【前回のあらすじ】
「あたしが、お話を考える!」
企画会議で動画の脚本作成を申し出た由比ヶ浜 結衣。
ついに、奉仕部一同によるPR動画作成が始まる!
えっ?明日から作業開始?
ハッハッハッ!明日は土曜日じゃないか!
これまたキツイご冗談を・・・。
えっ?マジ?
今日は土曜日。
つかの間の休日。来週からの激務(嫌な言葉だ)に備えて体を休めるべきだったのに・・・。
目覚まし時計を止め、二度寝したい誘惑を断ち切るように布団から這い出る。
残念ながら体温は正常のようだ。頭痛も腹痛も無い。
強いて言えば、目に生気が見られない・・・あ、これは元からだった。
仕方ないので、眠い目を擦りつつ重い足取りで自転車を漕いで学校に向かう。
「うっす。」
と声をかけて奉仕部部室のドアを開けたのは集合時間ちょうどだった。
だが、部室には雪ノ下が一人本を読んでいただけで、そこに由比ヶ浜と塚原さんの姿はなかった。
「遅いわね。あなたを待っていたのよ。」
なんとも男心をくすぐられる台詞ではあるが、その台詞を言っている雪ノ下が放つ寒々しい視線と雰囲気がすべてを台無しにしていた。
「あれ?由比ヶ浜と塚原さんは?遅刻?」
「二人なら、映像研究部の部室にいるわ。」
「そっか、それじゃあ二人が戻ってくるまで・・・」
『一眠りしておこうか。』と続ける前に、雪ノ下の冷たい声がそれを遮った。
「それでは、生徒会室に行きましょうか。」
「えっ?なんで?」
急な展開について行けず、随分と間抜けな返答をしてしまった。
「てか、生徒会も今日は休日出勤なのか?」
「ええ、役員の人達は登校していることを確認しているわ。」
「それはご苦労なことで。じゃあ、一色にもよろしく伝えておいてくれ。」
そう言って椅子に座って眠りにつこうと腕を組んだとき、氷の刃を突きつけられたような寒気を感じる。
「さっき私が言ったことが聞こえなかったのかしら?比企谷くん?」
氷の女王、もとい、氷の女帝と化した雪ノ下が、大層お怒りの様子で俺を睨み付けていた。
その威圧感たるや、雪ノ下母や雪ノ下姉にも負けないほどである。恐るべし雪ノ下家の血筋。
「わかったよ。行きますよ。行けばいいんだろ?」
典型的な一般庶民である比企谷家の長男としては、従う以外の選択肢など存在しないのである。
× × ×
雪ノ下につれられて生徒会室に入ると、生徒会長の一色と、副会長と書記ちゃんの3人が作業をしていた。
副会長と書記ちゃんは、二人隣り合って楽しそうに作業してるじゃねーか。――リア充め、砕け散れ。
「休みの日にまでわたしに会いたい一心で手伝いに来てくれたのはうれしいのですが、雪ノ下先輩と一緒に来るのはわたし的にポイント低いので出直してきてください。」
そして俺は、生徒会室に入った途端に一色からお断りされていた。ってか、これで何回目なんだよ。
その直後、耳打ちするように一色は近づき、
「でも、せんぱい。来てくれて助かりました。あの二人朝からあんな感じで、わたし寂しかったんですよぅ。」
と耳元でささやいた。
「ぼっち気分を体験できる良い機会じゃねーか。一色、ぼっちも悪くないぞ?」
「そんなことで喜ぶのはせんぱいだけですよ。だ・か・ら!」
「今日は、わたしと一緒に仕――」
そう言いながら、一色が俺の腕を取り、自分の席の隣に座らせようとしたが、
コン!コン!
「一色さん、ちょっとお話いいかしら?」
雪ノ下が笑顔で机を叩きながら一色を呼んでいた。
「どうやら、一色のお相手はあっちのようだな。」
「いや、でも、今の雪ノ下先輩にはちょっと・・・」
コン!コン!
「一色さん?」
「は、はい!今、行きます!」
そう言って、一色は雪ノ下が待つ席に駆けだした。
× × ×
雪ノ下が一色と話を始めて30分が経過した。
副会長と書記ちゃんは依然として楽しげに会話しながら作業を続けている。
そんな中、俺は飾り付け用に使うペーパーフラワーを黙々と作っていた。
「一色さん、映像研究部への撮影用予算だけど、ちょっと少なすぎないかしら?」
「いえ、全体の予算の都合上、これ以上は・・・」
「でも、この部分とこれも不要だから削除すれば・・・これだけ余裕ができるわよね。」
「いや、それが無くなると、わたしの・・・」
「さらに、これとこれ、これもいけるわね。それを削減すれば・・・ほら、これだけ確保できるわ。」
「そ、そんなに削られたら、何も出来なくなっちゃいますよ!わたしが!」
どうやら、敏腕プロデューサー雪ノ下Pが撮影用の追加予算を確保すべく、生徒会が持っている予算に大鉈を振るっているようである。
時折、一色が救いを求めてこちらに視線を向けてくる。
でも、悪いな一色。俺はペーパーフラワーを作るので手一杯なんだ。
さて、次のペーパーフラワーを作ろうかと思ったが、どうやら材料の紙が無くなってしまったようである。
「あれ?もう紙が無いのか。」
「それじゃあ、告知用のポスターを貼りに行こうか。」
俺の声を聞いて、副会長が机の上に積まれていたポスターの束を指さして言った。
「うし。ちょっと体を動かしてくるか。」
そう言って、椅子から立ち上がり大きく背伸びをする。
「それじゃあ行こうか。沙和子・・・あっ、藤沢さん。」
副会長がそう言うと、書記ちゃんが顔を真っ赤にして肯いた。
そのまま二人は、ポスターの束を抱えて二人仲良く生徒会室から出て行った。
「さて、俺も行ってくるか。」
そう言って、俺は残ったポスターの束を抱えて生徒会室を出た。
「あ、せんぱい!私も――」
「一色さん、まだ話の途中でしょ?」
生徒会室を出るときに、そんな声が聞こえたような気がしたが・・・うん。きっと気のせいだろ。
そう自分に言い聞かせて、生徒会室のドアを閉めた。
× × ×
「くそっ!寒いなぁ。」
真冬の学校、しかも休日なので暖房も無く人気も無い。
寒いし寂しいしで、つい恨み節が口から出てしまう。
しかし、口を動かすだけでは仕事は減らないので、手もしっかりと動かさなければならない。
掲示板にポスターを広げて、四隅を画鋲で留める。
広げて、留める。広げて、留める。広げて・・・
なんか、今日はこんな仕事ばかりしている気がする。
まぁ、慣れているから気にしないけど。
黙々とポスターを貼り続け、気がつくと残りのポスターも残り僅か。
次のポスターを掲示する場所は、特別棟の・・・あれ?この教室は?
「映像研究部の部室って、ここにあったのか。」
目の前にあったドアには『映像研究部』と書かれたプレートが掲げられていた。
「そう言えば、由比ヶ浜と塚原さんはここで作業しているんだったな。」
聞き耳を立ててみるが、映像研究部の部室に人がいる気配は感じられない。
一番手っ取り早い確認方法は、目の前のドアをノックしてみることなんだが・・・。
「中には誰もいませんよ。」
ノックしようかどうかを迷っていたとき、いきなり背後から声をかけられた。
「ひぃっ?!・・・つ、つゅかはらしゃん?」
驚きのあまり、思い切り変な声が出てしまった。
「すっごく面白いリアクションだね。結衣ちゃんが言っていたとおりだ。」
楽しげに微笑みながら塚原さんが言った。
「はぁ、どうも。」
大抵の女子は嫌そうな顔して『キモい』と表現するんだけど、どうやら塚原さんの感性は少し変わっているらしい。
「と、ところで、脚本の方はどうですか?」
とりあえず、当たり障りの無い話題を振ってみた。
「概ね順調と言ったところかな。いい脚本が出来そうだよ。ただ、ちょっと油断していると結衣ちゃんとお喋りしているだけになっちゃうから、それが大変かもね。」
それにしても由比ヶ浜の奴、僅か半日仕事をしただけで塚原さんとここまで親密になれるとは・・・あいつの対人スキル、凄すぎるだろ。
「由比ヶ浜のお喋りにいちいち付き合っていたら何も出来ませんよ。適当なところで仕事に引き戻さないと。」
確か、由比ヶ浜が主催する『勉強会』では、由比ヶ浜が喋り続けて結局勉強できなかった事が何度もあったらしいからな。なお、ソースは俺じゃ無くて雪ノ下。だって、俺はその『勉強会』とやらに呼ばれないし。
「でも、結衣ちゃんってとても楽しそうに話すから、なかなか止められなくて。特に、比企谷君の――」
「あ!えーりん、いた!」
聞き慣れた声に、パタパタと忙しげに駆ける足音が重なる。
「なんで、先に行っちゃうし!あ、ヒッキー。やっはろー!」
「おう。由比ヶ浜。どうした?トイレか?」
「な゛っ!どうしてそんなこと言うかな!ヒッキー、サイテー!デリカシーなさ過ぎ!」
由比ヶ浜が顔を真っ赤にして膨れっ面で抗議する。どうやら、図星だったようだ。
「さっ!えーりん、早く続きするよ!」
由比ヶ浜は塚原さんの背中を押して映像研究部の部室に押し込む。
「ヒッキーは立ち入り禁止だからね!」
そう言って、んべっ!と舌を出した後、勢いよく部室のドアを閉めてしまった。
「さて、残りのポスターもさっさと貼ってしまうか。」
しばらくして、映像研究部の部室から賑やかな話し声が聞こえてきたのを確認した俺は、残りのポスターを抱えてその場を後にした。
× × ×
「ふぃーさみぃ。ポスター全部貼ってきたぞ。」
寒さでかじかんだ手を擦りながら生徒会室に戻ると、満足げな表情で書類をまとめる雪ノ下と、机に突っ伏している一色の姿が目に映った。
その2人から少し離れた席では、先に戻っていた副会長と書記ちゃんが仲良く並んでお弁当を広げているところだった。
「お疲れ様。」
機嫌が良いのか、雪ノ下は朗らかな表情で書類を小脇に抱えて出迎えてくれた。
「一色との話は終わったのか?」
「ええ。それから、由比ヶ浜さんの方も一段落付いたって連絡があったわよ。」
「そうか、それじゃあ・・・と、もう、昼か。」
壁に掛かっていた時計を見てみると時刻は12時過ぎ。ちょうど昼食の時間である。
「それでは、私たちも部室に戻ってお昼にしましょうか。」
「そうだな。」
そう雪ノ下と言葉を交わし、机に突っ伏したままの一色を残して生徒会室を後にした。