新米提督苦労譚~艦娘たちに嫌われながらも元気に提督してます~   作:ぬえぬえ

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深淵との対峙

「ではしれぇ!! おやすみなさいです!!」

 

 扉の前でクルリとこちらを振り向いた雪風が、元気よく敬礼をするとそれに合わせて頭の上の妖精も敬礼する。何か仲の良い姉妹みたいで面白いな。

 

「おう、じゃあな」

 

 俺が軽く手を振ると、雪風は笑顔のまま扉に向き直って小走りで中に入っていく。それを見送りながらドアを閉めると、全身にドッと疲れが込み上げてきた。

 

 ここは艦娘たちの宿舎の1つ、主に駆逐艦たちの建物だ。駆逐艦の宿舎なので当然雪風の部屋があるわけで、食堂を出た時に雪風が部屋まで送れと駄々を捏ねたので、仕方がなく送ってやったところだ。

 

 無論、他の駆逐艦たちもいるので、道中名前の知らない艦娘に出くわしてはすぐに逃げられると言うのを繰り返す嵌めになった。お陰で俺のメンタルは割りとボロボロだ。まぁ、雪風に引っ張られながら宿舎を歩く俺を見た駆逐艦たちの方が戦々恐々しているかもしれないがな。

 

 取り敢えず、これ以上互いに精神をすり減らす必要はない。早く出てしまおう。

 

「このっ!!」

 

 ふと、いきなり後ろから怒声を浴びせられる。振り返ると、見たことのある女の子がこちらに向かって拳を振りかぶっていた。

 

「うおっ!?」

 

「獣め!!」

 

 咄嗟の判断で横に飛んで拳を避ける。拳を避けられたその子は勢いで壁に激突しかけるも寸でのところで踏みとどまり、体勢を立て直すとすぐさまこちらに向き直った。

 

「潮……だっけ?」

 

「気安く呼ばないで!!」

 

 殴りかかってきた女の子―――昨日、曙を庇っていた潮だったか。彼女は俺の言葉を掻き消すようにヒステリックな声を上げ、まるで穢らわしいものでも見るような目を向けてくる。

 

「雪風ちゃんに一体何をした!!」

 

「へ? カレーを食べさせただけだ――」

 

「嘘をつくな!!」

 

 俺の言葉を怒号で遮った潮は、犬歯剥き出しで血が出るかと思うほどの深いシワを眉間に浮かべながら指差してくる。

 

「そんな嘘、絶対に騙されない!! どうせ雪風ちゃんの弱味でも握って無理矢理従わせているんでしょ!! そうに違いないわ!!」

 

「はぁ?」

 

 俺はただカレーを食べさせただけで雪風の弱味なんか握ってねぇわ。むしろ、アイツの態度からして食事の度にやって来て飯をたかる勢いだぞ。

 

「おい、弱味なんか―――」

 

「黙れ獣!! 今さら嘘をついたって私には全部お見通しなんだから!! これ以上、あんたの好きになんか絶対にさせない!! 雪風ちゃんや曙ちゃん、そして他の子には手出しさせないんだから!!」

 

 だめだ、潮のやつ頭に血が上ってやがる。血気盛んで喧嘩の耐えなかった軍学校時代の経験上、この場合何言っても無駄だ。

 

 それに駆逐艦たちの年齢的にもう就寝時間に近い。こんなところで騒いだら周りの部屋の子達に迷惑だ。眠れなくて明日の出撃や演習に支障が出るのは避けたいところ。

 

「なぁ潮、一旦落ち着け?」

 

「ここにきて罪を認めるのね!! やっぱり雪風ちゃんを無理矢理従わせてたんだわ!!」

 

 少しでもいいから話を聞いてくれよ言いたいが、この際どっちでもいい。とにかく落ち着いてくれ。にしても、この頃の女の子って思い込みが激しいとはよく聞くがここまで激しいものなのか? トラウマでもあるかのような勢いだぞ。

 

「最っ低よ!! あんたなんかこんご―――」

 

「何を騒いでいるんですか?」

 

 なおも喚き散らず潮の言葉と重なるように、俺の後ろから声が聞こえる。それにいち早く反応した潮は俺の後ろに目を向け、パアッと顔を綻ばせた。

 

 

「榛名さん!!」

 

 俺の横を通りすぎてそう言った潮は声の主らしき艦娘に勢いよく抱き着く。潮をしっかり抱き止めた艦娘は、潮をぎゅっと抱き締めながらその頭を撫でて落ち着かせ始めた。

 

 服装は金剛と同じ露出度の高い和服だか、黒のスカートではなく赤のもっと丈の短いスカートを穿いている。黒髪ロングに穏やかそうな顔、それと裏腹に出るとこでた身体。服装と顔立ちから、金剛に通ずるものがあるな。

 

「榛名さん!! また獣が本性を現しました!! 早く鎮守府(ここ)から追い出しましょう!!」

 

「潮ちゃん、分かっているから少し落ち着いてください。他の駆逐艦()たちが起きちゃいますよ?」

 

 スカートを掴みながら叫ぶ潮に榛名と呼ばれた艦娘は潮と同じ目線になって、優しく語りかけながらその頭を撫でる。榛名の言葉に潮は周りの状況を悟り、ようやく大人しくなった。

 

 それを確認した榛名は一瞬こちらを見て、すぐに潮に向き直りニッコリと笑いかける。

 

「提督に関しては私から金剛お姉様に伝えますから、もう寝てくださいね?」

 

 榛名がそう優しく語りかけると、潮は心配そうに榛名を、そしてゴミでも見るような眼で俺を睨み付けた後、ゆっくりと頷く。そして榛名のもとを離れて俺の横を素通り、そのまま廊下の方に消えていった。

 

「……さて、提督」

 

「俺はなにもしてないぞ」

 

 榛名の言葉にそう返すと、榛名は何故か苦笑いを浮かべてきた。

 

「雪風ちゃんをここまで送ってきただけなんですよね? 食堂でお見かけしたので分かっていますよ」

 

 予想外の反応に狼狽えてしまった。予想だと潮の言葉を鵜呑みにして責めてくると思っていたんだがどうやら榛名は俺のことを信じてくれるみたいだ。

 

 榛名の対応に反応できないでいると、彼女は何故か背筋を伸ばして改まった様子で頭を下げてきた。

 

「改めまして、金剛型戦艦3番艦の榛名です。今後とも、よろしくお願いします」

 

 金剛をお姉様と呼んでる辺り、妹と見ていいだろう。しかし、金剛の態度からは想像もできないほど礼儀正しい子、というのが第一印象だ。

 

「そして先ほどの潮ちゃんの無礼、代わりに謝罪しますので許してくれませんか?」

 

「別に気にしてないからいい」

 

 俺の言葉に榛名は深々と頭を下げてくる。曙の件で見てたし、初めてじゃないからそこまで気にしてない。むしろ、あそこまで潮が俺を毛嫌いする理由が知りたい。まぁ、それはおいおい聞いていくか。

 

「それよりも、俺がここにいることで駆逐艦の子達が落ち着かないみたいだし。早めに部屋に戻らせてもらうわ」

 

「そうですか。では、お供させていただきますね」

 

 俺の言葉に榛名はそう言いながら先導をかって出てくる。潮の件でも引きずっているのか? 別に部屋に帰るだけだから付いてこなくてもいいんだが。

 

「ここからご自身のお部屋まで、迷わずに行けますか?」

 

 俺の問いに榛名はどこか試す様な表情でそう聞いてくる。それに、俺はすぐに反応できなかった。

 

 確かに、まだ鎮守府に来て日も浅く鎮守府の地図も把握しているわけではない。更に、食堂から雪風に引っ張ってこられたためここが鎮守府のどこなのか知らない。

 

 それに駆逐艦のみならず他の艦娘の気分を害すかもしれないしな。ここは、大人しく榛名の言葉に甘えさせてもらうのが一番か。

 

「……なら、よろしく頼む」

 

「分かりました。では、ついてきてくださいね」

 

 俺の言葉に榛名は微笑むとクルリと後ろを向いて歩きはじめる。その後を追って、俺も同じように歩きはじめた。

 

 榛名の案内で宿舎を後にした俺たちは、月明かりで照らされた夜道を並んで歩く。道中艦娘に会わない辺り、俺の意図を汲んでくれたのかもな。

 

 そんな榛名は、時折こちらをうかがう様に覗き込んできて、ふと目が合うと必ず微笑みかけてくる。無言の中でこれをされたらむずがゆいな。

 

「榛名、聞いていいか?」

 

「何でしょう?」

 

 むずがゆさに耐えかねた俺はそんなことを榛名に振ると、彼女はそう答えながらこちらを覗き込んできる。むずがゆいのを悟られなくないので、なるべく目を合わせないように帽子を深くかぶって誤魔化した。

 

「潮もだが、ここの艦娘は明らかに俺のことを嫌っているよな?」

 

「……提督自身がそう感じるのならそうかもしれませんね」

 

 俺の問いに、榛名は歯切れの悪い答えを返す。まぁ、あれだけ分かりやすいのを見れば嫌でも分かるわな。それに、理由も大体予想はついているし。

 

 

「俺が来る前は、一体どんな提督(やつ)だったんだ?」

 

「それは……」

 

 俺の言葉に榛名はそうこぼすと、今まで覗き込んできた顔をぷいっと背けて黙り込んでしまう。ビンゴか。いや、むしろそれ以外ないわな。

 

 金剛や潮、天龍等を筆頭とした艦娘たちの態度、そして街で聞いた前任の悪行の数々……それを加味してもこの状況を作り出したのは前任のクズだとみて間違いないだろう。

 

「食堂のあれも、ソイツが考えたのか?」

 

 俺の問いに、榛名は何も言わずに頷いた。出撃に必要な資材のみを摂取させる体制を敷いたのもソイツがどういう思惑で考案したか知らんが、艦娘たちのあんな光景をよく平気で見れたものだな。

 

 だって、艦娘って―――。

 

「提督? こちらですよ?」

 

 不意に榛名に呼び掛けられて我に帰る。周りを見ると、俺が3つに別れた道の1つに立っていて、榛名は別の道の中腹にてこちらを心配そうに眺めている。

 

 どうやら、考えすぎて違った道に行きそうになったみたいだ。それに気づいてすぐに榛名の元に走り、俺が追い付くと彼女は再び歩き出した。しかし、歩き出したことにと寄って俺はまた思考の海に沈んでいった。

 

 ん? 待てよ? 食堂の件はソイツが考えたんだよな? なら、居なくなった後なのに何で同じ体制を敷いてるんだ?あの表情から見るに、艦娘たちもあれに満足してるはずはないし。雪風の反応を見るに俺たちが普通に食う物を食ってもなんら問題はないはずなのに……。

 

 艦娘たちが文句も言わずに従っている辺り、今でも誰かがそれを強制しているってことだよな?

 

「榛名、何でソイツが居なくなっても何も変わ――」

 

「提督、こちらです」

 

 いつの間にか俺のそばを離れていた榛名は部屋がある建物を指差してそう言い、そのまま入っていってしまった。慌ててその後を追うも、明らかに先程より歩くスピードが上がっていてなかなか追い付けない。

 

 地雷でも踏んだのか? でも、それならなんでこの話題が地雷なんだ? 

 

「提督、着きましたよ」

 

 沸き上がる疑問を整理していたら、とうとう俺の部屋までついてしまった。榛名はドアを開けて、中へどうぞ、とでも言いたげに手を向けてくる。その顔には、先ほどの柔らかい微笑みではなく、何処か悲し気な、悲痛に満ちた表情があった。

 

 

 これ以上、聞くな―――と言うことか。

 

 俺はまだ着任して2日目。ここの空気になじんだとは言えない。俺よりも前からここにいる榛名たちにとっては新参者もいいとこだ。そんな新参者、ましてや今日顔を合わせたばかりの奴に色々と話せるわけないか。

 

 それに、この件に関しては艦娘たちのデリケートな部分も含む。もうちょっと、互いに落ち着いてから聞くことにした方がいいな。

 

「分かった、送ってくれてありがとうな」

 

 俺の言葉に、榛名は深々とお辞儀をしてくる。無理に声をかける必要もないか。なら、ここは早めにお暇させてもらおう。そう思って、ねぎらいの意味も込めて榛名の肩をポンと叩く。

 

「ッ!?」

 

 叩いた瞬間榛名がいきなりビクッと身を震わせる。その反応に思わず彼女を見るも、それ以降一言も発せずにただ頭を下げるだけだ。肩を叩いたのはちょっといきなり過ぎたか。今後は自重しよう。

 

 これ以上声をかけるのも気を使わせることになりそうだし、さっさと部屋に入ってしまおう。頭を下げ続ける榛名の脇を通り、部屋に入る。脇を通る際も、榛名は頑なに頭を上げようとはしなかった。

 

 肩を触ったことを金剛に報告されかねないかな。また曙みたいな目に遭うのは懲り懲りだぞ。と言うか、そうならないためにも一応謝っておこう。

 

「榛名、さっきはすま―――」

 

 そこで、俺の言葉は途切れた。振り返った瞬間、光に照らされてキラキラ光る美しい黒髪が目の前にあったからだ。

 

 次に、胸の辺りに強い衝撃を受ける。不意打ち気味の衝撃になすすべもなく、俺は簡単に押し倒されてしまった。その際、後頭部を強打した。

 

 鈍い痛みに耐えながら胸のあたりを見ると、榛名が俺の背中に手を回し、胸に顔を埋める様に抱き付いている。たぶん、先ほどの衝撃は榛名が抱き付いてきたのだろう。

 

「榛名!! どういう―――」

 

「提督」

 

 俺の言葉を榛名の声が遮る。その声は先ほどの柔らかな物腰とは比べ物にならないほど低い。鎮守府の件を聞いてた時の声よりも更に低く、憤怒や悲痛などの感情が全て欠落してしまったような。

 

 まさに『無』感情―――そんな声だ。

 

 先ほどとの変わりように反応出来ないでいると、俺の胸から顔を上げた榛名はゆっくりと上体を起こす。そして、いきなり和服を襟に手をかけ、ゆっくりとはだけさせ始めた。

 

「ちょ!?」

 

「金剛型戦艦三番艦、榛名」

 

 感情が一切感じられない声でそう零した榛名は、ハイライトが消えた目を俺に向けてこう言った。

 

 

 

「今宵の伽、務めさせていただきます」


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