インターハイ長野県予選会場。
オーダー登録を終え、加治木は観戦室の席取りに向かった。
蒲原は一年生トリオと合流する為、待ち合わせ場所へと向かう。
そこに居たのは青い顔をした少女と逆に頬を赤く染め興奮気味の少女。
(……終わったかー?)
一人足りない……。蒲原の頭に最悪の事態が過ぎた。
「智美ちゃん、おはよう」
「……おはようございます、部長」
「おはよう。で、あいつはどこに消えたんだ?」
正直、蒲原はあまり尋ねたくはなかった。
知らない方が良い現実に、直面してしまうのではないか、という不安が先行していた。
「えっと、初日さんのお母さんの運転が遊園地のアトラクションみたいですごかったんだよ。でも、初日さんちょっと気分が悪くなったみたいだから……」
「仮眠室に放り込んで来ました。まさか一時間かからず到着するとは思いませんでした……」
嬉しそうに話す佳織の後に、顔面蒼白の睦月が続く。
睦月の様子を見るに、メリーゴーラウンドの様な穏やかなものではないのは明白だった。
コーヒーカップの様に回転したり、絶叫マシンさながらの急加速と急停止があったのだろうと蒲原は推測する。
そもそも長野市(鶴賀学園)から、塩尻市(予選会場)まで八十km以上離れているのだ。
道中、長野道(高速道路)を通るとはいえ、ICに入るまでの区間、どんなスピードを出していたのか考えたくない。
「ワハハ……」
蒲原は乾いた笑いを零すことしかできなかった。
佳織は普段は気弱そうに見えるくせに妙に肝が据わっている。
案外自分よりも勝負事に向いているのかも知れないとも思った。
その後、三人は観戦室に向かい加治木と合流、事情を説明した。
「無事? かどうかはさておき、たどり着けた様で何より。睦月、佳織、本当にありがとう」
加治木は二人に労いの言葉を掛ける。
佳織はいえ当然のことをしたまでですよ、楽しかったですしと純粋に喜んでいる。
睦月は疲れ切った顔で明日は電車とバスで来ます……とだけ話した。
「ところで、組み合わせはどうなったんですか?」
その睦月の疑問に加治木が答える。
「ああ、幸いにも風越とは別ブロック。決勝までは当たらない良い場所を引いたよ」
加治木はこれを見てみろとトーナメント表を睦月に手渡した。
「えっと一回戦の相手は……稲荷山・高瀬川・北天神? どこも聞き覚えのない学校ですね」
「ワハハ、長野は風越の一強状態になってもう六年。まあどこと当たっても似たようなもんだろー」
長野県の団体戦は過去6年に渡って風越女子が全国大会への切符を手にしている。
蒲原の説明に睦月はそれもそうだと納得した。
『まもなく、一回戦先鋒戦が始まります。各校の選手は、指定の対局室に向かってください』
そうこうしている内に、一回戦開始のアナウンスが流れた。
「ワハハ、お呼びがかかったな。行ってくるぜい」
「頼んだぞ、蒲原」
「まかせとけ、初陣は先鋒戦だけでケリを付けてやる」
蒲原は自分を鼓舞する言葉を発し、不敵な笑みを浮かべ、対局室へと向かう。
しかし、ネットの海に毒された少女達にとってその姿はひどく痛々しいものに見えた。
「死亡フラグだな」
「智美ちゃん……最後の一言余計だよ……」
「うむ。部長、かませキャラみたいですよ……」
蒲原が対局室へと入ると既に他三校のメンバーと審判の男性が揃っていた。
かるく挨拶をするとすぐさま場決めを行い、各々の席へと座った。
(ワハハ、テレビカメラに囲まれてる……。緊張するなー)
東南戦 アリアリ 喰い替えなし 100000点持ち
東家 稲荷山
南家 鶴賀学園
西家 北天神
北家 高瀬川
東一局0本場 ドラ:{9} 親 稲荷山
一巡目蒲原手牌
{一四八①①②⑤⑨368北北} ツモ{⑤}
蒲原は配牌と第一ツモを見て気が遠くなった。
(な、何だこりゃー。ワハハ、初日の配牌みたいだ……)
蒲原は字牌をお守り代わりに抱えつつ七対子か対々を狙い、他家が聴牌した気配があればベタオリが最善と判断。
頭を抱えたい衝動に駆られながらも一萬を切った。
(勝負する場面じゃないなー)
そして迎えた九巡目、親の稲荷山からリーチがかかる。
捨て牌
稲荷山
{南西八九南二}
{三1横⑤}
鶴賀学園
{一八六3⑨6}
{85}
北天神
{南⑨發①發四}
{4七}
高瀬川
{九中七七⑦⑨}
{中⑧}
九巡目
{三三①①②②③⑤⑤東北北白} ツモ{9}
(ワハハ、ドラ引いちまった……)
意外と手の進みが早く、和了り目もありそうだ。そう思い直した矢先に親リー。
回し打ちしようにも浮き牌が、無スジの{③}、生牌の{東白}、ドラの{9}。
どれも危ないと感じる牌だ。
(これはベタオリ確定だなー)
蒲原は一聴向を崩し、稲荷山の現物である{⑤}を河に置いた。
(まずは{⑤}の対子落とし、次は{三}の対子落とし。これで四巡は凌げる)
その間に、安牌も増えるだろうし、安牌を引く可能性も十分。
オリきれると蒲原は判断した。
観戦室で対局室の映像を眺めていた加治木が顔をしかめる。
「まずいな……」
「何がですか? 振り込みはしないと思いますけど」
佳織は加治木の言葉の意味がわからず不思議そうな顔をして尋ねた。
稲荷山手牌
{四五六六七八⑥⑥⑥99東東}
ドラの{9}と連風牌確定となる{東}のシャボ待ち。
出和了りの場合、{9}ならリーチドラ3、{東}ならリーチドラドラ連風牌でどちらも満貫。
ツモ和了りの場合、{東}なら跳満になる大物手。
しかし、一月前までの佳織の様な初心者ならともかく、蒲原ほどの熟練者が引っかかる待ちではない。
「高瀬川を見てみろ。まだ張ってはいないが……」
九巡目高瀬川
{四五34567789白白白} ツモ{二} 打{二}
「あっ、すごく待ちが多いです」
{三四五六23456789}待ちの一聴向。
{9}は山に残っていないが、都合11種類もの有効牌が存在している。
「萬子引きで張ってくれれば問題ないが……二巡以内に{3467}を引かれると」
――蒲原が{三}で振り込む。
さすがに打{白}リーチなら、蒲原も警戒して振らないだろう。
だが、ダマだとどうだろうか?
リーチ者の現張りなら、あっさり出してしまう可能性が高く思えた。
「でも、親にツモられて4000~6000オールを喰らうよりはマシじゃないですか?」
「確かにそうではあるが……」
4000オールならトップと16000点差、6000オールなら24000点差。
それに比べ、白ドラ1の40符2翻なら2600点、つまりトップと5200点差で済む。
得失点差を考え佳織はそう意見するが、加治木はまだ浮かない表情だ。
十巡目稲荷山手牌
{四五六六七八⑥⑥⑥99東東} ツモ{⑥}
『カン』
ツモ{九} 打{九} 新ドラ:{白}
「高瀬川の白ドラ1が白ドラ4の満貫手に化けました……」
「……」
見間違いだと思いたい現実だが、ご丁寧に佳織が実況してくれている。
どうやら夢ではないらしい。
加治木は頭痛を抑える様にこめかみに手を当てた。
画面の中の蒲原は順調に{⑤}を捨てている。
そして高瀬川のツモ番。
高瀬川手牌
{四五34567789白白白} ツモ{6} 打{7}
{三六}待ちで白ドラ4、当然のダマ聴。
リーチすれば跳満が確定するとはいえ、和了率に天と地ほど差が出る。
一か八かの跳満よりも、高確率の満貫を選ぶのが、大抵の場合正解となる。
「あいつがここに居ればこう言うんだろうな……」
加治木は画面から視線を外し、大きく溜息を吐いた。
そして消え入るような声で呟く。
「ついてねぇ……」
次巡、蒲原はきっちりと{三}を切り、高瀬川の満貫に振り込んだ。
『ロン! 8000』
『ワハッ!?』
稲荷山 99000(-1000)
鶴賀学園 92000(-8000)
北天神 100000
高瀬川 109000(+9000)
佳織は仮眠室で初日に声を掛けながら揺さぶっていた。
「起きて、起きてください」
誰かに呼ばれている様な気がする……。
初日は目を開くと、視界を金砂の煌めきが占めていた。
どうやら先ほどの声の主は佳織らしい。
「ま、まだ世界が回ってる気がする……」
「地球は回り続けてるから間違ってはないと思うよ……ってそういう問題じゃないです。副将戦が南入しましたから、そろそろ起きないと間に合いませんよ!」
布団に身を包んだまま初日は上半身を起こした。
それに、佳織がどこか的外れな答えを返す。
「もうそんな時間?」
「そんな時間です。顔を洗って観戦室に向かいましょう」
半荘一戦が一時間程度とすると……三時間半も眠っていたということか。
「あと十分……」
初日はお決まりの台詞を吐いて顔を布団で覆う。
しかし、佳織は問答無用と掛け布団を無理矢理引き剥がす。
そこには生まれたままの姿の初日が転がっていた。
「何で服を着てないんですかー!」
「いや、寝るときは全裸派やし」
「昨日家では着てたじゃないですか!」
「友達の目があるところで全裸は……」
変態みたいでイヤ。と初日は恥ずかしそうに続けた。
友達どころか赤の他人の目のあるここで脱ぐ方が変態の様な……。
そう佳織は突っ込みたくなったが、そんなやりとりをしている暇はないと我に返る。
「とにかく急いでください。そのままの姿で放送されたくないですよね」
遅れそうなら着替えを待たずに対局室に放り込みますよ。
黒い笑みを浮かべて迫る佳織に、初日はコクコクと頷いた。
いつの間に佳織は自分に対してこんなにアグレッシブになったのだろう。
オドオドしている娘だったが、唯一幼なじみである蒲原に対してはそんな面をあまり見せなかった。
しかし、気が付けば初日に対してもそんな面を見せなくなっている。
入部したその日に国士でトばしたのを根に持っているのか。
その後も情け容赦なく全力でトばし続けたのがいけなかったのか。
着替えを済ました初日と佳織は、観戦室の扉を開き、蒲原と加治木の元へと向かった。
「ワハハ、重役出勤だなー」
「事情は聞いた。災難だったが、たどり着けただけマシだ」
たどり着けただけマシとは自分はどこまで信頼がないのだろうか。
初日はがっくりとした。
「す、すみません……。それで、今の状況は?」
初日は遅刻の謝罪をすると同時に戦況を尋ねる。
しかし、それに誰かが答える前にアナウンスが流れた。
『まもなく、一回戦大将戦が始まります。各校の選手は、指定の対局室に向かってください』
「点棒を見ればわかる。行ってこい」
「ワハハ、頼んだぞー」
至極当然のことをのたまう加治木。
部長の蒲原は全てを任すと一言。
「へ?」
初日が困惑していると、佳織が手を引っ張っくる。
「行きますよ、初日さん」
初日は心の準備をする間もなく、佳織によって対局室へと引きずられていった。
「ついてねぇ……」
肩をいからせて大股で歩く佳織を見て、途中ですれ違った睦月はギョッとした顔でこちらを見ていた。
観戦室に愉快そうに笑う蒲原の声が響いていた。
『ツモ。白対々混老頭、4000オール』
初日手牌
{一一九九白白白} {9横99} {①①横①} ツモ{一}
東四局の親番、初日は満貫をツモ和了った。
東三局に続き、大将戦二度目の混老頭に他家は唖然としている。
白と対々和は良く見かける役だ。
しかし、混老頭なぞそうそう見られるものではない。
「これは貰ったも同然かー」
「……油断は禁物だ」
緩みきった顔をしている蒲原に加治木が注意する。
しかし、当の加治木ももう勝ったものと勘定していた。
一位125700 鶴賀学園
二位96300 高瀬川
三位91800 稲荷山
四位86200 北天神
残り五局で32100点のリード。
よほどの大物手を喰らわない限りは逃げ切れる。
「ワハハ、鶴賀の秘密兵器の力、とくと見よ!」
「智美ちゃん、全然秘されてないと思うよ……」
初日のツモの偏りは牌譜を見るまでもなく一目瞭然。
とても隠しきれるものではない。
「相手はビビってるだろなー。何て言ったって二回目の混老頭だからなー」
なあユミちんと蒲原は同意を求める様に、隣に座る加治木をちらりと見る。
「そうだな。わかりやすい死亡フラグを立てて、先鋒が四万点近く失った時もビビったな」
「ワハ……ハ」
加治木の絶対零度の言葉で蒲原が凍り付いた。
「麻雀は実力以上に運の要素が強いから……智美ちゃんは悪くないよ」
気にしちゃダメ。
そう言って励ましの言葉を掛けるのは+13000の佳織。
「うむ。部内の対戦成績では私は大幅に下回ってますし……」
たまたまですよと+10300の睦月が続く。
「ところで、焼き鳥は塩味とタレ味のどっちが好きなんだ?」
塩も良いが、やはりオーソドックスにタレだなと+17200の加治木。
「……や、焼き鳥は見たくもないなー」
もはや笑うことすら出来ない。
-36700の蒲原はガクッと肩を落とす。
そして2回戦での巻き返しを誓った。
塩味とタレ味のどっちが好き?
→ 塩味 と タレ味 の どっちが好き?
→ 塩味 と タレ味のどっち が好き?
?「私はどんな味でも和ちゃんが好きだよ!」
PN嶺上開花さんからのお便りでした(大嘘)