【前回のあらすじ】
「はい!OK!」
監督である塚原さんのかけ声と共に全シーンの撮影は完了した。
だが、撮影しただけでは動画としてはまだ未完成。
編集作業を手伝う合間に、撮影された映像を見てこれまでを振り返る八幡。
すると、そこに「手伝いに来た」と言ってやって来た由比ヶ浜。
なんだかんだで編集も終え、ついに完成したPR動画。
一般公開の前に試写会が行われ、それを見た雪ノ下、一色の両名の反応は・・・。
2月12日 18:23
From:☆★ゆい★☆
TITLE:どうがのぺーじ
ヒッキー!やっはろー!゚.+:。((o(・ω・)人(・ω・)o))゚.+:。
いろはちゃんから動画のページ出来たって連絡あったから送るね!((ヾ(。・ω・)ノ☆゚+
http://stu.soubu-h.ed.jp/168s/event.html ヾ(・ω・)o))゚.+:。
× × ×
「なんだ、これは?」
自宅に帰り、スマホを充電器にセットしたところでメールが着信していた事に気づいた俺は、その内容を見て唖然とした。
ってか、さっき試写会で見たんだし、もう俺が見る必要ないだろ・・・。
さて夕飯まで軽くネットサーフィンでもして時間を潰そうかとPCの電源を入れると、ドタドタという足音が響き部屋のドアが勢いよく開かれた。
「お兄ちゃん!パソコン!パソコン貸して!」
「小町さん。部屋に入るときはノックくらいしなさい。」
ノックもせずに部屋に入ってきた小町に対して雪ノ下のモノマネで注意してみたが、小町はそんな俺のモノマネを無視して電源を入れたPCの前に座る。
そして、慣れた手つきでPCにログインパスワードを入力し・・・って、小町。なんで俺のPCのログインパスワードを知っているんだ?
「おい、小町。なんで・・・」
「ん?大丈夫だよ、お兄ちゃん。Dドライブの『あのフォルダ』のことは誰にも言わないから。」
小町ちゃん?『あのフォルダ』の中身は、中学生の女の子には目の毒だとお兄ちゃんは思うよ!
心の中で妹の教育(保健体育分野)について心配していた俺には目もくれず、小町はネットブラウザにURLアドレスを入力していく。
あれ?このURLアドレス、どっかで見たような・・・。
目的のページを開いた小町は、その中にあった一つのリンクをクリックしてリンク先の動画を再生させた。
× × ×
「小町に黙ってこんな楽しい事していたなんて!ずるいよ、お兄ちゃん!」
「ずるいって、お前・・・。お前は今それどころじゃ無いだろ。」
動画を見終わった小町は、なぜか俺に説教をし始めていた。
「でも、結衣さんの演技は凄く良かったけど、相手役の演技ですべて台無しなんだよね~」
ふむふむと肯きながら顎に手を当て、映画評論家のように感想を話す小町。
まぁ、男子生徒役の演技が良くない事くらいは俺にだって理解できる。だが、俺にだって言い分はある。
「俺だって最初は無理だと断ったんだぞ。でも、由比ヶ浜に無理矢理・・・」
「およ?結衣さんのご指名とな!?それじゃあ・・・ほほぅ。」
小町の奴、今度はニヤニヤしながら何度も肯いてやがる。
「怒ったり、ニヤついたり、どうしたんだ、小町。」
「いやぁ。結衣さんも頑張っているなぁ~って思っただけだよ。」
「まぁ、今回の依頼に関しては由比ヶ浜の頑張りを認めるしか無いな。脚本も由比ヶ浜が考えたんだし。」
「なんと!脚本まで!?むひょー!これは間違いないですな!おっと、結衣さんにメールメールっと」
今度は、奇妙な叫び声を上げるや否や、一心不乱にメールを打ち出す小町。
「小町ちゃん?ひょっとして、受験勉強に疲れておかしくなっちゃったのかな?」
入学試験本番直前にこのテンションの上がり方はただ事では無いなと思った俺は、そう小町に問いかける。
「はぁ~。まったく、このごみいちゃんは・・・いや、もう『ごみいちゃん』じゃなくて、『ごみぃ』だね。『ごみぃ』。」
「ちょっと小町ちゃん?妹の事を心の底から心配しているお兄ちゃんに向かって、それはあんまりじゃ無いかな?」
「何言ってんのさ、『ぃ』は残してるじゃん。これは小町の思いやりだよ!」
お兄ちゃんとしては、もう少し別の方向で思いやってくれないものかしらと思ったが、まぁ黙っておく事にしよう。
そこまで考えたところで強烈な空腹感に襲われる。時計を見るともう19時になろうとしていた。
「ほら、晩飯作ってやるから。さっさと食って勉強するか寝るかしろ。」
ガシガシと乱暴に小町の頭を撫でつけて小町を立たせると、背中を押して自分の部屋を後にした。
× × ×
金曜日
いつもより少し早い時間に登校した俺は、自転車置き場に自転車を止めると鞄から取り出したマスクを装着した。
別に、風邪をひいたりしたわけでは無い。
今は2月半ば、巷ではインフルエンザ等の感染症が猛威を振るっている時期である。そして、数日後には小町の入学試験が控えている。
こんな状況で、俺が風邪やインフルエンザに感染するにはいかないのである!
決して、顔を隠すためにマスクをしているんじゃ無いんだからね!
・・・などと、心の中で自己弁護を行いつつ昇降口へと向かう。
幸いにも校内には俺と同じようにマスクをつけている生徒が多くいたため、俺がマスクをしていても目立つことは無いようだ。
昨日の動画の影響だろうか、廊下に掲示されたポスターには多くの生徒が集まり互いに会話を交わしている。
――『ねぇねぇ、昨日の動画見た?』『見た見た!葉山君もちょっと出ていたよね!』『ってか、葉山君の出番少なすぎ!』――
――『動画に出てた女子、誰?』『F組の由比ヶ浜って名前らしいぞ。』『マジかよ!ちょっと見に行こうぜ!』――
――『でも相手役の男子、あれヤバいよね。』『だよね。あの目とかちょっとキモくてひいたし』『誰なんだろう?』『さぁ?』――
そんな会話を耳にしつつ教室に辿り着くと、教室の入り口には多くの生徒(野次馬)が集まっていた。
月曜日と同じく、野次馬達の視線の先には葉山達のグループで楽しげに話をしている黒髪のお団子頭の女子がいた。
葉山達が周辺の視線を集めてくれているおかげで誰にも気付かれること無く自分の席に辿り着いた俺は、羽織っていたコートを脱いで椅子の背もたれに掛ける。
ついでに息苦しくなってきたので慣れないマスクも取ってしまおう。あれ?それじゃあインフルエンザ予防の意味無くね?まぁ、良いか。イヤヨクナイジャン
一人でボケツッコミを行い、そのあまりのシュールさに思わず口角を上げてしまう。
おっと、危ない危ない。他人に見られたら、またキモいと思われてしまう。
神様、どうか誰にも見られていませんように・・・。
「どうしたの?何か良いことあったの?」
Oh・・・バッチリ見られていたよ。神様、仕事しろよ。
そう思い、顔を上げると・・・神様の代わりに、天使(戸塚)が目の前に立っていた。
「おはよ、八幡。」
「お、おう。おはよう、戸塚。」
「ねぇねぇ八幡!動画見たよ。すっごく良かった。」
「そうか。まぁ俺はともかく、由比ヶ浜は頑張っていたからな。そっちにも言ってくれればきっと喜ぶぞ。」
俺がそう答えると、戸塚はちょっと拗ねたような表情を見せる。なにそれ、超可愛いんだけど。
「ところで、八幡は明日のイベントはどうするの?」
「俺か?多分、生徒会の手伝いがあるから強制参加だな。」
本当は入学試験日間近の小町のために、一日家に籠もって小町のお世話をしたかったんだがなぁ・・・。
「そっか・・・。僕も八幡と一緒に行きたかったけど、明日はテニススクールの練習試合があるから無理なんだ。」
なんだ、戸塚は参加できないのか・・・。じゃあ、俺も仮病でも使って休もうかな。
「まぁなんだ。俺も裏方で扱き使われるだけだからな・・・。それよりも、頑張れよ。試合。」
「うん!ありがとう、八幡。」
満面の笑みで戸塚が答えると、始業を知らせるチャイムが鳴り響いた。
「あ、授業が始まっちゃう!じゃあね、八幡。」
胸の前で小さく手を振り、自分の席に駆け戻る戸塚。
現生徒会長の某後輩が行えばあざといことこの上ない仕草であるが、戸塚が行うと誠に可愛く思えるから不思議である。
× × ×
放課後
コートを羽織り鞄を手にした俺は、チラリと教室の後方に視線を向ける。
由比ヶ浜がいる葉山達のグループは、相変わらず多くの生徒に囲まれているようだ。
まぁ、あっちには葉山も三浦もいるし、心配することは無いだろう。
そう思った俺は教室を後にして、特別棟にある奉仕部の部室に向かって歩く。
部室に向かうまでの間に、歩きながら多くの生徒達が交わす会話に耳を傾けてみる。
会話の内容は、明日のイベントのことについてらしい。概ね多くの生徒が感心を持っており、参加したいと思っている生徒も多いようだ。
そうこうするうちに奉仕部部室の扉の前に辿り着き、ドアに手を掛け力を込める。
だが、ドアはピクリとも動かず依然として閉ざされたままだった。
あれ?いつもなら雪ノ下が部室の鍵を開けてくれているはずなのだが・・・。
閉ざされたドアの前でしばし考えていると背後から軽い衝撃を感じ、振り返ると由比ヶ浜が不機嫌な表情をして立っていた。
「いきなりなんだよ。」
「なんで勝手に行くし。」
「勝手にって、お前今日は部活出ないんじゃ無かったのか?」
「そうだけど・・・。そうだ!いろはちゃんから今日はゆきのんは部室に来ないって。ヒッキーにもメール送ったはずだけど?」
「メール?」
そう言われて自分のスマホを取り出すと、確かにメールが着信している通知が表示されていた。
「あ、本当だ。メール来てる。」
「ヒッキー?」
メールを無視されたせいか、由比ヶ浜の機嫌がすこぶるよろしくない様子。
「あ、いや、すまない。」
とりあえず、着信したメールを開く。でも、いつ着信したんだ?メールの着信時間は・・・ん?
「おい、由比ヶ浜。このメール送ったの5限目の授業中じゃねーのか?」
ただでさえ成績が芳しくないのに、授業中にスマホを操作している所を先生に見られたら・・・もう一度2年生をやり直すことになっても知らねーぞ。
「ふぇ?あっ!そ、そうだ。あたし、もう行かなきゃ!じゃあね!ヒッキー!」
そう言って由比ヶ浜は、脱兎のごとく俺の前から姿を消した。
由比ヶ浜の奴・・・逃げたな。
そう思いつつ、由比ヶ浜から送られたメールの内容を確認する。
どうやら、今日はイベント会場であるコミュニティーセンターで作業をするようだ。
メールを確認し終えた俺は、学校を出てコミュニティーセンターへと向かった。
× × ×
「た・・・助かった。」
コミュニティーセンターに到着し、会場の入り口で出迎えてくれた生徒会会計の稲村が俺の顔を見るや安堵のこもった声を漏らした。
「会長も副会長も書記も出られないんで、どうしようかと思ってたよ。」
は?生徒会の役員のほとんどが不参加だと?どうなっているんだ?
「会長は?一色は何しているんだ?」
人に仕事を押しつけておいて、自分はサボるとはイイ根性してやがる。これは、一言言ってやらないといけないな。
「あ、会長達は明日のリハがあるんで仕方ないんだけどね。」
稲村が苦笑いしながら一色達の弁護をしている。これ以上追求しても、誰の得にもならないだろう。時間も無駄になるし・・・。
「仕方ない・・・。で、俺は何をすれば良いんだ?」
俺が稲村に指示を請うと、彼はポケットからメモを取り出す。
メモに書かれた几帳面な字体は・・・雪ノ下が書いたメモか。
「えっと、まずは会場に椅子を並べるのを手伝ってくれないかな?」
「わかった。」
コートを脱ぎながら、会場になる3階のホールへと向かった。
コミュニティーセンターで作業を行うこと3時間。
会場の設営も粗方完了し、俺は会場の飾り付けの手伝いをしていた。
「クリスマスイベントの時の飾りがこんなところで役に立つとはな・・・。」
そう呟きながらハシゴを登りペーパーチェーンや星形の飾りなんかを天井や壁へ貼り付けていく。
最初は飾りを押さえながら粘着テープで貼り付ける事に苦労したが、何度か繰り返すうちに片手でテープを切ることに慣れ、効率よく行えるようになってきた。
が、調子が乗ってきた時にトラブルが発生してしまうのが世の常であるのだろうか、いざ貼り付けようとしたときに粘着テープが無くなったことに気付いた。
「あ、テープ無いや・・・。」
やれやれ、テープを補充するのに一度梯子を下りるのも面倒だなぁと考えていたら・・・。
「はい。」
という声が聞こえてきた。
声がした方を見ると、ピンクに近い明るい茶髪にお団子を乗せた髪型に戻った由比ヶ浜がカットされた粘着テープを差し出していた。
「お、おう・・・。」
どういうリアクションをすれば良いのかわからず、曖昧な返事だけした俺はカットされたテープの端をつまむ。
「はい。」「おう。」「はい。」「おう。」「はい。」・・・。
淡々と互いにかけ声だけ掛けつつ、テープを受け取っては貼り付ける作業を繰り返すこと幾度。
すべての飾りを貼り付け、梯子を下りる。
「ヒッキー、お疲れ。」
「お前・・・今日は来れないんじゃなかったのか?」
「いやぁーそのー・・・思っていたよりも早く終わったから・・・来ちゃった。」
そう言ってお団子部分を触りながら照れ笑いをする由比ヶ浜。
「早く終わったって、それ大丈夫なのか?生乾きとかないのか?色とか付かないか?」
実際の所、髪の色ってどうやって変えているんだろうか?塗料とか塗ってるのかな?
だとしたら、生乾きで触って色落ちとかしないのだろうか。
「そんなことあるわけないし!ってか、サロンでちゃんとしてきたから大丈夫だし!」
由比ヶ浜は、そこまで早口で捲し立てると急に黙り込んでしまった。
「で、でも、そんなに心配なら・・・さ、触って、みる?」
いやいやいや。そこで照れながら言うのは反則だと思うし・・・。
それに、小町以外の女子の髪を触るとか・・・ねぇ。
「あ、いや、心配とかじゃなくて・・・それに、ほら!今、俺の手、埃とかテープの糊とか手汗とかで汚れてるし!」
しどろもどろになりながら苦し紛れの言い訳をすると、由比ヶ浜がガックリと肩を落とす。
「ま、ヒッキーだもんね。しょうがないか・・・。」
そう呟いた由比ヶ浜に対して、「どういうことだ?」と問い返そうかと思ったとき、咳払いと共に稲村が話しかけてきた。
「二人ともお疲れ様。なんとか目処も付きそうだし、後は生徒会で頑張るよ。」
稲村の言葉を聞き、会場を見回す。
会場内にはパイプ椅子が並べられ、ステージ上には楽器のセットが置かれスピーカーやライトも配置済み、今は数名の役員がライトやマイクのチェックを行っていた。
確かに、もう俺達が手伝えることはないだろう。ここは稲村の好意に甘えることにしようか。
「それじゃあ、これで帰るわ。」
そう言って身支度をすると、由比ヶ浜を連れてコミュニティーセンターの外に出る。
外に出ると、辺りはすっかり暗くなり、冷たい風が容赦なく吹き付けてくる。
「さみぃ!」「さむっ!」
ほぼ同じタイミングで俺と由比ヶ浜は首元に捲いたマフラーを口元まで寄せる。
そして顔を見合わせると、由比ヶ浜があははと笑った。
「なんで笑うんだよ・・・。」
「なんでもないし。」
そう言って、由比ヶ浜が一歩前に出て距離を取る。
「明日のイベント、上手くいくと良いね。」
由比ヶ浜は、くるりと振り向きざまにそう言うと、
「じゃあ、また明日。」
と手を振って、急ぎ足で駆け出していった。
「お、おう・・・また明日。」
一人残された俺は、照れ隠しのようにガシガシと頭を掻くと自転車に跨がりペダルを踏み出した。