マラソン大会も終了し、次は生徒会主催の「バレンタインイベント」の手伝いをすることになった奉仕部一同。
そんな奉仕部に、生徒会長の一色 いろはが依頼を持ち込んだ。
「バレンタインイベントのPR動画作成を手伝って欲しい。」
映像研究部部長 塚原 映子の依頼を受けた奉仕部一同。
早速、企画会議を始めるのだが・・・。
「それじゃあ、始めよっか!」
と、由比ヶ浜は席を立ち、黒板に大きく
『きかくかいぎ! (`・ω・´)』
と、書いた。
おい、由比ヶ浜。高校2年生なんだから『企画会議』くらい漢字で書こうな?
それから、後ろの顔文字は必要ないから。
「で、どうしよっか?」
由比ヶ浜のバカっぽい前フリを無視して、雪ノ下が話を続ける。
「まずはどんな動画を作るかを考えるべきかしら?」
「イベントに関心持ってもらう為の動画か・・・塚原さん、脚本とか決まっているのですか?」
「いえ。脚本担当の人までやめちゃったので・・・。」
塚原さんは、悲しげな表情でそう答えた。
「でも、なんでイベントの人気が無いのかな。あたしは面白そうなイベントだと思うけどな。」
由比ヶ浜が、不思議で仕方ないといった面持ちで疑問を口にする。
おそらく、企画を思いついた生徒会 ― 特に一色のような奴 ―でも同じ疑問を持っているだろう。
「そりゃ、由比ヶ浜のような奴には楽しみなイベントかもしれないな。」
「うん!うん!だよねー。」
大げさなアクションで由比ヶ浜が肯く。
「だが、バレンタインが憂鬱な男子も多く存在している。」
「そ、そんなことあるわけ無いじゃん!とべっち とかも楽しみにしているって言ってるし。」
そりゃ、お前のグループの男子がトップカーストだからに決まっているだろ。
戸部とか『見た目』は結構良さそうだしな。ただ、喋るとウザいが。
では、由比ヶ浜にも理解できるよう、実例を紹介するとしようか。
「これは、俺の友達の友達の話なんだが――」
そう前置きして、バレンタインにまつわる過去のエピソードを幾つか披露した。
呼び出されて浮かれ気分で待ち合わせ場所に行ったら実はドッキリだったとか、机の中に入れられていた包みを開けたら激辛カレールーをチョココーティングしたものだったとか・・・。
あれはキツかったなぁ。チョコのつもりで思いっきり噛んだから、しばらく口の中がヒリヒリして大変だったよ・・・。
それから、それから・・・
「ヒッキーやめて!それ以上は言わなくて良いから!」
「あ、あの、これって私が聞いて良い話なんでしょうか・・・。」
「塚原さん。この男の
塚原さん、お気遣いありがとうございます。
そして雪ノ下。あなたは、塚原さんの気遣いを見習って欲しいものです。
「じゃ、じゃあ!去年のバレンタインはみんなはどうしてた?」
場の雰囲気に堪えられなくなったのか、由比ヶ浜が場の空気を変えようと別の話題を切り出した。
「ゆきのんはどうだった?」
「特に何もしなかったわね。ただ、どこに行くにも誰かに付きまとわれていたから、気分の良い日では無かったわね。」
まぁ、雪ノ下の場合はそうなるだろうな。こいつが誰かにチョコを渡す姿なんて想像できないし。
「じゃあ、えーりんは?」
「えっ?私ですか?私は友達とチョコ交換したり、部のみんなにチョコ配ったりだったかな。」
最近じゃ、女子同士でもチョコあげたりするんだよな。じゃあ、男同士でも・・・。
やめておこう。クラスメイトの腐女子さんが喜びそうな展開しか思い浮かばない。
「それじゃあ・・・ヒッキーは?」
「俺は別に良いよ。聞いても無駄だし。」
「そ、そんなのわかんないじゃん!参考になるかもしれないし・・・あたしが。」
「最後までハッキリ言えよ。まぁ、そんなに聞きたいなら教えてやろう。」
「本当!?」
「まず、普通に登校してだな。」
「ふんふん。」
そう言って由比ヶ浜が身を乗り出す。だから顔が近いって。
「それで、普通に授業を受けて、昼休みに飯食って、午後の授業を受けたら放課後になって――」
「放課後になって?」
「そのまま帰った。んで、家に帰ってから小町にチョコ貰った。美味かった。以上。」
「へっ?」
由比ヶ浜は、ぽかーんと口を開けた状態でフリーズしていた。
だから言っただろ?聞いても無駄だって。
「だから、放課後に探し回っても見つからなかったんだ・・・。」
「どうした?由比ヶ浜。何か言ったか?」
「えっ?い、いや、何も言ってないし!」
「で、そういう由比ヶ浜さんはどうなんですか?」
塚原さんが、少しにやけた表情で由比ヶ浜に問う。
バレンタインデーネタって、女子にとっては話題にしやすいネタなのかもしれない。
「えっ?あたし?」
塚原さんから突然話を振られて、顔を赤くしてあたふたする由比ヶ浜。
「由比ヶ浜なら、さぞかし充実したバレンタインライフを送っていたんだろうな?」
「そうね、後学のために教えていただけないかしら?」
おや?雪ノ下さんにしては珍しいことを仰るものだと思い、雪ノ下の方を見ると、しまったという表情の後にぷいっと視線をそらされてしまった。
「ほら、あたしって1年生の時は、まだ地味だったから・・・。でも、お礼というか、チョコを渡したかった人はいたんだけど、結局渡せなくて・・・。」
由比ヶ浜はそう言って、黙り込んでしまった。
そして、よし!と気合いを入れるように小さく肯くと塚原さんに向かってこう言った。
「あの、あたし、やってみたいことがあるんだけど・・・。」
由比ヶ浜の突然の発言にも驚いたが、その後に続いた言葉はさらに衝撃的なものだった。
「動画のシナリオ。あたしが書いてみたいんだけど、いいかな?」
「おい、雪ノ下。ちょっと由比ヶ浜が熱を出していないか見てくれないか?」
「わかったわ。」
すぐさま雪ノ下が由比ヶ浜の額に手を当てた。
「熱はなさそうね。」
「あたしは元気だし!ってか、ヒッキーもゆきのんもヒドいよ!」
由比ヶ浜は、額に当てられた手を振り払い抗議した。
「ヒッキーもゆきのんも寂しすぎるよ。バレンタインだから勇気を出そうって女の子もたくさんいるのに・・・そんなの、もったいないよ。」
「だから、学校のみんながバレンタインイベントを楽しみにするような、そんなお話を作ってみたい!」
そう言って顔を上げた由比ヶ浜の眼差しには、強い決意を感じさせるものがあった。
以前、大切な場所を守るために生徒会長選挙に立候補すると宣言した時に見せたのと同じ眼差し。
どうやら、由比ヶ浜は本気でシナリオを作りたいと言っているようだ。
「今回の件では私は役に立てそうも無いから、お願いするわね。由比ヶ浜さん。」
雪ノ下も、由比ヶ浜の表情を見て、俺と同じ結論に至ったようだ。
「そうだな。シナリオについては由比ヶ浜にまかせよう。」
それと、俺はもう一つ由比ヶ浜に言わなければならないことがあった。
「それから、さっきは茶化すようなこと言って、すまなかった。」
由比ヶ浜の真剣な思いを茶化すような事をしてしまった件については、きちんと謝らないとな。
「・・・。」
「・・・。」
おい、雪ノ下に由比ヶ浜。どうして黙る?
「比企谷くん。あなたの方こそ熱が出ているんじゃないのかしら?」
「あたし、熱があるか見てみる!」
雪ノ下さん、ずいぶんと失礼な物言いですね。
それから由比ヶ浜。おでこを当てて熱を測ろうとするな。本当に熱が出てしまったらどうする。
「俺を病人扱いするな。俺は今のところ健康だ。」
椅子を大きく引いて、おでこを差し出しながら近寄ってきた由比ヶ浜から距離を取りつつ、言葉を続けた。
「でも、由比ヶ浜。お前、文章とか書けるのか?」
由比ヶ浜の熱意は十分に感じられた。だが、熱意だけでは不十分なのが現実である。
「そ、それは・・・」
由比ヶ浜が言葉に詰まっていたとき、思わぬ所から救いの言葉が投げかけられた。
「それについては、由比ヶ浜さんから話を聞いて、私が脚本にしていけば大丈夫だと思います。」
確かに、塚原さんであれば脚本制作とかは慣れていそうである。少なくとも、由比ヶ浜よりは安心してまかせられるだろう。
× × ×
「では、脚本については塚原さんと由比ヶ浜さんにお任せするとして――」
そこからは、雪ノ下が素早く担当者の割り当てを行う。
・監督、撮影:塚原さん
・シナリオ:由比ヶ浜+塚原さん
「あと、撮影用機材の手配や撮影場所の許可申請、それに予算等の交渉については、私の方で行うわね。」
雪ノ下雪乃Pの誕生である。
「で、俺は?」
「そうね。比企谷くんは、雑用とか雑務とか、とにかく雑務全般をお願いするわね。」
「雑用しかねーじゃねえか。」
一応文句は言ってみたが、ある程度納得もしていた。
題材が題材なだけに、俺がシナリオ制作に貢献できる事は皆無。その他の実務的な処理においては雪ノ下に敵うわけが無い。
結局、パシリとか雑用といった事しかすることが無いのが現状である。
こうして人員の割り当てが決まった頃、スピーカーから下校時刻を告げるチャイムが鳴り響く。
「それでは、続きは明日にしましょう。」
雪ノ下が席を立ち、片付けを始めながらそう言った。
あれ?明日は土曜日で休みのはずでは?もしかして、雪ノ下の勘違いだろうか?
「ちょっと待て、雪ノ下。明日は土曜日だぞ。」
「ええ、わかっているわよ。だから忘れずに登校するように。いいわね?比企谷くん。」
畜生、休日出勤確定かよ!なんてブラックな部活なんだ!
はぁ、明日の朝、急に高熱とか出ないかなぁ・・・。