鶴賀の初日の出   作:五香

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23.前傾姿勢

長野県女子個人戦本戦・一回戦・B卓

東四局0本場 ドラ:{3} 親:国広一(龍門渕高校・一年)

東家:国広一(龍門渕高校・一年)

南家:加治木ゆみ(鶴賀学園高校・二年)

西家:沢村智紀(龍門渕高校・一年)

北家:池田華菜(風越女子高校・一年)

 

(心機一転……とは言っても点棒が戻ってくる訳ないんだけど)

 

 それはそれ、これはこれ。

 ダンラスとはいえ、点差は二万点をちょっと超える程度。

 調子が悪いときというのは何をしてもうまく行かず、逆の場合は何でもうまく行く。

 それが麻雀というものである。

 

一巡目池田手牌

{七八③⑧⑧⑨12567北中} ツモ{6}

 

(……わるくないじゃないか)

 

 池田は笑う。人はそれを空元気と言うのかも知れない。

 だが、まずは形から入る――気持ちだけでも優位に立つ――というのは、心理戦の要素が含まれる麻雀では重要な点だ。

 自分が逃げ出そうとする度に、呼び止めてくれる先輩の姿が網膜に焼き付いている。

 

(どんな苦境に立たされていようと、前に進まなきゃ何も解決しない)

 

 何の変哲もない三聴向の配牌。

 平和ドラ1が精一杯だろうという牌姿。

 

(リーチして一発でツモって裏のせりゃ――ほら、跳満まで見える)

 

 あまりにも馬鹿げた仮定。

 だが、池田は不可能だとはこれっぽっちも思っていない。

 

(和了るぞ~跳満!)

 

 少し、出遅れた。

 だが、それを挽回するだけのスピードを彼女は秘めている。

 静かに目覚めた野生が、卓上を駆けめぐる。

 

 

 

(やっかいなのが立ち直ったな……折れてくれていれば大助かりだったんだが)

 

 あの咆哮により、折れかけた心がすっかり立ち直ってしまった。

 麻雀歴一年にも満たない自分と卓を囲んでいるのは、名門である風越や龍門渕の選手。

 

(格上しかいない環境……せめて精神的には優位に立っておきたかった)

 

 とはいえ、現時点でのトップは加治木である。

 点数的に優位な立場にいる現状で、これ以上を願うのは高望みというものだろう。

 

二巡目加治木手牌

{二三六九⑤⑥⑥⑧157西白} ツモ{4}

 

(幺九牌の処理が終わる頃に何とか勝負が形になってくれれば良いが)

 

打{西}

 

 

 

二巡目智紀手牌

{四五五七八②④⑥⑥3東白發} ツモ{發}

 

(……重なった)

 

 喰いタンか役牌か、両天秤に構えていた手牌が役牌に大きく傾いた。

 {六}を鳴ければ、喰いタンが勝るかも知れないが、現状では發バックが優勢だろう。

 

(……發叩いてドラくっつき待ち)

 

打{東}

 

 

 

三巡目一手牌

{一一四五②③⑦⑧⑨4479} ツモ{3}

 

(面子オーバーでぶっくぶく……こんなときって大抵他家が早いんだよね……)

 

 悪くはない牌姿だが、何とも嫌な予感が一を襲った。

 喰い仕掛けの効かない平和系の手牌。

 いくら有効牌の枚数が多いとはいえ、スピード負けしてしまいそうな不安があった。

 

({79}を払っても良いんだけど――ドラ生かしたいしこっちで)

 

打{4}

 

 

 

「きたきたきた~! リーチだし!」

 

 八巡目、池田が勢い良く牌を曲げた。

 

捨て牌

東家:国広一 {■■■■■■■■■■■■■}

{八中4西97}

{⑦東}

 

西家:沢村智紀 {■■■■■■■■■■} {發横發發}

{南東9白②①}

{二⑥}

 

北家:池田華菜 {■■■■■■■■■■■■■}

{北中③⑨1南}

{①横2}

 

(くっ、先制されたか……)

 

同巡加治木手牌

{二三六七⑤⑥⑥⑧45567} ツモ{四}

 

(現物なし……さて、どうする)

 

 押すか、引くか――。

 両スジの{⑥}、三枚壁の{⑧}と安牌らしきものは三枚ある。

 一般的に安牌がこれだけあればオリ切る事が可能だと言われる枚数だ。

 常識的に考えれば、オリるべきだろう。

 振り込みさえしなければ、三倍満以上のツモ和了りをされない限り、加治木はトップのまま南場に突入できる。

 

(だが、相手はあの池田華菜だ)

 

 全中で大活躍し、先週の団体戦でも前半は初日を押さえて大立ち回り。

 凡人である(と加治木は思っている)自分には持っていない何かを秘めている打ち手。

 ベタオリすれば流れに乗せてしまうのではないかと、加治木は憂慮した。

 

(そうなれば、私は追いつけない。だから、攻めの姿勢を貫く必要がある)

 

 トップに立っていようと、逆転されるのが決まり切っているのならば意味はない。

 だから一歩たりとも退いてはならない。

 池田に誇示する必要がある。

 私はお前から逃げないぞと。

 加治木は、自身が運が悪い方だと思っていた。

 だからこそ、他人から見れば出和了りに固執しているかのような打ち方を好む。

 ツモ和了りは運に左右される。だが、出和了りは技術でどうにでもなると。

 

(押し通す――!)

 

打{⑤}

 

 危険を承知で、{⑧}ではなくあえて{⑤}を打った。

 不合理的な行動だとはわかっている。

 だがこれが加治木に出来る精一杯の抵抗。

 表情は動かさない。

 「危険を承知で攻めている」ではなく、「完全に安牌と思って{⑤}を打った」ように周りに見せる。

 発声は――なかった。

 

(これで、良い。例え一発でツモられようと、ヤツの心にほんの小さなしこりが残れば)

 

 ――私の勝ちだ。

 

 

 

「一発ツモ! メンタンピン一盃口」

 

 高らかに、したり顔で池田が宣言する。

 そして、手元に持ってきた裏ドラ表示牌を表側へひっくり返すと露わになったのは{⑦}。

 

九巡目池田手牌 ドラ:{3} 裏ドラ:{⑧}

{五六七七八⑧⑧556677} ツモ{六}

 

「裏々で4000・8000――仕切り直しだ」

 

東家:国広一 16000(-8000)

南家:加治木ゆみ 28700(-4000)

西家:沢村智紀 27200(-4000)

北家:池田華菜 28100(+16000)

 

 

 

長野県女子個人戦本戦・一回戦・B卓

南一局0本場 ドラ:{九} 親:加治木ゆみ(鶴賀学園高校・二年)

東家:加治木ゆみ(鶴賀学園高校・二年)

南家:沢村智紀(龍門渕高校・一年)

西家:池田華菜(風越女子高校・一年)

北家:国広一(龍門渕高校・一年)

 

 池田の言う通り、場は平たくなった。

 唯一国広一――自分自身――を除いて。

 

(好き勝手してくれるなあ、もう)

 

 目を爛々と輝かせる池田を少しばかり鋭い視線で睨む。

 そして、息を大きく吸い込み、自身の手牌へと目線を落とした。

 

(ボクは自分を曲げない……仲間に信じてもらえるような人間になるために、まずは自分自身を信じる)

 

 たった一度のあやまちにより、全てを失った小学生時代。

 そんな自分が、今再び卓に戻ってきた。

 もう間違えない、真っ直ぐに突き進むんだと胸に刻む(胸はないが)。

 

(セオリーとしては大きめの手をトップ目に親被りさせたい場面だけど……)

 

一巡目一手牌

{五七①①③⑧⑨1357南中} ツモ{4}

 

(この牌姿でどうしろって言うのさ……)

 

 第一ツモで一面子完成したとはいえ、良形搭子は存在しないバラバラの手牌。

 とても面前で和了まで辿り着けるとは思えず、{⑧⑨}を払って役牌の重なりに期待するしかなさそうだが、

 

(いいさ、やってみようじゃないか)

 

一 打{中}

 

 一はその貴重な役牌を第一打に選択した。

 

(親が残っているとは言っても、この点差で千点の手を和了るのはごめんだね)

 

 あくまでも一の目標は面前で進めてのリーチ、そしてツモだ。

 だからこそ有効牌の少ない字牌は邪魔者でしかない。

 

(なんでだろうね……どうしようもないピンチだっていうのに、異様なくらい冷静に場を視られる)

 

 

 

「リーチ!」

 

一捨て牌

{中南西③1白}

{1横五}

 

 このときを待っていたと言わんばかりに一が牌を曲げる。

 その双眼は加治木を強く射抜いていた。

 

(先制された――が、スピードだけなら私も負けていないっ!)

 

 加治木は素早く手牌を倒す。

 

「チー」

 

九巡目加治木手牌

{二三四六①②③④456} {横五六七} 打{①}

 

(待ちは悪い……だが、張っているのと一聴向では天と地ほどの差がある)

 

 どんなに愚形だろうと聴牌さえしていれば和了れる可能性がある。

 だが、いくら良形だったとしても一聴向では和了れないのだ。

 

 

 

(一発消し?)

 

 即座にリーチ宣言牌を奪い取った加治木。

 被ツモ失点の大きい親が一発を消すのは当然の行動にも思えたが、

 

(いや、そんなに素直な人じゃないな。たぶん追いつかれた)

 

 ――だけど、勝つのはボクだ。

 

「ツモ」

 

一手牌

{七九①①⑦⑧⑨345789} ツモ{八}

 

「残念、裏は乗らず――2000・4000」

 

 未だ一は最下位のまま、だがそれでもトップとの差はたったの2100点。

 

(捕まえたよ)

 

 確かな手応えとともに点棒を回収した。

 

東家:加治木ゆみ 24700(-4000)

南家:沢村智紀 25200(-2000)

西家:池田華菜 26100(-2000)

北家:国広一 24000(+8000)

 

 

 

長野県女子個人戦本戦・一回戦・B卓

南二局0本場 ドラ:{⑧} 親:沢村智紀(龍門渕高校・一年)

東家:沢村智紀(龍門渕高校・一年)

南家:池田華菜(風越女子高校・一年)

西家:国広一(龍門渕高校・一年)

北家:加治木ゆみ(鶴賀学園高校・二年)

 

六巡目池田手牌

{三四九九③⑤⑤111345} ツモ{④}

 

(おっ、良いとこ引いたし!)

 

 三色確定となる{五}、良形の待ち確定となる{④}が理想だったが、思惑通りに進む手に池田は顔を綻ばせる。

 

捨て牌

東家:沢村智紀 {■■■■■■■■■■■■■}

{九南⑦西④①}

 

西家:国広一 {■■■■■■■■■■■■■}

{北南白西東}

 

北家:加治木ゆみ {■■■■■■■■■■■■■}

{北中③二四}

 

(曲げない手はないし!)

 

 幸い誰も仕掛けていない。

 安目だとリーのみだが、それでも序盤ならイケイケである。

 ピンッとネコミミを立たせ、{⑤}を手に取った。

 しかし――

 

「いよっし、リー」「ロン。2000点」

 

同巡加治木手牌

{一一二二三三④④⑥⑦678} ロン{⑤}

 

「うっ……はい」

 

 捨て牌一列目という序盤にも関わらずダマを選択した加治木の平和・一盃口に突き刺さった。

 

(どうして高め3900止まりの手でリーチしない?)

 

 

 

(とか思ってそうな顔だな)

 

 確かにドラ含みの好形の待ちである。

 リーチして他家がオリても十分ツモが狙えるし、満貫まで十分見える。

 

(だが、沢村の打{⑦}……あれはドラ含みの面子を固定したものだろう。両面固定ならまだしも、雀頭固定だったり、暗刻持ちだったら目も当てられない)

 

 第一打、第二打で浮いている一九牌字牌を処理。

 それは至って普通の捨て牌だが、その次の{⑦}があまりにも不自然。

 ドラ側を序盤に捨てたということは、よほど早いか、既にドラを複数持っているかのどちらかだ。

 すなわち、{⑤⑧}が山には非常に薄い待ちだった可能性も高いと加治木は読んでいた。

 だからリーチはかけない。

 他家がこぼすその瞬間を狙い撃つために。

 

(役有りでリーチされると満貫~跳満、それを和了られると親番のもうない私では巻き返せなくなってしまう)

 

 また一つ危機を乗り越えた。

 加治木は、ふぅ、と安堵の息を漏らす。

 

(残り二局、全力で駆け抜ける!)

 

東家:沢村智紀 25200

南家:池田華菜 24100(-2000)

西家:国広一 24000

北家:加治木ゆみ 26700(+2000)

 

 

 

長野県女子個人戦本戦・一回戦・B卓

南三局0本場 ドラ:{⑧} 親:池田華菜(風越女子高校・一年)

東家:池田華菜(風越女子高校・一年)

南家:国広一(龍門渕高校・一年)

西家:加治木ゆみ(鶴賀学園高校・二年)

北家:沢村智紀(龍門渕高校・一年)

 

「リーチだしっ!」

 

 七巡目、池田から親リーがかかった。

 

捨て牌

東家:池田華菜 {■■■■■■■■■■■■■}

{東9發南横三}

 

南家:国広一 {■■■■■■■■■■■■■}

{北南東中8}

 

西家:加治木ゆみ {■■■■■■■■■■■■■}

{7③⑥發}

 

北家:沢村智紀 {■■■■■■■} {横六六六} {22横2}

{9西南白西8}

{五}

 

一 打{西}

 

加治木 打{1}

 

八巡目智紀手牌

{⑤⑤44456} ツモ{⑦} {横六六六} {22横2}

 

(安牌なし……だけど、親の待ちは{一四}、{二五}、{36}のどれか。他は全部押す)

 

 智紀は池田の捨て牌から牌姿を想像、そして待ちを読むと容赦なく{⑦}を叩き切った。

 

(……攻めるためには勇気が必要)

 

 そうだ、誰だって敵陣に乗り込むのは恐い。

 

(……勇気を出すためには根拠が必要)

 

 そうだ、根拠なき勇気は蛮勇に他ならない。

 

(だから私は根拠を作る――それが合っているかどうかは関係ない!)

 

 

 

(ちょっとは逡巡したりしないか? フツー)

 

 ドラ側の{⑦}を躊躇なく捨てた智紀に若干の畏怖を覚えた。

 

(とはいえ華菜ちゃんピンチだしっ! オリてくれた方が出やすい待ちなんだよなあ……)

 

八巡目池田手牌

{一一五六七七九⑥⑦⑧333} ツモ{二}

 

 智紀のポンでできた壁により、当たり牌の{八}は一見安全そうな牌に見える。

 現物や字牌を切らした他家が零すのは時間の問題にも思えたが、攻めてくるものがいるのなら話は別だ。

 待ちの枚数の少ない池田が相対的に不利になってしまう。

 

(こんのバーサーカーめ! 親リーが恐くないのか!?)

 

 

 

(……恐い、すごく恐い。でも、だからこそ私は――)

 

「ツモ。300・500」

 

九巡目智紀手牌

{⑤⑤44456} ツモ{7} {横六六六} {22横2}

 

(――前に進むことができる)

 

東家:池田華菜 22600(-1500)

南家:国広一 23700(-300)

西家:加治木ゆみ 26400(-300)

北家:沢村智紀 27300(+2100)

 

 

 

 頂点に座する少女達。

 彼女達への挑戦権を得ようと頂点へと登り詰める少女達。

 その決着のときがすぐ側まで迫っていた。


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