とある中佐の悪あがき 作:銀峰
チャイムがなった。
『近所で事件がありまして、2、3個お聞きしたいことがあるのですが』
「分かりました」
応えたが、玄関には向かわなかった。玄関から死角になる位置に移動。部屋の電灯のスイッチに指をかけ、目を瞑る。ひりひりと肌を焼く様な殺意。とても2.3個の問答で終わる様な雰囲気では無かった。
10秒ほど経過した頃
ベランダに面した窓が突然割れ、手榴弾が飛び込んできた。いや、催涙弾だ。1秒とおかずに、催涙ガスを吹き出した。
催涙弾の次に黒と茶のノーマルスーツで、身を固めた男が飛び込んできた。こちらからはメットの中は見えず、サブマシンガンで武装している。
突入を確認したのち、俺はリビングの明かりを消して発砲した。
突然の暗闇のせいで侵入者の反応が遅れた。まともに銃撃を受け、その場に崩れ落ちた。催涙ガスをものともせず、別方向からの敵に備える。
まだ来る。玄関の先から複数の銃声が聞こえた。ドアの蝶番と取手を銃で弾き飛ばしたのだ。
ドアを蹴破り、玄関から二人の侵入者が押しかけてきた。薄暗い催涙ガス渦巻く霧の向こうに、黒と茶のパイロットスーツの影が二つ見えた。サブマシンガンで武装している。
「武器を捨てろ!」
先頭の一人が警告する。口ではそう言いながらもその動きは明らかに警告では無かった。部屋にいるこちらに向かって銃口を向ける。撃つ気だ。それの返答は銃声だ。弾倉に残っている弾を全弾叩き込む。短い悲鳴の後、侵入者が倒れた。ベランダ、リビング、玄関、全て見回ったが、他にそれらしき敵は見当たらなかった。
「……あぁああぁ……!目が、目がぁぁ」
いや通路口で、顔面を押さえて転げ回っている男がいた。涙で顔がぐしゃぐしゃだ。催涙ガスをモロに顔に受けてしまったのだろう。その男はアナハイムの制服を着てた。直ぐには思い出せなかった。
「……そうだ」
連邦シンパの模擬戦を提案した奴だったか。忘れていたわけでは無かったが、すぐには思い出せなかった。色々ありすぎた。今日の出来事のはずだったのにいやに昔の出来事に感じた。
「何でこんなところに、こいつが言ったのか?おい、返事しろ」
「目があぁぁ!」
「……はぁ」
近所の目も気になる。泣き叫んで転げ回り、とても話ができる状態では無かった。ため息をつき、男を引きずり、部屋へキッチンに向かう。キッチンの換気扇をまわし、頭から冷水を被せてやる、
「かはっ……つ、冷た!ゴホ」
訓練を受けてない民間人には辛いだろう。しばらくは話せないとみて、玄関に倒れた侵入者に歩み寄る。スーツが優秀だったのだろう、胴体部に受けた弾は貫通していない様だったが、頭部に弾を受け、即死していた。
「……」
一瞬憐憫の様なものをいだいたが、直ぐに消えた。あちらもこちらを殺そうとしたのだ。殺さなければ、殺されていた。
慣れているつもりだったが、あまり気分の良いものでは無かった。
「……」
ヘルメットを外して、顔を見る。30年台ほどだろうか、驚きで目を見開いたまま虚に空を見つめていた。手を合わせて、目を閉じてやる。どこぞの特殊部隊だろうか?
他も調べたが、何も分からないということが分かった。
身分が分かるものは何も持っておらず、部隊章もドックタグもない。他の二人もだ。
ようやく落ち着いたのか、先程引きずってきた男が、キッチンから顔を出した。まだ痛いのだろう。都合が良いことに、目は開けてはいなかった。
「あ、ありがとう。あなたは一体……?」
「んっんん……私は連邦軍の部隊のものだ。質問に答えてくれないか?」
「あぁ…はい……」
少し喉を押さえて、一段低い声を出す。こちらの方が何かと都合が良さそうだった。
「名前は?通報したのはお前か?」
「ゆ、ユァンです。は、はい。そうです。私が通報しました。ジオンの将校がここにいるって……彼は、ユーセルの野郎は」
「……そうだ。抵抗したので、殺したよ」
「そ、そうですか、でも仕方がないですよね。あいつが悪いんだ。ジオニック社の奴だからって、途中で何の苦労もなく入社して、あいつらなんてただの金食い虫だ。いなくなってせいせいした」
ユァンと名乗った男の独白は続く。途中から喜色が混じって来ていた。よほど嬉しいのだろうか。
「そうだ!俺は正義だ!ジオンの奴らは地球にコロニーを落とした悪魔だ!これは正義の行いなんだ!殺されて当然の……」
「……黙れ」
それ以上は聞くにに耐えなかった。確かに俺たちは何と言われようが、人殺しだ。綺麗だなんて思っちゃいない。俺の手は汚れている。だがお前はどうなのだ。自分の手も汚さず、人の手を借りて、何が正義だ。ここでお前も撃ち殺してやっても良いのだぞ……!
ドス黒い感情が胸を支配する。
「……さむ」
室内に冷たい風が入る。ドアも窓も破壊されているためだ。
部屋を見る。あれほど綺麗に掃除されていた室内はあちこちが歪み、床には砕けたガラスが散乱している。ベランダに飾ってあったクーディが大切にしていた花も踏みつけられ、もう原型を留めてはいなかった。
「クー……もう一人女の子が居たはずだ。その子はどこへ行った」
「あぁ……彼女の事は分からない。もう一人俺の連れがいたんだが、そいつが軍人さんと一緒に連れていっちまった」
「どこに行ったか分かるか?」
「し、知らない。あんたらの方が詳しいんじゃないのか?連邦軍なんだろう」
「……質問しているのはこちらだ……民間人にこれ以上は言えない。それ以上は詮索するともう一つ死体が増えることになる」
「わ、分かった」
わざと大きな音を立てて、銃のスライドを引く。我ながらくるしい言い訳だと思ったが、ユァンは信じた様だった。こくこくと怯えた様に頭を動かす。
「他に知っている事は?何でも良い」
「えっと……そ、そうだ!確かMAN-08とか彼女は私の養子だ。だとか言っていた!本当です。……お願い。撃たないで」
「……っ!」
MAN-08といえばエルメスの形式番号だ。クーディを見て、直ぐにその番号を出てくる奴は、そんなにいないだろう。元ジオンでフラナガン期間出身の人間だ。そこまで分かっているのなら、攫われている可能性が高い。フラナガン機関は確か……月のグラナダ辺りだったか?こんなことになるならそれも調べておくべきだった。
「……分かった」
これ以上彼からは有益な情報を引き出す事はできないだろう。急がなければ、新手も心配だ。派手に暴れすぎてしまった。あたりには並ばれた三人の遺体と怯えた男が一人。ユァンも目が見える様に慣ればこの惨状を目にして、明らかにおかしいことを悟るだろう。質問していたのは誰だったのか、何を探られたのか、色々吐くことだろう。放置しておけない。
「仕方ないか……」
そばに置いておいた弾薬類の入ったバックの中から、メディカルポーチをだす。ガーゼ、痛み止め、無針注射器の、セット。今日飲んだアルコールが入った瓶が落ちていた。
「……いたい」
手首に、食い込む様な痛みで目が覚めた。
(……ここはどこ?)
白いコンクリートで塗装された壁。手の平サイズの小さな小窓から差し込む光。どこかの建物の一室のようだ。ベット脇に点滴のスタンド。医療用のモニター。心電図のコードがどこかにつながっていた。波が痙攣するようにはね、無機質な電子音を奏でていた。
「目が覚めたか」
男の声がした。その男の声を確認する事はできなかった。身を起こそうとするだけで、頭に酷い頭痛が起きたからだ。手足を動かして、頭を押さえる。手の先からじゃらじゃらと、金属の輪っかを擦る様な音がした。
「安静にしたまえ。安定剤を打ったばかりだ。しばらくは頭がぼーとするはずだ」
「……ここは?」
苦労して身を起こす。頭がズキズキと痛かったが、どうやら身体は何事もないようだった。手に手錠をつけられている以外は。
身体を起こした事で男の姿が目に入った。連邦軍の制服の上に白衣を羽織っている30代くらいの男だった。
「……あまり動くな」
「教えてくれないかい?ここはどこ」
「安静にと言ったのだがな」
男ははぁ、とため息をついて肩をすくめた。
私がなぜこのようなところにいるのか、ここに至るまでの経緯を全く思い出せなかった。
「……一般市民から通報があった。ジオン軍の将校が私の養子を誘拐していると。それで我々が保護したという形だ。保護してから1日は立っている。1日も寝ていたのは保護する時に使った薬の副作用だろう。その間に色々と調べさせてもらった」
これで満足か?とでもいうようにそれだけを言い切って、男は部屋の隅に設置されている椅子に座り込む。横柄な態度だった。
「……」
自分をよく見ると、青の患者服を着ていた。ご丁寧にブラまで外されている。慌てて胸元を押さえる。遅いのは分かっていたが、こんな無防備な格好を他の男に見られたくはなかった。
「……安心しろ。脱がせたのは他の女性スタッフだ。色々調べたいこともある」
「……ここから出して」
「それはできない。言っただろう。調べる事があると」
「……何を?」
「色々とだ」
男は今度こそ何も言わずに、ヘルメットのようなものを取り出し、見せつけるようにプラプラと振る。見た事があった。これはフラナガン機関の……
押さえつけていた記憶がフラッシュバックする。実験の日々、それは決していい記憶とは言い難かった。
「…あ、あぁ」
「……知っているのか?まぁいい。数時間後には結果が出る。大人しくしているんだな」
男は無機質な目で告げた。