放課後、千尋の脚は擦り傷以外に捻挫だった。保健室で治療してもらったため、5限は丸々サボるはめになり、6限から復帰、今は放課後である。
捻挫と言っても、そんな酷いモノではなかったため、松葉杖はナシ。でも帰りは自転車は押して帰るハメになりそうだ。
そのまめ、優美子や結衣に遊びに誘われたのだが、怪我してるので断った。ハァ……とため息を吐きながら部室に入ると、中には八幡と雪乃がいた。
「おーっす」
挨拶して入ると、雪乃が振り返った。
「あら、あなたは由比ヶ浜さん達と一緒に遊びに行ったのではないの?」
「この怪我じゃ行っても気を使わせるだけだよー」
「怪我は大丈夫?」
「うん。平気。いやー雪乃すごいねー。テニス超上手だったじゃん」
「そうね。でもあなたも中々食らいついてたんじゃないかしら?」
「おお、雪ノ下が他人を褒めるなんて珍しいこともあるんだな」
「あなたが私のことをどう思ってるかよくわかったわ」
うふふと微笑む雪乃に心底ビビる八幡。その横を通って、千尋は椅子に腰をかけた。すると、突然ガラッと扉が開いた。
「邪魔するぞ」
平塚先生だ。すると、「はぁ……」とため息をつく雪乃。
「平塚先生、入る時はノックをしてくださいよ」
「ん?それは雪ノ下の台詞じゃなかったか?」
八幡の台詞に全く関係ないことで返す平塚先生。
「おーっす!」
「足は大丈夫か早川」
「うん。平塚ちゃんこそ婚活大丈夫?」
「……教師にナメた口聞くのはこの口か?」
「いふぁいれふいふぁいれふ!ふぉふぉを掴まないでくだふぁい!」
グイーッと千尋の両頬を摘み上げる平塚先生。
「それで平塚先生、ご用件は」
「おお、そうだった。例の勝負についてだ」
千尋の頬から手を離す平塚先生。
「いてえ……勝負?」
頬をさすりながら千尋は聞いた。
「そうか。早川は知らなかったな。私の独断と偏見で勝敗を決めている。勝者は敗者になんでも言うことを聞かせることができるのだが、参加するか?」
「なんでも?します!」
「ふむ、了解だ。ただし、途中参加により2人よりやや遅れてのスタートになるが、構わないか?」
「大丈夫ですよー。すぐに追い越しますから」
「……舐められたものね」
千尋に挑戦的な視線を送る雪乃。それを見ながら八幡は少し引いていた。
「それで、2人の戦績だが、今の所互いに雪ノ下が3勝、比企谷が2勝といったところだな。うむ、接戦はバトル漫画の華だ。……個人的には比企谷の死を乗り越えて雪ノ下が覚醒、という展開を期待していたんだが」
「なぜ俺が死ぬ展開……。ていうか、依頼4人しか来てないんですけど」
「私のカウントではちゃんと5人いるんだよ。独断と偏見と言ったろうが」
「俺ルールもそこまでいくと清々しいですね」
すると、千尋が口を開いた。
「で、これはどうすると1勝になるの?」
「ふむ、そうだな。悩みという感じはりっしんべん、つまり、心の横に凶の字を書く。さらにその凶という字に蓋をしてしまうんだ」
「何年B組だよ」
「随分と穴だらけの蓋だね」
「いつだって悩みというのは本心の脇に隠されているものだ、相談してくる内容が本当の悩みとは限らない、ということだよ」
「最初の説明、まったくいらないですね」
「別に上手いこと言ってねぇしな」
「で、それなんのパクリ?」
雪乃、八幡、千尋とバッサリ切り捨てた。
「ぱ、パクリじゃないぞ。自分で少し考えてみたんだ!」
年甲斐もなく声を荒げる平塚先生。
「まったく、君たちは人を攻撃する時は仲が良いな」
「どこが……。この男と友人になるなんてことなんてありえません」
「私は八幡と友達だよ。家も隣同士だし」
「ね?」とでも言うように微笑みかける千尋に「お、おう……」と八幡は困惑したように返すしかなかった。すると、パサッと音がした。雪乃が本を落とした音だ。
「……比企谷くん。洗脳を解きなさい。犯罪よ」
「してねぇよ。変に懐かれた」
「人を動物みたいに言わないで」
ぷいっと千尋はそっぽを向いた。すると、雪乃がその千尋の肩に手を置いた。
「考え直しなさい、早川さん。そこの男の友達になるということは、世界を敵に回すようなものよ」
「俺は魔神かよ」
「大丈夫だよ雪乃。八幡はこう見えて妹いるから」
「………それと彼が大丈夫であることの関係を教えてくれる?」
「うーん……妹に『お兄ちゃん』って言われるってことは、家ではまともってことだよね?」
すると、雪乃は八幡の肩に手を置いた。
「良かったじゃない。友達ができて。それも女の子よ。これからもう増えることもないんだから、大切にした方がいいんじゃない?」
「増えることないのかよ。いや、あってるんだけどさ」
「なに、八幡は私が友達なのが不満なわけ?」
「奇跡的に出来た友達なんだから、ありがたく思いなさい」
千尋と雪乃に言われて、思わずしょぼくれる八幡。
「大丈夫よ。早川さん以外にもきっと、あなたと友達になってくれる昆虫が現れるわ」
「虫かよ!せめてもっと可愛い奴にしろよ!」
「ていうかそれ、私のこと虫って言ってる⁉︎」
2人に反論されても、涼しい顔で雪乃はそれを流した。