鶴賀の初日の出   作:五香

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06.オレはしくったのか――!?

一位119700 鶴賀学園 

二位94800 稲荷山

三位92600 高瀬川  

四位92900 北天神 

 

 東四局時点と比べ、持ち点は多少減った。

 だが、他家がつぶし合ったおかげで、オーラスに入って二位と24900点差。

 リー棒さえ余分に出さなければ、跳満直撃を喰らっても逆転されないセーフティリードともいえる点差をキープすることができた。

 しかし、初日の表情は浮かないものだった。

 

南四局0本場 ドラ:{2} 親 鶴賀学園 

東家 鶴賀学園

南家 北天神

西家 高瀬川

北家 稲荷山

 

一巡目初日手牌

{一五九①⑨7東南北白發中中} ツモ{⑨} 打{五}

 

(“ついてねぇ”にも程がある……)

 

 配牌で国士無双の二聴向。

 今が崖っぷちのピンチなら何もおかしくなく、初日らしい配牌と言える。

 しかし、大量リードの場面で何故こうなるのか。

 一応、過去の実体験から、一つの可能性が浮かんでいた。

 

二巡目初日手牌

{一九①⑨⑨7東南北白發中中} ツモ{1} 打{7}

 

 それは、他家が圧倒的に格上だったという場合。

 初日の考えであるが、流れや運というものは雀力に比例して、付いて来るものである。

 つまり、相手が抜けて強ければ、本来初日に来るはずだった流れや運を持っていかれてしまうという事態が起こる。

 

三巡目初日手牌

{一九①⑨⑨1東南北白發中中} ツモ{中} 打{⑨}

 

 その場合、他家に大物手がバンバン入り、高火力の撃ち合いになる。

 だが、この半荘では跳満以上の手を誰も和了していないので、その可能性は低い。

 

四巡目初日手牌

{一九①⑨1東南北白發中中中} ツモ{南} 打{中}

 

(どうしてこうなる……)

 

 順調に手は進み続ける。

 だからこそ、不自然な“ついてねぇ”状態に初日は首をかしげた。

 

五巡目初日手牌

{一九①⑨1東南南北白發中中} ツモ{9} 打{中}

 

(張っちゃった……)

 

 

 

 ――同時刻の観戦室。

 

「相手が可哀想になってきました……」

 

 佳織は悲しげに目を伏せる。

 

「うむ。初日は“最高に絶不調”だね」

「ワハハ、トラウマにならなければいなー」

 

 反対に睦月と蒲原は少し楽しげな様子だ。

 

五巡目北天神手牌

{三五22223478西西西} ツモ{西}

 

 西を切ったらアウト。国士無双だからカンしてもアウト。

 しかし、切らなければ聴牌できない。

 正に八方塞がりである。

 

『カン』

 

北天神手牌

{三五22223478} {■西西■}

 

 北天神の大将が選んだのはカンだった。

 現状では聴牌したとして、裏ドラを考慮に入れなければ、最高がリーチ一発ドラ4で跳満。

 逆転手に仕上げるにはカンドラを乗せるか、索子を引いて混一に移行するかが必要。

 裏ドラ次第ではこのままでも逆転の目がゼロではないが、それはあまりにも運だのみの側面が強すぎる。

 もちろん、カンをしたところで、カンドラが乗る保証はない。

 だが、裏ドラも増えることを考慮すれば、決して間違った選択ではなかったのだろう。

 

『ロン! 国士無双、48000!』

 

初日手牌

{一九①⑨19東南南北白發中} ロン{西}

 

 しかし、無情にも初日から希望を打ち砕く宣言が成された。

 北天神の大将は泣き崩れている。

 

「エグい……」

 

 その姿を見た加治木は思わずそう零してしまった。

 喜ばなければならない場面ではあるが、やりすぎである(無論、手抜きを良しとはしないのだが)。

 

(勝ち続ける度に……この想いを背負う必要があるのか)

 

 そして、ふと現実に帰る。

 何も、これが国士無双でなくとも結果は同じ。

 勝ちは鶴賀で他三校は負け。

 今もなお顔を俯かせる三校の生徒達、その想いを背負うことになる自分達は勝ち続けなければならない。

 

(蒲原は――平気そうだな。だが、佳織と睦月は……)

 

 蒲原は、以外と大人びた精神構造で、少々のことでは動じない。

 だが、蒲原よりも大人びた容姿をしている佳織と睦月だが、その中身はごく普通の女子高生。

 余分なプレッシャーを背負わせる必要はないだろう。

 そう思い、加治木は何も言わないことを選んだ。

 

 ――勝利とはおもいものである。

 それが「重い」なのか、「想い」なのか、今の加治木には判断出来なかった。

 

一回戦終了時

一位167700 鶴賀学園(+48000)

二位94800 稲荷山

三位92600 高瀬川  

四位44900 北天神(-48000)

 

 

 

 ――同時刻。予選会場の外にある大型ビジョン。

 

「奇怪千万!」

 

 その前で一人の少女がはしゃいでいた。

 小学生と言っても自然なほど低い身長。

 物語のお姫様のようにフリフリがふんだんに使われた制服らしき衣装。

 ウサ耳を模した赤いカチューシャは、その姿を実年齢よりもかなり幼く見せた。

 

「いんたあはいなぞ座興でしかないと思ったが」

 

 ひとしきりはしゃいだ後、一転落ち着いた顔になり、顎に手をあて思案にふける。

 

「――居るではないか衣と同根の傍輩が」

 

 そして悪魔の様に、口元を三日月の形に歪めた。

 

 

 

 ピクニックで良く起こる悲劇ランキング、第一位といえば何を思い浮かべるだろうか。

 休憩所と休憩所の中間で催すことか? 

 否。お花を摘みに行くとでも言って、母なる大地に全てを委ねれば問題ない。

 突然の悪天候? 

 否。それに備え、折りたたみ傘や雨具を持っている人は多いだろう。

 

 今、藤村初日に魔の手が迫っていた。

 

 予選会場の外にあるベンチ。

 一回戦突破を果たした鶴賀学園麻雀部の五人は、昼食を取ろうとそこに並んで座っていた。

 

「ワハハ、うまそうだなー」

「わぁ……」

「うむ。これは……」

 

 五つ積み重ねられた重箱の蓋を開け、蒲原が感嘆の声を漏らす。

 中身を覗き込んだ佳織と睦月もごくりと喉を鳴らした。

 だし巻きたまごにタコさんウインナー、そしてきんぴらゴボウにミニハンバーグ、隅にはプチトマトが置いてあり、見る者の食欲をそそる綺麗な彩りで飾られている。

 

「しかし、私達の分まであるとは……ありがたい限りだ」

 

 思わぬ差し入れに加治木も頬が緩んだ。 

 

「初日のお母さんにはお礼を言いに行かないとなー」

「そうだな。だが、まだ会ったことはないが、その人となりはおぼろげに理解できた」

「ワハハ、私も何となくわかった気がするなー」

 

 蒲原と加治木はお弁当を食べるのに必要な、あるものを探すが見当たらない。

 そして二人は初日に向かって異口同音に質問した。

 

「お箸は?」

 

 そう、入ってなかったのだ。お箸が。

 

「コンビニで買ってきます……」

 

 初日はついてねぇといつもの言葉を吐き捨て、ダッシュでコンビニへと向かった。

 

 

 

「う~ん、うまい!」

 

 コンビニからの帰り道、初日は一回戦突破記念の自分へのご褒美として、割り箸のついでに購入したソフトクリームにかぶりつく。

 初日はエアコンの効いている会場に合わせ、冬服を着ていた。

 だが、屋外に出ると暑くて堪らない。もう六月なのだ。ソフトクリームは、とかく冷たい物を欲していた体にとって、何よりの清涼剤だった。

 しかし、それに夢中になるが故に前方への注意がおろそかになり、初日は人にぶつかって尻もちを付いてしまう。

 

「わりィ、小さくて見えなかった。大丈夫か?」

 

 失礼なことを言いながら、中性的なかっこよさに溢れる女性が手を差し出してきた。

 ショートカットの銀髪と、百八十cmは超えているだろうという長身が爽やかさを演出している。

 

(デカッ!? しかもクールビューティ……)

 

 低めの身長がコンプレックスの初日にとって、存在自体がイヤミとも言える相手。

 思わず顔が強ばった。

 

「大丈夫です。慣れとるし……」

「……イジメにでもあってるのかお前?」

 

 不機嫌そうに答える初日。

 長身の女性は少し心配するそぶりを見せた。

 

「ち、違います! あたし、ついてなくて、こんなことが良くあるんです!」

「そ、そうか。それは悪かったな」

 

 一転、初日はないないと身振り手振りを混ぜながら否定する。

 あまりの必死さに少し引き気味になりながらも、相手は勘違いを謝罪した。

 

「ってあたしのソフトクリームがっ!」

 

 そして次に初日はアスファルトと熱い抱擁を交わすソフトクリームを見て、悲鳴を上げる。

 その様子を見かねた相手が五百円玉を財布から取り出した。

 

「悪かったな。これで足りるか?」

「良いです。前を見てなかったあたしが悪かったんで」

 

 初日は断るが、胸ポケットに無理矢理お金を突っ込まれた。

 

「気にすんな、お互い様だ。ここで会ったのも何かの縁だろう。オレは龍門渕の井上純。お前は?」

「鶴賀学園の藤村初日です」

 

 初日の自己紹介を聞いて、純は小声で何度も初日、初日と呟く。

 

「よし覚えた! 昼飯買いに来てるということは勝ち抜いたんだろ? またどっかで会う時はよろしく頼む」

 

 純は、またなと言って颯爽と立ち去った。

 

「えっ、あの見た目で高校生!?」

 

(二十代やと思った……)

 

 初日は、本人が聞いたらショックを受けるであろう感想を持っていた。

 

 

 

「しっかし、さっきのは何だったんだ? ブルッときたぜ」

 

 あのロリ巨乳――初日を目にすると同時に、雷に打たれた様に体が動かなくなり、うかつにも咥えていたフランクフルトを落としてしまった。

 

(まさか……)

 

 純は同じ様な寒気を感じた以前の経験を思い出す。

 あれは忘れたくとも忘れられない。

 ある満月の夜だった。

 

(透華に連れられ、別館で衣と初めて会った時と同じ……)

 

 無明の闇に引きずり込まれる――あの恐怖。

 

(違うとは思うが……念のため智紀に聞いてみるか。データ派のあいつなら、出場者の牌譜くらい一揃え持ってそうだ)

 

 純は携帯電話を取り出した。

 

「あーオレだ。調べて欲しいことがあるんだが」

『……何?』

「鶴賀学園の藤村初日というヤツの今日の牌譜とってねぇか?」

『……ちょっと待って、今調べる』

 

 一瞬の沈黙の後、携帯電話の奥からキーボードを叩く音が響く。

 

『……あった』

「わりィけどプリントアウトしといてくれ」

『……わかった。ところで、衣は見つかった?』

 

 智紀の一言で純の顔色が変わった。

 

「あっ」

 

 純は、迷子のお姫様を捜していたことをすっかり失念していた。

 

(オレはしくったのか――!?)

 

 意外とおっちょこちょいの様である。

 

 

 

 観戦室の一角で一人の少女が叫び声を上げていた。

 

「智紀、この牌譜はどういうことですの!?」

 

 少女――龍門渕透華は、普段の優雅で気品に溢れる態度を投げ捨て、怒髪、天を衝くという形相で、沢村智紀に迫る。

 積み重ねられていた対戦予定校の牌譜。

 暇を持て余した透華が、何となく眺めていると明らかに異質なものが混じっていた。

 

「混老頭二回、さらに国士無双……。これでは……これでは……」

 

 牌譜に目を落としながら、手をわなわなと震えさせている。

 

「わたくしが目立てませんの――!」

 

 そして、休火山が活火山になったかの様に感情を爆発させた。

 

「ぐぬぬ……藤村初日……おぼえてらっしゃい――!」

 

 地団駄を踏むその姿は優雅さとは無縁に見えた。

 だが、彼女はお嬢様である。

 それも筋金入りの。

 

 

 

 ――同時刻、初日は無事に仲間の待つベンチへと戻っていた。

 

「ワハハ、お前と一緒に居ると退屈しないなー」

「ど、どうも……」

 

 蒲原の台詞は皮肉なのか、それとも本心なのかさっぱりわからない。

 初日は苦笑いで答えることしかできなかった。

 

「すまないな。弁当を用意してくれたのが初日だから、本来は私達が買いに行くべきだった」

「気にしないでください。箸を入れ忘れたお母さんが悪かったんで」

 

 申し訳ないと頭を下げようとする加治木を初日は制止した。

 

「初日さんが急に走っていったからビックリしました」

「うむ。言ってくれたら付いていったのに……」

「ごめん、ごめん。よくあることだから」

 

(ワハハ、よくあるかー?)

(よくあるのか……)

(やっぱり、よくあったんだね……)

(うむ。初日らしい)

 

 初日の台詞に蒲原は疑問符を顔に浮かべ、他三人はさもありなんという表情だった。

 

「そういえば二回戦の相手はもう決まったんですか?」

 

 初日は意味ありげに頷きだした仲間達に疑問を持ちながらも、対戦相手の情報を聞いた。

 麻雀は時間制限がある競技ではない。

 極論だが、全局、全員がテンパイかノーテン流局でいくら待てども決着が付かないということもあり得る。

 なので、自身の対局が終わっていても、相手校の対局が終わっているとは限らないのだ。

 

「ん……Dブロックは篠ノ井西、Eブロックは岡山第一、Fブロックはうち、Gブロックは」

 

 初日の質問に蒲原はトーナメント表に目を落とす。

 

「――龍門渕だ」

 

 

 

 その後、場所は再び観戦室に戻る。

 ガラガラだった一回戦時とは違い、満員とは行かないまでも人影が増えた。

 試合を間近に控える鶴賀学園麻雀部の面々の姿もそこにあった。

 

「だ、だいぶ人が増えてきたね……」

 

 佳織は落ち着かないそぶりを見せる。

 

「まあ今回は強豪の龍門渕がいるからなー。相手が無名高とはいえそれなりに人も入るさー」

 

 その無名高にうちも入ってるんだがなーと蒲原は笑い飛ばす。

 

『まもなく、二回戦D~Gブロックの先鋒戦が始まります。各校の選手は対局室に移動してください』

 

 蒲原はそのアナウンスが流れると同時に気を引き締める。

 

「ワハハ、行ってくる。ここを勝てば誰もうちを無名高とは呼ばないだろー」

 

 決意の炎を燃やし、対局室へと向かった。


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