鶴賀の初日の出   作:五香

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24.開眼、そして決着

長野県女子個人戦本戦・一回戦・A卓

東三局0本場 ドラ:3 親:藤村初日

東家:藤村初日(鶴賀学園高校・一年)

南家:龍門渕透華(龍門渕高校・一年)

西家:福路美穂子(風越女子高校・二年)

北家:天江衣(龍門渕高校・一年)

 

 感情のない機械そのもののような平坦な声で和了が告げられる。

 

「ツモ、1300・2600」

 

透華手牌

{一一二二三三④④④⑤⑥34} ツモ{5}

 

 だが、それを受けた三人の心中は平坦ではなかった。

 

 

 

(――手牌が、読めない?)

 

 美穂子は、突如様子の変わった透華を訝しがる。

 人間は感情を抑えきることができない動物である。

 例えば、役牌対子を持っている場合。河に字牌が出るたび、視線が手元と河を行き来する。

 そんな視線移動から、手牌を予測(というか美穂子の場合、最早透視である)していたが、今は透華に対しそれができない。

 それは、相手が人間である以上、ありえないことであり、あまりにも不可思議であった。

 

(人間なの……?)

 

 今、美穂子が透華に対して取れるのは、相手の切り出し場所からの手牌の予測のみ。

 これは一昔前の打ち手なら誰もがやってきたものだ。

 その程度しかできなくなっている。

 

(それでも、一番有利な立場にいるのは私)

 

 衣の手牌も初日の手牌も、美穂子からは透けて見える。

 三者の内、二者の手牌が見えるというのはいかほどのアドバンテージなのか。

 それは考えるまでもなく、相当なものであると理解できるだろう。

 

(――勝たせません!)

 

 

 

(――治水、龍が眠りから目覚めたか)

 

 それは予定調和だったのかも知れない。

 透華がその身に宿す龍を起こしてしまうというのは。

 遅いか、早いか、それは些細な問題でしかなく、いつかは訪れる運命。

 龍門渕の血に脈々と受け継がれてきた、つい先日まで衣を孤独たらしめた忌まわしい古の力。

 だが、衣は透華がそれに開眼したことを嬉しいと思った。

 

(当面、退屈することはない、初日に透華に、衣にはたくさんの同輩がいる。全国にも――きっといる)

 

 衣の両眼は、欲しかったおもちゃを目の前にした子どものように輝いていた。

 衣のため、麻雀部を占拠した透華が言った。「全国で友達を捜しましょう」と。

 それは大層魅力的な言葉であったが、衣は毛ほども信じていなかった。

 麻雀で友達ができる訳がない。どうせ、また孤独になるだけだ。

 だけど、今はそれを信じている。

 共に卓を囲むことで友になれる人間がいると。

 

(麻雀は、楽しい)

 

 希望と期待。

 なによりも自分に親身になってくれた透華がそうなるのは、衣にとっては喜ばしいことでしかなかった。

 

 

 

(――ドラが、ある?)

 

初日手牌

{四四五六七八①①13456}

 

 ネット麻雀以外で、手元にその幸運の固まりが来た試しはない。

 自分にも幸運を掴むことができる――その気持ちは歓喜。

 だが、それは今までの自分がなくなってしまったことに他ならない――その気持ちは不安。

 不運であることというのは、初日にとって当然のことであり、それは必ずしも不幸とはなりえなかった。

 

(ついてねぇ……のかな? よくわかんない)

 

 自身の不運を指針に、戦略を組み立てていた初日からすれば、幸運になったことは不運でしかない。

 

(やっぱり龍門渕さんが何かしたんやろか?)

 

 比較的異能に対する感度の鈍い初日でもわかるほどの透華の変質。

 龍門渕透華は表情豊かな少女であった。

 それは、麻雀の最中であっても変わらない。

 好配牌に顔を綻ばせ、危険牌をツモれば露骨に眉を寄せる。

 それは麻雀打ちとしては損な気質でしかなかったが、類い希なる彼女の頭の良さはそれをカバーしてあまりあるほどであった。

 それが今は、ただただ麻雀を打つ機械のようになっている。

 

(穏乃に会うまでは、あたしもこんな風に見えたのかな)

 

 お世辞にも、力(不運)をコントロールしているとは言えない初日だが、それでも主体は自分にある。

 自分が不運を利用している。

 だが、透華は力に利用されている。

 力が主体にあり、自分はそれに振り回されているだけ。

 今の透華が、初日からはそんな風に映った。

 

(負けられない)

 

 目指すところは変わらない。

 一位になる。

 どうしようもなく運の悪い自分でも、頂点に立てることがあると証明する。

 だから、

 

(――勝つ)

 

東家:藤村初日 33700(-2600)

南家:龍門渕透華 21100(+5200)

西家:福路美穂子 21200(-1300)

北家:天江衣 24000(-1300)

 

 

 

長野県女子個人戦本戦・一回戦・B卓

南四局0本場 ドラ:{⑨} 親:国広一(龍門渕高校・一年)

東家:国広一(龍門渕高校・一年) 23700

南家:加治木ゆみ(鶴賀学園高校・二年) 26400

西家:沢村智紀(龍門渕高校・一年) 27300

北家:池田華菜(風越女子高校・一年) 22600

 

 一は、瞳を閉じて、深く息を吸い込んだ。

 ひとたび失敗すれば、即敗北。

 和了りトップである加治木と智紀は、なりふり構わずスピード勝負に出てくるだろう。

 親の一、そしてラス目の池田を和了らせまいと。

 

一配牌

{一三五①①1334668北白}

 

(これは……いくらなんでもハードだね)

 

 うぐぅ、と呻き声を漏らしつつ、顔を引きつらせる。

 麻雀の神とやらは、よほど自分のことが嫌いらしいと、一は嘆息した。

 

(タンヤオは無理、例え{白}が重なっても一度でまくりきるには打点が足りない……とはいえ、ボクにできる最善な行動をするしかないんだけど)

 

 ほんの一瞬の逡巡を挟み、一は牌を打つ。

 

打{北}

 

(リーヅモで1000オール。これが一番正攻法(まっすぐ)な手段。連荘もある……とはあまり考えたくないけどね)

 

 

 

(親はよほど手が悪いのか? それは好都合、こちらは)

 

 もしも、あらゆる職種の中で、もっともポーカーフェイスが上手な職業を決めるとすれば、それは詐欺師か魔術師だろう。

 その魔術師の娘である一の表情を加治木が読み取れたのは、マジックを決して麻雀に使わないと決めた一自身の制約があったからに他ならない。

 

加治木配牌

{二九③⑧12557東發發中} ツモ{發}

 

(――第一ツモで特急券。面子こそないが、ツモ次第でどうにでもなる範疇だ)

 

 静かに、手牌を眺める。

 そして流れるように優雅に牌を抜いた。

 

打{九}

 

(とはいえスピードだけを優先するのも芸がない。総合収支が重要になるのだから染め手まで考慮する)

 

 

 

智紀配牌

{一二四八②②③④⑥⑦25南} ツモ{⑤}

 

(軽いタンヤオ系の配牌……! これなら……)

 

 最速和了からの逃げ切り。

 それが現実味を帯びる好配牌だった。

 喰ってよし、じっと筒子が伸びるのを待ってもよし。

 いずれにせよ、聴牌まではそう時間がかからないだろう。

 

(……いける)

 

 静かなる大山が、確かに動き始めた。

 

打{一}

 

 

 

池田配牌

{六六①⑤⑧⑨⑨49南西白} ツモ{二}

 

(ドラ対子! 良形ターツのないクズ手だけど、これなら戦えるし!)

 

 最早、空元気としか言えないような虚勢。

 とても聴牌まで辿り着けるとは思えない配牌だが、池田は気丈に笑う。

 絶対にあきらめない。

 最後まで麻雀を楽しんだものが、勝つ。

 そう、教えてくれた美穂子の想いに応えるために。

 

打{西}

 

 

 

 一、打{白}。

 加治木、打{二}。

 智紀、打{2}。

 池田、打{白}。

 一、打{①}。

 加治木、打{⑧}。

 智紀、打{八}。

 池田、打{9}。

 一、打{①}。

 加治木、打{⑥}。

 智紀、打{5}。

 

 静かに繰り広げられる格闘戦。

 誰かが一枚牌をツモるたび、誰かが一枚牌を捨てるたび、誰かが勝利へと、誰かが敗北へと進んでいく。

 緑の絨毯に牌が置かれるその音は、まるでボクサーのジャブの応酬のような鋭い殺気を放っていた。

 

「ポン」

 

加治木手牌

{■■■■■■■■■■■} {55横5}

 

 打{東}。

 加治木が一歩踏み込んだ。

 それは、必殺の一撃が放てる間合いであり、同時に自身も倒される危険性のある相手の間合い。

 全員に緊張が走る。

 もう小手調べをしている余裕はない。

 

 

 

(――来た)

 

五巡目 智紀手牌

{二三四②②③④⑤⑥⑥⑦南南} ツモ{④}

 

 {②}を打てば{⑤⑧}の両面聴牌、ただし役はない。リーチが必要だ。

 {⑥}を打てば嵌{③}待ち、ただし一盃口が確定する。リーチが必要ない。

 

(こっち)

 

 智紀は瞬時に{⑥}を抜いた。

 リーチをかけるという発想はない。

 2位の加治木とは900点差、場に1000点棒を出すことは、自身の2位転落をも意味した。

 さらに、3着目・4着目両者の逆転条件を緩和することにも繋がる。

 現状では嵌{③}待ちとはいえ、南をポンできれば{②⑤⑧}の三面張に以降することも可能。

 

(最低限のリスクで最高の結果を求める……)

 

 キラリと眼鏡の置くの両眼が光った。

 

 池田、打{4}。

 一、打{1}。

 加治木、打{2}。

 智紀、打{七}。

 

 智紀本人以外、聴牌に気が付くとこなく摸打が繰り返される。

 そして――池田、打{}南。

 

「ポン」

 

智紀手牌

{二三四②②③④④⑤⑥⑦} {南南横南}

 

 打{④}。

 小さな小さな地雷が卓に埋め込まれた。

 

 

 

七巡目 池田手牌

{一二三六六①③⑤⑤⑦⑧⑨⑨} ツモ{⑨}

 

(受け入れ枚数だけなら打{⑧}だけど……)

 

捨て牌

東家:国広一 {■■■■■■■■■■■■■}

{北白①①一九}

 

南家:加治木ゆみ {■■■■■■■■■■} {55横5}

{九二⑧⑥東2}

{1}

 

西家:沢村智紀 {■■■■■■■■■■} {南南横南}

{一2八⑥七④}

{9}

 

北家:池田華菜

{西白94①}

 

(序盤から中張牌ガンガン切ってきてる沢村の最終手出しが{④}……{③⑥⑨}は否定されている、だけど{②⑤⑧}を打って大丈夫なのか?)

 

 {⑧}の前で池田の指が止まる。

 

(仕方ない、遠回り)

 

打{六}

 

({②⑤⑧}を一枚も切らないで和了れるように構えるしかないし)

 

 

 

八巡目 一手牌

{三三五六七12334668} ツモ{四}

 

(手は進んでるけど苦しいね……{2-5}は残り2枚……)

 

打{8}

 

(だからといってここからの迂回はできない。例え僅かでも可能性が残っているのならそれを手繰り寄せる――それが麻雀)

 

「チー」

 

加治木手牌

{■■■■■■■■} {横867} {55横5}

 

 打{北}。

 

({5}ポンしておいて{8}チー? でも十中八九これで聴牌……待ちは{④⑦、②⑤、四七}あたり……役牌バックの可能性も残るけど、ここまで強引な仕掛けをしてる以上その可能性は低い)

 

 なんて不自由な麻雀を強いるんだと、一は笑った。

 

(ともきーも聴牌してるっぽいし……でも、だからこそやりがいがあるってね)

 

 智紀、打{3}。

 池田、打{六}。

 

九巡目 一手牌

{三三四五六七1233466} ツモ{五}

 

(やっぱりそっちから埋まるよね、でも――)

 

「リーチ」

 

打{三}

 

(ボクは退かないよ)

 

 現時点で自分を除いても二者聴牌、流局となる可能性はかなり低い。

 それならば、自分も前線に出て戦いに参加するまでだ。

 

 加治木、打{9}。

 智紀、打{中}。

 

 そして、――

 

「リーチ」

 

 池田は{①}を曲げる。

 

(これで全員聴牌――誰も後には退けない。正真正銘の真剣勝負。おもしろい、おもしろいよ麻雀って!)

 

 全身が熱い。

 喜びと興奮、そしてこの場に連れてきてくれたことに対する感謝。

 一は、たまらなく心地よかった。

 

 

 

十巡目 加治木手牌

{③④發發發中中} {横867} {55横5} ツモ{西} 打{西}

 

(ここまで来れば――)

 

 四人を包むのは不思議な一体感。

 

十巡目 智紀手牌

{二三四②②③④④⑤⑥⑦} {南南横南} ツモ{西} 打{西}

 

(技術は関係ない――)

 

 相手の気持ちがまるで自分のことのように感じられる。

 

十巡目 池田手牌

{一二三②③④⑤⑤⑦⑧⑨⑨⑨} ツモ{8} 打{8}

 

(勝つのは――)

 

 いつまでも味わっていたい。

 

十一巡目 一手牌

{三四五五六七1233466} ツモ{八} 打{八}

 

(気持ちが強い人――)

 

 そんな至福のときだった。

 

打{1}

打{七}

打{⑦}

打{四}

打{7}

打{③}

 

 ――ツモ。

 

 そして、終焉の鐘を鳴らしたのは、誰よりも麻雀に向き合い続けた時間が長かった少女だった。

 

{一二三②③④⑤⑤⑦⑧⑨⑨⑨} ツモ{⑥}

 

 ――2000・4000。

 

 

 

一位:池田華菜(風越女子高校・一年) 31600(+9000)

二位:沢村智紀(龍門渕高校・一年) 25300(-2000)

三位:加治木ゆみ(鶴賀学園高校・二年) 24400(-2000)

四位:国広一(龍門渕高校・一年) 18700(-5000)

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