ダンジョンを本気で攻略するのはまちがっているだろうか? 作:虎馬
元少年は思う。
子供のころの寝物語に英雄譚を聞いていた、そんな人は多い事だろう。神より授けられた伝説の聖剣を手に数多の苦難と冒険を乗り越え強大な魔獣を打倒し富と名声を得る。
そんな伝説に描かれる英雄に憧れ、木の枝を伝説の聖剣に見立てて振り回した経験はきっと多くの男の子が経験したはずだ。しかし男の子が成長すると伝説の聖剣は木の枝に戻り、英雄もまた村に帰り村人へ戻る。
これも仕方の無い事だろう。
生きていく中で「神からの託宣」を受けることもなければ「伝説の聖剣」を手にすることもない。ましてや「冒険」の果てに「強大な魔獣」を打倒する機会もなければその力も持たないのだから。
しかし、これらすべてが本当に存在するとしたらどうだろう?はたしてどれだけの「男の子」が英雄をめざして「冒険」に挑むのだろうか?
元少年は確信する。
数多の神が集う冒険の舞台。そんな場所があるなら行く以外に選択肢はないと。神の眷族となり、地下に広がるダンジョンで魔物と戦い、装備を整え、未知の地を駆け抜ける。冒険者になること、これこそがおとぎ話の英雄へと至る道だと。
無限の可能性に満ちた迷宮都市。ここでなら冒険に挑み魔物を倒すことで英雄になる可能性だってあるのだから。
女神は思う。
何故これほど神界は退屈なのだと。変化の無い日々に飽き飽きしている神々が持つ唯一と言っていい悩みだ。
寿命を持たず、死を知らず、完成された存在である超越存在であるがゆえに変化を持たない。無限ともいえる時間の中では日々の変化は些細なもの、また昨日と同じ明日がやってくる。何不自由なく変化もない生活。永遠に続く今日が。
そんな紳界に変化が起きた。
下界に一人また一人と降り立つ神が出始めた。そして何を思ったか下界のもの達と交わり下界で今日を手に入れた。下界の者達は定命であるがゆえに成長し、死を遠ざけ、不完全であるからこそ変化し続ける。
経験による成長、それによってもたらされる変化。昨日と違う今日を生き、そして新たなる明日へ向けて歩き出す。
女神は確信する。
数多の神が居を構える変化の中心。こんな場所であればさぞや変化に満ちた日々となるだろうと。子供たちを眷族とし、地下に広がるダンジョンで経験を積ませ、強化し、新たな明日を創りだす。冒険者を育てること、これこそが退屈な今日を未知の明日へ変える方法だと。
無限の欲望が渦巻く迷宮都市。この私なら知恵と技術を駆使して眷族の成長を促す事が出来るのだから。
これは迷宮都市オラリオを舞台に、「英雄」に憧れ「冒険」に挑む事を望んだ「男の子」と、「冒険」に挑む「英雄」を望む「女神」の物語。
こちらのサイトでの投稿は初となりますので改行等が読みにくい等有れば指摘してもらえますと幸いです。
ダンまち本編ではダンジョン捜索型恋愛シュミレーションな雰囲気で、それはそれで面白いのですが、地上の出来事は仲間を増やして装備を整える戦力強化フェイズに抑えてとにかくダンジョンに潜って攻略するダンジョン探索RPG見たいなノリの作品が読みたいと思い自分で書いてみた次第です。気に入ってもらえたら、そしてそう言った作品が増えてくれたら幸いです。