全校生徒へ公開されたPR動画。
明日のイベントに向けて浮かれつつある生徒達を尻目に、相変わらず準備作業に追われる比企谷 八幡。
参加人数も少なく、多忙を極めた会場で設営作業に追われる八幡達。
そんな彼らを手伝いに会場へ現れたのは・・・?
土曜日
そして2月14日。
世間では、「バレンタインデー」と呼ばれる日である。
休日のバレンタインデー。
世間の浮ついた雰囲気に晒されることも無く、偽告白や偽チョコに怯えることも無く、自宅で小町のチョコを堪能しつつ優雅に休日を過ごせるはずであった。
・・・はずだったのに!
「畜生!何が悲しくてこんなことをやっているんだか・・・。」
そう。俺は今、コミュニティーセンターの中で生徒会役員に混じってバレンタインイベントの準備の手伝いをさせられていたのである。
「すみません!入場する人は生徒手帳の提示をお願いします!」
俺の隣では、生徒会会計の稲村が声を上げていた。
稲村曰く、参加者の中に部外者が紛れ込むといろいろ問題になるそうで、それを防ぐために参加者全員の制服着用と入場時に生徒手帳を提示することを義務付けたとのこと。
そして、俺と稲村はホール入り口に設けた受付で入場者が提示する生徒手帳の確認を行っていたのである。
「2列に別れて受付をお願いします!」
続けて、稲村が叫ぶ。
その理由は、参加者の多く― 特に女子生徒 ―が稲村の前に列を作り、男子生徒がたまに俺の前に並ぶ有様であったからだ。
稲村の指示があってか、一部の生徒が俺の前にも並び始めるようになった。
「生徒手帳の提示をお願いします。」
俺が事務的な口調で言うと、先頭にいた女子生徒が嫌々生徒手帳を差し出す。
ってか、ちゃんと(ページ)開けよ。(顔写真と名前が)はっきり見えねーだろうが。
心の中で悪態をつきながら、笑顔は絶やさずに対応する。
去り際に『なにあれ、キモい』という言葉が聞こえたような気がするが・・・まぁ、気のせいだろう。キノセイダヨネ?
その点、男子生徒は俺のことは眼中に無い様子なので、幾分か気が楽である。
「はい、次の人。」
「あんれー、ヒキタニくんじゃん!」
脳内で某入国管理官のインディーズゲームのBGMを流しながら黙々と作業していると、目の前にいた男子生徒に声を掛けられた。
「なんだ、戸部か。それに・・・」
「誰かと思ったら、ヒキオじゃん。」
「ヒキタニ君、はろはろ~」
顔を上げると、戸部に大岡と、三浦、海老名さんに・・・
「ヒッキー、やっはろー。」
由比ヶ浜まで並んでいた。
「まぁ、来て当然の面子だな。で、葉山と大和は?」
本来いるべきはずの人間が見当たらなかったので、由比ヶ浜に聞いてみる。
「えっと、隼人君と大和君はイベントのステージで出演するみたいだって。」
「そっか・・・。まぁ、お前達なら生徒手帳見るまでも無いな。通っていいぞ。」
俺がそう言うと、戸部達は我先にと会場へ入って行った。ただ一人、由比ヶ浜を残して。
「ん?どうした、由比ヶ浜。」
「え、あー、えっと、受付終わったら、あたしと一緒に・・・イベント、見ない?」
由比ヶ浜が、お団子部分を弄りながら話していると、
「結衣ー!早くしないと、席無くなるべー!」
と言う戸部の声が会場から聞こえてきた。
俺が三浦達のグループに加わっても空気を悪くするだけだしな。由比ヶ浜に余計な気を遣わせたくないし・・・。
そう考えた俺は、由比ヶ浜に告げる。
「一人で見るからいいよ。俺のことは気にしなくていいから、三浦達と楽しんでこい。」
「えっ?あ・・・うん。」
由比ヶ浜は、一瞬何か言いたげな様子を見せたが、その言葉を飲み込み「またね。」と手を振って三浦達の所へ駆け寄っていった。
「さてと・・・。」
気がつけば、入り口の行列もかなり減ってきているようだ。受付の仕事も、もうすぐ終わるだろう。
「次の人、生徒手帳を提示して下さい。」
気を取り直して作業を続けることにしよう。
× × ×
イベント開始1分前。
参加者のほとんどはホールに並べられた椅子に座り、周りの人間と雑談をしている。
その一方で、生徒会の連中はホールの各所に据え置かれている照明やステージ脇に待機しており、インカムを使って最終打ち合わせをしているようだ。
俺は、いつもの通り最後列の椅子に座ってイベントの開始を待つことにした。
そして、ついに生徒会主催のバレンタインイベント開演の時間を迎えた。
開始時刻と同時に会場が暗転。スクリーンに昨日から公開されている例のPR動画が上映される。
それにしても、何回見ても恥ずかしいよな・・・コレ。
もしかして、永久保存されて事あるごとに上映されるんじゃないだろうな・・・。
そんなことを考えているうちに、動画の上演が終了する。
そして・・・。
「みなさーん!青春してますかぁー!」
ステージに現れた一色の叫びと同時に、ステージの照明が一斉に点灯し、ステージの幕が開かれる。
「それじゃあ、一曲目!『 Bitter Bitter Sweet 』!」
正確無比な音程とテンポでエレキギターを奏でる雪ノ下、一心不乱にドラムを叩く副会長の本牧、緊張した面持ちで丁寧にキーボードを演奏する書記の藤沢。
前奏が始まり会場が沸き立つ中、俺はステージ上にいた面々の顔ぶれを見て、思わず絶句してしまう。
『うぉぉぉ!!』
観客の大歓声と楽器が奏でる音量に負けじと、生徒会長の一色が精一杯声を張り上げて歌い始める。
♪ それはちょっとBitterな ショコラみたいな刺激 君の声が このハートに響いた ♪
この曲は、文化祭のステージで雪ノ下と由比ヶ浜が歌った曲か。
歌詞もバレンタインのチョコレートを連想させるものだろうか、観客のテンションもいきなり急上昇である。
『I!RO!HA!フゥー!』『I!RO!HA!フゥー!』
一曲目が終わるや否や、観客から『いろは』コールが出る始末である。
「みんなー!ありがとー!それじゃあ次は!『恋の2-4-11』いっくよー!」
一色がノリノリで次の曲を歌い始める。
って、一色の振り付け、某動画サイトで見たまんまじゃねーか。
♪ 気づいてるわ みんなが私を ハートの視線で 見つめてるの ♪
一色の奴、動画を見て振り付けを練習したんだなぁ・・・と、思わず感心してる内に曲は進み、一色が客席にコールを始める。
「恋の2-4-11って何だか知ってる-!」
『オシエテー!』
「2はスキ!」
『エーッ!』
「4はダイスキ!」
『モシカシテー!』
「11はセカイイチ アナタガスキ!」
『Fooooooo!!』
「私はアナタのことが世界で一番大好きだよ!」
『うぉぉ!いろはすー!』
コール&レスポンスまでバッチリかよ。
ってか、観客の奴らノリ良すぎじゃねーか。あと、戸部。うるさい。
× × ×
「みんなー!生徒会のアイドル、いろはちゃんだよー!よっろしくぅ~!」
『うぉぉぉ!!』
「はーい!みなさーん!気持ちはわかりますが、まだ始まったばかりですよー!」
二曲を歌い終わった一色は、沸き返る歓声が静まるのを待って徐に司会進行を始める。
「それでは、まずは先程のオープニングに協力していただいた人達を紹介します!」
そう言って一色がステージ上の本牧達を紹介する。
「それから、今回のオープニング動画制作に協力していただいた方も紹介しちゃいます!」
一色はステージ脇からビデオカメラで撮影中だった塚原さんの手を取り、ステージ中央へと連れ出す。
「まずは、監督兼カメラマンの映像研究部 塚原先輩!」
大きな歓声と拍手に迎えられ、塚原さんがステージ上で頭を下げて一礼する。
「続きまして、オープニング動画の撮影も含めていろいろと手伝っていただきました、奉仕部の先輩方!」
一色がステージから駆け下り、中央・最前列に陣取っていた三浦達のグループにいた由比ヶ浜の手を取り、ステージへと引き上げた。
「まずは、先程ギターを弾いていた奉仕部部長の雪ノ下先輩!」
一色に紹介された雪ノ下がステージ中央で一礼する。
「さらに、オープニングの動画でヒロイン役と脚本を担当された由比ヶ浜先輩!」
一色に背中を押されてステージ中央に連れ出された由比ヶ浜がキョロキョロと辺りを忙しなく見回す。
「えっ、あーっと、や、やっはろー?」
『・・・。』
あ、由比ヶ浜の奴、やらかしたな。
これは、黒歴史確定だな。と、由比ヶ浜に同情していると・・・
『やっはろー!!』
少し時間をおいて、大きな声援が帰ってきた。
おいおい、その変な挨拶。これから総武高校で定着するんじゃ無いだろうな?
などと総武高校の将来を危惧しつつ、ホール最後列の席からその様子をただ眺めていた。
「それから・・・どこにいるんでしょうかね?せんぱい、空気読んで出てきて下さいよ。」
「あの男は・・・この期に及んで、往生際の悪い。」
「あはは。まぁ、ヒッキーだもんね。」
ステージ上の三人が俺を探しているようだが、あいにくと俺はステルスモードで観客に紛れて潜伏中である。
「えーっと、業務連絡!奉仕部の比企谷先輩。無駄な抵抗はやめて速やかにステージまで出てきて下さい。」
一色が呆れた声で呼び出しを行い、会場の至る所から失笑が聞こえてくる。
前々から言えることだが、スポットライトで照らされたステージは俺が居て良い場所じゃ無い。
むしろ、薄暗い場所で人目を避けて・・・
「あーっ!いたー!」
「予想通りの場所に潜んでいたわね。一色さん、最後列のあの場所にいるわよ。」
あれ?由比ヶ浜と雪ノ下がこちらを指さしているみたいだが・・・まさか、見つかった?
いやいや、そんなことあるわけ――
「わかりました!照明さん!スポットライトお願いします!」
一色の指示により、会場中のスポットライトが俺に向けられた。
やめて!ぼっちに光を当てないで!
俺の必死の懇願は無視され、生徒会役員に両腕をつかまれた俺はスポットライトに照らされつつ捕獲された宇宙人のように無様な格好でステージまで連行されてしまった。
× × ×
「はぁ・・・疲れた。もう帰ろっかな。」
ステージ脇に置かれた椅子にだらしなく腰掛け、思わず愚痴を漏らしてしまう。
無理矢理ステージに上げられ、慣れない挨拶までさせられたのである。
しかも、俺が逃げ出さないようにと由比ヶ浜と雪ノ下に両腕を抱えられた状態で・・・である。
会場にいた女子生徒からは「あいつ、誰?」と囁かれ、男子生徒からは「リア充、くたばれ!」とばかりに殺意が込められた視線を浴びせられた俺のメンタルはもはやズタボロ。
今、SAN値チェックしたら、絶対にヤバい状態になるに決まっている・・・あ、『旧支配のキャロル』が聞こえてきた・・・幻聴かな?
一方ステージ上では、ラグビー部の連中がA●Bの曲に合わせて一糸乱れぬダンスを披露していた・・・なぜかお揃いのチア衣装に下手くそな女装メイクを施して・・・。
特に、センターの位置にいた大和は気迫のこもったダンスを披露し、これには会場も男女問わずに大爆笑。
そして、ダンスを終え万雷の拍手に迎えられステージから退場した彼らは、舞台脇で互いに抱き合って男泣きしていた。
そのせいか、メイクも涙で流れ、見るも無惨な有様に・・・うん、見るんじゃ無かったよ・・・。
抱き合って号泣するラグビー部から視線をそらすと、横から甘い香り漂う紙コップが差し出される。
この香りは・・・ココアだろうか?
「珍しく紅茶じゃ無いんだな。雪ノ下。」
俺が紙コップを受け取ると、雪ノ下は俺の隣に椅子を置き、手にしていた保温ボトルから同じものを別の紙コップに注いで椅子に腰掛けた。
「え、ええ。この前の撮影で大量のチョコレートが余ってしまったから。だから、捨てるのも勿体ないと思って作っただけよ。決して今日が2月14日だからとかそういうつもりは一切無いから・・・」
雪ノ下がそこまで一気に捲し立て、まだ熱々のホットチョコレートを口に含み、「熱っ」と顔をしかめる。
「おいおい、大丈夫か?雪ノ下。」
「・・・。」
あまりの慌て振りに心配して声を掛けてみたが、雪ノ下は顔を赤らめ拗ねた表情で俺を睨んだまま一言も発しない。
「あの、雪ノ下さん?」
「・・・冷めてしまうから、あなたも早く飲みなさい。」
「いや、俺、猫舌だし・・・。」
一応、言い逃れしてみたが、雪ノ下の表情は一向に変わらず、意を決して紙コップに注がれたホットチョコレートを口に含んだ。
口に含んだ途端、濃厚なチョコレートの香りが口の中に広がる。今まで飲んだココアとは全然違う味だった。
「なんだコレ!めちゃくちゃ美味いぞ。」
「そ、そう?・・・ふふ、よかった。」
思わず感想が口から出てしまい、それを聞いていた雪ノ下は微かに微笑んだまま紙コップに口をつける。
その顔が赤いのは、ホットチョコレートで身体が温まっているから・・・だよね?
「・・・。」
「・・・。」
それから、しばらくの間、俺と雪ノ下はホットチョコレートを無言で飲み続ける。
ほら、カニとか食べる時のように、人は本当に美味しいものを口にすると黙っちゃうものだしね。
決して、ぼっち同士だから会話のネタが見つからないわけでは無いからね?
「な、なぁ、雪ノ下?」
「・・・何かしら?」
とはいえ、いつまでも無言のままでは居心地も悪いので、先程思いついた疑問を問いかけることにした。
「今週姿を見なかったのは、一色達のアレのせいだったのか?」
「ええ。動画撮影の予算を増やす代わりに、手伝って欲しいと頼まれたのよ。」
「だったら、俺達にも一言言ってくれれば・・・。」
「あなたにだけは言われたくないわよ。比企谷くん。」
「うっ・・・。」
まぁ、俺も以前に雪ノ下達に黙って一色の手伝いをしていた事があったので、そう言われると言い返すことは出来なかった。
「それに・・・私だって彼女に後れを取るわけにはいかないから。」
雪ノ下が何かを呟いていたみたいだが、ステージの方から大音量の黄色い歓声が響き渡り、雪ノ下が発した言葉をかき消してしまった。
何事かとステージの方を見ると、ステージ上では葉山がアコースティックギターを手に弾き語りを始めていた。
しかも選曲はラブバラードばかり。さすがはリア充の王、葉山 隼人。あざといことこの上なしである。
その葉山を少しでも近くで見ようと客席最前列に多くの女子が詰め寄り、御捻りとばかりにステージ上へ無数のチョコレートが投げ込まれていく。
ちなみに、最前列中央のベストポジションを占めていたのは、当然のことながら三浦と一色であった。さすがはあーしさん。あと、一色は仕事しろ。
葉山のチートっぷりに辟易しつつ、視線を雪ノ下に戻す。
「すまん、雪ノ下。良く聞こえなかったのだが、『私だって』の後、なんて言ったんだ?」
と、先程歓声で聞こえなかったところを聞き直してみたが・・・。
「な、何でも無いわ。」
と、赤い顔で拒否されてしまった。
その後、軽音楽部による演奏やダンス同好会によるダンスと、様々な部活やグループによる演目が披露され、会場は大盛り上がりのままプログラムを消化していった。