IS~人柱と大罪人~   作:ジョン・トリス

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第5話


獣の咆哮。新たな段階へ

他人を殴ることに少しでも戸惑いがあるならば、その心を忘れてはいけない。殴った痛みをしっかりと胸に刻んでおきなさい。それは君の優しさであり、きっといつかその優しさが他者との縁を結ぶ事になるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

----獣の咆哮。新たな段階へ----

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだISの方は?」

 

「・・・なんとか」

 

「そうか」

 

管制室からの織斑千冬の通信に秋終は答える。

これから始まる模擬戦に備え、メインアリーナのハッチ内でISの調整を行っているのだ。

 

IS名:心滅(しんめつ)

機動力に重きを置き、装甲を薄くした機体。

外装は獅子をモチーフとしており、色は金。

武装は掌から発射するレーザー。

これはレーザーで膜を展開することも出来るようになっているため、シールドとしても展開出来る。

近接武器は爪そのものが鋭利な金属で出来ておりそのままブレードとして使用可能。また、レーザーを纏う事でレーザーブレードにもなる。

 

そしてこの機体の特徴とも言えるのが二つ。

 

一つ目は「王の雄叫び」

搭乗者の声のボリュームを何倍にも上げる事で、対象の聴覚を麻痺させるのと空気の振動により動きを封じる事が出来る。

まさに、咆哮。

 

二つ目が「自動足場形成装置」

通称「A.F.K」

脚部の足の裏に付いており、踏んだ場所に見えない足場を形成する。つまり空を翔ることが出来るのだ。

そのため飛ぶことは出来ない仕様になっている。

飛ぶのではなく、跳ぶと言うことらしい。

 

これらの説明を呼んで秋終は溜め息を溢した。

 

「製作者の趣味全快じゃないか」

 

ちょっとだけ格好いいと思ってしまったのは内緒だ。

 

「もうすぐ模擬戦が始まる。しっかりと温めておけ」

 

「・・・はい」

 

織斑一夏のISは到着が遅れており、先にセシリア・オルコットと戦う事になった秋終。もちろん思うところもあり、様々な葛藤が脳裏を過っていた。

 

(何で俺はISに乗っているんだろう)

 

自信にとって忌むべき存在、それに自分が乗っているのだ。

その事実が改めて過去の出来事を思い起こさせる。

今度は自分が誰かを傷つけてしまうのではないかと。

だかそれでも、家族を侮辱したセシリアを許せる訳ではない。

 

「今だけ・・・今だけの辛抱だ」

 

幸いなことにIS適性は高かったため、動かす事にそこまで苦労しなくて済んだ。

 

後は心の問題だ。

 

「時間です」

 

山田先生の言葉が秋終を現実に呼び戻す。

 

「はい!」

 

何かを拭う様に頭を振り、アリーナへと足を進めた。

 

 

 

 

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「・・・来ましたわね」

 

 

鮮やかな蒼の装甲を身に纏った女性が秋終を見下ろしている。背中にある翼がまるで女神の様だと感じさせ、その姿がとても神秘的に見えた。

 

「・・・美しい」

 

思わずそう呟く程に美しかった。

 

「対戦相手を口説こうとするだなんて・・・随分と余裕ですわね」

 

「い、いやそんなつもりは・・・」

 

「まあいいですわ。こうして逃げずに私の前に現れた事は褒めて差し上げます。ですが・・・」

 

セシリアが手に持つレーザーライフルの銃口を真っ直ぐ秋終に向ける。

体に緊張が走り、沈黙が二人を包む。

セシリアはそれ以上言葉を発する訳でもなく、戦いの合図を待つ。

 

(何だこのプレッシャーは・・・)

 

自分に対して何か恨みがあるのかと思える程に、その両目は鋭い眼光を放っていた。その目が秋終から逸らされる事はない。

 

(思えば俺を推薦したのだって彼女だった)

 

そうまでして、セシリアが秋終と戦おうとする理由は何か。

それを考えても答えは出ない。

 

そうやって頭を悩ませていた時、ふとあの日の光景が思い浮かんだ。

目の前のセシリアと全てを奪ったISが重なって見えたのだ。

 

(ぁ・・・)

 

さっきは美しいと言葉にしていたのに。

 

(何で急に・・・)

 

体が震え、呼吸が浅くなる。

視界がボヤけ、汗が頬を伝う。

 

ーーーー・・・け・・・にぃ・・・ーーーー

 

声が聞こえた気がした。

いや、確かに聞こえた。

幼いソプラノ声。

聞き間違える筈などない。

未来永劫に刻まれたであろうその声が、秋終には聞こえていたのだ。

 

(ぁ・・・)

 

そんな状態にも関わらず、無慈悲にもブザーが鳴る。

戦闘開始の合図が・・・

 

「いきますわよ!」

 

セシリアが吼える。だが、秋終は動かない。

ブザーの音もセシリアの声も届いてなどいないのだ。

そんな秋終に対し、セシリアは容赦なくそのトリガーを引いた。

 

「・・・っ!?」

 

気づいたときには時すでに遅し。

レーザーが真っ直ぐ心滅へと直撃し、秋終の脳を揺さぶる。ディスプレイにはシールドエネルギー減少の文字。

 

(しまった!?)

 

相手の攻撃により漸く状況を理解し、唇を噛み締めた。

経験の差が大きい場合、何より先手を取ることは大事であり、後手に回る事はご法度である。それは最初のチャンスで、最後のチャンス。

敵が力を発揮する前に倒すこと、これが経験差を埋める定石であり、決してリズムを作らせてはならないのだ。

 

(・・・出鼻を挫かれた)

 

落ち着けと自らに言い聞かせ、改めてセシリアを見据える。

追撃は来ない。

秋終を待っているかの様に。

 

「舐めんなぁっ!!!」

 

今度は秋終が吼えながらセシリアへと跳躍し、そのまま爪を振りかぶった。

 

「っ!?」

 

僅かに目を見開き驚愕した彼女に、回避の手段は遅すぎた。故に、メイン武装であるレーザーライフルで爪を受け止めた。

 

両者の間に火花が散る。

 

「見事な跳躍ですわ。ですが・・・」

 

突如、衝撃が背中を襲った。

 

「ぐぅっ!?」

 

それは攻撃であった。

セシリアが何らかの手段を用いて攻撃したのだ。

 

(一体何が・・・)

 

混乱する秋終を前にセシリアは不適な笑みを浮かべている。

よく見ると彼女の周りに何かが浮いていた。

その数4つ。

 

「これこそブルーティアーズmk-Ⅱの真髄、ビットシステムですわ」

 

ビットシステム。

搭乗者の思念により、本機と独立して自在な動きが可能。凄まじい集中力と空間認識能力に長けていなければ、使いこなす事は難しいとされている。

 

それを目の前の彼女は使って見せたのだ。

 

「ビットシステムを使いこなすか・・・」

 

「精度もかなりの物ですね」

 

管制室の教員二人が思わず唸る。

それ程までに彼女の技量は凄まじい物と言えよう。

 

「さぁ、私と一緒に踊って下さるかしら?」

 

蹂躙が始まった。

 

いくら避けようが四方から襲い来るレーザーの雨。

墜とすにしても、的が小さく至難の技だ。

徐々に削られる心滅のエネルギーゲージ。

 

「くそっ・・・」

 

避けるだけで精一杯の秋終は苛立ちを隠せずにいる。

攻撃に転ずることが出来ず、完全に主導権を奪われてしまっているのだ。だんだんと避ける事も難しくなり、遂にはシールドエネルギーゲージが半分を下回っていた。このままでは何れゲージが0になる、そうなる前に何処かで流れを変えなければいけない。

会場の誰もが、もう先は無いと思っていた。

だが、それは落胆の意ではない。寧ろ称賛だ。

初めての起動でここまで動かせる事実は、並大抵の人間に出きる事ではないのだ。

悔しさのあまり、唇を噛み締める生徒すらいるだろう。

 

ーーーーよくやったーーーー

 

それが皆の総意であった。

 

しかし、全生始 茜だけは違った。

 

彼女は諦めていない。

寧ろ、頑張れと声援を送ってさえいる。

 

何故か?

 

単純な話だ。

 

秋終が諦めていないからだ。

 

その目がまだ活きている。

 

ならばと、

 

茜は声援を送り続ける。

 

「頑張れー!秋終ー!」

 

そしてその声が一つの波紋を呼ぶ。

だんだんと波紋が広がって行き、やがて会場全てを包み込んだのだ。

 

「頑張れー!」

 

「やっちまえー!」

 

「負けるなアッキー!」

 

空気が変わり、秋終に声援を送る人間が増え始める。

 

「随分と人気者ですわね。この応援に答えられなければ男が廃りますわよ」

 

「言われなくともっ・・・」

 

体が軽いと感じた。

こんなにも他人の声が気持ちの良いものなのかと。

疲れている筈の身体が自由に動く。

勝てるとは思っていない。

それでも、せめて一矢報いる。

もはや戦う理由などどうでもよかった。

ここまで来れば後は意地であった。

 

 

(今なら!)

 

絶え間なく降り注ぐレーザーの雨の僅かな隙を見いだし、秋終は全力で跳躍をする。

 

「うぉぉぉぉ」

 

先程の跳躍とは比べ物にならない速度。

見ている者が、一瞬見失う程。

 

だが、

 

「ワンパターンですのね」

 

セシリアは慌てる事なくライフルを構えていた。

まるでそう来るのが解っていたかの様に。

 

「っ!?」

 

秋終は止まれない。

軌道を変える事ができない。

 

「終わりです」

 

レーザーが放たれる。

光が秋終と心滅を呑み込まんとする。

 

「まだぁっ!」

 

何かを弾くような音が響いた。

 

「なんですっ!?」

 

心滅には掌からシールドを展開する機能がある。

秋終がそれを使った。

そしてその驚愕がセシリアに僅かな隙を産ませる。

 

「墜ちろぉぉぉぉ!!!」

 

爪を振りかぶる。

恐らくこれが最後のチャンスであろうと、自信の力の全てを込めて。

硬直しているセシリアでは避ける事は間に合わない。

ならば今仕留めるのだ。

 

「ですから、ワンパターンだと言ったのです」

 

ビットがあった。

先程とは形状の異なるビットが2つ。

ブルーティアーズの側を浮いていた。

 

「ビットは全部で6つありますのよ」

 

罠であった。

まだ奥の手を残していたのだ。

最初から最後まで、セシリアは油断をしていなかった。

 

今度こそ、光が秋終を呑み込んだ。

 

 

 

 

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(負けるのか)

 

体が動かない。

重力に従い、地上へと落下していく。

当たり所が悪かったのか、エネルギーゲージがあるにも関わらず、全てのコマンドがエラーと表記される。

もはや手段は残されていなかった。

 

(もう・・・いいや)

 

最初は憎かった。

家族を侮辱にした彼女が。

なによりも許せなかった。

だから戦うと言った。

しかし、その意味を理解などしていなかった。

ISに乗ると言うことに。

だから悩んだ。

乗りたくなどない。

でも、許せない。

そんな葛藤が秋終を苦しめた。

 

(なのに・・・)

 

乗ってしまうと、負けたくないと思った。

勝てずとも負けたくないと。

ISに対する嫌悪感よりも勝負で頭が一杯になる、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(俺は・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(戦いを楽しんでいた・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう戦いを楽しんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「違う!俺は・・・・俺は!」

 

頭の中に景色が浮かぶ。

赤い地面、横たわる家族、真ん中に立つ自分。

その自分が此方を向いて微笑む。

 

「ひっ!?」

 

横たわっていた家族が此方に手を伸ばす。

泣きながら「助けてくれ」と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(・・・違う)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(・・・俺じゃない)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺じゃ・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー心滅システムスタンバイーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

獣の咆哮が聞こえた。

 




続く

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