※本編三章、フランシス・ドレイクおよびエドワード・ティーチのサーヴァントクエスト、マイルームボイスのネタバレを含みます。
「おう、黒髭。ちょっとツラ貸しな」
「BBA!? なにゆえ!?」
「酒盛りだよ、酒盛り。ほら、行くよ」
「ちょ、問答無用でござるか!!」
◇
水平線に日が沈む。酒盛りの河岸として選ばれたのはどこぞの島の砂浜だった。
ドレイクが持ち込んだ酒樽を真ん中に挟んで、黒髭は差し向いにどっかりと胡坐をかいた。
「オーノー、BBAとふたりきりとか勘弁してほしいでござるよ」
「嫌なのかい?」
「まったくもって御免こうむるでござるよ。友達に噂とかされると恥ずかしいしー」
「そうかい。アタシもちっと早まったと思ってるよっと!」
そう言いながらも、ドレイクは樽を蓋を叩き割る。
途端に、ラム酒の濃い酒精を含んだ甘い香りが潮風に混ざった。
「ほら」
「おおっと危機一髪!」
「アンタも大概だねえ……」
黒髭に杯を投げ渡し、ドレイクはざっぱと掬いとるとがぶりと一気に飲み干す。
さらに二杯、三杯と杯を乾かし、そして、静かな声で口火を切った。
「……召喚には応じたけど、アタシは英雄なんてガラじゃない」
一瞬、なんだかんだと杯に口をつけた黒髭の眉がほんの僅かぴくりと跳ねた。
ドレイクはそれには気付かず、しかし、真っ直ぐに黒髭を見据えて続けた。
「何でも叶う聖杯なんてワケのわからんものを欲しいとも思わない。もし貰ったとしても、願うのは精々が酒と食料と――」
「ふふん。あとは仲間と船と――」
『――そして、海!!』
二人の声が見事に唱和する。遠くで海鳥の鳴き声がした。
ドレイクはにやりと笑い、「お互いろくなサーヴァントじゃないね」と続けた。
そこに悲観的な色はなく、ただ己を肯定する力強さだけがあった。
「結局、人助けだろうと人殺しだろうと、アタシらどっちも人でなしの悪党だ」
「グフフ、否定できぬでござるな。奪い、犯し、殺すのが海賊でござるからな」
「そうさ。けど、そんなアタシらが英霊として召喚された」
今、カルデアには騎士王、英雄王、あるいは神霊までもが召喚されている。
これが海軍提督として召喚されたのならドレイクも多少は納得しただろう。
画期的な戦術によってスペインの無敵艦隊を撃破したその手腕は、客観的に見て英雄と称されるに値するものだ。
だが、サーヴァントはいくつかの例外を除いて全盛期の姿で召喚される。
フランシス・ドレイクという英雄の全盛期は、太陽を落とした40代ではなく、初めて生きたまま世界一周を成し遂げた30代にあったと世界は判断したのだ。
「てっきり、死んだら地獄で悪党らしくのたうちまわるかと思ってたのに……不思議なもんだ」
「そうでもないさ」
揺れる酒杯の水面を見つめていたドレイクは怪訝そうな顔をした。
その落ち着いた声音が目の前の男から発せられたものだと気付くのに数瞬かかったのだ。
顔を上げれば、目の前には名にし負う大海賊“黒髭”の姿があった。
「アンタは喜望峰を超え、生きて英国に戻ってきた。この海に果てがないと証明したんだ。
――“星の開拓者”。誰がなんと言おうと、アンタはれっきとした英雄だよ」
不可能なことを不可能なまま成し遂げた奇跡。世界に新たな記述を残した偉大なる船長。
その伝説に憧れたのだ、と。そう言葉にする代わりに、100年後の大海賊はぐいっと杯を呷った。
予想だにしなかった男の言動に、ドレイクの疵面がしばし驚きに彩られる。
「黒髭……」
「なーんてね!!」
だがそれも一瞬のこと。そこにいたのはいつものたわけた言動の黒髭しかいなかった。
「キュンときた? ねえねえBBAキュンときちゃった?」
「いい度胸だ。今すぐそのドタマに風穴あけてやるよ」
「BBAが怒ったwww げきおこぷんぷんでござるかwww」
「ああもうまったく!!」
呆れとも怒りともつかない感情ごと酒を飲み干し、ドレイクは酒精混じりの息を吐いた。
視線の先、海原に船はなく、しかし果てもない。水平線の向こうにも海は続いているのだ。
それで、荒れていた心も凪いでしまった。
「そうさね、アタシのしたことが後に続いたってのは悪くない話だ。海の上にいた時にはそんなこと考えもしなかったよ」
「デュフフ、おかげで獲物はたっぷりいたでござるよwww」
「そいつは結構。アンタほどの大海賊でも獲りきれないほどの船が七つの海を行き来してたんだ。……ふん、なんだ、そいつはほんとうに、悪くない話じゃないか」
そう言って、ドレイクは晴れ晴れとした笑みを浮かべた。
「アンタもそうは思わないかい、エドワード・ティーチ?」
「ぐふっ!」
瞬間、黒髭がラム酒を噴き出した。その名の由来となった髭が酒精に塗れる。
「なんだなんだ、アタシの酒が飲めないってのかい?」
「そ、そうは言ってないでござるでおじゃります!!」
「……エドワード」
「ぶふっ!」
「ハッハッハ!! どうしたんだい、黒髭!? らしくないじゃないか!!」
「な、なんのことでござるか? 拙者はいつも通りでおじゃるよ」
「ふふん、まあそういうことにしとこうか。まだまだ夜は長い。酒もたんまりある」
そう言ってドレイクが杯を掲げると、黒髭も渋々といった様子で杯を持ち上げた。
「二人きりで夜通しは勘弁してほしいでござるよ」
「じゃあ、妖精でも巻き込むかい? ここらの島なら探せばみつかるさ」
「緑は嫌でござる! 敵でござる!」
「だったら観念するこったな」
ドレイクはからりと笑い、
黒髭はいつもの何を考えているかわからない顔のまま――しかし、どこか子供のようなあどけない表情で、
「カリブの大海賊に――」
「喜望峰の女に――」
『――乾杯!!』
そして、二人は海賊らしく力任せに杯をぶつけ合った。
◇
朝、カルデア最後のマスターであるあなたが起きると、いつも起こしにくるマシュの他に珍しくドレイクもいた。
「あー、呑みすぎたー、やっちまったー。ごめん、ちょっと膝貸して。少し休ませてちょうだい」
完全にグロッキーだった。おまけに酒臭い。
おそらくは一晩じゅう呑み明かしたのだろう。
了承を得るより先に、ドレイクはあなたの膝を枕に横になってしまった。
「先輩、こういうときはどうすれば……?」
「そういう日もある」
あなたは困惑するマシュにそう告げて、眠るドレイクの肩にシーツをかけたのだった。
完