校内マラソン大会も終わり、高校2年生として過ごす日々も残り2ヶ月になろうとしていた。
俺達のいる奉仕部は、生徒会の主催で行われるバレンタインイベントの手伝いを依頼されていた。
が、今のところは生徒会の人員だけで滞りなく準備作業が進められ、助っ人である奉仕部の手助けは今のところ必要では無いとのこと。
と、いうわけで・・・。
今日も紅茶を飲みながら読書に勤しむ日々を過ごしているのである。
俺はいつも通り文庫本を読んでいたが、由比ヶ浜は携帯電話ではなく、料理レシピが書かれた本を熱心に読んでいるようだ。
あと、なぜか奉仕部の部室に入り浸っている生徒会長の一色も同じレシピ本を覗き込むように眺めていた。
「どれにしようかなぁ。やっぱりチョコレートの方が良いのかな。」
「結衣先輩、チョコは手作りにするんですか?」
「うん!せっかくのバレンタインだし、あたし頑張って作ってみるよ!それに、『手作りの方が男心が揺れる』ってヒッキーも言っていたし。」
「へぇ。先輩がそんなことを・・・ふぅーん。」
なんか、先程から物騒な会話が聞こえてくるんですけど・・・。
いや、確かにそういうことを由比ヶ浜に言った記憶はあるんだけどね。
うん。今のうちに由比ヶ浜の手作りチョコ(?)を送られる男子の冥福を祈っておこう。
女子達がそんな会話をしている最中も、雪ノ下だけは一人黙々と書類にペンを走らせていた。
「結衣先輩だと、義理チョコとかたくさん用意しないといけないんじゃないんですか?」
「そんなこと無いよ。隼人くん、とべっち、あと大岡君に大和君くらいかな?」
「それと、優美子と姫菜には友チョコあげて・・・」
「そうそう!いろはちゃんとゆきのんには特別バージョンを用意するから楽しみにしていてね!」
その瞬間、雪ノ下の肩が一瞬ビクリと震えたのを俺は見逃さなかった。
まぁなんだ・・・雪ノ下、ご愁傷様。
「え・・・あぁ、ありがとうございます。」
一色も満面の笑みで答えているが、声が震えているぞ。
そんな一色から視線を横にずらすと、こちらを伺うように見ていた由比ヶ浜と目が合ってしまう。
「あ、えっと、ヒッキーには・・・」
「俺のことは気にしなくて良いぞ。チョコなら小町からもらえるから十分だ。」
「由比ヶ浜さん。比企谷くんは義理とか憐れみからの付き合いを嫌がっていたはずよ。」
雪ノ下が書類から目を離すこと無く、的確なツッコミを入れる。
「そうですよ。先輩は『俺は、本物が欲しい。』って言っているんですから。」
一色さん、やめて!その台詞は、今思い出しても恥ずかしくなるから!
ってか、そのモノマネも全然似ていないから!
「いや・・・だから・・・ヒッキーには・・・ほ、本m」
由比ヶ浜が、モジモジと身を捩りながら何やら呟いていると、雪ノ下が走らせていたペンの動きが止まっていた。
「ところで、雪ノ下はさっきからなにやっているんだ?」
「準備作業のチェックリストと作業スケジュールの修正をしていたのよ。はい、一色さん。」
「ありがとうございます。雪ノ下先輩。」
そう言って雪ノ下からリストを受け取った一色だったが、なぜか席を立とうとしなかった。
「どうした?書類出来たんなら、早く生徒会室に戻れよ。」
俺がそう言って一色を帰そうとしたら、急に深刻な表情をして黙り込んでしまった。
「ど、どうしたの?いろはちゃん。」
「実は、イベントのことでちょっと困った問題が起こりまして・・・。」
「問題?スケジュール的には、十分余裕があるはずだけど。」
「いえ、そういうことでは無くて・・・。イベントに関心を持つ人が少ないんです。」
「いっそのこと、『アンチバレンタインイベント』に変更したら良いかもな。」
「先輩、それはどういうことですか?」
一色が不満げに問いただす。
由比ヶ浜と雪ノ下は疑いの視線をこちらに投げかけてくる。
だが俺はそれらを無視して、アンチバレンタインイベントの企画案を妄想する。
そうだな、体育館に非モテ非リア充を集めて決起大会という形式にしよう。
材木座あたりに白い学ランと白いコートを着せて、『最後の大隊』の某少佐のように演説させてみるか・・・。
「ヒッキーが、またろくでもないこと考えてる。」
「先輩!バレンタインデーは、恋する女の子にとっては大切な日なんですよ!」
「そうだ!そうだ!ヒッキーは女心ってのがわかってない!」
由比ヶ浜と一色が連携して俺を非難している。
だが、「女心がわかっていない」だと?冗談じゃない。
俺をそんじょそこらの非モテ男子と一緒にしてもらっては困る。
「俺を甘く見るなよ。こう見えても、俺はこれまでに多くの女子から様々な思いをぶつけられてきたからな。」
ふむ、由比ヶ浜も一色も驚きを隠せないようだな。
「拒絶に嘲笑、それに嫌悪。本気で拒絶されたときの顔とか、今でも夢に出るくらい怖いんだぞ。」
あ、やばい。今いろんな女子の顔が脳裏に浮かんできたよ・・・。ホント怖いよね、女の子って。
「うわぁ・・・」
一色さん、マジでドン引きですか。
「ヒッキー・・・」
由比ヶ浜さん、涙目でこっちを見つめないでください。こっちまでもらい泣きしそうです。
「そこの男の自虐ネタはどうでも良いとして、一色さん、話を続けてもらえないかしら。」
さすが雪ノ下。人のトラウマをネタ扱いして、さらりと流してくれましたね。
「えっ?あ、はい。えーっと・・・」
あごに人差し指を当て、むぅーとうなる一色を見かねたのか、雪ノ下がさらに言葉を続けた。
「イベントへの関心が予想より少ないという所からよ。」
「あ、そうでした!もう!先輩が余計なことを言ったからですよ。」
「はいはい。サーセン、サーセン」
反論するのも面倒なので、とりあえず謝っておく。
そんな俺の態度に対して、一色は不服そうな態度を見せていたものの、すぐに思い直して説明を続けた。
「そこで、PR用の動画を作って事前に公開しようって話になりまして、映研部に製作を依頼してたんです。」
「えーけんぶ?ヒッキー、知ってた?」
「いや、俺も知らなかった。」
「確か、映像研究部だったかしら。」
総武高校にはいろんな部活があるが、奉仕部と良い勝負出来るくらいに知名度の無い部活もあるだなと思わず感心してしまう。
× × ×
コンコン
部室のドアが軽くノックされ、一人の女生徒が遠慮がちに入ってきた。
「失礼します。生徒会長の一色さんに呼ばれたのですが。」
「あ、私が一色です。先輩、椅子。」
一色が席を立ち、自分の横に椅子を置くように指図してきた。
「お前なぁ・・・」
後輩に顎でこき使われるのは癪だが、お客さんを立たせたままなのは忍びない。
仕方ないので、俺は一色の座っていた椅子の横に、空いている椅子を一つ置いた。
「2-Cの塚原さんね。映像研究部部長の。」
顔を見るなり名前が出てくるあたりは、さすが雪ノ下。
この人、本当に全校生徒の顔と名前を覚えていそうだよな。
あ、名前覚えていなかった生徒もいましたね。俺とか材木座とか・・・。
一色は、塚原さんが自分の横に置かれた椅子に座ったのを確認し、話を続けた。
「PR動画の制作をお願いした後で、ちょっとしたトラブルがありまして。塚原先輩、後はよろしいですか?」
「はい、実は・・・」
話をふられた塚原さんは、映像研究部が抱えている問題を話し始めた。
曰く、
・生徒会からの依頼を受け、動画制作を快諾した塚原さん。
・だが、他の部員は動画制作に消極的で対立が発生。
・なんとか制作に協力してくれるよう塚原さんは努力したが、結局その部員達は退部。
・人手が無く、完全に手詰まり状態。
と、いったところである。
「そこで、一色さんに相談したら、奉仕部の皆さんが何とかしてくれると。」
申し訳なさそうにしている塚原さんには悪いが、まずは一色に釘を刺しておかないといけないな。
「おい、一色。」
「あ、あはは。でも、生徒会も準備で手一杯ですし、先輩方しか頼れる人がいないというか・・・。」
そう言うと、一色はわざとらしく何かを思いついたように手を打ち、
「じゃ、じゃあ!私はそろそろ生徒会の方に戻りますので、失礼しまーす!」
と言い残し、脱兎のごとく部室を飛び出していった。
「一色の奴、仕事押しつけるだけ押しつけて逃げやがったな・・・。」
「でも、生徒会の手助けが依頼である以上、何もしないわけにはいかないわね。」
「とりあえず、話だけでも聞いてみようよ。」
そう言われて安心したのだろうか、塚原さんの表情が若干和らいだ。
「ありがとうございます。えっと・・・」
そういえば、俺達の自己紹介はまだだったな。
× × ×
そして、由比ヶ浜が最初に自己紹介を始める。
「あたしは、2-Fの由比ヶ浜結衣。で、こっちがゆきのんで、そっちがヒッキーだよ。」
「えっと、由比ヶ浜さんと・・・ゆきのん?ヒッキー?」
混乱する塚原さんを見かねたのか、コホンと咳払いをした雪ノ下が自己紹介を続ける。
「私は、2-Jの雪ノ下雪乃です。そして、向こうの目が腐ってる男が2-Fの比企谷君。」
「どうも。」
雪ノ下が俺の紹介をしてくれたので、改めて名乗る必要も無いだろう。
「映像研究部の
「こちらこそよろしくね。えーりん!」
早速、由比ヶ浜さんがやらかしてくれました。
なに?その
「え、えーりん?」
いきなり変なあだ名で呼ばれて、塚原さんも困ってるじゃねぇか。
「由比ヶ浜の病気みたいなものなので、気にしないでください。何でしたら、お返しに『ゆいゆい』とか呼んであげると喜びますよ。」
「ヒッキー!そのあだ名は恥ずかしいからやめて!」
「じゃあ、『ビッチ』?」
「もう!ヒッキー!怒るよ!」
「二人とも、いい加減にしなさい。塚原さんが困っているわよ。」
「み、みなさん、仲がよろしいのですね・・・。」
塚原さんの笑顔が引きつっている。奉仕部に依頼したことを後悔していなければ良いけどなぁ。