とある中佐の悪あがき 作:銀峰
「ユーさん。もうやめよう?私と一緒に全部ほっといて、どこか遠くに逃げよう」
彼女の言葉を咄嗟に否定しょうとしたが、それも出来なかった。
すとんと、腑に落ちてしまったのだ。
誰がこの子の幸せを否定できるものか、それに否定しまったら彼女との関係が切れてしまう様な気がした。
ああ、俺は確かにこの月での生活が気に入っていたのだ。
「……それも良いかもな」
「本当?じゃあ……何処に行こうか?オーストラリア?アメリカ?それともニッポンもいい……」
「あぁ……でも今じゃない」
「……」
「今日オサリバンとも話がついたんだ。それにデラーズ閣下やアクシズとの話も付いている。
そうだ。うまく行きすぎている。一年戦争じゃ精々俺の力では、ドムの早期開発ぐらいしかできなかった。それが今やアナハイムにも協力を取り付けて、しかも時間も資金もあるときた。分からないじゃないか!やってみないことには!ここで引く理由がないんだ。
「そんなの誰かに任せてしまえばいいじゃないか!ユーさんがするべき事じゃない」
「それは……」
言葉に詰まる。心の中を掻きむしられるような激しい焦燥を感じる。
一方で、もういいんじゃないか、ここでやめても。もう一人は、そう鎌首をもたげてくる。そうやめるべきだ。そう思っているのに。言葉が急に固い木片にでもなったかのように咽喉につかえていた。
「最近夢に見るんだ。青い球体から言われるがまま、出てくる黒いものを撃ち落とす夢。その黒いものを撃ち落とすたびに、誰の意思が記憶が。わかるんだ。憎しみ恨みその輪の中にユーさんが引きづり込まれて、私だけ助かる。そんな夢」
「……前にも話してくれた奴か」
「……いや、嫌だよ。私にはユーさんだけなんだ。クーディが、私をすがったように。……私にはユーさんしかいないんだ」
「……っ」
ぽたと水音がした。彼女の小さな体が、震える。
分かった。たったその一言が口にできない。だってどうする。ここは宇宙世紀だ。何度も大きな争いがここから続く。地球圏宇宙の至る所で、戦果が広がる。ここ月だって、安全ではない。ましてや、彼女の才能は稀有だ。各機関の奴らが放っては置かないだろう。ニュータイプとは、祝福では無く、呪いだ。俺だけならどうとでもなるだろう。そこらで野垂れ死ぬとしても、それは俺の人生だ。だけど、彼女は違う。辛い過去を歩んできたのだ。幸せに生きてほしい。その権利が有る。無いとは誰にも言わせはしない。
それには体制を変えるか、力を得るしか無い。連邦にも負けない力。
頭が痛い。
頭がどうにかなってしまいそうだった。
「……なにも、言ってはくれないんだ。いい分かった。でもこれだけは教えて。どうしてやめられ理由があるの?それとも私のことが嫌いかい?」
「嫌いなわけがない!」
即答だったりそれだけは、違う。体を入れ替えて、彼女を視界に入れる。
「ならどうして?そんなに難しいこと?私じゃ役に立たない?」
「……いや」
瞳がびっくりするほど深く澄み渡っている。透き通っていながら、底が見えないくらい深い泉のようだ。長くのぞき込んでいると、中に自分が吸い込まれてしまいそうだった。
言って信じられるだろうか、それに前世などと。俺もお前も所詮別世界の人間だなんて、言えるはずもない。……言ったところで信じてはくれないだろう。
「……信じられてなかったんだ。私」
「……そんなことはない」
「嘘!嘘だよ!何も言わないのに……!信じてくれだなんて都合が良すぎるよ!私エスパーじゃ無いんだよ!」
全身で怒りを表現していた。立ち上がり後ろに下がっていく。明確な拒絶の姿勢。頭をガツンと殴られたかのようだった。
「……言ってくれないと、分かんないよ」
その一言を最後に彼女は、家を出て行ってしまった。この狭い空間を静寂が戻ってくる。やはり彼女を信じられなかったのだろうか?言えなかったと言うことは、やはりそう言うことなのだ。ふらふらと、出て行った彼女の残滓を追いかけるかのように玄関に向かう。その途中で、何かを踏んですっ転んでしまった。強かに顎をぶつけてしまった。
「……痛っ。なんだこれ」
頭が先程とは違う意味でクラクラする。何しているんだろうか。そしたら何故か無性に泣けてきた。何をやっているのだろうか。
苛立ちをぶつけるかのように、踏ん付けた物体をみる。キャンディ型のチョコレートだった。
「……今日買ってきたやつだ」
折角仕事がうまく行ったので記念にと。少し高めのチョコを買ってきていたのだ。二人で食べようと。バタバタしていたのですっかり忘れていた。チョコは時間がたった為か少し溶けており、無惨に砕けてしまっていた。勿体無いので、踏んづけてしまったチョコレートを一つ口に運ぶ。甘党の彼女のために甘いチョコレートを買ってきたはずだったが、少し苦く感じた。
「……このままで良いはずがない」
いや、今からでも間に合う。追いかけて、話してみよう。そしてチョコレートでも食べよう。そう遠くには行っていないはずだ。
「よし」
そうと決まれば急がなければ、玄関を開けた。ところで異変に気づいた。連邦軍の軍服を着た男達が、アナハイムの制服を着た男と問答をしていた。あれはアナハイムの連邦シンパの男か?どうしてここに。連邦軍の軍人は全員銃を持っていた。後方に軍が使っているジープの姿も確認できた。まだこちらには着いていない、
数回やりとりをしたのち、スーツ姿の男がこちらの方向を指さした。
まずい。
どうやら狙いは俺らしかった。オサリバンが告げ口したのか、それとも連邦シンパの男の独断か、分からなかった。ただ一つわかるのはこのままではまずいと言うことだ。
「……クーディは?」
もしかして捕まってしまったのかも知れない。それも探る必要がある。扉をゆっくりと閉め、間に先程の舗装紙を挟んでおく。これに気づいた奴らが少しでも罠と警戒して止まってくれれば良いが……気休め程度だろう。クローゼットの隠し引き戸を開けて中の銃器を取り出す。狭いところに隠すために、銃身を短く切ってあるマシンガンを取り出す。弾倉と弾薬、通信機を入れたバックを背負う。その時床に落ちてしまった複数のチョコレートが目に入った。数個拾ってポケットにねじ込む。
「クーディのことは、分からないはずだ」
無事だろう。無事であってくれ。
壁にへたり込むようにして座り込む。そう信じたかった。
狭かったはずの部屋は、今はただ広く。そして何の返事も返してはくれなかった。
「くそっ!」
真夜中の街中。二人の男が肩を組みながら歩いていた。一人はアナハイムのつなぎをきた男。もう一人は眼鏡をかけており、シャツ一枚にラフな格好をした男。肌は真っ白くいかにも、不健康です。といった見本の様な男だった。
一人の男が悪態を吐きながら、道端のゴミ箱を蹴飛した。中に入っていたゴミが周りに散乱する。周りの通行人が嫌そうな顔をするが、直接たまに入ったりしない。男達が酒臭かったのも有るが、この町では酔っ払い変な行動をすることは日常茶飯事だ。
「おれら、アナハイムのエヒートなんだ。何が連邦のパイロットだ。たかがジオンの奴に負けやがって」
「耳元でがなりたてぇわなぁ。ういせぇ、」
一人は、先程の模擬戦の立案者だ。うまくいかなかったストレスを酒に逃げることで心の平穏を保とうとしていた。もう一人は、そこらへんの店で、会って何となく意気投合して行動を共にしていた。名前も聞いたが、どうせ一夜の中だ。もうお互いにお互いの名前を覚えてはいなかった。
「いや、それも仕方ねぇか、何せ……奴はジオン軍の将校様なんだからよう!にゃははは!」
「ジオンの将校ときたか!お前やっぱり面白いな!何が将校だ!アナハイムにしょうこうが行くもんか。……って俺の話だよ。連邦軍に俺の有能さを売り込んだ訳!強化人間の第一人者だって!でも実物がねぇと信じられないの一点パリ。やってられねぇよなぁ」
眼鏡の男が囃し立てる。が、正直男の耳には右から左だった。
考えるのは今日の出来事。
全て聞いていた。最初は出来心だった。オサリバンの隣でモニタリングしていたのだ。二人の会話が耳に入った。オサリバンはヘッドホンをしていたし、全て聞こえた訳ではないがあの単語。ちゅうさ。
『状況終了だ。二人は降りてこい。あと……ちゅ○さ○○○○○へこい』
聞こえたのだ。聴こえてしまった。彼も伊達に兵器開発を行なっている一員なだけない。中佐の文字が意味するところは分かる。ジオンのモビルスーツに精通している。しかもあの戦い方、それなりの戦場をくぐり抜けていたのだろう。
「そりゃ勝てまへんなぁ。なーにがユーセルだ!」
「ん?誰だそれーきいたことあるようなにゃいのうな」
「なんて?わはは」
もはや自分でも何を言っているか、わかっていなかった。一通り叫び終わると、喉が渇いた。手に持っていた瓶を一気に飲み干す。瓶を飲み干すと、強い酩酊感に襲われ、気分が良くなった。まだまだいけそうだ。
「だからぁ、連邦軍に売り込んだんだけど、ニタ研だってぇ。月の施設は取り押さえられてるしぃ」
「ん?何処だここ」
「聞けよお」
気付かぬうちに街を出て、しまっていた様だ。アパートが、乱立しているところに出た。ここも、戦争の被害者の名残りだ。他のサイドから越してきた奴らが暮らしている。普段は立ち寄らない様な所だ。
「誰かに任せてしまえばいいじゃないか!ユーさんがするべきことじゃない!」
引き返そうとしたところで、ふと男女が争っている声が聴こえた。
「ん?誰だこんな時間にうーん……見に行ってみるかぁ」
「ええなぁ」
もはや自分でも分からなかったが、ふと気になってしまった。ただ歩くのも疲れた。酒のせいで気が強くなっていたのも有るかもしれない。ふらふらとした足取りで、声のする方向に向かった。
そこで見てしまった。今日の忌々しい相手が。そして揉めている白髪の女。歳は14.5ぐらいだろうか?何か揉めている様だった。
「あれはジオン野郎、連れがいたのか」
「……あれは、もしかしてMAN-08の……なんでこんな所に」
「あぁなんだって?」
眼鏡の男は、「……My treasure」とか「いや。これは福音だ。神はやはり私をみていた」とかなんとか、ぶつぶつと呟き、全く話を聞かない状態になってしまった。こいつは研究者だと自分で名乗っていたが、研究者という人種は皆こうなのだろうか?
「……通報しよう。連邦軍に」
「あぁ?」
急に顔を上げたと思うと、第一声がそれだった。
「あの子は私の……なんにするか。……そうだな。養子だ。数ヶ月前に、ジオンの宇宙突撃軍のとある中佐に誘拐された」
「おいおい。随分と胡散臭いな。で?とある中佐って?」
随分と胡散臭かった。攫われたとの証言も疑わしかったし、第一養子との関係性を言うだけで何故考える必要があるのか?だがあえて聞いた。
うさを晴らす理由も考えてはいたし、誘拐犯それに、その犯人が元ジオン軍人だったら、連邦軍が動いてくれると言う目論見もあった。酒にやられた頭でぼんやりと考える。俺たちは正義のヒーローだ。
眼鏡の男が、その名を読んだ途端。男は歪な笑いを浮かべる。決まりだ。二人は呟くと、何処かに電話をかけ始めた。
もしもし。連邦軍ですか。情報提供です。すぐにきてください。ジオン軍の将校を発見したのですが……ええ……ええ。住所は……