鶴賀の初日の出   作:五香

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22.あきらめの悪い女

長野県女子個人戦本戦ルール

・喰いタンあり、後付けあり、喰い替えなし

・東南戦25000点持ち30000点返し

・順位ウマなし

・十戦の総合収支上位3名が全国行き

 

 

 

(今頃、福路先輩は魑魅魍魎の巣窟へと入ったのかな……)

 

 敬愛する先輩が、魔物達の巣へと旅立った。

 一刻も早く自身も駆けつけたい所だが、それは叶わない。

 

(ま、どうせどっかで当たる。その時まで、その後も)

 

 ――勝ち続ければ良い。

 

(風越の底力、見せつけてやるし!)

 

 先週、完膚無き敗北を叩き付けられた。

 だからもう負けられない。

 勝ち続ける事で信頼を取り戻し、実績を積み重ねる。

 

長野県女子個人戦本戦・一回戦・B卓

東一局0本場 ドラ:{一} 親:加治木ゆみ(鶴賀学園高校・二年)

東家:加治木ゆみ(鶴賀学園高校・二年)

南家:沢村智紀(龍門渕高校・一年)

西家:池田華菜(風越女子高校・一年)

北家:国広一(龍門渕高校・一年)

 

 この組み合わせは、残念賞みたいなものである。

 それをこの卓に座る誰もが理解していた。

 

A卓 ①②③④

B卓 ⑤⑥⑦⑧

C卓 ⑨~~~

D卓 ~~~~

・卓 ~~~~

・卓 ~~~~

 

 初戦は上記の様に予選順位で組み合わせられる。

 今回の個人戦、勝ち抜けるのは誰なのか。

 誰もがそれを否応なく理解させられていた。

 破竹の二十連勝を飾った天江衣、+400オーバーの好成績を残した藤村初日。

 この二人が、東風戦から東南戦に変わった程度で成績が落ちる訳もない。

 だから残された席はたった一つ。

 その残された席も、予選三位の福路美穂子、四位の龍門渕透華が押さえてしまう可能性が高い。

 というのが大方の見解だった。

 

(……どいつもこいつもあきらめの悪い女だ)

 

 無論、そのあきらめの悪い女には池田自身も含まれているのだが。

 右にも左にも正面にも、闘志で目をギラつかせた少女が座っている。

 彼女達もわかっているはずなのに――あいつらは次元が違う――と。

 

(だからどうした、負けられない戦いがある)

 

一巡目池田手牌

{二四五②⑨146799北發} ツモ{西}

 

(ちょっとキツイし……)

 

 染めるには遠く、しかしそれ以外の役は付けられそうにない牌姿。

 

(とりあえず……これか?)

 

 池田は{⑨}を打った。

 

(ツモ次第だな……染められそうなら{四五}落とし、無理っぽかったら字牌を落とそう)

 

 

 

一巡目一手牌

{一一二五六七①②④⑨3北發} ツモ{③} 打{⑨}

 

 手牌へと手を伸ばすと、ちゃりちゃりという鎖の擦れ合う音が鳴った。

 一の両の手は、腰から伸びる鎖によって動きに制限が加えられている。

 

(んっ……この不便さにも何だか慣れてきたなあ)

 

 ボクってヤバイ趣味があるのかも……と自身に危ない属性が付いて来た事を自覚し、一は苦笑した。

 安心して欲しい、「あるのかも」ではなく「ある」のである。

 布きれの様にしか思えない奇抜な私服、間違いなく彼女以外には着こなせないであろう。

 

二巡目一手牌

{一一二五六七①②③④3北發} ツモ{⑥} 打{發}

 

(透華と離れるのって久しぶりだなあ……)

 

 昨夏、身売りだかスカウトだか誘拐だか、自分でもよく分からない事情によって龍門渕家に入った。

 そして衣の遊び相手兼透華の専属メイドとして勤め上げてきた。

 どこに行くにも一緒で、当然学校でも同じクラスだった。

 

三巡目一手牌

{一一二五六七①②③④⑥3北} ツモ{5} 打{北}

 

(新鮮な様で……何だかちょっぴり寂しいかも)

 

 思い返せば、一年近く透華と離れた事はなかったのかも知れない。

 

四巡目一手牌

{一一二五六七①②③④⑥35} ツモ{6} 打{3}

 

(でも――ここに透華を感じる)

 

 鎖に目を向ける。

 恥ずかしい麻雀は打たない――打てない。

 

五巡目一手牌

{一一二五六七①②③④⑥56} ツモ{⑤}

 

「リーチ!」

 

 一は{二}を曲げる。

 

(最初っから全力で――正攻法なボクで行く!)

 

 

 

六巡目智紀手牌

{二三五③④④④⑧⑧⑧789} ツモ{6}

 

(タンヤオ……)

 

 智紀は{9}を逡巡する事なく切った。

 幺九牌とはいえ無スジの危険牌だが、智紀には関係のない事だった。

 待ちは{一四・14・25}のどれかだと決めつけていたから。

 智紀の麻雀は意外と攻撃的である。

 他家から聴牌気配が漂って来ても、基本的にベタオリはしない。

 一点読みなぞまず不可能、それを数点に増やした所で結論は同じである。

 それを智紀も理解はしている。

 だが、それでも彼女は他家の手牌を想像し、絶対に切れないと自分で決めた牌以外は問答無用で打つのだ。

 当然、放銃率は高くなるが、その反面和了率も高くなる。

 

七巡目智紀手牌

{二三五③④④④⑧⑧⑧678} ツモ{一}

 

「リーチ」

 

 三面張とはいえたかが2600点の手、それでも片スジの{五}を打つ事に躊躇はなかった。

 

「――ッ」

 

 誰かの声なき叫びが聞こえた。

 だが、それは和了の発声ではない。

 

池田 打{五}

 

 池田が苦渋の表情で五萬を合わせ打った。

 

(勝った……)

 

 その時、智紀は己の勝利を確信した。

 この局、和了るのは自分だと。

 智紀が麻雀というゲームに触れて、ほんの数か月の時間しか経っていない。

 だがその中で、自分なりの麻雀の本質というものを智紀は見つけた。

 

(――麻雀はいかに相手をオリさせるかというもの)

 

 だから、これで良い。

 例えこの局、振り込んだとしても、自分の中では間違いではないと結論が出ていた。

 

一 打{②}

 

「ロン。一発で5200」

「うっ……やるね」

 

七巡目智紀手牌

{一二三③④④④⑧⑧⑧678} ロン{②}

 

 目の前に置かれた点棒を手にし、智紀は少しだけ表情を緩める。

 それは、見慣れない人からするとただの無表情に映ったが、見知ったものからは最大限のしたり顔であると認識されてた。

 

東一局終了時点

一位31200 沢村智紀(+6200)

二位25000 加治木ゆみ

三位25000 池田華菜

四位18800 国広一(-6200)

 

 

 

長野県女子個人戦本戦・一回戦・B卓

東二局0本場 ドラ:{九} 親:沢村智紀(龍門渕高校・一年)

東家:沢村智紀(龍門渕高校・一年)

南家:池田華菜(風越女子高校・一年)

西家:国広一(龍門渕高校・一年)

北家:加治木ゆみ(鶴賀学園高校・二年)

 

十巡目池田手牌

{三四五九九②②③⑦⑧666} ツモ{⑨}

 

(追いついた……! 子のリーチにビビる訳にはいかないし!)

 

 ドラは自身で二枚使っている。

 もし、加治木の手に残り二枚があったとしても、他に手役がなければ打点は知れている。

 

(さて問題はどちらを切るか……)

 

加治木捨て牌

{南③西一東7}

{白横5西}

 

 加治木の現物である{③}を打てば振り込みの心配はゼロだ。

 だが、当たり牌が二種四枚しかなく、追っかけリーチをするには心許ない。

 今回が安全でも、次巡以降、自身が和了る牌を引く確率よりも、放銃する牌を引く確率の方が高くなりそうだ。

 危険性はあるが{②}を打てば、{①④}の二種八枚と、当たり牌は倍増。和了率も当然高くなる。

 

「通らばリーチ!」

(当然、和了れそうな方だし!)

 

 池田は勢いよく{②}を打った。

 しかし、同時に加治木が手牌を倒す。

 

「ロン。裏1で7700」

「……はい」

 

加治木手牌

{二三四五六七③④⑥⑦⑧33} ロン{②}

 

(……昭和かよ。何でその牌姿で{③}を序盤に落とすんだ?)

 

 疑問符を付けているが、池田自身理解出来ていない訳ではない。

 「序盤に切られた牌の外側は比較的安全である」というセオリーを利用して出和了りを狙う先切りだろう。

 だが、それは現代のデジタル麻雀では悪手と言われる打ち方である。

 例え出和了り率が上昇したとしても、聴牌率そのものが下がったのでは意味がないからだ。

 

(化石に負ける訳にはいかないし)

 

東二局終了時点

一位32700 加治木ゆみ(+7700)

二位31200 沢村智紀

三位18800 国広一

四位17300 池田華菜(-7700)

 

 

 

長野県女子個人戦本戦・一回戦・B卓

東三局0本場 ドラ:{⑨} 親:池田華菜(風越女子高校・一年)

東家:池田華菜(風越女子高校・一年)

南家:国広一(龍門渕高校・一年)

西家:加治木ゆみ(鶴賀学園高校・二年)

北家:沢村智紀(龍門渕高校・一年)

 

四巡目池田手牌

{一二三五六七④⑤⑤⑨⑨33} ツモ{2}

 

(ん……これは)

 

 池田は少し考え込んで、{3}を打った。

 この牌姿なら、最良の手は{⑨}を重ねてリーチドラ3、もしくは{③⑥}を引いてのメンピンドラドラだろう。

 どちらにせよ、両面待ちで最弱の部類に入る{③⑥}待ちと、逆に最強の部類の{14}待ちなら、後者を最終形にしたい。

 だから、{④⑤⑤}が先に埋まる確率を上げる為に{3}を打ったのだ。

 しかし――

 

「ロン。5200」

「……はい」

 

 一が手牌を晒す。

 

四巡目一手牌

{1255789北北北} {横東東東} ロン{3}

 

(早い! スピードには自信がある方だけど、ここまで早いとどうにもならないし!)

 

 冷や汗が流れる。

 どうにも巡り合わせが悪い。

 決して自分の手牌が悪い訳ではないのだが、それよりも先に他家が聴牌してしまう。

 そして自分の余剰牌がことごとく当たり牌となってしまう。

 

(半ヅキってやつかなあ……でもまだメゲない。あの時と比べりゃずいぶんマシだし)

 

 オーラスで九万点差という絶望的状況。

 それと比較すれば、今回は僅か二万点とちょっとの差である。

 

(ちょっと感覚が麻痺してる気がするけど……)

 

 楽しむ事・へこまない事。

 大事な先輩に教えて貰った心構え。

 そのどちらも忘れはしない。

 

(福路先輩……華菜ちゃんはあきらめません)

 

 すうっと大きく息を胸に溜め込んだ。

 そして、全てを解放する。

 

「にゃああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 思いっきり叫ぶ。

 ただそれだけで、体が軽くなった。

 

「さあ、東ラスと行こうか!」

「……うるさい」

「うるさいよ……」

「あー、気持ちはわからなくもないが……うるさい」

「ご、ごめんなさい」

 

東三局終了時点

一位32700 加治木ゆみ

二位31200 沢村智紀

三位24000 国広一(+5200)

四位12100 池田華菜(-5200)

 

 

 

 ――時を十数分遡る。

 第一回戦のA卓には、誰もが同卓を躊躇したくなる様なメンバーが集っていた。

 そこには、金色の頭が三つ、黒色の頭が一つ。

 

 一人は、おっとりとした表情の下に、燃えたぎる闘争心を隠し持つ少女。

 風越が敗退したという事実、それは仕方がない。

 稼げなかった自分が悪かったのだと無理矢理気持ちに整理を付けた。

 だが、大事な後輩が傷ついた事、それだけはどうしても許せなかった。

 

(華菜の敵討ち……させてもらいましょうか)

 

 一人は、童女の様に柔らかい笑みの下に、獰猛な魔物を隠す少女。

 久しく忘れていた麻雀が楽しいという感情。

 それを思い出させてくれた新たな友、そして見守ってくれた家族。

 恩に報いる為にも、自身は最強である必要があった。

 

(……奇幻な打ち手が揃ったな)

 

 一人は、苦笑いを浮かべつつも、悪くないなと口元を吊り上げる少女。

 自分を変えてくれた麻雀というゲーム。

 不運な体質を生かせる唯一と言っても良い舞台。

 そこで負けて帰る等という情けない真似は出来なかった。

 

(ついてねぇ……周り強すぎやろ……)

 

 一人は、優雅に髪をかき上げて、好戦的な笑顔を向ける少女。

 ただ自分の道を突き進むゴーイングマイウェイなお嬢様。

 孤独な従姉妹を助けるという目的は達成された。

 後は自分自身の力を証明するだけである。

 

(イケてますわ! このメンバーを相手に華麗なる勝利を収めれば、わたくし目立ちまくりですの!)

 

 四人が四人、確信していた。

 

 ――勝つのは自分だ。

 

長野県女子個人戦本戦・一回戦・A卓

東一局0本場 ドラ:{六} 親:福路美穂子

東家:福路美穂子(風越女子高校・二年)

南家:天江衣(龍門渕高校・一年)

西家:藤村初日(鶴賀学園高校・一年)

北家:龍門渕透華(龍門渕高校・一年)

 

 達人が、魔物達が、山へと手を伸ばす。

 大地は裂け、

 

「ロン。9600」

 

{六六九②②③③5588中中} ロン{九}

 

東家:福路美穂子 34600(+9600)

南家:天江衣 25000

西家:藤村初日 15400(-9600)

北家:龍門渕透華 25000

 

 ――東一局1本場。

 風が哭き、

 

「ツモ。3100・6100」

 

衣手牌

{1115557999} {中中横中} ツモ{7}

 

東家:福路美穂子 28500(-6100)

南家:天江衣 37300(+12300)

西家:藤村初日 12300(-3100)

北家:龍門渕透華 21900(-3100)

 

 ――東二局0本場。

 雲は吹き飛ぶ。

 

「ツモ。6000・12000」

 

初日手牌

{一一一東東白白} {發横發發} {横中中中} ツモ{東}

 

東家:天江衣 25300(-12000)

南家:藤村初日 36300(+24000)

西家:龍門渕透華 15900(-6000)

北家:福路美穂子 22500(-6000)

 

 ――東三局0本場。

 そんな死闘の最中、

 

(――ッ! わたくし……わたくしこのままじゃ完全に空気ですの!)

 

 燃えたぎる感情とは裏腹に、彼女は氷の様に冷たくなる。

 

(そんな事……絶対に我慢出来ません――!)

 

 地中深くで眠れる龍が目を覚ました――。


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