二回戦開始までの待ち時間。
佳織は対局室のイスに座り、先鋒戦の内容を思い返していた。
残り二局でトップと91200点差の最下位という絶体絶命のピンチ。
そんな状態から倍満を直撃させ、一気に二位まで持ち直す。
蒲原の闘牌は佳織に大きな衝撃をもたらしていた。
半荘終了時点で-11200点とはいえ、異能者と呼称した方が正しいだろう強敵が相手。
同じ立場に自分が置かれたら、その程度で済ませられるとは思えない。
(すごかったなぁ……智美ちゃん)
エースは先鋒に据えるのが主流である。加治木はそう言っていた。
ならば純は正真正銘、強豪龍門渕のエースだったのだろうと、佳織は思う。
だから、今後は純以下の腕前の雀士しか出てこないという可能性が高いとも判断できた。
つまり、ここで差を詰めることができれば……少し特殊ではあるが、エースを一番後に持ってきている自分達が優位に立てるはず。
自分がターニングポイントになるんだと、胸の前で拳を握りしめる。
(勝ちたいな……)
佳織は今まで、体育祭や受験、テストなど勉強以外で他者と競争することはなかった。
両親、そして幼なじみの蒲原という、一部の親しい間柄だけに捕らわれて生きてきた。
鶴賀学園に進学したのも、蒲原がいるからというのが理由である。
そんな流され続ける人生も、麻雀部で揉まれる内に、秘められた闘争本能が刺激され、少し変わった。
以前の佳織であれば、ここで例え大敗を喫したとしても、残念だとは思うだろうが、それほど気にしなかっただろう。所詮、自分はその程度なんだと諦めて。
しかし、今は違う。もし、大量失点でチームの足を引っ張ってしまえば、三日三晩涙で枕を濡らすだろうし、その後、鬼の形相でリベンジに向け練習に励むだろう。
自分が変わったのは、大トリを務める一風変わった友人の影響が大きかった。
(初日さん……)
第一印象はドジな人。
入学式当日、転倒して保健室送りになったその姿を見て、結構ドジである自分のことは棚に上げ、そう思った。
第二印象はずうずうしい人。
麻雀部に入る為にこっそり勉強していると、それを後から覗き込まれ、あることないこと言われた。さらに、初めて卓を囲んだ時は役満でトバされた。苦手なタイプかも思った。
(でも今は違う)
麻雀部に入り、ともに過ごす時間が増えると、部活以外の時間でも彼女に注目する様になった。
そして、気が付いた。彼女が意外と孤独であることを。
睦月以外のクラスメートと談笑する姿を見た記憶がないのだ。
彼女は何をするに当たっても、持ち前の不運でトラブルを巻き起こしていた。最初のうちは周囲の人間も「気にしないで」と済ましていたが、何度も続くうちに「またか……いい加減にしろよ」という態度に変化していた。
今では「めんどくさいヤツ」というレッテルを貼られ、一歩距離を置かれている。
(寂しかったんだよね……)
佳織自身も引っ込み思案な性格故に、親友とまで言える存在は幼なじみの蒲原ただ一人。寂しいと感じたこともある。
だからこそ、自分にちょっかいを出してきた初日の行動が理解できる。
昨日、初日の家で見たアルバムでさらに確信を深めた。
家族以外と写っていたのは、麻雀教室の生徒達だけ。
麻雀を通してなら、人と分かり合える。そう初日は思っていたのだろう。
だから、麻雀を始めようとしていた自分を見て、声を掛けてきた。
好きな子の気を引こうと、ついいじわるしてしまう小学生を見ている様で、ほほえましさを覚える。
妹ができたみたいだと佳織は思った。
そして、蒲原が自分が独り立ちするまで守ってくれたのと同じで、初日を支えてやるんだと決意する。
今回の半荘が勝負だった。
(お姉ちゃんなら良いところを見せないと!)
――同時刻の対戦室。
パタンとノートパソコンが閉じられる音が聞こえた。
一が振り向くと、そこにもう持ち主の姿は見あたらない。
「ともきー行ったみたいだね」
(大丈夫かなぁ)
一は智紀を心配する声色で透華に話しかけた。
智紀は元々、所謂ネトゲ廃人と言われる人種で麻雀とは無縁の生活を送っていた。
ネトゲで養われた瞬間的判断能力に目を付け、強引にスカウトしただけで龍門渕高校麻雀部の中では最も経験が浅い。
その分伸びしろがあるとも言えるが、小学生時分から既に麻雀にどっぷり浸かっていた自身達と比較すると、どうしても現時点での腕前は一枚落ちる。
「大丈夫、あの子のがんばりはわたくしが一番知ってますわ!」
心配する一に、智紀は問題ないと透華は太鼓判を押した。
「でも……」
まだ不安そうなそぶりを見せる一に、対局室から戻ってきた純が一言付け足す。
「あいつは分析厨だからな。データのある相手にはそうそう負けねーよ」
「純くん……」
「だから勝つことを信じて、どっかり構えてりゃ良いんだよ」
そう言って純は背もたれに体を預けた。
「そうだよね」
仲間を信じる。何と単純な事だったのか。
(ボクはそれを一度壊してしまったから……)
と一は関心しつつ、戻れぬ過去に思いを馳せるが、
「さすが殿方。言うことが違いますわ」
「オレは女だっ!」
そんな空気をぶちこわす漫才を透華と純は繰り広げていた。
(締まらないなぁ……)
東南戦 アリアリ 喰い替えなし 先鋒戦の点数を持ち越し
東家80100 岡山第一
南家88800 鶴賀学園
西家147000 龍門渕
北家84100 篠ノ井西
東二局0本場 ドラ:{五} 親 鶴賀学園
「リーチします!」
六巡目、親の佳織からリーチがかけられた。
「チー」
智紀はその牌をすかさず鳴いて、一発消しを行った。
捨て牌
鶴賀学園 {■■■■■■■■■■■■■}
{二東①三9}
龍門渕 {四六七③④⑤55666} {横六七八}
{一東8西9}
篠ノ井西 {■■■■■■■■■■■■■}
{⑧⑨九白五}
岡山第一 {■■■■■■■■■■■■■}
{21白中4}
(鶴賀の人は素直な打ち手……)
解析した一回戦の牌譜、そして二回戦のここまで、佳織が意図的に捨て牌に迷彩を凝らした様子はなかった。
恐らく今回も純粋に当たり牌が多い待ちか、打点を考慮した待ちに構えているはず。
{三六}が切れており、{四五}の形はまずない。
かなり強引な読みだが、{五六六}か{六六七}の状態から{六}を切り出した可能性が高いと智紀はヤマを張った。
六巡目智紀手牌
{四六七③④⑤55666} {横六七八}
({四七}か{五八}待ち……。オナ聴になる可能性も高いけど)
打{5}
智紀は打{四}で聴牌にとらず、無スジの{5}を切りトバした。
何とも中途半端な打牌である。
いくら一発が消えているとはいえ、打点の見込めない手牌で親リーに押すのはどうかしている。
現物の{六}を打ってオリるのが大抵の場合は正着だろうし、攻めるのなら{四}切りで聴牌をとるべきだろう。
だが、誰に何と言われようと、読みを駆使して攻めるのが智紀のスタイルだった。
(振り込むよりはマシ)
――観戦室。
鶴賀学園麻雀部一同は三者三様の困惑を表した表情を浮かべていた。
「完璧に待ちを読まれてますね……」
「早まったか……。別段即リーで問題ない手牌だが、打点は十分ある。ならば、いっそ三色目の出る{5}を引くまでダマでも良かったかも知れない」
「ツモれば問題ないし、曲げれば一発と裏が乗る可能性があるから、佳織は間違ってないと思うけどなー」
佳織手牌
{五六②②⑤⑥⑦234678}
メンタンピンドラ1、出和了りなら11600、ツモ和了なら4000オール。
加治木が言う通り、{5}引きで高め三色の目もあった。
だが、親番ということもあり、佳織は待たずにリーチをした。
親リーのプレッシャーというのは計り知れないものがある。この局で和了れないとラスが確定する等、特殊な状況を除けば子は中々勝負には行けない。
「げっ……」
蒲原が表情を引きつらせた先には智紀の手牌が写っていた。
九巡目智紀手牌
{四六七③④⑤5666} {横六七八} ツモ{四} 打{5}
「めくり合いになったな」
{五八}待ちのタンヤオ。
佳織の当たり牌である{四七}を引いても、シャボ待ちや単騎待ちに移行することができる。
そして十巡目。
『ツモ。タンヤオドラ1、500・1000』
智紀手牌
{四四六七③④⑤666} {横六七八} ツモ{五}
「あっさりツモられちまった……」
画面の中の佳織は目に見えて落ち込んでいた。
それを目にして蒲原も表情を曇らせる。
「でも、あまり気にしなくてもいいんじゃないですか?」
「そうだな。今日、佳織はまだアレを和了っていない」
しかし、睦月と加治木はのうのうと構えていた。
緊張感のかけらもなく、第三者の試合を観ている様でもある。
彼女達にとっては、ある意味今日一番安心して観られる試合だったから。
「ワハハ、むっきーとユミちんの頭がおかしくなってしまった……とは言えないんだなー、これが」
少し焦りすぎたかと、蒲原は二人の態度を見て落ち着きを取り戻した。
一番付き合いの古い佳織が相手になると、どうしても冷静さを欠いてしまう。
身近に
「大船に乗ったつもりでドンと構えておくかー」
その頃の仮眠室内。
初日は布団に寝転がりながらも、スピーカーのボリュームを上げ、実況中継に耳を傾けていた。
夜更かしをした訳でもなく、朝っぱらから3時間半も余分に睡眠を取ったのだ。
眠気なぞ毛ほどもない。
『リーチですっ!』
『鶴賀学園妹尾、三局連続の先制リーチとなりました! 龍門渕の独走を止めたい鶴賀、この局こそという気持ちが入っているでしょうが……どうでしょう、解説の
『鶴賀が真っ正直すぎるのもあるが、龍門渕を筆頭に他三校は読みが鋭い。出和了りはあまり望めないだろう』
この場では声しか聞こえないが、佳織が今どんな表情をしているのか、初日は鮮明に思い浮かべることができた。
三局連続で張っていながらも、躱されて和了られるというのは、麻雀部に始めてきたあの日と被る。
ポーカーフェイス? 何それおいしいの? と言わんばかりに鼻息を荒くして打ち込んでいるのだろう。
佳織の麻雀には全ツッパとベタオリの二つしかない。
相手に楽をさせることになるから、回し打っている様に見せかけながら、ベタオリしろと加治木に指導されているので、牌譜を研究しない限り同卓者にはわからないだろうが。
だからこそ、守備型の相手との相性が抜群である。
常に安牌を抱えつつ打っていると、どうしても棒聴即リー少女である佳織にスピードで負けることが多くなる。
後手後手になると、佳織の勢いは止められない。
『ロン。發のみ、2000』
『龍門渕沢村、三連続和了! 三度、鶴賀学園妹尾のリーチを躱しました!』
だが研究熱心な相手や、観察眼に優れる雀士が相手になると少し立場が悪くなる。
真っ直ぐに和了りに向かっていることがバレてしまうと、捨て牌からある程度手の予測が付く。
そうなれば、危険牌を止め回し打つことが容易になり(比較的にという言葉が付くが)、スピードの差を埋められてしまう。
(相手は前者か後者か、はたまたその両方か……)
どちらにせよ厳しいことに変わりはない。
初日は枕に顔を埋めて、脚をバタバタさせる。
(でも……今日はまだ佳織爆発していないって、言ってたっけ)
お昼休みにみんなでお弁当をつついていた時、一回戦の内容を聞いたが、佳織は普通に勝った様だった。
なら大丈夫と、初日は胸をなで下ろす。
(四万点差までなら、どこかで……)
南三局終了時点
一位168500 龍門渕
二位81000 篠ノ井西
三位75700 岡山第一
四位74800 鶴賀学園
終始、智紀のペースで進められた次鋒戦。
龍門渕が他校に圧倒的大差を付けてオーラスへと入った。
そして配牌を各校が開いた時に、観戦室が大きくどよめく。
「やれやれ、今回は遅かったな」
「何なんですのーっ!」
「オイオイオイ! あんな配牌初めて見たぞ……」
「透華……落ち着いて……」
「何だありゃ?」
「智紀ーっ! 智紀ーっ!」
「ワハハ、笑えてくるなー」
「ここで叫んでも伝わらねぇよ」
「部長はいつも笑ってますよね……」
南四局0本場 ドラ:{6}
佳織配牌
{九7東東東南南南西西白白中}
字一色、ツモ次第では小四喜や四暗刻も複合しかねない牌姿。
佳織に、一日一度だけ許される奇跡の塊だった。
九巡目智紀手牌
{七八九九②③④666北北北} ツモ{9}
(……鶴賀の人が張ったかな)
捨て牌
篠ノ井西 {■■■■■■■■■■■■■}
{九①2中七發}
{3七1}
岡山第一 {■■■■■■■■■■■■■}
{中⑨①3④5}
{六9一}
鶴賀学園 {■■■■■■■} {■東東■} {■南南■} カンドラ{九}/{九}
{中⑧三⑥五發}
{六中7}
龍門渕 {七八九九②③④6669北北北}
{①⑧⑨一西五}
{四⑨}
({9}……いらないけど、これは捨てられない)
染め手は、染め色の数牌が出てくれば聴牌と考えるのがセオリーである。
九巡目、手出しでこれまで一枚も見えていなかった索子が捨てられた。
佳織が聴牌していないと考えるのは、あまりにも楽観的すぎるだろう。
({北}の暗刻落とし……? いや、念のため止める)
出和了りを考え、{北}単騎に待ち構えている可能性もある。
ここまで自分のペースで引っ張り続け、元々多かったリードをさらに増やした。
既にオーラスを迎え、攻める必要もない。
振り込まず、次へと回すことが重要だと考え、智紀は{九}萬に手を伸ばした。
{八}は自分の手に一枚、王牌に二枚見えている。
なので{九}はワンチャンス。さらに、篠ノ井西の現物でもある。
ドラとはいえかなり安全度は高いし、聴牌も維持される――最良の手段。
そう判断した智紀が、{九}を河に置いた瞬間、佳織の手牌が倒された。
「ロン!」
佳織の天真爛漫な笑顔が、このときばかりは悪魔の笑みに見えた。
佳織手牌
{九西西西白白白} {■東東■} {■南南■} ロン{九}
「――四暗刻単騎! 32000です!」
次鋒戦終了時点
一位136500 龍門渕
二位106800 鶴賀学園
三位81000 篠ノ井西
四位75700 岡山第一
観戦室は静寂に包まれていた。
あまりのことに誰も声が出てこないらしい。
聞こえるのは、スピーカーから流れるアナウンサーと解説のプロ雀士の会話だけだった。
『鶴賀学園妹尾、オーラスで役満炸裂! 龍門渕との差を一気に詰めました! 南浦プロ、今のはどう思います?』
『九萬単騎に待ち構えたのは良かったな。あの配牌なら字一色を見据え、数牌から落としたくなるが、よく我慢した』
『なるほど、他には何かありますか?』
『暗カンも中々いやらしい。二副露された状態であの捨て牌なら、誰もが混一を疑う。当人にその意図があったのかは微妙だが、あえて見せることによって染め手の幻影を作り出した』
佳織の特異性は、日に一度だけ役満を和了ることができる、という単純なもの。平日に半荘五戦やっても、休日に十五戦やっても結果は変わらず、佳織は一度だけ和了る。
ある日、佳織には伝えない様に全員で示し合わせ、半荘一戦だけで止めにすることにして対局すると、やはり佳織は役満を出した。
そして全員が確信したのである。これはこんな生き物なんだと。
強力ではあるものの、狙って出すことはできないので、計算には入れられない。地の雀力の未熟さも手伝い、エースポジションとはほど遠い存在。
一日一回という制限があるので、日に十~二十戦も対局する個人戦ではそれほど役に立たない。少しスコアを稼げるだけだ。
でも、残り一戦しかない状況なら――魔物にすら打ち勝てる可能性を持つ鬼札。
無論それはあくまでも可能性止まりである。
今の佳織の腕前なら、32000点以上を失う確率の方が高いので、次鋒に甘んじているのだが。
「私も後輩に負けてられないな」
加治木は良いもの見せてもらったよと、満足げな表情をして立ち上がりスカートの裾を払った。
興奮冷めやらぬという様子で、ほんのり頬を桜色に染めている。
「ユミちん、もう行くのか?」
「あんなものを見せつけられたら、居ても立っても居られない。早めに席に着いて頭を冷却しないとな」
鶴賀学園の頭脳担当――加治木ゆみが立ち上がる。