鶴賀の初日の出   作:五香

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21.死因、リーチタンヤオ三暗刻――裏ドラ9

インターハイ県予選女子個人戦、優勝候補に迫る

 先週の団体戦では、これが麻雀なのかと目を疑いたくなるような光景が繰り広げられた。

 初出場で優勝を成し遂げた鶴賀学園。

 その業績を讃えこそすれ、卑しめるつもりは全くないが、その試合内容は褒められたものではなかった。

 特に大将に据えられた藤村初日選手の闘牌は酷く、大雑把なものだった。

 対局数が少なく運の要素が大きい団体戦ではたまたま活躍できたが、予選で二十戦、本戦で十戦と計三十戦をこなさなければならない個人戦では全く活躍できないだろうと筆者は予測する。

 やはり、注目は風越女子高校の選手だろう。

 中でも筆者が注目しているのは二年・福路美穂子選手だ。

 団体戦では目立った収支を残していないが、強豪風越で一年からレギュラーを張っていたその地力は個人戦の長丁場でこそ発揮されるだろう。

 同じことが言えるのは一年・池田華菜選手だ。

 インターミドルで大活躍し、鳴り物入りで風越に入学。

 団体戦では前述した藤村選手に負けてしまったが、決して実力負けではないと筆者は断言する。

 風越女子が絶対王者として君臨していた理由――それが個人戦の結果を持って証明されるだろう。

(取材・文 西田順子)

 

「……」

 

 ――グシャ。

 初日は読んでいた麻雀雑誌を不機嫌そうに丸め、ゴミ箱へとダンクシュートを決めた。

 

「――全部勝つ」

 

 そして殺気を振りまきながら会場へ向けて脚を進めた。

 

「ワハハ、珍しくマジ切れしている件ー」

「というか初日が怒っているのを初めて見たような……」

 

 

 

 ――六日前、風越女子の控え室。

 

『すみませんでしたっ!』

 

 入り口で土下座する少女――池田華菜。

 取り返しが付かない事をしてしまった。

 それゆえに、自身はひたすら謝る以外の何も出来ない。

 頭を上げてくれ、お前はがんばったと言う先輩の声を無視し、池田は額を地面にこすりつけた。

 その時――、

 

『起きろ』

 

 いつもと同じく強い意志を感じさせるコーチ――久保貴子の声が聞こえた。

 貴子の指導方針は鉄拳制裁も辞さない、超スパルタ。

 池田はすぐに立ち上がった。

 そして、ああ、またぶたれるんだろうなと思いながらも貴子の前へと移動する。

 普段なら絶対にお断りだが、今は進んで殴られたいとすら思っていた。

 罰を受けていれば、今のこのみじめな気持ちを少しでも紛らわせる。

 そんな気がしていた。

 目を閉じて歯を食いしばりやがて訪れるであろう衝撃に身構えていた池田をふわりとやわらかい何かが包む。

 

(……え?)

 

 恐る恐るまぶたを開いた池田の視線に飛び込んだのは、悲痛な表情を浮かべてこちらを眺める貴子の目だった。

 このやわらかい感触は貴子の胸の様だ。

 自身の頭の後に回された貴子の両腕で池田の顔はそこに押しつけられているらしい。

 

『すまない』

『……は?』

 

 貴子の口から漏れた予想外の一言に池田は疑問符を浮かべるしかなかった。

 そして池田は、自身の感情をぶつける。

 

『な、何で……何でぶってくれないんですか!』

 

 今の自分が欲しかったのは、やさしい言葉でも励ましの声でもない。

 どうしてお前はそんなに弱いんだと厳しく責め立てる叱咤だった。

 

『あたしは! あたしは風越の伝統に泥を塗ったんですよ! どうして誰もあたしを責めてくれないんですか!? まるで――』

 

 まるで、アレに勝てないのは当たり前だと言っているみたいじゃないか……っ!

 そう続けようとした池田の口を、

 

『……何も言わなくて良い』

 

 自身の胸に押しつける事により貴子は塞いだ。

 

『――でもっ!』

 

 いつもみたいに叱って欲しかった。

 悪いのは自分で、他の誰かなら勝てていたんだと。

 そう言ってくれれば、また立ち上がり、もしも――次のチャンスがあるのならば打ち倒してみせる。

 

『……すまない』

 

 池田の悲痛な叫びに貴子はただ一言だけ返す。

 その声はどうしてか震えていた。

 

 

 

(みじめだな……)

 

 あの日の事を思い出し、震える自身の手を見て池田は笑う。

 

(今の自分には勝てない打ち手――それが存在している事を一年前知った)

 

 インターミドルでぶつかった、ナースの様な服を着た少女を思い出す。

 だが、

 

(――それはいつか乗り越えられる壁、今は勝てなくても、あたしが努力すれば勝てる様になる相手。そう思ってた)

 

 力の差は歴然だった。

 でも絶望はしなかった。

 

(……だけど、だけどあいつは)

 

 ――あたしがどんだけ努力しても届かない場所に居るんじゃないか?

 今は届かない存在ではなく、今も未来も届く事のない存在だったのではないか。

 そんな思考を始めた脳にストップをかけるべく、思いっきり自分で両の頬を平手で打つ。

 

「もう一度藤村と戦う、そして勝つ――あたしが池田華菜である為に!」

 

 絶対にあきらめない、逆境でこそ燃える女、それが池田華菜。

 自分が自分であると証明する為に、池田は牌を握る。

 

「その為に、福路先輩には悪いけど――」

 

 個人戦の予選は学校の所在地により、北ブロック・南ブロックに分けられて行われる。

 北ブロックの鶴賀学園と南ブロックの風越女子がかち合うことはまずない。

 なので、初日との対戦があるとすれば翌日の本戦が最初で最後のチャンスであろう。

 

「予選くらいトップで抜けないとな」

 

 まだまだ弱々しい、だが確実に池田の中で火が点いた。

 

 

 

「今日は初日と打てるぞー!」

 

 会場の入り口で衣は声を弾ませる。

 その姿は見た目相応の幼女にしか映らなかった。

 

「楽しみにしている所に水を差す様で申し訳ありませんが、予選は人数が多いので藤村さんと対戦できるかは微妙ですわよ?」

「透華のケチー」

「そうだそうだ、透華のケチー」

「……そう、透華はケチ。私の携帯を解約してプリペイド式に変更する必要はない……少し課金しただけで……」

 

 風情というものがわかっていないと、衣は頬を膨らませた。

 それに便乗して純と智紀も透華をおちょくる。

 

「黙らっしゃい! 誰がケチですって!? わたくしより心の広い人間は探すのが大変でしてよ? それに智紀、十万円は少しとは言いません」

 

 片手を腰に当て残った手を胸に置き、自身の心の広さを表現する透華だが、母性の象徴たる膨らみは慎ましやかだった。

 

「……全て自分の給料でまかなっている、問題ない」

「食費を削ってまでゲームの課金をする事に問題がない訳がありません!」

 

 そもそも智紀は――と、透華が説教を始めた横で、一と純は笑い合った。

 

「楽しそうにしてるよね、衣」

「ああ。何だかんだで鶴賀のロリ巨乳のおかげだな」

「ま、でも――」

「試合では容赦する気はねぇ。全力で叩きつぶす」

「だね」

 

 

 

長野県女子個人戦予選ルール

・学校の所在地により北ブロックと南ブロックに別れて行う(鶴賀・龍門渕は北、風越は南)

・喰いタンあり、後付けあり、喰い替えなし

・東風戦25000点持ち30000点返し

・順位ウマなし

・二十戦の総合収支上位64名が本戦出場

 

 

 

 長野県女子個人戦予選、東風二十戦という長丁場の折り返し地点での事だった。

 十戦を消化して+156と好成績を残していた純はホクホク顔で次の対局へと向かう。

 しかし、対局室の扉へと手を伸ばした瞬間、純の体が硬直した。

 

「――っ!」

 

 ――衝撃だった。

 現実に何かをぶつけられた訳ではない。

 しかし純は、殺気の塊とも言える何かが自身に向けられている様な錯覚に陥った。

 ゾクリと背筋に冷たい感覚が流れる。

 

「あら? オレが当たっちまったか……」

 

 感覚を凝らすと、中から何やら瘴気の様なものが溢れ出て来ている。

 無論、実際に目に映る訳ではない。

 だが、何故だか理解できる。いや、理解させられると言った方が自然かも知れない。

 純はそういうものに不慣れな人間なら卒倒してもおかしくないソレを浴びたのだが、

 

「ま、衣には悪ィが先に同伴させてもらうぜ」

 

 大して気にした様子も見せず扉を開いた。

 国広一・沢村智紀・井上純、衣の友達候補として透華が集めた三人には共通点があった。

 それは尋常ではない精神力。

 この先には自身では勝てないかも知れない相手が居る――だからどうした。今は勝てなくても、いつか勝てる様になってやる。

 全員が全員そう思えるだけのある種のハングリーさ、悪い表現をすれば蛮勇、世間知らずとも言える精神構造を持ち合わせていた。

 

「よう、恐い顔してどうしたんだ?」

 

 鬼気迫った表情で佇む初日が卓に着いていた。

 顔立ちが顔立ちなので、それほど迫力はないのだが。

 

「あっ……えっと、井上……さん?」

 

 予想外の相手が入ってきたからか初日は純を見て目を白黒させている。

 

「おう、井上さんだ」

 

 路上で激突するというベタな出会いをした二人だが、間柄は友達の友達という関係が適切。

 初日はどうやら距離感を掴めずにいるらしく、ぎこちない笑顔を浮かべている。

 そのかわいらしい見た目からは、圧倒的オーラを放っていた張本人とは想像出来なかった。

 

(それはうちのお姫様にも言える事なんだが……)

 

 魔物達は不思議と見た目が良い。 

 衣に初日、両者とも大人っぽさが足りない分マニア向けの様な気がしなくもないが。

 しかし、中身を考慮すれば、甘い蜜で獲物を誘い込む食虫植物にしか思えない。

 

(あっち系のやつにモテそうだな……何だっけ智紀が言ってたな……そう大きなお友達だ)

 

 そう失礼な事で納得しながら、純はニカっと白い歯を見せて初日に話しかける。

 

「純で良いぜ」

「じゃあ純さん」

「さんもいらねぇ」

「うん……純!」

「おうっ! これでオレ達はダチだ。でも勝負にゃ手加減は無用、全力で掛かってこい」

「もちろん!」

 

 満面の笑みで初日は答えた。

 轟。

 瘴気がうなりをあげた。

 

(しくった……お友達宣言は対局後にした方が良かったのか?)

 

 地雷を踏んだ――訳ではないが、どうも相手に必要以上のやる気を出させてしまった様だ。

 純は自身のフレンドリーさに文句を付けながら、空いた席に座る。

 

(でも――手加減されるよりはイイよな)

 

 そう純が結論を出すと同時に残り二人が姿を現した。

 

 

 

東一局0本場 ドラ:{四} 親:藤村初日

東家:藤村初日(鶴賀学園高校・一年)

南家:中山栞(西原山林高校・二年)

西家:市川望(城山商業高校・二年)

北家:井上純(龍門渕高校・一年)

 

(ん……ツイてるのかツイてねぇのか微妙だな)

 

 その性質上、後半追い上げ型になる初日が起家になったのは純にとって朗報だった。

 しかし、自身がラス親という点に不安がある。

 

(デカいのを親被りさせられたらたまんねぇ……)

 

 長期戦になればなる程、形勢は初日に向く。

 最悪のケースはオーラスの時点でトップ目と離された位置に自身が居る状態だ。

 その場合は当然、親で連荘、逆転を目指す事になる。

 

(局数が増えれば増える程、あいつに和了られる可能性が上がる……)

 

 25000点持ちで役満を和了されればほぼ逆転は不可能。

 

(決勝の猫娘と被って嫌なんだが……オレに取れる作戦は速攻逃げ切りしかねぇ)

 

 舞台は東風戦とお膳立てされてある。

 短期決戦に持ち込んで逃げ切るのが最良の策だろう。

 

一巡目純手牌

{二四五六①③③1488北北} ツモ{6} 打{1}

 

(……ありがたい。どこからでも仕掛けられる良い牌姿だぜ)

 

 {三萬・②③筒・578索}、そして{北}と仕掛けられる場所は多い。

 役牌バックか喰いタンか、どちらにせよ聴牌まではそう遠くないだろう。

 

初日 打{⑤}

栞 打{西}

望 打{8}

 

「ポン」

 

二巡目純手牌

{二四五六①③③46北北} {横888} 打{①}

 

 何の逡巡もなく、純は{8}を鳴く。

 東パツで安手を和了るのを躊躇する打ち手も居るが、和了れないよりはマシなのだ。

 そして何よりも、均衡状態を破るということに意味がある。

 

(流れに乗って、そのままズドン……だ。まあ今回はそうしないんだがな)

 

初日 打{5}

栞 打{東}

望 打{三}

 

「チー」

 

三巡目純手牌

{五六③③46北北} {横三二四} {横888} 打{北}

 

 ――数巡後。

 

「ツモ。1000・2000」

 

純手牌

{五六③③} {横234} {横三二四} {横888} ツモ{四}

 

(思ったよりも高くなったな。リードが必要ではあるんだが……)

 

 タンヤオドラドラで30符3翻の和了。

 上々の立ち上がりで流れを掴んだかに思えたが、

 

(離しすぎるのもまずい……こいつは逆境に……というか逆境で強いタイプだ)

 

 気を緩めず、右手側に座る初日に警戒の視線を送る。

 理想は四者横ばいのままでオーラスに突入、そして自身が和了って勝利する事だ。

 

(安そうなら差し込んでも良い、とにかく平らなまま進める。一局たりとも気は抜けねぇ)

 

東一局終了時点

一位29000 井上純(+4000)

二位24000 中山栞(-1000)

三位24000 市川望(-1000)

四位23000 藤村初日(-2000)

 

 

 

東二局0本場 ドラ:{④} 親:中山栞

東家:中山栞(西原山林高校・二年)

南家:市川望(城山商業高校・二年)

西家:井上純(龍門渕高校・一年)

北家:藤村初日(鶴賀学園高校・一年)

 

一巡目純手牌

{五五七②④④④1369西北} ツモ{④筒}

 

(どうかしてるぜ……)

 

 配牌でドラ3、第一ツモでドラが全部出そろった。

 通常なら狂喜乱舞したくなる様な牌姿だが、今回に限ってはあまりうれしくない。

 

(流れが……おかしい。オレが掴んでいるのは確かだが、ここまでツイているのは不自然だ)

 

 流れ麻雀を信条としている純だからこそ、何らかの意図が作用している様に感じられた。

 まるで、突き放してくれないと困ると言わんばかりに。

 

(このままじゃ和了れねぇ……あいつの思うつぼにはならない――なれない)

 

 そして純は{④}へと指を伸ばすが、一瞬考え込むとすぐに引っ込めた。

 {④}四連打までは行かなくても、わざと落として打点を下げるのは流れに逆らう事になる。

 それは純の信義の反する打牌であり、論外と言わざるを得なかった。

 ならばどうするのか――

 

「カン」

(こうするんだよ)

 

 純はドラを全てさらけ出した。

 流れを押しつけてくるのなら、全部受け止めてやる。

 それを勝利に結びつけるのが井上純の闘牌だ。

 

(前言撤回――タイマン張ってやるぜ)

 

 

 

「ノーテン」

「ノーテン」

「テンパイ」

「テンパイ」

 

 テンパイの声は純と初日のものだった。

 

流局時 ドラ:{④} カンドラ:{4・七}

純手牌

{五五七七444678} {■④④■} 

 

初日手牌

{五五九九九南南中中中} {■八八■}

 

(――っ! あっっっぶねぇ)

 

 倒された初日の手牌を見て純は冷や汗を流した。

 中途半端に高い点で和了するのがいけないのであって、勝負が決する程の高打点なら問題ないだろう。

 そう判断した純のドラ爆作戦はタンヤオドラ九を聴牌と悪くない様にも思えたが、欠点があった。

 

(あいつはドラが引けない……つまり好き放題手作りが出来るって事だ)

 

 ドラ待ちにすると、初日に当たり牌を喰われる心配はない。

 だが、逆に初日を足止めする事も出来ないと言えた。

 他家は純の満貫確定を目にすると早々にオリを選択し、初日に対する抑止力とはならなかった。

 

(……どうやっても綱渡りになるな)

 

 渡り合う事は出来る――だが、あまりにも分が悪い。

 しかし、不思議と純の口元はつり上がっていた。

 

(おもしろいじゃねぇか。こうやって策を練るのは智紀の領分だが――オレも嫌いじゃない)

 

東二局終了時点

一位30500 井上純(+1500)

二位24500 藤村初日(+1500)

三位22500 中山栞(-1500)

四位22500 市川望(-1500)

 

 

 

東三局0本場 ドラ:{⑨} 親:市川望

東家:市川望(城山商業高校・二年)

南家:井上純(龍門渕高校・一年)

西家:藤村初日(鶴賀学園高校・一年)

北家:中山栞(西原山林高校・二年)

 

(やりづらいな……)

 

一巡目純手牌

{一三四七④⑦⑨⑨⑨24白發} ツモ{②} 打{一}

 

 変わらず流れは自身の元にある。

 押しつけられている感がひしひしとするが、ドラ3が配牌と抜群だ。

 

(三色か役牌の両天秤……と行きたいんだが)

 

 ――満貫では小さすぎるし大きすぎる。

 初日から逃げ切るには少ないし、初日にブーストをかけるには十分な打点だ。

 後者についてはおぼろげにしか理解していないが、ただ何となく良くないだろうと純の感覚が訴えている。

 

(危険は承知――もう一度ドラ爆で攻める)

 

 しかし、それを実現するならば、カンをする必要がある。

 山のどこかに眠る{⑨筒}。

 初日がツモれないにしても、自分がツモれる確率は三分の一でしかない。

 その三分の一の抽選をくぐり抜けたとしていつツモれるのか。

 浅い場所で待ち構えているのか、深い場所に眠っているのか。

 あまりにも不確定要素が強すぎて作戦とも言えないレベルの策。

 だが、純には自信があった。

 

(何にせよ流れはオレと共にある……だから)

 

 流れの存在を確かにこの身で感じる。

 「オカルトだ、ありえない」そう一蹴される事も多かったが、今の今までその感覚は確かに純を助け続けてくれている。

 

(――オレがツモる)

 

二巡目純手牌

{三四七②④⑦⑨⑨⑨24白發} ツモ{⑨}

 

「カン」

 

 そして再び、遙か高き峰へと手を伸ばす。

 同時にめくられたカンドラ表示牌は{八}、新ドラは{九}となった。

 

(悪くねぇな――)

 

純手牌

{三四七②④⑦24白發} {■⑨⑨■} 嶺上ツモ{九}

 

(これもオレが全部もらう)

 

 

 

 ――六時間後。

 巨大掲示板の前で銀髪の麗人が頭を抱えて絶叫していた。

 

「ぐあああああああ!? オレが一番下かよっ!」

 

4位 龍門渕透華 龍門渕高校 +275

5位 国広一 龍門渕高校 +262

6位 池田華菜 風越女子高校 +261

7位 加治木ゆみ 鶴賀学園高校 +259

8位 沢村智紀 龍門渕高校 +238

9位 井上純 龍門渕高校 +230

 

「……次鋒に負ける先鋒(笑)が居ると聞いて」

「うるせー! 智紀もほとんど変わらないじゃねぇか!」

「……勝ちは勝ち。負けは負け」

「ちくしょう! 何も言い返せない……」

 

 珍しく饒舌な智紀に純が必死で反論するも即撃沈。

 純は一へと助け船を求めた。

 

「純くんは十一回戦の-33がねぇ……あれがなかったら透華の位置に居たかもよ?」

「うわあああああああ!? その話は止めてくれ!?」

 

 一はケラケラと笑う。

 女性にこの表現はどうかと思うが、男気溢れる頼りになるお姉さんだった友人。

 珍しく見せた弱み――本気で思い出したくないらしい傷口を抉るのは何だか楽しかった。

 

「……もう一つカンだ」

「ぎゃあああああああ!?」

 

 ボソッと純の耳元で智紀が呟いた。

 

「も、もう止してくれ……」

「わかった。これを見て」

「何……ぬわああああああああ!?」

 

 智紀が差し出したノートパソコンの画面に映っていたのはある一局の終末。

 

十一回戦結果(南家井上純のトビにより東3局にて終了)

一位55500 中山栞(+33000)

二位24500 藤村初日

三位22500 市川望

四位-2500 井上純(-33000)

 

「バカの一つ覚えみたいにカンをするから、ノーマークの相手に出し抜かれるんですわ」

「ぐはぁ!?」

 

 透華の台詞が止めとなり、純は言葉を発しなくなった。

 

 

 

 ――十巡目。

 純の対面の少女――中山栞がリーチ宣言をした。

 

「リーチ」

 

栞捨て牌

{南西白八七}

{北7中横⑤}

 

十一巡目純手牌

{三四九九九②②④24} {■⑨⑨■} ツモ{九}

 

(ここで引いたら腰抜けだぜ)

 

 未だ一聴向ではあるが、八枚目のドラを掴んで純は不敵に笑う。

 

「もう一つカンだ」

 

十一巡目純手牌

{三四②②④24} {■九九■} {■⑨⑨■} 嶺上ツモ{3}

 

 めくられたカンドラ表示牌は{①}、新ドラは{②}となった。

 

(ドラ10! 誰かにぶち当てればその瞬間オレの勝ちだ――!)

「リーチ」

 

 純はなんらの躊躇も見せず、無スジの④筒を打ってリーチをかけた。

 三倍満が確定した手ならリーチが相手だろうが引く必要はない。

 

十二巡目純手牌

{三四②②234} {■九九■} {■⑨⑨■} ツモ{六} 

 

(あいつもいるしツモには期待してねぇ……誰でもいい――出せ)

 

打{六}

 

 ノータイムでツモ切られた六萬に対面から声が掛かった。

 

「ロンです」

「げっ……」

「リーチタンヤオ三暗刻」

 

中山栞手牌

{三三三四五③③③⑧⑧⑧22} ロン{六}

 

(満貫か……ちょっと厳しくなったな……)

 

 相手の手牌はリーチタンヤオ三暗刻の満貫。

 純がもったいなかったなと現実逃避していると、目の前で裏ドラがめくられていく。

 

(まあ何とかするしか……)

 

 オーラスに向けて気持ちを切り替えていると、予想外の事態に思わず声をあげる。

 

「何ィ!?」

 

 裏ドラ表示牌一枚目、{二萬}。

 合計7翻で跳満。

 

(っ!? 跳満だと!?)

 

 裏ドラ表示牌二枚目、{二萬}。

 合計十翻で倍満。

 

(……え?)

 

 裏ドラ表示牌三枚目、{二萬}。

 合計十三翻は――数え役満。

 

(……は?)

 

「――裏9。32000!」

 

 死因、リーチタンヤオ三暗刻――裏ドラ9。

 

 

 

 ――龍門渕高校麻雀部による寄席が開かれる時間から遡る事数分。

 

「ワハハ、酷い蹂躙を見た……」

 

 いつもの半笑いを浮かべながら蒲原が見つめる先には、個人戦一日目の順位表があった。

 

1位 天江衣 龍門渕高校 +945

2位 藤村初日 鶴賀学園高校 +416

3位 福路美穂子 風越女子高校 +282

4位 龍門渕透華 龍門渕高校 +275

5位 国広一 龍門渕高校 +262

6位 池田華菜 風越女子高校 +261

7位 加治木ゆみ 鶴賀学園高校 +259

8位 沢村智紀 龍門渕高校 +238

9位 井上純 龍門渕高校 +230

26位 蒲原智美 鶴賀学園高校 +191

63位 津山睦月 鶴賀学園高校 +84

64位 妹尾佳織 鶴賀学園高校 +82

 

 正に龍門渕無双。

 向かうところ敵なしといった様子である。

 

「あっ、あった……」

「ギ、ギリギリセーフ?」

 

 ランキングに自身の名前を発見した睦月は安堵の吐息を漏らし、佳織は微妙な表情を浮かべる。

 両者ともに殆ど強者とぶつからなかった事が好成績に繋がった様だ。

 また、県内屈指の部員数を誇り、その質も高い風越が別ブロックだったのも良い方向に働いた。

 

「なあユミちん」

「何だ?」

「私さー、今日はかなり調子良いなーって思ってたんだ」

「奇遇だな蒲原、私もだ」

「でもさー上の方を見ると……+945って二十連勝しても無理じゃ……」

「……理論上は可能だ。毎回六万点近く叩き出せば……だが」

「それは無理だろー。やっぱり夢なのか? むっきーと佳織の名前がなぜかランクインしてるし……」

「蒲原、これは現実だ。それに睦月と佳織の二人は良くがんばったと褒めるべきだろう」

「……今日は早く寝てこの事は忘れよう、ワハハ」


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