鶴賀の初日の出   作:五香

15 / 25
15.ステルスサトミの独壇場っすよ……

 ――決勝戦の朝。

 緑芽吹く初夏、早朝の新鮮な風が人を心地よい気分にさせる。

 会場前で待ち合わせをしていた初日達は、蒲原と加治木の姿を見つけると声を掛けた。

 

「……おはようございます」

 

 初日のあいさつは地獄の淵から這い上がってきたかの様なものだった。

 

「おう、今日は早かったんだなー……ってどうしたんだ」

「緊張して眠れなかったのか? こと麻雀に置いては鋼のメンタルだと思っていたが、お前も人間だったんだな」

 

 目は虚ろで、クマが彩っている。頬は心なしかこけており、髪の毛もいつもの輝きを失っている。足取りもどこか危なっかしい。

 初日は一晩でどうやればそんなにやつれる事ができるんだという、疲労困憊の相貌だった。

 

 

 

 ――原因は昨晩にさかのぼる。

 会場から藤村邸へと戻ると、既に時計の針は午後十時を指していた。 

 遅めの夕飯を終わらせ、入浴を済ますとあっという間に午前零時を過ぎ、急ぎ就寝の流れとなった。

 疲れていた睦月と佳織は布団に倒れ込むと泥の様に眠ったが、初日だけは爛々と眼を輝かせていた。

 

『じゃあ……衣と友達になってくれないか?』

 

 大将戦終了後、衣がかけてきた言葉を思い出して、初日はベッドの上でニヘラと表情を歪ませる。

 長野に引っ越して以来、同学年の友人は睦月と佳織の二人だけという、灰色の青春を送っていた。

 そんな初日にとって何よりも嬉しい申し出であった。

 友が増える喜びを噛みしめる、午前一時。

 

『明日は応援に来るからなっ! 衣に勝ったんだ、絶対に負けるなよっ!』

『もちろん!』

 

 そう交わし笑顔で別れた。

 しかし、その言葉を聞いて勝ち上がったという事が、どういう意味を持っているのかを実感する事になる。

 チームメイトの想いだけじゃない。

 一、二回戦の対戦相手の六校、いやその六校に負けた九校、合計十五校の麻雀部員達の想い(青春)を背負っているという事だ。

 

(絶対に負けられない……)

 

 プレッシャーが重くのしかかる、午前二時。

 

(羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹……おっとオオカミが突入、羊さんの運命やいかに!?)

 

 早起きしなければならない時に限って、何故か眠れないということは多々ある。

 睡眠にはストレスから解放される事こそが一番重要であり、休日やけにすっきりと早起きできるのはそれが原因らしい。

 仲間を殺された怒りで闘争本能に目覚めた羊達と、多勢に無勢、哀れなオオカミが織りなす一大スペクタルを脳内で繰り広げる午前三時。

 

(やばい……英語の課題全然やっとらん)

 

 週明けが提出期限の宿題を思い出し、顔面蒼白になる。

 しかし、最早どうにもならない。

 絶望感に身を苛まされる、午前四時。

 

「綺麗……」

 

 やうやう白くなりゆく山ぎは少し明りて紫だちたる雲の細くたなびきたる。

 カーテンを開くと、外には枕草子の一文を引用したくなる光景が広がっていた。

 今が春ではなく初夏なのが残念だ。山の陰から差す、黄金の陽光が目に染みる。

 気分は平安貴族な、午前五時。

 

「朝だ……徹夜だ……」

 

 身支度を調える為、睦月と佳織が洗面所に向かい、初日は部屋に一人残された。

 何となく、とある大物作家のペンネームの由来となったと言われている台詞を呟いた。

 玄人(バイニン)になったつもりの、午前六時。

 

「……行ってきまーす」

 

 長野駅まで車で送ってくれた父、そして付き添ってくれた母に、初日は別れを告げた。

 袋に入れて右手にぶら下げている五人分の重箱の重さで、袋の持ち手が指に食い込む。

 ずっしりとした重量感が両親の愛情の深さを感じさせた。

 ちなみに今日もしっかりと箸を入れ忘れている。

 

(……玄は元気にしとるかな?)

 

 電車に乗り込み、流れる景色に目を落とす。

 足下に置いたナップサックに詰め込まれたMY枕とタオルケットの存在を忘れ、ふと郷愁にかられる、午前七時。

 

 

 

 ――そして、現在へと繋がる。

 極限まで溜まった疲労と眠気で半死半生の、午前八時。

 ナップサックは一人電車で揺られている。

 

「きたぞー」

 

 幼女の様なかわいらしい声色が一同の耳に届いた。

 振り向くと、おとぎ話のお姫様然とした、フリフリで装飾されたワンピース姿の衣がそこに居た。

 さらにその背後には、龍門渕透華を始めとした、純、一、智紀、そして執事のハギヨシと龍門渕高校の面々が揃っている。

 

「君達は龍門渕の……応援に来てくれたのか」

 

 加治木が鶴賀学園を代表して、ありがとうと礼を述べた。

 凛とした佇まいはまるで部長の様だが、部長は蒲原であり、加治木ではない。

 

「衣が来たいと言うから……し、仕方なくですのよっ! わたくし達に勝ったのだから、優勝しないとタダじゃ済ましませんわよ」

 

 衣と同じく、白を基調としたワンピースに身を包んでいる透華がそっぽを向きながらそう返す。

 ほんのり頬が赤く染まっており、ツンデレお嬢様にしか見えなかったが、そんなしおらしい姿もつかの間、

 

「ってゾンビが一人混じっていますわっ!?」

 

 ビシッと初日を指さして驚愕の声を放った。

 ころころと表情を変える忙しい透華であった。

 

「ああ、眠れなかったらしい」

「そうか! そんな事もあろうかと思って……ハギヨシ! あれを」

 

 加治木の言葉を聞いて、衣が嬉しそうに執事のハギヨシを呼んだ。

 

「これをどうぞ」

 

 眉目秀麗な執事は、朗らかな笑みを浮かべながら、小型のクーラーボックスを加治木へと差し出した。

 

「これは一体……?」

 

 加治木はずっしりとした質感が来ると身構えていたが、クーラーボックス意外と軽かった。

 傾けてみるとビン状のものが入っているのか、ゴロゴロと何かが中で転がる音がする。

 

「我が龍門渕グループで開発している栄養ドリンクですわ! 試合前に飲めば、これ一本で眠気や疲れはナッシング! 人数分用意していますから、精々有効活用するが良いですわ!」

「効果は保証するぜ、そこのロリ巨乳と同じ様な顔をしていた衣がこの状態だからな」

 

 透華が中身を説明すると、純が衣の頭を撫でながら言葉を足す。

 

「言うなーっ!」

 

 衣は目を吊り上げて純に抗議をするが、加治木はその姿を見て効果の程を推測した。

 

「なるほど、期待できそうだ。本当にありがとう」

 

 そして、深々と頭を下げた。

 

「そういう湿っぽいのはなしだ。まあ、ちょちょいと優勝してくれや。それに」

「それに?」

「――個人戦はオレ達が上位を独占するから、ここで勝てないと全国に行けないぜ」

 

 個人戦の全国行きの切符は三枚。

 純は指を三本立てていたずらっぽく笑った。

 

「それは困った、何が何でも優勝するしかなさそうだ」

 

 加治木はどこか芝居がかった仕草で肩をすくめた。

 

「そういうこった。まあ、がんばってくれ」

 

 そう言い残すと、純は観戦室へと向かっていった。

 

「……絶対勝って」

「う、うん!」

 

 智紀が自分なりの激励の言葉を佳織に掛けた。

 

「個人戦楽しみにしてるよ」

「ああ」

 

 一が加治木に好戦的な笑みを向けた。

 

「わたくしの連荘を止めたからには、決勝で活躍してもらうしかありませんわ!」

「う、うむ。私なりに精一杯……」

 

 透華が天を指さしながら睦月に発破を掛けた。

 

「鏖殺だー!」

「……おうさつ?」

 

 衣が無邪気な顔で皆殺しにしろと物騒な言葉を初日に残していった。

 

「眩しいな」

 

 光り輝く四つの太陽、そして美しく照らされる月。

 誰かが零したその言葉が、龍門渕ファミリーの全てを表していた。

 

「ワハハ、ステルスサトミの独壇場っすよ……」

 

 その影で蒲原は沈んでいた。

 初日とあいさつを交わして以来、会話に加わった記憶がない。

 何かを堪える様に体がプルプルと震えていた。

 

「って私は何を言ってるんだー? ……このくらいでは泣かないぞ」

 

 

 

「おおー、これが勝者の特権かー」

 

 鶴賀学園ご一行と書かれているドアを開いて中を覗くいた、蒲原は興奮を隠せぬ様子。

 控え室として与えられたのは、まるでホテルの一室の様な、簡素ながら上質なものだった。

 彼女自身、比較的裕福な家の育ちではあるが、学校行事でここまでの待遇を受けたのは修学旅行を除くと経験がなかった。

 

「ほんとだー、すごいね~」

 

 続いて中に入った佳織も感嘆の声を漏らす。

 辺りを見渡すと、コーヒーや紅茶が入れられるポットが目に入った。

 対局室の様子が映るモニターの正面には、三人掛けのソファーが中央のテーブルを囲む様に四脚置かれており、観戦が快適に行える様になっていた。

 さらにルームサービスや浴場でも設置してあれば完全にホテルだが、さすがにそこまでは用意されていない様だ。

 

「これがテレビのリモコンかー、ポチッとな」

 

 蒲原がテーブルの上に置かれていたリモコンを拾い上げ、テレビの電源をオンにした。

 すると、丁度出場校の紹介が行われている場面だった。

 

『さァ! ついにインターハイ長野県予選、四強が揃いました! 注目を集めるのは王者風越女子! 全国大会への切符を手中に収めること六年連続! 今年は、副将に昨年一年生ながらレギュラーを務めた福路美穂子、大将にルーキー池田華菜を据えるフレッシュさの溢れるオーダーとなっております! これが王者の余裕なのかーっ!』

 

 画面の中では、女子生徒がインタビューに答えている。

 どうやら、各校のチームリーダーが抱負を述べている様だ。

 

『続くのは毎年安定した成績を収めている城山商業! 今年こそ王者風越の壁を破ることができるのでしょうか! カギを握るのは二年生のエース市川望! 悲願の決勝進出を果たした裾花高校! 一年生のダブルエース志波令、雨宮須摩子! 王者風越にどこまで食らいつけるか注目です!』

 

 残るは後一校、ついに鶴賀の出番かと画面を見やれば加治木がインタビューに答えていた。

 

『ダークホースと言えばこの学校、初出場の鶴賀学園! 一年生三名、二年生二名の若いチームです!  一、二回戦で数えること五回の役満和了! その豪運が三度発揮されることはあるのでしょうか!』

 

「あれ?」

 

 これは各校の部長が抱負を述べる場面じゃないのかと、佳織が不思議そうな顔を浮かべた。

 当の部長は「ワハハ、フシギダナー」と他人事の様に笑っている。

 

「しかし、ずいぶん風越寄りの紹介ですね」

「仕方ないだろ……何と言おうが相手は六年連続インターハイ出場、他の学校はその間、何をしていたんだという話になるからな」

 

 正直取材が来るとは思わなかったから驚いたぞと、睦月の疑問に加治木が答えた。

 

「でも、それも今夏が最後……」

 

 蒲原は栄養ドリンクを一気飲みすると、立ち上がり、スカートの裾を払う。

 

「次からは鶴賀一強だと言われる様になるからなー」

 

 そして、二カッと笑って対局室へと脚を進めた。

 

「……智美ちゃん……毎回毎回、死亡フラグを立てるのはワザとなの?」

「『鶴賀の先鋒wwwwwwww』とかいうスレが乱立しそうな気がするな」

 

 ――その頃の初日。

 一人控え室に入らず、廊下で携帯電話を手に取っていた。

 

『お電話ありがとうございます、お問い合わせセンターです』

「あの……車内に忘れ物をしてしまったんですけど」

『はい、それでは……』

「七時発のしなの○号の×号車なんですが……」

『えー、内容物は枕とタオルケットで間違いないですね?』

「はい」

『承りました。発見次第ご連絡差し上げますので、お名前とご住所、お電話番号をお願いいたします』

「えっと080……」

 

 

 

(ここまできちまったかー)

 

 決勝進出――ここを勝ち上がればインターハイ出場という場所まで上り詰め、流石の蒲原も緊張を隠せずに居た。

 部長として、勝ち上がれるものと部員を信じていたが、いざ自身が先鋒として席に着くと、張りつめた場の空気にすぐにも背を向けて逃げ出したい衝動に駆られる。

 

(一回戦、二回戦と散々だったからなー)

 

 -36700点、-11200点と合計47900点もの点棒を吐き出してしまった。

 しかし頼もしいチームメイトは一、二回戦ともに副将戦終了までにプラス収支まで戻し、大将戦で突き放し勝利を収めてくれた。

 今回、再び自身が大量失点したとしてもどうにかなるのかも知れないが、――このままやられっぱなしで居られる程、厚顔無恥になった覚えはない。

 

(撃ち落とせば良いんだろー、風越を!)

 

 蒲原の意地とプライドを賭けた先鋒戦が――今、始まる。

 

(引くときは引く、押すときは押す……私の麻雀で勝って見せるぞー)

 

 

 

東四局0本場 ドラ{二} 親 風越女子

東家 風越女子

南家 鶴賀学園

西家 裾花

北家 城山商業

 

 東一局から東三局はノミ手と流局の応酬で点棒に大きな移動はなかった。

 転機が訪れたのは東四局、親の風越女子からリーチがかかり他家は完全にオリている様相。

 しかし、蒲原はだからこそオリない。

 

十二巡目蒲原手牌

{二二二二三三四②②④234} ツモ{四}

 

捨て牌

風越女子

{九七67三南}

{白3北横五八9}

 

 打{④}で{五②}待ちのタンヤオドラ4高め一盃口に構えるか、打{②}でタンヤオ一盃口三色ドラ4に構えるか。

 最低でも倍満になる後者も良いが、前者はリーチ者の現物で待てる。

 打点は下がるが出和了りしやすい分、前者も悪くない。

 捨て牌を見ると、序盤に中張牌が落とされており、中盤に字牌が落とされている。

 そこだけを見れば筒子の染め手にも映り、{②④}は危険牌にも思えたが、蒲原の読みは違っていた。

 

(私は、ユミちんみたいに特別優れた観察眼はないけど……こいつの待ちは嵌{二}だと思う)

 

 五巡目の{三}、リーチ牌の{五}は手出し。

 やや強引な考えではあるが、それから見るに、{一三三五}の状態から{三}を落とし両嵌に構えていた可能性が高く思えた。

 待ちはドラの{二}となるが、リーチ牌のスジとなるので、全く出ない事もないと考えたのだろう。

 

(――なら、和了り目はもうない)

 

 {}二萬を四枚持っている以上、自分が切らない限り、和了する事はできない。

 

(オリなくて良い理由を探して振り込むのが三流……どんな良い手を張っていてもオリられる様になって二流……オリなくて良い場面を見つけられる様になって一流! これは通る!)

 

「リーチ!」

 

十二巡目蒲原手牌

{二二二二三三四②②④234} ツモ{四} 打{②}

 

 蒲原、{②}切り追っかけリーチ。

 強気の打牌に他家が一瞬動きを止め、風越女子へと視線を移すが、和了の発声はない。

 

(どうせ他家はオリてるんだ、わざわざ低めで済ます気はさらさらない……。自分でツモるか風越から直撃を取る……。この局、私がもらったぁ!)

 

裾花 打{⑤}

城山商業 打{南}

風越女子 打{③}

 

「ロン! リーチ一発タンヤオ一盃口三色ドラ4……裏1、24000!」

 

蒲原手牌

{二二二二三三四四②④234} ロン{③}

 

(バッチリ嵌ったぞー!)

 

 

 

『先鋒戦終了――! 波乱の幕開けとなりました! 現時点での首位は初出場の鶴賀学園、前半戦の三倍満の点棒を守り切り二位の風越女子に約一万点のリード!』

 

先鋒戦終了時

一位114900 鶴賀学園(+14900)

二位105200 風越女子(+5200)

三位96100 裾花(-3900)

四位83800 城山商業(-16200)

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。