鶴賀の初日の出   作:五香

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 初日が対局室に入ると、そこにはまだ他校の選手の姿はなかった。

 まだ大将戦開始まで時間に余裕がある。

 手持ちぶさただった初日は、おもむろに点棒を数えて、龍門渕との差を実感した。

 

(遠いな……。しかし、廊下ですれ違った龍門渕の副将の人は、何で恐い顔をしてあたしを見とったんやろ)

 

 副将戦はどっからどう見ても龍門渕の圧勝。

 対戦相手とはいえ、そこまで露骨に敵意を向けられる様な覚え、ましてや恐怖を抱かれる様な覚えはない。

 いったい何が原因なのか、初日は脳みそをフル回転させる。

 

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 違う、これは関係ないだろう。

 

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touka.omochi a72   夢  中学二年生

 

 ――これか!

 更新日時を見るに、今後のアップデートは行われない可能性が大なのは明らかだった。

 

(……あれは持たざる者(ひんにゅう)の視線か)

 

 失礼な理由で勝手に納得した初日は、神妙な表情で深く頷く。

 

『今日もまたつまらないおもちをさわってしまったですのだ』

 

 ほんの二カ月前まで、毎日顔を合わせていた親友を思い出す。

 こんな口調ではなかった気もするが、おおむね間違っていないだろう。

 「ならさわってんじゃねえよ」というツッコミを待っていたのかも知れない。

 そして、再び点数差に目をやった。

 

一位165300 龍門渕(+65300)

二位111600 鶴賀学園(+11600)

三位69600 篠ノ井西(-30400)

四位53500 岡山第一(-46500)

 

 もしこれが25000点持ちなら、既に篠ノ井西と岡山第一のトビで勝負が終わっている。

 自分達はプラスとはいえ一位とは53700点差。完全に独走を許している形だ。

 そして初日は、毎度の如く「ついてねぇ」と心の中で呟く。

 だが、その顔には絶望の色は見えなかった。

 むしろ何とかしてやるという熱意が感じられる。

 この口癖は古い友人からの受け売りであり、初日にとってはおまじないの様なものだった。

 

『“ついてねぇ”って笑い飛ばせば良いんですよ!』

 

 その言葉に出会ったのは、初日が中学一年生の時。

 それ以来、自身は不運――運がない――と思った事は何度もあれど、それを不幸――幸がない――とは不思議と思わなくなっていた。

 

 

 

 まだ奈良に住んでいた頃のある日。

 夕日に照らされながら、初日はジャージ姿の少女と麻雀教室からの帰り道を共にしていた。

 観光地が近い為、辺りには住宅よりも土産屋の方が目立っている。

 ジャージの少女は、栗色のポニーテールをぴょんこぴょんこと揺らしながら、初日の前を歩いていた。

 

『ゴメン……またあたしの不幸に巻き込んだ』

『いやー、不注意だった私が悪かったんですよー』

 

 どうして自分はこんなにもダメなんだろうと、初日は暗い顔をして謝る。

 それとは対照的に、ジャージの少女はあっけらかんとした態度だった。

 

『初日さんは運がありません!』

『そんなにストレートに言わんでも……』

 

 あまりにも直球なその台詞に、初日は目尻に涙を浮かべる。

 しかし、おかまいなしにジャージの少女は言葉を続けた。

 

『でもそれは、不幸であるという事と、イコールになるとは思わないんです!』

 

 ジャージの少女が言ったのは、言葉遊びの様なもの。

 不運であるという事は、必ずしも不幸であるという事ではない。

 だがそれは、初日の凝り固まった頭を、叩き割るのに十分な威力を持ったトンカチだった。

 思わず初日はその場に脚を止める。

 

『だから、こんなことがまたあった時は……』

 

 その気配を察してか、ジャージの少女も立ち止まった。

 

『“ついてねぇ”って笑い飛ばせば良いんですよ!』

 

 そしてジャージの少女は、この世で誰よりも人生を謳歌しているぞという笑顔で振り向く。

 その笑顔と言葉が、初日の厭世的な価値観を百八十度変化させたのだ。

 

 

 

 これほどまで、麻雀を打つのを楽しみに思えたのは、おそらく自身の両親が健在だった頃以来だろう。

 

(斯様に奇幻な打ち手と相見えるとは……)

 

 衣は早足で対局室への道を駆け足で進んだ。

 

『県予選、全国、そして世界! あなたと楽しく遊べる相手がどこかに必ずいるはずですわ!』

 

 そんな透華の口車に乗ってインターハイに参加したが、衣はそれほど期待していなかった。

 これまで衣の相手になった雀士は、この世の終わりを見たかの様な絶望の表情を浮かべた。

 例外として透華達、龍門渕高校麻雀部のメンバーという存在があったが、それでも自身が勝つのは予定調和。負けることなぞほとんどない。

 一はこれを逃れられぬ運命だったと表現したが、なるほどその通りだと衣自身も納得した。

 だが、今回はどうだろう。

 

(匂う……美味そうな匂いがする!)

 

 衣は匂いと表したが、それは嗅覚で感じ取れるものではない。

 それは、気配だとかオーラだとか、そんな第六感を発揮させないと受け取ることができない感覚だった。

 たどり着いた、対局室へと繋がる扉。

 選手が出入りしやすい様、半開きになっているそこへと、濁流の様にドス黒い瘴気が吸い込まれている。

 間違いなく、この先には、自身と同格の異能を持ちし打ち手がいるはずだ。

 極上の獲物を目の前に、衣の心臓が動悸を早める。

 

(衣を楽しませてくれよ……?)

 

 扉をすり抜けた衣の視界に飛び込んだのは、黒髪をショートボブに揃えた小柄な少女。

 一般人の目から見れば何の変哲もないかわいらしい少女。

 だが、衣を目には、少女の体に漆黒の霧が渦を巻く様に、まとわりついているのが確かに見えた。

 

(――藤村初日!)

 

 

 

 対局室には四校の選手が揃い、対局開始まであと僅かとなった。

 観戦室ではギャラリー達が、今か今かとその時を待ち構えている。

 それは龍門渕高校麻雀部のメンバーも一緒だった。

 

「ついに始まるね、透華」

「……ありえませんわ」

「透華?」

「……アレは衣に匹敵する……」

 

 一は、返事がないのを不思議に思い、透華の表情を窺った。

 恐ろしいものを見たかの様に、顔を強ばらせながら、何やらブツブツと呟いている。

 

「ダメだ、完全に故障してるぜ。二、三発叩いたら治るんじゃねぇか?」

「純くん、透華はオンボロテレビじゃないんだから……」

「……」

 

 どうしようと不安になっている一に対し、純はどうでも良さそうな態度で提案した。

 智紀は我関せずと黙々とキーボードを叩いている。

 

(誰も頼りにならないなぁ……)

 

 まいったと、一が途方に暮れていると、純が腕まくりして透華の頭へと手を差しのばした。

 

「……良し! 仕方ない、アンテナを弄ってみっか」

「はい?」

 

 何が仕方ないなのか、さっぱりわからない。

 一が思考停止に陥っている間に、純は素早く行動に出ていた。

 透華の頭頂部から一房伸びているアホ毛。

 今は、萎えたり立ち上がったり回転したりと、忙しそうに動き回っている。

 純はそれをむんずと掴み、おもむろに引っ張った。

 

「ちょっ! 純君なにしてんのさ!」

「いや、受信状態が悪いんじゃねえかと思って……な?」

「わかるだろ? みたいな視線を向けないでよ! ボクは常識人でいたいんだ!」

 

 まあ一が常識人ではないのは、昨夏の彼女の私服姿を見たときに誰もが知っているのだが。

 そんな一の叫びもむなしく、透華の瞳に理性の色が戻っていた。

 

「アレ? わたくしはいったい何を……」

 

 そして、何食わぬ顔で画面に見入っている純、マイペースにノートパソコンに向かっている智紀、口をあんぐりと開けている一へと目線を移動させる。

 

「な、治ったー!?」

「何なんですの? いきなり大声を出して……。はしたないですわよ、一」

 

 先鋒戦から今の今まで、画面に向かって叫んでいたのは他ならぬ透華であった。

 

(透華にだけは言われたくないよ!)

 

 思わずツッコミを入れたくなった一だが、何とかすんでのところで踏み止まる。

 

(ボクもう疲れたよ……)

 

 どうして、麻雀部という文化系の部活の大会で、こんなにも体力を消耗しなければならないのか。

 一は、不条理と常識外の塊である仲間達に心底ダメ出しをしつつ、彼女達を嫌いにはなれない自分をバカだと思った。

 

 

 

東南戦 アリアリ 喰い替えなし 副将戦の点数を持ち越し

東家53500 岡山第一

南家69600 篠ノ井西

西家111600 鶴賀学園

北家165300 龍門渕

 

東一局0本場 ドラ:{西} 親 岡山第一

 

一巡目初日手牌

{一三九九②⑧⑨⑨119東南} ツモ{9} 

 

(中張牌は三枚……最高についてねぇ状態に間違いない)

 

 配牌と第一ツモを見た初日が、安堵の息を漏らす。

 一回戦、大量リードにも関わらず、何故か最高についてねぇ状態に入った不可思議な現象。

 二回戦、副将戦終了時点で大量リードを許しているという光景を見て「不運の先取り」でもしたのか? という懸念が浮かんできていた。

 今までに経験したことはなかったが、もしそうであれば、ついてねぇ状態なしで挑まねばならぬのかと、内心戦々恐々していた。しかし、それは杞憂で終わったらしい。

 

(どう攻めるかな……)

 

 配牌は七対子の二聴向。

 最高についてねぇ状態の今ならツモは全て幺九牌になる。ドラの{西}が引けないのなら、初日がツモれるのは都合十二種類しかない。

 重ねて和了するのは難しくないが、対子四つ全てが幺九牌の数牌。

 どうせドラも裏ドラも乗らないのだ。混老頭七対子ではリーチをしても満貫~跳満にしかならない。五万点を超える龍門渕との差、それを詰めるには満貫~跳満では不十分であった。

 

(もっと高めを……今のあたしならできるはず)

 

 初日の第一打は{南}。

 {九⑨9}の三色同刻や純チャンも見える手だが、

 

(――本線は清老頭)

 

 狙うは逆転手のみ。

 チマチマ削るのは、和了率が決して高くはない初日の性質に合わない。

 

衣 打{南}

岡山第一 打{九}

 

(仕掛ける!)

 

 二巡目、岡山第一が捨てた{九}に初日は飛びついた。

 

「ポン」

 

二巡目初日手牌

{一三②⑧⑨⑨1199東} {九横九九} 打{東}

 

(一歩たりとも引いてやらない!)

 

 全力で、全速で、役満へと向かう。

 守備がどうでもいいとは言わないが、初日は軽視していた。

 リーチ者に対してなら、どうにでも対処出来る自信があったから。

 

 

 

二巡目衣手牌

{三四五③④34579白白白} ツモ{1}

 

(鵺の鳴く夜の恐ろしさ、それを衣に訓育するつもりか?)

 

 早々に鳴きを入れてきた初日を、衣は訝しげに眺める。

 そして、その意図がどこにあるのか瞬時に弾き出すと、{白}へと手を伸ばした。

 

打{白}

 

(闇は衣の縄張り……まやかしには包まれんぞ)

 

 

 

『えっと……龍門渕高校天江選手、{}白を落としました。これは……どうなんでしょうか』

『三色と一通の両天秤で、どちらも捨て切れなかったのだろう。だが三色は{⑤}引きで確定するのに対し、一通は{268}と三枚引かなければならない。この手なら、大多数の打ち手は{1}をツモ切りするけどなぁ……』

 

 観戦室のスピーカーからは困惑気味のアナウンサーの声が流れていた。

 応対する南浦もいささか歯切れが悪い様子。

 

「ワハハ、龍門渕にはバレてるみたいだなー」

「うむ、{1}はツモ切り一択ですよね。……初日のことを知らなければ」

 

 衣の選択に、蒲原と睦月は顔を渋らせた。

 {1}を捨てていれば、初日は鳴いて清老頭へとまた一歩進んでいただろう。

 自身の手を低くしてまで{1}を切らなかったという事は、初日の特性に気が付いているということの証左に他ならない。

 

「だが、その程度であいつは」

「――止まりません!」

 

 不敵な態度を取る加治木と佳織の視線の先には、初日の手牌が映っていた。

 三巡目、初日は{⑨}をツモり、{②}を切る。

 そして、四巡目。

 

四巡目初日手牌

{一三⑧⑨⑨⑨1199} {九横九九} ツモ{9} 打{⑧}

 

『鶴賀学園藤村、{二}待ちの三色同刻純チャンを聴牌しました』

『篠ノ井西が遅かれ早かれ振り込みそうだな』

 

同巡篠ノ井西手牌

{一二五六七③⑤3578西西}

 

『なるほど。この牌姿なら{二三四}を引かない限り、{一二}を払います。なので{二}は出てきそうです』

『点差がなければチャンタを警戒して残すかも知れんが、龍門渕以外は後がない状態。おそらく出してしまうだろう』

 

 

 

四巡目衣手牌

{三四五③④134579白白} ツモ{二}

 

(鶴賀から感じられる気配は満貫という所か……そして待ちは{二})

 

 ()()()()()当たり牌を見て衣は一瞬顔を顰めた。

 どうやら初日も自身と同じく、麻雀においては常識外れも甚だしい存在らしい。

 だが、序盤から積極的に仕掛けたのが、この程度の手を作る為だったのなら興ざめだ。

 

(まだ奥がある)

 

 卓に着いたその時と変わらず、衣の中では警笛が鳴り響き続けていた。

 そんなレベルの打ち手ではないはずである。

 

(衣が直々に試すのも悪くないが……)

 

衣 打{五}

 

(次の機会を待とう)

 

 {二}を打って初日がどう動くのか。

 それを見たかったのだが、満貫止まりとはいえ、トップから直撃を取れるのなら和了ってしまいそうな気がした。

 だから、自分からは仕掛けられない。

 他家に対し、初日がどう対処するのかを観察することにした。

 

岡山第一 打{發}

篠ノ井西 打{二}

 

(出た……!)

 

 篠ノ井西が捨てたのは、間違いなく初日の当たり牌。

 衣は、初日の一挙手一投足を見逃さまいと視線を上家に座る少女へと向ける。

 

(如何とする? これを和了る様な痴れ事をするつもりではあるまいな)

 

 衣が戦いたいのは魔物の卵ではない。

 自分自身の様に、殻を破った化け物と評される打ち手と戦いたいのだ。

 ここで巫山戯た闘牌をするのならば、様子見はもう終わりだ。

 その時を以て、大将戦は半荘戦から東風戦に変わる。


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