新米提督苦労譚~艦娘たちに嫌われながらも元気に提督してます~   作:ぬえぬえ

84 / 97
ワタシの『願い』

「頑張り過ぎダヨ」

 

 

 そう言って、貴女は私の髪をクシャリと撫でた。

 

 そう言って、貴女は生傷だらけの腕を撫でた。

 

 そう言って、貴女は汚れ塗れの頬を撫でた。

 

 

 その時、貴女は何を見ていたのか。

 

 その時、貴女は何を想っていたのか。

 

 その時、貴女は何を望んでいたのか。

 

 

 

 そのどれもこれも、()には分からなかった。

 

 そのどれもこれも、私には理解できなかった。

 

 そのどれもこれも、私には感じることが出来なかった。

 

 

 

 だからこそ、私は知りたかった。

 

 だからこそ、私は見たかった。

 

 だからこそ、感じたかった。

 

 

 その視界の隅に、その頭の片隅に、その世界の端っこに。

 

 ほんの一瞬でも、ほんの一片でも、ほんの一時でも。

 

 

 

 私が居れた(・・・)のだと。

 

 

 

 

 

 目が覚めた。

 

 天井が見える。いつもの所にシミがある。夜中に見ると人の顔に見えるとか何とかで、相部屋だった子が怖がっていたっけ。

 

 今はこのやけに広い部屋を一人で使わせてもらっているが、何分スペースが多くて持て余している状態である。

 

 

 視線を横にずらす。シミは視界の端に消え、代わりに現れたのは机と椅子、本棚、そして机の上に置かれた大量の手紙――――――『嘆願書』の山だ。

 

 それをしたためたのは私ではない。この鎮守府に所属する艦娘たちだ。とある目的(・・・・・)をもって彼女たちは手紙をしたため、各々が内に秘めていた想いを綴り、私に託したものたちだ。

 

 

 あの人へ届くようにと。

 

 あの人が居なくならないようにと。

 

 あの人に『ありがとう』を伝えるために。

 

 

 そんな大小、上下左右、強弱の全て。そのどれか一つとさえ完全には一致していないであろうちぐはぐな、或いはパズルのように全てが一つの答え(・・・・・)を形作っているような、私たちの想い。

 

 それは今なお数を増やしている。以前よりも増えるスピードは緩やかになったが、着実に増え続けているのだ。

 

 

 

 さて、そろそろ起きよう。

 

 私は名残惜しい布団に別れを告げ、起き上がった。視界にサラリと前髪が零れる。それを適当にまとめ、そのまま後ろに片手を回し髪を纏める。もう片方は机の上にあるゴムを手に取り、一房にまとめた。

 

 次にベッドから立ち上がり、寝間着を一思いに脱ぐ。それをベッドに放り出し、すぐに傍の壁に掛けてある制服に袖を通す。いつもの制服、いつもの服。何時も見に纏っている筈なのに、今身にまとった制服(これ)は何処か違和感があった。

 

 いつもよりも固いというか、洗濯のりが取れていないというか。新品のようにパリッとしている。いつもならある程度馴染んでいる筈なのに、今日のに限ってまるで新品のようであった。

 

 

 余所行きの恰好、と言った感じだ。

 

 この日、吹雪()は司令官に執務室に来るよう言伝を預かっていた。

 

 

 内容は『ケ号作戦』―――通称『キス島撤退作戦』の報告を受けるため。その経緯は何と言えばいいのか、詳細に説明すると長くなるが敢えてしよう。

 

 

 先ず本作戦の中で救出対象の一人とされた私は母港帰投時に瀕死の重傷を負っていたようで、生死の境を彷徨っていたらしい。

 

 そして昨日、殆どが寝静まった深夜に意識を取り戻した。傍に居たのは潮ちゃんだ。ちょうどうつらうつらと船を漕いでいた時だったので、しばらくその年相応の寝顔をボーっと見ていた。やがて彼女が目を覚まし、黙って見続けていた私と目が合った。

 

 

 

『おかえり』

 

 

 その時、潮ちゃんが発した言葉がこれだ。この言葉、そして柔らかい笑みを浮かべていた。

 

 

 その後彼女は北上さんを呼び、深夜にも関わらず北上さんは駆けつけてきてくれた。彼女もまた、私と目が合った時に『おかえり(同じ言葉)』を発した。潮ちゃんとの違いは、その言葉と共におでこにデコピンを喰らわしてきたことか。

 

 おでこの痛みで呻く私に溜飲が下がったのか、溜め息を溢した北上さんは簡単に診察し、外傷を見受けられないことを確認。あとは少し疲労が溜まっているため、このまま朝まで休養するよう指示を出された。

 

 そして、これから司令官に意識を取り戻したことを伝える。多分、明日には何らかの出頭がある筈だから覚悟しとけよ、という言葉を残して部屋を後にした。

 

 

 ……まぁ、それからそう経たない内に廊下から何やら男女が言い争う声とバタバタと言う足音が聞こえたが。それが鳴りやんで少ししてから、とてつもなく疲れた顔の北上さんが明日の朝、つまり今改めて報告をするために執務室に向かうよう言伝を持ってきた。

 

 

 それから大人しく自室で休養を取り、今に至る。

 

 

 そんな若干着慣れていない制服に着替え、放り出した寝間着を畳んでベッドに置く。そしてベッドをある程度整えていた時、ふと視界の端で何かが落ちた。それを目で追い、手を伸ばし、取った。

 

 

 

『金剛さん』

 

 

 

 それはあの人――――――金剛さんへ向けて綴った私の嘆願書だ。

 

 

 

 『あの人』に言った、生きる理由になりたいと。

 

 『あの人』に言った、傍に居たいと。

 

 『あの人』に言った、生きて欲しいと。

 

 

 そして彼も、司令官にもこう言った。

 

 

 『任せておけ』と。

 

 『覚悟』じゃなくて、『背負いたい』と。

 

 私の『願い』を叶えて欲しいと。

 

 

 彼女を引きずり降ろしたいと。

 

 彼女を追い詰めないで欲しいと。

 

 彼女を責めないで欲しいと。

 

 

 彼女の為なら轟沈(・・)すら厭わないと。

 

 

 

 そう、これは司令官に向けてじゃなくて、金剛さんに向けた嘆願書。

 

 

 こうあって欲しい、こうなって欲しい、こう幸せになって欲しい。

 

 そのためなら私はそうしよう、こうしよう。貴女が望むなら、貴女が必要とするならば、このちっぽけな命を惜しげもなく賭けよう(・・・・)

 

 金剛さん(貴女)に向けた、ちっぽけな命()という存在を賭けて差し出した嘆願書。

 

 もし私が存在しなくなった(・・・・・・・・)時、その名はこう変わる。

 

 

 

 

 『遺書』と。

 

 

 

 

 コンコン。

 

 

 その時、ドアをノックされた。

 

 それに驚き、私は慌てて手に持っていた『遺書』を懐にしまい込む。そして、じっと音のしたドアを凝視する。するとまたもやコンコン、とノックされた。

 

 

「おはよう」

 

 

 同時に、扉の向こうからそう声が聞えてきた。その声を聞き、私は安堵の息を漏らす。だけど、懐にしまい込んだ遺書(手紙)が頭を過り、胸の奥がキュッと締まった。

 

 

 この人は私を叱った。

 

 それはいつのかの演習、そして深海棲艦の航空隊による襲撃を受けた時。

 

 襲撃を受ける直前、先ほど私が司令官に向けた言葉、いや向けようとした(・・・・・・・)言葉――――『轟沈』と言う言葉を遮った時。それと同時に、私を叱ってくれた。

 

 

 

 ――――「その言葉、二度と言うな」――――――

 

 

 涙でグチャグチャで、自分の嗚咽でいっぱいいっぱいで、大小上下左右何もかも滅茶苦茶で支離滅裂で。

 

 本音も嘘も強がりも虚勢も、願いですらも認識できなくなっていた、手に取ることが出来なかった、触れることの出来なかったが故に。

 

 

 

 すぐ近くにあった、よく見ていた(・・・・)、『あの人』が選択した『轟沈(言葉)』を。

 

 

 この言葉を、この行為を、命を差し出す(・・・・・・)ことを。それを咎め、叱責し、この世につなぎ止めてくれた。ほんの一時でも、たった一瞬でも、私を引き留め、つなぎ止め、この命を手放さないでくれた。

 

 

 

 

 そんな『この人』が今、扉の前に立っている。

 

 

 

「はい」

 

 

 そう返事をし、いつの間にか懐に当てていた手を離す。彼女が私の部屋に来たのは、恐らく彼女も呼ばれているからだろう。

 

 この作戦に、彼女も参加していた。それも本隊とは別の囮部隊の旗艦として。かの高名な戦艦や一航戦の片翼を擁した彼女たちは敵船団の殆どを引き付けるだけではなく、その中枢部隊に壊滅的打撃を与えたと聞いた。それも轟沈者ゼロ、またそのおかげで本隊の進行を円滑に進ませ、無事作戦参加艦全てが帰投するという大戦果を挙げたのだ。

 

 そんな成功の立役者、最強の戦艦、不沈艦(・・・)ともてはやされているであろう『この人』。そんな偉大な人の声を受け、私は扉を開けた。

 

 

 

 だけど、その人はそこに居なかった。

 

 

 代わりに居たのは、曙ちゃんだ。

 

 相変わらずムスッとした顔だ。私の顔を見た時、少し表情が歪んだ気がした。だけど、それもすぐにいつもの顔に戻して、黙って私を見返した。

 

 だけど先ほどの声は、『この人』は彼女ではない。そして先ほど聞いたのは紛れもなく彼女の声だった。なのに、目の前には曙ちゃんしかおらず、彼女の姿が見えない。

 

 

 

 

「おーい」

 

 

 面を喰らっていたら、()から声が聞えた。

 

 

 それは彼女だった、だからすぐに視界を下げた。

 

 そして目を見張った、そこには彼女が居たからだ。

 

 最後に言葉を失った、彼女が微笑んでいたからだ。

 

 

 

 

 

 そんな『車椅子姿』の長門さん(彼女)を。

 

 

 

「元気そうで何よりだ」

 

 

 長門さんはそう微笑みかけた。その顔はいつものように自信に満ちた顔であった。だが、その下にある光景に、彼女の身体を前にすると、そのどれもこれもが虚勢のように見えた。

 

 

 私たち艦娘はどんなに重傷を負おうが入渠すれば元通りになる。酷い火傷や骨折、最悪千切れようが元通りになる。『異常』と言えるほどの生命力と治癒力を有する艦娘が車椅子(こんな)姿になるなんて有り得ない。

 

 だけど、既に此処にその『有り得ない』は存在する。それは加賀さんである。彼女は艤装を装着しなければ立てない、普段は目の前の長門さんと同じように車椅子姿だ。今目の前に居る彼女も何らかの原因でこの姿になったのも、曲がりなりにも納得できる。

 

 

 問題は、何故彼女がこんな姿になってしまったのか。誰のせい(・・・・)でこんな姿になったのか。

 

 

 

 そんなの、決まっているじゃないか。

 

 

 

「では、行こうか」

 

 

 そう長門さんは言うと、後ろの曙さんがそれに合わせてゆっくりと車椅子を動かし、私に背を向けて二人は廊下を進み始めた。その後ろ姿を前に、私は息を吸った。

 

 

 

「すみません!!」

 

 

 廊下に私の叫び声が響く。幾重にも反響し、この場に居る誰もの鼓膜を揺らした。

 

 その時、私の視界は廊下の向こうでも、この場に居る『誰』も無く、真っ暗に塗りつぶされていた。真っ暗に塗りつぶされた視界の中、垂れた髪が頬に触れるのを感じる。

 

 

 私は謝罪(その言葉)と共に頭を下げた。彼女がその姿になってしまったのは自分のせいだと認め、それに対して自らの想いを投げかけた。

 

 

 

「それは『同情』か? それとも『侮蔑』か?」

 

 

 その返答に寄こされたのがこの問いだ。それを寸でのところで受け取った私はその言葉の意味を理解出来ず、手の平で転がすことしか出来なかった。

 

 

「なんだ? 他の感情(もの)か?」

 

「あ、や、いえ」

 

「……まぁ何でもいい。要は、私を馬鹿にしているのか?」

 

 

 

 長門さんから新たに投げかけられた問い、それは私の血の気を瞬く間に引かせた。

 

 

 

「そ、そんなわけありません!! ただ、ただ私のせ―――」

 

「ならその言葉、二度と言うな」

 

 

 私の言葉を遮り、長門さんはそう言い放つ。同時に、車椅子の軋む音が聞こえるようになった。先ほどよりも小さい。どうやら随分先に進んでしまったようだ。

 

 

 

 

「そんな簡単に、私の価値を否定しないでくれよ」

 

 

 

 だけどその言葉は。何処か笑い飛ばすかのように発せられたその言葉ははっきり聞こえた。それは理由もなく何故か聞こえてきた訳ではなく、私が聞こえる様に(・・・・・・・・)声を張って言ったからだ。

 

 

 その言葉を発した彼女が今、どんな表情なのかは分からない。だけど、どれだけ考えても、どれほど想像しても、先ほどの言葉を発した彼女の顔に暗い影が落ちているとは思えなかった。

 

 

 そのまま私たちは無言で進む。聞こえるのは長門さんが座る車椅子の軋む音ぐらいだ。誰も一言も発せず、ただ黙々と足を進めるだけ。

 

 だけど不思議と空気は重くない。誰しもが声に出すことを憚っているのではなく、声を出す必要がないから何も発しないと言った方が正しい。

 

 曙ちゃんも、聞いた話では救出部隊の一人として活躍したそうだ。

 

 詳しくは分からないが、本作戦失敗間際で旗艦を譲渡され、絶望的な状況下で起死回生の作戦を立案し遂行、そして成功に導いた。また、その中で砲の具現化が出来るようになったと。

 

 前を歩く二人は、今回の作戦を成功に導いた存在。だから、その顔に影なんか差さず、こうして胸を張って前を向き、真っ直ぐ前を見つめれるのだ。

 

 

 

 何故、この二人を寄こしたのか。

 

 

 二人の後ろを歩く私の頭に、いつの間にかそんな言葉が浮かんだ。

 

 

 確かに、私は独断専行が過ぎた。それに伴い沢山の人に迷惑を、それも命を落としかねない危険を伴わせてしまった。私の行動一つで沢山の命を天秤にかけてしまった。

 

 今回、その偏った天秤の中で必死に動き、引っくり返したのはこの二人だ。私のせいで、二人に余計な気苦労を背負わせたとでも言いたいのか。事実だからその非難は甘んじて受け入れよう。罪悪感に苛まれろと言うのなら何時までも、何処までも、何度でも、苛まれてやろう。

 

 

 だけどそれは、それは。その片側にあるのはちっぽけな『錘』があったから。

 

 釣り合う筈もなく、況してそれらに勝る筈もない。他人から見ればその辺の石ころと大差ない、無価値に等しいもの。そこまで(・・・・)分かっているし、贔屓される筋合いもないし、誰もかれも、そんなことなんか関係ないって知っているし。

 

 だけど、だけど。私にとって、それはとてもとても大切だから。

 

 

 そんな我が儘()があったから。

 

 

 

 

「着いた」

 

 

 そんなことを考えていたら、いつの間にか執務室に辿り着いた。その扉を前にした私たちは正反対であっただろう。

 

 

 片や作戦の功労者。

 

 片や作戦の元凶。

 

 

 本当に、何故この二人を寄こしたのだろうか。お門違いな怒りを込み上げる私を尻目に、長門さんは意気揚々と扉をノックする。

 

 

「どうぞ」

 

 

 すぐにやってきた司令官の返答。それを受け、曙ちゃんは長門さんの前に立ち扉を押し開ける。

 

 

 中には沢山の人が居た。

 

 

 司令官、大淀さん、北上さん、夕立さん、イムヤさん、天龍さん、榛名さん、憲兵さん、そして……――――

 

 

「こ……」

 

 

 最後の人は静かに目を閉じていた。入ってきた私たちに声をかけず、ただひたすら目を閉じ、黙りこくっている。

 

 その姿を見た瞬間、その名前を出そうとした自分を殴りたくなる。殴る代わりに自分の胸倉を思いっきり掴み、舌を思いっきり噛んだ。

 

 

 

 痛い。

 

 いたい。

 

 思いっきり噛んだ舌が痛い。

 

 思いっきり掴んでいる胸が痛い。

 

 それらの痛みよりも、心が痛い。

 

 何よりもいた(・・)い、誰よりもイタ(・・)い。

 

 

 居た(・・)い。

 

 

 

 

 

「そうだ」

 

 

 ふと、そう声を賭けられた。長門さんだ。彼女は背もたれに体重をかけながら、チラリと視線だけを向けてきた。それはすぐさま司令官へと向けられ、その真意を問うことが出来なかった。

 

 だが視線を移す瞬間、彼女は呟くように口だけをこう動かした。

 

 

 『それでいい』、と。

 

 

 

「さて、早速始めてもらおうか」

 

 

 長門さんはそう声を張り上げ、堂々とした笑みを司令官に向けた。それを受け、司令官は静かに立ち上がり周りを見回した。

 

 

「ではこれよりケ号作戦、通称キス島撤退作戦の報告会を行う。それに際し先ず俺から一言」

 

 

 そこで言葉を切り、彼は深々と頭を下げた。その姿に誰もが息を呑む、ようなことは無い。恐縮する様子も戸惑う様子もなく、かといって頭を下げる司令官の姿を訝しむことも蔑むことも無い。

 

 

 『彼らしい』――――とでも言いたげな柔らかな笑みを浮かべていたのだ。

 

 

「皆、よく頑張ってくれた。皆の尽力のお蔭で、本作戦は一人の轟沈者を出すことなく完遂することが出来た。本当に、本当にありがとう」

 

「ありがとうございます」

 

 

 その姿に誰しもが声を発することなく受け入れる中、榛名さんは司令官の後に続いて頭を下げた。自らの失敗が今作戦を招いたのだと思ったのか、であれば彼女以上に私も頭を下げなければならない。

 

 

 何せ、私はこの作戦の元凶なのだから。

 

 

 

「すみ―――」

 

「で、それに続いて各部隊の報告といく。先ずイムヤ、その次に天龍、長門、北上だ」

 

「はい、では話させていただきます」

 

 

 だけど、それを遮る様に司令官が報告に進めてしまう。その一番手として白羽の矢が立ったイムヤさんは何処からか用紙を取り出し、読み上げ始める。

 

 

 其処から、本作戦における各部隊の報告が始まった。

 

 

 先ずイムヤさん。

 

 彼女の部隊は私たちを襲った件の戦艦を―――――後に会敵した長門さんから『戦艦レ級』と呼ばれたそれの捜索、北方方面にて会敵した。イムヤさんを囮に戦艦レ級から金剛さん以下私の生存を確認、イクさんの魚雷攻撃によりその機関部にダメージを与え、機動力を著しく低下にさせることに成功。ゴーヤさんが解放されたイムヤさんを寸でのところで保護し、ハチさんが導き出した撤退ルートで無事に帰投した。

 

 

 次に天龍さん。

 

 彼女の部隊は私たちの捜索兼敵補給線の破壊だ。補給艦や哨戒部隊を襲撃しつつ捜索したが見つけることは叶わなかった。しかし襲撃された敵補給艦を発見、そこに私の装備である10㎝連装高角砲の弾痕を確認。よって、私たちはキス島海域南東に避難している可能性が高いと導き出した。

 

 それと同時にその予想が正しいかどうかの真偽を尋ねられた。事実、彼女たちが示した場所は私たちが隠れていた場所からそう遠くなく、且つ金剛さんをそこに避難させた後に私は付近の哨戒に出て、そこで襲撃を受け撤退する補給部隊を発見、これを襲撃してある程度の物資を奪ったことを報告した。

 

 その際金剛さんの表情がほんの一瞬崩れた様に見えたが、それを指摘できるほどの余裕はなかった。

 

 

 次に長門さん。

 

 彼女の部隊、及びここに居ない加賀さんの部隊は天龍さんと同じく私たちの捜索兼敵防衛線の破壊だ。双方共に会敵した敵艦隊を悉く殲滅、彼女たちが出撃した海域の敵艦を激減させた。これで敵の防衛線に無視できない穴を穿ち、ひいては敵戦力の大幅な低下させることに成功した。それと同時に戦艦レ級が放ったと思しき艦載機を見つけ、撤退した。

 

 

 それらで集めた情報をもとに決行された第二次作戦。

 

 

 先ず、長門さんが先ほどの続きとばかりに話し始めた。

 

 彼女の部隊は先程の加賀さんたちと合流した戦艦と空母の混成部隊。主に北方方面に進み、出会った敵をひたすら殲滅し、同時に敵を私たちが居たとされた南東方面から引き剥がすための囮である。

 

 そしてそのまま彼女たちは敵主力部隊四部隊、そして戦艦レ級と戦果を交えた。数にして実に四倍の数である。良く言えば劣勢、普通に言えば絶望的。そんな圧倒的不利な状況下で彼女たちは戦い、そして無事落伍者を出すことなく全員帰投したのだ。勿論、車椅子姿の長門さん(看過できない犠牲)を払って。

 

 

 次に北上さん。

 

 彼女の部隊は此処に居る夕立さん、曙さんを引き連れた本隊。長門さんたちが敵の目を引き付ける間に私たちを救出する部隊だ。本部隊は長門さんたちが出撃してから少ししてから母港を発ち、順調に航路を進撃していた。しかし、途中で敵艦載機の攻撃を受け、北上さんと響ちゃんは小破、夕立ちゃんと潮ちゃんは中破、そして雪風ちゃんが大破と甚大な被害を受けた。それをうけ、一同は進撃か撤退かの是非を話し合い、それを司令官に判断を仰いだ。

 

 そこまで話終わった時。北上さんはチラリと司令官を見て、その視線を向けられた彼は渋い顔を浮かべた。その視線に首をかしげたが、すぐにその意味を――――――司令官が判断を渋り、進撃を主張する雪風ちゃんが単身で進撃を強行、夕立ちゃん、北上さん、他のメンツとバラバラになった救出部隊は最悪の形で大破進撃することになったそうだ。

 

 

 その後、語り部は後に旗艦権限を譲渡された曙ちゃんに変わった。

 

 

 部隊が四散した直後、残された曙ちゃんたちは金剛さんと曳航される私を発見。彼女たちは即時撤退を主張する金剛さんを説得し、先行した3人と合流、後に撤退する方向に切り替えた。後に合流した北上さん、その直後に通信が繋がった戦闘中の夕立ちゃん、雪風ちゃんにもその旨を伝え、一同は作戦方針を固めた。

 

 曙ちゃん以下一同は合流するとともに当時戦闘中であった敵部隊の撃破を目的とした作戦を立案。凡そ作戦通りに事が運び、彼女たちは敵部隊の殲滅と合流を果たした。その戦闘中不意を突かれた雪風が一時轟沈するも、彼女の傍に付き従っていた妖精が応急修理女神であったことが功を奏し、辛くも彼女は轟沈を免れた。

 

 

「あ……」

 

 

 曙さんがそう話した時に司令官がそう声を漏らし、この場に居る全員が一斉に彼の方を向く。私も向けると、其処には顔を手で覆う彼が居た。手の隙間から見える彼の表情は僅かに歪んでおり、何処となく合点が言ったと言いたげであり、それを取りこぼしたことを後悔するものであった。

 

 その反応に誰しも顔を向けるのみで特に意味を問わない。というか、その表情を浮かべる彼の心を見透かしているかのように誰もが何処か呆れた表情を浮かべているのだ。唯一、北上さんだけが無表情で彼を見つめるだけだ。

 

 

 その後、曙さんの咳払いによって報告が再開される。

 

 

 話は雪風ちゃんが轟沈を免れた一同はそのまま撤退を開始する所から始まった。残りは母港に帰投したと締めくくるだけの筈が、何故か今まで淡々と言葉を紡いできた曙ちゃんの顔がいきなり険しくなった。

 

 それは、撤退中に遭遇した正体不明の深海棲艦のせいだ。

 

 

「撤退中、正体不明の深海棲艦に遭遇した。私を含めその姿を確認した全員が、今まで見たこともない(・・・・・・・・・・)種類よ。それは私たちを一瞥した後に何故か撤退していった……いや、見逃されたと言った方が正しいかしら」

 

 

 これが曙ちゃんの話だ。正体不明の深海棲艦、それは私たちにとって看過できない存在である。同時に、彼女は会敵から撤退までに目視で入手出来た情報を出した。

 

 ソレが戦艦級の砲門や装甲を携えて、当時艦載機を収容していたこと。裏を返せば艦載機を発艦できるということよ。恐らく、救出部隊を襲った艦載機群がこの深海棲艦から発艦されたものだ。そして彼女たちが幾度にも受けた艦載機群の全てをこの深海棲艦が発艦したものだとすれば、その収容数は想像を絶するものだ。

 

「……以上のことを踏まえて、憶測だけどソレは私たちが有する全艦娘を投入してようやく戦力が拮抗するかどうか、それほどの戦力を有していると思われます」

 

 

 

 そこまで曙ちゃんが話し終えた後、部屋に静寂が支配した。誰もが彼女が発した言葉とそこに現れた正体不明の深海棲艦を思い浮かべ、肝を冷やしただろう。何せ、私たちが有する全戦力をたった一隻で賄ってしまうほどの存在だ。

 

 もし何処かの海で会敵しあちらが敵意を向けてきたら、そう思うだけで額に嫌な汗が滲み、足が竦んでしまう。誰しもが同じ思いであっただろう。

 

 

 

「そうか、()はそんな感じかぁ」

 

 

 ただ一人、車椅子を軋ませながら楽しそうに(・・・・・)呟く長門さんを除いて。

 

 

「……なんて?」

 

「ん? ()だろ? その深海棲艦とやらは」

 

 

 一人場違いな反応を示した長門さんに司令官が異様なモノを見る目を向けるも、どこ吹く風とでも言いたげな長門さんがそう明るく返す。その反応に、面を喰らった顔をする司令官を尻目に、長門さんはまるで世間話でもするかのように語り始めた。

 

 

「曙の報告に付随させてもらう形になるが、改めて報告させてもらおう。私たち囮部隊が敵主力艦隊及び戦艦レ級と交戦した際、奴から『自分たちを見逃せ。そうすれば金剛たちに手を出さない』と交渉された。同時に奴が生まれたばかりの『姫』をお守りをしており、それは要塞の如く莫大な戦力を保有しつつ海を跋扈出来る存在であると。恐らく、曙たちが遭遇したのはその『姫』と呼ばれるものだ」

 

 

 そう始まった暴露劇とでも言う長門さんの話に、私たちはただ目を丸くするだけしかいない。それはその『姫』と呼ばれる深海棲艦に対しての恐怖ではなく、それをさも嬉しそうに語る長門さんに対しての疑念だ。

 

 

「まぁその交渉を蹴った上で交戦し、私たちは戦艦レ級と敵部隊を撃退した。と、言えば聞こえがいいが正しくは双方の継戦能力喪失による撤退だ。また交渉を持ちかけてきたことから、交戦の意志は弱かったと思われる。その姫とやらが撤退する時間を稼ぐのために私たちを足止めした、これが向こうの目標だろうな。つまり、今作戦は互いの目的が上手く噛み合い、ちょうどいい(・・・・・・)落としどころを見つけることが出来ただけ。勝利でも敗北でも無く、引き分けと言っていいだろうな」

 

 

 それが長門さんが抱く今作戦の総評。

 

 互いに守るべきものがあり、そのために囮を用意し、それに引っかかり、時間を稼ぎ、守り切った。おおよそ戦略的目標を達成したのだ。それが双方共に勝敗を付けない目標だったが故、丸く収まった。

 

 

 敢えて白黒つけるとすれば『引き分け』。

 

 

「因みに報告で言っているとは思うが、レ級から受けた損害は私含め艦隊全員の大破だ。特に何故かレ級の攻撃が集中したこともあり加賀は意識不明の重体、護衛部隊が来なければ危なかったであろう。今は目を覚ましたそうだが、身体のことを考えベッドで絶対安静だそうだ。そのおかげで奴から車椅子(こいつ)を借りて、好き勝手乗り回しているわけだがな。まぁ、今はこんな姿だが数日もすれば歩けるようになる。そこは心配しなくていい」

 

「でも……」

 

 

 長門さんの言葉に口を挟んだのは司令官だ。その顔は優れない。何か申し訳なさそう彼も、恐らく私と同じだろう。

 

 この作戦は彼が立案し、決行した。それによって長門さんや加賀さんが傷付いたとなれば、当事者が何と言おうと少なからず罪悪感を抱いてしまうだろう。事実、私がそうであったからだ。

 

 

 その言葉に長門さんは司令官に不満げな視線を向けるも、次に表情を変えてこう言い切った。

 

 

 

 

 

「そうだ、そして砲を撃てなくなった(・・・・・・・)

 

 

 

 長門さんが言葉を発した。その言葉に、私は顔を上げて彼女を見た。しかし、それは私だけで在り、他は僅かに表情を歪めるのみ。その中で最も表情を歪めたのは、司令官であった。

 

 

「私は戦艦レ級との交戦によって艤装に致命的な損傷を受けた。その損傷は砲撃を司る砲塔部、そして艤装の根幹を成す機関部にまで及んでいる。妖精の手を以てしても、そして修復材を投入しても、現状尽くせる手を尽くしたとしてもその損傷は治らないようだ。航行自体は可能ではあるが、一度でも砲撃すれば(・・・・・・・・・)損傷部が破裂、それは機関部に及び最終的に轟沈するそうだ。つまり、私は牙をもがれた『ただの船』というわけさ」

 

 

 彼女は自身が先ほど示した『そこ』以外。司令官が、周りが、そして彼女が心配している(・・・・・・)部分を語り出す。

 

 彼女が語るのは艤装に関する被害だ。だが、現に彼女は車椅子に身を預けなければならなくなった。その口から語られることはないだろうが、彼女は艤装(それ)以上の被害を被った筈である。

 

 

 決して軽微ではない、甚大な、当人にとっては決して看過できないであろう傷を負ったのだ。

 

 

「勿論、手が無いわけではない。一度自沈し、応急修理女神の手によって再度修復されれば元に戻るだろう。それは応急修理要員でもいいだろうが、そんな手を使ってみろ。私は妖精たちに見限られ、砲は愚か航行すら出来なくなるだろう。それは文字通り、戦艦長門()の死を意味する。じゃあ通常の戦闘で轟沈すればいいとなるが、そこはこの不沈艦とも言われた長門だ。この装甲をぶち抜けるほどの敵に遭遇しない限り、沈むことは叶わないだろう。それにそんな真似を提督()が許可しないと、今回の作戦で嫌というほど知ってしまったからな……」

 

 

 その傷をなぞる、いや傷口に塩を塗り込み、あまつさえ刃物の切っ先でそこをグチャグチャにするかのように、彼女は言葉を紡いだ。言葉と言う名の事実を、事実と言う名の刃物を、自らの懐に突き立てるが如く。

 

 

「つまり、現状私が講じる手立ては無い……お手上げ状態さ」

 

 

 今、彼女は激痛(・・)に見舞われている。修復材でも妖精の力でも決して直せない、元通りになれない、取り返しのつかない傷を負ったのだから。普通ならそれに蝕まれ、悲鳴を上げ、のたうち回り、その運命を呪い、その矛先を私たちに向けても、何やおかしくないのだ。

 

 

 

 なのに。

 

 

 それなのに。

 

 

 

 

「そして、私はそのことに感謝している」

 

 

 

 次に発した言葉、それを口に出す長門さんは笑っている(・・・・・)

 

 激痛に見舞われている様子も、理不尽に打ちひしがれている様子も、況してはそれら全てを押し殺して無理矢理笑顔(・・)を浮かべている様子もない。

 

 

 

「戦場において何らかのハンデを被り、それを抱え苦境に抗いながら戦う―――――物語(・・)によくあることだ。まるで『主人公』のようじゃないか、過言と言うのであれば『名脇役』、『名悪役』などなど……少なくともその他大勢として一括りにされることはまずない。いつか、きっと、必ずスポットライトを浴びる、主役と言う名のドレスを身にまとい、大勢の前に躍り出ることを約束されたのだ。とても喜ばしく、とても有難く、これほど価値ある(・・・・)ものはない」

 

 

 彼女はそう語り背中を預けていた背もたれを離れ、何時しか身を預けていた車椅子からも離れた。しかし、彼女の身体は数歩歩くこと叶わず、前のめりに倒れる。あわや机に倒れ伏す寸でのところで曙さんがその身体を支えた。

 

 

「そして此度の作戦は引き分けた。引き分けということはお預けされた(・・・・・・)勝負、つまり後に雌雄を決するときが来ると言うこと。そんな舞台が確約されているわけだ。その緒戦である今作戦で得た価値が其処に関係ないわけがない。きっと何らかの形で、数多の因果を越えて、その舞台に繋がっている。私はそう思う。そう思う故に、この価値を誇りに思うんだ」

 

 

 机を挟み、長門さんは司令官にそう言葉を向けた。同時に彼女の目に光が、いや()が宿る。そしてその手は、自らを支える曙さんの肩に触れた。

 

 

「それにすぐ傍にそのハンデを覆した存在がいる、これは私にとって僥倖だ。今でさえ輝かんばかりの価値(それ)が、更に光り輝くかもしれないのだから。だから提督、いや明原 楓殿。そんな顔(・・・・)をしないでくれ」

 

 

 長門さんはそう言い、司令官へ手を伸ばし、その頭を撫でた。

 

 

「今作戦は誰も轟沈者を出すことなく目的を達した、結果は成功だ。だが、貴方にとって成功とは言い難い。その過程……貴方の行動(・・・・・)は失敗の一言に尽きる、同意しよう。そしてその失敗に引っ張られた結末(モノ)がある、肯定しよう。だけど、貴方は成したことがある。戦えるようになった曙を見ろ、泣けるようになった雪風を見ろ、そして得難い価値を与えた私を見ろ。貴方が成したものは、確かにあったんだ」

 

 

 そして、長門さんは司令官に笑みを向けた。まるで子供をあやすように、こう言った。

 

 

 

「本当にありがとう、吹雪(提督)

 

 

 一瞬、私の目は狂った。目の前にいるのは司令官と長門さんの筈なのに、その一瞬だけ全く別の人物が見えた様な気が、いや見えたのだ。

 

 狂った目の向こうにあったのは、()りえないモノ。

 

 

 

 

 撫でられる私と、撫でる金剛さんだ。

 

 

 

「そしてもしその舞台がやってきたら、必ず私を登壇させてくれ。今度こそ必ず、勝利を掴み取ってくれよう」

 

「……あぁ、ありがとう」

 

 

 

 呆気からんとした声色でそう言う長門さんの言葉を、司令官はそう言葉を返した。そして、長門さんは曙さんの手を借りて車椅子に戻る。

 

 

 その様子を見て、私はこう思ってしまった。

 

 

 

 

 

 何だ、この茶番(・・)は。

 

 

 

 私は今、何を見せつけられているんだ。

 

 私は今、何のためにここにいるんだ。

 

 私は今、こんな茶番に付き合わされるためだけに此処にいるんだ。

 

 

 これが、私が受ける価値のある(・・・・・)罰とでもいうのか。

 

 

 もしこれがそうだと言うのなら、今すぐにでも私はここを出ていきたい。こんな茶番を見るだけなら今すぐにでも演習場に引っ張り出されて、完膚なきまでに叩きのめされた方がマシだ。

 

 

 

「さて、報告は此処までにしよう」

 

 

 

 そんな憂鬱で仕方がなかった茶番は司令官のその言葉で終わった、ように見える。多分だが、終わった。いや、むしろ早く終わってほしかった。早く罰を与えてほしかった、早く営倉に叩き込まれたかった。

 

 

 早く、裁いて(終わらせて)ほしかった。

 

 

 

 

「では次に、MVPを発表する」

 

 

 

 だけど司令官の口から飛び出した言葉は違った。その言葉に私は彼を見る、いや睨み付けた。対して、彼は無反応だった。あからさまに敵意を向けたのに、まるで最初から分かっているかのようだ。

 

 そしてその顔には恐れも怒りも、笑みも安心も無い。無表情だ。そして、彼の言葉に呼応するように大淀さんがファイルを取り出し、息を吸った。

 

 

「此度の作戦における全ての報告を聞き、撃破数、情報入手数、作戦貢献度、また作戦に参加した艦娘たちによる他薦数など多岐にわたる要素を加味し、総合的に判断いたしました。その結果、此度のMVPは……」

 

 

 そこで言葉を切った大淀さん。そして呼応するように司令官が彼女(・・)に目を向け、声を発した。

 

 

 

「白露型駆逐艦四番艦、夕立」

 

「ぽい!!」

 

 

 司令官の口から自身の名が呼ばれ、夕立ちゃんは元気よく声を上げた。声と一緒に手を上げ、次に堂々とした足取りで動き出した。

 

 司令官の前に居た長門さんと曙さんは下がり、その場所に夕立ちゃんが立った。以前の彼女からは想像できない程、彼女は堂々とした態度で司令官の視線を受ける。その彼女からの視線を受け取った司令官は一度咳払いをした。

 

 

「先ず此度の作戦に尽力してくれたこと、本当に感謝する。今作戦に貴艦が与えた功績は多大であり、それにお……()は報いなければならない。しかし今手元に特にこれと言ったものが無く、あってもその功績見合うものはないと思われる。故に貴艦に尋ねさせてもらおう、何を望むだろうか?」

 

 

 堅苦しい口調でそう言った司令官の言葉に、夕立ちゃんは可愛らしく首を傾げ視線を彼から外した。返答を熟考しているようだ。

 

 いつもMVPは何らかのものや権限が与えられる。大体は間宮さんお手製のスイーツをの甘味券、もしくは次回以降の出撃に対する希望だ。しかし、今回は鎮守府の存在を揺るがす重要な作戦だった。故に彼は彼女の望むものを問い、それを恩賞として叶えることにしたのだろう。

 

 

 

「……じゃあ、夕立のお願いを一つ聞いて欲しいっぽい」

 

 

 熟考とは言わないまでも長めの時間を要し、夕立ちゃんは答えを出した。それはある意味答えとは言い難い、自身が与えられた権限を更に大きくする狡い(・・)答えだった。

 

 それを受け、司令官は一瞬目を丸くするもすぐに無言で頷いた。その時彼が浮かべた表情(それ)は、何か解した様にも見え、そしてそれを受け取った夕立ちゃんは満面の笑みを浮かべてこう言った。

 

 

 

 

「今作戦のMVP、辞退させてくださいっぽい」

 

 

 満面の笑みでそう宣言する夕立ちゃん。その言葉の意味を解するのに、時間がかかった。言葉の意味自体はすぐに出来た、かかったのはその理由だ。そうのたまった夕立ちゃんは堂々としている。もっと言えば、先ほどとは別人ではないかと思うほど、澄ました顔になっていた。

 

 

 

「一応、理由を聞こう」

 

「確かに夕立は頑張ったっぽい。たっくさん走って、たっくさん避けて、たっくさん撃って、たっくさん倒しました!! だからMVPに選ばれるのは、当然夕立だって確信してたっぽい!! それに提督さんのことだから、今回のMVPは何かお願いを聞いてくれるだろうなって思っていました(・・・・)。だから()は辞退します。別に相応しくないとか、活躍してないとか、そういう理由とかじゃなくて」

 

 

 そこで言葉を切った夕立ちゃんの目が動いた。動かした先に居たのは、誰だっただろう。

 

 

 

今まで(・・・)頑張ってきた人が居るから」

 

 

 そう言葉を発した時、彼女は視線を動かさなかった。決して動かさず、ずっと見てきた(・・・・)

 

 

 

 決して、私に向けられていない筈だ。

 

 

 

「分かった、では今回のMVPは別の者にしよう。となると……」

 

 

 夕立ちゃんの言葉、もとい願いに司令官はそう言って大淀さんに視線を送る。すると大淀さんは彼に近付き、一枚の紙を渡した。紙が渡される直前うっすらと透けた裏側を見て、それが名簿のようなモノであった。

 

 

「えっと、次は……綾波型駆逐艦八番艦、曙」

 

「辞退します」

 

 

 司令官が名前を読み上げた瞬間、曙ちゃんは即座にそう言い放った。あまりの速さに面を喰らう司令官、と思ったが、何故か彼はすまし顔(・・・・)で彼女に目を向けた。

 

 

「理由は?」

 

「無論、夕立と一緒よ。私も沢山頑張ったけど、結果的にそれよりも大きい夕立、更にそれ以上が居るって言うのに三番目(・・・)がもらうわけにはいかないでしょ。だから、私も辞退します」

 

 

 曙さんは飽きれた様にそう言い、視線を向けてきた(・・・・・)

 

 

 絶対、私に向けられていない筈だ。

 

 

 

「では、球磨型軽巡洋艦三番艦、北上」

 

「その流れで最初に(・・・)あたしに振る? 勿論、辞退しまーす」

 

「……では、長門型戦艦一番艦、長門」

 

「私は既にもらっているようなものだ。無論、辞退する」

 

「……じゃあ、海大VI型潜水艦一番艦、伊168」

 

「ただの斥候にそんな功績ないわ。辞退します」

 

「じゃあ、天龍」

 

「うぉい!! 面倒だからって省略すんな!! ……まぁ、辞退するけど」

 

 

 それから立て続けに名前を呼ばれ、呼ばれた人は悉く辞退していく。また辞退する際、そして今なお彼女たちの視線はある一点に向け、ずっと見続けられている(・・・・・)

 

 

 

 恐らく、私に向けられていない筈なのだ。

 

 多分、私に向けられていない筈なのだ。

 

 

 だけど一人が辞退するごとに、向けられる視線が増えていく。

 

 だけど一人が口を噤むごとに、見続けられる感覚が増していく。

 

 

 どう考えても、どう取り繕っても、その感覚が拭えない。

 

 どれだけ考えなおしても、どれだけ否定しても、その結論が浮かび上がってくる。

 

 

 

「では、次」

 

 

 そして司令官が声を発した時、ゆっくりと視線が動いた。

 

 

「特Ⅰ型駆逐艦。通称吹雪型一番艦、吹雪」

 

 

 その名が呼ばれ、彼の視線は私に向けられる。

 

 

「今作戦、貴艦がMVPだ」

 

 

 その言葉と共に、彼の顔に笑みを向けてくる。それと同時に襲ってきたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 強烈な嫌悪感が。

 

 

 

 

「ふざけんな!!」

 

 

 そう私は叫んでいた。

 

 それは執務室に響き渡る。私の、そして周りの鼓膜を揺らしただろう。もし理性が保てなかったら、私は今なお気持ち悪い笑みを向ける司令官に詰め寄り、あの時(・・・)のように思いっきり殴り掛かっただろう。

 

 だが、辛うじて理性を保った私はそう叫び、わざと音が鳴る様に床を踏みしめ、先ほどとは比べ物にならない敵意を、いや『殺意』を彼に向けたのだ。

 

 

「何ですか、何なんですか、いつまでこんな『茶番』を続けるんですか? 早く、早く終わらせてよ……とっとと裁いてよ……今更そんな情け(・・)求めてないんだよ!!!! そんな気遣い(・・・)不要なんだよ!!!! 貴方からの同情(・・)なんかいらねぇんだよ!!!!」

 

 

 大声で叫ぶ。血管がはじけ飛ぶほど叫ぶ。恥も外聞も何もかもを捨て、沸々と煮えたぎる感情を赤裸々にする。

 

 今まで溜め込んできたもの全てをぶちまける様に、目を覆いたくなる程醜い姿を曝け出す様に、私の本性を見せつける様に。

 

 

 そのどれもこれもがお門違いの怒りなのに。

 

 決して人に向けるべきではないものではないのに。

 

 況して関係ない人に向ける八つ当たりなのに。

 

 

 それを一番見られたくない人が、目の前にいるのに。

 

 

 

「大体、これ最初から仕組んでいたでしょ? 私が目を覚ましてから今まで……長門さんを寄こしたのも、報告会に参加させたのも、その後MVP発表に移ったのも、夕立ちゃんが願い事を決めて(・・・・・・・)、そして皆が辞退するって言い出すのも全部……全部、仕組んでいたことでしょ? それで私にMVPが回って来て、そして願いを言え……だぁ? 馬鹿にすんなよ!!!!」

 

 

 分かっている、分かっている。

 

 これは私に気を遣ってくれたことだって。私が今までやってきたことを認めるためのものだって。全て分かっている、分かっているんだよ、分かって()いるんだよ。分かっている(・・・・・・)からこそなんだよ。

 

 

「哀れみや、気遣い、同情、情け……そんなもので終わらせれば此処まで迷ってないんだよ!! 他人(ひと)から向けられたもので代えられれば此処まで悩んでないんだよ!! 他人(たにん)から寄こされたもので満足出来れば此処まで来てないんだよ!! その人(・・・)じゃなけりゃあ此処に居ないんだよ!!」

 

 

 分かって欲しい、分かって欲しい。

 

 

 身勝手だって、理不尽だって、我が儘だって自分でも分かっている。だけど私は此処までやってきた、頑張ってきた、ずっとずっと我慢して、押し殺して、苦痛に耐えて耐えて耐え抜いて、(此処)に居るんだよ。

 

 そこまで頑張ってきて、我慢してきて、耐え抜いてきた先が『これ』じゃあさ?

 

 事情も知らない赤の他人(ひと)が勝手に同情して、そのお情けでお膳立てしましたって丸分かりの結末(ゴール)じゃあさ?

 

 納得できないじゃん、満足できないじゃん、後悔するじゃん、報われないじゃん。

 

 そうだって、この作戦で(・・・・・)分からされたんだからさ。

 

 

「……だからこんなこと、こんな茶番(・・)今すぐ終わらせてください。意味無いんですよ、いらないんですよ、求められて(・・・・・)ないんですよ。分かるでしょ? 他人からどれだけ好意を向けられようがそれが『他人』である時点で無価値、スタートの時点で既に詰んでいるんですよ。その人の傍に居たとしても、況して『生きる理由』に成り代わろうとしても……絶対(・・)出来ないんですよ。だから……――――」

 

 

 どうせ何も得られないのなら、どうせ何の意味も無いのなら、どうせ何の価値も無いのなら。

 

 絶対に報われることのないものだって分かっていて、それでも手を伸ばし続けきたんだから。

 

 

「せめて」

 

 

 せめて、そうせめて。

 

 諦められるように、悔やまないように、切り捨てられるように。

 

 

 

貴女(・・)の手で」

 

 

 

 納得できる理由で、意味のある理由で、価値のある理由で。

 

 

 

「終わらせてください」

 

 

 終わらせてください。

 

 

 

 

 

 

 

「分かったデース」

 

 

 次に聞こえたのは、彼女の声だ。

 

 その声色は読めない。顔は見えない。見れない(・・・・)。その声が聞えた時、私の視界は下を向いていたから。自分の胸を締め付ける手に注がれていたから。

 

 

「テートク、次のMVP候補は誰ですカ?」

 

「次は……そう、貴艦だ」

 

「Wow、ちょうどいい(Nice timing)

 

 

 次に聞こえたのは、誰かの足音だ。

 

 それは遠くから近くへ、つまり私に近付いてくる。そして丁度、私の前で止まった。同時に、下に向いている筈の視界に誰かの足が見える。

 

 

 だけどその足は、その足先は私の方を向いていなかった。

 

 

 

「改めて確認しますケド、救助対象(・・・・)の『ワタシ』がMVPを貰っても問題ありませんカ?」

 

「何、同じ(・・)吹雪に与えられたのだ。問題ないだろう」

 

「今作戦における彼女の貢献度、特に撃破数については群を抜いているでしょう。『目』の私が保証します」

 

「Ok、thank you ……『貴女』も、問題ありませんよネ?」

 

 

 彼女の言葉に、私は無言で頷いた。彼女が指す『貴女』と言うものが自分だと、その問いを口にした時に彼女の声が大きく、こちらに向かって投げ渡されたモノだと理解したからだ。

 

 

 何より、吹雪()が望んでいたことだからだ。

 

 

 

 

 

 

 

「吹雪を、第三艦隊旗艦から外してくだサーイ」

 

 

 

 次に聞こえた言葉、それに思わず顔を上げた。何故なら、それは私にとって予想外(・・・)だった。

 

 

 

 彼女は、もっともっと重要なモノがあったはずだ。

 

 秘書艦の座に戻せとか、もっと強力な装備を寄こせとか、よくある甘味券や非番の希望、別鎮守府への移籍 、それこそ解体を希望することだって出来た。それが周りがどう思うは置いておいて、彼女にとって利益を生むものは沢山あった。

 

 ましてMVP、MVP報酬だ。誰もが蹴った末に回ってきたものだ、司令官や周りから決定権を託されたものだ。もし誰かが口を挟もうとしても、その『誰か』自身が先に手放したもの、そして先ほど確認をした時に了承したのだからもう何も出来ない。文字通り、彼女の思うがまま、好きなことを要求できるのだ。

 

 

 だからこそ、彼女がそれを――――――彼女の中で優先順位が低いであろう事柄を要求したことが信じられなかったのだ。

 

 

 そして今、顔を上げた先に彼女は立っている。私に背を向けて、右手はその腰に、そして左手は親指を立てたまま後ろに向けられている。まるで人を指しているように向けられているのだ。

 

 

 

「そして」

 

 

 やがて、彼女がそう口にした。そして、後ろに向けられていた―――――()に向けられていたその手がゆっくりと前に戻り、そのまま自身(・・)を指した。

 

 

 

 

 

「ワタシ――――――金剛型戦艦一番艦、金剛を第三艦隊旗艦にして欲しいデース」

 

 

 次に聞こえた言葉。今度こそ、今度こそ思考が停止した。

 

 理由は明確、意味が分からなかったからだ。

 

 

 

 貴女は沈みたかったはずだ。

 

 貴女は消えたかったはずだ。

 

 貴女は彼女(・・)の元に行きたかったはずだ。

 

 

 だから、貴女は分かった上で私の想いを踏みにじった。

 

 だから、貴女はその止めとして私に沈みたいと言った

 

 だから、貴女は私の姿を彼女に重ねた。

 

 

 それほどまでに、貴女は願っていた筈だ。

 

 

 

 今回、それを達成するまたとない機会だ。今後、手に入るかどうかも分からない。誰一人に迷惑をかけず、しがらみの全てを捨てて自由になるチャンスなのだ。

 

 

 

 何で、私に構うのだ。

 

 何で、私に近付くのだ。

 

 何で、私の傍に来ようとするのだ。

 

 

 私はもう、諦めた。

 

 私はもう、目を背けた。

 

 私はもう、手を伸ばすのをやめた。

 

 

 だからもう、もう。

 

 

 

 

「もう……良いのに」

 

良くない(・・・・)

 

 

 

 私が呟く。それを否定する声が聞えた。

 

 我に返る。彼女が、『金剛さん』がこちらを見ていた。

 

 

 

 今まで見たことが無い程、真剣な顔だった。

 

 

「全然、良く(・・)ありません。絶対、善く(・・)ありません。好く(・・)ない、良か(・・)ない、良いなんて絶ッ対に有り得ませんヨ?」

 

 

 それはただただ同じことを繰り返すだけのものだった。だけど、その一つ一つが持つ重みは、まるでその経験が生きている(・・・・・・・・・・)かのように重かった。それを背負う苦しみを知っているかのように重かった。

 

 

「……あと吹雪は演習場で盛大にボコボコにしろって言ったネ。同じ艦隊なら許可さえあればいつでも演習し放題、つまりいつでもボコボコにし放題デース。あれだけ啖呵を切ったのだから、文字通り死ぬまで付き合ってもらいますヨ?」

 

 

 次に世間話をするようにスラスラとのたまう金剛さん。確かにそう言った、そうは言ったがそれは私の我が儘だ、独りよがりの願望なんだ。決して金剛さん(貴女)が優先すべきことじゃない筈だ。

 

 

「それにこうも言いました。『ワタシの傍に居たい』、『ワタシの生きる理由になりたい』、と。それを達成するのに、これも同じ艦隊に居るのが丁度いいとは思いませんカ?」

 

「いや、でもそれは貴女の――」

 

「ワタシの願いです」

 

 

 その言葉に、私は再度目を見張った。同時に、金剛さんの表情が先ほどから変わっていることに気付いた。

 

 

 真剣な顔から、柔らかい笑みに。

 

 

 

「これは紛れもなく、嘘偽りなく、まごうことなきワタシの願い。それが偶然(・・)貴女の願いと重なっただけ、いや貴女の願いがワタシの願いになっただけネ。だから、吹雪……」

 

 

 そこで言葉を切った金剛さんはいきなり両手を伸ばし、私を抱き締める。そして、頭を撫でながらこう続けた。

 

 

 

一緒に(・・・)生きてください」

 

 

 私は頷いた。

 

 

ずっと(・・・)傍に居てください」

 

 

 私は抱き締めた。

 

 

「『これから』の、ワタシの生きる理由になってください」 

 

 

 私は声を押し殺すのをやめた。

 

 

 蚊の鳴くような小さな泣き声が響く。

 

 その胸にすがり付き、彼女の胸元を濡らす。

 

 足の力が抜け、身体の全てを彼女に委ねる。

 

 

 『貴女の言葉』で報われた。

 

 『貴女の願い』で生きる意味を、価値を与えられた。

 

 

 また『貴女の手』で、私は救われたのだ。

 

 

 

 泣き声で埋め尽くされる中、私は金剛さんからこう語りかけられた。

 

 

 

「これから()、目を離しちゃ、No!! なんだからネ」

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。