暗闇の中をゆっくりと僕は立ち上がる。
もう僕を縛るものはなかった。
手足を縛っていた縄がするりと床に落ちる。
「一体、何をしたの?」
もぞもぞと動く音が椅子の横から聞こえてきた。
彼女はどうやら大丈夫そうだった。
あの男の力は気絶したことで女を拘束する力は途切れたようだった。
「…火の民の力を使ったまでだよ」
僕は彼女の質問にそう答えた。
火の民は火にまつわる力が使える。
より具体的に言えば、火の民の女は、火を自由に生み出す力を持つ。
そして、火の民の男は、火を自由に操る力を持つ。
その力の強さは人それぞれで、例外的に男女関係なく両方の力を行使できる人もいるがそれは少数派だ。
懐かしき友が脳裏をよぎったが、とりあえず今の状況を打破しなければいけないことを思い出す。
闇に眼はまだ慣れていないが、記憶を頼りに部屋の扉の方へと歩いていくことにする。
確かここらへんのはずだ。
前に出していた手に当たった壁らしきものをゆっくり押していく。
すると微かな光が部屋に差し込んできた。
後ろを振り返ると、彼女が首を押さえながら立ち上がるところだった。
椅子の前には予想通り男が倒れていた。
当分起き上がる気配はしない。
力なく伸ばされた手首に付けられたブレスレットが鈍い赤い光を放っている。
男の脇に落ちていたナイフで、ブレスレットを壊す。
キンという金属音がして、彼女の首から外れたネックレスの玉が床に散らばっていく。
部屋の隅へと転がっていく玉たちは、一つ一つから淡い青の光が漏れだして闇の中へと消えていく。
あのネックレスはおそらく力を使えないようにする拘束具だったのだろう。
ブレスレットと連動しており、あの男の火の力で女の力を制御していたに違いない。
その証拠が赤い光と青い光。
赤い光は火の力、青い光は水の力をあらわしていると考えていいだろう。
彼女の兄であるウンディーネ近衛団の副団長は水の民であることから彼女も水の民に違いない。
水の民は火の民と同じように、女が水を生み出して、男は水を操る。
例外として、副団長がそうであったように両方の力が使えたりする。
なるほど。
道理で僕には拘束具が付けられていないわけだ。
光を出さなくなったネックレスの残骸を眺めるのを止めて、顔を上げると彼女は呆然と僕を眺めていた。
僕は無言のまま、彼女にナイフの持ち手を差し出す。
すぐさま、彼女はナイフをひったくる。
「ついてきて。あなたを殺す前にすることがある」
そう言いながらナイフをこちらに向ける。
「牢獄に捕まっている人を助けるから手伝って」
「そんなことをしなくても手伝うさ」
僕は手を上にあげて無抵抗を示した。
冷たい廊下を彼女と二人で歩く。
互いに無言が続いた。
二人の足音が響く。
「ところで、なんで逃げないの?」
幾分か歩いたところで彼女は立ち止まってそう聞いた。
「もしかして殺す機会とかうかがってる? それなら早くするのが賢明よ。この扉の先に私の仲間がいるから。それとも全員もろとも殺す気?」
僕は何も答えない。
何も答えられなかった。
一瞬だけ言葉に出して言ってしまおうかと思ったがやめた。
自分の命に価値をつけるために殺されたがっているなどと言ってはいけない。
そんなことを言ってしまえば、僕を殺すことはの価値が下がってしまう。
無言を貫く必要がある。
他の言葉でごまかすこともしたくなはなかった。
別に彼女を助けようという一心で僕は動いていない。
自分が彼女に殺されることで自分が救われることを最終的に望んでいるだけなのだ。
「答えないのね…」
彼女はそれだけ言うと手に持ったナイフの周りに水を生み出して纏わせる。
そして、水をナイフごと扉に突き立てた。
金属音はならず、水が噴き出す音がした。
そして、ナイフが突き刺さったところを中心に扉が八つ裂きになったかと思うと、音を立てて崩れていく。
空中に残ったのは、水に包まれたナイフだけ。
彼女はそれを回収すると中へと足を踏みれていった。