何時からか上を向いて歩く事が出来なくなった。
眼に雨が入ることを恐れ、下を向いて歩く。
次第に雨はやまなくなり、暗闇に覆われ始める。
そんな中で今日まで自分が生きてこれたのは、僅かな月の光があったからだ。 その光が、この身に微かに残った希望の残骸を照らしてくれていた。だが、その月も墜ちた。そして光を失った残骸は次第に絶望へと変化する。
---- その慟哭は暗雲を携えて ----
急激に上がった温度と立ち込める煙の中、鈴は目を覚ました。先に吹き飛ばされて以降、暫く気を失っていたのだが、辺りの環境の異常さに自然と意識が呼び戻されたのだ。
「っ!一体・・・何・・・が・・・」
鈍い痛みに声にならない悲鳴をあげながら周りを見渡すと
「秋終・・・?」
秋終が下を向いたまま佇んでいた。
無事だった事に安堵するも、直ぐに敵の存在を思い出す。
「そうだ。あのIS・・・」
更に辺りを見渡せば抉られた跡の地面、穴が空いた様に剥がれたシールド、一部瓦礫と課した客席があり、そこから直線に並ぶ様に秋終と件のISがいる。
「・・・」
割れたシールドと抉りとられた客席を見て、鈴は開いた口が塞がらなかった。そして、そのまま暫く言葉を失っていると
「・・・なんだよこれ」
秋終がポツリと呟いた。
「・・・なんなんだよこれ」
秋終が呟く。
「秋終・・・?」
その尋常ではない様子に鈴は名前を呼ぶ。
そうしなければいけない様な、どこか遠くへ行ってしまう様な気がしたからだ。
「・・・こんな死に方あるのかよ」
「死んだ・・・?」
誰が?とは聞けなかった。
理由こそ分からないが、何となく察してしまったから。
「人がこんな風に死んでいいのかよ!」
秋終は叫ぶ。
「何度も・・・」
秋終が呟く。
「何度も何度も・・・」
秋終は呟き続ける。
「何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もっ!」
「秋終っ!」
これ以上はいけない。
止めなければ、呼ばなければ、取り返しがつかなくなってしまう。そんな漠然とした不安が鈴の背中を後押しする。だが・・・
「もう・・・いいよ・・・」
何かがプツリと切れる音が聞こえ、そして・・・
ーーーー システム ヲ キドウ シマス ーーーー
「え?」
ーーーー心滅システム スタンバイ ーーーー
鈴の耳に聞き覚えのない音が聞こえた。
ーーーー
何でこうなる?
折角前に進みだしたと思ったのに。
ようやく変われると思ったのに。
「俺のせいなのか?」
誰かの声が聞こえる。
「俺がISに乗ったから」
自分を責める声が聞こえる。
「嫌な事もあったけど、良い事もあったんだ」
なのに、
「結局こうなるのかよ」
声が増える。
「あの時だって」
家族の亡骸を踏みつける様に、自分が立っている。
「何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もっ!」
父が、母が、妹が、茜が、自分が、
「何で」
こっちを見ている。
「もう・・・」
耳鳴りの様に自分を責める声が大きくなる。
「いいよ」
赤い何かが身体を覆い、視界も奪われる。それは冷たくて痛く、ゆっくりと広がっていく。多分これは良くない物だ。でも、もうどうでもいい・・・何もかも。
「・・・」
このまま意識を手放そうとした時、何かが聞こえた。
ーーーー心滅システム スタンバイ ーーーー
ーーーー
「何よ・・・あれ」
立ち竦んでいた秋終が突如として動き始めた。それだけの話なら鈴はここまで驚かなかったであろう。問題なのは、その動きであった。
「あれじゃまるで・・・」
獣だった。
肉食動物の様に四足歩行をして、引っ掻き、食いちぎろうとしている。その姿から理性が伺える事はなく、本人の意思なのかどうかも分からない。先の音声が聞こえて以降、彼はこうなってしまった。だが、その異常な動きは奇しくも相手を圧倒していた。
「秋終・・・」
スピードで翻弄して死角からダメージ与え、直ぐ様離脱。この単純作業の繰り返しではあるが、確実に相手を翻弄していたのだ。幾ばくかそれを繰り返すとやがて、何かが宙を舞った。
「っ!?」
腕であった。敵のISの右腕が心滅により切り裂かれた瞬間である。肘の辺りから綺麗に切り裂かれた腕を心滅が掴むと、本人に向かい投げつける。鈍い音が響き、砂埃を上げながら吹き飛んでいく。だが、妙な事に出血の跡は見受けられない。
「・・・」
鈴がよく目を凝らせば、
「・・・機械?」
火花が散っているのが確認出来た。
「まさか無人機?」
無人機の存在など聞いたことはないが、目の前のISからは血も流れず痛がる様子もない。秋終と同じで全身装甲ではあるものの、その挙動からはとても人が搭乗してると思えなかった。
起き上がろうするISに対し、まるで補食するかの様に心滅が飛び付く。その牙を立てて噛み千切らんとすれば、残った部位が宙を舞った。
「秋終さん!」
悲痛な叫び共に現れたのは、ブルーティアーズを纏ったセシリアであった。悲惨な光景を前にした彼女の表情からは、焦りが伺える。
「鈴さん。これは一体どういう事ですの・・・」
「・・・死んだのよ」
「・・・っ」
セシリアにはその言葉だけで充分であった。避難の際に見知った顔を見なかった事、今の秋終の姿、これらの要因で理解してしまったのだ。
「とにかく止めませんと」
「あんな状態どうやって!」
心滅の手には四肢を完全にもがれたISが握られていた。
至るところから火花を散らし、モノアイの部分は力無く点滅している。誰が見ても、もう充分であった。
「秋終さん!もういいのですわ!」
「秋終!」
「・・・」
二人悲痛な呼び掛けも秋終には届かない。フルフェイスに覆われて見えない表情が今の二人にとって、とてももどかしく感じた。
「以前にも同じ様な事が」
セシリアが語る。
「以前?」
「ええ、私と戦った時もあの様に。今回だって・・・」
何より恐ろしかったのは自身が倒された事ではなく、戦いの最中に感じた無機質さであった。得体の知れない不気味な存在であり、不確かな物。あれは秋終ではなかったと、セシリアは答える。
「・・・違うわ」
短い沈黙の後で鈴が答えた。
「その時の事は分からないけど、今目の前にいるのは秋終よ。全部あいつの意思」
「・・・そうですわね」
鈴の言わんとしている事を理解したセシリアは、悲しげに肯定する。
「でも・・・私があいつと戦おうとしなかったら、こんな事にはならなかった」
「それは違いますわ!」
「あの子だって死ななかったのよ!」
懺悔だった。悲しみ、怒り、嘆き、あらゆる負の感情を載せた後悔の言葉、ここまで追い込んでしまった事への罪悪感、自分の愚かさがどうしようもなく惨めだった。初めて会った時になんとなく理解していたのだ。彼は一夏よりも弱くて脆くて、それを繋ぎ止めているのは誰なのか?全部気付いていた。
「なのに奪った」
一夏よりも強く、対等になりたいと励んだ日々。誰も失いたくないと今日までがむしゃらに進み続けた・・・その結果がこれだと。
「っ!?」
乾いた音が響く。
「およしなさい」
鈴の頬が僅かに赤く染まっていた。
「貴女が何を思おうと知ったことではありません。それらは全部秋終さんにお伝えなさい。彼を正気に戻してから」
冷たくも彼女を思う言葉。
「セシリア・・・」
赤くなった頬に手を添えて目を閉じれば、鋭い痛みと温かなセシリアの感触が残っている。 鈴が次に目を開けた時、その両目には先程よりも強い光が宿っていた。
ーーーーー
頭の中で声がする。
『助けて』
苦痛に染まった聞くに耐えない声が鳴りやまない。
『助けて』
声から逃れようと目の前の物を壊そうとするが、それでもやまない。 暴力を奮う度に寧ろ声が強くなっていき、心の中の何かが膨れていくのがわかる。もう壊れていると言うに、この手は止まらない。まるで自分を壊そうとするみたいに執拗に、何度も、何度も、何度も、目の前の物を砕こうとする。
「・・・ぉ」
何か聞こえた。
「・・・きぉ」
今までよりも温かく
「秋終!」
自分を思ってくれる声だった。
ーーーー
「それでどうすんのよ」
「とりあえずぶん殴りますわ!」
「・・・」
なんと言う脳筋バカであろうか。これには流石の鈴も開いた口が塞がらなかった。自分がこんなバカに励まされたのかと考えると、少しだけ切なくなる。
「ご安心を。根拠はございます」
「・・・聞こうじゃない」
「日本の素晴らしいアニメーションですわ!」
せしりあのかいしんのいちげき!
「・・・」
しかしすずにはこうかはないようだ!
「「・・・」」
二人がそんなクソみたいなコントを繰り広げていれば、心滅を纏った秋終がゆっくりと振り返った。
「やってる場合ではありません!」
「誰のせいよ!」
思考を切り替えて構え直した二人に対して心滅が跳躍した。その速さは自分達が戦った時とはまるで違うと改めて実感する。
「「!」」
完全に殺す気であった。理性などなく獲物を前にした獣の如く、その鋭い爪を振りかざさんとする。
が、
二人も黙ってやられる筈もなく、持ち前の武器で応戦を開始する。ビットと衝撃砲による弾幕であった。当たらない事を承知で撃った攻撃は単なる時間稼ぎでしかなく、解決策を思い付くまでの引き延ばしである。そして当然当たるわけもなく、何なくと心滅は回避して次の手へ打って出ようとする。
「やらせるかぁ!」
動きを潰す様に次々と弾幕を張れば、心滅はやがて距離を取った。
『・・・ゥ』
低い唸り声をあげ、その口が開く。
『オォォォォォォォォ!』
「なっ!?」
「体が・・・」
鋭い衝撃と耳割くような雄叫びを前に二人の動きは封じ込まれ、このままではただ狩られるだけ・・・そう思った時である。
『オォォォォォォォォ!』
心滅とは別に新たな雄叫びが聞こえたのだ。
「何?」
「っ・・・動けますわ!」
誰の物かわからない。しかし、それはまるで心滅の声を相殺するかの様に二人を守った。
「うぉぉぉぉ!」
続いて飛び込んで来たのは、白式を纏った一夏。その手に雪片弐型を携え、掌からエネルギーを形成している心滅へと真っ直ぐに突っ込んで行く。
「バカ!」
「いえ。一夏さんの零落白夜なら行けるかもしれません」
「何よそれ!?」
セシリアが回つまんで事を伝える。零落白夜はエネルギーを切り裂く事が出来、エネルギーで形成されているシールドさえも切り裂けるのだと。
「なら・・・」
「ええ。正気に戻すことも・・・」
「眼を覚ませぇぇぇぇ!」
一夏が雪片で斬りかかるのと、心滅がエネルギーを放つのはほぼ同時であった。
「「一夏(一夏さん)!」」
とてつもない轟音とまばゆい光が全体を覆った。
『・・・』
続く