鶴賀の初日の出   作:五香

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13.――衣は今、麻雀を打っている!

 ――前夜、藤村邸。

 

『まだまだ私も捨てたもんじゃないわね』

 

 藤村母――藤村霧香(きりか)は、ひー、ふー、みー、よー、いつ、むー……と手元にある万点棒を数えながら、ころころと笑った。

 その前には、情け容赦なく打ち倒された戦士達の屍が転がっている。

 

『三戦連続でトップ取られた……ていうか、お父さんが一緒に麻雀したくないって言うのが何でか良くわかった……』

『……また……負けた』

『……ふぇぇ』

 

 二着-二着-二着と善戦を続けた初日はまだ軽傷で済んでいるが、三局連続で三、四着を引かされ続けた睦月と佳織の傷は深そうだ。

 睦月は虚ろな目ですっからかんになった自身の点棒入れを眺め、佳織は雀卓に顔面からダイブしてピクリとも動かない。

 

『まだまだね』

 

 そう述べるのは、柔和な笑みを浮かべつつ、えげつない和了を連発し続けた霧香。

 唯一現世に止まっている初日は、その意見に乾いた笑いを返す事しかできなかった。

 

『その顔は何でそんなに強いのって聞きたいのかしら? 安心してね、初日にも同じ事ができるはずだから』

 

(何か語り出した……)

 

『私が三連続でトップを取れたのは、卓上の“厄”を支配していたからって言えばわかりやすいかしら』

『何となくわかるけど……』

 

 霧香の言葉を聞いて、先ほどまでの対局の内容を思い返す。 

 三局とも、睦月と佳織のどちらかが常にカモになっていた。

 河に幺九牌が溢れ、たまに中張牌が出てきたかと思えば、それは誰かの当たり牌。 

 そう、それはまるで初日の様だった。

 厄を操る事によって、擬似的についてねぇ状態に陥らせていたというのなら説明は付く。

 

『厄のお裾分けって言えば良いのかしら? ほら、あるじゃない、節分とかで。豆とかおもちに厄を移して、拾ったみんなで分け合うってやつ。それと同じで“牌に厄を移して”他の人と分かち合うの。まあ、拾ってくれなかったら意味がないんだけどね。あ、それと幺九牌以外では出来ないの。“厄の乗り”がいまいちなのよねぇ』

 

 初日のついてねぇ状態には普通についてねぇ→そこそこついてねぇ→最高についてねぇと三段階のギアが存在している。

 霧香曰く、その“厄”を一段階分、ポン、チー、ロンをさせる事によって相手に分け与える事が出来るというらしい。

 その影響下に置かれると、相手が厄を祓いきるまでの間、ツモの半分くらいが幺九牌になるし、他家が聴牌すると当たり牌を掴まされたりと――普段の初日の様な状態になってしまう。

 それだけを聞くと相手を一気に弱体化させる反則的な能力に思えるが、仕掛ける側にも当然リスクはある。

 ツモの75%が幺九牌になるそこそこついてねぇ状態で仕掛けると一段階下がりツモの50%が幺九牌になる初日にとって普通の状態になり下がる。

 最高についてねぇ状態から仕掛けると、そこそこついてねぇ状態になり下がる。

 一局につき最大で二回しか仕掛けられないし、失敗すれば、その間自身は置物と化す。

 

『理屈は何となくわかるけど……ミスったらバカバカしいにも程があるよね……そもそも鳴いて貰えるかどうかが』

『そうでもないわよ? 場風牌とか三元牌とか、幺九牌でも鳴いてもらいやすい牌はあるし、それに……振り込んでもいいし』

『本末転倒の様な……下手しなくてもトブ気がする……』

 

 確かに、当たり牌を掴まされるという初日の特性を持ってすれば、相手に厄を乗せた幺九牌を送り込む事は難くない。

 しかし、前提条件が枷になる。

 “そこそこついてねぇ状態”“最高についてねぇ状態”になっていないと能力を発動することができないのだ。

 つまり、自身の点棒が減っていてかつ、相手に点棒が渡っている状態で振り込まないといけないという事である。

 相手が小さい手だったら良いものの、大物手だったら耐えられるだけの点棒は残っていない場合が多い。

 

『普通の半荘戦ならそうかもね……でも、十万点持ちの団体戦だったらどうかしら? 相手が親で、しかも役満だったとして最大で五万点弱。それすら残ってないって事は少ないんじゃないかな』

 

 まあ、流石に役満に振り込んだら取り返すのが大変だけどねと霧香は締め括る。

 そして、ノックアウトされている佳織を強制的に再起動させて、無理矢理卓に着かせる。

 

『じゃあ今から特訓しようか。はい! 佳織ちゃん起きて~!』

 

 その様子を見て、初日と何とか復帰した睦月はただ一言残した。

 

『鬼だ……』

 

 

 

南一局0本場 ドラ:{②} 親 岡山第一

 

初日配牌

{①⑤⑧⑧245699白發中} ツモ{白}

 

 今、手元にある牌の丁度半分が幺九牌。

 点差からして初日としてはありえない配牌だが、それは自身の策がうまく嵌っていることの証左であった。

 

(第一ツモが中張牌……やっぱり分け合った分、“ついてなさ”は下がるか)

 

 ――でも、まだまだ勝負になるレベルだ。

 絶対に追いついてやる! 絶対に追い越してやる! と決意を新たに、浮いている{①}筒を河へと捨てた。

 

 

 

衣配牌

{一二六九①③127東北北北} ツモ{發}

 

(何だ……これは!?)

 

 自風牌の暗刻こそ揃っているものの、その他はてんでばらばら。

 実際に打っていてこんな配牌を目にすることは少なくないが、衣にそんな常識は通じない。

 早く和了りたいと思えば、軽い手が来るし、高打点が欲しいと思えば、それなりの手が来る。

 ――まるでそう定められているように。

 だからこそありえない。

 親番を蹴られたうっぷんを晴らそうと、大物手を決めようとした今回の配牌が四聴向――この形から狙えるとすれば三色とチャンタ程度、それも鳴きを入れないと厳しいだろう。

 

(衣に厄を押しつけたというのか――っ!)

 

 何と無様なと衣は顔を歪めながら、東を切った。

 

 

 

(……微妙なところが来た)

 

 初日はその性質上、多面張の待ちに構えられることは殆どない。

 国士無双十三面待ちという例外中の例外を除けば、23や78といった隅牌での両面待ちが関の山だ。

 そういう意味ではレアなケースだが、初日は素直に喜べなかった。

 

九巡目初日手牌

{2456999白白白發中中} ツモ{3}

 

 {發}切りで{147}待ちの白混一、最低でも満貫になる手だが、{發}を引くか{中}を鳴くかで小三元に届く。重なり次第では大三元まで見えるこの手を捨てるのはもったいなく感じられた。

 

(……じっくり手役を追いますか)

 

 点差を鑑みればとにかく高い手が欲しい。

 初日は打{9}を選択した。

 

十巡目初日手牌

{2345699白白白發中中} ツモ{發} 打{9}

 

(来い……)

 

十一巡目初日手牌

{234569白白白發發中中} ツモ{中} 打{9} 

 

(良し!)

 

 {147}待ちの小三元混一を聴牌。

 出和了りなら跳満、ツモ和了りなら倍満まで伸びる。

 

(ベストは直撃、最悪ノーテン罰符でも良い……とにかく点差を詰める、そして逆転してやる)

 

 

 

十一巡目衣手牌

{一二三①③③123發北北北} ツモ{1}

 

(また掴まされた――っ!)

 

 全て初日の思い通りに進んでいるのかと、衣は悔しさに唇を噛んだ。

 自身の手は{②③}、{發}待ちの一聴向。

 衣には、初日の待ちが{147}である事、跳満~倍満程度である事が分かり切っている。

 聴牌に繋がる牌種の多さを考えれば、打{發}が適当だろうが、状況がそれをさせてくれない。

 

捨て牌

岡山第一

{西⑧四西①南}

{85南六一}

 

篠ノ井西

{北8南五2五}

{七九74九}

 

鶴賀学園

{①⑤一⑧⑧南}

{東九999}

 

龍門渕

{東九東六7西}

{西七八東}

 

(河に三元牌が一枚も見えてない……)

 

 そして、上家の手牌から感じられる波動が、衣に一つの可能性を提示している。

 

(大三元……いや、今は小三元か)

 

 發を落とした所で振り込むことはない。

 だが、もしかすると大三元を完成させてしまう事になるのではないか。

 だから――{發}は切れない。

 

(……二、三局もすれば全て霧散しそうだが)

 

 動きを阻害するように、衣の周りにまとわりついている瘴気。

 それは徐々に流れ出し、本来の持ち主――初日へと戻って行っている。

 

(――それまでの間、此奴はどこまで詰めてくる?)

 

 今、衣が攻勢に出られない以上、この場を支配しているのは間違いなく初日である。

 衣は悔しさで体を震わせながら、{①}を捨てた。

 

「ロン! メンチン一通ドラ4、24000!」

(何!?)

 

 ノーマークだった対面の篠ノ井西からの発声により、衣は硬直した。

 

篠ノ井西手牌

{②②②②③④⑤⑥⑦⑧⑨⑨⑨} ロン{①}

 

(有象無象の分際で……三倍満だと? 既に聴牌していたというのか!?)

 

 自身の支配に抗えるのは、同じく何らかの支配能力を持っている者でしかありえない。

 衣にとって初日以外の二人はただの数合わせでしかなかった。

 

(そうか! 衣の幸運が此奴らに流れているのか……!)

 

 衣が持つ人並み外れた運――豪運とも言えるそれが今回は完全に裏目に出てしまった。

 二分されるだけで、凡庸な打ち手は瞬時に、自身と同じく煌めく運気を纏った非凡な打ち手に成り代わる。

 

(衣は今、衣をも相手にしているのか)

 

南一局終了時点

一位192900 龍門渕(-24000)

二位129600 鶴賀学園

三位49600 篠ノ井西(+24000)

四位27900 岡山第一

 

 

 

 ――観戦室。

 

「衣が……振り込んだ……?」

「そんな……ありえませんわ!」

 

 放銃という衣らしくない失態。

 智紀のキーボードを叩く手が止まり、透華は思わず叫んでしまっていた。

 

「……東四局から何か別人みたいだよね」

 

 比較的平静を保っていた一は、そう呟くと純へと顔を向けた。

 ツキだの流れだの、そんなオカルトは専門家に聞くのが一番だろうと。

 

「十中八九、鶴賀が何かやったんだろうな。ちと面白い展開になってきたじゃねぇか」

「面白いって……衣が負けちゃったらどうすんのさ」

「何だ? 負けたら何か問題あんのか? 衣が家族で友達……そんな関係が崩れるとでも?」

「当然ボクもそう思っているけど……衣はどうなんだろ……。ちょっと恐いんだ。衣が、どこか手の届かない場所に行ってしまうんじゃないかと思って」

 

 

 

南二局0本場 ドラ:{西} 親 篠ノ井西 

 

初日配牌

{二三九⑧11379東東發發} ツモ{九} 打{⑧}

 

(篠ノ井西に放銃してくれたのは計算外やったけど、少しやりやすくなったかな)

 

 嬉しい誤算に初日は口元を緩ませた。

 前局までは初日は出和了りを封じられているも同然の状況だった。

 この点差をまくるには役満和了が不可欠であろう。しかし、衣以外から直撃を取ると、その時点でトビ終了となってしまう。

 そんな窮地から脱することができた。先ほどの和了で点差も縮まった上に、篠ノ井西から出和了りが可能になった事は初日にとって有利に働く。

 

二巡目初日手牌

{二三九九11379東東發發} ツモ{1} 打{3}

 

三巡目初日手牌

{二三九九11179東東發發} ツモ{東} 打{7}

 

(うまく重なる……スッタン狙い一直線!)

 

 

 

十二巡目衣手牌

{一③④⑤南南南} {横三四五} {横345} ツモ{二}

 

 当たり牌を掴まされ、衣は苛立ちを露わにする。

 

(ぐっ……しつこいぞ!)

 

 だが、聴牌は維持できる。

 衣は打{一}とした。

 

(しまった――っ!)

 

 しかし、その直後に大きな失態を犯したことに気が付く。

 衣に厄を移したとはいえ、当たり牌を掴まされるというのは初日の性質は失われていない。

 {二}待ちで聴牌している他家が存在する以上、山に{二}が残っていれば初日は自動的に{二}を引かされる。

 

(……そもそも、今の状態なら衣より藤村の方が早く聴牌できるはず……であるにも関わらず衣が先に聴牌した……いや聴牌させられた!)

 

 ――完全に手のひらの上で転がされている。

 

(そんな巫山戯たことが……ッ!)

 

 

 

十三巡目初日手牌

{二九九九111東東東發發發} ツモ{二}

 

「ツモッ! 四暗刻単騎、8000・16000!」

 

(イケる……まくれる……勝てる!)

 

南二局終了時点

一位184900 龍門渕(-8000)

二位161600 鶴賀学園(+32000)

三位33600 篠ノ井西(-16000)

四位19900 岡山第一(-8000)

 

 

 

南三局0本場 ドラ:{⑧} 親 鶴賀学園

 

(月に翳りがある……今の衣に感じられるのは海底に眠る一牌だけ)

 

 暗雲の隙間から木漏れ日の様に、覗く僅かな月明かり。卓上を照らしているのは、ただそれだけ。

 何もわからない……何も感じ取れない。

 だが、それを恐いとは思わなかった。

 闇こそ衣の領域であり、衣の唯一の味方であった。例え自身の視界を覆おうと、それもまた闇の一面。

 

(これが本当に麻雀なのか……?)

 

 運命という名のシナリオに従って、相手を再起不能になるまで叩きのめす。それが天江衣の麻雀だった。

 だが、今は違う。

 何一つ自分の思い通りに進まない。

 容赦なく不要牌は引くし、必要ないと思って捨てた字牌を次巡にツモってくる。あげくには他家が聴牌したその瞬間、当たり牌を掴まされ続ける。

 

(だが、何故だ? 不可思議にも……胸の内から暖かいものが流れ出ている)

 

 それは点差に余裕があるからか? 

 否、今の自分に流れはない。運気が戻るまでの内に全て溶けていてもおかしくない。

 無数に存在する、勝利と敗北へと繋がる細い迷路の様な道。

 勝利へと繋がる道、いつもは月明かりに照らされていた。だが、今の月光はあまりにも弱々しく、出口から差すその光は衣が立つ地点まで届かない。

 だから、衣は暗闇の中を手探りで進む。他家を躱し、自身が和了る道を探し求めて。

 

(……)

 

十四巡目衣手牌

{一二三四七八九①②③123} ツモ{五}

 

 {}八、{}五と連続で引いた。普段なら特段気にも留めない何でもないツモだが、厄を纏っている今なら別。

 恐らく誰かが{}五八待ちで張っているのだろう。

 そして、一矢報いる為に、衣か初日へと直撃させてやろうとダマで待ち構えているのだ。

 南三局の親が二位の初日、南四局の親が一位の衣である以上、衣と初日以外の二人にトップ目は残されていない。

 なので、試合は諦めざるを得ない、いや諦めるしかない状況だが、勝負を諦めている訳ではなかった様だ。

 

(下家は……違う。ということは、対面か)

 

 気配を探るように辺りを見回すと、すぐに誰が仕掛けてきているのか察知した。

 

(まだ折れてないのか……? 衣と麻雀をして)

 

 衣にとって麻雀とは自分の存在意義を確認する為に、他者を叩きのめす事でしかなかった。

 そもそもそれは麻雀である必要すらない。

 有象無象と侮っていたが、三倍満を直撃させたのは偶然ではなかったのかも知れない。

 やけに輝いて見えたのは、衣の運気が流れたからではなく、無意識の内に、その気迫を感じ取っていたのかも知れない。

 ならば、その気持ちに応え、真っ正面から完膚無き敗北を叩き付けてやらねばならない。

 等と考えていると、先ほどから胸を高鳴らせ続けているこの感情の正体がわかってきた。

 

(そうか……衣は嬉しいのか……)

 

 それは他者を打ち倒す事によるものではなく、他者と卓を囲む事による喜び。

 

 

 

 ――観戦室。

 

「楽しそうだね」

 

 一のその言葉に誰も返事をしなかった。

 それほどにまで、龍門渕高校の面々は画面の衣の表情に釘付けになっていたのだ。

 そこに映っているのは獲物を嬲って愉しんでいるサディスティックな表情を浮かべた衣ではなく、見た目相応の可愛らしい柔らかな笑みを浮かべた少女だったからだ。

 衣は“トクベツ”だった。

 魔性に魅入られているとでも表せば良いのだろうか、とにかく普通とはかけ離れた存在だった。だが、その“トクベツ”が他者と衣との距離を遠ざけた。

 まだ、両親が健在だった頃はその“トクベツ”にも耐えられた。衣の両親は“トクベツ”である衣の事を普通の子供の様に可愛がり、愛し接した。だから、孤独ではなかった。

 しかし、両親が事故死して以来、理解者を失った衣は一人ぼっちになった。

 もしかすると、透華達は自分の“トクベツ”を理解してくれているのかも知れない。

 だが、もし違っていたら立ち直る自信がなかった。

 だから、本音を打ち明けず、ただ今のままの関係を続けていた。

 そんな折に出会った衣を同じく“トクベツ”な少女――藤村初日。

 彼女なら衣を“トクベツ”から救ってくれるかも知れない。

 

 

 

「リーチ!」

(礼を言うぞ藤村初日!)

 

十四巡目衣手牌

{一二三四七八九①②③123} ツモ{五} 打{四}

 

 衣が四萬を河に叩き付けた瞬間、暗闇の雲の隙間から光の波動が少し漏れた。

 

「ツモ! リーチ一発ツモ三色、2000・4000!」

(――衣は今、麻雀を打っている!)

 

十五巡目衣手牌

{一二三五七八九①②③123} ツモ{五}

 

 勝ち気な瞳をした衣が点数申告をすると同時に、溢れんばかりの光の波動が、まだ燻っていた昏く黒い瘴気を全て吹き飛ばした。

 

「さあ、雌雄を決しようぞ!」

 

南三局終了時点

一位192900 龍門渕(+8000)

二位157600 鶴賀学園(-4000)

三位31600 篠ノ井西(-2000)

四位17900 岡山第一(-2000)


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