鶴賀の初日の出   作:五香

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11.もう誰も抗えない

 初日は篠ノ井西が捨てた{二}を何事もなかったかの様に見送り、誰からも発声がないのを確認すると静かに山へと手を伸ばした。

 そして、ツモった牌を手元に持ってくると、手牌の中から河へと牌を打つ。

 

初日 打{三}

 

 その瞬間、初日を中心に闇の暴風が唸りをあげて吹き荒れた。

 巻き込まれれば即破滅を思わせる、深淵の嵐。

 しかし、その渦中に置かれながらも衣はうれしそうに口元をゆるめた。

 肌にビリビリと伝わる波動が初日の手の高さを示す。

 

(無上の喜びとはこの事を言うのか……)

 

 想像した通り、いやそれ以上の存在。

 自身が探し求めて止まなかった、極上の打ち手(おもちゃ)

 今それが目の前にあった。

 

(簡単に壊れてくれるなよ?)

 

 どうやって調理(あそ)ぼうか。

 

(んー……んにゅ?)

 

 必死に考えるが、何も思いつかない自分に疑問を抱く。

 

(――忘れていたよ)

 

 今、衣の左手側に座る少女は一方的に嬲られるサンドバックではない。

 そんな、()()()()()相手と対局するのは透華達を除くと久方ぶりの体験だった。

 衣にとって、そこら辺に転がっている打ち手を相手にする事は、CPU相手に麻雀を打っているのも同然。つまらない対局でしかなかった。

 和了への道のり、たどり着くまでの過程に多少の差異はあれど、それは決して大きく道を外れる事はないひどく退屈な遠足。

 だが、今回は違う。

 

(――此奴は今までの木偶の坊(おにんぎょう)とは違う。此奴“で”何をするかではない。此奴“と”何をするか、か)

 

 

 

 ――同時刻。

 観戦室では誰もが口を閉じて画面に見入っていた。

 

『鶴賀学園藤村、清老頭を聴牌! 藤村選手は一回戦で国士無双を和了しているので、この局で和了すれば本日二回目の役満となります!』

『長く麻雀を打っていればこんな日もあるが……鶴賀は次鋒も役満を和了っていた。半荘十戦で役満三回は異常だと言う他ないな』

 

五巡目初日手牌

{一⑨⑨⑨111999} {九横九九}

 

(おいおい、マジかよ……やっぱりオレの勘が正しかったんだな)

 

 ままならないものだと、純は苦笑を浮かべる。

 昼間、会場の外で初日を目にした瞬間、感じ取った異能者独特のオーラ。

 実際に話してみると、ごく普通の少女といった具合で、勘違いだったのではないかと思った。

 だが、一回戦の牌譜、そして今回の打ち回しを見て、やはり魔物の一種だと認識を改めた。

 

(五巡目で役満聴牌ってありえねぇ……)

 

 早い巡目で役満を聴牌するという経験がない訳ではない。

 だが、それが二戦連続だとどうだろう?

 確率的にはゼロではないが、そうとう低い。

 少なくとも、ただ運が良いだけの相手に、自分はビビったりする事はない。

 

(――間違いなく、衣のお仲間か)

 

衣 打{④}

岡山第一 打{北}

篠ノ井西 打{一}

 

『ロン! 清老頭、32000!』

 

初日手牌

{一⑨⑨⑨111999} {九横九九} ロン{一}

 

『決まったー! 鶴賀学園藤村の清老頭が炸裂っ! トップを独走する龍門渕の背中が見えてきました!』

『七局残して21700点差……跳満か親満直撃で入れ代わる。逆転も現実的なラインに達したな……』

 

東一局終了時点

一位165300 龍門渕

二位143600 鶴賀学園(+32000)

三位53500 岡山第一

四位37600 篠ノ井西(-32000)

 

 

 

東二局0本場 ドラ:{4} 親 篠ノ井西

 

初日配牌

{一五七九②⑦⑨399白發中} ツモ{東}

 

(中張牌は五枚……ピークではないにしても、ついてねぇ状態には違いない)

 

 まだまだ点差はあるとはいえ、役満を和了った後。最高についてねぇ状態をキープすることはできない。

 だが、不運でも幸運でもないフラットな状態には至っていない。

 初日の運はまだ十分ついてねぇといえる範囲にあった。

 それを証明するのが、幺九牌が八種九枚という普通の打ち手なら卓をひっくり返したくなる様な配牌。

 通常の人が幺九牌を引く確率は13/34=約38%、三回に一回はツモる計算になる。

 それが初日の場合、点差のないフラットな状態で約50%、今のそこそこついてねぇ状態なら約75%、最高についてねぇ状態なら、ほぼ100%のツモが幺九牌になる。

 ならば、この局はまだ大物手が狙える。勝負に行くべきとだろう初日は判断した。

 第一打は{五}。容赦なく中張牌から切り出す。

 

(国士とチートイの両天秤……間に合えば良いけど)

 

 

 

『チー』

 

四巡目衣手牌

{一三五八九123西西西} {横②①③} 打{五}

 

『龍門渕天江、チーで一歩手を進めました』

『{一}ならチャンタ自風牌、{二七九}ならさらに三色の付く良い鳴きだ』

 

 何も間違っていることを言っている様には聞こえない解説だが、それを透華は鼻で笑った。

 

(問題はそこではありませんわよ? 観点がちゃんちゃらおかしいですわ)

 

 その鳴きの真意はそんな部分にはない。

 衣が自分のテリトリーへと獲物を引きずり込んだのだから。

 ――月が迫ってくる。

 

「海底コースっ! ねぇ、透華これってアレだよね……?」

 

 アレと呼ばれるものに怯えているのか、か細い声で一が透華に問いかけた。表情も少し固いものに変わっている。

 

「ええ、一の考えている通りですわよ。夜の帳がとっくに降りている今、海面に映る月は衣のもの。今日は半月とはいえ、有象無象の雀士の手を止めるくらい容易いですわ」

 

 だから――もう誰も抗えない。

 

(昏く深い海の底で、もがき苦しむ道しか残されていませんわよ?)

 

 

 

十巡目初日手牌

{二九九⑦⑨99東東白白發中} ツモ{二}  

 

(誰か張ってる……?)

 

 初日は九巡目、十巡目と二回連続で{二}をツモ。

 たまたま引いたのではなく、掴まされたのではないかと疑い、注意深く河を観察した。

 

捨て牌

篠ノ井西 {■■■■■■■■■■■■■}

{南98⑦北②}

{⑥①南⑤}

 

鶴賀学園 {二二九九⑦⑨99東東白白發中}

{五3七一西北}

{6北}

 

龍門渕 {■■■■■■■■■■} {横②①③}

{⑨⑧白五北5}

{74東}

 

岡山第一 {■■■■■■■■■■■■■}

{南⑦⑨中⑧六}

{八七中}

 

(ドラを切り落とした龍門渕があやしいかな)

 

 鳴き方を見るに、役牌やチャンタの目もあるが、123の三色を狙っている可能性が最も高い。

 ということは自ずと待ちも読める。{二}単騎、{二}と役牌の片和了りのシャボ、{一三}の形から{二}の嵌張待ち、この三パターンのどれかで聴牌しているはずだ。

 

(これは間違いなく通るはず……)

 

 篠ノ井西と岡山第一の現物である{⑦}を河に放った。

 

十一巡目初日手牌

{二二九九⑨99東東白白發中} ツモ{二} 打{⑨}

 

(三枚目引いちゃった……残り七巡、和了り目は薄いけど、龍門渕の手は止めた)

 

 まだまだついて行ける、いや追い越せるんだと初日は手応えを掴んだ。

 しかし、結局手がこれ以上進むことはなく、最後のツモと捨て牌を終える。

 

(この局はノーテン罰符か……)

 

 ここまで何も掴まされないという事は三人ノーテンだろう。

 前を行く龍門渕との差が四千点広がるという事実は決して軽くはない。

 

(でも和了られるよりはマシ)

 

 そう思った初日が一息ついていると、下家から「テンパイ」ではない言葉を発した。

 

「――ツモ、海底摸月」

(え?)

 

「チャンタ三色自風牌、2000・4000」

 

十八巡目衣手牌

{一三九九123西西西} {横②①③} ツモ{二}

 

(ありえない!?)

 

 {二}を三連続で引いて、待ちを潰したと確信していた初日は驚愕で目を大きく開いた。

 相手にツモられない限り、初日は他家の当たり牌を掴まされる。

 それはドラが待ちに含まれていない限りは絶対のものだった。

 だから{二}は、本来なら残っているはずがない。

 

(もしかして……この娘、何か持っとる?)

 

 自身や母、そして奈良時代の友人の様に、常識の外に居る存在なのか。

 そう思い、下家の少女を眺めるも、衣はうつむき加減で表情は詳しくうかがい知れない。

 初日が確認できたのは、悪魔の様に歪めている口元だけだった。

 

東二局終了時点

一位173300 龍門渕(+8000)

二位141600 鶴賀学園(-2000)

三位51500 岡山第一(-2000)

四位33600 篠ノ井西(-4000)

 

 

 

東三局0本場 ドラ:{中} 親 鶴賀学園

 

衣配牌

{一三五七七八⑧127中中中} ツモ{九} 打{2}

 

(水月は衣にしか掬い揚げられぬ……)

 

 初日は目を白黒させながら第一打を終わらせた。

 動揺を隠し切れないその様子を、衣はつまらなそうな視線で貫く。

 

二巡目

{一三五七七八九⑧17中中中} ツモ{六} 打{7}

 

(……王よ、過ぎたる欲は身を滅ぼすぞ?)

 

 古代から近代まで、権力者の暴走によって崩れた国家は数え切れないほど存在する。 

 国士無双とは、国内にならぶ者のないすぐれた人物という意味合いを持つ言葉である。

 それを容易に集めることが出来るにも関わらず、他人の当たり牌という矮小なものにまで手を伸ばすのは分不相応と言わざるを得ない。

 

九巡目衣手牌

{一三四五六七七八九⑧中中中} ツモ{二}

 

(本来、王を諫めるのは臣下の役目だが)

 

 打{⑧}で{一七}待ちの面混中ドラ3高め一通、黙聴でも最大で倍満になる大物手を聴牌できる。

 しかし、衣の選択は違った。

 

衣 打{七}

 

(――今宵は衣が善導してやろう)

 

 

 

『龍門渕天江、{一七}待ちに取らず、{⑧}単騎待ちを選択しました。打点を下げることになりますが、これはどういった理由からでしょうか』

『出和了りを考慮しての打牌だろう。点差からして大きい手に構える必要性は薄い』

 

捨て牌

鶴賀学園

{五八西4④1}

{79發}

 

龍門渕

{271⑤②3}

{④西七}

 

岡山第一

{南③⑥西③②}

{⑥三}

 

篠ノ井西

{二②一西發3}

{東四}

 

『なるほど。捨て牌は、萬子の染め手に見えなくもないですし、{⑤}が切れているので、スジの{⑧}は安全度が高そうに見えます』

『しかし、この選択は吉ではなく凶と出る可能性が高そうだな』

 

岡山第一手牌

{234566789北北白白} ツモ{④} 打{④}

 

篠ノ井西手牌

{六七八⑤⑥⑦⑧6789白白} ツモ{4} 打{4}

 

初日手牌

{一①⑦⑨⑨⑨東東東南南南北} ツモ{⑧} 打{一}

 

『既に他家が{⑧}を二枚、面子として使っている。残り一枚となるとどうだろうか』

 

 観戦室で蒲原と佳織は複雑そうな表情で画面に見入っていた。

 

「ワハハ、この局は天江だけじゃなく初日にも、ちと厳しそうだなー」

「{①⑥⑨}と{北}待ちだけど、{①}以外は、各一枚ずつしか山にないね……」

「うむ。だけど、下手にここで追いつくよりは、少しリードを許した状態でラス親まで持っていった方が、初日にとっては良いんじゃないかな」

 

 睦月の言葉を聞いた蒲原と佳織はそれもそうだと表情を和らげる。

 ただ一人、加治木を除いて。

 

(違う……そんな問題じゃない)

 

 東二局、「山に他家の当たり牌が存在する限り掴まされてしまう」という初日の能力が破られた。

 今回も聴牌直後のツモで当たり牌を持ってきたが、次巡残りの{⑧}を掴めない様なら……。

 

十一巡目初日手牌

{①⑦⑧⑨⑨⑨東東東南南南北} ツモ{九} 打{九}

 

({⑧}じゃない――っ!)

 

 天江衣に初日の一部能力は通じないということになる、いや今は「なった」という方が正しいか。

 それだけに止まらず、もう一つ加治木には懸念材料があった。

 

(先ほどの海底、それは偶然だと考えたいが……このまま進めば天江に回ってくる)

 

 麻雀では34種×4枚=136枚の牌を使う。

 その内、配牌の13枚×4と王牌の14枚を除いた70枚を四人でめくり合うのだ。

 最中で鳴きが入らなければ、東家と南家が18回、西家と北家が17回ツモる。

 つまり70枚目(海底牌)をツモるのは南家(天江衣)になる。

 

(まさか、海底で確実に和了れるということだったりするのか?)

 

 そうであれば、初日が{⑧}を掴めなかったことに説明が付く。

 初日の「山に当たり牌が存在する限り掴まされてしまう」という能力より、衣の「海底で確実に和了れる」という能力の方が優先されている、という簡単な答えだ。

 

(……外れていてくれよ)

 

 加治木は祈る様に画面を見つめる。

 だが、こんな時に限って自身の勘は「勘違いなんかじゃないぞ」と強く警告を発していた。

 

 

 

十七巡目初日手牌

{①⑦⑧⑨⑨⑨東東東南南南北} ツモ{一} 

 

(ダメだ……手が進まない)

 

 十巡目にこの牌姿になって以来、今回を含めると七回連続でツモ切りを繰り返していることになる。

 たった十三種類しかない幺九牌。初日のツモはそれに偏る。

 巡り合わせの悪い時というのはこんなものだろうが、{①}×三枚、{⑨}×一枚、{北}×三枚、合計七枚も幺九牌の有効牌があるのに、初日が全く重ねられないというのは珍しいケースだった。

 

(誰かにまとめて持たれとるのか……もしかして、この娘の力?)

 

 前局から感じるまとわつく様なねっとりとした空気。

 思い返せば、それ以来、手が進まなくなった様な気がする。

 その空気の発生源が下家に座る少女――天江衣なのだろうか。

 自身と同じ、常識外の生き物なのでは? という疑念を深めた初日は、{一}を河に置くと衣へと目を向けた。

 

(まさか……ね)

 

 衣は山からツモってきた牌を確認することもなく、河へと叩きつけた。

 そして、千点棒を取り出し、妖気漂う怜悧な表情で宣言する。

 

「リーチ」

(残り一巡でツモ切りリーチ!?)

 

 何を考えているんだと、初日は驚愕を露わにすると同時に、東二局の衣の和了役を思い出した。

 

(海底――そんな無茶苦茶なっ!)

 

 声なき叫びをあげながらも、本能は既に答えを出している。初日の内に眠る魔物の血が教えるのだ。

 海底でツモれると確信しているからこその打牌なのではないかと。

 確実に海底で和了れるのなら、リーチ一発ツモに海底摸月が付いて最低でも四翻増える。

 仮に衣の手が満貫だとして、それを足せば最低でも倍満になる。 

 自身の性質を考慮すれば、なるべく今の点差を保ちながら南入し、親番かオーラスで一気にまくるというのが理想。

 近づき過ぎても、離され過ぎてもならない。

 

(何とかズラさないと――っ!)

 

岡山第一 打{⑥}

篠ノ井西 打{九}

 

(……逆なら鳴けたけど)

 

 でも、まだあきらめるのは早計。河に{⑨}と{東}は見えていない。ということは、カンができる可能性が残っている。

 ドラが乗らない初日は、よほど有効牌が欲しい時か、死にかけの他家を助ける為にしかカンをしないが、この時ばかりは何が何でもという気持ちであった。

 

(来い!)

 

十八巡目

{①⑦⑧⑨⑨⑨東東東南南南北} ツモ{1}

 

(やられた……) 

 

 初日は{1}をツモ切りしながら唇を噛みしめた。

 そして、迎えた海底の順番。初日はツモらないでくれと祈る気力すらなかった。

 衣はツモった牌が何だったのか確認することもなく、手牌の横に置き、静かに口を開く。

 

「ツモ。海底摸月」

 

 そして王牌からドラと裏ドラ表示牌を取り出した。

 

「リーチ一発ツモ一通中ドラ3――裏3、8000・16000」

 

衣手牌 ドラ{中}/裏ドラ{中}

{一二三四五六七八九⑧中中中} ツモ{⑧}

 

東三局終了時点

一位205300 龍門渕(+32000)

二位125600 鶴賀学園(-16000)

三位43500 岡山第一(-8000)

四位25600 篠ノ井西(-8000)


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