に欠けることなく、彼のように汚れることを『是』とするように。常日頃彼の傍に居続けた、彼の横にあり続けた、大切にされ続けた『懐刀』は今、白日の下に晒された。

 

 

 今この瞬間、勢いよく引き抜かれた(懐刀)が持つ輝きを、美しさを、その切れ味を。その全てを持って彼が歩む、歩みたい(・・・・)未来への道を切り開いたのだ。

 

 

 

 

 

『提督さんが、好きだからだよ』 

 

 

 通信が繋がった瞬間、その先で待っていたのはとある刃(・・・・)の凄まじい言葉(斬撃)だった。

 

 

 高らかに、気持ちよく、一切の躊躇なく言い放たれたであろうそれ。恐らく発した本人は()に聞かれることがないとタカを括った上で、どのような状況下は想定できないが取り敢えず彼女は戦場の何処かで、誰かに向けてこの一撃を放ったのだろう。

 

 だが彼女の想定しない所で身構えることも出来ず真正面から叩きつけられた()は今、私の横で呆けた顔でいるわけだが。

 

 

「な? 『綺麗』だろ?」

 

 

 そんな彼とそれを引っ張り出してしまった私に対して、憲兵はしたり顔でそう言ってくる。彼もまた無線を付けているためその斬撃を聞いていた。そしてそれを向けられた私たちを、その反応をリアルタイムで見た傍観者が発した言葉だ。

 

 だが、生憎私はその言葉に少しも動揺しなかった。何故なら、自負があったから。私には誰にも負けない、唯一無二の、誉れ高き成果があるから。それをその言葉(・・・・)に置き換えて、懐刀()は胸を張ってこう言ってやった。

 

 

 

 

「もっと『綺麗』ですよ? 私は」

 


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