(何かすごそうなのがいる……)
対局室に入った蒲原の目を引いたのは、イスに胡座を組んで座っている長身の女。
その姿は仏閣に鎮座する神仏の様にも見え、見る者に独特の威圧感を放っていた。
既に揃っている篠ノ井西と岡山第一の選手は一歩引いているというか、怖じ気づいている様にも見える。
蒲原もその空気に飲まれそうになるが、
(ワハハ、これから全国に行くんだ。これくらいでビビってどうする)
心を覆い始めた闇を内なる炎が掻き消した。
(私は部長だから――例え他のみんなの心が折れても、私だけは真っ直ぐに立っていなきゃならないんだ)
東南戦 アリアリ 喰い替えなし 100000点持ち
東家 篠ノ井西
南家 龍門渕
西家 岡山第一
北家 鶴賀学園
東一局0本場 ドラ:{西} 親 篠ノ井西
一巡目蒲原手牌
{三四六八⑥⑧⑨445南北白} ツモ{北} 打{南}
(まずまずってとこかー)
第一ツモで自風牌が対子になった。
打点を考慮しなければ、和了るのは難しくないだろう。
二巡目蒲原手牌
{三四六八⑥⑧⑨445北北白} ツモ{五} 打{⑨}
三巡目蒲原手牌
{三四五六八⑥⑧445北北白} ツモ{4} 打{白}
四巡目蒲原手牌
{三四五六八⑥⑧4445北北} ツモ{二}
(ワハハ、変な形になった……)
{一四七⑦}待ちの一聴向。
ドラもなければ役もない手。
({⑦}引きならリーチ、{一四七356}引きなら{⑥⑧}を落として{北}の目を残すかー)
そう考えて蒲原が{八}を捨てると対面の純が動きを見せた。
「ポン」
観戦室で佳織が目をパチクリさせていた。
「何であのタイミングで鳴くんですか!?」
「さっぱりわからんな」
加治木も首をかしげるしかなかった。
捨て牌
篠ノ井西 {■■■■■■■■■■■■■}
{南一九①}
龍門渕 {七七九九567西西發發} {八横八八}
{1①東3}
岡山第一 {■■■■■■■■■■■■■}
{一東九中}
鶴賀学園 {二三四五六⑥⑧4445北北}
{南⑨白}
五巡目純手牌
{七七九九567西西發發} {八横八八} 打{九}
{西發}シャボ待ちの一盃口ドラドラを崩す鳴き。
常識的に考えればまったくメリットのない行動だ。
次巡、純は篠ノ井西の捨てた{八}をチー。
そして、岡山第一の捨てた{發}で和了った。
『ロン! 發ドラドラ、3900』
純手牌
{567西西發發} {横八七九} {八横八八} ロン{發}
東一局終了時点
一位103900 龍門渕(+3900)
二位100000 篠ノ井西
二位100000 鶴賀学園
四位96100 岡山第一(-3900)
東二局0本場 ドラ:{6} 親 龍門渕
十二巡目蒲原手牌
{123566789南西白白} ツモ{西}
(ワハハ、良いとこ引いたっ!)
{467西白}待ちの一聴向。
うまく嵌れば倍満も見える大物手だ。
蒲原は表情にこそ出さなかったが、内心小躍りしたいほど喜んでいた。
(残り六巡……間に合うかー?)
打{南}
一回戦で晒した醜態。
今回はそれが霞むくらいに活躍してやる。
そう蒲原は気持ちを入れた。
(鶴賀のアホ面の手が進んだ――!)
純の研ぎ澄まされた勘が、危険信号を発する。
同巡純手牌
{一七八九①③⑦⑧⑨89南南}
捨て牌
龍門渕 {一七八九①③⑦⑧⑨89南南}
{2六中4⑥四}
{6發東1四東}
岡山第一 {■■■■■■■■■■■■■}
{北八中九北二}
{發⑦東④五7}
鶴賀学園 {■■■■■■■■■■■■■}
{一⑦⑨三九中}
{七東七⑤六南}
篠ノ井西 {■■■■■■■■■■■■■}
{北中發914}
{⑥一四北3}
(捨て牌からして明らかに染め手……)
蒲原の河には一枚たりとも索子が見えていない。
(――ほっとけねぇ!)
「ポン」
{一七八九①③⑦⑧⑨89} {南横南南} 打{一}
初日が無用のトラブルに巻き込まれるのを避ける為、大将戦開始直前まで再び仮眠室に放り込むことに当の本人を除いて麻雀部一同は意見が一致。
その役目を終えた睦月が観戦室に戻ると、辺りは騒然とした空気に包まれていた。
「ただいま戻りました……って何かあったんですか?」
自身の席に戻ると、隣の席で驚きに目を大きく見開いている佳織に尋ねた。
「あっ、お帰りなさい。……龍門渕の選手が変な鳴きをするんです」
「ああ。今の{南}を鳴くのなら、一巡前に岡山第一の捨てた{7}をチーすれば三色チャンタ聴牌だった」
言葉足らずだった佳織の説明に、加治木が補足した。
そして、河と手牌を見ればわかると続ける。
「{南}をポンだと一聴向のままで、何のメリットもないですよね……」
いったい何がしたいのだろうか?
事態を把握した睦月も頭を悩ませる。
「……いや待て、井上のツモを見てみろ」
十四巡目純手牌
{七八九①③⑦⑧⑨89} {南横南南} ツモ{7} 打{③}
{①}単騎待ちで三色チャンタを聴牌。
「あの鳴きがなければ、この{7}は蒲原がツモっていたはずの牌だ。結果論にすぎないが、井上は蒲原のチャンスを潰し、自分は聴牌するという最高の状態に持ってきている」
敵ながら見事と言う他ないと加治木は目を細める。
「無茶苦茶です……相手の手牌と山の中が見えないと、そんなことできません」
佳織は信じられないと零す。
インターハイにはこんなに非常識な存在が、かように溢れかえっているものなのか。
「そこまで見えているとは思わないが、少なくとも相手の手の進み具合はわかるのだろう。鳴きを入れるタイミングが絶妙すぎる」
私も信じたくはないがなと加治木は眉をよせる。
『ロンだ! 三色チャンタ、2900』
純手牌
{七八九①⑦⑧⑨789} {南横南南} ロン{①}
『ワハハ……』
「智美ちゃん……」
佳織が画面を見れば、自身の幼なじみは純に放銃し、力無く笑っていた。
東二局0本場終了時点
一位106800 龍門渕(+2900)
二位100000 篠ノ井西
二位97100 鶴賀学園(-2900)
四位96100 岡山第一
東二局1本場 ドラ{二} 親 龍門渕
(二局続けて鶴賀の流れを奪った……。そろそろデカイのが来そうだ)
一つ一つはちっぽけで軽い麻雀牌。
だが今は、ずっしりとした重みがある様な気がする。
純は確かな手応えを感じつつ、配牌を開いた。
一巡目純手牌
{二二三四五⑤⑨357東東東} ツモ{④} 打{⑨}
(この勝負、負ける気がしねぇ)
配牌でダブ東ドラドラ確定。
さらに、345の三色の目が見える絶好の手だ。
二巡目
{二二三四五④⑤357東東東} ツモ{③}
(一気に突き放させてもらう)
「リーチ」
打{7}
岡山第一 打{7}
蒲原 打{⑨}
篠ノ井西 打{4}
「ロン! リーチ一発ダブ東三色ドラドラ、24000は24300!」
純手牌
{二二三四五④③⑤35東東東} ロン{4}
東二局1本場終了時点
一位131100 龍門渕(+24300)
二位97100 鶴賀学園
三位96100 岡山第一
四位75700 篠ノ井西(-24300)
――観戦室。
大活躍する純を見て、透華は漫画に出てくるお嬢様キャラの様に高笑いをあげた。
その隣に座る一は頭の後で手を組んでのんびりと構えている。
「わたくし達が圧倒的一位! このままトバしてしまっても良いですのよ!」
「純くん三連続和了かー。ボク達の出番なかったりして」
一はからからと笑いながら告げた。
透華はその言葉を聞いて、中堅の一に出番がないということは、副将の自身には当然出番が回ってこないという事実に気が付く。
これでは目立てない――透華はクワッと目を見開いて、一に向き直り口を開いた。
「それではいけませんの!」
そして再びディスプレイを正面に入れ、本人が聞いたら「オレは女だ!」と必死になって反論しそうな忠告をする。
「純、男なら弱い者いじめは差し控えるべきですわ!」
「純くんは一応女だよ?」
擁護している様に見せかけて、地味に落ち込みそうな訂正を入れた一。
これが迷彩か!? と智紀は愕然としながらも、フォローを入れる。
「……一応は余分」
「キィィ――ッ! 何なんですのー!」
「透華、ボク達すごく目立ってるから止めて……」
しかし、ボソッと呟かれた小さなツッコミは、完全にヒートアップしている透華、それをなだめようと必死になっている一には届いていなかった。
南二局3本場 ドラ北 親 龍門渕
「ロン! タンヤオのみ1000は3本場で1900」
蒲原手牌
{五六七②③④3466} {8横88} ロン{2}
(ワハハ、リーチをかいくぐって何とか止めた……。それに突破口も見えたぞー)
純の快進撃は続き、龍門渕は圧倒的だった。
二位に77900点差をつける首位。
残り二局での逆転など到底考えられない。
だが、まだ蒲原の目には闘志の炎が燃えていた。
南二局終了時点
一位163000 龍門渕(-2900)
二位85100 篠ノ井西
三位80100 岡山第一
四位71800 鶴賀学園(+2900)
南三局0本場 ドラ:{南} 親 岡山第一
一巡目蒲原手牌
{一一二四六七九九③⑨4南南} ツモ{中} 打{⑨}
(前局で確信した。コイツは場の流れを鳴きで操作する、オカルト打ちだなー)
初日が入部する以前の蒲原なら、「ないない」と笑い飛ばしていただろう。
しかし、オカルトな打ち手の存在をこの目でしかと確認した。
純には事実、流れやツキというものが感じ取れるのだろう。
それが蒲原の結論だった。
二巡目蒲原手牌
{一一二四六七九九③4南南中} ツモ{一} 打{4}
(ならチャンスはある……)
南二局3本場、ものは試しとリーチを仕掛けてきた純の{8}を鳴いた。
すると見る見るうちに手は進み、連荘を止めることができた。
三巡目蒲原手牌
{一一一二四六七九九③南南中} ツモ{八} 打{③}
(ワハハ、逆転は無理だとしても、さっきと同じ方法で一泡吹かせてやるかー)
五巡目純手牌
{五六②②③③④④34567} ツモ{6}
打{7}で{四七}待ちのタンヤオ平和一盃口を聴牌。
だが、純は少し手を休めた。
(南二局、鶴賀に止められたせいで流れが二分されちまった……どうする)
蒲原の手にも自分と同じくらい、良いものが来ているはずだ。
純はそう肌で感じている。
(……リーチでゆさぶるか)
蒲原は逆転の目なぞもうないと評しても過言でない、大差の最下位。
敗戦の責任が自身だけに及ぶ個人戦ならともかく、これは団体戦なのだ。
普通の人間なら、これ以上大きな失点はできないと判断し、オリる。
「リーチ!」
打{7}
捨て牌
岡山第一
{西89北⑤}
鶴賀学園
{⑨4③九東}
篠ノ井西
{東北21⑧}
龍門渕
{⑨南⑧二横7}
岡山第一 打{南}
(まっ全員オリるか)
無難に現物を切ってきた岡山第一を見て、純がホッと一安心していると、対面の蒲原が動きを見せた。
「ポン!」
蒲原手牌
{■■■■■■■■■■■} {南横南南}
(なんだと!?)
(ワハハ、かかったぁ!)
六巡目蒲原手牌
{一一一二四五六七八九中} {南横南南} 打{中}
(張った! {二三}待ちの混一ダブ南ドラ3……高め倍満の大物手)
二巡目に純が捨てた{南}。
のどから手が出る程欲しかったが、涙を忍んで見逃した。
もし鳴いていれば、恐らくこの目ざとい対戦相手は蒲原の手の進みを感じ取り、また不可解な鳴きで流れを断ち切ってしまうのだろう。
だから、待った。
純がリーチをかけて、身動きを取れなくなるその瞬間を。
(私には流れが誰の元にあるか何てわからない。でも、お前がリーチするのは、お前自身に流れがある時)
実際には蒲原に対する威嚇の意味もあったので、蒲原が出した答えは、マルではなく部分点のサンカクであった。
しかし、それは決して間違いではない。
事実、純の思惑とは違う結果をもたらすことになる。
(――なら、それをズラしてやれば良いんだろー)
篠ノ井西 打{7}
龍門渕 打{三}
「ロン! 混一ダブ南一通ドラ3、16000!」
蒲原手牌
{一一一二四五六七八九} {南横南南} ロン{三}
南3局終了時点
一位146000 龍門渕(-17000)
二位88800 鶴賀学園(+17000)
三位85100 篠ノ井西
四位80100 岡山第一
(ワハハ、二位まで追い上げたぞー)
南四局は純がノミ手で流し、あっさり終了。
鶴賀学園はトータル-11200で次鋒へバトンタッチとなった。
先鋒戦終了時点
一位147000 龍門渕(+1000)
二位88800 鶴賀学園
三位84100 篠ノ井西(-1000)
四位80100 岡山第一