新米提督苦労譚~艦娘たちに嫌われながらも元気に提督してます~   作:ぬえぬえ

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無慈悲な『優しさ』

「―――と、いうわけで、私たちの弱点なんだけど」

 

「間違いなく航空戦力でしょうね。相手は正規空母の蒼龍で、こっちは軽空母の龍驤だし…」

 

「おーおーひっどいいわれようやなぁ~、泣くでぇ?」

 

「でも事実っぽいぽい? 大人しく受け入れてくださいっぽい!」

 

「……なーんか最近この子のあたりキツない? ぼのの悪影響ちゃうん?」

 

「気のせいですよ。それよりも――――」

 

 

 そんな会話が今、目の前で繰り広げられている。

 

 ちらりと横目にやると、そこにはいつも別の場所で見る山積みの書類が。その中で緊急性の高いものが何枚か無造作に置かれている。いや、置かれているというよりも退けられていると言った方が正しいだろう。

 

 もう一度、反対側に横目をやる。

 

 そこには今朝方間宮からもらったコーヒー、それが満たされていたはずのマグカップだ。うっすらと、その内側がコーヒーで濡れている。それは今しがた飲み干された(・・・・)からであろう。

 

 

 そして何より、今しがた挙げたものたちが鎮座していた場所――――机の上には、一枚の大きな紙が広げられていた。

 

 そこに書かれているのは、6名の艦娘の名前。『曙改』、『夕立改二』、『榛名改』、『日向改』、『扶桑改』、『龍驤改』の文字と、同じ名前がそれぞれ書き込まれた6つの青い駒。

 

 そして、その駒の下にはうっすらとした水色が広がっている。その色は紙の大部分を占め、黒い線を境に白色と境界を成していた。

 

 

 その水色をたどっていくと唐突に現れるのが、先ほど見た青い駒と同じ形をした赤い(・・)駒である。その駒も青と同様に、名前が書き込まれている。

 

 『伊勢改』、『蒼龍改』、『山城改』、『陸奥改』、『陽炎改』、『Jervis』――つかさが今回引き連れてきた艦娘たちの名前である。

 

 

 そうだ、今しがた彼女(・・)たちが話していることも踏まえれば見えてくるだろう。

 

 

 この机一面に広げられた大きな紙――――演習場の地図。

 

 青と赤に分けられ、それぞれの艦隊の名前が書き込まれた駒たち。

 

 それを前にして、あれやこれやと話し合う彼女たち―――――うちの艦娘たち。

 

 

 つまり、今目の前で行われているのは、数日後に控えたつかさたちとの演習に備えた作戦会議だ。

 

 

 

「ほら、あんたもなんかない‽」

 

 

 そんな折、ふと声をかけられる。

 

 

 その方を向くと、鉛筆を口元にあてる曙が。

 

 その向こうには、鼻と口でペンを挟み腕組みしながらうんうんうなっている夕立が。

 

 そんな彼女にジト目を向けながら、頬杖をつく龍驤が。

 

 そんな一同に微笑を浮かべながら見守る扶桑が。

 

 

 

「……あの、ここ俺の部屋なんだけど?」

 

 

 そんな彼女たちに、俺はジト目を向けながらそう言った。いや、言ってみた(・・・・・)。が、その言葉は彼女たちの興味を引けたものの、俺が望んでいる答えは返ってこなかった。

 

 返ってきたのはきょとんとした顔の夕立、呆れた顔の龍驤、いつもの微笑みを浮かべる扶桑、そしてそれら3人の顔を流れるように次々と浮かべ、最後の微笑みのまま俺に近づいてくる曙だった。

 

 

「ほら、あんたも一緒考えるわよ」

 

「いや、だからここ俺の部屋なん―――」

 

「はいはい、分かってるわよそんなこと」

 

 

 そう言いながら俺の手を取りぐいぐいと引っ張っていく曙。そしてその様子を見ながら何も言わない他3人。そんな彼女たちを前に、俺はただされるがままだ。

 

 だが、少し視線を下に向けてみる。すると、そこに見えるはいつもの白い袖口――――ではなく、少し寄れた青と白の水玉模様の袖口だ。

 

 更に目を凝らすとそこから下に伸びる同じ水玉柄の裾が、そして更に下へと続くズボン、そしてチャコールグレー色の無地のスリッパ。

 

 

 そう、俺は今――――――寝間着姿なのだ。ガチの。

 

 そしてここは俺の部屋――――――執務室ではない俺の寝室である。

 

 

 

 ……いや、ここ、俺の部屋。寝室、個室、プライベート空間、ぷらいべぇとエリアなわけ。これ完全にプライバシーの侵害だよ。

 

 一応、オープンな提督さんとしてやらせてもらっているけどさ。流石に個室までオープンにしているつもりはないんだぞ?

 

 てかそもそも、そもそもだよ。なんでお前ら俺の寝室に入ってるの? いや入れているの? 部屋の鍵は毎度閉めているから入ってこられないはずだよ? スペアキーとかあるの?いやあるんだろうけどさ、なんでそれを持っているの? というか誰がそれ持ってたのさ。

 

 

 と、まぁ、言いたいことは山ほどあるわけだけどさ。

 

 

 ……まーまー、寝起きドッキリというかいたずらというか、それこそ某戦艦娘みたいなことはなかったし。

 

 なんでここにいるのかってこと聞いたら、「演習で勝てる作戦を考えるため」や「個人空間の方が誰かに聞かれる心配がない」、「提督(あんた)と綿密に作戦を練れる」っていう正当(?)な理由だったわけだから。

 

 

 百歩、いや万歩譲って……まぁ、勝手に部屋に入ってきたことは良しとしよう。

 

 

 だけどな……――――

 

 

 

 曙に引っ張られるとき、ふと夕立を見る。彼女は鼻と口でペンを挟みながらうんうんうなっている。その視線が少しずれ、バチっと俺と目が合った。

 

 

「ぅ~……」

 

 

 間もなく、彼女は小さく声を漏らしながら気まずそうに視線をそらす。視線を逸らす彼女の顔はほんのりと紅潮しているような……いや、多分その深紅の瞳が被っているだけだろう。

 

 なぜ、夕立は俺と目を合わせようとしないのか、それはつい先ほどの出来事のせい――――俺が目覚めたときのことが原因だ。

 

 

 端的にいうと、俺が目覚めたときに最初に見たのが夕立だっただから。

 

 

 

 俺の顔いっぱいに映る、目を瞑って顔を近づける彼女を。

 

 

『……ゆーだちぃ?』

 

『ッぁぁぁああああ!!??――あっ』

 

 

 目の前の光景に理解ができず、とりあえず深紅の瞳と犬の耳みたいな髪を見て思いついた人物の名前を寝起きのせいで舌足らずな口で発した。その瞬間、目の前にいた彼女は今まで聞いたことのない奇声を上げて俺の顔から飛びのいた。

 

 そしてその勢いのまま俺が部屋に持ち帰った書類の束をひっかけてしまい、部屋いっぱいに書類の束が舞い上がってしまったのだ。

 

 

 視界いっぱいに舞い上がる書類とともにふわりと舞う夕立の金髪がなんかすごく神々しく見えたものの、後の光景は悲惨なわけで。そのまま半べそかいて書類を片付ける彼女とともに、訳も分からず書類を回収しにかかるわけだ。

 

 

 そしてある程度片付け終わり、最後の一枚を顔を背けながら渡してくる夕立から受け取って一息つく。その横で、気まずそうに一刺し指を突き合わせる彼女。その様子を横目で見ながら、特に向こうから切り出す様子はないので、こちらから切り出そう。

 

 

『で、ゆうだ―――』

 

『いつまで寝とんねん!! はよ起きぃや!!』

 

 

 俺の言葉をかき消すように寝室のドアから声が響き、同時にドアが勢いよく開かれて現れたのが龍驤だった。

 

 それも、いつもの陰陽師のような紅と黒の和洋折衷衣装を模した制服ではなく、白の半そで無地Tシャツに赤紫の布地に白いラインが腰から足元まで一直線に伸びるズボン――――いわゆる、『芋ジャージ』といういでたちで立っていたのだ。

 

 

「……ぇ?」

 

 

 その光景に、俺は思わず声を漏らしていた。そして、先ほど夕立から受け取った一枚と今まで集めていた書類の束を落とし、再度床一面に書類がばら蒔かれてしまうのだった。

 

 

 ……俺の受けたインパクトをつらつらと書いてもあれなので、ここから端的にまとめよう。

 

 その時入ってきた龍驤曰く、スペアキーは大淀に頼んでもらったらしい。

 

 ちなみに彼女がもっているわけではなく、ちゃんと鍵の管理を担っている妖精に大淀が掛け合って渡してもらったとのこと。流石に大淀でも鍵の管理は任されていなかったようだ。まぁ、大淀が管理していても納得はしてしまうが。

 

 とまぁ、鍵についてはそんな感じで。そこで入ってきた龍驤のあとに曙、扶桑と続々と入ってきて、俺は顔を洗ってこいという言葉とともにタオルを渡され部屋を追い出されてしまったのだ。自室(・・)をである。

 

 

 部屋の中ではガチャガチャと大きな音がしており、おそらく中で家具の位置を変えているのだろう。確かにあの部屋に5人入るには、家具の位置を変えなくてはいけない。だが、もう何度も言うが俺の部屋なんですが。

 

 

 なんて文句を言ったところで跳ね返されるだけなので、とりあえ洗面所に行って顔を洗い、眠気覚ましに食堂にコーヒーをもらいにいく。

 

 普段の軍服と違う姿で現れた俺に間宮は驚いたものの、事情を説明したら納得したようで。長丁場になりそうだからと他メンバーの分も飲み物を用意してくれた。いや、長丁場になるのは嫌なんだが。

 

 そして、間宮の準備を待つ間、俺は人気のない食堂で待つことに。その間、調理場へと続く通路から今日の食堂当番たちがひょこっと顔をのぞかせて俺を見ては何か興奮したように話している。普段の制服から一変、だらしない姿に笑われているんだろうか。

 

 そんな被害妄想でセルフダメージを追いつつ、俺は間宮から3人分のコーヒーと2人分のホットミルク、そして簡単なお茶請けのお菓子をもらい自室に戻った。

 

 

 そして手に持ったお茶請けをひったくられ、家主を放置して彼女たちは作戦会議を始めたというわけだ。

 

 

「しれーかん? ええ加減目ぇ覚めたかぁ?」

 

 

 そんな記憶の中の姿と瓜二つな、いや更に前髪をヘアゴムでアンテナみたいにまとめて黒縁の眼鏡をかけている龍驤。はたから見るとオフモード全開に見えるわけだが、何度も言うがここは❘他人《俺》の部屋である。くつろぎ過ぎでは……?

 

 

 彼女はその姿でこちらを小ばかにしたような笑みを向け、その身体を扶桑に預けている。

 

 ちなみに扶桑もいつもの巫女装束に似た制服ではなく、薄いピンク色のゆったりとしたワンピース姿だ。おそらく、彼女もまた寝間着だろう。

 

 その証拠に、前髪を5つの太い弁が特徴の白い花があしらわれたヘアピンでまとめている。今まで見たことない姿だ。

 

 そして、彼女たちは俺のベットに腰かけている。龍驤に至ってはベットに足を投げ出してだらけている始末だ。

 

 

 もう一度言う、ここは他人()の部屋だぞ。

 

 

「……これ作戦会議だよな? 流石にくつろぎすぎじゃね?」

 

「んなこと言われてもなー……うちら、そこのチビどもにたたき起こされただけやし」

 

「よね~、朝からびっくりしたわ~」

 

 

 俺の苦言にベット組は揃ってのんきな口調で責任を転嫁する。それを受けて、俺はその『チビども』に目を向けた。

 

 

「だってメンバー発表されて本番まであと数日。普通はどこかで作戦を話し合うタイミングがあるはずなのに、それ以降一切音沙汰がないんだもん。タイミングが見つからないってのは分かるけど……さすがに一度も作戦会議せずに本番はまずいでしょ」

 

 

 その答えとして、曙が呆れたようにそう言ってくる。その言葉に同意するように、夕立も何度もうなずく。更にその様子に龍驤と扶桑も同じようなニュアンスを含んだ視線を俺に向けてきた。その視線にいたたまれなくなって、俺は頭を掻く。

 

 

「あーっ、まーその、なんだ……その点は申し訳ないなぁ……でも―――」

 

「まぁまぁ、そこはこれから巻き返してもらえばええやろ。ほな、続けよかぁ~」

 

 

 俺の言葉を遮るように龍驤が割って入り、そのまま曙に引きずられて作戦会議の中心(どこから持ち込んだ大きな机、俺の部屋のものではない)に座らされる。脇を曙と夕立ががっちりに固められ、逃げ出すことはできない。そして、俺が座らされた前に、いつの間にかベットから立ち上がっていた龍驤が正面に座って問いかけてきた。

 

 

「まず、なんでウチらを選んだか教えてくれる?」

 

 

 顔、表情、しぐさ、口調の全てがいつもの軽い雰囲気なのだが、その眼だけは違って鋭さを持っていた。まるで、初めて差しで話し合った時のようだ。

 

 

「……選んだ理由?」

 

「せや、なんで君がこの編成―――――相手とほぼ同じ編成(・・・・・・)に組んだか、それも当事者であるウチらになんの相談もなしにや……おかしない?」

 

 

 その言葉とともに、龍驤の視線が更に鋭くなった。同時に周りからの、特に両脇からの圧が強くなる。微笑んではいるものの、遠巻きにこちらを眺める扶桑も少しだけ目を細めた。

 

 

「あー……その点もすまない。でも、何も理由なしに選んだわけじゃないぞ」

 

「へぇ~、じゃあ詳しく教えてくれるか? 特にウチと扶桑、日向は巻き込まれた側やからなぁ」

 

 

 俺の言葉に頬杖をつきながらそう言葉を向けてくる。それに、両脇の二人が小さくうめき声をあげた。彼女の言葉が刺さったのだろう、今の言葉は俺というよりも曙と夕立、榛名に向けられたものだからな。

 

 

「そういえば、榛名はいないのか?」

 

「あの子は昨日の夜哨戒任務に参加して、今朝方帰ってきたところや。流石に呼べんやろ」

 

 

 俺の疑問に龍驤が手を振りながら答えた。なるほど、それならまぁここにいなくても仕方がないか。でも、そうだったっけ? 一応、ここにいる艦娘のスケジュールは把握しているつもりだが……

 

 

「まーまー、あの子にはウチらから伝えておくし、とりあえずウチらを選んだ理由ってのを聞かせてぇや」

 

 

 俺の思考を遮るように龍驤は理由を教えろとせかしてくる。その言葉に、俺はいったん思考を止めて、彼女たちに語って聞かせた。

 

 

 

 俺が彼女たちを選んだ理由――――それは、この鎮守府が独力でもやっていけることを示すためだ。

 

 

 まぁ、元々ここの運営を提督なしでやっていたわけだから、運営的には何ら問題はないとは思う。実際、つかさたちも希望すればある程度の裁量を任せてくれると言っていたわけだ。

 

 だが、彼女たちが独力で運営できていたのは過去の話。

 

 もちろん、俺がいなくなっても中将のバックアップはそのまま続けてもらうようお願いするつもりだ。なので以前のような完全に自給自足で運営している状況ではなくなるわけで、運営面での負担は見違えるほどなくなるだろう。

 

 一見すると好条件での運営になりそうだが、それは戦闘面での心配がないという前提があるからだ。

 

 

 事実、今回の吸収騒動も姫級の出現が根本的な原因である。つまり、この鎮守府は今までとは違う脅威にさらされているわけだ。そのため、彼女たちは運営面ではなく戦闘面の問題を解消しなければならない。

 

 

 そこで、今回の演習だ。

 

 ここで、彼女たちの実力を示す。それも、ある程度の余裕(・・・・・・・)を見せつけてだ。そうすれば、文字通り彼女たちの自治する中で最も理想的な状態が――――周りの鎮守府からの援助が見込める完全な独立(・・・・・)ができる。

 

 それを実現するため、この演習は相手よりも少しだけ不利なメンツで挑む必要があるわけだ。

 

 

 なので、今回は相手の編成をもとに『少しだけ戦力で不利な』艦隊にした。そこで選んだのが、正規空母に対して軽空母の龍驤を当てることである。

 

 理由は艦載機の数。正規空母に比べて、軽空母は積載数が違う。はたから見れば、こちらが不利に見えるだろう。制空権を制すると、戦闘は一気に有利になる。それは劣勢であればあるほどだ。

 

 だが、それでは絶対に勝てない。負けてしまえばそれこそ彼女たちの自治が失われてしまうのだ。

 

 そのために、編成に組み込んだのが日向と扶桑である。

 

 理由は、彼女が航空(・・)戦艦だからだ。彼女たちは金剛ら普通の戦艦とは違い、艦載機を発艦することができる。もちろん空母同様の航空機を出せるわけではないが、それでも彼女たちが発艦できる多用途水上偵察機「瑞雲」は航空戦をできないわけではない。事実、戦艦同士の戦闘において制空権を制した実績がある。

 

 更に日向は瑞雲の扱いについて鎮守府1、いや下手したら全艦娘1の実力を持っている。そこに彼女との無意識レベルで連携ができる扶桑を組み込んだのだ。

 

 

 もっと言えば、今回組み込んだ龍驤。

 

 彼女は隼鷹や加賀に比べて積載数は少ないものの、妖精パイロットの練度はずば抜けている。特に先の作戦では、空母ヲ級相手に互角の立ち回りを見せたと聞く。それも複数の艦載機を相手どった上でだ。

 

 劣勢の時こそ彼女の持ち味が光るといっても過言ではない。ゆえに、正規空母にも見劣りしない彼女を選出した。

 

 ゆえに俺は彼女たちを選んだ。はたから見ると不利な編成だが、その不利をカバーできる編成だとは自負している。そして曙、夕立、榛名は今回の発起人である。外すわけにはいかない。

 

 彼女たち3人を組み込んだ上で、はたから見ると不利に見え、だがその実戦力は見劣りしない編成。これがメンバー選出理由である。

 

 

「なるほどな~……」

 

 

 俺の長々とした説明に、龍驤は無表情のままそう呟いた。扶桑も特に表情を変えずに微笑むのみ、両脇の二人もどこか難しい顔をしている。だが、特に口を挟んでこないから、一応の納得はしてくれたみたいだ。

 

 

 そのようにホッと一息つく。何とか、用意(・・)した理由で納得してくれてよかった。

 

 

「なら、なんでそれをウチらに言わなかったん?」

 

 

 だが、龍驤は更に痛い(・・)質問を投げつけてきた。思わず彼女を見ると、先ほどよりもどこか冷めた目でこちらを見据えてくる。まるで、なにもかもお見通し(・・・・)のように、だ。

 

 

「そ、それは忙しくて……」

 

「それは理由にならへん。もちろん君が本当にウチらのために考えた編成ってのは、今の話で十分分かった。でも、それなら提督(きみ)からその意図をうちらに説明するのが筋やろ。ちゃうか?」

 

「……も、もちろん時間をとるつ―」

 

「その言い訳もナシや。その証拠に、君はさっきの説明をウチに聞かれて(・・・・・・・)から答えた。もし時間を取るつもりやったら、普通君から(・・・)切り出すやろ」

 

 

 俺の言い訳をバッサリ切り捨てる龍驤。その視線は味方を見る目ではない、まるで最初に差しで話し合った時――――俺がこの鎮守府を潰すために来たことを尋問されている時と同じ空気だった。

 

 

「それは――」

 

「君さぁ……」

 

 

 俺の言葉を遮るように、龍驤はずいっと顔を近づけてきた。その眼は先ほどと変わらず、敵を見る目をしていた。

 

 

 

「ホンマに勝つ気あるんか?」

 

 

 そして、彼女の口からこの言葉が吐き捨てられた。その言葉を、俺は受け止めた。

 

 

 

 

 

 受け止めた、だけ(・・)だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おい、ええか―――」

 

「龍驤さん」

 

 

 先ほどよりも声色を低い怒気を孕んだ龍驤の言葉を、横から飛んできた声が遮った。その後は誰一人何も言わず、そのまま沈黙が走る。その時の俺は、ただ顔を下に向けていた。龍驤の言葉を、ただ(・・)受け止めることしかできなかったから。

 

 

「その話、今は関係ない(・・・・)ですよね? ここに集めたのは、この演習をどう勝つか(・・・・・)を話し合うためです。関係のないことは控えてもらえますか?」

 

 

 そう声を上げたのは、龍驤をまっすぐ見据えながらは静かな口調の曙であった。

 

 そう声を上げると同時に、彼女は俺の腕をつかむ手に力を込めた。それは握り潰そうとか、痛みを与えてやろうとか、そういった類のものではない。

 

 

 

 ここにいると―――ただ、(ここ)にいると、語りかけているようだ。

 

 

 

「提督さん」

 

 

 ふと、そこで割って入ったのが夕立だ。彼女の方を見ると夕立は俺の腕を握っており、その透き通るような瞳を俺に向けていた。その瞳には、俺の顔が映っている。寝起きだからひどい顔(・・・・)をしている

 

 

「提督さんは、夕立たちと一緒にいたくないの?」

 

 

 彼女の口から、昨日聞いた言葉が再び投げかけられる。その時、彼女の瞳に映る顔が歪んだ気がした。それは寝起きのひどい顔だったので、よく分からない。すぐ背けたから、よく分からない。

 

 

 だが、背けた先が悪かった。

 

 

「…………」

 

 

 背けた先にいたのは、曙だった。彼女も俺の腕を握りながら、夕立と同じく俺の顔をじっと見つめていたのだ。

 

 

 だが、その表情は違った。夕立の表情がどこか非難する表情である気がした。だが曙は、俺を非難する表情ではなく、ただただ普通の顔だった。

 

 

 何事にも動じない(・・・・)顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

鎮守府(ここ)にいない方がいいだろ」

 

 

 

 そんな言葉が、俺の口から洩れた。誰も何も言わない、音も立てない空間で、その言葉だけが異様に長く、大きく響いた。

 

 

 おそらく、それはその場にいた全員に聞こえていただろう。誰しもがその言葉をとらえ、咀嚼し、飲み込めるほどに理解しただろう。

 

 その証拠に、それを聞いた目の前の曙。最も近くでその言葉を受け取った彼女は。

 

 

 

 

 

 その顔に、わずかばかりの怒りをにじませた。

 

 

 

 

 

 

 

「違うな」

 

 

 だが、その空気を破ったのは俺でも曙でも、龍驤でも夕立でも、まして扶桑でもない。

 

 

 

いない(・・・)方がいいのは、私だ」

 

 

 そう言ったのは、いつの間にか廊下へと続くドアに立っていた艦娘―――――日向であった。

 

 

「なんや日向、遅かったなぁ」

 

「すまんな、瑞雲の手入れに時間がかかってしまってな」

 

 

 俺の言葉を代弁するように龍驤が日向に向けて声をかけ、それに彼女も特に気にする様子もなく答える。だが、その身体はドアのところでただずんだまま、一向に中に入ってこようとしない。

 

 その様子に、その場――――俺の寝室は変な空気になる。誰一人として声を上げず、そして動こうとしないのだ。

 

 

 

「あの、日向さん?」

 

 

 その謎空間を終わらせたのは、俺の横にいる曙であった

 

 

「あなたをここに呼んだのは私だし、瑞雲のお手入れで遅れる旨もOKしたから分かるんですか……なんでドアの横(そこ)にいるんですか? 一緒に考えましょうよ」

 

「いや、それには及ばない」

 

 

 曙の言葉に、日向は薄く笑みをこぼしながら断った。その様子に、俺含め一同が困惑した表情を浮かべる。いや、一人だけそう言った感情が分からない表情を浮かべた艦娘がいた。

 

 

 

 

「『いない方がいい』って、どういうことかしら?」

 

 

 その艦娘――――扶桑は初めて自分から声を上げた。その声色は先ほどの朗らかなものではなく、どこか棘のある口調であった。

 

 

「言葉の通りだ、私はいない方がいい」

 

「それはこの鎮守府(・・・・・)にいない方がいいってことかしら?」

 

「いや、そこまで自分を卑下するつもりがないが……?」

 

 

 日向の言葉に扶桑が噛み付き、それに対して少し困ったような顔を浮かべる日向。それを受けた扶桑―――というか、なんか日向が割り込んできてから口数が多くなった彼女だが、そこでいったん言葉を噤んでしまう。

 

 

 そのまま、なぜか沈黙が流れた。

 

 

 誰一人として声を上げない。いや、どちらかと言えば上げることができない空気だ。そんな空気を発していたのは、言わずもがなだ。

 

 

 

「……で? なんであんたがいない方がいいわけ?」

 

「簡単だ、私がいると勝てないからだ」

 

「……そう言い切れるわけ?」

 

「ああ、断言できる」

 

「ふーん……」

 

 

 そのまま、その場の空気を支配する二人で会話が進んでいき、そして終わってしまった。残されたのはどこか納得がいっていない扶桑と言いたいことが言えてすっきりした日向、そして頭から最後まで話の流れが分からない俺たちだけだ。

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと待て!」

 

 

 その代表格であ、曙が二人の会話に割り込む。そんな彼女に、日向はいつもは真顔が押し通している表情を少し歪ませ、困ったような表情を浮かべた。

 

 

「えっと、全然話が読めないんですけど……つまり、どういうことですか?」

 

「さっきの言葉通り、私はいればこの演習は負ける」

 

「いや、それは聞いています。私が聞きたいのが何故負けるか……いや――――」

 

 

 そこで言葉を切った曙は、どこか迷ったような表情を浮かべた。しかし、意を決したように真剣な表情に変え、言葉を吐いた。

 

 

 

 

「なんで伊勢さん(・・・・)に勝てないんですか?」

 

 

 そう、言葉を発した。その瞬間、空気が変わる。いや、空気ではない(・・・・)。雰囲気が変わったのだ。

 

 変わったのはもちろん日向。彼女は曙の言葉にびくりと身体を震わせ、そして顔を向ける。そこで、表情を変えたのだ。

 

 

 

 

 何もかもをあきらめた顔(・・・・・・・・・・・)に。

 

 

 

 

「そう、だな」

 

 

 そして、日向はその言葉に力なく笑いながら同意した。今まで見たことがないほど覇気がなく、気力も勢いもない。ただ投げかけられた言葉を受け取り、それを丁寧に広げて、それを胸の前でくしゃりと掴んで、その手を震わせながら。

 

 

 泣きながら微笑んでいるように。

 

 

 

 その様子に曙は返す言葉がないのか、そこで黙り込んでしまった。彼女の顔にあったのは『後悔』の文字。おそらく、彼女が想定した返しとは違うものが返ってきてしまったのだろう。

 

 彼女が想定していたのは、怒りや苛立ち、そういった否定の言葉だ。だが、返ってきたのは悲しみと悲壮感をまとった同意であった。だから、そこからどう返せばいいのか分からなくなってしまったのだ。

 

 

 部屋は再び沈黙に包まれる。

 

 

 

「……みんなに、私がなんでこれを使っているかは話したかな?」

 

 

 それを破ったのは日向だ。彼女はその問いとともに、腰に帯びた刀を手に取る。その様子に、誰も反応しない。おそらく彼女が言っているこれとはその刀であることは分かった。が、それを使う理由までは誰も知らないからだろう。

 

 

「砲撃が不得手だからでしょ?」

 

 

 だが、その中で一人だけ――――扶桑がそう答えた。

 

 

 その言葉に、一同の視線が彼女に集まる。そこにいたのは、先ほど同様どこかなじるような表情を浮かべた扶桑であった。そこに責めているような、見下すなどの感情はない。ただ、どこか苛立っているような気がした。

 

 

 

「そうだ、私は砲撃が不得手だ。ゆえに使っている。それに瑞雲、あれは本当にいい機体だ。(これ)と同じく手足のように動かせるし、航空戦艦として空中戦での十二分に活躍している。その点について、私に才能が有ってよかったと思っている……と、それは今どうでも話だな」

 

 

 そこで話を切った日向は、改めて一同を見回した。そして、俺と目を合わせたところで口を開いたのだ。

 

 

 

「提督。君は以前、柊中佐のところにいたと聞いたが合っているか?」

 

「……ああ、そう――――」

 

「じゃあ伊勢の()は知っているか?」

 

 

 

 その言葉に、俺の中で血の気が引くのを感じた。それは日向が発した言葉――――伊勢ねぇの身体にあった痛々しい傷を思い出したから。

 

 

 胸から腰にかけて深々と刻まれた裂傷。それはすでに塞がっているはずだが、その部分が赤くにじんできた。にじみはその傷を突き破って赤い液体が垂れてくる。

 

 それはどんどん量が増えてきて、垂れてくるから流れ出てきて、流れ出てきてから溢れてきて、溢れてきてから噴き出してきて、やがて伊勢ねぇの口からも同じ液体がこぼれ出てきて、笑顔であったはずの顔が苦痛に歪み、やがて力が抜けたようにふっと真顔になり、その目から光が消えていく。

 

 

 

「ッ」

 

 

 ふと両脇からそんな声が漏れ、同時に腕をつかまれた。いや、掴まれる力が強くなったのだ。

 

 

 気づくと呼吸が荒くなり、変な汗が噴き出ていた。足の感覚が遠のいたので、多分身体がふらついたのだろう。そして、それを両脇にいる二人が支えてくれたのだ。

 

 

「すまない……」

 

 

 そう日向の声が聞こえ、彼女を見ると今まで見たことがないほど苦痛に満ちた顔をしていた。その顔も何処か青い。まるで、俺が今しがた見た光景(・・)を見たかのようだ。

 

 

 同時に、その謝罪に含まれたすべて(・・・)の意味を悟った。

 

 

 

「お前がやったのか……?」

 

 

 

 俺の口からそれが漏れた。それは弾劾、罪状を掲げて問い詰める言葉だ。そしてそれを突き付けられた日向は、ただ力なく笑う、それだけ。

 

 

 

 認めたの(それだけ)だった。

 

 

 

「お前が―――」

 

「提督」

 

 

 

 俺の口から飛び出した怒号は、横から差し込まれた声によって遮られた。それはいたって冷静な、大きさもそこまでなかったはずだった。だが、俺の怒号はかき消されたのだ。それは何故か―――

 

 

 

「黙っててもらえますか?」

 

 

 

 そう声を発した扶桑。彼女が俺を見つめていたからだ。今まで見たことがない目―――冷たく吐き捨てるようではなく、焼き尽くさんばかりの敵愾心を込めた目を。

 

 

 『黙れ(言葉通り)』の感情を浮かべて。

 

 

 

「……すまん」

 

「いいえ~大丈夫です~。じゃ、続きをお願いね」

 

 

 俺が謝罪すると扶桑はいつもの微笑みに変えてそういい、そして日向に会話の主導権を渡す。だが主導権を渡す瞬間に、雰囲気が変わるのを感じた。それを受け取った日向も、おそらくそれを感じたのだろう。困惑した顔からあきらめた顔に戻して、話し始めた。

 

 

「端的にいうと、砲撃が不得手になったのは訓練生時代に伊勢を砲撃した(・・・・)からだ。その時、私たちは艦と同化した直後で、まだ艦娘になり切れていないタイミングだった。万が一損傷した際の入渠による完治じゃ厳しいと考えられ、実際に過去に事故で損傷した艦娘は完治せずにそのまま解体された例もあった。なので艦との同化直後、訓練生にはそのことがしっかりと伝えられたんだ」

 

 

 日向の言葉にその場にいた艦娘(みんな)が頷いた。もちろん、俺もそれは軍学校で聞いた話だ。なので、そのことはみんな知っている。それを確認して、日向は更に話をつづけた。

 

 

「そして、コトは最初の砲撃訓練で起きた。人の姿(この姿)になって初めての砲撃するのだ。大概の訓練生は的に当てることも困難であり、誤射するのが前提とされた。ゆえに訓練場は細心の注意を払い、絶対に事故が起こらない状況下で訓練は行われた。だが、それでも100%事故は防げるわけではない、何かしらの事故は起きてしまう。だがそれは施設への誤射や訓練場外への砲撃など、おおよそ人的被害ではないものばかりだ。誤って誰かを砲撃してしまう、なんてことは絶対に起きないと誰もが思っていた。だが、私はそれを起こしてしまったんだ」

 

 

 そこで言葉を切った日向は、目を閉じで黙り込んだ。まるでその時の光景を思い出した、いや思い出そう(・・・・・)とするかのように、顔を苦痛に歪ませながら。

 

 

「砲撃された伊勢はすぐにドックに運び込まれ、高速修復材を使った治療で一命は取り留めた。そして腹部への砲撃だったために身体能力への支障はなく、ただその身体に傷跡が残るだけだった。だから訓練中の『不幸な事故』として処理され、私にも1カ月の謹慎処分を受けたのみ。だから気に病む必要はない、いやな思い出だから忘れろ、そんな言葉をたくさんかけてもらった。だが……」

 

 

 そう言葉をこぼした時、いやそれは話の途中からだ。彼女の視線はだんだんと下がっていき、自身の手に注がれていた。彼女の手には、『何か』があったのだろう。それは彼女が起こしてしまった己の『手」なのか、そこから具現化する『砲口』なのか。それは分からない。

 

 

「それ以来、私は砲撃をしようとするとその事件が頭を過ってしまう。また照準がズレて、誰かを傷つけてしまったら―――その不安が心の中に巣くっている。決して取り払われることのない、これからもずっと付き合い続けなくてはいけない、背負い続けなければいけない罪なんだよ」

 

 

 そこで言葉を切り、日向は下げていた視線を上げた。その顔は、先ほどと同じなにもかもを諦めた顔。悲壮感と後悔、懺悔、全てが込められた罪人の顔だった。

 

 

「そして、私はそれ以来(・・・・)伊勢に会っていない。おそらく上層部が、同じことが起きないように配慮してくれたのかもしれない。だから、私は伊勢に一度も謝罪できていないんだ。でも――――」

 

「日向」

 

 

 そこで、日向の名が呼ばれた。名前を呼ばれた彼女はそこで話を断ち切ってしまう。同時に、彼女は声の方向を向いた。

 

 それは部屋にいた誰でもない(・・・・・)。その視線は、いや彼女が振り向いたのは自身の背後。俺の寝室と廊下を隔てるドアに寄りかかっていた彼女、その後ろにいて、そこに立っていた人だ。

 

 

 

 

 

 

「い、せ……」

 

「……久しぶり」

 

 

 

 日向が声の主を――――伊勢の名前を口にし、それを受けた伊勢ねぇ(・・・・)は力なく笑顔を浮かべていたのだ。

 

 

 そこからは沈黙が支配する。今まで以上に重く、暗く、決して破られることのないほどの沈黙。誰しもが声を発せず、身動きもできず、ただ目の前にいる二人を見ていただけだ。

 

 

 

 

「おはようございます伊勢さん、どうされたんですか?」

 

 

 そして、またしてもその沈黙を破ったのは扶桑であった。彼女はいつの間にか日向の横に立っており、時が止まったように動かない日向の肩を掴みながら挨拶したのだ。そして、同時に彼女がここにいるわけを問うた。

 

 

「メーちゃんに聞きたいことがあってきたの……日向(・・)について」

 

 

 扶桑の問いに、伊勢ねぇは意を決したように言葉を発した。その口から言葉に、一人の艦娘(・・・・・)が肩を震わせたのは言うまでもない。

 

 

「……だそうよ、日向」

 

 

 今度は扶桑が、艦娘の名前を呼んだ。呼ばれた艦娘は再び身体を震わせ、そして視線を前に向ける。そこに立っている伊勢は、困ったような表情を浮かべていた。

 

 

 再び、沈黙は支配する。

 

 

 

「すま―――」

 

「いいよ」

 

 

 その沈黙は黙りこくっていた日向が破り、その言葉を伊勢ねぇが遮った。同時に、彼女は日向を抱きしめたのだ。

 

 

 

「ホントは―――」

 

「大丈夫、怒ってない(・・・・・)

 

 

 絞りだされた日向の声を伊勢ねぇが再び遮り、その頭を優しくなでた。まるで子供をあやすように、優しい声色だった。

 

 

 

「あれは事故、不幸な事故だったの。私もそれで納得してるし、恨んでなんかいないわ。むしろ、そのせいで砲撃ができなくなっちゃったんでしょ? ここ(・・)での生活、大変だったよね、本当にごめんね(・・・・・・・)

 

 

 彼女はそのまま言葉をつづける。日向に言い聞かせるように。言葉通り自分は気にしていない、納得している、だから気に病むことはない、そして自分のせいで苦労を掛けてごめんね、と。

 

 それを受け取り、日向は身体の震えを止めた。そのまま、日向は無言のまま伊勢の背中に手をまわしたのだ。

 

 

 その時、その様子を間近で見ていた扶桑の顔が少しだけ歪んだ気がした。

 

 

 

「メーちゃん?」

 

 

 ふと、伊勢ねぇは声を上げた。彼女は日向を抱きしめながら、俺に向けて力なく微笑みかけていた。

 

 

「日向なんだけど、演習のメンバーから外してくれないかな?」

 

 

 彼女の発言は、こちらにとって爆弾発言であった。だが、それに噛みつくものはいない。その場にいる誰もが、その言葉の真意を理解していたからだ。

 

 

「すっごく個人的な理由で申し訳ないんだけどさ……多分、この子が迷惑をかけちゃうと思うの。それで負けちゃったら、あなたたちも納得できないでしょ。私たちとしてもできれば納得してこちらに入ってほしいわけで、なるべくフェアな状態でやりたいのよ」

 

 

 伊勢ねぇはそう話しながら、日向の頭をなで続ける。何も言えずに黙る妹を慰めながら、彼女が出した答えを代わりに伝える。その姿はまさしく姉そのものだった。

 

 

「伊勢」

 

 

 だが、そんな姉に守られていたはずの妹が声を上げた。それに名前を呼ばれた伊勢ねぇは驚いた顔をする。声を上げた妹は姉の手から離れて、俺に向き直った。

 

 

 

 その顔は、一切の感情が抜け落ちていた。

 

 

 

「今、伊勢が言った通りだ。私がいると勝てない(・・・・)、だから外してほしい。無理は承知の上だ、頼む」

 

 

 そう言い切った日向は、俺に対して頭を下げる。その姿に俺たちは誰も声を発することができない。それは伊勢ねぇも例外ではない。

 

 

 

「そして伊勢」

 

 

 次に名前が呼ばれた伊勢ねぇは日向を見る。しかし、日向は彼女に背を向けたままだ。そのまま、言葉をつづけた。

 

 

 

 

「改めて謝罪をさせてもらう。だから……少し一人にしてくれ」

 

「あ、ちょ」

 

 

 そう言って、日向は逃げるように部屋から出て行ってしまった。その背中に伊勢ねぇは手を伸ばしかけたが、それを扶桑が遮った。

 

 

 日向の足音がどんどん遠ざかっていき、やがて聞こえなくなった。それを確認し、扶桑は伊勢ねぇの手を離す。そして彼女は俺に向き直り、微笑みかけてきた。

 

 

 

「どうします?」

 

 

 そう問いを投げてきた。その顔は確かに微笑んでいる。だが、その目は違った。

 

 

 

 どこか試すような目をしているのだ。

 

 

 

「日向は外す」

 

 

 そして、俺は判断を下す。その言葉に誰しもは俺に視線を向けると、それ以降は何も言わなかった。いや、正確には言えなかったのだ。

 

 

 

「そう」

 

 

 だが、その中でも扶桑だけは声を上げた。それは同意であったが、その時向けられた目は正反対(・・・)の意味が込められているように見える。

 

 

「……そろそろ時間じゃなくて?」

 

 

 再び、扶桑がそう問いかけてきた。それを受けて、俺は自室にかけられた時計を見る。彼女の言葉通り、そろそろ執務室に向かう時間になっていた。

 

 

「……そうだな、一旦ここでお開きにしよう」

 

「でも、誰が代わりに――」

 

「誰がいいか考えてくれるか? 俺も考えてみるけど、できればみんなの意見を尊重したい」

 

 

 曙の言葉を、俺は遮るようにそう言った。その時、空気がピリつくのを感じる。俺に向けられる視線に、好意的ではない感情が増えたのだ、そう理解した。

 

 

 

「せやな。ほな、みんな行こか」

 

 

 その中で、その感情を最も見せていた龍驤が声を上げる。彼女はそういって立ち上がり、さっさと部屋を出ていった。出ていくときにちらりと俺に目を向けてきたが、それは好意的なものはなかった。

 

 

「ほら、行くわよ」

 

 

 次に声を上げたのは扶桑だ。彼女はそう言いながら俺の両脇にいた曙と夕立を引きはがし、連れたって出ていこうとする。

 

 そんな彼女に引きはがされた二人は、黙って俺に目を向けていた。その目に浮かんでいたのは、好意的なものではない。だが、龍驤のような非好意的なものでもない。

 

 

 ただ、困惑しているものであった。

 

 

 やがて、三人の姿が廊下の向こうへ消えた。それを見届けた伊勢ねぇもそのあとに続いて、部屋を出ていく。

 

 

 

 その後ろ姿を見届けた俺は、思わず声を漏らした。

 

 

 

 

「これでいい、いいんだ……やっぱり俺は――――」

 

 

 

 そう言葉をつづけたとき、うっすらと視界がぼやけた気がした。だが、構わず自分に言い聞かせた。

 

 

 

 

 

「もう、鎮守府(ここ)に必要ないんだ」

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