そんなわけで、雪乃と八幡がコンビを組んでテニス勝負再開。
「いだだだだッ‼︎」
「ち、ちーちゃん!あんま大きな声出さないで!」
「し、染みる……!消毒液……!」
「子供じゃないんだから……」
「それ、結衣に言われたくない」
「どういう意味だ⁉︎」
なんていうコートの外での一幕は置いといて、試合はほとんど一方的だった。どれくらい一方的だったかというと、
「フハハハハ!圧倒的じゃないか我が軍は!薙ぎ払えーっ!」
と、材木座がやかましくなるほど。あっという間にマッチポイントになった。
「……お前ほんととんでもねぇのな。その調子で軽く決めちゃえよ」
「私もできればそうしたいのだけれど……。それは無理な相談ね」
バレーボール基準の点の決め方で、すでに24対19。千尋の退場が18対18だから、すでに雪乃1人で6点取ったことになっている。で、今は葉山のサーブ。
「無理って、なんでだよ」
と、八幡が聞くと、ポーンとボールが飛んで来る。
「雪ノ下」
任せるつもりで声をかけた。が、雪乃は反応しなかった。
「おい」
「比企谷くん、少し自慢話をしてもいいかしら」
「何だよ。つーか今のプレイが何だよ」
「私、昔からなんでもできたから継続して出来たことがないの」
「いきなり何の話だ」
「昔、テニスを教えてくれた人がいたのだけれど、3日でその人に勝ったわ」
「逆三日坊主かよ。てか本当に自慢話だな。何が言いたい」
「私、体力にだけは自信がないの」
「……………」
その瞬間、向こうのコートの優美子が勝気な笑みを浮かべた。
「聞こえてるんですけど?」
シュバッ!とサーブをぶち込まれ、また一点取られた。そのまま、あっという間に追い付かれ、24対24のデュースになった。優美子がラケットを担いで言った。
「なんかしゃしゃってくれたみたいだけど、流石にもう終わりっしょ?」
「まぁまぁ、あんまガチにならないでさ。お互いよく頑張ったってことで、引き分けにしない?」
「ちょっ、隼人。これ勝負なんだしカタ付けないとヤバイっしょ」
そんな声が向こうのコートから聴こえてきた。
「黙りなさい」
が、そんな中でも雪乃の冷たい声はよく通る。そして、ラケットで八幡を指して言った。
「そのカタはこの男がつけるから、大人しく敗北なさい」
「ちょっと雪ノ下……」
「知ってる?私、暴言も失言も吐くけれど、虚言だけは吐いたことがないの」
「そうは言われてもな……」
と、八幡が言ったときだ。ヒュウっと風が吹いた。それによって、八幡は総武高校に訪れる潮風を思い出す。
「……分かったよ」
そして、サーブ位置に八幡が付いた。風の流れを感じつつ、八幡はゆるやかなサーブを放った。
「シャアッ!」
赤い彗星のような雄叫びを上げながら優美子がボールに向かった。が、特殊な潮風により、ボールは優美子の裏をかいた方へ落ちる。そこに、葉山がカバーに入いるも、潮風はもう一度吹いた。見事に葉山の裏をかき、ボールは静かにコート内に落ちた。
八幡がいつも飯を食べている所で、いつもぼんやりとテニスコートを見ていたために打てる魔球だった。
「そういえば聞いたことがある……。風を意のままに操る伝説の技、その名も『風を継ぐ者・風精悪戯』‼︎」
材木座が勝手に命名した。周りもその『風精悪戯……?』と復唱し始める。
「やられた……本当に『魔球』だな」
と、葉山がボールを八幡に私ながら微笑んだ。
「葉山。お前さぁ、小さい頃野球ってやった?」
「ああ、よくやったけど、それがどうした?」
「何人でやった?」
「は?野球は十八人揃わないとできないだろ」
「だよな。……でもな、俺は1人でよくやってたぜ」
「え?どういうこと?」
葉山が聞くが、八幡は説明を加えようとせずにサーブの位置へ引き返していく。そして、ボールを放った。
「っ!セーシュンのばかやろおぉーーーッ‼︎」
吠えながらボールをラケットの側面で思いっきり打ち上げた。そして、殴られたボールは上に舞い上がる。
「あ、あれは……『空駆けし破壊神・隕鉄滅殺』‼︎」
だからなんでお前が名前つけんだよ、と八幡は心の中でツッコミを入れる。
八幡は昔、1人野球を開発し、それがこれだ。一人で球を打ち上げ、一人で取る。取れればアウト、ミスってワンバウンドキャッチならヒット、ミスって遠くに打ち過ぎたらホームラン。
まぁ、その説明はいいとして、ボールが空に舞い上がり、空中で止まった。そして、今度は自由落下するのみだ。
「な、なにそれ」
優美子が空を見上げたまんま呆然とした。すると、葉山が叫んだ。
「優美子っ!下がれ!」
言われて優美子はハッとする。ボールは優美子側のコートへ落ちた。ダムッとコートに着弾すると、もう一度舞い上がる。それを優美子は見ながら追った。
ボールは金網のフェンスへふらふらと向かっていた。それを追う優美子。このままではフェンスに優美子が激突する。
「くっ!」
葉山は優美子の方へ駆け出した。そして、ガシャアァアアアンッッとフェンスに激突する音がした。葉山が優美子を庇うように抱きかかえていた。その優美子は赤い顔でちんまりと葉山の胸元を握っている。
その瞬間、ギャラリー達からワァッ!と歓声が上がった。
「HA・YA・TO!フゥ!HA・YA・TO!フゥ!」
と、葉山コールと共に昼休み終了のチャイムが鳴った。そのまま、わーっしょいわーっしょいと、胴上げしながら校舎の方へと消えていった。
×××
残された八幡、雪乃、結衣、千尋、材木座、戸塚はしばらく呆然としていた。
「試合に勝って勝負に負けた、というところかしらね」
「バカ言え。俺とあいつらじゃハナっから勝負になってねぇんだよ」
「ま、そうだよね。ヒッキーじゃなきゃああはならないもん。勝ったのに空気扱いっていうか、ガチで可哀想になる」
「おい、由比ヶ浜。お前は本当に言葉に気をつけろ、悪意に満ちた言葉より、素直な感想の方が人は傷つくということを知れ」
「まぁまぁ、お陰でコートは守れたんだからいいじゃん。計画通り」
「嘘つけ。途中で不安になってた奴の台詞じゃねぇぞ」
と、雪乃、八幡、結衣、また八幡、千尋、さらに八幡と言った。
「そうそう、ちーちゃんすごいね!バレーもだけど運動得意なの?」
「…………」
「? どしたのちーちゃん?」
「由比ヶ浜、人には聞いていい話と聞いちゃいけない話があるってことをそろそろ覚えような」
「な、なんで⁉︎今、マズイこと聞いたあたし⁉︎」
すると、材木座が唐突に口を開いた。
「八幡、よくやった。さすがは我が相棒よ。だが、いずれ決着をつけなければならない日が来るやも知れぬな……」
「怪我、大丈夫か?」
「うん……。早川さんほどじゃないし」
材木座の台詞をまるで無視して、八幡は戸塚に声をかけた。
「比企谷くん。……あの、ありがと」
「俺は別になんもしてないよ。礼ならあいつらに……」
と、言いかけて辺りを見回すが、女子組はいなくなっていた。何処に行ったのかと首を振ると、テニス部の部室の脇で、ひょこひょこと揺れるツインテールを見つけた。
礼の一言でも言っておこうと、八幡は部室の方へ歩いた。
「ゆきのし……あっ」
思いっきり雪乃、結衣が着替えていた。千尋の姿がないのは、おそらく着替えがテニス部の部室の中にあるからだろう。
「もうほんと死ねっ!」
八幡の顔面に結衣の全力フルスウィングが炸裂した。
(……そうだよな、やっぱり青春ラブコメはこうでなきゃ。やるじゃん、ラブコメの神様)
そう心の中で呟きながら、ぐふっと声を漏らした。