二年分の想いをあなたに   作:=nana=

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【前回のあらすじ】

 ついにPR動画の脚本が完成した。

 出演するのは由比ヶ浜 結衣と、比企谷 八幡!?
 「誰得なんだよ。」と出演を渋る比企谷だが、由比ヶ浜の説得により渋々出演を承諾する。





第6話 撮影開始!

 月曜日。

 

 今日も今日とて目覚まし時計は鳴り響く。

 文句も愚痴も何一つ言わずに毎朝決まった時間にベルを鳴らす愚直な働き者を黙らせ、再び布団を被り夢の世界へと引き返す――

 

「お兄ちゃん!まだ寝てるの!?早く起きないと遅刻だよ!」

 

 ――事は叶わず、妹の小町の声で現実世界に引き戻されてしまった。

 

 慌てて身支度を調え、玄関に向かうと

「お兄ちゃん!忘れ物!」

 という小町の声と共に、制服のネクタイが飛んできた。

 

「結衣さんからのメールで持ってくるように言ってたじゃん!しっかりしてよ、お兄ちゃん!」

 そう言えば、昨日の晩に由比ヶ浜から届いたメールにそんなことが書かれていたような気がする。

 ってか、由比ヶ浜の奴、小町にも同じメールを送っていたんだな。

 

 とりあえず、受け取ったネクタイをブレザーのポケットにねじ込み、学校へと向かう。

 

 

 学校に到着し、自転車置き場に自転車を止め、上履きに履き替えて教室に向かう。

 今日もまた、いつも通りの一日、そして一週間が始まる。

 

 ・・・はずであったが、教室に近づくにつれ、いつもと違う雰囲気を感じ始めていた。

 

「なんだ?あの人だかりは・・・。」

 

 2-Fの教室の入り口付近に多くの生徒が集まっており、後ろの出入り口は完全にブロックされてしまっている状態だった。

 仕方ないので気配を消しつつ、比較的空いていた前の入り口から教室に入り、自分の席まで辿り着く。

 そして鞄を置くと、いつものように寝たフリをしつつ、周辺の状況を観察してみた。

 

 やはりと言うべきだろか、どうやら野次馬達の視線を集めていたのは葉山達のグループだったようだ。

 

 中心にいる派手な金髪の男女ペアは葉山と三浦だろう。そして、茶髪ロン毛の戸部に海老名さん、そして大岡と大和。

 だが、本来ならそのグループにいるはずの明るい茶髪のお団子頭の女子の姿が見当たらず、その代わりに見覚えの無い女子の姿を発見した。

 軽くウェーブのかかった肩まである黒髪で、制服を着崩すこと無く着用した膝上までの長さがあるスカート姿の女子が、葉山達のグループの中で親しげに話していた。

 

「こんな時期に転校生か?」

 誰に問いかけるでもなく、ぼそりと独り言のように呟く。

 

 どうやら、その黒髪の少女は葉山や三浦と会話しながら辺りをキョロキョロと見回しているようだ。

 その見覚えのある動作から、俺は結論を導き出した。

 

 どうやら、彼女は由比ヶ浜のようだ・・・と。

 

「あ、やばっ」

 どうやら由比ヶ浜の方を長く見過ぎたせいか、由比ヶ浜と目が合ってしまう。

 由比ヶ浜の方も俺の存在に気付いたようで、葉山達の集団から離れて、俺のいる席に移動しようとしていた。

 こんな衆人環視の状況で、俺が由比ヶ浜と会話を交わすと、後々非常に面倒なことになるに違いない。

 

「あっ!ヒッk――」

「あの、由比ヶ浜さん。ちょっと良いかな?」

 由比ヶ浜が俺の名前を呼ぼうとしたとき、葉山達の集団から少し離れた所にいた別の男子達が由比ヶ浜に声をかけた。

 

「・・・何、かな。」

 由比ヶ浜は優しい女の子だ。知らない男子に呼びかけられても、無視して通り過ぎることはしない。

 話しかけられれば、何かしらの対応はしっかりする女の子である。

 

 由比ヶ浜の足が止まった隙に、俺は素早くスマホを取り出しメールアプリを起動。

 

 『話なら放課後に部室で。』

 

 とだけ入力して由比ヶ浜宛てに送信した。

 

 数秒後、由比ヶ浜のスマホから着信音が鳴り、スマホを確認した由比ヶ浜は非常に不機嫌な表情で俺を睨み付けてきた。

 俺はその視線を無視して再び寝たフリをする。

 ついでに『話しかけるなオーラ』も強めに出しておくとしよう。効果があるかどうかわからないが・・・。

 

 

  × × ×

 

 

 そして放課後。

 

 俺が放っていた『話しかけるなオーラ』の効果があったのか、今のところ由比ヶ浜に話しかけられること無く放課後を迎えることが出来た。

 いや、正しくは休み時間の度に由比ヶ浜がいろんな連中から質問攻めを受けていたからなのだが・・・。

 

 HR終了後、俺は迅速かつ静粛に教室を出て奉仕部の部室へと向かう。

 

「うっす。」

「あら、今日は早いのね。ところで、由比ヶ浜さんは?」

「さぁな。三浦達と話していたようだから少し遅れるかもな。」

 自分の席に座りつつ、雪ノ下と言葉を交わしていると・・・

 

「やっはろー!」

 という、いつものかけ声と共に部室のドアが勢いよく開かれた。

 

 今日の朝、葉山グループにいた黒髪の少女は、紛れもなく由比ヶ浜本人であったようだ。

 彼女はそのまま、俺の背後を通り雪ノ下の隣にある自分の席に向かうと思いきや、その足音が俺の眼前でピタリと止んだ。

 何事かと思い顔を上げると、由比ヶ浜が不機嫌な表情のまま、俺の眼前にスマホを突きつけていた。

 そのスマホの画面には、今朝由比ヶ浜宛てに俺が送った『話なら放課後に部室で。』のメールが表示されている。

 どうやら、このメールについて何か言いたいことがあるらしい。

 

「わ、悪い。ちょっと話しかけにくい状況だったからな。」

「むぅ・・・。まぁヒッキーだし、しょうがないか。」

 ひとまず謝ると、由比ヶ浜も許してくれたようだ。その理由については釈然としない所があるが・・・。 

 

「それよりも、ヒッキー。どう・・・かな?」

 そう言って由比ヶ浜が俺の目の前で軽くポーズを取る。 

 

 これは、アレか?

 女子が髪切った時に、彼氏が褒めないのはマナー違反だとか、そんな感じの話なのだろうか?

 そもそも、数ミリ髪切っただけなのに変化に気付かない男はダメとか、無茶振りも良いところだと思う。間違い探しじゃ無いんだし。

 

 まぁ、そういう意味では今回の由比ヶ浜の変化は間違い探しとしては超簡単なレベルになるだろう。

 むしろ変わりすぎて、どこから指摘すれば良いのか迷うくらいのレベルである。

 

 いや、待てよ・・・。

 良く考えたら、指摘したらしたで『何様のつもり?キモッ』とドン引きされる可能性もある。

 最善の回避策としては、こちらからは話しかけない事なのだろうが、今回はその策は使えそうに無い。

 

 これが、小町だったら、『はいはい、似合っているよ(棒 』と適当に返せば済む話なのだが・・・。

 いや、小町でなくても大丈夫なのか?ただ、由比ヶ浜相手なら棒読みするのは控えるべきだろうな。

 よし!言うぞ・・・

 

「あ、ああ。に、にゅあってるよ。」

 

 うわぁぁ!やっちまったぁぁ!

 慣れないことを言ったせいで、吃った上に噛んじまった!

 これは、絶対にキモいと思われたに違いない。そう思い由比ヶ浜の方を見てみる。

 

「え、あ・・・ありがと。」

 由比ヶ浜はそう言うと、「そっかー、似合ってるかー、えへへ。」とにやけた顔で髪の毛を弄りながら呟いていた。

 言い方はともかく、言葉の選択としては間違っていなかったようだと安堵していると、

 

「だれか、開けてー。」

 

 という声がドアの向こうからしてきた。

 席を立ってドアを開けると、両手に荷物を抱えた塚原さんが部室に入ってきた。

 

「みんな、お疲れ。ところで結衣ちゃん。例の件、どうだった?」

 そう言いながら、塚原さんは荷物からビデオカメラを取り出すと、マイクだのバッテリーだのを慣れた手つきでセットし始める。

 

「うん。みんな協力してくれるって。今教室で待ってもらってるよ。」

「そっか。じゃあ、そのシーンから先に撮っちゃおうか。」

「OK、えーりん。そうだ!ヒッキー、ネクタイ持ってきてくれた?」

 

 塚原さんと話をしていた由比ヶ浜が、急に俺に問いかけてきたので、ポケットから制服のネクタイを取り出した。

 

「それじゃあ、早くネクタイ着けて教室に来てね。あたしとえーりんは先に行って待ってるから。」

 そう言うと、カメラと三脚を手にした塚原さんと由比ヶ浜は部室を出て行ってしまった。

 

「ネクタイなんて、普段はしないからなぁ。」

 総武高校の男子用制服にはネクタイもあり、校則上は着用を義務づけられている。

 だが、律儀にネクタイなんて着用してるのは一部の男子生徒だけであり、あの葉山でさえ制服のネクタイではなく自前のループタイを着用してる程である。

 ちなみに、俺もネクタイを着用することは入学してからほとんど無い。

 だって、ネクタイとか首輪みたいで、社畜の象徴みたいな感じするし・・・。

 

 そんなこんなで、ネクタイを着用するのに思ったよりも時間がかかってしまったのである。

 

「やっとできた・・・。」

 そう言って、席を立ったとき、雪ノ下に呼び止められる。

 

「待ちなさい。何なの?そのネクタイの結び方。まるで比企谷くんの性根のようにひん曲がっているじゃない。」

 いや、雪ノ下。もう少し言い方というものがあるような気がするんだけど?

 そう思いながら、ネクタイを弄って形を整えようとするが、なかなか上手くいかずに苦戦してしまう。

 

「まったく、しょうがないわね。」

 そう言うと、雪ノ下は俺に近づき、胸元のネクタイに手を伸ばした。

 不意に漂う雪ノ下の香りに戸惑い、思わず距離を取ろうとしてしまう。

 

「じっとしていなさい。・・・と、こんなものかしら。」

 必死になって、呼吸をすることさえも我慢することしばし、ネクタイを整え終えた雪ノ下が顔をあげる。

 

「・・・あっ。」

 間近で視線が合ってしまい、雪ノ下の顔が赤らむ。

 そのとき、ふとマラソン大会後の保健室での出来事を思い出してしまう。

 

「・・・。」

 あの時のように、顔を見合わせたまま、かける言葉も見いだせずに時間だけが経過していく。

 

 が・・・、

 

「ヒッキー、おっそーい!」

 という声と共に、不意にドアが開かれた。

 

「うぉっ!・・・っと、ありがとな、雪ノ下。」

「い、いえ。」

 お互いに誤魔化すように言葉を交わしつつ、俺と雪ノ下は互いに一歩後ろに下がる。

 

 すると、頬をぷくっと膨らませた由比ヶ浜が、その空いた空間に割り込み・・・

 

「えいっ!」

 と言って、雪ノ下が整えたばかりのネクタイをつかみ、ぐいっ!っと引っ張った。

 

「ぐえっ!」

 引っ張られたネクタイで首が絞められ、思わず情けない声が出てしまった。

 

「ヒッキー、みんなが待ってるから早く行くよ!」

 そう言いながら、ネクタイを持ったまま引き摺るように俺を部室の外へと連れ出す。

 

「お前ん家の犬じゃ無いんだから、ネクタイ引っ張るのはやめてくれ。」

 そう俺は懇願したが、

「サブレならいつもあたしを引っ張るように先に進むから、ヒッキーはサブレよりダメダメだよ。」

 と、言い返されてしまった。

 

 由比ヶ浜も、最近雪ノ下の影響を受けつつあるんじゃ無いのか?

 そう思いつつ、由比ヶ浜に引かれて教室へと向かう俺であった。

 

 

  × × ×

 

 

 由比ヶ浜に続いて2-Fの教室に入ると、塚原さんが葉山達のグループと打ち合わせをしている最中だった。

 どうやら由比ヶ浜の奴、葉山達にエキストラ出演を依頼していたようだ。

 

「っべー、ひょっとして、これきっかけにして芸能界デビューとかありえなくね?」

「戸部、うっさい。」

 しきりに鏡を見ながら髪型を気にする戸部に、三浦がツッコミを入れる。

 もっとも、その三浦もいつもより念入りに化粧を施し、髪の毛もバッチリとセットしているのだが・・・。

 

 そんな戸部と三浦のやりとりを眺めていると、何者かにトントンと肩を叩かれた。

「あれ?ヒキタニくんも出るの?ひょっとして、はや×はちの濡れ場とかある?」

「ねーよ。って、海老名さんは出ないのか?」

「まぁ、私はそういう目立つことはちょっとね・・・。あ、塚原さん!ちょっと相談したいことが・・・愚腐腐っ。」

 そう言うと、海老名さんは塚原さんの所へと向かっていった。

 

 なにやら熱心に塚原さんと話をしている海老名さんを眺めていると、今度は葉山から声をかけられてしまった。

 

「結衣から聞いたよ。本当に君は、なんでもやってしまうんだな。」

「そういう部活なんだから仕方ないだろ。何度も言わせるなよ。それに、お前だって人のこと言えないじゃねーか。」

「まぁ、今回は結衣の頼みでもあるからね。」

「そっか。じゃあ、由比ヶ浜の代わりに礼でも言ってやろうか?」

「相変わらず素直じゃ無いな。君も。」

 そう言って葉山が肩をすくめると、塚原さんから指示が飛んできた。

 

「それじゃあ、みんな準備お願いね!結衣ちゃん達はこの位置で葉山くん達と会話して、で、結衣ちゃんが時折比企谷君に視線を投げかける感じで。」

「俺はどうすればいいんですか?」

「比企谷君は、寝たフリをしててちょうだい。場所は・・・結衣ちゃん、どうする?」

「ヒッキーは、廊下側の・・・」

 そう言う由比ヶ浜の指示に従い、廊下側の席に向かう。

「そこから、4つ前の・・・そう!そこ!」

 由比ヶ浜が指定した席は・・・俺がいつも使っている席だった。

 

 とりあえず、自分の席に座り、机に俯せになって寝たフリをする。

 全員の準備が完了したと判断した塚原さんが、カメラを録画状態にしてシーン番号などを書いた小型のホワイトボードをカメラの前に差し出す。

 

「よーい・・・。」

 3秒待って、塚原さんがカメラの前のホワイトボードを振り上げた。

 

 

  × × ×

 

 

 寝たフリをしながら、耳に神経を集中していると

 

「っべー!なんか甘い物食べたいわー。」

「ああ、そう言えばもうすぐだな。」

「でしょー?チョコっとでいいからさ・・・」

 

 という戸部と葉山の他愛の無い会話が聞こえてくる。

 さらに続けて、三浦と由比ヶ浜の声も聞こえてきた。

 

 確か、このシーンには台詞の指定は無かったはずだ・・・。

 じゃあ、全員アドリブで演じているのかよ。さすがトップカースト組、適応力がパねぇな・・・。

 

 しばらく寝たフリをしながら会話に耳をそばだてていたが、やっぱり撮影の様子が気になってしょうがない。

 そこで、いつものように薄目を開けて、葉山達の様子を見てみることにした。

 

「やっぱり、大切なのは気持ちじゃ・・・」

 そう言いながら、こっちに視線を向ける由比ヶ浜と目が合ってしまった。

 

 途端に顔を赤らめて、さっと視線を外す由比ヶ浜。

 しかし、その後に続く台詞を言い出せなくなってしまい、黙り込んでしまう。

 

「はい!カット!」

 ここで、塚原さんは撮影を一時止めるためにカットを入れた。

 

「みんな、ごめん。」

「気にしなくて良いよ、結衣。」

「そうそう、ドンマイ!ドンマイ!」

 申し訳なさそうに謝る由比ヶ浜に、葉山達がフォローを入れる。

 

「えーりんも、ごめん。」

「気にしないで。むしろ、さっきの結衣ちゃんの表情、すっごく良かったよ!」

 と、満面の笑みでサムズアップする塚原さん。

 

「それじゃあ、5分ほど休憩にしましょう。」

 そう塚原さんが言うと、葉山は戸部と、三浦は海老名さんと雑談を始める。

 その一方で由比ヶ浜は、俺の所に歩み寄り・・・

 

「ヒッキー・・・いきなりこっち見られると・・・困るから。」

 赤い顔をしてそう言うと、葉山達の方へと駆け戻ってしまった。

 

 どうやら、由比ヶ浜の演技の邪魔をしてしまったようだ。

 十分に反省して、次からは寝たフリに専念することにしよう。

 

 

  × × ×

 

 

 寝たフリのつもりが、どうやら本当に眠ってしまったらしい。

 

「・・・結衣ちゃん、早くしないと起きちゃうよ。」

「でも・・・ちょっと恥ずかしいかも。」

 

 まどろみから覚めていくにつれて、頭の上で誰かが話をしていることに気付いた。

 

 だが、その後にふわりと心地よい香りが漂い・・・。

 

「ヒ、ヒッキー・・・、お・き・て。」

 という囁きが、柔らかな吐息と共に耳に届いた瞬間、冷や水をかけられたかのように目が覚めてしまった。

 

 飛び起きた俺の視界に映ったのは、いたずらを成功させた子供のような笑顔でビデオカメラを向けている塚原さんと、真っ赤な顔で俯く由比ヶ浜であった。

 

「ちょっ!塚原さん、何撮ってるんですか!」

「OK、OK。バッチリ撮れてるよ。」

「えーりん、えーりん、あたしにも見せて!」

 俺の抗議を無視して、塚原さんと由比ヶ浜がビデオカメラの液晶画面を見ながらキャーキャー騒いでいる。

 

「今すぐ消して下さい。本当に消してくれますよね?いや、マジで・・・お願いします。」

 繰り返すにつれて、だんだんと弱気になっていく俺がいる。このまま繰り返すと、最終的には土下座までしかねない勢いである。

 

「そ、そういえば、葉山達は?」

 教室を見回すと、葉山達の姿はすでに無く俺と由比ヶ浜と塚原さんの三人しか残っていなかった。

「今日の分の撮影は終わったから、隼人君達は部活の方に行ったよ。」 

「と、いうわけで、比企谷君も起きたことだし次のシーンを撮影しよっか。」

「次のシーン?」

「この後のシーンは、比企谷君メインで撮るからしっかり頑張ってね。」

「ちょ・・・俺、演技とか自信ないし・・・。」

「ほらヒッキー、時間が無いんだから、さっさと歩く!」

 嫌がる俺の背中を由比ヶ浜がグイグイ押し、塚原さんに続いて教室を後にする。

 

 

 その後、廊下とか下駄箱とかで撮影したものの・・・。

 いやぁ、俳優さんって本当にすごいんだねぇ。

 

 俺なんか、『ただ歩くだけ』、『下駄箱から靴を取り出して履き替えるだけ』のシーンなのに塚原さんからはNGの嵐だもの・・・。

 NGを繰り返す度に、塚原さんは険しい表情になるし、由比ヶ浜は不安そうな表情をするしで、プレッシャーが半端無いことこの上なし。

 

 やはり、俺には俳優なんて向いていないんだ、まさに「専業主夫」こそ我が天職に違いない!

 改めて、そう心に誓う比企谷八幡君でした まる ・・・と。

 

 結局、この日の撮影は最終下校時刻を告げるチャイムが鳴り響くまで続けられたとさ・・・ハァ、ツカレタ。

 

 

  × × ×

 

 

 今日の撮影を終え、奉仕部の部室に戻ると、

 

「では雪ノ下先輩、明日からもよろしくお願いしますね。」

「ええ、わかったわ。」

 部室の中で雪ノ下と一色が何かの約束をしているようだった。

 

「どうした?生徒会からの面倒事か?」

「い、いえ。大したことではないわ。そ、それじゃあ、今日はこれで終わりにしましょうか。」

 俺が雪ノ下に問うと、雪ノ下は珍しく狼狽えた様子で曖昧な返答を返してきた。

 何事か気にはなるが、深く追求するのと面倒なことになることは明らかなので、あえて追求はしないでおこう。

 

 雪ノ下と言葉を交わしている間に、由比ヶ浜と塚原さんは帰り支度を済ませたようで、塚原さんは両手に荷物を抱えて部室を出ようとしていた。

 

「あ、塚原さん、荷物持ちますよ。」

「ありがとう。そうしてもらえると助かるよ。」

 塚原さんの承諾をもらい、荷物を受け取る。

 

「お、重い・・・何が入っているんですか?これ。」 

「撮影機材とか小道具一式かな。」

「これどこまで運ぶんですか?生徒会室までですか?それとも映像研究部の部室?」

「ううん、結衣ちゃんの家まで。」

「・・・へ?」

 てっきり、校内のどこかの教室に片づける物だと思っていたが、どういうことなのだろうか?

 

「あ、今晩うちで撮影するシーンがあるから、えーりんはうちに泊まるんだ。」

 俺が怪訝そうな顔をしていたのを察したのだろうか、由比ヶ浜が続けて説明をしてくれた。

 

「これを持って、バスに乗るのかよ・・・。」

 ずっしりと両腕にかかる重みを感じつつ、由比ヶ浜の家までの道程を考える・・・やっぱり、これを抱えたまま帰るのはかなりキツいだろ?

「大丈夫だよ。これでも体力には自信あるから!」

 そう塚原さんは笑って答えているが、だからといって「では、頑張って下さい」と答えてしまうのは、さすがに気が引けてしまう。

 そうなると、俺が選ぶべき選択肢は・・・。はぁ・・・結局こうなってしまうのか。

 

「もし良かったら、俺が運びますよ。俺、自転車なので。」

 こんな感じで、いつの間にか余計な仕事を抱えてしまう事になるんだな・・・。

 そう落ち込んでいると、背後からトントンと肩を叩かれた。

 

「ありがと、ヒッキー」

「それじゃあ、お言葉に甘えて・・・ありがとう、比企谷君。」

 まぁ、由比ヶ浜と塚原さんから、ありがたい感謝のお言葉を戴いたし、がんばって荷物持ちに励もうじゃないか。

 

 そうやって気合いを入れ直し、荷物を抱えて自転車置き場へと向かっていった。

 

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