「何だよこれ・・・」
秋終の目に映ったのは、家族と共に暮らしていた己が家。一人になってからは維持することも出来ずに売り払われた筈、それが目の前にあった。
「どうして」
覚えている。それはぼんやりと頭の中に残っており、胸を締め付ける辛い事。だからこそ何故此処にいるのかが結びつかない。秋終が呆然と立ち尽くしていると、
「はーやーくぅー!」
見覚えのある少女が目に入った。
「初・・・春・・・?」
妹だった。今は見ることの出来ない元気な姿ではしゃいでいる。そしてそれを追うかの様に、幼き頃の自分がいるではないか。
「っ・・・」
夢にしては人が悪すぎた。
「全く、しょうがないなぁ」
「元気でいいじゃない」
両親も。
「どうなってんだよ」
幸せな光景な筈なのに、こんなにも胸を締め付けるのは何故なのか。欲しい物が、望む物が、全て此処にあると言うに。
「もしかして」
ふと頭に過る。この景色は確か、東京タワーに行く筈だ。もしかすれば、これを止めれば、何かが変わるかもしれない。それはありえない事だと解っていても考えてしまう。手を伸ばせば届く、目の前にある。
「どうせ夢なら」
秋終が震える手を伸ばそうとした時、
「秋終」
---- 予兆。そして倦怠 ----
「あいつは?」
「変わらず口を開かないさ」
賑わう食堂にて、一夏と箒は言葉を交わしていた。その内容は秋終の事であり、彼を思っての事であった。先の件から幾ばくかの時が過ぎた。当の本人は部屋から出る事もなく、誰に対しても口を開く事がない。完全に塞ぎこんでいたのだ。だが幸いな事と言えば、ルームメイトがいた事だろう。もしこれが一人部屋であれば、そもそも顔を見ることすら出来なかったかもしれない。
「いつまで・・・」
苛立ちを隠さずに一夏は口にした。さっぱりしている性格の彼にとって秋終の行動は目に余り、納得のいかない事だ。拳で語り合い、翌日には笑い会う・・・そうなると思っていたが、事実は違った。
「時間が癒してくれる事を待つしかない」
すべき事はわからないが踏み込んではいけない事だと解る。それが箒の考えた最善の答えだったのだ。
「本当にそうかしら」
異を唱えたのは鈴である。
「凰。何が言いたい」
あの日あの場所で、誰よりも近くにいた自分だからこそ解る。痛みと悲しみ、そして絶望。秋終との付き合いは誰よりも浅いが、ある意味では解りやすい彼の性格。恐らく今までの人生で何度も壁にぶち当たったのだろう。その度に落ち込みながらも乗り越えてきた。だけど、と彼女は続けた。
「誰だって限界はあるわ。勿論秋終にも」
「それが今だと?」
「違うわよ!」
鈴が声を荒げる。
「あいつは・・・とっくにっ・・・壊れていたのよ!でも・・・あの子がいたから」
今日までやってこれた。それは秋冬と共に居れば誰もが察しのつく事であった。そして鈴がその話題に触れた瞬間、彼等を纏う空気がより重い物へと変わった。
全生始 茜。
彼女は死んだ、跡形もなく死んだのだ。肉片すら残らず、もはや消し飛んだと言えるだろう。そしてこの事実をIS学園は以下の様に伝えた。
『全生始 茜は大きな怪我を負った。だが、命に別状は無く、病院で長期の療養中である。見舞いは控えろ』
と。
これを聞いた事実を知る秋終達数名は、織斑教員に詰め寄った。何故このような嘘をつき、事実を隠蔽するのかと。
『お前達を守るためだ』
短くそう告げるとそれ以上は何も語ろうとはしなかった。もし仮にその言葉が真実だとしても、到底受け入れられる事ではない。しかもそれが、精神がまだ成熟しきってない高校生ともなれば当然の話だ。奇しくも茜は孤児の出身である。騒ぎ立てる身内など誰もいる筈も無く、それこそ秋終だけなのだ。
「大人の都合で・・・」
怨めしく言葉を吐く事だけが、今の秋終にとって精一杯の抵抗であった。その精神は既に、消耗しきっていた。
そんな訳で茜を喪い、さらには学園に対する不信感も相まって、彼は自室に塞ぎ込みだした。
「私・・・秋終に会ってくる」
「鈴?」
何かがおかしかった。だからこそ、一夏は鈴の名前を呼ぶ。それが意味のない事だとしても、呼ばずにはいられなかった。
「大丈夫だから」
何が大丈夫なのか。
「・・・」
何も言えず、ただ黙って背中を見送る一夏であった。
ーーーー
「・・・」
『秋終に会ってくる』
そうは言ったが、目の前にある扉を開けるには些か重すぎた。入らずとも分かる空気の冷たさが、鈴の肌にヒシヒシと突き刺さる。
何と声をかければよいのか?
どうすればこれ以上彼を傷つけずに接せれるのか?
考えども答えは出ず、そのまま幾ばくかの時を浪費する。すると、
「・・・」
扉が開いた。
ヒョッとする鈴を他所に、扉は軋む音をたてながらゆっくりと開いていく。だが、何も別に秋終が開いた訳ではない。ただ・・・本当にたまたま・・・勝手に開いたのだ。と言うのも、箒が部屋を出る際に扉を閉めきらなかっただけの話。それを秋終が開けてくれたと勘違いした鈴は、恐る恐るその足で踏み入って行く。
「・・・秋終?」
秋終が居た。
「・・・」
ーーーー起動少女初春ーーーー
虚ろな瞳をテレビに向けながら、黙って三角座りをしている。鈴が入って来た事も声をかけた事にも、一切その目は向けられない。まるで気がついていないかの様に。
「ねぇ、秋終」
変わらず返事はない。
「・・・ごめんね」
「・・・っ」
鈴が謝罪の言葉を述べた時、秋終の肩が僅かに跳ねた。
「アタシが・・・アタシが巻き込んだ」
「・・・」
「アンタをその気にさせなければ・・・アンタが乗らなければ・・・」
「・・・」
「・・・ごめん」
黙って鈴の言葉を聞いている秋終であるが、その顔はだんだんと険しさを帯びていく。
「アタシ考えたの」
「・・・ろ」
微かに秋終の口が開いた。
「アタシのせいでこんな事になった」
「・・・めろ」
互いの声が大きくなる。
「だから、あの子の代わりに・・・」
「やめろ!」
怒号と共に、乾いた音が響いた。
「秋・・・終・・・?」
「何だよそれ。何なんだよそれ!」
初めて見る顔だった。苦しそうな、何をどうしていいのかわからない。誰か助けてくれと、何とかしてくれと、絶叫の様な顔。
「そうだよ!俺が乗ったせいだ・・・俺が乗ったから死んだんだよ。あいつは死んだんだ!死んだよ!代わり何てっ・・・」
いないと。
「・・・」
「言われなくたって分かってる。父も、母も、初春もっ・・・茜だって!」
「秋終っ」
見ていられない。秋終の悲痛な叫びを聞いている事が出来なかった鈴は、彼を強く抱き締めた。
「全部・・・何もかも・・・」
「バカな事言った、ごめん。・・・でも、アンタは頑張った」
頑張ったのよ。と、泣きそうな声で秋終の頭を優しく撫でた。優しく、慈愛に満ちていて秋終は少しだけ、ほんの少しだけ母親の温もりを思い出すのであった。
ーーーーー
「鈴」
鈴が秋終の部屋に向かった後、一夏と箒はそのまま食堂に残っていた。気にはなる、しかしついて行った所で、という葛藤が二人をこの場所に足止めしていたのだ。
すれば、鈴が戻って来た。
「秋終は?」
箒が尋ねる。
「暫く一人にしてくれって」
多少は解れたかも知れないその心は、溶けきるにはいささか時間がかかる。きっかけを与えた、後は待つのみである。
「信じましょう」
戦っている。己の中でもがいている、それが解っただけでも意味のある物だと鈴は感じた。・・・ただ、少しだけ。僅かではあるが、罪悪感を感じていたのも事実だ。茜が死んだのは鈴のせいではないと、そう言って欲しかっただけなのかもしれない。
「卑怯かもね」
「鈴?」
心にひっかかる物を感じながらそれを露呈しても、その音は一夏達には届かなかった。
そして秋終が部屋に隠ったまま、新たな学友を迎える事なる。
続く