とある中佐の悪あがき 作:銀峰
浮かぶ掌から放たれた光が、彼の……ユーセルの乗る機体が閃光に包まれるのを見た。見てしまった。
「うぁ……ぁ……う、そ」
声にならない悲鳴が、クーディの口から漏れた。だが現実は彼女の言葉を否定する。
脇から背部にまでぽっかりと空いた大穴は、向かい側の景色まで一望できた。彼の乗る機体は糸が切れた人形のように、瞳は輝きを失い、懸命に敵を押し返そうとしていた手は力なく地に堕ちた。
__ああ、もう!要はお前を幸せにしてやるって事だ。
言い切った後、照れ臭そうに自分の頬を掻いた彼。
その時はまだ全然気にもかけてなかった。まぁ。ついていっても面白いだろう程度の軽い考えだった。
「嘘だよ。だって言ってくれたじゃないか。だってっ……」
__助けに来たぞ。ごめんな。遅くなって。
そう言って、光の中からこちらに手を差し伸べた彼。
普段は優しくておちゃらけた彼だけど、恥ずかしくてまだ言えないけど……死ぬほど恰好良かった。
……どれだけ私の心を乱せば気が済むのだろうか?この男は。
「助けに来て……くれた……のに」
__お前が来たせいで俺は死ぬ。全てお前のせいだ。
いつか見た悪夢。それは嫌な予感と共に現実を侵略する。
白の機体が何かを探す様に、周囲を見渡す。ゆったりと、緩慢に見えるほど遅く動かされた一つ目の化け物は、そして彼女と目が合った。己の意思とは無関係に額におおつぶの汗が滲み、脚がすくんだ。
その時誰かの声が、脳裏から耳裏を抜けていった。
(……君は生きろ)
それは間違いなく。彼の想いに感じた。
俺はここまでだ。後は、俺の仲間がどうにかしてくれる。君は好きに生きろ。一つの不器用な言葉。死に際に放った、彼の最後の断末魔。
「クーディ逃げよう。あれは……だめ」
ペッシェが逃げようと言う様に、クーディの手を掴んだ。それは正しい選択だろう。
ここで全員死ぬより、生き残れる者は生きるべきだ。彼女の言葉にはしながったがその想いが透けて見えた。
「……クーディ?」
長い沈黙。一向に行動を起こそうとしないクーディに戯れ、ユーセルが示した方向に誘導しようとする。
クーディは、その誘いを振り払う様に腕を振った。
「……いやだ」
「……クーディ。もう彼は」
彼女が言った言葉が理解できないと、いった風に声を上げた。クーディは、ぶつん、と何かが切れた音を聞いた。それは、堪忍袋の尾か、それとも何かを封じ込めていた線か、彼女にも分かりはしなかった。
「いやだと言ったんだ。ここから逃げてなんて言葉、聞いてあげない」
「……残ってどうするの。助けてくれた彼の為を想うなら、貴女は生きるべきよ。ここも安全じゃない」
「彼の想い?それはあなたが決めた勝手な解釈だよ」
彼女の声に、わずかな怒気がこもった。
「それは」
「うるさい!」
「クーディ!」
聞き分けのない子供を諭す様な調子でペッシェが叫んだ。聞きたくないと耳を塞ぎ外部からの声を拒絶する様は、ひどく幼く見えた。
ペッシェは、クーディの身体を引き寄せると思いっきり、彼女の頬を引っ叩いた。
「……っ」
「しっかりしなさい! あなたがそんな調子で何が救われるの!何が解決するの!?」
目の覚める様な一喝を浴びて、クーディは呆然とした。
「見なさい」
「い、いや」
「見るの」
ペッシェは拒絶を示す彼女を掴み、格納庫の外を……彼のドムが、ある方向に目を向けさせる。
「彼は、あなたを守るために戦ったの。それなのに……あなたはここで何をしているの?」
「でも、彼が、ユーさんが居ない世界なんて……」
「生きて行けない?」
心を読まれたかの様な一言に、クーディは濡れる瞳を見開き彼女の顔を見た。クーディはそこでようやく目を背けていた自分に気づいた。
「私の父もパイロットでした」
反応を期待して言った言葉では無かったのだろう。彼女の独白は続く。
「誰よりも私を大切にしてくれた人でした。けど、新兵器の開発中にグラナダで……」
「……っ」
続きは口にせずとも分かった。たぶん亡くなったのだろう。思い出すだけでも辛いのだろう。
「でも、そんな私の父に似た人が現れたんです。その人は父の友人で、一本の自分の芯を持っている人でした」
彼女は自分の胸に手を当てた。
「本当に尊敬できる人でした。彼がいなければ私はここには居ないと思います。未熟な私の操縦をサポートしてくれて、人として色々なことを教えてもらいました」
「その人って……」
クーディが口にしかけた言葉は、途中で止まった。嫌な疑問が浮かんだからだった。どうしてこの話をしてくれるのか、そんな人なのになぜ今彼女の隣にいないのか。……それはきっと
最後まで口にせずとも察した様で、ペッシェは肯定する様に頷くと続けた。
「察しの通りです。残された者の人生は続いていきます。私たちに出来ることはまず生き残ること。……そして出来るのならその人たちに胸を張って生きて行けたら……きっと良い人生なんだと思います」
「それに」と彼女は懐かしむ様に語った。「いなくなった人にも会えるかも知れないですよ」クーディは訳が分からず聞き返した。
「どういう事?」
「人の命が、どこに行くのか私には分かりませんけど、命というものがもっと自由なんだとしたら、いなくなった人の命にもめぐりあえるのかもしれません」
「……そうかな」
「きっとそうですよ」
「まぁ、これは受け売りなんですけどね」とペッシェは微笑んだ。クーディは漠然とその言葉が、心中にぼんやりと染み渡るのを感じた。
彼に恥じない様に。自分が胸を張れる様に。……彼に失望させない様に生きる。
たった一言口に出すだけなのに、彼女の意思に反して動いてはくれなかった。彼女の決意とは裏腹に、別の言葉が彼女の唇を震わせた。
「……彼は、良く私の頭を撫でるの」
ペッシェは何も言わずに、クーディの次の言葉を待った。
「別に嫌って訳じゃなかったんだけど。ふと彼の事見てたら、色々な人と握手とか結構するんだ。別に普通の人からしたら気にならないくらいだと思うんだけど。なんか気になっちゃって、ある日聞いたんだ。どうしてって?……そしたらなんて言ったと思う?」
「……なんて言ったんですか?」
「人の体温とか熱に接したら、安心できるからって」
「別に」と、クーディは続ける。
「寂しがりやなのかな、とその時思ったんだけど、その時の彼の目が何処か……ここじゃない。遠く。手の届かない場所をぼんやりと眺めてるみたいだった。自分の居場所はここじゃ無い。そんな目」
「……故郷を懐かしんでいたんですか?」
「ううん。……もっと、遠く。ずっと遠くを見てた」
「遠くとは?」
「分からない」
言葉にする事が出来ない自分をもどかしく思いつつ、彼女は頭を振った。
「でも、不安だったんじゃ無いかな。みんなとのズレをどうにか、したかったんじゃなかって……でも、私は臆病だったから……最後まで……きけ、なかった」
「クーディ……」
温かいものが頬を伝うのが分かった。ぼつぽつ、と言葉を吐き出していくと、同時に何か曇った思いが心中から抜けていくのが分かった。それをひどく、口惜しく思う反面で止められないとも思った。
「口に出さないと、分からないなんて……っ。言わなければ良かったっ…あれが最後だって分かってたらっ。言わなかったっ。……いえなかった」
「……っ」
ぼんやりと滲む視界が栗色に染まる。ふわりと、優しい香りがして、誰かの体温を感じた。抱きしめられたということは、やや遅れて分かった。
ペッシェの暖かさを感じて暖かさを感じたが、同時に胸がひどく苦しかった。
「ずるい奴だ。私はっ。……言わないと分からないなんて、自分で言っておきながらっ……私は……私が」
「うん。……うんっ」
「くるしいの……くるしいよっ。あの人が何処にもいないのっ。もう家で彼の帰りを待っても帰って来ないっ。そんなの……そんなの」
「大丈夫っ。大丈夫だからっ!ごめんなさい。もう言わなくて良いの。もう」
「嫌だよ。いや、いっ。……うぁああぁあ。あぁあああああぁあああああああぁん」
クーディは声を上げて、泣いた。悲しみを押し流す様に、自分の中の気持ちを整理する様に。ペッシェは何も言わずにただ寄り添う様に泣き続ける彼女を抱きしめ続けた。
……どれだけそうしていたのか。クーディが落ち着くとペッシェはただ一言「……平気?」とだけ彼女に尋ねると、クーディは小さく頷いた。
「ありがとう。ペッシェさん。いろいろ自分の中で整理がついた」
「良かった。じゃあ行きましょう。早くここから逃げないと」
ペッシェは身を翻し、見えている出口まで誘導しようとするが、少し走ったところで彼女がついてきていないのに気がついた。ペッシェは振り返ると、少し苛立ったように彼女に声を掛けた。
「何してるんですか。早く行かないと……」
「ペッシェさん。あの機体動く?」
ペッシェはクーディがこちらを見ているのではなく、背後にある黄色の機体を見上げているのに気づいた。
「動くとは思うけど……だめよ」
彼女が何を言いたいのか察したペッシェは、ブラレロを彼女の視界から隠す様に彼女の前に立った。
「やけになっちゃだめよ。気持ちは、分かるけど……」
「ううん。違うよ。やけなんかじゃない」
目が合う。そう告げる彼女の目は、先ほどまでとは明らかに違っていた。冷静で冷ややかだったが、その奥には__力強い響きがあった。
「私は生きる。志半ばで倒れた彼の代わりに。私が彼の意思を継ぐ」
「クーディ……」
「そのためには、あそこの化け物をぶっ飛ばして、その一歩にする」
自分の中の考えをはっきりさせる様に、彼女は言葉を紡いでいく。
「ここで逃げたら、私は一生後悔する。胸を張って歩けない。彼に笑われたく無い。後悔しない生き方をする」
彼女は、自分の胸に手を置いた。
「私はやるよ。生きる限り足掻いて、戦ってやる。醜いって言われても良い。いくらだって足掻いてやる」
「……苦しい道よ」
「わかってる。これが私の……」
そこまで言ったところで、ふと彼の事が脳裏をよぎった。寂しさを振り切る様に首を振り、言い切った。
「これが